一刀様たちに曹操の軍勢が攻め込んだという報告が入って来てから、私とお母さんは毎日毎日一刀様の無事を祈りました。
夜になると、不安が大きくなり、その気持ちに押し潰されそうになって眠れませんでした。
眠れないので、勉強をしていたのですが、いくら書を読んでも、いくら書を書いても、全く頭に入ってきませんでした。
お母さんは、そんな私を見ると、
「もう亞莎さんも大人になったんですから、お酒を一緒に飲みましょう?」
と言って、私を誘ってくれました。
そんなお母さんは、昼間私が仕事をしている間、ずっと幽州の方を向いてお祈りをしていました。
そんな生活が数日続いたあとに、新しい情報が入ってきました。
「劉備軍は住民を引き連れて、幽州を出立。南西に向かって移動中の模様。陣様は先頭に劉の牙門旗。殿には十文字。おそらく天の御遣いが殿を務めている模様です。」
間諜から入ったこの情報を玉座の間で聞いた時、私は自分でも止められないぐらい震えてしまっていました。
「亞莎!?大丈夫ですか?」
隣にいた明命が私にそう声をかけました。
「・・・・」
私は何も言えませんでした。
「亞莎・・・・」
そう言って、明命がそっと私の手を握ってくれましたが、それでも震えは止まりませんでした。
「・・・しぇ、雪蓮様!亞莎、具合が悪いみたいです!」
そう雪蓮様に明命が言うと、自室に戻って休んでいるようにと言われました。
「さ。亞莎、行きましょう。」
明命はそう言うとやさしく私の手を引いて、私とお母さんの部屋まで連れて行ってくれました。
~雪蓮・冥琳の会話:執務室にて~
雪「うーん・・・・劉備の所との同盟もありかなって思ってたけど、どうなるかしらね・・・」
冥「今回は曹魏の軍勢の兵数から考えて、戦わずに逃げるというのは妥当な判断だろうが・・・・民を連れていくというのは、正直上策とはいえんな。」
雪「そうよねぇ。連合であった時も甘ちゃんだって思ったけど・・・・まぁ、そこがあの娘のいいところなのかもね。」
冥「それゆえに、人材が集まる・・・か。何はともあれ、状況を見定めなければな・・・」
雪「そうね。それに、劉備の所と私たち孫呉には重要な絆もあるしね・・・」
~亞莎視点~
カチャ・・・
部屋の扉を開けると、お母さんが幽州の方向に跪いて、お祈りをしていました。
扉を開ける音を聞いて、お母さんがこちらに振り返りました。
「亞莎さん?それに明命さんまで、どうしたんですか?忘れ物ですか??」
いつものように私に微笑みかけたお母さんに私は、何も言えませんでした。
「あ、あの俐莎様・・・・」
明命が一刀様のことを言おうとしているような気がしました。
「ちょ、ちょっと具合が悪いので・・・お休みをいただきました。」
「亞莎・・・・・。」
私は明命がそれ以上言わないように、そう言いました。
「・・・・」
そんな私たちのやり取りを見つめていたお母さんは、少し真剣な表情をした後、ふっと微笑みました。
「そうですか。明命さん、ここまで亞莎さんを連れてきてくれてありがとうございました。あとは私に任せてください。」
そうやさしげに言うお母さんに、明命は少しの間、どうしようか迷っている様子でしたが、
「・・・・はい。それでは亞莎、俐莎様、失礼します・・・・。」
と言ってお辞儀をしてから、部屋を出て行きました。
「さ。亞莎さん、お布団に入ってくださいね。」
そう言ってお母さんは私を寝台へ寝かせました。
「ふふふ。こうして亞莎さんの看病をするなんて久しぶりですね。」
そう言ってお母さんは私の枕元に腰を下ろしました。
「亞莎さんが小さかったころは、よくこうして亞莎さんが眠るまで、ずっとついていたものです。」
そう言ってお母さんは私の頭をそっと撫でました。
私はその掌が気持ちよくて目を細めました。
「・・・・一刀さんに・・・・何かあったのですね?」
お母さんの突然の言葉に、私は思わず目を見開き、お母さんの方を見つめました。
「・・・・先ほどの明命さんと亞莎さんのやり取りでだいたいわかりますよ。何年あなたのお母さんをやっていると思っているんですか?」
そう言って少し微笑むお母さんは、また私の頭を撫でました。
「私のことを心配してくれたのでしょう?・・・でも、そんなに一人で頑張らなくていいんですよ?それに・・・・」
お母さんは、手を止めて、私の目を見つめました。
「私にとっても一刀さんは大切な人です。だから、私にも、一刀さんの心配をさせてください。」
そう言って少し悲しげに微笑むお母さんに私は抱きつきました。
