――いい? 私たちは兵器よ。
分かってるのね。
――私たちは死んでも誰も想っては、悲しんではくれないの。提督たち以外はね。
分かってる。分かってるから……
――だから――
「竣工して早々忙しい部署に駆り出されるとは、ついてないな。君」
彼女の先を歩く男性が不意にかけた言葉がそれだった。くたびれた白い軍服の背は歴戦の勇士とも、疲れ果てた管理職とも見て取れる。いや、この男性は事実“提督”と呼ばれる立場の人間で、彼女がこれから世話になる艦隊……いや、部隊と言ったほうが正しいかもしれない。そこの責任者でもある。
「当然のことですよ。私たちにしかできないことですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。少し前の大規模作戦で二隻しかないうちの一隻を失ってしまってね。本来の動かし方ができなくて苦心していたんだ。だが――」
扉の前で提督は立ち止まり、彼女に振り返った。そして見下ろす彼の彫りの深い顔は年齢相応の衰えが見える。眼差しを送る細い瞳には何とも言えない不思議なこそばゆさを感じさせた。
「――君が来たことでようやく本来の業務に戻れる。我々は君を歓迎するよ。イムヤ。第3強襲潜水戦隊にようこそ」
そう言って提督は彼女、“伊168”ことイムヤに道を譲りながら後ろ手で扉を開けた。その先には広々とした工廠と潮の香りがするプールが見えた。プール周りには機材や弾頭の乗っていない魚雷が転がり、休憩用なのかビニールが等間隔で張られた椅子が置かれている。天井には大型の電灯が吊るされ、壁際にも窓はあまり見えない。全体的に薄暗い部屋だった。
「ここが……私の所属する?」
他の艦娘たちから聞いていた印象とは大きく違う待機室の光景に、イムヤは呆けながら提督に聞いた。他の艦娘たちの話では待機室はもっと明るくて、多くの艦娘や職員たちが忙しそうに働いていると聞いていた。
だが目の前に広がる待機室には職員どころか艦娘すらいない。まるでイムヤが初めて着任した艦のようですらある。正直に言ってこれはなにかの冗談なのだろう。この提督、見かけによらずとてもひょうきんな性格らしい。だが……
「そうだ。待機場所などは特に決まっていないので使い易いよう適当に配置を変えてくれて構わない」
「本当に……ここが……」
「そう落ち込まないでくれ。こんなのでも住めば都だ。執務室はそこの扉の先にある」
提督が指した方向にはたしかに“執務室”と書かれたプレートの貼られている鉄扉がある。が、それはどう見ても執務室ではなく物置があるべき場所だった。現に扉の周りには古い段ボールや資材らしきものが山積みになっている。
「あれが執務室……そ、想像していたよりも個性的ですね……」
「素直にきたないと言ってくれてもいいぞ」
「そんなことは!」
「いや、事実あそこは元物置だからな。空気も悪い」
仮にも提督の執務室がそんな扱い……イムヤにはとても信じられなかった。この基地は別段小さいわけではない。もっと言えば少し見ただけでもここより良さそうな場所はいくらでも空いていた。なのにこの扱いと言うことは――
(もしかして私、とんでもない窓際戦隊に入れられちゃった……?)
