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コードヒーローズ~魔法少女あきほ~

銀空さん

2014-06-08 15:56:22 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:253   閲覧ユーザー数:253

コードヒーローズ魔法少女あきほ編

第六話「~夢 想~ワタシと私の不変」

 

 

 

 

 

 神田 鳴子は、身を崩した。

 苦悶の表情。息が乱れ、玉のような汗が額に浮かぶ。首元には黒く光る石が同化していた。彼女は魔石の餌食になっているのだ。

 激痛に耐え切れないのか、叫ぶことしか出来ていない。瞳孔が開きはじめ、虚ろになっていく。地面についている手は忙しなく地面を確認するかのように、置き場所を変えていた。腕は小刻みに震え、手の甲には女の子らしからぬ太い血管が浮き出ている。力の入れ方がわからいのか、何度も身を起こそうとして起き上がれなでいた。

 鳴子は叫ぶ。何度も「嫌だ!」叫んだ。

 涙を流し、助けを乞う。

 そんな彼女の姿をアネットは面白可笑しく眺めていた。

「そのまま抵抗しなけば、楽になれるものを。馬鹿な奴らばかりだわさ! イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」

 アネットの狂喜に満ちた笑いだけが、路地裏に響いた。鳴子はなんとか首を振って否定する。

 鳴子は涙で霞む視界で周囲を確認する。彼女と同じく、苦しむ姿がたくさん見えた。奥には一軒家くらいの大きさの黒い卵が揺れている。

 彼女は悟る。いずれ自分もああなるのだと、顔を青くした。

「な、凪ちゃん助け……ああッ!!!」

 激痛に言葉が続かない。

(どうしてこうなったんだろう?)

 鳴子は思い出す。走馬灯が走る中、1日の出来事を。

 

 

 

 

 12個目の目覚まし時計を止めた所で思考はようやくクリアになった。

「んん~」

 背を伸ばして固まっていた体をほぐす。見慣れた天井、白い壁紙。起き上がり部屋を見渡す。足の踏み場もない部屋だ。参考書や教科書、漫画やプラモが散乱している。

 私、神田 鳴子の部屋だ。

 しばし部屋を見渡す。

 視界の端に参考書の山が目に入った。なんの気なしに一番上の本を開いて目を通す。そこにはヒーローエンジニアたちの知識が羅列されている。どれも興味深く、ついついページをめくってしまう。

 ここにいる人たちは自分の作りたいモノを作っているんだろうな~。私も早くこうなりたいな。私の作った装備でヒーローがファントムバグを一万体消し飛んじゃうの! それでヒーローがインタビューで「神田鳴子の技術力のおかげで~」とかなんとか言われちゃったりしちゃって。翌日から取材とかたくさんきて――。

 勢い良く読み進んでいき、とあるページで止まった。

 お父さんとお母さんの記事だ。情報漏洩対策のためなのか、家でも滅多に自分たちの仕事内容を喋ることはない。その代わり常に会話は明るく楽しいものばかり。個人的にはもっと油断して喋って欲しいけどね。聞くとやんわりと断られる。でも、こうして記事を通して、お父さんとお母さんの仕事のことを知ることができるのだ。こうやって知ればいいよね。

 呼び鈴の音が鼓膜を揺らした。

 ハッと我に返る。慌てて時計を探す。

「えっ?! 何? 今何時? わああああああああっ!!」

 時計を見ると、家を出ないといけない時間をとっくにすぎていた。

 慌てて制服に着替える。

 授業の確認をして、宿題をカバンに入れた。髪も食事も道中済ませればいいと考え、階下に飛び降りる勢いで降り、食パンを掴んで、そのまま飛び出る。玄関ではぼんやりとした様子の凪ちゃんがいた。

 待たせてごめんと口を開こうとすると――

「弁当持った?」

 カバンの中を確認する。ない。

「ごめん取ってくる」

 これが私たち2人の毎朝の日常だ。

 

 

 

 

 

 私、葉野 凪は珍しく足早に登校していた。普段の私を知る人ならば、目を丸くして凝視しただろう。

 早足で青々とした桜並木の坂道を登っていく。

 今日は珍しく鳴子が忘れ物を連発して、学校に遅刻しそうになった。少し進んでは思い出して、家に戻っての繰り返し。最後は半泣きになっていたわ。

「ごめんね。ごめんね……」

 小さく縮こまりながら何度も謝られる。

 もちろんこんなことは今日が初めてじゃないから、別段気に留める程度のことでもない。十分間に合うし、間に合わなくても別に大した問題ではない。

「怒ってる?」

「ううん」

 今日は珍しく凹んでいる。怒っている素振りは見せていないし。見せられるほど感情が豊かでもない、私が言うのもなんだが、決して表情は豊かではない。そしてそれを表に出すのも得意でもない。家でも家族の中で唯一読めないと言われる。

 きっと大分前にあった夢の話だろう。それがここに来て効き始めたのだろう。

 坂を登り切ると、鳴子が息を大きく乱していた。

 パンを食べながらだから、息も乱れるのは普通か。

 短く深呼吸して呼吸を整えた。背後で明樹保の声が聞こえた気がする。振り返って確認すると、明樹保、大、直、烈だ。なんだか険悪な雰囲気だ。

 顎に手を当て思案する。すぐに思いついたのは直絡みかな。

「どうしたのかな?」

 鳴子もようやく息が整ったようだ。まだ距離はあるが、声を小さくしている。

「大方、直の嫉妬がこじれたんじゃないかしら?」

 鳴子は「ああ」と、声を漏らした。

 あのフループは、三角関係が出来上がっているのである。直は大のことが好きで、烈は直のことが好きらしい。ちなみに大はそんなことはまったく気づいていない。そもそも異性に興味を抱いているのかすら怪しい。そういうのを考えているのかさえ疑問だ。

 私が今まで生きてきた人生の中で、常にどこか遠くを見ているような人間は大くらいである。いい所でもあり、悪い所でもある。そして今日はそれが悪い方向へと転がったのだろう。

「ここ最近直ちゃんの嫉妬すごかったもんね」

「そうね」

 大と、暁美の仲がすごく良くなった。ただ、私の見立てだと双方恋愛感情はない。ただ友人が親友になった程度だと思っている。だが、直の悪い癖なんだけど、思い込むとそれ以外のモノの見方をするのが難しくなる。だから彼女は勘違いしているのだ。それを指摘しても、今の彼女なら否定的に見て、指摘した相手が女なら、間違いなく、ライバルだと思い込む。

「1年の時もあったもんね」

「あの時より酷くなるかもね」

「何がです?」

 いつの間にか件の暁美と水青、白百合が横にいた。きっと明樹保たちが来るのが遅くてこっちに来たのだろう。

 そういえばこの3人。明樹保と水青と暁美は放課後に何かやっているようだ。凄く気になる。今までに経験したことがない焦燥感。彼女たちにその意識はない。でも私と鳴子はそれに孤立感を覚えていた。私もどうしたらいいのかわからない。

 あれこれ考えていたら、明樹保達が近くに来ていた。

「みんなー! おっはよーう」

 明樹保は誰が見てもわかるくらい無理に笑っていた。

 

 

 

 

 

 如月 英梨は明樹保たちが紙切れを回して、何やら伝言をしていることに気づいた。だが、注意しようとする素振りは見せない。自分も若い時にそれをやっていたし、それで育まれる友情も知っている。時に仲間外れを作ったりもする。

 何より彼女が叱らなかったのは、その紙切れに気を取られるのも短い上、すぐにその行為事態しなくなったので、気には留めなかった。

 

 

 

 直ちゃんが大ちゃんのことが好きなのは知っていた。大分前に一度聞かれたことがある。好きなのかどうかと問い詰められたのだ。もちろん私は大ちゃんにそんな気持ちは抱いていない……と思う。

 事の発端は今朝。

 どうも直ちゃんが、直ちゃんのお父さんと喧嘩したらしく、大ちゃんがそれを指摘して、一気に険悪なムードに。列君も加わってしまい。こんがらがってしまった。一切会話のないまま坂道を登ることに。すごく長く感じた。しばらく、重苦しい登校が続きそう。

 それに加えて魔法少女の方も芳しくない。

 暁美ちゃんが仲間になってから反ヒーロー連合と複数回の戦闘があった。その戦闘で反ヒーロー連合とタスク・フォース、黄金の戦士、紺碧の戦士と険悪な関係になっちゃったのだ。魔物との戦闘はまだ結界の中で済ませられるので、後ろから撃たれることはないけど、結界がない場合だと、敵も味方もない状態になる。

 正直どうしていいのかわからない。

――最悪の状態だけど、漆黒の戦士は味方ね――

 エイダさんの言葉を思い出す。

 まだ直接遭遇したことはないけど、漆黒の戦士さんは、私達を助けるように動いてくれているらしい。

 思考から授業に意識を向けた。ちょうど先生が水青ちゃんを指し、教科書を読ませている。

 水青ちゃんの凛とした声が教室に響く。そういえばそろそろ中間テストだ……。勉強できるかな。せめて魔物も中間テストの期間は来ないで欲しい。

 英語の教科書に目を落とした。

 早く私も連続で魔法を行使出来ればいいんだけど。今だに1回使おうとすると、魔力を全部消費してしまう癖が取れない。お陰で体に魔力を纏わせた接近戦しか出来ない。これも大ちゃんの護身術の指南のおかげ。護身術がないと一発撃てば、何も出来ない魔法少女になる。それでは何も守れない。

