雪蓮様に突然一刀様との結婚を勧められて、あまりのことに叫んでしまった私に冥琳様が言いました。
「何も無理にしろとは言わん。だが、もしお前と天の御遣いが好き合っているのなら、それは孫呉と蜀の間で同盟の象徴になる。だから、結婚しないかと言ったのだ。」
冥琳様がそう落ち着いておっしゃった言葉に、私はまた驚きました。
「しょ、蜀と同盟をするんですか!?」
私の驚きに、雪蓮様が少し不満そうなお顔でおっしゃりました。
「そ。私たちだけで曹操を倒せるのなら、別に同盟なんてするつもりはなかったんだけど、今回の兵力差じゃどうしたってそれは無理。だから、私たちがやられてしまったら困るだろう蜀と同盟を組んで、大きくなり過ぎた魏を叩こうと思ったのよ。」
雪蓮様のおっしゃっている意味はよく解りました。大国の魏が、私たち孫呉を平定してしまったら、そのあとに残るのは蜀のみ。そうなったら、蜀はもう魏に対抗することはできないでしょう。
「お前が結婚するのが嫌だというのなら、それはそれでかまわない。象徴がなくとも、同盟は組めるからな。だが、二人が結婚することによって両国に強い絆が生まれることは事実だ。我々としても、同盟は強固なものにしたいと思っている。だが、どうするかを決めるのは亞莎、お前だ。」
冥琳様がそう静かにおっしゃいました。
「亞莎が嫌だというのなら、この話は蜀にはしないわ。まぁ向こうからその話があった場合は別だけどね。」
雪蓮様はそう言って微笑みました。
「今すぐに決めろとは言わないわ。そうね・・・・・本当はもっと時間あげたいところなんだけど、曹操が待ってくれなさそうだから3日後に答えを聞くわ。それまでに、答えを出しておいてね。」
そう雪蓮様に言われて、私は半ば呆然としながら部屋を出ました。
(どうしましょう・・・・・)
雪蓮様の執務室を出た私は、ずっとそう考えながら歩いていました。
(一刀様と結婚・・・・)
そう考えるだけで私は顔を赤くしてしまっていました。
(ど、どうすれば・・・・・)
そう考えながら私は、自分の部屋へと歩いて行きました。
カチャッ・・・・
そっと扉を開けると、お母さんは窓際に座り、やさしく空を見上げていました。
「・・・あら、亞莎さん、お帰りなさい。もうお仕事は終わったんですか?」
私がその問いかけにすぐに答えることができずにいると、お母さんはふっと微笑みました。
「また何か悩みごとですか?」
そう言ったお母さんに驚いて、私は思わず目を見開いてお母さんを見ました。
「あたり・・・・ですね。ふふ。どうしたのです?私に聞かせてはもらえませんか?」
少しいたずらっぽいような、それでいてやさしげな笑顔でお母さんがそう言いました。
「・・・・・あ、あの・・・・・」
私は少し戸惑ったあと、顔を赤くしながらお母さんに話しました。
「そ、その。しぇ、雪蓮様に、一刀様と・・・・・結婚・・・して、そ、孫呉と蜀の同盟の象徴になってくれないかと、・・・・・言われました。」
そうつっかえ、つっかえ言ったあと、私は恥ずかしさから顔を隠しました。
「・・・・・・・」
喜んでその結婚に賛成すると思っていたお母さんが黙っていました。
「・・・・?」
私はいつまでたっても聞こえてこないお母さんの返事に、腕を下げてお母さんの方を見ました。
するとお母さんは、どこか怒ったような、それでいて悲しんでいるような、複雑な顔をしていました。
「お、お母さん?」
私がそう呼びかけると、お母さんは静かに私を見つめ一言だけ言いました。
「・・・・反対です。」
「え・・・・・。」
その答えに私は思わずそう声を洩らしました。
「私は、その結婚には反対です。」
そう言うとお母さんは、スッと立ち上がって、私の横を通り、部屋出て行きました。
・・・・パタン
部屋の扉を閉める音が私の後ろで聞こえて、私はどうすればいいのか分からず、ただ立ち尽くしていました。
その日、お母さんは夜遅くなるまで部屋に帰って来ませんでした。
