No.72396

騎士協奏曲:言葉 Ⅱ惑わされる者たち-1

紡木英屋さん

騎士と王子、城に勤める者たちが織り成す、願いと思惑の物語。
第一章のⅡ-1です。

2009-05-07 20:14:10 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:535   閲覧ユーザー数:506

 

 

 Ⅱ 惑わされる者たち-1

 

 

 控えめに、扉をノックする音がした。音をたてているのは、まだ成長途中といった感じの、細身で小柄の王子。

 いつまで経っても返事が返ってこないような気がして、ノックの後、少ししてから彼はノブを握って、回した。

 

 

「……おい、おい。こういう場合は返事を待つのが礼儀ってもんだろ?」

「そうすれば、父様は返事をくれますか?」

「いんや。有り得ないなあ、絶対」

 早速はじまった会話が、瞬間終わった。不満そうな顔をしたまま、ティスは押し黙る。

 微妙な空気が漂いながら、両者は口を開かない。数分経ってから、ようやくグラドフィースは話す。

 

 

「見てきたか? 城下の様子」

 ただ一言。その一言に反応して、ティスは眉を寄せた。

 

 

「……自分で言えばいいじゃないですか。そんな風に、後々の事を心配しなくてもいいんですよ」

 もしも前王が優秀であればあるほど、新たな王は国民から非難を受ける。前の王は素晴らしかった、この国は落ちぶれてしまった、などと。国民が王に不満を持てば、それは不信感に変わり、反旗を振りかざされる可能性に繋がってしまう。

 だから国王陛下は、王子の人望を厚くしようとしているのだ。

「――俺としても、さあ。あんま負担は掛けたくないわけよ。……シェウリディスに火の粉が散らないためにも、な」

「シェウリ、ですか。確かに、一番に守らないといけないかもしれませんね――」

 

 

 ティスはまだ、子供のような態度をする弟を思い浮かべた。

 他の人には笑って接しているのに、自分に対する態度だけは何処か冷たい。その態度が何処か痛くて、切ない。

 王族として正式に認められていないという辛さは分からないが、それでもシェウリは大切な家族なのだ。――大切な、弟。

 かつてイリルが笑って手を差し伸べてくれたように、シェウリにも、幸せになってほしい。

 

 

「……いつまで、シェウリに騙させたままにしておくつもりですか。あのままでは、シェウリが――」

「仕方ないだろ? あいつだってまだ、この場所に居たいはずだ」

 グラドフィースは、微笑した。その顔を見て、ティスは軽く唇を噛む。

 かつて手を差し伸べられた時のように、手を差し伸べてあげたい。

 そう思うのは、そんなに愚かな事なのだろうか。

 

 

「おばさーんっ! この野菜は何処に持っていけばいいんだ?」

「ああ、その野菜ねえ。取りあえず、あそこに色々積んであるから、そこに置いといてもらえる?」

 指を指された場所はちょうど日陰で、休んでいる人たちが多く居た。軽い足取りで、イリルはそこへ向かう。

 箱を積んでから、イリルはその休んでいる人たちに声を掛けた。

 

 

「まだまだ運ぶ物があるんですから、あんまり長く休まないようにしてくださいよ?」

 苦笑を漏らす。

「この年になると、足腰がきつくて。イリル君みたいに若い人が手伝ってくれると助かるんだけど、ねぇ。皆さん忙しいみたいで……」

 これからも大変になりそうね、と他の休んでいたおばさんが溜め息を吐いた。

 それを見て、何だったら今度も手伝いますよ、とイリルは苦笑した。

「助かるけど、悪いわねぇ。皆がイリル君みたいに優しい子だったら、楽だって言うのに……」

 軽く会釈して、イリルは小走りで荷物を取りに戻る。

 

 

 二箱ほど腕に抱えていると、声を掛けられた。

「イリルぅー。お手伝いにきたよー」

 声の主に目をやると、予想どうりの人物がいた。年齢にそぐわぬ、ちんまりとした身長。声のトーンも、年齢に比べると高い。そして、独特の訛りのある発音をする人物を、彼は一人しか知らなかった。一人しかいなかった。

 こっそり溜め息を吐いて、方向転換をした。とは言っても、真正面に捉えてしまうと箱で顔が見れなくなるため、横向きになる。

 

「荷物はあっちだ、クリスナっ」

「わかったよ。じゃあねぇー」

 そう言い終えると、クリスナはイリルが来た道を逆走していく。小さな影がさらに小さくなって、やがて見えなくなった。

 影が消えたのを見て、イリルは進みだした。立ち止まったままでは、時間が勿体無い。

 