これから伊号潜水艦としての力を存分に発揮しようという意気込みなどとうに消え失せ、逆に不安が込み上げてくる。
もしかして建造されてすぐの潜水艦だから半ば捨て駒のように配備されたのではなかろうか。もしかして出撃することなくこのまま朽ちるのではなかろうか。そんな考えが浮かんでは消える。
「今はやることもないからゆっくりしていてくれ。私は執務室にいるから分からないことがあれば私か……イク! 上がって来い!」
提督の声が工廠にこだましながら小さくなっていく。そして再び静まり返った工廠にチャプンと水音が響いた。
「なーにー提督。今日は休日じゃ――」
プールの水面から青い髪の潜水艦が顔を出した。そしてイムヤは見逃さなかった。その潜水艦が彼女を見た時、ほんの一瞬だけ目を大きく見開いたことを。まるでそこにイムヤがいることが信じられないとでも言うかのように。
「イムヤ。彼女は伊19。君より少しだけ先輩の艦だ。分からないことがあれば私か彼女に聞いてくれ。それではイク。とりあえず頼んだ」
そう言って執務室に向かう提督を見送っている間に伊19はプールから上がってイムヤの側まで近付いていた。そして。
「ひゃあ!?」
イムヤの身体は伊19の腕の中にあった。濡れた肌がセーラーと水着の上をじっとりと濡らし、冷たく柔らかな感触が全身を包み込む。無くしたものをようやく見付けたように固く、強く、離さないようにしっかりと。
背筋に冷たい何かが走った。その不快さに身じろぐと、伊19はようやく気付いたように離れ、
「ごめんごめん。仲間が増えてちょ~っと、舞い上がっちゃったの」
そう言って小さく笑って見せた。無垢なという枕言葉が似合う笑顔だった。
「伊19よ。イクって呼んで欲しいの」
「あ、伊168よ……じゃない、です」
「硬い言葉遣いは要らないのね。いつものように気軽に話してくれればいいの」
「そ、そう? じゃあお言葉に甘えて……」
「よろしくなの。イムヤ」
「えっ……あぁ、そういえば提督が。よろしく。えっと、イク?」
嬉しそうに頷くと、イクは施設の説明をしてくれた。プールは障壁を話さんで外と繋がっていて、出撃はここから出ること。ここは元々工廠だったらしく、それを改造して潜水艦ドックとして使用していること。ドックなので修理もここで行われること。そしてこの戦隊がここを待機場所としているのは提督の意向だということを教えてくれたところでイクはプールまで引き返し始めた。この先はただの資材置き場だから関係ないという。
プールサイドに腰掛けたイクの隣に座ると、イムヤはプールの中に足を入れた。障壁によって隔絶された海は静かに揺れ、海面に小さな波紋を作り上げる。その様を見ながら、イムヤは自分がこの戦隊に配属された理由を考えていた。
強襲潜水戦隊。
どのような仕事をするのかは分からないが、少なくともイムヤの知る情報の中にそんな言葉はない。この基地で独自に編成された部隊ということなのだろうか。
強襲という言葉には「強引に攻め込む」という意味がある。もし言葉の意味そのままなら、潜水艦を強力な戦力とみなしてゴリ押すということになる。
無茶が過ぎる。やはり私は捨て駒扱いなのか。
「なーにたそがれてるのー?」
イクの声に我に返ったイムヤは考えを頭から振り払った。
「初めて配備されたのがこんな場所だから不安なの? 大丈夫! 選ばれたと言うことは素質があるってことなのね!」
「素質? いえ、提督は――」
イムヤが言葉を続けようとした瞬間だった。不意に執務室の扉が開き、提督が早足に二人の元に近付いて来る。片手には書類らしきものを持ち、もう片手はキャスター付きの黒板の端を握っている。
「二人とも仕事だぞ。作戦を説明する」
今日は休日って言ってたのにー! と、ぼやくイクを尻目にイムヤは提督の描く海図を真剣な眼差しで見ていた。白い線によって所属する基地が一番左端に、その少し右に幾つかの小島が、最後に一番右端に諸島の一部が描かれる。そして二つの島の間、中央から少し下の辺りにバツ印を付けて提督は振り返った。
「数時間ほど前に敵艦隊が確認された。場所はここ、フォーロ島から少し南東にいった海域。敵戦力は正規空母3隻に戦艦2隻。重巡4隻に軽巡と駆逐艦が2隻ずつだ。最初に交戦したのは第3潜水戦隊。敵空母に対して魚雷6本、二隻合わせて12本放つも命中は一本のみ。逆に対潜機雷を散布され、おまけに14cm砲、12.5cm砲を海中目掛けて乱射された結果、一隻が大破。もう一隻は轟沈した」