お母さんが帰って来た時には、私はもう布団に入っていましたが、眠ることができずにいました。
お母さんは寝室に入ると、扉の所で少し立ち止まり、そのあと自分の布団の中に入りました。
(お母さんはなぜ反対したのでしょか・・・・・)
私はそれが気になって、ずっと眠れませんでした。
次の日の朝、私がふと気が付くともう外は明るく、お母さんはもう寝台の上にはいませんでした。
(いつの間に寝てしまっていたんですね・・・・・)
そう思いながら寝室を出ると、お母さんが朝食の準備をしてくれていました。
「・・・・・」
私は昨日のこともあり、無言でその様子を眺めていました。
「・・・・・」
お母さんも椅子に座ったまま、しばらく黙っていました。
「・・・・・大切なお話があるので、先にご飯を食べましょう。」
そう小さく言ったお母さんの声に促されて、私は席につきました。
「「・・・・・・・・」」
私たちは、しばらく無言のまま朝ごはんを食べました。
私は朝ごはんを食べている間も、ずっとお母さんが言った言葉のことを考えていました。
ご飯を食べ終わり食器を片づけたあと、お母さんがお茶を淹れくれて、私たちは机をはさんで座りました。
「「・・・・・・・」」
また二人とも無言になりました。
「・・・・・昨日は・・・・」
しばらくするとお母さんがそう切り出しました。
「昨日は、突然部屋を出て行ってしまい、すみませんでした。」
そう静かに頭を下げたお母さんは、茶器に手を触れながら続けました。
「でも、亞莎さんが言っていた結婚の話について、私が反対したのには理由があるのです。」
そう言うと、お母さんは視線を上げて私の方を見つめました。
「その理由を聞いてくれますか?」
そう儚げに言ったお母さんに、私は頷いて答えました。
「・・・・・・あれは、私がまだ実家にいた時の話です。」
私の頷きを見てから、お母さんはつづけました。
「亞莎さんも知っているように私の実家は商家でした。それも、その地域では名の知れた商家だったので、いろんな人が家に来ていました。役人の方、商家の方、農民の方・・・・」
お母さんは少し息をついてからつづけました。
「その中には、商家の娘である私と縁組をしたいという人もいらっしゃいました。私はそんな見ず知らずの人と夫婦になる気などまったくありませんでしたが、父は私を家の発展の道具として使いたかったようでした。」
お母さんは少し悲しそうな表情をして視線を落としました。
「なので父は、より家が大きくなるような人と私を結婚させようとしました。もうその時にはお父さんと好き合っていたのですが、それでも、父は別の男性と結婚させようとしていました。・・・・・・だから私とお父さんは逃げたのです。」
お母さんとお父さんが実家から逃げて来たということは知っていました。
でも、他の方と結婚させられそうになったからという理由は初めて聞いた話でした。
「今回の結婚の話は、私の話とは全く違います。亞莎さんも・・・・たぶん一刀さんもお互いのことを好き合っているでしょう。それに一刀さんは、人を道具として見るような人ではありませんし、きっとこの話のまま結婚しても、二人は幸せに暮らすことができるでしょう。」
お母さんは顔をあげて私を見つめました。
「でも、家の都合で、いえ、国の都合で結婚してしまえば、国の都合で別れるのも必定です。雪蓮様や一刀さんが道を踏み外さずとも、国は意図しない方向に動いて行きます。それは、民の意思であったり、官の思惑であったり様々です。でも、両者ともに善意で行ったことが両者の仲を引き裂くことがあるように、どれだけ賢明な方たちが国を動かしても、両国の仲が引き裂かれることがあるのです。」
そこまで言うと、お母さんはもう冷めてしまっているお茶をすこし飲みました。
「・・・・・亞莎さんが一刀さんと結婚することは賛成です。私もいつか一刀さんと亞莎さんの子供をこの腕に抱ける日が来るのを心待ちにしています。・・・・・・ですが、国の意思で結婚するということには反対です。」