 焦燥感が襲った。

 

 

 

 

 

 私はヒーローと書かれたノートを取り出した。

 有沢先生のヒーローのお話はとっても楽しいので、いつもこうしてノートに書きためている。

 ちなみに本日の授業は、時間の半分で終わっている。

 今日はどんな話なんだろう? この前のお話もとっても面白かった。

 私の夢はヒーローエンジニアになること。エンジニアは発明して、それを武器に防具に、とヒーローは戦う。ヒーローの戦いをサポートできる発明とか出来たらいいなぁって。

 それにはまずヒーローのことをたくさん知らないとね。いつもこの話はわくわくした気持ちが抑えられないよ。

 ふと隣の席の凪ちゃんを見やる。気持ちよさそうな寝息を立てていた。

「さて、いつものヒーロー講座だ」

 教室は少し湧く。卓也はそれを満足そうに見渡した。そして静まるまで待つ。

「今日はテレビであまり取り上げられないヒーローエンジニアの話だ」

 胸が弾むような気がした。

 ヒーロー側から見たエンジニアってどうなんだろう? お父さんやお母さんはヒーローたちにどう思われているんだろう?

 普段知ることができない両親の職場。それをヒーローの視点で知ることができる。

 鳴子はいつも以上にワクワクした。

「我々ヒーローもエンジニアも、実はあまりやりたいように出来ないのが常である。特にエンジニアはそれを強要される面が強い」

 その言葉に体から何かこぼれ落ちていくような気がした。そんなはずはないと、いつも以上に真剣な面持ちで耳を傾ける。

「まずはヒーローとエンジニアについて説明する。企業に属して、敵と戦う。それがヒーローだ。その活躍によりスポンサーが集まる。それによって企業は、スポンサーからお金をもらうことができるのだ。エンジニアも同様企業に属し、色々な装備を開発していく。ただその過程でスポンサーと、企業と、ヒーローの要望を受けて、装備や、装飾品、プロテクター、強化スーツ。そういうのをつくり上げることとなる。これが一番エンジニアのやれる幅を狭めている要員だ。まあ装備を作るんだ。それでいいじゃないか。そう言ってしまえばそれまでだが。必要のない機構や、装備、装飾も強要される場合が多々ある」

 お父さんとお母さんが教えてくれない理由が少しだけわかった気がした。私はよく自分の思った通りのモノが作れる。発明できると思っていた。けど、今の話は違う。もしかしたらできている人もいるのかもしれない。けど――。

「ヒーローの装備の開発ルートは、主に2つある。1つは統合軍で使用される装備で、型落ち、または消耗品の装備が、全世界の企業に設計データを配信される。それを企業は独自の技術で強化、最適化を行う。もう1つは完全なる独自開発だ。今説明した中で一番多いのが前者だ。後者を行えるのはかなりの大企業になる」

 ――ショックは隠せない。それでもヒーローのことを知れるのは嬉しいことは嬉しいのだが。その嬉しさで、自身の中の困惑を押し殺した。

「前者の場合でのエンジニアの動きを説明しよう。まず配信されたデータを元に装備を作り上げる。それをテストヒーローが武器の癖、仕様などを調べる。そこからの改善点をすべて洗い出す。そこから第一の関門である企業のオーダーを受ける。企業の都合に合わせたモノになるんだ。その次の関門がスポンサーだ。エンジニアにとって、ここが一番辛いところだろう。スポンサーは、装備の利便性を一切考慮しない。故に、装備としての合理性など全く無視したモノを要求してくる。大体はスポンサーの意向通りに仕上がることが多い。そして最後にその二つの都合で作り上げた装備を、ヒーローが文句をつける。ここから一番長いぞ。今までの都合を押し曲げられるわけにはいかないから、妥協できる点をなんとか見つけて、スポンサー、企業のお偉方を説得したり、ヒーローを説得したり。そうしてヒーローの武器や防具、装飾品などが出来上がっていっているんだ」

 じゃあお父さんとお母さんもそんな辛い思いをしているのだろうか? もしもしているなら、そんな辛い思いをしてまでもやる必要はあるのだろうか? 

 夢見て憧れていた職業なだけに、この現実に少し目眩がする。

 さらに先生は続けた。それは私にとってとても厳しい言葉。

「だから、エンジニアの仕事はかなり大変だ。ただ引きこもって発明して、作ればいいだけじゃない。企業、スポンサー、ヒーローのすべての事情を上手く調整できるコミュニケーション能力と交渉能力が必要となる」

 私の人格を否定された気がした。先生は決して、そういう意味で言ったわけではない。

 いつも読んでいる参考書には、そんな厳しい言葉は書かれていない。人と話すことが苦手な私にとってはかなり険しく感じた。いや、お前には無理だと、言われたような気分。

 

 

 

 

 

 いつも和気藹々のお昼ごはん。だけど今日は違う。朝から直ちゃんが不機嫌で、今もそのことを隠す気がないみたい。そして私は先の授業でコテンパンにされて、個人的に意気消沈だ。だから、今日の食事はなんとなく静かになっている。斎藤君と佐藤君も、それとなく気づいてか、静かに食事を進めている。

 自分のお弁当を突きながら、今日は早乙女君が来ないことを願った。

 ちなみにここにいる人達はすでに事情を知っている。女子の授業中の秘密トーク! 必殺メモ回し! なので、屋上に行く前に、早乙女君の話題は触れないようにするという軽い打ち合わせでここにいる。

 そういえば緋山さんが早乙女君をゆうと呼ぶようになってから、明樹保ちゃんもあきになったし、白河さん、斎藤君、佐藤君を含めてすごく仲良くなった。明樹保ちゃんと、緋山さん、雨宮さんたちは放課後に何かしているみたい。毎日一緒に帰っては寄り道しているらしい。

 凪ちゃんもそれで仲間はずれにされているように感じている。いつもさっぱりしているのに、珍しく気にしていた。時々、原因が何なのか知ろうとしている。

 私も置いてけぼりにされているように感じた。

 いつも一緒だったのにどうしてだろう。

「ところで、最近明樹保と水青、それに暁美は一緒に帰ることが多いわね。私達を遠ざけているようにも感じたんだけど? 何か私達に隠し事?」

 凪はぼんやりとした風体。明樹保たちは少しも動揺しなかったが、白百合たちが揺れ動いた。彼女はそれを見逃さなかった。

 凪ちゃんもしかして、私の代わりに?

 いつもそうである。いつも私が思っても言えないことや聞けないことを、代わりにしてくれる。それでいつも助かっているんだ。だけど、時々度が過ぎるから、怖いんだよね。

「ふぅん。なんかあるんだ?」

 凪ちゃんは返事を聞かずに、決めつけた。

「何にもないですよ!」

 白河さんが食いついた。その状況にさすがに明樹保ちゃんたちの表情が揺れ動いた。

 なんだろう? なんか苦しそうな顔をしている。さすがにこれ以上はいけない気がする。きっと言えないけど大切なことなのかも。

「白百合がなんで答えるのかしら?」

「な、凪ちゃん」

 凪ちゃんは少しだけ私に目を動かした。

 普段はこれで止まってくれるはずだった。だが、今日はおかしい。止まらないのだ。

「何か知っている口ぶりね」

「凪ちゃ――」

 みんなの顔が青くなっていく。そんな中、直ちゃんは我関せずで、食事に集中している。

「いや、その……お姉さまたちは……」

「なんでもないっすよ!」

「そ、そうだそうだ! 俺達は何も隠してなどいない」

 凪ちゃんが不敵に笑う。誰が見ても怪しい。明樹保ちゃんたちも表情がさっきよりも青くなっていっている気がする。とくに緋山さんは落ち着きがなくなってきた。

 やばい。やばいよ! 凪ちゃんこれ以上はやめてー。

「お、おい、葉野」

「あらあら、暁美どうしたの? 落ち着きが無いわね」

 このままじゃなんか直ちゃんがどうとかじゃなく、別のことでここが修羅場になっちゃうー。

 頭を抱えそうになった。が、別のことで頭を抱えることとなる。

「この空気はなんだ?」

 この場合の早乙女くんの登場に、喜んでいいの? 泣いていいの?

 彼の登場に、直ちゃんの表情はさらに暗くなる。

 私は必死に早乙女君を見つめることしか出来なかった。私の視線を受けた彼はただならぬ状況を察してか。かなり慎重に様子を伺っている。

「原因はなんだ?」

 長考した彼の行動は、単刀直入に聞くだった。

 みんなは答えることが出来ずに黙り込んだ。凪ちゃんも一歩も引かないという状態。直ちゃんは相変わらず黙って箸を進めていた。

(あれ? もしかして答えることが出来るのって私だけ?)