そう締めると提督はバツ印の場所に大1 沈1と書いて矢印を別の場所まで引っ張った。
「二回目の交戦はビルー島の東。タンカー護衛中の第8水雷戦隊。奇襲を受ける形となり、軽巡1隻が中破。駆逐艦3隻が大破し、一隻は力尽きて沈没した。なおタンカーの一隻が被弾するも火災は免れ、無事に基地まで到着している」
そこにもバツ印と中1 大4(内沈1)の文字を書いてまた別の場所まで矢印を引っ張る。
「三回目はフォーロ島の北にある半島付近で交戦。事態を重く見た司令部が待機させていた予備兵力をぶつけるも警戒態勢にあった敵艦隊の前に敗退。戦艦2隻、正規空母1隻、が大破。雷巡1隻、潜水艦1隻が中破。軽空母1隻が小破している」
そこにもやはりバツ印と大3 中2 小1の文字が書き込まれ、今度は白墨から色つきの物に変えて基地に置いた。
「そこで司令部はわれわれ第3強襲潜水戦隊に出撃を指示。目標はもちろんこの敵艦隊。交戦時の状況や確認された情報から、敵艦隊にはソナー持ちが含まれている可能性が高い。ピンを打たれれば即座に居場所がバレるだろう。というかまともに接近すれば間違いなく砲撃と機雷の雨で歓待されるだろうな」
そう言って赤い彩墨を白いバツ印まで持って行って赤いバツ印をつけた。そして「だが安心して欲しい」と続けると、提督は白い矢印を島と島の間に持って行き、赤い彩墨が今度はその白い矢印のところまで線を引く。
「無音潜航で接近し、敵が気付く間もなく駆逐艦及び軽巡を撃破する。そうすれば敵は対潜能力のほとんどを失い、一方的に攻撃ができるというわけだ。簡単な作戦だろう?」
そこで結ぶと提督は「何か質問は?」と聞いて来た。その言葉を待っていたようにイクが手を上げる。
「提督。つまり敵の警戒線を越えてバラバラの目標を一斉に落とせばいいの?」
「その通りだ。簡単な作戦だろう?」
簡単な作戦……内容だけ見ればたしかに簡単だ。しかしイムヤにはそう思えなかった。なぜかは分からない。だが、簡単だとはどうしても思えなかったのだ。
ソロモン海域。ここには数多の艦娘たちが眠っていると言われている。もちろん深海棲艦たちもまた、多くがこの海で葬られてきた。そしてこの海が広がるなかでも、特に激戦区であったフロリダ島・ガダルカナル島・そしてサボ島の間に広がる海峡を通称『鉄底海峡』と呼ぶ。その海峡とは直接関係ないが、これから作戦展開するソロモン海とはそういったいわく付きの海域だった。
「ねぇイク……さん?」
先行するイクに声を掛けると、彼女は「イクでいいの」と言って聞く体勢に入ってくれた。
「うん。あの……さ。今回の作戦。ちょっと難しくないかな」
「うーん……いつものに比べればそうでもないかも」
そう言って泳ぎ続けるイクを見ながら、イムヤはこれから先のことを案じていた。
私はこの作戦を生き残れるのだろうか。生き残ってもこの先やっていけるのだろうか。私にこんな作戦を遂行できるだけの力が本当にあるのだろうか。考え出すとキリがないが、考えずにはいられない。そして考える度に彼女は自信を無くしつつあった。
こんなことではいけないと奮い起こそうとしても、先に待つ作戦に頭を悩ませられる。
「大丈夫なの。イムヤ」
「え?」
「最初は私も怖かったのね。『こんなのイクにはできっこないんだー』って。でも……」
振り返ることなくイクは言った。静かに、しかしはっきりとした声で。
「でも……私にだってできるんだって、そう教えてくれた人がいるの」
「提督……ですか?」
「ううん。あの人、艦を見る目はあるけど基本的には管理職としての仕事を全うしてるだけ。他の提督みたいに私たちのことを思ってなんて行動してくれないの。あ、別にヒドイ提督じゃないよ? ただ、そのほうが気が楽だから……」
少し困ったように小さな笑みを浮かべながらイクは果て無い青の先をまっすぐ見詰めていた。その眼差しの先に想い人を探すように。思い出を掘り起こしていくように。
「先輩なの。イクよりも早くから従事していた先輩。その先輩がね、不安でいっぱいだったイクに行ってくれたのね。『大丈夫。私がサポートしてあげるから』って」
「先輩……」
「だから先輩の受け売りみたいになっちゃうんだけど、イムヤ。イクを信じて欲しいの。信じて、そして一緒に帰ろう」
ね? と肩越しに顔を覗かせたイクの姿に、イムヤは不思議と冷静さを取り戻していった。思考の堂々巡りは終わらないが、そのことを脇に置くだけの余裕はある。そしてこの余裕こそがいまのイムヤには必要なものだった。
「ここから先はおしゃべり禁止。ぱぱっと終わらせて提督になにか奢らせるのね」