そう言うとお母さんは、すこしの間何も言いませんでした。
私もお母さんの言葉を噛みしめながら、ずっと一刀様との結婚について考えていました。
「・・・最後に決めるのは、亞莎さん、あなた自身です。どんな道を選んだとしても、私は亞莎さんを応援します。・・・・ですがこれだけは覚えておいてください。」
お母さんはじっと私の目を見つめました。
「時に天運が自分の意思を強引に捻じ曲げることがあります。どれだけ強く願おうと、どれだけ必死になろうとも、どうにもならない時もあるのです。ですが、自分の道を決めるのは自分自身です。天運がどのように自分を翻弄したとしても、最後に決断するのは自分です。どうか後悔のない様に、よく考えてください。」
そう言うと、お母さんはスッと立ち上がりました。
「・・・・お茶、もう一杯飲みませんか?」
さっきまでの張りつめた表情ではなく、やさしい笑顔でお母さんがそう言いました。
「・・・いただきます。」
私も少し微笑んでそう答えました。
「も、申し訳ありませんが、結婚の話はお断り・・・・させていただきたいと思います。」
約束の3日目、私は雪蓮様にそう返事をしました。
「・・・そう。わかったわ。」
雪蓮様は少しだけ残念そうに、そう言いました。
「さて、冥琳。それじゃあ、同盟の使者を選ばなきゃね。」
そう雪蓮様がお隣の冥琳様におっしゃいました。
「そうだな。やはり、この場合はそれなりの地位のある人物を送って、こちらの誠意を見せなければならないが・・・やはり、私か蓮華様あたりが妥当だろう。」
冥琳様がそうお答えになり、お二人は使者を誰にするかということを話しあっていらっしゃいました。
「そうねぇ。冥琳は軍の編成とかやってもらわなきゃいけないことがあるし、私が・・・・・って言っても冥琳が許してくれないわよね?」
「当たり前だ。君主であるお前が行ってしまったら、誰がこの国をまとめるのだ。」
冥琳様は少し呆れた様子でそう言いました
「そうよねぇ。やっぱり蓮華あたりかしらねぇ。・・・それじゃあ、正使を蓮華にするとして・・・・」
雪蓮様がそう言って考え込んでいたので、私は意を決して声をかけました。
「あ、あの!」
私の声にお二人がこちらを見ました。
「うん?どうしたの亞莎?」
雪蓮様がそうおっしゃいました。
「わ、私を・・・・・し、使者の一人として、派遣してはいただけないでしょうか?」
そう言った私に、お二人は少し考えていらっしゃるようでした。
(自分の道は自分で決める。)
お母さんの言葉が、心に浮かんでいました。
あとがき
どうもkomanariです。
前作のコメントで、「蜀の反応」を楽しみにしていると言ってくださった方々には大変申し訳ありませんでした。
でも、はじめからこうすることは決めていたので、ご期待に答えることができませんでした。
さて、今回は亞莎の中の何かしらの変化的なものを表現したかったのですが、どうだったでしょうか?
毎回のようにオリキャラのお母さんにはお仕事をして頂いたのですが、なんか毎回オリキャラに頼ってしまい、少し申し訳なく思います。
今回はあまり話が進まなかったのですが、次回はちゃんと話も進みます。
あと、最近華雄さんのお話なんかも考えていますので、そのうち書きたいと思ってます。
前作に多くの支援&コメントをいただき大変ありがとうございました。
また、今回も僕の作品を読んでくださって本当にありがとうございました。
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少し遅れましたが6話目です。
今回はあんまり話が進んでいません。
でも、亞莎の中で起こった何かしらの変化を感じでいただければ幸いです。
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