 この状況で答えることができるのは私だけである。重ねて言うが私だけになってしまった。何かを知っていて隠している明樹保ちゃんたち。そしてそれを知ろうとする凪ちゃん。そんなことはお構いなしの直ちゃん。やっぱり私だけだ。

 頭を抱えそうになる。早乙女君と目があった。

 自然と口が開く。なんとか言葉を紡いで場をつなげよう。解決しなくちゃ。

「えっとあのっ、そのね……なんて言ったら……いいのかわかんないんだけどね。その……」

 ふと、先の授業の有沢先生の言葉が過る。

 こんなことすら上手く説明できない自分はエンジニアになれるのだろうか? 物凄く悲しくなってきた。頭の中がぐちゃぐちゃになって、言葉が出ない。

 今にも泣きそうになった。そんな私に気づいた早乙女君は、静かに近づく。

「大丈夫だよ神田。落ち着いて」

 私に目線を合わせるように片膝をつく。早乙女くんの瞳の中の自分の表情が情けない。それでも優しく笑いかけ、待ってくれる。

「深呼吸して。上手く説明しようとしなくていいよ。今どうすればいいか教えて欲しいんだ」

 優しい声音。その声に不思議と安心感を覚える。

「えっと、その、凪ちゃんを止めて欲しい」

 

 

 

 その後のゆうの行動は早かった。凪をお姫様抱っこで抱え上げて屋上からあっという間に退散。さすがの凪も激しく動揺していた。

 鳴子もついて行ったので、今はいつものメンバーが2人足りない状況である。なるべくして空気も悪い。

 だが、お陰で助かったといえば助かった。

 とりあえず今度、凪と鳴子に謝っておこう。それが私達3人の念話による会議の結論だった。

 あたしの横でぎこちなく笑う白百合。斎藤と佐藤も、ぎこちない。あたしらの秘密を守ると言っていたが、これはいつボロが出てもおかしくないな。

 3人は「手伝いたいけど、怖い」と言って、魔物に関しては関わらないようにすると言った。白百合は最後まで迷っていたけど、あたしが止めた。

 掟のことは、エイダさん曰く「他人にこのことを教えなければそれでいい」とのこと。知られると厄介なことを呼び寄せる可能性があるらしい。いや、あるな。

 特にタスク・フォースの耳にあたしらが変身しているとバレたら不味い。あいつらはこっちをガチで殺しにかかって来るからな。同じモノを守っているはずなのに、助け合うことを許されないってのは歯がゆいな。

 そもそもあいつらに任せてこの街を守れるのかどうか疑わしい。反ヒーロー連合との戦いでは数で押され、金ピカと青いやつらとの戦闘ではやられているだけだった。そんなのであたしらの街を守ってくれるのかよ。

 しかもこっちにまで攻撃してくるとか、まあそっちがその気ならあたしは戦う。戦ってでも守りたいモノがある。この街……なんて大それたことは言わない。目の前で苦しむ人達、それとうちのお母さんと、店を守ってみせる。そのためにこの力はあるはずだから。何より、あきや水青が戦っているんだ。それを見て見ぬふりなんてあたしには出来ないね。

 

 

 

 

 

「あんた馬鹿でしょ!」

 珍しく大きな声を出した。感情が、顔に熱を感じさせる。

 たぶん赤いわね。

 お姫様抱っこをしたまま教室まで連行される形になったのだ。有無を言わされることなく抱え上げられ、道中周囲に晒し者状態。さすがにそこまでされて動揺しない精神はない。

 大は、時々何するかわからないから怖い。困るじゃなくて怖い。

 鳴子が助けを求めた時点でいくつか問答は用意していた。しかし、相手はそれらを見透かしたかのように一切無視した実力行使。言葉も抵抗は無意味だった。

「ああでもしないと止まらないだろ?」

「でも――」

 明樹保たちに置いて行かれる感じがしたのが嫌だった。突然置いて行かれるような気がして、寂しく感じたのだ。

 明樹保たちにだけは置いていかれたくない。

「言わんとすることはわかる。だからこそ、少し待ってあげて欲しいんだ。それでもダメかな? 明樹保たちも最近なんか余裕ないしさ。いつもお弁当を作っている俺に免じて頼めないかな?」

 その言い方は卑怯だ。これ以上何も言えないではないか。無意識に下唇を噛んでいた。

「わかった。わかったけど条件がある」

「俺にできることかな?」

 無言で頷く。心配そうな鳴子の顔が映った。

「鳴子に迷惑かけたから、あんたんとこのおじいさんに鳴子を会わせてよ」

 大は珍しく声を高くして「ジジィに?」と問い返してきた。

 早乙女 優大の祖父。早乙女 源一。彼は世界的に有名なマッドなサイエンティストだ。若いころはヒーローエンジニア。今はマッドでサイコな発明をする変人奇人扱い。だけど、知識と腕は確か。エンジニアのことについても詳しそうだし。鳴子のためになると思う。

「そう。ダメ?」

 大は少し頭をかいて、天井を仰いだ。しばらく考える素振りを取る。

「今すぐは無理だ。こっちの都合に合わせる形でいいかな?」

「それでいいわ」

 鳴子当人は目を白黒させている。それはそうだ。鳴子は早乙女博士のファンでもある。こんなに近くにその親族がいるのに、それを使わないなんてもったいない。

「なななななな凪ちゃん?!」

「あによ? 会って話とかしたいんじゃないの?」

 今日の授業で現実を叩きつけられたし。この際色々と知っていそうな人の話を聞いたほうがいい。どうせ、鳴子自身は切り出せないだろうし。私が切り出してでも、この機会を逃す手はないわ。

 そんな私たちの姿を見て、大は「ふむ」と言った。

「神田は有沢先生の話を気にしているのか」

「そうよ」

 代わりに答える。

「いや、その……なんていうか」

 まただ。また口ごもる。そういう所でもったいないことしているっていうことに気づければいいのに。もったいない。

「自分が思い描く夢と、現実は違う。それはちょっとショックだよね」

「意外ね」

 大からそんな言葉を聞けるとは思わなかった。彼は少し寂しそうに笑う。

「俺も夢を打ち砕かれた人間だからね」

 視界の端で鳴子が聞きたそうにしているのに気づいた。

 さてどうしたものか。ここで代わりに聞いてもいいけど、それだと鳴子のためにならないし。鳴子をけしかける形にしようか?

 私の思慮は無駄になる。

「知りたそうな顔だな」

「わかるんだ?」

 大もわかるようになったのか。でもこいつは人の感情の起伏に敏感だから意外でもないか。それで1年の時は多くの人の問題を解決していったし。健吾のサッカーや恋愛も後押ししていたわね。

「1年の頃からの付き合いだろ?」

 大は私と鳴子に見せつけるように胸を叩いた。

「聞いていいの?」

「いいよ」

 たぶん身近にいる知人の中でヒーローのことに詳しい。

 最近では話を振っても答えてくれるので、それほどでもなくなったのだろう。それでも深くは聞けなかった。去年は大のお兄さんの話題になるとすぐに不機嫌になっていたのだ。さらに明樹保の事もあってか、あんまり話すことはなかった。だから聞きそびれていた。

「お兄さんのことも大丈夫?」

「うん、いいよ」

 あっけらかん。今まで聞かなかった事が悔やまれる。

「あの……お兄さんってどうですか?」

「いきなり曖昧だな」

 さすがの私もそれには転びそうになった。聞きたいことが山ほどありすぎて整理できてないのかしら?

 それでも大は答えた。

「そうだな。最近はバディの人と上手く噛み合っているようだよ」

「ホワイトアルテミスさんとですか? あの人パワータイプですから、お兄さんのスピードタイプと相性バッチリに見えます」

 それでも大の話によると、最初は大変だったらしい。お兄さんはあれで、今の企業に席をおいている事に不服らしく、一匹狼よろしくな無謀な戦闘スタイルだったらしい。かなり会社にも仲間にも敵意を剥き出していたとか。

「満宮って言えば、日本で最高のヒーロー企業だと思うけど」

 鳴子は納得がいかないらしい。自分の憧れた人が最高の場所。最高の環境で戦えることに不満があるなんて思っていなかったのだろう。眉間に皺ができていた。

「まあ、それだけじゃ駄目なんだよ。この前も言ったけど、兄さん夢は花屋を営むことなんだ。だから、ヒーローなんて適当にやって辞めるつもりだったんだ」

「だった?」

 私の言葉に大は首肯する。

「今はそれなりに本気にやっているよ。考えが改まったんでしょうよ。会社は相変わらず嫌いだけど」

 大曰く。ファンに罪はないので精一杯応えることにしたらしいと。

 鳴子にとって考えさせられる話となったわね。最高の舞台であっても、それは世間一般のものの見方であって、本人とってはそうではない場合もあるということもあるのだ。

「大もお兄さんもなんかあったの?」

「まあな」

 そこで鳴子がもじもじし始めた。何か思い当たる節でもあったのかしら? すごく言いづらそうにしていた。

「あの……それって……早乙女君達のご両親に関係すること……なの?」

 大は笑顔のまま「まあ……ね」と答える。

「その……お父さんとお母さんってなんで……亡くなったのかな? ファントムバグとの戦闘中に亡くなった。としか、知らされてないし……その……ごめんやっぱりなんでもない」

