No.691208

コードヒーローズ~魔法少女あきほ~

銀空さん

緋山暁美には夢がある。遠い過去。父親が消えて以来忘れていた夢。そんな感じ。

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コードヒーローズ魔法少女あきほ編

第五話「~友 情~アタシの夢」

 

 

 

 

 あたしの名前は緋山 暁美。最近困っていることがある。それは――

 階下から母親の楽しげな会話が聞こえる。眠っているあたしを揺さぶった。

 またあいつか。

 これから起こることはわかっている。が、それがわかっていても起きれない。起きれないどころか夢を見始めた。

 懐かしい夢。幼い日に近所の公園で出会った少女と少年と遊んだ日のこと。そこで偉そうにジャングルジムの頂上で、自分の夢を2人に言い聞かせている。

――あたしはいつか――

「そろそろ起きようか」

「最悪だ」

 最近朝に聞き慣れ始めた声。視線だけを動かし、声の主を見やる。

 ジャージ姿の早乙女 優大がそこにはいた。最近は家に来てはあたしを起こしていく。英梨ちゃんに言われて以来こうして朝早くに起こしに来るようになった。本人曰く「ランニングの途中で立ち寄れるからついでに」とのこと。

「やれやれ。最悪で結構。早く布団から出なよ。後よだれ」

「へっ?! えっ?」

 慌てて口周りを確認してみるが、そんなものはない。

「ないじゃないか!」

 してやられた。昨日二度寝したことに対する対策だな。おのれ!

 早乙女の策により、あたしは完全に目が醒めていた。

 しばらく苛立ったものの起きることにした。最近の楽しみのためにであるが。

 時計を見るとまだ学校に行くには早い。早いがあいつはこれからもう1人起こしに帰らなくちゃならないから、これくらいでいいのか。

「優大君いつもありがとうね」

「いえ。ランニングのついでですよ。それに起こす役割には慣れてます」

 階下の会話は呑気なものだ。というか母さん年頃の娘の部屋に男が入ってきているのに、なんにもないですか。心配もないですか。そうですか。ですよねー。

 鏡の前に意を決するかのように対峙する。

 最近教わった髪の梳かし方をやっていく。柄じゃない。柄じゃないが、仕方がない。やらないとやられる。

 3日前にも梳かさずに学校に行って、公開処刑をされた。最初は抵抗したが、無意味に終わったのだ。なにせ明樹保と水青が私を押さえつけ、早乙女になすがまま。挙句白河 白百合に見つかり、騒がれる始末。あんなのはごめんだ。うん、ごめんだ。そうなるんだったら自分でやる。

 鏡に写った姿を少し恨めしく眺める。

 こう文句っぽく言ってはいるけど、実際は早乙女にかなり感謝している。起こしてくれることに、ではないけど。

 1階に降りるとトーストがちょうど焼き上がっていた。

 今日の気分はイチゴジャムがいいなぁっと、思っていたらパンの横にはイチゴジャム。あいつすごすぎだろう。

 健康的な朝ごはんだ。

 まあ早く起きれば食べられるんだろうが、色々あったりして母さんは朝ごはんを用意しなくなった。もちろんすべてあたしの自業自得だけど。それでも母さんは朝から開店の準備で忙しい。だから色々あったりしなくても、いずれはこうなっていただろう。

 で、自分で準備できるかというと、まだ無理だ。その内できるようになりたい。

 お礼を言おうと店先にいる早乙女を探す。

「優大君いつものお礼にそこのクッキー持って行ってね」

「ありがとうございます」

 ただでさえでも売り上げ落ちているのだ。それをやるだなんてとんでもない。最近消費が落ち込んでいる。原因はもちろん怪異事件だ。

 以前からそれらしい事件は起きていた。だけど、一週間以上前にあった爆発事故と発光事件。そして噴水広場で起きた化け物騒ぎ。それらが皮切りになった気がする。最近は反ヒーロー連合も街を襲ってきているし。消費が落ち込むのは仕方がないかもしれない。

 だからこそ身内にも厳しく徴収するべきだ。

「母さん金くらい払わせればいいのに」

 お礼を言おうとした口からは、別の言葉。今思った不満が溢れる。いけないと思っていてもつい出てしまった。

「いいの! 暁美を起こしてくれているし。それに――」

「それに?」

 嬉しそうに「なんでもない」と言って、店の奥に行ってしまった。

「まあ、今度来た時はちゃんと買わせてもらうさ」

「ふんだくってやる」

 早乙女は笑いながら「んじゃあ」と、手を上げる。

「いつもありがとうな」

 早乙女が振り返り視線が合う。咄嗟に顔を逸らしてしまう。

 なんだこの反応は! いかんいかんぞ!

 話をする時は目を見ろ。これは親父の数少ない教えだったな。

 改めて早乙女の目を見据える。

 少し照れくさいが、こいつのお陰で親子の会話が戻りつつあるんだ。だから、感謝している。

 些細なこと、学校で何があったとか。そんなことですら話せない状況になっていた。それでも今は話せるようになっている。去年の今頃の状態とか、今のこの状況とか信じられないな。あたしも母さんも、2人共壁を作ってしまって、どんどん家が冷めていった。それを思えばこの状況は物凄くありがたい。

「どういたしまして。また後で、学校で」

 そう言い残して走り去っていった。

「やれやれ……って伝染ってるな」

 そんな日常になりつつあるやり取りをして、あたしは朝ごはんにありつくことにした。

 

 

 

 

 

 明樹保を朝早く起こすのは3日目で諦めた。

 いつもの達人が来るのを待ちわびる。そして朝ごはんもだ。

 この一週間でいくつかわかったこと。それはこの街が今複数の勢力に襲われていることだ。1つは言うまでもなくルワークたち。もう1つは反ヒーロー連合だ。後はよくわからない暴力の塊とも形容できる龍みたいな戦士たち。龍みたいな奴らは仲間割れしてくれているようなので、巻き込まれないように動けばいい。

 が、反ヒーロー連合の勢力は問題だ。オートマターと呼ばれる絡繰の兵器をばらまいて破壊行為を行うのだ。しかも市民も何もあったもんじゃない。無差別の破壊だ。3度戦闘したが、明樹保たちの前では敵ではない。魔物よりかは遥かに劣る。だが、それとは別の問題が起こるのだ。

 今はどの地区にもそこを拠点にして活動しているローカルヒーローがいる。もちろんこの街にもだ。彼らは、明樹保たちアウターヒーローとカテゴライズされている存在に敵対の姿勢を示している。いやあれは彼らを指示している存在がこちらを味方と見てくれないのだ。

 探査魔法を走査する。

「おっ、優大は後少しでこっちに来れそうね」

 振り返り気持ちよさそうに寝息を立てている明樹保を見る。

 危険を承知で反ヒーロー連合との戦いに介入するのは馬鹿馬鹿しい。もちろん明樹保たちを止めたけど、そんなことはお構いなしで介入して敵を倒していく。もちろん本心では私もそれに関しては反対ではない。魔法を使う熟練度もあがっていく。経験を積むことはいいことだ。だが、本来味方であるはずのローカルヒーローが、こちらを味方として見てくれない。その点が不安なのだ。

 それが原因で同士討ちなんてのは笑えない。

 まあ私がフォローすればいい話、か。

 ローカルヒーローでこちらに友好的な態度をとる戦士たちもいるからまだいいかもしれない。02のチームと03チーム。

 絶望的なまでに仲が悪いわけではない。ここのローカルヒーローたちは左肩に数字が割り振られている。その数字ごとにチームで動いて戦闘するようだ。戦闘による連携の練度はかなりのもの。見ていてためになるから、探査魔法圏内での戦闘は常に記録してある。

 記録用の魔法で映像呼び起こし、先日の戦いを見直す。ちなみに音声はなく映像のみ。

 そこには02の6人が08の6人を援護して、敵を挑む姿が映っていた。

 巨大なドラム缶に足が生えた絡繰兵器。それと同じ形だが、より小型の絡繰兵器をばら撒き、あっという間に囲まれる。されど、彼らは冷静に対処して状況を打破。

 この後水青の水計で敵が押し流されて、雑魚はハイ終了。巨大なドラム缶は、向こうの顔を立てる意味でも、私たちはそれ以上の介入はしなかった。

 02の赤い絡繰戦士はかなり律儀な人。この前の、アリュージャンとの戦闘のこと直接お礼を言いに来るくらいに。それと忠告も。

――なるべく君たちのことは援護したい。が、トップが頭でっかちでね。その点はお詫びするよ――

 その上で02と03のチームはなるべく援護するように動くとも。

 彼らにも色々とあるようね。けど、こちらが介入してどうこうできる案件じゃないのが歯痒いわね。

 それから龍の戦士たちだ。彼ら同士の戦闘はこちらから回避すればいい。この街で見た龍は漆黒と黄金、紺碧。黄金の戦士は、紺碧の戦士と殺し合っていたわね。

 あの暴力の塊はなんとかならないのか。規格外すぎてどうしていいのかわからない。

 最初に遭遇したときは黄金と紺碧の殺し合いだった。たかが2人のぶつかり合いで、舗装された地面が砂みたいに粉々になって塵芥となっていく様は、体を芯から冷やすには十分だった。