 

 先程の日陰の場所に着いて、イリルは箱を置いた。日陰に置かれた箱の数は、十箱で一列がだいたい九十列。一箱の重さがさほど無いとはいえ、これが一ヶ月半で綺麗さっぱり無くなるのだから、城に勤めている人の数は計り知れない。

「あら? イリル君、それは離宮の分みたいよ。ほら、箱の横に青色のシールが貼ってあるでしょう? それは離宮の分の目印なのよ」

「離宮の分は、こことは違う場所に集められてるから。悪いけど、そこまで持って行ってくれるかねぇ」

 分かりましたと一つ頷いて、置いた箱を再び持ち上げる。この分じゃクリスナの箱もそうだろうと、イリルは思った。離宮の分は、東の方に集められているらしく、あまり距離は無かった。

 

 

「あれ、イリル?」

 後から追いついた、クリスナが声を掛ける。クリスナの持っていた箱を見ると案の定、青色のシールが貼ってあった。

「青色のシールが貼ってあるのは、東の方に集めるんだと。行くぞ」

 頭が追いついていないクリスナを置いて、イリルは早々と歩いていく。待ってよ、と言いながらクリスナが駆けていった。

 余談だが、ちまっとした体躯のクリスナが駆けていくのを見て、休んでいたおばさん達は大いに和んだという。

 

 

「そういえばクリスナ。何してたんだ? 荷物の整理って言ってもあの部屋じゃままならないだろ」

「え? あー、うん。……まあ、ね」

 箱を置いてからの会話、クリスナは言葉を濁した。あはは、と苦笑いを繰り返す。

「イリル君たち。ちょっと大きいし、重いけど、これ持っていってくれるかねえ」

 そう言ったおばさんの隣には、クリスナの身長ほどの高さの、大きな長方形の箱が三箱、台車に乗っていた。これにもまた、青色のシールがついている。少し考えた後、いいですよ、とイリルは返答した。

 箱に駆け寄って、持ち上げようとする。が、

「――つっ! 重っ。何だこれ!」

 その箱は、びくともしなかった。一センチも浮かず動かず、イリルは諦めて手を離す。

 

 

「それねえ。シェウリ様から特別に取り寄せるように申し付かった物で、何が入っているのか、あたし達も知らないのよ――。噂じゃ、別ルートから取り寄せたらしいわ。もう五箱は、あたし達で何とか運んだんだけれど……」

「……――あのぉ。そんなに重いものを、運ばなきゃいけないんですか? もっていけるって可能性も、ほぼゼロなんだけどぉ」

 

 

 クリスナは首を傾げながら顔を歪め、その顔を見て、おばさん達は申し訳なさそうな顔をした。その表情を見て、イリルはクリスナの頭をぺちん、と叩く。叩かれたクリスナは、頭を押さえてしゃがみ込む。

「いたいよぉ。イリルぅ、酷いー!」

「分かりました。ですが持ち上げられそうに無いので、台車をお借りしても宜しいでしょうか?」

 クリスナの批難を無視して、イリルはおばさん達に訊く。いいよ、とおばさんが返事をして、イリルはクリスナに向かって行くぞ、と言い放った。

 

 

「……うー。イリルのお人よしぃー」

「騎士の十戒が一つ、礼儀正しさや親切心、だろ」

「騎士の十戒って言っても、ぼくら、王国の騎士軍の軍人なんだから、騎士なんて称号の一つに過ぎないよぉ。それに騎士なら馬にのって戦わないと」

 

 ほめ言葉を投げつけて、返されて、知らないふりされて、クリスナは渋々台車の取っ手に手をかけた。イリルは既に、掴んでいる。ためしに二人で押してみるが、あまり動かなかった。

「重いな……。これを五箱も持っていくなんて、意外と体力派……?」

「おもいー。うごかないー!」

 痺れをきらしたクリスナが台車ごと箱を蹴りつけた。だが台車はびくともしない。諦めて台車の取っ手を再び掴もうとした。

 

 

 刹那。

 

 

 がたんっ、と箱がひとりでに動いた。

『……――』

 二人は言葉を失う。顔を見合わせ、もう一度箱を見た。

 

 

「――何が入ってるんだ?」

「みないほうが、身の為じゃない……かな?」

 

 

 息を呑んでから、もう一度台車の取っ手に手をかける。そして、力の限り押した。

 それから約三時間後、彼らは無事に荷物を運ぶ事ができたそうな、できなかったそうな。

 

 

 


 
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