 鳴子は遠慮した。私もそれ以上は聞かない方がいい気がしたので、目を伏せる。

「まあ、端的に言えば企業に殺されたも同然。それが満宮だったってだけだ」

 言葉が出ない。鳴子も同じなのか、目を点にしていた。

 合点がいく。彼がどうしてヒーローの話をしたがらないのか。今ももしかしたら辛いのかもしれない。

「企業に恨みとかないの?」

 鳴子は絞りだすように声を出す。

「あるよ。殺したいと思う人間も」

 他人事のように言ってのける。なんだか、嘘のように聞こえた。

 殺したいほどの憎悪がある。憎い人の元で、早乙女 優大の兄は戦っているのだ。謀反を起こしてもおかしくない。

「なんで、復讐とかしないの?」

 聞かずにはいられない。

「んーまあ、うちの両親はそれを望んでないでしょ。したいけど、したところで気が晴れるのは俺達家族だけだし」

 そんな漫画やアニメじゃないんだ。そんな綺麗事――。

「そんな綺麗事……」

 無意識に口にしていた。

 彼は「そうだね」と笑う。そして続けた。

「でもさ。きっと、そういうほうがいいじゃない。ギスギスするよりいいよ」

 鳴子は思った以上に気落ちしていた。たぶん完全に夢を打ち砕かれたことだろう。茫然自失といって良いくらい、視線が定まっていなかった。

 夢の舞台は綺麗事だけじゃ済まされないと、鳴子も知識の上で理解しているはずだ。それでも、こうして目の前に夢の犠牲者がいる。それはきっと彼女の夢を追い詰めるには十分すぎるはずだ。

「私の……エンジニアも……もしかしてそういうのあるの? だってお父さんとお母さん、家で仕事の話をしてくれない……汚いこととか……」

 誰に問うのでもない問いかけ。

 かけるべき言葉が見つからない。

「あるかもね――」

 ここで否定ではなく。肯定の言葉は駄目だろう。

 沸き立つ感情に任せて口を開こうとした。

「――でも、神田がエンジニアになって、そういうの無くしていけばいいんじゃないか?」

「えっ?」

 大の言葉は自失に陥っていた鳴子を呼び戻す。

「出来ないことはないだろう? ただ今までより険しい道程になるけどね」

 鳴子の表情はまだ暗い。けど、先ほどより希望がある。

「神田のご両親だって、言わなかったのは、夢を守ろうとしたからだろう。いつか壊れる幻想だとしても、自分たちのしている仕事は娘には誇れるものなんだって。娘が夢にするくらい凄いもんなんって思っていて欲しかったんじゃないかな?」

 鳴子は「そうかな」と小さく答えた。

 これはかなりショックが大きいわ。しばらく立ち直れないかもしれない。

「私……人と話すのとか苦手だし。思ってたのと全然違くて、ずっと発明しているだけかと思ってて。私……そんなのでエンジニアになんてなれるのかなって?」

「今が苦手でも、少しずつ変えていければいいじゃない」

「少しずつ?」

 大は、頷いて遠くを見るような目になった。

「今がどんなにダメで辛くとも、そうでありたいなら、そうであり続けようとすればなれるさ。だから、神田に出来る範囲で少しずつ頑張ればいいんだ。まだ時間なんてたくさんある」

 鳴子にもその言葉は響いたらしい。私にもかなり心に残る言葉になった。

「それは誰の言葉?」

「父親と母親の言葉。あんまり覚えてないけど、この言葉だけははっきり覚えているんだ。そして最後には――だってヒーローだから――で、締めくくるのがいつもパターンなんだ」

 その時の大の表情は満面の笑みだった。珍しい表情に呆気にとられた。

 

 

 

 

 

 唐突だった。学校帰りに凪ちゃんと話しながら帰っていた時だった。

「え? 明樹保?」

 風が走ったと私は思った。けど、凪ちゃんはその風が明樹保ちゃんたちだったと言っている。私には見えなかった。

 なんだろう胸騒ぎがする。

 私は凪ちゃんと顔を合わせた。凪ちゃんも同じみたいだ。

「追いかけるわよ」

「うん」

 この先に明樹保ちゃんたちの繋がり、それが知ることができるのかもしれない。そう凪ちゃんは感じているはずだ。私もそれは知りたい。知りたいけど、このまま向かっていいのだろうか?

 目にも止まらない早さで移動することができる。それが可能なのは、スキルデータを打ち込んだか。あるいは別の力か。

 ふと脳裏に怪異事件のことを思い出した。

「まさかね」

 さすがにそれは出来過ぎだと、忘れることにした。

 すぐに思考を、きっと美味しいお菓子とか、可愛いお洋服を見つけたとかそういうことにした。

 ある程度追いかけたところで都市部についた。見渡す限り、セールの類とかそういうのはない。行き交う人々はいつもどおり買い物を楽しんでいる。

 そうだ。せっかくこっちまで来たんだし本屋でも見ておきたいな。

「後で、本屋に寄りたいな」

「うんわかった」

 凪ちゃんは辺りを注意深く伺っている。

 なんかおかしなものでも見えるのかな?

 ついつられて周りを注意深く見てしまう。特に何もない。道は買い物客で賑わい、道路は車が行き交っている。空は少し暗い。

 そういえば天気予報で夕方から夜にかけて、雷雨とか言っていた。早めに引き上げたほうがいいかも。ん?

 空にゴミみたいなのが見えた。よく目を凝らしてみると人の姿に見える。おばあちゃんが浮いていた。

「浮いている?!」

 あまりの出来事に大声を上げてしまう。

 凪ちゃんも、それに周りに人も私の視線を追って、その先で浮いている老婆に気づいた。皆、疑問を口にしている。中には携帯のカメラで呑気に撮影する人もいた。

 もしかしてあの人もヒーローなのかな? 有沢先生が言っていた、ローカルヒーロー。もしくはアウターヒーローかな? どっちだろう?

 興味津々に見ていると、凪ちゃんが私の袖を引っ張った。

「どうしたの?」

「何か嫌な予感がする。離れよう」

 凪ちゃんの顔は真剣だった。こういう顔をする時は本当に何かいけないことが起きる前触れ。だから頷くことしか出来なかった。

「獲物がたくさんいるだわさ! イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」

 声が降ってきた。振り返り見上げると、老婆が降りてきている。さらに光る何かを人集りに向かってばらまいていく。

 誰かの叫び声が聞こえた。そちらの方に顔を向けると、巨大な黒い卵が現れていた。

「え? 嘘」

「鳴子急いで!」

 凪ちゃんに半ば無理矢理に引っ張られるように、その場から引き剥がされていく。足が何度ももつれる。

 私達と同じく逃げていく人も出始めた。時折悲鳴が聞こえる。

「逃がしゃしないよ!」

 視界が一気に黒くなる。それが霧だと気づくのに数秒かかった。それが広がり、目の前に壁のように立ちふさがった。

「な、なにこれ?」

 走っていた凪ちゃんが霧の壁に頭をぶつけた。確かめるように拳を叩きつけていく。

「そんな……壁? 閉じ込められた?」

 私は霧を見て震えだす。

 怪異事件の前触れに黒い霧が現れる。そして、中に居た人たちは体の一部を残して皆消えるのだ。

 自然と口が絶望を紡いだ。

「黒い……霧。怪異事件……神隠し」

 体が震えだす。

「嘘……?」

 凪ちゃんの手が震えていた。

 凪ちゃんの動揺する声は、不安を掻き立てる。私も確かめるように黒い霧に触った。壁のように堅く、押しても前に進めない。周りの人も同じく殴ったり、蹴ったりしている。振り返り見渡すとドーム状に私達を覆っていた。

「そんな……出れない?」

 光る何かがばら撒かれる度に、黒い卵が増えていく。それらは、徐々に揺れ動きはじめる。中から何かが産まれるんだと直感した。

 次の瞬間である。最初に現れた黒い卵から、巨大な何かが生まれた。黒い影よりも深く、濃い黒で塗りつぶしたような黒。生まれてくるのは巨大な昆虫ばかりだ。それが次々と卵から孵っていく。