 これが魔力を使っての破壊ならばまだわかる。けど、純粋な暴力と暴力の激突で周囲が瓦礫と化すのだ。そんなのは御免被る。関わりたくない。

「あんなのに巻き込まれたらひとたまりもないわ」

 大きく溜息を吐いた。

 しかも黄金の戦士も紺碧の戦士もローカルヒーローと敵対しているし、事態を引っ掻き回してはいる状況ね。そんな中で私達のような正体不明の存在が出てくれば敵として対処しても仕方がないのかもしれない。

 漆黒の戦士には期待している。どうもこちらにもローカルヒーローにも敵対する意思はない様子。それどころかこちらの治安維持組織である警察。それと共に行動している。

「掟さえなければ、私達もこういう形で動くのが理想よね」

 愚痴っぽくこぼす。

 記録された映像では、警察と漆黒の戦士が打ち合わせをする素振りが映しだされていた。その後の警察の行動は避難誘導に徹している。そのお陰で漆黒の戦士は、敵と全力でぶつかれるって寸法。

 この光景は生でも見た。

 3度あった反ヒーロー連合との戦闘。その際ローカルヒーローが、黄金の戦士に攻撃を行い。泥沼化。こっちにも攻撃が飛んでくるわ。市民は巻き込むわで、戦線がぐちゃぐちゃになった。

 それを調整し、戦闘に巻き込まれる犠牲者を出さないようにした漆黒の戦士と警察だ。彼らは頼もしい。

 しかし改めてこの街の現状を確認すると――

「――結構混沌としているわね」

 もちろん独り言。

 現状で私たちは、援軍は望めない。私の探しているエレメンタルコネクターが見つからないのだ。

 この街にはすでにいないのかもしれない可能性が大きい。つまり、私は明樹保と水青の協力の元、ルワークたちの野望を潰さなくてはならない。

 後はここのヒーローたちの力も当てにはしていたけど……。先に考察通り、その可能性は限りなく低い。

 掟。そして険悪な関係。色々と問題が山積み。

 階下で玄関が開く音がした。

「彼にも感謝しないとね」

 彼こと早乙女 優大。この一週間で私の中での彼の評価はうなぎのぼりである。気配りは細やか、料理は美味い。炊事洗濯と万能だ。明樹保の格闘術の指南も請け負ってくれているしね。

 明樹保は、優大に護身術を習いたいと言った。が、教える内容はこちらの現状を汲み取ったかのような実戦的な戦闘指南である。

 明樹保はそれを護身術と、思い込んでいるけど。私から見るとそんなのではない。明確な武術、それも相手を殺す技だ。

 誰もそんなことを教えてくれとは言っていない。だが彼は今こちらが必要としている技術を的確に教えこんでくれる。

 彼はもしかしたら私たちのことに気づいているんじゃないだろうか。そんな気さえする時もある。意味深に私を見つめることはあるのだ。果たしてどうなのか。怖くて聞けない。隠せているならそれでいい。下手に聞いてバレるよりかは全然いい。

 意味深に見つめると言えば、明樹保の母親もだ。最初、私を見て驚く素振りを見せたのだ。なんの前ぶりも説明もなく猫がいれば当たり前か。それでもそれ以降は私を見つめることが多い。

 いやいやそんなことはない。ボロは出してない。だから、以上のことから、現状維持。

 

 

 

 ガスコンロに火が灯る音で、エイダの腹の虫が暴れだした。

 

 

 

 

 

 綺麗に咲き誇っていた桜並木も、今や青々としている。あたしはあくびを噛み殺しながら、坂道を登っていく。

 頭の中は今朝の夢の内容。親父のこともあって、あの公園の記憶のことは忘れるようにしていた。それで一緒に忘れたのだろう。

 親父が消えた日を境にあたしは一気に荒れた。特に喧嘩もするようになり、今じゃ有名な不良の仲間入り。そんなあたしの幼い日の将来の夢がケーキ屋さんだ。母親の仕事姿を親父と一緒に、楽しく覗いていたのを覚えている。いや、最近思い出せた。

 そんな夢を語ったことがあるのが、公園で初めて出会った2人。女の子と男の子。たぶん同い年くらいかな?

 平日は親父も仕事、自営業の母親に休日はほぼ無い。そんなこともあってか、よく公園では1人で遊んでいた。そんなある日に出会った2人。3人で日が暮れるまで遊んだなぁ。

 瞑目すれば、赤く染まった公園で走り回った記憶がすぐに呼び起こせる。

「水青に感謝しないとな」

 暁美の独り言。それに言葉が帰ってくる。

「本当ですねぇ。お姉さまぁん」

 いつの間にか白河 白百合があたしの隣を歩いていた。

 あたしより遥かに背が小さい。ショートカットの女の子。黙っていれば人形みたいに可愛いのに、口を開けば「お姉さま! お姉さまぁあああん!」と、追い回してくる。時々本気で身の危険を感じることがあった。今はないな。これも水青のお陰だ。

 ヒーローの卵と呼ばれる、恵まれた者たちが世の中にはいる。そいつが白百合にちょっかいを出していたのを助けたことがある。それ以来こうして懐かれているのだ。その行動力は度を越して、いつの間にかファンクラブなるものを結成していた。

 ちなみにそのヒーローの卵が、斉藤である。あのリーゼント野郎だ。親父さんがヒーローらしいが、本人は色々とあってひねくれたらしい。

 どこも似たようなもんか。

「雨宮さんのお陰で、こうしてお姉さまとも公認の仲に!」

「腕を絡めてくるなぁ! そういうのは男にやれ!」

 隙を見せるとすぐこれだ。頬をふくらませて抗議してくる。が、そういうのは同性でやるのはどうよ? てかお前斉藤の事好きだろ?

 白百合の言うとおり、水青のお陰だ。あたしはいなくなった親父の記憶と向き合うキッカケを作れた。白百合との仲も取り持ってくれたし。水青が変わったことで、あたしも変われているのだ。変わる勇気を持てた気がする。

「そうむくれるなって。今日も一緒に昼飯食うだろ?」

「喜んで!」

 忘れちゃいけないのが優大だな。早く起きれているおかげで、明樹保たちとも一緒に登校できるようになったし。

 

 

 

 

 

「では水青様。いってらっしゃいませ」

「行ってきます」

 一週間前と違い、自然と笑うことができるようになった。これは非常に大きいですね。

 彩音さんの車が行くのを見送った。

 5日前から彼女も過保護にならなくなり、今ではこちらが見送る側に。

 水青は校門でいつもの面々を待ちながら思考に浸る。

 この一週間で大きく環境は変わった気がします。いえ、変えたのでしたね。明樹保さんと非常に仲良くなったのをキッカケに、色々な方々と交流が持てるようになりました。家庭では、父に転校の手続きに待ったをかけている状態です。これは彩音さんの口添えも大きいですね。

(しかし……)

 それでも父は転校をさせる気ではいるようです。なんとかしなければなりませんね。こればかりは私自身が直接乗り込む必要が出てくるでしょう。

 魔法少女として覚醒して、すぐに父とお話する機会を得ようとしましたが、今度は父の仕事が忙しくなってしまいました。焦っていても仕方がないことですが。早く会って話をせねばなりません。

 無意識に近い溜息が漏れ出た。

 キーホルダーに偽装した青い宝石を見やる。

 エイダさん曰く、魔法に関してはかなり筋がいいらしいです。応用力がすごいと褒めてくださいました。明樹保さんが出来ないことを私が請け負う必要があるので、もっと魔法の使い方を覚えたいです。

 水という特性だけでもかなり幅が利きます。圧力の強弱、空気中の水分量、そこまでこの力で調整ができます。この力は頼もしくも有り、同時に敵もこのような事ができると思うとゾッとします。

 空を見上げ、瞑目した。

 ですが怖気づいていられません。今この街をあの方々から守れるのは私と明樹保さん、エイダさんの3人だけなのですから。

 あのような所業はあってはならないこと。これ以上辛い思いをさせる人を増やしてはいけない。雨宮の会社が動けないのであれば、私が雨宮の名を背負い戦うまでです。

「おはよう水青」

 思考の海を泳いでいると、暁美さんと白河さんが来ました。最近はこの時間に来るのが当たり前になりつつあります。何か心変わりでもあったのでしょうか? 今度お伺いしたいですね。

「おはようございます」

 暁美さんたちが来た。ということは、そろそろですね。視線をいつもの皆さんが来る方へと向ける。

「おっはよーう!」

 明樹保さんの元気な声と姿が飛んできました。後を追うように早乙女君、須藤さん、冨永君が加わり、このメンバーで教室へと向かう。これが最近の日常。

 

 

 

 

 

 有沢先生のちょっと変わった授業。社会科教員にも関わらず、授業の半分はヒーローのことを話す。最近は物騒なことも多いので、学校側も強くは言えないらしい。いざというときのために必要な知識もあるので、あたしは嬉しく思う。

 頬杖つきながらシャーペン回し、教室を見渡す。

 葉野はいつもどおり睡眠。神田はヒーローのことになると、なんか真剣にノート取るんだよな。しかもわざわざ表紙にヒーローと書いてあるノート用意しているあたり、この授業……いやこの話に対する姿勢はこの教室で一番強い。明樹保と水青も同じく真剣。

 そういやあの2人、一週間前の出来事で一気に仲良くなったよな。あたしもかなり水青とは仲良くなったけど、あの2人はなんか見えない何かで繋がっているような、そんな風に感じる時がある。

 まあ、あたしの勘だから外れてる事のほうが多いか。

 あたしはなんとなしに早乙女の席に視線を流す。

 あいつはいつもこの話になると窓の外を眺めているんだよな。なんでなんだろう?

