「おっかえり!」
玄関に入ってすぐ、フリルのエプロンをつけた男に出迎えられてため息をついた。
「なんであんたはいつもうちにいるのよ!!」
「お仕事に疲れて帰ってくるアナタに癒しを与えるためよ♪ ご飯にする? お風呂にする? それとも…」
「アホか!! キモい!!」
「冷たいなぁ…」
ラグビーやってる体格のいい男が女言葉を使うってどうなの?
私に怒鳴られて、身を縮める姿も情けない。
試合中とは全く違うんだから。
最近、私はアルバイトを始めた。
…というのは、父がリストラされたため。
今、一生懸命働き先を探しているけれど、この時分やっぱり難しいみたいだ。
母もいない家のために、私もなにかしないわけにはいかない。
「余計な心配しなくても、私だって長年家事やってきてるんだから」
「別にお前のためだけじゃないさ。親父さんにもお世話になってるし、力になりたいわけ」
エプロンを外しながら、彼は言う。
すぐ近くに住んでいて幼なじみの彼。
親同士も飲み友達で、うちの事情をよく知っていた。
「さっき親父さんから遅くなるって連絡あったぞ」
「父さんもなんでそれをあんたに伝えるかな…」
本当にうちの主夫みたいだ。
そんなことしてもらう義理なんてないのに…
「いつまでもそんなとこいないでとにかく飯食えって。腹減ってるだろ?」
私はしぶしぶ、キッチンへ向かう。
きれいに彩られたメニューたち。
悔しいけれど、私が作ったものよりずっときれいでおいしい。
そんな気持ちを知ってか知らずか、にこにこ顔で彼は食事をする私を見ている。
「なに?」
「いや、こういうのもいいかと思ってさ。専業主夫」
「…じゃあ働き者で家事が嫌いな奥さん探すことね」
「…そうだなぁ…」
彼はそう言うと冷蔵庫に向かい、プラスチックのボトルを取り出した。
「これはデザートに」
コップに注がれたミックスジュースが手渡された。
彼お手製のミックスジュースもすごくおいしい。
「それ、材料なんなの?」
当たり前のように飲んでたけど、そういえば聞いたことがなかったことに気づき、聞いてみる。
「企業秘密だ」
「なにそれ」
「どっちにしろお前には作れねーよ」
「なんで?」
「愛情がないからだよ」
「…素材に対する?」
「…まぁ、そうだろうな。…それでいい」
ごまかしたけど、本当はわかってる。
彼が、私のこと、幼なじみ以上に思ってくれてること。
でも、応える気はない。
私にあんたはもったいないのよ。
いつだって、意地を張ってばかり。
可愛げのない女。
私なんかにしばられなければ、あんただったら可愛くて優しい女の子をつかまえられるのに。
バランスを考えられたミックスジュース。
同じように、彼も同じくらい優しさを与えられる女の子を探すべきなんだ。
いいやつだって、わかってるからこそ、幸せになってもらいたい。
ミックスジュースに口をつける。
すっぱい。でも、優しい味。
「おいし」
小さくつぶやいたつもりだけど、彼は優しく笑った。
「そろそろさ、かかってくんない?」
「何?」
「『俺に惚れろ』って呪いを毎回入れてるつもりなんだけど」
「…無理」
だって、そんなのとっくに利いてるんだから。
それがいつだったのか、わからなくなるほどに。
「俺はお前以外のやつだったら、幸せにはなれないんだけどな…」
せっかく解放してあげようとしてるのに、なんでそんなことを言うのかな。
私はいつか、そんな彼に負けてしまうんだろうか。
心はいつの間にかとけ合っているのかもしれない。
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ほのぼの恋愛ショートです。