No.619881

混沌王は異界の力を求める 17

布津さん

第17話 強者の過去

2013-09-16 00:59:09 投稿 / 全21ページ    総閲覧数:6967   閲覧ユーザー数:6760

「ん……ん?」

 

眼が覚めたとき、見知らぬ天井が視界に入った。いつもと違うその光景に、持ち上げたばかりの眉を顰める。

 

「あれ……?」

 

身を持ち上げてみるが、ここが何処なのか、眠る前に何をしていたのか、全く思い出せない。眼前の長椅子で、小さくセトが眠っているのに気が付いたが、自分の記憶を呼び覚ますには何の役にも立たない。

 

「あ、ティアナ気が付いた?」

 

そのとき、ドアをスライドさせ、あらたな人物が部屋に入ってきた。

 

「シャマル先生……えっと? あたし……?」

 

「ここは医務室ね。ティアナ、朝の模擬戦で撃墜されちゃったの、覚えてる?」

 

「………!」

 

その一言で全て思い出した。こちらを見る人修羅の紅い瞳、なのはさんの声、スバルの悲痛そうな顔、そして眼前まで迫った巨大な光弾。

 

「人修羅さんの砲撃を喰らっちゃったのね。ここまで聞こえるくらいの凄い音だったけど、でも人修羅さんが加減しててくれたみたいで、衝撃だけで、ダメージ自体は無いと思うんだけど……」

 

言われて気付いた。ここまで音が届くほどの音で砲弾を貰ったのなら、普通なら怪我はしないまでも、身体にじくじくとした痛み程度は残るはずだ。しかし自分にそんなものは一切無い。

 

「どこか痛む?」

 

「いえ大丈夫です……」

 

そう問いかけてくるシャマルに応じるため、そちらに顔を向けたが、シャマルよりも立てかけてある置時計に眼を奪われた。

 

「えっ!? 九時過ぎ!?」

 

慌てて窓の外に眼をやる。先ほど模擬戦をやる前は、太陽は真上どころか、昇り始めた直後だったというのに。

 

「夜!?」

 

凄まじい動揺を得つつも、同時に冷静な思考を取り戻し、自身が寝ていた時間を高速で計算する。

 

(えっと、隊長達と悪魔達の模擬戦が終わったのがあの時間で……それから一時間後くらいにあたし達の模擬戦が始まったくらいだから……)

 

計算をし終えて愕然とした。幾らなんでも寝すぎだ。乳幼児や、それを越える水準の睡眠時間を確保した自分に少なくない衝撃を得た。

 

「すっごく熟睡してたのよ、ピクリとも動かないで。あのときの人修羅さん結構雰囲気が本気みたいだったから、スバルは死んじゃったんじゃないかって慌ててたけど」

 

俺が本気で撃ったら死体どころか骨粉も残らねえよって人修羅さんは言ってたけど、と言う全く笑えないシャマルの言葉に、寝起きだからか、表情を一切変化させることが出来なかった。……寝起きだからだと思いたい。

 

「……ティアナ、最近ちゃんと寝てなかったでしょ? 溜まってた疲れが纏めてに来たのね」

 

「えっ!? 何で……」

 

「隈はそんなに目立ってないけど、どこか動きに倦怠感みたいなものが見え隠れしてたからね。これでも医師の端くれだから」

 

そう言って微笑むシャマルにやはり何の表情も返せなかった。

 

 

 

昼間はあんなに晴れていたというのに、今は空全域に雲がかかり、星一つ見えない夜天の下。訓練場で発光するモニタを複数展開させ操作し、同じように自身も発光している人修羅は、普段は肩や頭に置いているピクシーも乗せずに一人で作業をしていた。

 

「それと、ポイント65242の地面の硬度が他と比べて少々高い。後は……ポイント65462から出現する建造物が軒並み傾いている。それくらいだ」

 

人修羅自身が訓練場に降り立ったことで、外からでは確認できなかった使用時のバグを人修羅は一つ一つ微調整と共に潰しながら、昼の模擬戦からこの時間を迎えていた。

 

『りょーかい。そんだけか? そうか、んじゃ、ちょっくら直して来るぜ』

 

言ってモニタごと消えたグレムリンが訓練場で響かせる僅かな音を聞きながら、人修羅は空を仰ぎ、星を隠す雲を眺めた。

 

「俺に何か用か?」

 

空を見上げたまま、人修羅は呟いたすると背後から二人分の足音共に声が来た。

 

「気付いてましたか」

 

「当然だ、夜は悪魔の時間だ。昼よりも感覚が上がる」

 

言って、人修羅は肩越しに黄色の瞳で振り返った。そこに居たのは橙の髪と金の髪。なのはとフェイトだった。

 

「少し、話しませんか?」

 