 しかしこういう時に席が一番後ろだと、色々な反応が見れて楽しいな。

 一番後ろに席はある。そこから授業ごとに、クラスの表情を見るのがあたしの密かな楽しみなのだ。

「さて今回この命ヶ原に来た敵、反ヒーロー連合と名乗っている彼らだが。私は彼らにも同情している」

 あたしを含む多くの生徒は驚きに声を漏らした。

「こう言うと誤解を招くな。彼らの行動には否定的だよ。ただ彼らがどうしてそういう行動に至ったのかは理解できるんだ。そこら辺を今日は話したいと思う。まずそうだな……。藤林」

 有沢は1人の女子生徒を指名した。その生徒は返事をして、身構えた。

「君の夢は何かな?」

「び、美容師です。美容師になって髪で人の魅力を最大限に引き出したいです」

 戸惑いながらも夢を語る。あたしにはそれがすごく眩しく見えた。

「それはこれからも変わらないかい?」

「は、はい。変わりません」

 突然ヒーローから将来の夢の話になり、皆、疑問に思っている。数人を除いてだが。

「では更に続けて質問だ。もしも君が美容師になったとしよう。君も美容室に務めるだろう。数年後、その美容室が潰れたら君は何ができると思う?」

 その問いに藤林はしばらく考えこんで「何もできません」と答えた。

「そう。何も出来ない。いや正確には何か出来る事を探すだろう。それが美容師ならまだできるはずだ。再度、別の美容室に所属したり、個人で店を開いたり、別の道を探せるかもしれない。だが、ヒーローはそうはいかないことが多い」

 その言葉に教室の空気が重くなるのをあたしは感じた。

 あたしはヒーローってのは何も考えなくていい。ただヒーローしてればいいと思ってた。いや、あたしだけじゃない。殆どの人はそうじゃないか?

「私も実は、以前スターダムヒーローだったんだ」

 教室がどよめく。あたしも一瞬何を言っているのかわからなかった。

 有沢がヒーロー? すごいな。

「まあ有名になることはなかったし。それでよかったと今は思っている。そしてリストラを告げられた時、私は再就職しようと色々な企業を尋ねたが、ご覧のとおり今は教職に就いている。これはまだ運がいいほうなんだ。たまたま大学を出ていて、その時に教員免許を取っていたから教職に就くことが出来た」

 教室にいる生徒ひとりひとりの顔を見て、有沢は話を続けた。

「ヒーローってのは戦うことを奪われたら、ただの化け物なんだ。今君たちがテレビで見るヒーローたちはヒーローしか出来ない人が多いんだ。そんな彼らがリストラされて再就職できる可能性は決して高くない。そして反ヒーロー連合の彼らは、そういった人たちが集まっているんだ」

 1人の生徒が手を挙げる。有沢は「どうぞ」と質問を聞いた。

「先生。じゃあ反ヒーロー連合の人たちってほとんどが元ヒーローなんですか?」

「大体そうだよ。それだけじゃない人もいるってのも覚えておいて欲しいけど」

 有沢は一度話を切って、とある生徒に視線を送った。

「早乙女。お前のお兄さんは、ヒーローを辞めたらどうするつもりだと言っている?」

 この問いに教室がざわついた。そして一番動揺していたのが明樹保だ。反面早乙女の奴は微塵も動揺することなく答えた。

「花屋になるって言ってました。母方の祖父が経営している花屋を継ぐと」

 早乙女は心底興味無さそうな表情である。

 早乙女の兄さんが有名なヒーローっていうのは聞いたことがある。だからみんなそのことを聞きたいんだけど、聞くとすごく不機嫌になるっていうのを聞いたことがある。1年の時にそれでなんかあったとかなんとか。それ以来学校では誰も聞かなくなったらしい。

「花屋なのか?!」

 その答えに有沢が一番驚いていた。

 そんな様子を気にも留めず早乙女は「はい」と答えた。

「いやあいつならもっと別の……あ、いやなんでもない」

 せっかく夢を叶えてヒーローになってもこれじゃあ笑えない。美容師だってハサミを奪われたら何もできなくなる。ヒーローも戦う場所を奪われたら、何もできなくなるだけか。そう考えると、ヒーローになった後も大変なんだな。

「――だから皆には将来の夢を真剣に考えて欲しい」

 有沢の真剣な声だけが教室に響いた。

 夢か……。

 あたしは胸中つぶやき、机に突っ伏した。

 夢……ね。そういや今朝の夢はそんなんだったなぁ。あたしの将来の夢。

 

 

 

 

 

 私の幼馴染である明樹保は、ついに雨宮さんをこのお昼の食事に呼び込むことに成功したのは6日前。そして緋山さん目当てで白河さんが加わったのが5日前。一悶着あったけど雨宮さんが仲裁して、今はいつものお昼の風景になっていた。ちなみに斎藤君と佐藤君もついでにいる。そう、あくまでついでだ。

「そういや早乙女の兄さんってなんてヒーロー名ってなんだ?」

「ブラックブロッサムっていうんだよ!! デビュー戦でファントムバグの要塞級を倒すほどの活躍で、そこから要塞級の撃破数は、歴代トップに迫る勢い。最近では戦士級を含む、1000体の敵を倒したんだよ」

 緋山さんの問いに神田さんが食いつくように答えている。聞いてないことにことまで説明していた。しかもデビューから最近の話まで。よく覚えているなと内心感心する。1年の頃からずっとファンだとは言っていたけど、ここまでとは。

 ブラックブロッサムの由来はたぶんみんな知らないだろうな。お兄さんも確か雑誌での回答は控えてた。そういうのを知っていて、ちょっと特別なのが嬉しい。

「ぶらっくぶろっさむぅ?」

「黒桜よ」

「少し不吉な感じがするね」

 緋山さんがわかってないと気づいた葉野さんは即座に直訳し、神田さんはそれに感想を漏らす。

 明樹保は「あははは」なんて笑って誤魔化している。

 いや普通はそうよね。黒桜なんて聞けば不吉なイメージが先に来る。私も最初聞いた時は否定的だった。由来を聞いて納得したものだ。

 そんなことより私はものすごく気になっていることがあり、聞くことにした。

「ねえ、なんで緋山さんもゆう君お手製のお弁当になったの?」

 私の問いに緋山さんの肩は跳ねた。視線が泳ぎだし、あさっての方を見ながら「気にするな」と小さく漏らした。

 そう6日前からだ。ゆう君が作る弁当が4つに増えたのだ。明樹保はわかる。葉野さんは慣れた。だけどなぜ緋山さんのが加わったのか。それが気になった。

 箸の先を噛んだ。

 やっぱりゆう君は緋山さんのことが好きなんだろうか? 最近妙に仲がいい。おかしいくらい仲がいい。明樹保と雨宮さんが仲良くなりだした時期からだ。なんか隠しているのだろうか。隠れてデートとか……?

「何か隠し事? 付き合っているとか?」

 言った後に声が低くなったことを後悔したが、とりあえず問い詰めることを優先した。それにそれを気にする人はいないだろう。

「お、おおおおおお姉さま!!!?」

 白河さんは飛びつく勢いそのまま緋山さんを押し倒した。斎藤君と佐藤君は祭だと言わんばかりに騒ぎ出す。

「「姐御に男!」」

 馬鹿が場を乱してくれる。これはいけるぞ。

「だあああ! 落ち着け! なんでもない! なんでもないぞ!!!」

 緋山さんは動揺しながら、その場を制しようとするが白河さんは止まらない。

「きいいいいいい! お姉さまにお弁当を! 私だってお作りして差し上げますわ!」

「だから違うんだってこれは!」

 騒ぎに他の生徒たちの目もこちらに集まる。

 葉野さんと神田さんは興味深そうに眺めている。明樹保と雨宮さんは落ち着いた様子で食事を進めていた。

 あれ? 興味ないの?