 黒い蟻は飛び出した勢いそのままに人に襲いかかり、顎で掴み、やすやすと人を持ち上げた。

「や、やめて!」

 この後起きることが容易に想像できる。出来てしまった。だから、叫ぶ。目をつぶればいいのに目が離せない。

 掴み上げられた人は暴れるが、噛まれた腰に顎がめり込んでいく。次の瞬間身を固くし、そのまま噛みちぎられた。赤黒い何かが鈍い音ともに地面に落ちる。

「お、おい。あいつら食べてるぞ!」

 誰かの叫びが耳に刺さった。血の気が引いていく。

 遠くにいても肉がちぎられ、骨が砕ける鈍い音が耳に伝わる。その赤黒い光景に胃の中のモノが逆流しそうになった。

「鳴子! しっかり! 逃げるわよ!」

 凪ちゃんに引きずられるように路地裏に逃げ込む。

 こんな時でも凪ちゃんは冷静だった。いや、握られた手はまだ震えている。私のために恐怖を押さえ込んでいるんだ。

 路地裏に入ってすぐにビルの中に入った。

 階段を駆け上がり、2階の窓から死角になる位置に座り込む。

 恐怖のせいか、息がすぐに乱れる。整えるために深呼吸しようとするけど、一向に整ってくれない。

「鳴子。ここでじっとしてて」

「え? 凪ちゃんどうするの?」

「私はこの霧の壁を調べてみる。もしかしたら、どこからか出れるかもしれないじゃない」

 そんなものはない。そんなものはないはずだよ。だから止めた。けど凪ちゃんは笑って言った。

「大丈夫。鳴子は守るから」

 そう言って凪ちゃんは、振り向くこともなくいってしまう。

 建物の中で小さくなって隠れる。この中なら虫も入ってこないと思う。それでも不安と恐怖で、いてもたってもいられない。少しでも耳を澄ますと、断末魔や何か水っぽい音、かすれた笑い声が響く。

「嫌だ。嫌だよ」

 耳を塞いで小さくなった。

 

 

 

 

 

「警察です! こっちに来てください! こっちの地下駐車場に避難してください!」

 男は力強く叫ぶ。警察と言う割に、衣服は街にいる人々と変わらないTシャツにジーパン。普通の私服である。

 だが、彼は警察だ。この地獄の中で気はしっかりしており、まだ生きている人々を確実に呼び寄せていた。もちろん人が集まれば魔物も集まる。だが――。

「オラァ! この虫野郎が! でかくてキモいじゃ!」

 男は昆虫の足元に走り込むと、昆虫の足を蹴飛ばす。それだけで、昆虫達は狙いを変えた。逃げ惑う人から警察と名乗る男へ。だが、男は捕まらない。冷静に昆虫の足元に走りこんで、牙や鎌などを躱していた。

 それどころか同士討ち。ひいてはがら空きになった胴体に拳が入る。

「ああ! よかった! 電波は届くな」

 男は携帯を取り出し安堵する。電話をかけながら昆虫の懐の中へ飛び込む。

「もしもし? 俺です。杉原です。怪異事件に巻き込まれました。今避難誘導しているんですけど、この霧なんとかなりませんかね? 後、帰ったら酒おごって」

 呑気である。同士討ちを誘発しても、同士討ち程度では魔物に致命傷は与えることは出来ない。蟷螂の鎌が杉原目掛けて振り下ろされるが、蟻の首を飛ばすだけである。飛ばされた蟻もすぐに首が生え、活動を再開。

『こっちも動いている……が、時間がかかる。もう少し耐えてくれ』

「難しいっすよおやっさん! なるべく早くしてください。他の建物の中に逃げんこんだ人たちがパニックを起こしてもおかしくないくらい地獄ですよ」

 杉原は電話をしながら、蟻の上に飛び乗る。ロデオのような状況になるが、まるで踊るように立つ。蟻の背中にだ。

「建物の中の皆さーん! 警察でーす! もう少ししたら応援が来るので、建物の中で待機しててください! 決して外に――うわっと。決して外に出ないでください!」

 途中蟷螂の鎌が振り回されるが、飛んで回避。別の蟻の背中に飛び乗った。

『魔法少女達をなんとかそっちに向かわせる。保たせろ』

「生き残ったらマジで酒おごってくださいよ。死んでもおかしくない状況なんですから」

 電話は終わったのか、携帯をポケットにしまうと、彼は昆虫の上を危なっかしく飛び渡っていく。バランスを崩しながら、飛んでいるのだ。見ている人がいれば気が気じゃないだろう。

 

 

 

 

 

 明樹保達は誘い出されていた。

『アネットの策ね……』

 エイダは忌々しく念話で吐き捨てる。彼女たちは魔物を確認したので、討伐に来たのだが、そこで運悪く、否、アネットの手によってタスク・フォースと遭遇してしまったのだ。

 そして別の場所で今現在、アネットは活動中。彼女たちはそちらに早く向かうには魔物を素早く倒さねばならない。と考えている。だがしかし、タスク・フォースがそうはさせてくれないのだ。

 今戦場は混乱していた。5匹の魔物とタスク・フォースの総力が、明樹保達を襲っていた。もちろんタスク・フォースの面々も魔物を攻撃はしているが、素早く倒せそうと考えたのだろう。彼女たちに砲火を集中させている。

 そこに更に闖入者が現れる。オレンジの光弾がタスク・フォースの面々を襲う。

「ファントムフォトン粒子? 反ヒーロー連合か?」

「違うぞ。装備が違う。それにあの左肩の刻印は……スミス財団?!」

「財団がどうして介入してきているんだ?」

 タスク・フォースの面々は驚きを口にする。

 彼らに似た機械仕掛の装備。ロボットを彷彿とさせる。バイザーのオレンジ以外は黒とグレーのカラーリング。特殊部隊を思わせるようなデザインだ。

「見たこと無いぞ!」

「最新型か……」

 フォトン・ライフルもタスク・フォースの面々が装備している物よりも小型化されている。バックパック左のサブアームにシールドが装備されており。それらでタスク・フォースの光弾をたやすく弾いていた。

 彼らスミス財団の私兵は明樹保達の前に飛び出し、彼女たちをタスク・フォースの攻撃から守っていた。

「GO――」

「え?」

 1人が英語を喋る。当然日本人の明樹保達は首を捻っているが、水青は辛うじてわかったのか、首を振って「NO」と応える。

「なんなんだ!」

「今の状況がわかんねぇのか! タコ!」

 黄金が差し込む。輝く黄金の龍騎士が現れた。登場するやいなや、周囲を黄金の炎が吹き飛ばす。

「超常生命体55号!?」

 さらなる介入者に現場は大混乱に陥る。その状況にスミス財団の私兵が英語を叫ぶ。

「なんて言ってたんだ?」

 暁美は叫ぶ。

「ここは任せて、先に行けと言っています」

 水青は答えながらオレンジの光弾を裏拳で薙ぎ払う。

『任せましょう』

「でも魔物は?」

 エイダは『倒せると信じるしか無いわ』と念話で言い切る。

「そうですね。ここで時間を食えば、アネットがさらなる犠牲を生むかもしれません!」

「黄金の戦士に頼るしか無いな」

 暁美は水青の言葉に同意して、苦虫を噛み潰した顔になる。

「ごめんなさい! お願いします!」

 明樹保は頭を下げた。そして彼女たちは黒い霧を目指して走りだす。

「行かせるかよ!」

「させるかよ!」

 黄金の戦士とスミス財団の私兵たちはタスク・フォースの攻撃を全て叩き落とす。連携を取り始めた。

「こいつら、超常生命体に魂でも売ったのか!!?」

「スミス財団だろうと、この街を脅かすなら倒すまでだ!」

 両者共に魔物をそっちのけで互いに攻撃をし始める。魔物たちはこれ幸いと、街へ散り始めた。数人が気づいて、それに対処しようとするが、互いに足を引っ張り合って的確なダメージを与えられない。戦場は混沌と化す。

 魔物が一体断末魔を上げた。全員の視線がそちらに向く。黒い炎が爆ぜ、魔物が霧散する。

「やれやれ」

 漆黒の戦士が赤き瞳を輝かせた。

 

 

 

 

 

 外へ出て、霧の壁伝いに外側を調べていく。叩いても何をしてもびくともしない。

「これが怪異事件の正体?」

 自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 耳に不快なものだけを残す音が絶えない。泣き声。悲鳴。絶叫。断末魔。何かが砕ける音。鈍い音。建物が壊れる音。

 鳴子を置いてきて正解だった。後はあのビルが、鳴子が無事であることを祈るばかりである。

 鳴子を置いてきた理由は2つある。1つは移動するのが困難なこと。彼女はすでに呼吸も乱れ、精神的に追い詰められているせいか、体の動きが鈍く堅い。もう1つはこの不愉快極まりない光景と音だ。これで気が狂わないほうがおかしい。

 実際気が狂ったかのような叫び声も聞こえる。たった数分だ。たった数分で、あの賑わっていた街が地獄絵図だ。

 そんな状況だからだろうか、恐ろしく頭の中は冷静だった。おかげでいつもより視野が広く感じる。もちろん怖い。少しでも足を止めると手の震えが気になる。いつもより体の動きも悪い。けど、そんなことで取り乱したりしなかった。