「か、一刀様が・・・・一刀様が・・・、そ、曹魏の軍から逃げる・・・・し、殿に・・・ついて、いると・・・・」
なんとかそこまで言ったあと、また体がガタガタと震えました。
(一刀様が死んでしまうかもしれない・・・・・)
その恐怖が、私に襲いかかり、自分の力ではどうしようもないほど、ただ震えていました。
「・・・・」
私の話を聞いたあと、お母さんは何も言わずにただ、私を抱きとめてくれていました。
そうしたまま、どれくらい時間が過ぎたのでしょう。
気が付くと、私はお母さんの腕の中で寝てしまっていました。
「・・・・あ、あの。」
目が覚めた私がそう声を出すと、お母さんが私の方に目を落としました。
「亞莎さんは本当に大きくなりましたね。腕が疲れてしまいましたよ。」
そう言ってそっと笑うお母さんに、私はすぐに体を起こしました。
「す、すみません・・・・。」
なんだか恥ずかしくなって、私はお母さんに謝りました。
「良いのですよ。私はいつまででも亞莎さんのお母さんなのですから、これくらいは何でもありません。」
そう言って私の頬をそって撫でるお母さんに手の温もりが、私を温めました。
「・・・・・一刀さんは、」
そう私の頬に触れたまま、お母さんが言いました。
「・・・一刀さんは、手紙で『絶対に私たちのもとに帰ってくる』と書いていましたよね?」
そう、やさしく微笑むお母さんに、私は頷いて答えました。
「では、私たちはそれを信じましょう。自分の好きな人のことを信じるのは当たり前のことでしょう?」
「・・・・・はい。」
そう答えた後に、私の頬を温かい涙が濡らしました。
お母さんは私の涙を手で拭うと、そっと微笑んでから、静かに立ち上がりました。
「ご飯を作ってきますね。亞莎さんもお腹が空いたでしょう?」
そうやさしく私に言ってから、お母さんは部屋を出て行きました。
その日、お母さんが作ってくれたご飯は、とても優しい味がして、私はその味を噛みしめながら、ゆっくり、ゆっくり、ご飯を食べました。
一刀様たちが、曹魏と戦闘を行い、関羽将軍などの活躍もあり何とか退け、益州の諷陵に入城したという報が届いたのは、それからしばらくしてからでした。
私とお母さんはその報を聞いて、思わず抱き合って喜びました。
~雪蓮・冥琳の会話:雪蓮の寝室にて~
雪「どうやら劉備たちは、益州を落とすつもりみたいね。」
冥「そのようだな。現在の益州太守は民に人気がなく、財政も厳しいというのに遊び呆けているらしいからな。劉備たちが蜀を手に入れるのは時間の問題だろう。」
雪「そうなれば、いよいよ・・・ね。」
冥「そうだな。雪蓮が考えている方法が成功しなかったとしても、劉備と手を結ぶことは考えなければならないな。」
雪「でも、私たちの方からってのも、ちょっと気がひけるわね。」
冥「確かに後のことを考えれば、私たちの方からというのはまずいかもしれんが・・・・それは、曹魏の動き次第だ。私は、こちらから願いでなければならない状況になると踏んでいるがな。」
雪「あのおチビちゃんに負ける訳には行かないからねー。もし負けちゃったら、私の可愛い冥琳が取られちゃうかもしれないし。」
冥「雪蓮。もし私たちが負けることがあったら、おそらく我らは首を刎ねられるぞ?」
雪「そんなの分からないわよ?あの子、綺麗な女の子が好きみたいだし、首を刎ねないで、冥琳のこと食べちゃうかもしれないわよ?」
冥「ふぅ。私にはそんな趣味はないのだが・・・・。」
雪「あら。じゃあさっきまで私たちがしてたことは何かしらねぇ。」
冥「しぇ、雪蓮!!」
雪「冥琳たらそんなに顔赤くしちゃって、可愛いんだから。曹操に食べられちゃう前に、もう一回私が食べちゃうわよ?」
冥「お、おい。ちょっと待て・・・。しぇ、雪蓮!?」
雪「うふふ。いただきまーす。」
~亞莎視点~
一刀様が諷陵に入城したという報が入って、しばらく時が過ぎてから、私とお母さんのもとに一刀様からのお手紙が届きました。
その時には呉の間諜から、一刀様たちが益州を平定し、新たに南蛮まで併合したという報が入っていました。
一刀様からのお手紙には、
益州への撤退の時に前線に出ないという約束を破り、心配をかけてしまって、すまなかったということ。
でも、お仲間のおかげでなんとか生き延びることができたということ。
二胡が思いの他難しく、練習するのに苦労しているということ。
これから益州に入り、またしばらく戦いが続くだろうけど、あまり危ないことをするつもりはないから安心してほしいということ。