「明樹保! 水青! 食べてないで助けてくれー!」

 さすがに白河さんに押し倒されている状況に身の危険を感じたのか、明樹保たちに救助を求めた。

 そうはさせまいと、煽り立てる言葉を探した。

「なんだか面白いことになってるな」

 私の作戦は意外な形で崩れ去る。話題に上がっていたゆう君が来たのだ。

「早乙女! 助けろ!」

「早乙女優大!!! 最近お姉さまと仲が良いと思っていればぁああ!!!」

 ゆう君は周りの状況を確かめるように、見渡した。

「とりあえず落ち着こうか。俺になんか用?」

「一体全体お姉さまとはどんな御関係で?! なんでお弁当をお作りに!!?」

 今にも掴みかからんばかりの勢いで問う白河さん。ゆう君は至って冷静に、状況を確かめていく。

「緋山のお家がケーキ屋さんなのは知っているよね? それで緋山のお母さんが大変そうなんで俺が代わりに作ってるだけだ」

 「それだけだよ」と涼しく付け加える。そして明樹保の隣に自然に座った。

 何も言わずに明樹保も少し横にずれて、座るスペースを確保している。

「そう……なんですか?」

「そうだよ!」

 緋山さんが叫ぶ様に答えた。

 白河さんは拍子抜けという感じである。さすがに家庭の事情が絡むとどうしようもない、か。

「でも最近仲いいよね」

 葉野さんナイス援護! と内心ガッツポーズを取った。緋山さんと白河さんに緊張が走っている。

「ああ、それな。毎朝起こしに行っているからじゃないか?」

 ゆう君は、さもどうでも良さそうにとんでもないことを言った。言ってくれる。朝起こしに行くような関係って何さ!?!

 周りのメンバーはまるでお祭り騒ぎかのように騒ぎ出す。

 そんな周りの様相を知ってか知らずか「ランニングの途中に立ち寄れるからついでだよ」と、軽い調子である。

「ぬぅぁあんでぇすってぇええええええええ!!!?」

 白河さんは勢いそのままにゆう君に掴みかかろうとして躱された。そのまま地面に激突。

「落ち着けと言っている。ここであんまり騒ぐと面倒になるから抑えてくれ」

 真面目な声音にちょっと驚いた。

「大ちゃんどういうこと?」

「ああ、最近俺とジョンとかが生徒会に雑用係に招集されたのは知っているよな?」

 全員首肯する。

 この学校では生徒会に大きな権限が与えられている。生徒に自由を、というのが校風。だから他の学校より校則は自由気ままなんだけど。教師と生徒たちの自由を取り違えないように、その調整役として生徒会はものすごく重要な役割を担っている。故に大きな権限が与えられているのだ。

「雑用係じゃなくて次期生徒会じゃない」

 私のフォローにゆう君は肩をすくめた。

 そんな今の生徒会には三年生しかいないのである。次の生徒会になる人たち全員が今の生徒会の仕事引き継ぐのに時間がかかってしまう。大きな権限の引き継ぎとなるとそう簡単にいかない。そこでゆう君達に白羽の矢が立てられた。こういう事態の際、先行して生徒会の仕事を学び、引き継ぎにロスを生じさせないように対策をとることができるのだ。その代わり選挙せずに自動的にゆう君達は生徒会役員になることになっている。

 なので、先行で生徒会に入る人は優秀で人望のある生徒が数名、教師と生徒会が綿密な打合せのもと、選考されるのだ。

「そんなに複雑だったのか」

 緋山さんはわけがわからないといった風体である。

 それでゆう君達は、生徒会の集まりに顔を出していたりするのだ。

「んで、昨日生徒会に、最近屋上で不良たちがたむろしているっていう苦情が来たのよ」

「それが私達ということなんですか?」

 雨宮さんは信じられないといった感じである。私も同じだ。

 緋山さん、斎藤君や佐藤君のことだろう。確かに最初は不良だから、ということで警戒していたけど、話しをしてそんなに悪くないってのは知っている。

「そういうことになる。斎藤と佐藤、そして緋山がいるしね」

「そういうレッテル貼りはやめていただきですわ!」

 白河さんが激昂する。葉野さんが珍しく視線が鋭くなった気がした。

「わかっている。俺たちもなんとかしようと色々と根回ししているから、あんまり騒がないで欲しいのよ。最近は生徒会長もなんか人が変わったみたいに余裕ないみたいだしさ」

「そうなんだ……ありだとう大ちゃん」

 あの生徒会長が余裕ないだなんて。

「なんかすまないっす」

「申し訳ないっす」

 斎藤君と佐藤君は申し訳なさそうにしていた。

「お前たちは気にせず、あまり騒がず普通にしていればいい。いいな?」

 緋山さんはすかさずフォローを入れた。

「「はいっす」」

「むきぃいいいいいいい!! 直談判してやりますわ!!!」

 白河さんは今にも生徒会に殴り込みしそうな勢いである。

「そういうのも全部俺に任せてくれないか? 俺も不良とかそういうレッテル貼りは嫌いだし。みんなの気持ちもわかるからさ。だからそういうの全部やらせて欲しいんだ」

 そこまで言われ、さすがの白河さんも抜いた刀を納めてくれたようだ。でも悔しそうに唇を噛み締めている。

「わかりましたわ。お願いしますね」

 同じように2人もゆう君に頭を下げていた。

 日常ってのは不意に壊されてしまう可能性を孕んでいる。だからこういうのって嫌。

 話しを終えたゆう君は明樹保を見て、立ち上がった。

「意外と大丈夫そうだし。これにて失礼するかな」

「あ! ありがとう大ちゃん」

 そうか。やっぱりそうか。そうなのか。ゆう君は明樹保の様子を見に来たついでだったのか。なんでいつも明樹保だけなんだ。たまには私も見に来て欲しいよ。

 社会の授業が、ヒーローの話が嫌いだった。その都度明樹保は動揺し、ゆう君は大丈夫かどうか確認しにくる。

 

 

 

 恨めしそうに優大の背中を見送る直は、無意識に箸を噛んでいた。

 

 

 

 

 

「今日は夢とかそういうのを考えさせる日か?」

 進路希望調査のプリントが重く感じる。

 帰りのホームルームで配られた上に、英梨ちゃんに「絶対に無くさないように、忘れないように」と念を押されてしまった。今日の授業と昼飯のこと、そして今朝に見た昔の夢の三重苦で、さらに重い。勢いに任せて書ける気がしない。どうしたものか。

 溜息だけはいくらでもでる。普段より体が重く感じる。

 暁美はショッピングモールの中を重い足取りで歩いていた。

「柄じゃないよな」

 誰に言い聞かせるでもなくぼやいた。

 柄じゃないとか、そんな理由で逃げていいはずがない。水青の姿勢でそれを感じ取った。だから、こうして素直に行動している。それでも恥ずかしい。

 本屋に用があるのだが、近くの商店街だと噂になるし、誰かの目も気になったので、わざわざ遠くの本屋にまで来たわけだ。

「はぁ……こんなに気分重くて、これで誰かに見られたらちょっと嫌だな」

 もちろん独り言。

 本屋の入り口がものすごく狭く感じた。

 いつものノリで入ればいいのに、なぜか躊躇してしまう。普通に入ればいいのに意味もなく本屋の外をぐるりと回っては、意を決しようとして、やっぱり外をグルグル回っての繰り返し。

(ああああああああああっ! 自分でも不審人物だってわかってる! わかっているけどなんかもう入れない)

 こんなに本屋に壁を感じることなんて初めてだ。

 頭をかきむしって、本屋の入り口を睨みつけた。

(よし。いくぞ! いくぞ! いくぞ!)

 足を振り上げ、踏み出そうとした時だ。

「緋山でも緊張することってあるんだな」

 背後からよく知った声がのしかかってきた。首だけ動かして振り返ると、早乙女が珍しそうにこちらを眺めている。

「き、きんちょうなんかしてないさ」

 呂律が少しぎこちない。

 早乙女は私の横まで来て、指を刺して指摘する。

「右足と右手が一緒に上がっているよね」

 恥ずかしくなり顔をそむける。顔が熱い。真っ赤になってるなこれ。

 くそっ! なんかすごく見られたくない人間に、すごい見られたくないところを見られた気分だ。顔が更に熱くなる。

 早乙女の顔を見ると、意地悪そうに笑っていた。

「い、いいだろう! 緊張ぐらいしたって!」

「そうだな。そういうこともあるよな。よし、ここは乙女の恥ずかしい場面を見てしまったことだし、俺が買って差し上げよう」

 早乙女はあたしを置いて、そそくさと本屋に入っていった。

「あ、おい! 何を買うか知らないだろう! っていうかそれくらい自分で買える!」

 慌てて追いかけると入り口に入った後に振り返る。

 なんだ。意外と簡単に入れるもんだな。何を躊躇していたのか。

 

 

 

 

 

「……高い」

 あの後、早乙女に買わせまいと、目当ての本を探すついでに、的を絞らせない様に本屋の中をグルグル動きまわったが、あいつはあたしが買う本がどのジャンルかわかっていたらしく。最初からずっとその棚から動かないわ。どの本が良いか詳しく見ているわ。挙句「買わせろ」の一点張り。