 先ほどの大通りに戻ってきた。

「夢に出てきそう……」

 気持ち悪い光景が広がっていた。そんな中、1人の大人が虫と戦っていた。

「なっ?!」

 多くの虫。それも20近くだ。それらを相手にうまく逃げまわっている。それでここまで襲われることも、遭遇することもなかったのか。

 ふと視線が地面の方に行き、人だったモノを見つけてしまう。

「うっ!」

 胃の中のモノがせり上がってくるが、抑えこむ。なんとか視界から外し、あの虫に気づかれずに反対側へ向かう方法を考えこむ。

 私の思考は無駄に終わる。

 突如目の前に青い光が走った。黒い壁に青い光を放つ亀裂が走っている。なんだろうと、注意深く見ていると、ガラスが割れるような音と共に、黒い壁が崩れた。

 ピンク、赤、青の光が、この地獄を照らす。見ると3人の少女たちが、化け物と対峙するように立っていた。その姿を見て、凪は昔見た魔法少女のアニメを思い出した。

「見とれている場合じゃない」

 そうだ。見とれている場合じゃない。穴が空いたのだ。ならばあそこから出られるはず。すぐに踵を返して、鳴子の元へと走った。

 

 

 

 

 

「よかった。魔法少女ですね!」

 明樹保達は声のする方へ顔を向け、呆気に取られる。口が完全に開いていた。無理もない。ありえない行動をしている男がいたからだ。杉原である。彼は蟷螂の背中に当たる部分でロデオのような状況になっている。彼女たちですら、この地獄のような光景に目眩を覚えていた。そんな中で杉原は平静。

「警察なんですけど」

「け、警察?!」

 エイダは思わず口を開いてしまう。彼は驚く素振りを見せるが、すぐに顔を元に戻す。

「建物の中に避難している人がいるんですよ――」

 彼は蟷螂の背中を滑り台のようにして降りていく。その先には蟻。人をたやすく引きちぎる顎が開かれた。杉原はそのまま滑り落ちる。甲高い音が鳴った。牙は空を切る。彼は蟻の頭部に飛び乗りやり過ごしていたのだ。

 そんな状況で話を続ける。

「――避難誘導するんで、時間稼ぎお願いします」

 杉原は言い終わるより早く、明樹保達の元まで走り抜けてきた。

「はい!」

 エイダは探査魔法を発動。中の状況を確認する。

「この大通りで食い止めるしか無いわね」

「ガードレールから先は行かせません。お願いします」

 エイダの言葉に水青が答え、明樹保と暁美は首肯した。

 杉原は「わかりました」というと、足早に地下駐車場入り口へ向かう。

 暁美は顔を青くしながら口を開く。

「これがあたしらがなりかけてた魔物か……」

「そうです……」

 水青が答える。彼女の顔は暗い。彼女たちは今、人だったモノと対峙している。死んでいる。だから倒しても問題ない。そう言われても、まだ彼女たちにはそれが納得できていないのだ。本当はまだ生きていて「元に戻す術がある」のではないか。そう考えてしまっているのだ。

 そんな様子を察したエイダは、彼女たちに告げる。

「これ以上誰かが犠牲になる前に倒しなさい」

 努めて冷徹に、短く。少しでも彼女たちが罪の意識から逃れられるように。全てが終わった後にエイダが背負い込むために。

 

 

 

 

 

「誰か! 誰か助けて!」

(結構近い?)

 恐怖でおかしくなりそうになる頭を、振って正気を保とうとする。途端に誰か側にいて欲しくなった。時計を見ると数分しか経っていない。けれど、物凄く長く感じた。

「すぐに戻れば大丈夫……だよね」

 側に誰もいない不安から、助けに出る。階段をおぼつかない足で、なんとか降りた。物凄く疲れる。呼吸が全然保たない。それでも入り口までなんとか行く。呼吸が乱れる。足が震えた。

「助けて! 誰か! 誰かー!」

 一息に外へ出た。すぐにその行動を後悔する。

「嘘……」

 ビルから出て、最初に飛び込んだのは苦しそうに地面に倒れている人たちだった。その真ん中に老婆が立っている。すぐに私に気づいて、口元を釣り上げた。狂気を孕んだ瞳。それに射抜かれた私の心臓は何かに掴まれたように高鳴る。先ほど以上の恐怖で体の熱が奪われていく。逃げなきゃいけないとわかっていても足が縛り付けられたように動かない。

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ! お前からいい魔物が出来そうだわさ!」

 言っている言葉が理解できない。言葉はわかっていても内容が理解できない。思考が止まる。疑問を口にする間もなく、私は意識が飛びそうになった。いつの間にか老婆が目の前に来て、黒く光る石を私の喉元にあてがっていたのだ。激痛と火傷しそうな熱が、体の中で暴れる。耐え切れず地面に崩れた。

 私は苦痛に叫ぶしか出来ない。意識も何もかもが刈り取られそうになる。地面についているはずの手の感覚すらなくなっていく。力が入っているのか、入っていないのかさえわからない。

――ワタシは夢を否定している。本当はわかっているんでしょう? 現実なんて辛いだけだから夢を夢のままにしたいのでしょう?――

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

 考えも何もかもが奪われていくのが実感できた。思い出も夢も、抱いている想いも。

「そのまま抵抗しなけば、楽になれるものを。馬鹿な奴らばかりだわさ! イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ嫌だ! 嫌だ!!」

 老婆の狂喜に満ちた笑いだけが、やけに耳に響いた。首を振って否定する。

 この人の思い通りになったらダメだ。それだけはわかる。けどどうすればいいかわからない。誰か、誰か助けて。

 涙で歪む視界には自分と同じく、苦しむ姿がいくつかいた。奥のほうでは一軒家くらいの大きさの黒い卵が揺れている。

 あれから産まれるのか。

――そう。そしてワタシもあれになる――

「嫌だ。死にたくない」

 石が黒くなっていく。

――私の夢を否定する世界をワタシが壊してあげる――

「嫌だ! 嫌だ!」

 

 

 

 今打ち込んだ奴が思った以上に耐えている。他は全部卵になった。この小娘がエレメンタルコネクターに覚醒されるのは困る。私が欲しいのは魔物だ。私と手となり足となり動く道具。

(む? あの忌々しいエレメンタルコネクターたちも来たか)

 探査魔法に、桜色、青色、赤色のエレメンタルコネクターたちが映った。

 思った以上に早い登場に内心で舌打ちする。

 今回は念入りに下準備した。策も講じたのに。

 同士討ちを狙ったのだ。志郎から話しを聞いた時に思いついた。ローカルヒーローたちをおびき出し、その後わざとエイダの探査魔法に引っかかり、ローカルヒーローたちとぶつける。同士討ちを誘発。思った通り、同士討ちを始めてくれた。ので、もう少し登場は遅いと思ったが。

「まあいいさね。これだけ数が揃えば十分だわさ」

 実際魔物の数が多くて、苦戦しているようだしねぇ。この結界内にいる魔物の数は全部で30体。さすがにこちらの出費もでかい。私個人が使える魔石の殆どを投じている。

 苦悶の叫び声を上げて耐えている眼下の小娘睨みつける。袖からもう1つ魔石を取り出した。

 この類のやつを魔物に落すにはこれが一番手っ取り早い。

 魔石の複数個仕様による、魔物への誕生を促そうとした。この手が使えるのはある程度魔力の素養が高いものだけだ。目の前の小娘も器として足りえる素養はある。十分可能だろう。

 魔力を流しこみ、あてがおうとした時だった。視界の端から鉄パイプを持った小娘が現れた。振り抜くそれを余裕で躱す。

 即座に相手を確認。目の前の小娘と同じ服装。どうやらこいつの友人らしいな。魔力も十分あるしちょうどいい。

「お前も魔物にしてやろうか!!」

 一息で接近。驚きに目を剥くのが確認できる。立ちふさがる小娘に魔石をあてがった。ここで耐えてもまだ数はある。そう想定していた。

 しかしその想定は大きく崩される。赤いエレメンタルコネクターの覚醒を最悪の事態だと考えていた。しかしそれ以上に最悪の状況が起きる。いや起きた。

 目の前に緑の光が一閃。

「はい?」

 自分でも素頓狂な声だと思った。しかしそれでも、だ。今のこの状態ならそんな声を上げたことを許されるはずだ。

「はあああッ!」

 目の前の小娘は、瞬く間に覚醒した。石をあてがってすぐにだ。なんだこれは……夢でも見ているのか?

「そんな馬鹿な!?」

 

 

 

 

 

 体の内から気持ちのいいものが溢れ出る。このまま寝てもいいかなとさえ思う。だけどそんなことは出来ない。目の前の鳴子を苦しめている奴だけは許さない。

 どうやら目の前のおばあさんにとって、今の私の状況は予想外だったらしく、反応が鈍い。つまり今がチャンス。

「あんたを倒す」

 告げるのが終わるよりも早く、顔面のセンターを思いっきり蹴飛ばした。

 おばあさんは理解する間もなく地面を転がった。サッカーボールが思い切り蹴り転がされるように、鳴子から引き剥がされる。

 思った以上の力が出た。普段の何倍の威力だろう?

 鳴子がうめき声を上げている。よく見ると、首に私の左中指にある指輪と同じ石が埋め込まれていた。取ろうとしたが、首と一体化していて無理だ。

 どうしよう。この黒い状態から私みたいに緑にしなくちゃいけないのはなんとなくわかる。けど、私どうやってやったんだっけ?