言うが速いかイクは足を止めて身体を今まで以上に伸ばした。少し遅れてイムヤも同じ体勢になる。
無音潜航。機関音も水を掻く音も無い静かな進攻が始まった。身体が流れを捉え、ゆっくりと運ばれていく。その感覚がイムヤは好きだった。
建造されてから数日の間に艦娘たちは基礎的な知識と技術を教え込まれる。それは前線に近いこの基地特有なのかもしれないが、少なくともイムヤは他の艦娘たちと共に訓練の日々を送っていたし、それが当たり前だった。その中でも無音潜航は大得意で、同級の艦娘たちの下を潜り抜けては驚かせていたものだ。もちろん訓練の時の話だが。
そうだ、級友たちはどこに配属されたのだろう。特に仲の良かった暁型のあの子はどこに配属されたのか。また声が聴きたいな。あの子なら失敗しないかと不安がっている私に笑いながら言ってくれるかもしれない。『失敗しても大丈夫。私がいるじゃない』って。
イムヤの口元が緩む。あの根拠のない自信が今のイムヤには羨ましかった。そして、その自信を表すようなその言葉がイムヤの心に火を入れる。
目の前には私を信じてという仲間がいる。私には帰って会いたい人がいる。この作戦を成功させなくてはいけない理由としては十分過ぎた。
と、決意を固めたところでイクが速度を緩めた。そのまま隣までやってくると、彼女は顎で斜め上を指す。その方向に目を向けると陽光の煌めく海面の向こうに小さな影がぽつぽつと見える。その影を波が打ち、海面に白い線を描いている。距離が近付くにつれて確認できる影の数が増えていき、そのうちの三つか四つが忙しなく動き回っているのが分かる。あれが駆逐艦と軽巡なのだろう。まだ何級なのかまでは判別できない。いや、する必要も無いか。
イクはまず自分を指差すと動き回っている影の内の右側二つを指し、次にイムヤを指差してから左側の二つを指した。互いに二つずつ仕留めようということだ。最後にイクは右手の人差し指を立て、一度折ってから今度は親指・人差し指・中指を立てて見せると狙える位置まで移動を始める。
1隻に対して魚雷は3本までか。予備を含めて12本しかないのに意外と大盤振る舞いなのはここが一番大事だと思っているからだろう。イムヤも狙える位置まで移動すると魚雷の調定を始めた。
魚雷はただ撃てばまっすぐ飛んでいくわけではない。潮の流れなどを考えながら発射時の圧力や深度、距離、角度と言ったものはもちろん、水上艦とは違って潜水艦はさらに退却空気圧力というものまで考えて調節しなくてはまず狙って命中させることはできない。その辺りを詳しく語り出すとちょっとうるさくなるのでイムヤは手元の魚雷を調定することに集中する。
発射管の一番から四番を調節するつまみを弄ってまず発射時の圧力を少し強くし、深度と距離を目測で調節を入れる。深度は少し深めに。距離は長めに。魚雷の調定が終われば次は発射管本体の調定を終わらせる。そして発射管を目標に向けると、狙いを澄ました。
構えてみて距離はこれでいいのか、調定は本当に間違っていないのかと不安が頭の隅を掠めたが、イムヤはそれを振り払って狙いを合わせる。約3秒後には2隻、おそらくヘ級とイ級であろう影が重なる。
落ち着け。大丈夫。訓練でやったことをそのままやればいいだけじゃない。
あと2秒。
二番、三番を進行方向の目の前に放って動きが止まる所を本命で潰す。大丈夫できる。
あと1びょ――
その時、ポーンという高く、そしてよく通る音がイムヤの耳朶を打った。音はほんの瞬くよりも短い間イムヤの意識を白くし、気付いた時には一番から四番すべてに装填されていた魚雷はその駆走音を響かせながら深海棲艦の少し前を目指して走り抜けていた。
当たらない…… 魚雷の描く軌跡を見てイムヤは直感した。狙い自体は過たず、思い描いた通りの場所目掛けて走り抜いている。だが撃ち出すタイミングが早過ぎた。一本目が通るはずの場所を二本目が通過していく。そして手前にいるイ級の身体が彼女のほうを向き……水面を挟んで上と下。その両者の目が合った。
暗い眼孔に青白い光を湛え、いびつに歪んだ口がだらしなく開閉される。魚のようなその姿を見てイムヤの背筋は凍った。恐怖が全身を支配し、強張った身体は頭に着いて行かなくなる。
逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。