 なんとか説得して自分で買おうと本を手にとったが、あたしの財布は寂しさ爆発で買えない事が判明。

 そうしてレジであたふたしていたら、いつの間にか早乙女が横にまでやってきていた。

「漫画本と同じだとか思ってた?」

「思ってました」

 本を手渡す。

 もう全部見られたようなもんだ。こうなれば今更恥とか借りとか、一個二個増えた所で痛くも痒くもない。恥ずかしいけど。

 

 

 

 

 

 結局本は買ってもらうは、ジュースにお菓子まで買ってもらった。

 あのモールに売っている鯛焼き、全種類食ってみたかったんだよね。……慣れって怖いな。

「しかし、なんであたしの買う本を知ってた?」

 買った本は「ケーキの作り方」を詳しく書いてある本だ。自分でも柄にも無いというのは理解している。

 あたしは母親のケーキ屋を継ぐのが夢だった。けど、こんなこと言った奴は少ない。というか家族を除けば、他人に言ったのは一回くらいだ。母親伝で聞いたのかとも思ったが、その線はないな。母さんはあれで口が堅いし。

 幼い頃から喧嘩っ早く、男勝りに見られてきた。だから、言えば大抵「お前が? 無理無理」と言われるのがオチだろうと、言わずに来ていた。それほどやんちゃしてきたと、自分自身でもわかっているつもり。

 だから不思議だった。あたしの夢のことを知っていることが。

「なんでなんだ?」

 詰め寄り、問い詰めると早乙女は考える素振りを見せた。

「うーん。とりあえず場所を移そうか?」

 

 

 

 

 

 怨嗟の呻き声が鼓膜を揺らした。

「どうしたのだアネット?」

 もちろんこの先の回答はよくわかっている。なにせこのやり取りは3日前から続いているのだからな。

 漆黒の戦士による負傷により、かなり気が立っている。

 先日、漆黒の戦士を発見した我は、漆黒の戦士と激しい戦闘を演じた。

 我が見込んだ通りの戦士。あの戦いは血肉が湧き、今思い返しても体が高熱を帯びて、戦いたい衝動に飛び出してしまいそうだ。惜しむらくは、我が魔障がまだ癒えてないことだな。お陰で漆黒の戦士に失礼なことをした。全身全霊全力全開で戦うことが敵わず申し訳ない思いで一杯だ。

 魔障もあって、一瞬の隙を突かれた。奴は瓦礫を掴むと、それを投擲。最初それに何の意味があるかわからなかった。しかし、それがアネットへの攻撃だと知った時は驚いた。

 まあ、我が防げず、アネットは敗北したわけだ。

 彼女はかなり漆黒の戦士を警戒して、行動が臆病になっている。

 まあそれはいい。大胆すぎるよりはいいだろう。

 小さく溜息を漏らした。そんな姿にアネットは八つ当たり気味に睨みつけてくる。

「どうもこうもないださ! あたし1人で新しいエレメンタルコネクター2人を始末しろなんて無茶もいいところだわさ!」

 言い捨てて、廊下のど真ん中で暴れまわっている。奥は主の部屋だ。大方、人員をよこせと言って断られたのだろう。少し同情はする。

 わざとらしく考える形を取り、もっともらしいことを口にしてみた。

「だが――魔物の数を増やして数で攻めれば良いのではないか? アリュージャンの失態で魔石はいくつか奪われはしたが、まだ数も十分にある。主もそれなりに恵んでくれたのではないか?」

 エイダがいることは不安要素だが、なんとかならない話ではない。数を揃え、堅実に行けば勝てない話ではない。が、アネットは激昂しながら否定した。

「あたしの回復量は知っているだろう!! この前使い切った魔力はまだ完全に回復なんてしてないだわさ!!! お前や主、クリスのような回復量はないだわさ!!!!」

 アネットの魔力の回復量は高くはない。だが、決して低いわけではないのだが。我が軍団に置いて優秀に見えないだけの話だ。それでも一週間前の戦闘で使いきってようやく八割と言ったところ。

 魔石に使う消費量なんてたかが知れている。石を大量消費して数を揃えても問題ないはずだ。

 そこまで考えて黒猫の狡賢さを思い出した。

「やはりエイダか?」

「あの糞猫。街に色々と仕込んでくれただわさ。それだけじゃないだわさ! こちらの探査魔法で色々と調べて分かったことだわさ」

 アネットは忌々しそうに説明した。

 アネットの話は皮肉と文句と愚痴で、長くなったので、かいつまんで理解できたのは。青のエレメンタルコネクターが恐ろしい勢いで、能力を伸ばしていっていること。漆黒の戦士以外にも黄金と、紺碧の戦士が暴れまわっていることを語った。

 後者は非常に問題だ。とくに漆黒の戦士以外にも我と戦える資格を持つものがいる可能性があるとなると、こんな魔障はさっさと癒さねばならぬな。

「私のご用命ですね」

 声がにじり寄る。

 声音に自信が満ち溢れていた。振り返ると、そこにはほっそりとした男がいた。

 細く鋭い目つき。死相に似た隈。短い髪をすべて後ろに流している。スーツという衣服に、コートを羽織り、身に纏うものは、ネクタイの赤以外はすべて白。

「保志 志郎か」

 こいつはこの地で登用した者だ。魔力は低く使えもしない。されどこの国への復讐心。そして我らが主、ルワークへの忠誠心はクリスに並ぶほどだ。情報収集と分析、そして作戦の立案能力は非常に高い。

「この前も1つ、企業のヒーローたちを潰しました」

 自慢げに言い。自身の功績に胸を張って誇る。誇って地に膝を落とした。

「されど! されど! ルワーク様へとご報告するにはあまりにも凡愚な功績!!!! この国を破壊しぃい! ルワーク様への忠誠を果たすにはこのような功績ではダメなのですッ!!!」

 またこれだ。自身で誇っておいて、主へと報告するには小さすぎると泣き喚く。

 この状況に陥ると泣き止むまで何を言っても聞きはしない。本人曰く、精神を落ち着かせるための癖だとか。

 だが、こやつのお陰で我らはかなりの戦果を上げている。ヴァルハザードでもその頭脳は存分に活かせるだろう。

 泣き止んだらしく、やりきった顔で立ち上がった。落ち着いたところを見図り話しを促す。

「して?」

「色々と調べておきました。彼ら、龍のような意匠をもつ戦士たちのこと。命ヶ原のローカルヒーローたちのこともです。大まかなことしかわかっておりません。家族や身辺調査には時間を要します」

「人質を取るということも考えているのか?」

 志郎は「場合によっては」と軽く言った。

「我が好敵手である漆黒の戦士にその様な愚策を取ってみろ。お前を殺すぞ」

 内なる怒りは押し隠さず、志郎にぶつけた。

 我が精神にとって、認めた戦士にその様な振る舞いは下劣極まりない。認め合った戦士同士、全身全霊全力全開で戦うことが最高の誉れであり、それが我が矜持。それを汚すのは何者でも許さん。例え、それが我が軍団に必要な人材でも、主であろうともだ。

 怒りと殺気、それらが混ぜ合わさった獰猛な気迫。それに呑まれた志郎は、額に冷や汗を浮かべながら「肝に命じておきます」と答えた。

「そんなことはどうでもいいだわさ! 情報を教えな」

 志郎は小さく咳払いし、情報を列挙した。

 途中泣き出したりしたので、これまた理解できたのは大きく分けて3つ。

 漆黒の戦士たちのこと。ローカルヒーローたちのこと。この国のエレメンタルコネクターの存在の扱い。

 漆黒の戦士同様龍の意匠をもつ者たちは、超常生命体と呼称されていること。彼らは企業にも政府にとっても理想の敵として扱っているらしい。ので、彼らは独自の協力関係を構築しない限り大きな組織を引き連れることはない。

 数は300近くいるらしい。その内この街にいるのは51号。55号。23号だそうだ。

 漆黒の戦士は51番目に確認できたので51号と。黄金の戦士は55号。紺碧の戦士が23号らしい。

 我が認めた戦士を数字で呼称するとは、腹立たしく思う。なので、これからも漆黒の戦士と呼ばせてもらおう。

 そして組織と協力関係にあるのが漆黒の戦士と黄金の戦士だ。漆黒の戦士は警察。黄金の戦士は謎の組織らしい。

 命ヶ原のローカルヒーローの名前はタスク・フォース。戦闘要員は全部で49名。内、現存戦闘人数は48名。6人で1つの集団となり、8つの軍団で動いていること。反ヒーロー連合と戦闘はしているが、命ヶ原に危害を加えるものとは戦うので我らの敵である。そして、彼らは自分たち以外の戦闘能力を有している存在には排除行動をしているらしい。先日もエレメンタルコネクターと超常生命体55号に攻撃を仕掛けて泥沼化させた。

