ミヒュトの店を出て、トリスタ駅に着いたアスベルが見たもの……それは、
「「………」」
背を向けて立っているマキアスとユーシスであった。解り切っていたこととはいえ、ものの見事にこうでは実習そのものに支障をきたす可能性が大である。
「おはよう、アスベル。」
「おはよう。で、予想はしていたが案の定か。」
「ん。正直ウザったい。」
「フ、フィーちゃんてっば……」
フィーがそう愚痴を零すのをエマが窘めるが、この状況を見て愚痴を零さないほうが無理もない話と言えるだろう。ただでさえこの状況なのに、実習次第では一触即発も過言ではない。
「今回はフィーの意見に同じく。」
「ルドガーまでもか。ま、無理もない話だと思うが。」
学生の身分とはいえ、士官候補生という括りがある。どんな人間とて同じ目標に向かって進む“仲間”……だが、肝心の二人はその部分の欠如が見られる。これをフォローしなければならないエマ、ガイウス、フィー、そしてルドガーには同情を禁じ得ない……そう思ったアスベルの後ろから近づく数名の人間―――リィン達であった。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「アリサ、ラウラ、エリオット。おはよう。」
「おはよう。………で、アレは?」
「予測可能回避不可能の代物。程々にフォローはするさ。」
あの調子では戦術リンクも上手に機能しない他、それ以前に実習の評価云々に関わってくる問題だろう。すると帝都方面行き列車のアナウンスが流れたため、B班はA班の面々と別れて、列車のホームに向かった。こちらの乗る列車は彼等の三分後……ともあれ、ケルディック行きの切符を購入、というか代金は学院の方から既に貰っているようで、特に金がかかるということはなかった。そして、A班の六人はクロスベル・バリアハート方面の列車に乗り込んだ。席順は窓側からリィン、エリオット、アスベル。その向かい側にラウラ、ステラ、アリサの順になった。
「えっと、ケルディックまで一時間ぐらいだっけ?」
「うむ、そのぐらいのはずだ。先日、トリスタに来るときに乗り換えたからな。」
「そういえば、ラウラの住んでいるところはレグラム……いえ、レグラム自治州でしたか。」
「12年前に王国領に編入されたが、空港が新設された以外は昔と変わらない風情を残している。これも女王陛下の恩恵なのだろう。」
ラウラの出身地であるレグラム自治州はケルディックの南……クロイツェン州の都市であるバリアハートの更に南に位置し、交通手段は鉄路と街道、そして飛行船と豊富にある。エベル湖が近くにあることもあって霧が発生しやすいが、霧が出ても飛行船の離発着を特殊な導力波による管制誘導システムを用いているために欠航となる日はほぼなく、観光地のみならず夏の時期の避暑地として親しまれている。そのためか貴族の別荘もあったりするのだが、街並みを壊さないようにすることを義務付けた“自治州法”によって、街並みを壊さない街づくりが12年経った今でもなされている。
「はは、僻地と言えば俺の故郷も良い勝負なんだろうけれど。」
「温泉郷ユミルだったな。夏に行くのもいいかもな。結構涼しそうだし。とりあえず、実習先のおさらいでもするか?」
「そうね。」
何はともあれ、今回の実習先であるケルディックについてのおさらいを行う。
ケルディックはクロイツェン州の北端の街に当たり、肥沃な穀倉地帯だけでなく畑作や酪農と言った帝国の台所事情を支えている場所の一つだ。無論、それだけではない。ケルディックの地勢的位置―――鉄道網により、帝都ヘイムダル、翡翠の公都バリアハート、貿易都市クロスベルを結ぶ貿易中継地としての役割も兼ねている。
「ケルディックで有名なのは“大市”ね。色んなところの商人が店を出しているから、そこに買いに来るってお客さんも多いみたい。バリアハートからの商人もいるから、毛皮や宝石の装飾品もありそうね。」
「アリサは何かお目当てとかあるのか?」
「特にってわけじゃないけれど、季節ものを見るだけでも楽しめるのよ。」
ケルディックについていろいろ話す話題が多い中、ふとラウラが疑問に思っていたことを口に出した。
「それにしても、駅での手際の良さと言い、どこか腑に落ちないな。」
「確かに、ですね。」
「そうだよね。ここまでしてもらえるだなんて……」
「それだけ、君たち<Ⅶ組>に期待しているってことなのよ。」
その問いかけにステラとエリオットが頷いたとき、アリサの後方から聞こえてきた声……六人が視線をそちらに向けると、担任であるサラがそこにいた。これには一同驚きであった……ただし、アスベルを除いて。
「あの、なぜこちらに?」
「ん~、実力テストの時はああ言ったけど、流石に最初ぐらいは説明しておいた方がいいと思ってね。でも、リィンとアスベルがいれば薄々気づくとは思うけれど。」
「はぁ……?」
「というか、B班は放置ですか?あの状態で?」
「そっちはラグナ教官にお願いしたわ。あたしが行けとか言われたけれど、担任特権でねじ伏せてやったわ。」
「何やってるんですか、教官。」
あ、これは帰った後で碌なことにならないフラグだろう……そうこうしている内に、サラは通路を挟んで向かい側の席に座り、眠り始めた。これには一同冷や汗を流した。
「……よし、このまま寝かせよう。」
「アスベル、気持ちは解るんだが落ち着こうな?」
「しかも真顔で言うと洒落にならないわよ。」
「はいはい……そういえば、ステラってヘイムダル出身なのか?」
真顔でサラリと酷いことを言ったアスベルに対して、流石に冗談を超えているのでリィンとアリサが窘めた。ふと、アスベルが気になった質問をステラに尋ねた。
「え?……ええ、そうですよ。でも、確か出身は言っていないはずですが……」
「いや、知り合いに同じ名字の人間がいたからな。オリビエ・レンハイムとか言っていたが……」
「えと、それ私の兄です。」
「……え?あのオリビエさんの妹?性格が違うんだが……」
「ふむ……あの御仁の関係者か。」
「……帝国人に見えないあの人の妹さんなの!?」
「オリビエ……あっ、あの人だね。以前演奏会でセッションさせてもらったよ。ピアノの演奏は本当プロ顔負けだったよ。」
(お、お兄様……一体何をしていたのですか?)
ステラの答えに反応したのは面識のあるリィン、ラウラ、アリサ、エリオット。一方、そこまでの面識があることにステラは驚きを隠せなかった。
「その反応だと、ステラのお兄さんがリベールに行っていたことも知らなかったのか?」
「リベールに行っていたことは聞きました。ただ、それを聞いたのがリベールでの騒動の後でしたし、面白おかしく話していましたからどこまで信憑性があるのか読めなかったんです。」
ステラの言い分も尤もなことだが、あの人間が話す内容は半分以上冗談めいたことが多いのはある意味常識と捉えなければやっていけない。あれで『エレボニア帝国の著名人』だというのには驚きという他ないが。
というか、アスベルとリィンに関しては、一緒に戦ったことのある経緯からその御仁の正体すら知っている顛末だが、アスベルは空気を読んで敢えて黙り、リィンは特別実習のことに意識が向いていたこともあってかそのことに気付いている様子はなかった。血族繋がりで言えばラウラも知っていそうだが、どうやらその辺りの事情を詳しく聞いてはいない様子が見られた。
「一言でいうなら“自由闊達”だな。縦横無尽に目立ってたよ……その人の親友の胃が心配になったけれど。」
付け加えると、向かいの席で寝ているサラ・バレスタイン教官も他人事ではない話なのは、ここだけの話だ。
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第12話 世間は狭い