朝、担任が突如言い出した言葉に、私は一瞬真っ青になったと思う。
隣の席のヤツに気づかれなかったことだけを、ひたすらに願いたい。
「今日の帰りのホームルームで席替えするぞ~」
なんの前触れもなく、何を言い出すのか、この教師。
気楽に発せられた言葉がまた許せない!!
廊下側の一番後ろでサボれる場所だったのに!!
なにより…
こいつと無条件で、近くにいられたのに…
ちらりと見た隣の席の男。
ただのクラスメイトだったけど、たまたま隣の席になってから、急激に仲良くなった。
…と思ってるのは、私だけかもしれないけど。
だって朝の担任の言葉になんの反応もしなかった。
そういえば今日は朝のあいさつしかしてない。
もうお昼になってしまったというのに。
離れてしまったら、話す機会も少なくなってしまうのに。
いつも一緒にいる友達が休んでしまったせいで、今日のお昼は一人。
寂しさが余計に増してくる。
愚痴聞いてもらいたかったな、と思いながら学食のレンジで温めてきたワッフルの袋を開ける。
四角い鉄板模様。
なんだか、隣り合う席に見えた。
この一つを崩してしまったら、関係まで崩してしまうようで。
なかなか口をつけられなくなった。
すると、突然手からワッフルが奪われ、ひとかけらが隣の男の口に運ばれた。
「あ!! なんで食べちゃうの!!」
「ワッフルだって、見つめられてるより食べられたほうが幸せだろ」
「これから食べるとこだったのに!!」
「わかったよ、ほい」
ワッフルが私の前に帰ってきた。
でも、ひとつのかけらが消えている。
きっとこれから、そのぽっかり空いた場所が私の心になるんだ。
「…いらない。食べかけなんて…」
「ああ…そうかよ…」
明らかに怒った口調になった彼はフイと横を向いてしまった。
同時に、五限始まりのチャイムが鳴った。
私が思ってた以上に、ワッフルを見つめてる時間が長かったのかもしれない。
国語の先生が教室に入ってきて、事務的に号令がかかる。
授業の内容なんかもちろん、頭に入らない。
ただ時間だけが静かに過ぎていく。
席が離れてしまうまで、あとちょっと。
気まずい雰囲気のまま。
たかがワッフル一かけらのために終わってしまうんだろうか。
「…おい」
隣から、低い小さな声が聞こえてきた。
仲直りのきっかけになるかもしれないのに、なんて返していいかわからなくて、無言を貫く。
「無視はいいけどさ…聞いとけ。悪かったよ。腹、減ってるよな」
「…別に。もともと食欲、なかったし」
顔は動かさずに、彼にならって低い声で返す。
こんなぶっきらぼうな返事、したくないのに。
「具合でも悪いのか?」
「そんなことない」
「だったら、いいけど…」
またしばらく、二人の間に沈黙が流れる。
「まだ怒ってるのか?」
「怒ってる…のかな。うん。そうかもしれない」
ワッフルの四角い形が当たり前にあるように、彼もずっと私の隣にいるものだと思ってた。
なんて自分勝手なんだろう。
永遠なんてない。
そんなこと、わかってるはずなのに、当たり前になるほどに心地よくて、忘れてた。
…忘れようとしてたのかな。
そんな、間抜けな私。
そして、素直じゃない私。
そんな自分が、許せない。
「…悪かったって。寂しいじゃん。もう隣じゃなくなるかもしれないのに」
「え?」
そう思ってくれるの?
私の一方通行じゃなかったんだ…
冷えていた心が、あったかくなった気がした。
「…じゃあ…コンビニじゃなくて、おいしいワッフル今度おごってくれたら、許してあげる」
「お前、ずうずうしいな。でも、それってデート?」
「…さぁ?」
学校以外で、しかも二人だけで会える。
それは、きっと隣の席より、ずっと近づける時間になるんじゃないかな。
曲がりかけてた心が、しっかりした形に戻った気がした。
ワッフルの、規則正しい正方形のように。
そうしたら、言葉もまっすぐ出るだろうか。
好きだよ
そんな、素直な気持ち。
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