 そして彼らはこの国の軍隊、自衛隊の下部組織という位置づけらしい。つまり場合によっては、彼らは自衛隊という組織から支援を受けることが可能である。

 エレメンタルコネクターの存在はこの国は完全に認知していない。

「つまり一番厄介なのはタスク・フォースです。正確にはその後ろの自衛隊ですが」

 漆黒の戦士は警察と、黄金の戦士は謎の組織と連携して動いている。両者に協力関係は無いが協力されると厄介なので警戒すべき。エレメンタルコネクターも同様だ。

 掟に縛られているエイダならそれはまずないが。あやつは追い詰められるとなりふり構わず行くところがあるからな。

「つまり以上のことから、ローカルヒーローたちの戦力は削るべきではない。というのが私の意見でございます」

「なるほど! 確かに仲を悪くさせて、互いに協力させず、潰し合わせれば楽ちんだわさ」

 アネットはその場をグルグルと回り始めた。今の状態では我と志郎の言葉は届くまい。今しがた得た情報で、新たな策を練っているようだしな。

「タスク・フォースの戦力が維持され、エレメンタルコネクターへと銃口が向くのはいいが――」

「やはり一騎打ちをご所望で?」

 意識して、低く「無論」とだけ答えた。それに対しての志郎の答えは「なるべく留意します」だった。

 視界の端でアネットの動きが止まった。

「今回は戦力の補充を行うことにするだわさ。イーヒッヒッヒッヒッヒ! その次には目にも見せてやるだわさ! そうと決まれば行動だわさ」

「よかろう我も動こう。魔障は癒えておらぬが護衛ならばできる」

 漆黒の戦士と戦える喜びで、湧き立つ。

「そのことなんですが」

 志郎はファイルをめくりながら続けた。

「本日は命ヶ原に向かって、超常生命体63号が動いている模様です。こちらから警察にリークさせれば、51号はそちらに向かうでしょう。超常生命体同士の戦闘を回避すれば危害はないと思うので、オリバー殿は治癒に専念してはどうでしょうか?」

 結局治癒に専念することにした。

 好敵手がそう簡単に負けるなどと微塵も考えなかったのだ。少しでも治癒に専念して万全に帰して彼と対峙したほうが、心置き無く戦える。

「随時調査はしますが、黄金の戦士のバックに居る組織。1回で調べ上げられなかったということは危険でしょうね」

「悲観したくはないが、杞憂ではあるな」

 志郎は「ええ」と相槌をうつ。

 それより我は、アネットを1人にさせてしまった事のほうが気になった。

 

 

 

 

 

 

 あたしの前を早乙女の背中が行く。なんとなくついてきてはいるが、道中会話はない。

 先ほどのあたしの疑問に対する答えはないまま、いつもの商店街を歩いている。道中何度も聞いたが答えることもなくまっすぐと進んでいく。あたしがついてくると信頼してか、一切振り返ることもない。

 消えてやろうか? とも考えたが、その考えはすぐに捨てた。そういうのはされるのは嫌だからな。だからしない。

 脳裏に、幼い日の記憶。突然父親が消えた日のことが過ぎっていた。

 視界が見知った風景に変わったので気づいた。

「そうか」

 声を漏らし、早乙女の隣まで歩み寄った。行く場所はあたしが幼い頃によく遊んだ公園だ。間違いない。けど、こいつはなんで知っているんだ?

 それから間も無くして公園についた。辺りは夕焼けで赤に染まっている。

 普段ならば子供たちが遊んでいる場所だが、怪異事件のせいかあたしら以外は誰もいない。

「色々と聞きたいことがあるんだが?」

「とりあえず座ろうか」

 言われるがままブランコに座る。早乙女は隣のブランコに腰掛けて、揺らし始めた。

「いい年して何やってるんだよ」

「意外と楽しいよ」

 呆れるあたしに、早乙女は変わらずである。答えを急かすことなくなんとなく公園を見渡す。

 懐かしいな。よく親父と遊んだ公園だ。母さんがケーキ屋から離れられない時はよくここで遊んでもらった。親父が消えた日からなんとなく来にくくなった場所。それでも幼いころの記憶を思い出したかのように来ては眺めて帰るだけ。

 ダメだな。ここに来ると親父への不満を思い出しちまう。

「ここで――」

「へ?」

 考え込んでいて聞きそびれた。そんなあたしに早乙女は笑いかけた。

「ここで、明樹保と俺は、お前の将来の夢を聞いたんだ」

「あっ――」

 早乙女の眼差しは懐かしむように、ジャングルジムへと向けられた。釣られて視線を動かし。かつての光景を思い出した。

 偉そうにふんぞり返って、出会ったばかりの自分と同い年の子に宣言してたな。

――あたしはケーキ屋になるんだ!――

 胸のあたりがむず痒くなるような感覚に支配され、自然と頬が緩む。

「そっか」

「そうだ」

 ふと、明樹保が2年に進級した時に、やたら親しく話しかけてきたことを思い出した。あたしは忘れてたんだな。それを。

「明樹保には口止めされていたんだけどね――暁美ちゃんが思い出すまで言わないでね――って」

 すかさず「言ってるじゃないか」と指摘。もちろん非難したくてそう言ったわけではない。

 きっと早乙女は……ゆうは、きっとあたしのことを応援したくて、応援していることを伝えたくて教えてくれたんだ。

「ありがとう」

 一度目を瞑り、今精一杯の感情込めて続けた。

「ここ最近お前には助けられっぱなしだな。感謝してもしきれないよ」

 ゆうは変わらず、どこか遠くを見つめていた。

「忘れないで欲しいんだ。明樹保と俺は緋山を応援しるよ」

「ゆう……あたしはなれるかな?」

 少し自信がない。柄にもない。似合わない。そんな不安から紙袋を握りしめた。

「そうでありたいなら、そうであり続けようとすればなれるさ」

 早乙女の瞳があたしを射抜く。

 初めてみるような目に、少し驚いた。こんなにこいつの目ってこんな綺麗だったけか?

 不思議と自信が湧いてきた。今なら何をやってもできる気がする。

「そっか……じゃあ、やってみっか」

 携帯のヴァイブレーションが微かに耳に聞こえた。

 ゆうはポケットから携帯を取り出し、応答し始める。徐々に言葉が真剣味を帯びていく。

 なにやらタダ事じゃなさそうだな。

「悪い。緋山」

「暁美でいいよ」

 一瞬の間。2人は少し微笑む。

「そっか。暁美。俺は……行くよ」

「ああ。あたしはもう少しここでゆっくりするよ」

 ゆうは足早に公園を後にする。

 ゆうの背中はなんだかすごく大きく見えた。わけも分からず思い浮かんだ言葉は「強いな」だ。

 そっか……明樹保はあきで、早乙女はゆうだったのかぁああああ。

 思い出して進級した当初の態度を申し訳なく思う。今でこそこうだけど、もう少し友好的にとか。やりようはあっただろう!

 反省会をしていると、聞き慣れた声に肩が震えた。

「お・ね・え・さ・まぁああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 視線を向けると全力のタックル。

「全力か!?」

 全体重の乗った突撃。私より体格が小さいとはいえ、アンバランスなブランコで受けきる事など不可能。

 あたしは背中から地面に落ちた。

 一瞬呼吸が止まる。

「イタタ。なんだ白百合?」

 目を開くと斎藤と佐藤が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。少し余裕が無いように見える。

 疑問に思っていると白百合が矢継ぎ早に説明した。

 不発弾がこの街で見つかって、一部地域に避難勧告が出たこと。その近くにあたしが向かったらしいと目撃証言にいてもたってもいられなかったらしい。

「ってことは、モールのあたりか」

「らしいっす」

「まあ、ここは無事っすね。それに、ローカルヒーロー様がいるから不発弾なんて余裕っすね」

 斉藤は余裕たっぷりといった態度で、ブランコに座り込んだ。白百合は「心配していたんですからぁ」とか言いながら、あたしの上から動こうとしない。それどころか胸に顔を埋めてこすりつけてくる。

 そうかそれが狙いか。少しくすぐったい。

 どかそうと四苦八苦して、今いるメンバーを見渡す。

「しかし、このメンツでここまで仲良くなるなんて不思議だな」

 1年の2学期くらいだったか、白河に絡んだ2人をボッコボコにしたのが始まりだった。それからしばらくは、こいつらも食い下がって何度も喧嘩したが、今となっては仲良く飯を食う仲。わからんもんだな。

「そうっすね。でも今がとっても楽しいっす」

 斎藤は短く答える。その表情は本当に楽しそうだった。

 佐藤はそんな斎藤に首肯して同意した。白百合もあたしの胸の中で同意の声をあげる。

「姐御にツケられた額の傷は、今じゃ勲章ですよ」

 斉藤は髪の生え際に出来た額の傷を、誇らしげに語った。今思うと少しやりすぎたなと思う。

「さてと、避難かんかく出ているなら、みんな帰らないとな」

「お姉さま避難勧告です」

 こういうところは直そう。できるだけ早く直そう。

「そうっすね。帰りましょう」

「乙女たちを送り届けるのは俺達に任せるっす」

 斎藤と佐藤はナイト気取りになった。なんだか無性に腹が立つが、白百合のことは任せよう。あたしは家が近いし。

 などと考え込んでいると、声が空から降ってきた。

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ。獲物が3匹いるだわさ!」

 信じられない光景が目に飛び込んできた。老婆が空を飛んでいるのだ。周りを見渡してもクレーンとかそういう類はない。釣らされているようには到底見えなかった。紛れも無く浮遊を行なっている。