早く私たちの所に帰ってきたいということ。
私とお母さんが健やかであることを願っているということ。
などが書かれていました。
私もお母さんも、そのお手紙を何度も何度も読んで、その度に二人で笑って、一刀様が二胡をうまく弾くことができずに四苦八苦しているのではないかと、話をしていました。
そうして、また私たちの方からお手紙を書こうとしていたある日。
曹魏にはなっていた間諜から、情報がもたらされました。
「曹魏の軍勢およそ100万。孫呉に向けて進撃。間もなく国境を越える模様。」
その報を受けて雪蓮様はすぐさま全土に総動員令を発し、私たちは徹底抗戦の準備に追われました。
そうした慌ただしい準備しているある日に、私は雪蓮様に呼ばれました。
場所は玉座の間ではなく、雪蓮様の執務室。
準備についてのご指示があるのだと思い、私が部屋の中に入ると、そこには雪蓮様と冥琳様がいらっしゃいました。
「ねぇ、亞莎。あなたまだ天の御遣い君と手紙のやり取りしてるわよね?」
部屋に入った私に、雪蓮様がそう聞きました。
「は、はい。とは言っても、今回の曹魏の侵攻で、まだお返事を書けていないのですが・・・」
私は少しうつむきながら、そう答えました。
「そう。・・・・ねぇ、亞莎。あなた、天の御遣い君のこと好き?」
「・・・・えぇ!?」
雪蓮様の予期していなかった質問に、私は思わず声を上げてしまいました。
「どうなの?」
雪蓮様は、そんな私を気にする風でもなく、少し微笑みながらもう一度聞きました。
「・・・・・・・・(////)」
私は、すぐに答えることができませんでした。
私の気持ちが言葉として浮かんでくる度に、恥ずかしくて顔を赤らめてしまっていました。
「・・・・」
雪蓮様たちは、そんな私の様子を静かに見つめていらっしゃいました。
「そ、その・・・・・・す・・・・、」
「す?」
意を決してそこまで言った私の言葉に、雪蓮様がそう首を傾げました。
「す・・・・好き・・・・です。」
自分が言った言葉でまた恥ずかしくなって、私は思わず顔を隠しました。
「・・・・そう。」
雪蓮様がそう答えるのを聞いて、私は少し腕をおろして、雪蓮様と冥琳様の方を見ました。
すると、お二人は互いに視線を合わせた後、コクンっと頷き、私の方へ視線を戻しました。
「亞莎。私たちから、提案があるんだけど・・・・」
雪蓮様は、少し笑顔になっていました。
「あなた、天の御遣い君と結婚しない?」
雪蓮様の言葉に、一瞬思考が止まりました。
「・・・・・・・・・・・・・・」
その時、私の頭の中には、「結婚」、「天の御遣い」、「一刀様」、「私」という言葉が飛びまわっていました。
(結婚・・・・天の御遣い・・・・・一刀様・・・・・私・・・・)
その場の時間が止まっているかの様に、私が考えている間、部屋の中は静まりかえっていました。
(結婚する・・・天の御遣いの・・・・一刀様と・・・・私が・・・・・私が!!!??)
その瞬間、初めて頭の中を飛び回っていた言葉がつながりました。
「え、えぇぇぇええぇぇぇ!!!!!!??????」
その時の私の叫び声は、お城の城壁にいた明命の耳にまで届いていたそうです。
あとがき
どうもkomanariです。
前作にたくさんのご支援とコメントをいただきまして、本当にありがとうございます!
亞莎の話なので当たり前ですが、予告通り亞莎視点に帰ってまいりました。
さて、今回は少しお話が進んで、亞莎の叫びまででしたが、いかがでしたでしょうか?
前回の話で、思いのほか愛紗へのコメントが多かったので少しびっくりしていましたが、出来るだけ愛紗にも幸せになってもらおうかと思っています。
亞莎の幸せが最優先ですが・・・・。
最近の悩みとしましては、愛紗もそうですけど、お母さん(俐莎)の幸せはどうしようかってところなんですが、まぁその辺も頑張って考えようと思います。
そんな感じで、なかなか終わらないお話ですが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
今回も、僕の作品を読んでいただき、本当にありがとうございました。
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とうとう5話目です。
なんか、俺が今まで書いてきた中で、一番話数が多くなりそうな予感です。
今回は予告通り亞莎メインです。
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