頭の中で何度も何度も繰り返される警鐘とは裏腹にイムヤは指一本すら動かせない。イ級の目がより一層輝き、連装砲の砲口が彼女を捉えた。その瞬間イムヤの頭から警鐘が消え、不思議と冷静に状況が把握できるようになっていく。ここで私は死ぬんだという事実を妙にあっさりと受け入れ、何もできない自分を静かに恨んだ。
私が死んだら、誰か悲しんでくれるのかな。提督は悔やんでくれるのかな。あの子は泣いてくれるのかな。
私のこと、覚えていてくれるのかな――
ゆっくりと動く景色にそんな思いを乗せて佇むイムヤの世界は、横から入り込む一本の白線によってかき消された。白線から放たれた圧力に押されて天地がめまぐるしく入れ替わり、幾度か陽光が下から上へ駆け抜けたところで柔らかな感触が優しくイムヤの身体を受け止めた。
「イムヤ。しっかりするの! まだあなたは沈んでない!」
足先から聞こえるイクの声に首を下げると、陽光は彼女の頭と自らの足の先にあった。
「ご……ごめんな――」
「駆逐1撃沈!1中破! 軽巡2健在!」
そう言ってイクが離れ、敵艦隊のほうに泳ぎ始める。それと同時に魚雷を調定し、動きの鈍ったイ級に白線を撃ち放った。駆走音を響かせながら三本の白線が海水を切り裂き、水圧で押し込められた小さな爆発と共に海上が赤く光、イ級の身体がガクッと沈み込んだ。その下をイクが通り抜け、奥で機雷を撒くヘ級に向かって泳ぐところで沈むイ級の陰に隠れて見えなくなった。
沈んでゆくイ級を呆然と眺めながら、イムヤはゆっくりとこれが轟沈するということなのだと実感し始めていた。眼孔は光を失い、重油を潮の流れに漂わせながら暗い水底にその身を落してゆく。
静かに。穏やかに。でも、激しい思いを胸の内に抱えながら。
暗がりへと沈みゆくなか、あのイ級はいったい何を思ったのだろう。姉妹のことか、仲間のことか、それとも自らを沈めた者への怨嗟の念か……それはイムヤには分からない。
私も沈む時にはあのように沈んでゆくのだろうか。
そこに考えが及び、ハッと我に返った。下がっていた視線を上げるとイクが二隻の軽巡に挟まれて砲撃を受けている。直撃こそ免れているが、至近弾の衝撃に揉まれてまとめた髪の一房が解けて主人の周りを舞っていた。苦しそうな表情でイムヤのほうを見た彼女は小さな笑みを見せてすぐ脇を通る砲弾の衝撃に舞う。
イムヤは魚雷を調定して装填すると、イクの頭上を回る軽巡ヘ級に狙いを合わせる。外せば自分も砲撃に晒される。そうなれば二人ともここで嬲り殺しの目に合うだろう。それでもイムヤは撃たずにはいられなかった。このままイクを見捨てて逃げるくらいならこの一回に賭ける。
大丈夫。できる。やれる。私なら、仕留められる。
放つポイントを定め、秒数を数える。残り、三秒。
イクの水着が破け、白い肌が露わになる。
二秒。
沈むイ級の姿が脳裏に過り、「沈めるのか?」と聞いて来る。
一秒。
イ級に「沈めてやる」と返して頭から締め出すと、標的を睨んだ。
そして――
青かった空は広がりゆく黒と消えていく橙が入り混じっている。輝く星はその数を増し、夜闇が最後の空母が沈み始めたのを見届けて、イムヤは海上へと出た。吸い込まれそうなほどゆっくりと海域を包みつつあった。
その光景をイムヤは不思議な気持ちで見上げていた。同じものを昨日を見たと言うのに、彼女にはひどく懐かしいものにさえ感じる。昨日までは何も思うことのなかった星空が、いまはとても尊いものにさえ見える。この星空は一昨日も、昨日も、そして明日も、明後日も、どれだけ時が経とうとも、決して変わることはないと言うのに。
「イムヤ」
名前を呼ばれて彼女は振り返った。声の主は青い髪を海面に漂わせながら小さな笑顔を見せる。
「イムヤ。ありがとう。おかげで命拾いしたのね」
礼を口にしながら目を細める声の主、イクにイムヤは顔が熱くなるのを感じた。
「そ、そんな……お礼なんて……私はただ必死で」
「うん。分かってる。でも必死になってくれたのはイクのためでしょう?」
「それは……うん。でも、最初に私が外さなければ――」
イムヤの言葉は口元に立てられたイクの細い人差し指に塞き止められた。そして彼女は「それは言っちゃダメ。私も三本外しちゃったから」と恥ずかしそうに笑って見せた。
「さ、帰ろう? 今日はなんとしても提督に奢ってもらわないと割に合わないのね!」
そう言ってイムヤの手を取ると、イクはゆっくりと泳ぎ始めた。
Tweet |
|
|
1
|
0
|
追加するフォルダを選択
ある基地で独自に設立された部隊。『強襲潜水戦隊』
その活躍とは裏腹に、表に出ることはない。
・注意
この作品は『艦隊これくしょん』の【二次創作】です。
続きを表示