 老婆の目を見て直感した。こいつはやばい。早くみんなを逃さないと。起き上がって白百合を引き剥がし、構える。

「斎藤! 佐藤! 白百合を連れて逃げろ!」

 あたしの叫びに皆の反応は鈍い。信じられない光景に呆気にとられているのだ。

 相手が老婆だからって油断していいわけじゃないぞ。

「あ、でも」

 佐藤は「どうして?」という態度だ。

 苛立ちと頭の中の警報で、一気に精神が追い詰められる。

「逃がしゃしないよ!」

 突如黒い霧が辺りを覆い、それがドーム状に広がっていく。

 そして公園の周りに蔓が生えて囲まれた。

 怪異事件。こいつが犯人か。

「さあってこれで逃げられないよ。イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ」

 「なんだこれは?」と斎藤と佐藤は騒ぎ立てる。白百合はあまりの出来事に視線が定まってない。あいつが一番やばい。

 

 

 

 4人を軽く分析。

(魔力の素養が高いのは、小娘2人。男は変な髪形のやつは素養が低くはない。デブちびはへぼちんだね。目覚めた魔物の餌となってもらおうか。髪の長い奴は勘もいいし、すでに状況に順応している。まずは――)

「まずはそこの小娘からだねぇ!!」

 真っ先に茫然自失となった小娘を標的とする。自身を浮かせている糸を切ったかのような急降下。勢いそのままに飛び込む。獲物以外の景色が溶けていく。

 音に迫る移動に反応できる者などいない。魔石を取り出し、魔力を込める。そしてそのまま腕を伸ばした。後数センチのところで魔物の誕生を確信して笑う。

 が、それは妨害される。

「な……にぃ……?」

 視界が突然横に飛び、そのまま公園端にある柵に叩きつけられた。

 混乱する頭で自分の状況を確かめると、髪の長い小娘に押さえつけられている。

 私の飛び込みにタイミングを合わせて体当たりしてきたのか。

「仕方がない!」

「え?」

 順序は変わったがお前から魔石の餌食になってもらう。ここまで体が密着してたら飛び込む必要もない。

 その手に握られた魔石を暁美の左腕にあてがった。

 

 

 

 左腕に何かをぶつけられた瞬間、全身に激しい痛みと焼けるような熱さが走る。

 痛みと熱に意識が明滅する。飛びそうになった意識を、歯を食いしばって引き戻す。なんとか目の前の奴だけは押さえつけた。

「お前!? 離すだわさ! どうせお前は化け物になるんだから何したって無駄だわさ!」

「だからってそんなことできるか!!」

 脳内に声が響くが全部無視。今やらなくちゃいけないのはこいつを押さえつづけることだ。暴れ回り殴られ、ひっかかれ、噛み付かれる。化け物じみた強さに心が折れそうになる。その前に早く――。

「みんな!! 早く逃げてくれ!」

「させるか!」

 濃緑色の光が走ると同時に茨が白百合たちを覆う。出てきたばかりか動きが鈍い。

「早く逃げるんだ!」

 しかし、全員恐怖でそこから動けなくなっていた。

 斎藤は足が震え、座り込みズボンを濡らしている。佐藤は右往左往して、錯乱していた。白河はヒステリックを起こし、奇声を上げている。

 ダメか? ダメなのか?

 脳内に響く声だけがうるさく喋りかけてくる。

――アタシはこの熱に身を委ねてもいいんだよ?――

「うるさいうるさいうるさい!」

 暁美は脳内に響く声を、叫んで遮ろうとするが、声は止まない。

「うるさいのはお前だわさ! さっさと諦めて魔物になるだわさ!」

 アネットは濃緑の光を発する。魔力を使い、蔓で3人を縛り上げた。3人は激痛で悲鳴を上げる。

「痛い! 痛いぃいい!」

「は、離してくれぇえええ!」

「あ、あああッ」

 三者三様身を固くしてしまい、終わりを待つだけになってしまう。

「くそっ!」

「これでお前の無駄な努力も終わりだわさ! イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!」

 突如青い光が一閃した。

 

 

 

 最近の放課後の日課。それは街のパトロール。明樹保さん、エイダさんと一緒に街を見まわるだけになります。探査魔法の有無などの確認。それらを毎日行なっていく。それだけでも街を守れているような満足感を得ていました。

『警察?』

 エイダさんの声が響くと、同時に警察車両が警報を鳴らしながら、十数台到着。

 一気に物々しい気配になりましたね。

「避難してください! 避難してください! ここから離れて! ただいま不発弾が発見されたと通報が有りました。不意の事態が起きる可能性があります。我々警察が立ち入って調査するので皆さんは離れてください!」

『なるほど。明樹保。水青。離れるわよ』

『どういうこと?』

『いいんですか?』

『龍の戦士がこちらに向かってきているわ。今までに見たこと無い奴ね』

 私たちは足早に離れ、路地裏に潜り込んだ。

 胃が締め上げられるような感覚。戦闘で襲ってきた黄金の戦士を思い出した。あの戦士の力は他の追随を許さぬ暴力。黄金の波動がすべての物質を砕く威力。魔石を埋め込まれた時と同じくらい死を覚悟しました。

 エイダさんは更に続けた。

『私なら、この混乱に乗じて、別の場所で動くわ』

 エイダさんの意見は一理ありえます。こちらと反対の住宅街は平穏なはず。動くには十分すぎる。

『タスク・フォースも警察も、戦士に注意が向く』

『なら急がないと』

 明樹保さんが焦りだす。

 敵にとって今が絶好の好機なのだ。

 すでに私たちは全速力で、住宅街へと向かう。人目を避けて路地裏を全力疾走。ルートはエイダさんが手早く、指示してくれる。

 魔力で強化した肉体の移動は恐ろしく早い。景色が溶けるのではなく線となった。それでも動体視力も強化しているので、見ようと思えば、流れ行く景色を認識することもできる。

 ですが、私たちにそんな余裕はない。もしかしたら敵が動いているかもしれないのだ。

 エイダさんは探査魔法を都市部ではなく、住宅街を中心に走査する。

『先に動かれた。この先の公園で男女2名ずつ、計4人。アネットと遭遇しているわ』

『そんなっ?!』

 明樹保さんの悲鳴にも似た叫び。

 わかります。あんな苦痛を他人に負わせてはなりません。

『この先の公園よ』

 黒い霧が壁となって眼前に迫る。明樹保さんより加速して、前に出た。

 私の時よりは随分と小さい規模。

『戦力の補充が狙いね』

 結界をすり抜ける手間を惜しんでいられません。

「強引に行きます!」

 念話でエイダさんが肯定する。

 

 

 

 光が走り、明樹保と水青は魔法少女へと変身した。

 水青は走る勢いそのまま、霧に掌底を叩き込んだ。霧に青い光の亀裂が走り、ガラスが割れるように砕けた。黒い霧に大きな穴ができる。

「急ぎましょう」

 エイダと明樹保は首肯する。

 結界の規模は小さいため、明樹保達はすぐに公園を視界に捉えた。

「嘘っ!!」

 明樹保は絶叫しそうになるのを堪えた。

 明樹保たちには信じられない光景。茨が白百合、斎藤、佐藤を縛り上げ、暁美がアネットを押さえつけている状況。暁美の左腕に赤く輝く魔石。すでに暁美が犠牲になっていることの証拠である。

(水を高圧にすることで、どんなものでも断ち切ることが可能となる)

 水青は得た知識を思い出す。それを念じ。自身の手のひらから顕現させた。

「断ち切らせて頂きます!」

 水青は自分の記憶と知識を呼び起こし、魔法を行使した。

「後は狙いを!」

 狙いは友人を縛り上げる茨。腕を大きく振り、一寸の狂いもなく茨を切り裂いた。

 駆ける勢いを加速させ、そのまま落ちる3人を拾い上げる。後には切り裂かれた茨が地面を鈍く打つ。

「アネット!! 暁美さんたちになんてことを!」

 水青は叫び、アネットと対峙する。鬼の形相。普段のお淑やかな雰囲気とはかけ離れた表情に明樹保とエイダは、驚く。

「この方だけは容赦はなさいません。この方だけは……この方の後ろにいる者たちも含めて許すことなどできない」

 明樹保が「水青ちゃんそれだとバレちゃう!」といった言葉は怒りで沸騰した水青に届くことはなかった。

 普段は見せない怒りをアネットへとぶつける。

「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ! いい気になるなよ! こっちにはまだ人質がいるさね!」

 濃緑の光が走り、茨が生える。

 茨で縛り上げるのを暁美に変更して、アネットはようやく自由になる。

「クソッ! 離せ!」

「しぶといやつだ! 目の前で自分の無力さに絶望するがいい! エレメンタルコネクターわかっているね? お前たちがそこから動いてみなぁあ? この小娘がずたずたにされちまうだわさ!」