 慌てても仕方がないので、鳴子の忍耐力を信じて石に触れた前後を思い出そうとする。

 駄目だ。勉強と同じく説明出来ればいいのだが、上手く説明できない。

 視界の端で卵が爆ぜた。

「鳴子行くわよ」

 返事はなく、呻き声しかあげない。鳴子を強引に抱え上げ、産まれ出た黒い蜘蛛から一気に離れる。

 体が軽い。この石が原因不明の力を付与させてくれているおかげだろう。能力は風。なんだか知らないけどわかる。

 視界の端で蜘蛛が黒い糸を吐き出した。咄嗟に風で強引に向きを変える。

 風の能力ということは飛べるかな? 

 思ったよりも早く風が周りに集まる。

(できる!)

 自身の周りに緑の竜巻が現れ、浮遊することが出来た。一息でビルの屋上までの高さまで飛び上がる。眼下を見下ろすと、虫と戦う人たちが見えた。

 さっきの魔法少女たち。

 魔法少女達は避難する人々の壁となるように戦っていた。

「あれ? どっかで見たような?」

 桜色。青色。赤色。よくよく見ると誰かに似ていることに気づいた。

「まさか……」

 一気に急降下。

 鳴子の声が少し大きくなった気がする。が、気にしていられない。

 そのまま桜色の魔法少女の死角にいる蟻を蹴飛ばした。

「明樹保に水青、暁美でしょ」

 私は確信をもって言った。その言葉に、姿に全員が驚く。

「え? 凪ちゃん? 鳴子ちゃん?!!」

 すぐに明樹保が鳴子の異常に気づいて、飛びついた。座らせて肩を揺すって意識を確認している。

「大変だエイダさん! 鳴子が!!」

「いけません陣形を崩しては!」

 暁美はエイダに叫び、持ち場を離れようとした。そんな彼女に水青は注意を促し、冷静に目の前の蟻を水で両断する。

「私が様子を見るから、あなた達は魔物を倒して!」

 黒猫が足早に鳴子に寄って、様子を確認している。私はどうしたものかと、少し状況を確認。たぶん魔物、と呼ばれるこいつらを倒せば、少しは余裕ができるはず。

「明樹保とエイダ……だっけ? 鳴子の事お願いね」

 明樹保は首肯し、鳴子に話しかけることに集中し始めた。エイダと呼ばれた黒猫は、私の対応に驚いている。

「相変わらずの調子だな」

「後でまとめて説明してもらうわ。今はできることをする」

 暁美はどことなく嬉しそうに見えた。そうかこれか。これなら話ができないわね。仕方がない。おかげでこちら側に来ることが出来た。何がこの先に待ち受けているのかわからないけど、とにかく――

「――鳴子のお礼はしないとね」

 風のかまいたちを周りに展開。なんとなくイメージ通りだ。

「大雑把にしか使えないから、確実なトドメはお願いね」

 2人の首肯を確認してから行動を起こした。

 小さい竜巻で魔物の流れを崩す。崩したところにかまいたちを走らせ。切り裂いていく。水青のように綺麗な両断は無理だが、損傷は与え動きが鈍る。そこへ水青と暁美が一体ずつ確実に仕留めていく。2人の死角に回りこむ魔物を風で妨害。ダメージを与え、風で吹き飛ばす。

「すぐに傷が塞がるのね」

 目に見えて傷が塞がったのだ。吹き飛ばした虫達はすぐに起き上がり、こちらに突進してくる。

「両断しても再生する場合があります」

「結構倒すのが面倒なんだ。気をつけろ」

 水青と暁美の指摘通り倒すのが面倒だ。粉々にすれば確実に倒せるだろう。しかし、考えてはいけない事が脳裏を過る。

 これは元人間だ。テレビや漫画のように元に戻せるのでは? そもそも必殺技とかで浄化とか出来ないのだろうか?

 虫の濁流を風で押し返す。突破してきた蟻に風の玉を叩きつける。

 人だ。そう考えただけで攻撃の手が緩んでしまう。

「これは厄介ね……」

 すぐに風の威力を上げた。そのまま強引に虫の体を粉々にしてみせた。

 一撃で敵は再起不能へ。

「これも……」

「言うな。わかってる。それでもやるしかないんだ」

 暁美は歯を食いしばって唸るように言った。

「一緒に背負います。ですが今は――」

 水青も泣きそうな顔で言う。

 みんな辛いんだ。わかっているんだ。私もみんなと一緒に耐えよう。

「ごめん。ありがとう」

 鳴子の呻き声が激しくなった。

 

 

 

 白黒する視界に、桜色に染まった明樹保ちゃんがいた。今にも泣きそうな顔で私に呼びかけている。呼びかけているのはわかっても、言葉を理解できないし、返すことすらできない。

――ワタシの夢はエンジニア。発明して作って、でも思ってたのと違った。そんな世界がいけない。そんな世界は壊してあげなきゃ――

「私の夢は」

 黒い光が石を半分覆う。

――ワタシが一番わかっている。私の夢は叶わないって――

「違……」

 黒い光が強くなる。

――私ならワタシで変われる。ワタシで叶えられる――

「ワタシはこれで変われる?」

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ! お前たち無駄な足掻きはおやめ! どのみちその小娘はこちら側に転がるさ!」

 いつの間にか凪たちの前にアネットが立ちふさがっていた。顔面を真っ赤に染め、鼻血が止めどなく流れ出ている。彼女はそれを無視して高らかに笑う。

 虫の大群が壁のように押し寄せてくる。それを3人は凌ぐが、徐々に押し込められていく。さらに足元に蔓が生え、鞭を打たれる。鋭い音が肉を打つ。地面に転がってもすぐに立ち上がり鳴子を庇うように立ち、虫と蔓に果敢に挑んでいく。

「わからんやつらだね。あたしらの仲間になるその小娘をかばって何になるっていうんだね!」

 あのおばあさんの言うとおりだ。あんな数の化け物に無理だよ。私はもう助からない。だから早く逃げて。

 鳴子は声を、言葉を発せず涙する。

――ほら、やっぱり届かない。私じゃ無理。私のせいでみんな死んじゃうの――

「ワタシは……」

 鳴子の頬に温かい温もりが伝わった。高熱にうなされる中でもわかるそれ。明樹保が両手で優しく触れ、優しく笑いかけながら語りかける。

「私ね。幼稚園の頃の夢が、魔法少女になることだったんだ。そうすれば大ちゃんがヒーローになった時に一緒にいることができるって、そう考えてた」

 激痛と高熱に襲われ、朦朧とする意識でもはっきりとその言葉は届いた。

「それを言ったらすっっっごく周りの人達に笑われてね。恥ずかしかった。でも、大ちゃんはね。――魔法少女がパートナーなら、すっごく強いヒーローにならないと――って」

 明樹保は懐かしむように、微笑んだ。

「その時恥ずかしかったけど、後で言ってよかったって思った。それがきっかけで色々な人とも仲良くなったし。大ちゃんとも変わらず過ごすことが出来た。水青ちゃん、暁美ちゃん、凪ちゃん、鳴子ちゃん、みんなにも出会えた」

――私には無理。ワタシには無理――

 蟷螂の鎌を受け止めながら暁美は叫んだ。

「あたしの夢はケーキ屋だ! 柄にもないだろう! 英梨ちゃんに――マジか?――って言われたよ。けど、言ったら言ったで山のように本を貸してもらったし、母さんの仕事も手伝えるようになったんだ。不器用で失敗続きだけどね! でも今諦めないで頑張れば、少しずつでも変えていけるって」

 水の壁で虫たちの動きを抑えこむ水青は、暁美に続く。

「私は環境を変えたくても、変えられない状況にあります。父と話しをしたいのですが、一向に機会が出来ず。正直焦っています。もしかしたら変えられないかもしれない。そんな不安に時々苛まれます。でも諦めていません。皆さんと一緒にいたいから、変えたいから諦めません」

 蔓に打たれ地面を転がる凪。立ち上がりながら、思い出した言葉を紡ぐ。

「今がどんなにダメで辛くとも、そうでありたいなら、そうであり続けようとすればなれる。だから……だから! 鳴子に出来る範囲で頑張ればいいの! それを私は……私たちは応援する。だから諦めないで!!」

 凪ちゃんに、みんなにこんなふうに応援されたのは初めて。凪ちゃんにエンジニアになりたいと言った日も変わらなかった。両親に言った日ははぐらかされた記憶がある。私はこの石に頼らなくても変われるのかな? 変えていけるのかな?