 暁美の周りに茨が生えて、暁美を強く打ちつけた。悲鳴が響く。

『これでは動けません』

『エイダさんなんとかできない?』

『この距離で魔法を行使すればすぐに察知されるわ』

 打開案が浮かばない。つまり最悪の事態である。

 

 

 

 体に走る痛みと、熱。さらに茨にきつく縛り上げられる鈍痛と、鞭打たれろような激しい痛み。意識が飛びそうになる。おかげで視界が少しぼやけた。

「青いやつ……暁美さんって。ってことは……」

 目の前のピンクと青の魔法少女ぽい格好の奴らは、よく見ると明樹保と水青っぽかった。ってことはあの2人か? よく目を凝らす。

 髪の色や服装が全然違うが、よく見ると顔立ちはあいつらそのものだ。

 2人が苦悶の表情をしている。人質にされているあたしのせいで動けない。白百合たちも、何が起きているのか理解できずに、ぼーっとしている。

 さっさと逃げろよ。ああっ! でもこの状況じゃ無理か。

 辺りを見渡すと、公園をぐるりと茨と蔓が覆っている。

――アタシになれば、あたしは強くなれる。そうすれば父親だって……――

「うるさい黙れ」

「なんだと?」

 もちろんあたしの言葉は、目の前のババァに言ったものではない。脳内で偉そうにしているアタシ自身……いや、この左腕の石にだ。

 だが、勘違いしたババァはあたしに蔓を数度打ちつけてきた。

 歯を食いしばって激痛に叫びそうになるのを堪えた。

――柄にもないことをする必要なんてないんだよ――

「そんなのは決めつけだ。そんなのが、自分の可能性を自分で殺していいわけがない」

 ゆうの言葉を思い出す。

――そうであろうとするならば、そうでありつつけるならば――

 柄でもない。似合わないってのは、逃げだ。逃げる言い訳だ。そうやって逃げてきた。

 水青に視線を流す。

――アタシの不満をどこにぶつけるのさ? 今この力で破壊するんだ。すべてを――

「不満なら母さんに聞いてもらうさ! そんでもって一緒に頑張る! 力は!――」

 水青も変われた。あたしも変わるんだ。

 たぶんこの石に負けたらいけない気がする。何よりあたしはこんなところで終わっていいはずがない。今やらなくちゃいけないことは――

「――力は。守るために使わせてもらう!」

 全身にありったけの力を込める。

 

 

 

 一時はどうなるかと思ったが、このまま小娘を人質に押せば勝てそうだわさ。

 額の冷や汗を気取られぬよう、エレメンタルコネクターたちを牽制する。

 全神経を目の前の敵に集中する。一挙一動、漏らさぬように。特にエイダは視界の中心に収めておく。

「まずはそこに転がっている3人のガキども差し出せ!」

「そんなことできない!」

 桜色のエレメンタルコネクターは庇うように前に歩み出た。自らが壁だと言わんとばかりに。

「何言っているだわさ! こっちは人質がいるんだよ!」

 悔しそうな表情に、口が歪みそうになる。くくく、良い様だわさ。そうだ。それだわさ! その表情だ。胸がすくような思いだわさ。

 突如エレメンタルコネクターたちの表情が変わった。驚くような顔はアタシのはるか頭上。つまり人質に向けられたものだ。

 ふと上で叫ぶ声が聞こえた。なんだと意識を上に向けた瞬間、拳が眼前に迫っていた。

「だりゃああああああああああああああああッ!」

 意識を、前に集中させすぎた。故に反応が遅れた。髪の長い小娘は飛び降りる勢いを乗せ、拳を全力で振り下ろす。

「そんな!? 馬鹿な! どうやって?」

 拳が迫るのを遅く感じた。だからだろうか、視界に引きちぎられた蔓がやけに鮮明に映る。

 引きちぎったのか。という脳内の言葉すら発することができないまま殴り飛ばされた。

 

 

 

 力の使い方を知っていたわけではない。無我夢中だったのだ。だけど今はわかる。このぬくい感じが力だ!

 とにかく足手まといとか、人質とか、そういうのは柄じゃない。違うな嫌いだ。助けを待つお姫様は水青にでも任せるさ。

――アタシはあたし

「ああ! だからあたしはあたしになるんだ! それしか出来ないし。それを応援してくれる仲間がいる!!」

 ブランコの下に落ちている紙袋を確認。

「だから――」

 埋め込まれた石を撫でるように触った。

「――アタシもあたしだ! あたしに力を貸せ!」

 赤き輝きが石から発せられる。夕焼けのような赤い光。明樹保はその光が何かを察し、叫んだ。

「暁美ちゃん! 強く念じて!」

「おっしゃあああッ!!」

 明樹保の言葉を背に受け、瞑目し、地面に転がっているクソババァを睨みつける。

「いくぞ!」

 赤い光が視界を覆う。体にまとわりついているぬくいものが大きく膨れ上がり、より体に密着するように体に走る。今ならなんでも守れるような力強さを感じた。

 赤い光が止むと、あたしの着ていた制服が、明樹保たちと同じ格好になっていた。前髪が赤い。よくよく見ると、明樹保たちも髪の色とか目の色が石と同じになっている。ということはたぶん目も赤いのかな? そんな疑問、今はいいか。

「って! 燃えてる!」

 周りが燃えている事に驚いた。赤い光から炎を発している。何かが燃えているわけではないらしい。それが赤々と公園を照らした。

「それはあなたの力よ」

 猫があたしの能力だと教えてくれた。

 ん? 猫? 喋る?

「うわぁああああああああああああ!!! 喋ったぁああああああああああああああ!!!」

 ちなみに背後で斎藤と佐藤も、同様に叫んでいた。水青が「驚くのも無理はありませんが今は――」

「暁美ちゃん……」

 心配そうな明樹保……あきの眼差し。心配かけて申し訳ないという反面。なんだかそれが心地よくて嬉しい。

「待たせたねあき。これからは一緒だよ」

 あきの表情に花が開く。

 やっぱりあきには笑顔が似合うな。こんな笑顔を守れるならこういうのもいいかもね。

「思い出してくれたの?」

「と、とりあえず全部後だ後。今はあいつをぶっ飛ばす!」

 何よりこの格好が恥ずかしい。フリフリしてて吐きそう。だから早く終わらせたい。

 拳に火が灯る。

「も、燃えてるー?!」

 燃えている手に息を吹きかけたり、振り回したりして消そうと試みるが失敗に終わる。

「この! ふざけやがって!」

 いつの間にか起き上がっていたクソババァは、体を濃緑に光らせていた。蔓が瞬く間に生え、暴れだす。地面を叩く度に、抵抗力が無いのではと錯覚するほど容易く抉れていく。

「くらえや!」

 無数の蔓が迫ってきた。

 蔓の壁が迫ってくる。そんな風に感じた。殴って対処出来る物量じゃない。

 しかし蔓の濁流は水の壁にすべてを阻まれる。

「水青!」

「いきますよ」

 水の線が壁から複数生え、蔓の根本へと走っていく。水に触れた蔓は切り裂かれ、地面に力もなく落ちて、霧散していく。蔓の壁は消え、クソババァまでの道が出来上がる。

「今です!」

「だりゃああああああああ!!!」

 走る勢いそのままに体重を拳に乗せ、振りぬく。燃え盛る炎の拳がクソババァの顔面に直撃した。そのまま振りぬかれた拳が炎を爆ぜさせる。直後に地面を叩く鈍い音。クソババァが地面に落着したのだ。

「ひぎああああああああああああああ!」

 苦痛にクソババァは叫び、地面を転がり回った。

 どうしよう? もう一発入れておくべきか?

 

 

 

「馬鹿めが!」

 良心によって、暁美が一瞬悩んだその隙をアネットは逃さなかった。これ幸いと起き上がり、勢いそのままに飛び上がって逃げ出したのだ。

「今日のところは退いてやるだわさ!!!」

 空を走るアネットの姿が小さくなっていく。

「あっ! ちくしょう逃がすか!」

 暁美はジャンプするが浮遊することは出来ず、傍から見るそれは、その場で跳ねているようにしか見えない。

「明樹保!」

 エイダの叫びより早く反応した明樹保は、民家の屋根に飛び上がり、構える。直後に桜色の一閃が夕焼けの空に走った。

 

 

 

 

 

 夕焼けの公園で楽しそうに会話をする6人。そんな姿を意識して恨めしそうに眺めた。

(ヴァルハザードのことがどんどん漏れでいく。この先思いやられるわ)

 溜息は自分自身にしか聞こえず、明樹保たちは呑気に笑っている。

 これでいいのかもしれないわね。これで。

 自分にそう言い聞かせておかないと、今のこの現状についていけない気がした。とりあえず、今回はアネットのせいということにしておきましょう。

 エイダの悩みの種は増えていった。

 

 

 

 

 

~次回に続く~

 


 
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