 強く抱きしめられた。すごく暖かく感じる。気持ちがいい。痛みも熱も引いていくような気がする。

「石で変わるんじゃないんだよ。変わるから石も変わるんだ。鳴子ちゃんなら自分の力でも変えていける。そんな石に負けないで! 鳴子ちゃんだけの! 鳴子ちゃんにしかなれないモノがあるの!」

 諦めていた。でもみんな私と同じように辛い壁にぶつかっても、超えている。越えようとしている。今がどんなにダメで辛くとも、変えたいなら変えていけるのかもしれない。そうじゃないかもしれない。けど諦めるよりかはきっといい。きっと辛いこともある。けど、支えてくれる人たちがいる。だから――。

 黄色の閃光が走る。

――私になるの?――

「私だけにしかなれないし。そう望んでくれる人もいる。それを大切にしたいんだ」

――そう。じゃあワタシは私になるよ。でも忘れないでね。私はワタシ。ワタシは私――

「うん。ありがとう」

 温かい光が私の回りを照らす。

 黄色に染まった稲妻が虫達をなぎ払う。

「なっ! なんだと!! また増えた!! また増えただわさ!!!」

 風が吹き荒れ、結界の外の空に青白い稲妻が走る。そんな中、地獄のような光景の中で黄色い花が地に生えた。その花から走る閃光は稲妻となり、虫を、蔓をなぎ払っていく。

「みんなお待たせ」

「待ちくたびれたぜ」

 緋山さんは振り返らない。

「準備はよろしいですか?」

 雨宮さんは微笑んでくれる。

「鳴子。これで私達も仲間外れじゃないわ」

 凪ちゃんはすごく嬉しそう。

 ようやく始められる。そんな気がした。

「みんないっくよー!」

 そして5人はアネットと対峙する。

「無駄なんだよ! 今更1人2人増えた所で、この状況を覆すことなんて無理だわさ!!」

 濃緑の光が地を走り、木を生やす。一息もいれないままその木は大きくなり、巨木となっていく。大きくなっていくとともに根を走らせ、建物を破壊していく。

 根は私たちにも襲いかかり、咄嗟に飛び退く。

 巨大な虫の大群が押し寄せてくる。それだけで怖くて逃げ出したくなった。でも――。

 体の内なる力を雷として顕現させ、出鼻を挫くように稲妻を走らせる。

 

 

 

「全然倒せない! 私魔法少女として素質ない?!」

「木の根がアースみたいな役割になっているわ」

 鳴子は泣いた。意気揚々と攻撃して、あまりの効果のなさにうなだれそうになる。そんな彼女を励ます意味で凪は分析した。

 勢いは削ぐことは出来ても倒しきる事はできない。何より元々の再生能力の高さである。早々簡単に倒せるわけではない。

「イーヒッヒッヒッヒッヒ! 無駄だわさ」

 巨木が光ると虫も光り、受けた傷が修復していった。そして再度明樹保たちに向け突撃を繰り出す。明樹保たちは逃げながら攻撃を加えていくが、即座に修復されてしまう。また動き回りながらのため、虫を削ることも出来ない。さらにアネットの蔓、茨、木の幹のような触手による攻撃をかいくぐるので、精一杯になってしまう。

「あの樹が魔物の回復も担っているのですね」

「ならアイツから潰すか?」

 水青の分析に暁美は炎を顕現させて樹にぶつけるが、表面を焦がす程度。しかもすぐに修復されてしまう。

「もっと大きいのが必要か! だったら――」

 足を止めようとした暁美を、凪が強引に引っ張る。

「何するんだよ!」

「虫がいるのも忘れないで」

 飛び退いた直後に蟻の巨体が駆け抜けていった。

「暁美。炎ってどれくらい出していることができる? 後、出していられる時間も」

「えーっと、わかんない。けど、結構出せるんじゃないかな?」

 曖昧な答えに凪は、小さい溜息を吐く。

「まあいいわ。とにかく考えがあるの。みんな手伝ってくれるかしら?」

 そう言うと凪は不敵に笑った。

 

 

 

 

 

『エイダさん今どこにいます?』

『ビルの屋上に陣取ったわ』

『わかりました。手筈通りお願いしますね』

 皆口々に私に信頼の言葉を残していく。

 内心溜息を吐く。

 凪という娘の案は、この事態を打開するのに一番いいだろう。しかし使いドコロを間違うと全滅してしまう可能性もある。故に反対したいところだけど、練度も低い。魔物も多い。この状況ではこの策が一番なのも確か。

 明樹保の魔法でなんとかするのもありだ。だが明樹保の魔法は諸刃の剣。撃ってしまえば最後。その後は明樹保が荷物になる。そもそも明樹保の魔法で全ての魔物を倒せるかどうかも賭けに近い。やはり練度が低い。経験が乏しい。そしてもう1つ。魔物を人として見てしまいそうになっていることだ。こればかりはどうにか出来る問題ではない。彼女らなりに向き合ってもらうしか無い。

 そんな中、出来る戦法。それに賭けるしか無い。

「だからといって、彼女たちにだけ危険を負わせるのは……」

 探査魔法が使えて、状況を逐一報告できる自分が後方に下がらず得ないとはいえ、自分だけ安全な後ろに下がることを良しとすることはできない。

 それでも彼女たちが無事に帰れるように、私は私にできる役割を全うしてみせる。それがきっとあの娘に続くと信じて。

 眼下で紺色の制服を来た大人たちが大勢の人々を避難させていた。迅速で的確な避難誘導。そして救助活動。ビルが倒壊しかけているところは、漆黒の戦士が強引に壁に穴を開けて脱出出来る場所を確保している。

『みんな。今警察と漆黒の戦士が避難誘導しているわ。あんまり飛ばしすぎないで』

 みんなは『了解』と手短に返事をした。あまり余裕が無いのは探査魔法で見て取れている。それでもこれから起きることを考えると、巻き込むのは確実だ。避難が終わるまでは耐えてもらわないと。

 

 

 

 

 

 エレメンタルコネクターたちの動きに統制が見られるようになってきた。煮立っていた思考が一気に冷えていく。冷静に見渡すと黒猫がいつの間にか消えていた。周囲を探査魔法で調べるが、引っかからない。

 ということはどこか遠くで指示を出しているということさね。遠くからこちらに攻撃を仕掛けてこようが、余裕をもって対処できる距離。ならば、脅威ではないさね。

「この布陣ならば勝ったも同然だわさ!」

 樹は元来虫達の拠り所。故にこの植物を操る魔石と相性がいい。昆虫を模した魔物だと相乗効果で強くなることが可能。強くなった虫どもとこの巨木。両方を同時に倒せねば意味が無い。桜色のエレメンタルコネクターですらそれはできまい。

「だからあたしの勝ちだわさ!」

 眼下で炎が複数燃え上がる。虫達の行く手を遮るように壁になったり、柱となったりしているが、そんなものはもはや虫の敵ではない。焦がされた部分は樹を通して魔力の樹液を贈り届け、回復させる。

 それでも赤いエレメンタルコネクターは諦め悪く。炎をたくさん出しいく。

「無駄な足掻きを」

 眼下はいつの間にか炎で覆われている。避けさせるのも面倒なので、虫達を強引に進ませていく。

 植物による攻撃は、他の奴らが上手く凌いでいるが、あたしの見立てだとそろそろ根を吐く頃合いだわさ。

 突如体に電撃が走る。

「小癪な!」

 見ると黄色いエレメンタルコネクターが樹に電撃を流し始めている。一体なんのつもりだわさ。だが、癪に触るのも事実。そろそろ潰しといたほうがいいだわさ。

 動こうとした瞬間、突如地面から稲妻が走り。天井の結界を打ち破った。穴から雨が降り注ぐ。

「はん? どこ狙ってるんだい!!」

 すぐに後悔することになった。

 本物の雷が樹に直撃したのだ。魔力による防御があったとはいえ体が少ししびれて動けなくなった。

「ちぃ! これが狙いか! 忌々しい!」

 樹に電気を帯びさせて、雷を誘導させたのか。小癪な真似を。

「だが、天候を味方につけても、この樹は倒れないんだよ」

 仕返しとばかりに蔓で小娘共を薙ぎ払った。鞠が転がるかのように霧の壁にたたきつけられている。

「イーヒッヒッヒッヒッヒ! 良い様だわさ! 虫どもあいつらを食い尽くしてやりな!」

 緑のエレメンタルコネクターが立ち上がり、緑の旋風を生み出して、虫を押し返していく。

「はっはぁん? いつまでもつかな? やめちまいなそんな悪あがき」

 勝利を確信して吠える。

 突如視界が真っ赤に染まった。

「な、なんだわさ?!!」

 気づいた時には遅く。業火に身を焼かれた。

「ギエェエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!!」

 

 

 

「火災旋風。大規模の火災に旋風が吹くことにより起こる現象」

 目の前で炎の竜巻が柱となっている。半ば呆然と眺めていた。

 凪の説明を聞きながら、慌てて距離取る。目の前では虫も樹も建物すら焼き尽くしている。亡くなった人の亡骸に関しては何も言い訳ができない。胸に走る痛みを忘れないように確かめる。

「いくよ」

 燃え盛る炎のなかでうごめく虫の大群を見据える。そして自分の中にある魔力を全力で撃ちだした。

 

 

 

 

 

 アネットは命からがら逃げ延びることに成功した。しかし、体を焼かれ、逃げるために魔力をまたも使いきってしまった。

「くそっ! くそっ!! くそっ!!! あいつらぁ! あいつらぁ!! 殺してやる! 殺してやるぅううううううううううううう!!!」

 怨嗟の叫びが夜空に木霊する。

 

 

 

 

 

~次回に続く~

 


 
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