なのはから持ち出されたその提案に、人修羅は乗った。

 

 

聞けば訓練場の調整は、グレムリンに任せておけば終わるとの事で、六課本部への帰路を場として会話を始めた。

 

「さっきね、ティアナが眼を覚まして、スバルと一緒にオフィスに謝りに来てたの」

 

「そう……」

 

「………」

 

「なのはは席を外してたし、人修羅さんは訓練場だったから、明日の朝一で謝りにくるように言ったから」

 

「そうか……」

 

なのはは済まなそうに俯いているが、人修羅は曖昧な相槌をこちらに返すだけで、視線は前に向けたままだ。だが不意に

 

「悪かったな」

 

そう言って僅かに視線を上げた。

 

「え?」

 

「勝手に模擬戦の代役を引き受けておいて、あのざまだ。結局今日の訓練は全部潰しちまったし、お前や他の新人達にも迷惑をかけたな」

 

「あ、いや、私は気にしてませんから」

 

「そうだよ、あの砲撃だって人修羅さんはわたしに許可を得てやったことだし……あの場面だったらわたしも間違いなく、ティアナを撃墜してたよ」

 

「………あいつらどんなだった? 正直やりすぎた感が否めずに居るんだよ。あそこまで大威力で撃つ気は無かったんだが……」

 

この場面で彼を気遣って、ウソの報告をしたとしても、結局は明日の朝一にばれてしまう。あー、と声を洩らす人修羅にはありのままを伝えることにした。

 

「まだ、ちょっと……結構、ご機嫌斜めだった、かな」

 

「そうか……あー、もう。感情の制御が下手だなあ俺は……何であの程度のことで切れたんだよ、たかが若気の至りの亜種みたいなもんだろうが……」

 

額を抑えて後悔を滲み出す人修羅だったが、いきなり

 

「ッ!」

 

まるで危険に気付いた猫のように、勢い良く真左に視線を向けた。

 

「? 人修羅さん?」

 

「どうしたんですか?」

 

「…………」

 

こちらの質問に人修羅は答えない。だが周囲では答えを示すかのように二つの動作が起こった。まず一つ目は、隣接して歩いていた六課の二階―――たしか医務室―――の窓の内の一つが、いきなり勢い良く開かれ、そこから小さな影が飛び出し、こちらの眼前に着地したこと。そしてもう一つは人修羅の正面に、複数のモニタが再出現したこと。

 

「我が主!」

 

『おい親分!』

 

動作の二つ、セトとグレムリンはほぼ同時に人修羅を呼び、そして声を合わせてこう言った。

 

「敵が居る」

 

その言葉を聞いたかのように、一拍おいて、六課の非常用アラームが赤のサイレンと共にけたたましい泣き声を上げた。

 

 

「東海上にガジェット弐型が出現しました!」

 

アルトの声と同時にメインモニタ上に一つの地図が映された。機動六課の東部海上の地図である。レーダーやセンサー等がリアルタイムで表示されるそこには、今現在、敵を示す十二の赤い点が移動している様子が映し出されていた。

 

「機体数……数十二機、編隊を組んだまま、旋回飛行を続けています」

 

そのとき、メインモニタの左端に、小さくグレムリンの姿が入り込んだ。

 

『違えぞルキノの姉ちゃん。十二機じゃねえ、十二機と四体だ』

 

言って、グレムリンは表示されている地図をZ軸から捉えたものをモニタの左半分に映し出した。

 

『前の四機にちっけえ悪魔がくっ付いてやがる。たぶん凶鳥チンだ。X軸Y軸だけじゃこいつ等が見えねえ』

 

「周囲にレリックの反応は!」

 

邪鬼の姿が画面外に引っ込んだと同時に、グレムリンの残した地図を凝視するグリフィスが声を上げた。それに答える声は即座にあった。

 

「現在サーチ中です……周囲、レリック反応ありません! でも……」

 

尻すぼみに小さくなる声。そのとき、メインモニタ上の地図に妙な変化が起こった。十二の赤の点が一瞬で消滅し、即座に数十メートル離れて位置に再出現したのだ。

 

「機体速度が今までよりも、少し……大分……いえ、かなり速くなっています!」

 

その言葉を聞いたのか、再びグレムリンが、今度はメインモニタではなく、モニタを操作するキーボードの真横にある、サブモニタに現れた。

 

『おいら達の加速魔法(スクカジャ)は、人間か悪魔にしか作用しねえ、つーことはコイツ等の自力が底上げされてるってことだな』

 

 

「おや?」

 

自身の研究所にて、改良したガジェット弐型の出力モニタを眺めていると、出力モニタの端に、フードを被った無表情な少女の姿が映し出されたのが見えた。彼女との付き合いはそれなりに長いが、向こうからこちらに接触してきた回数は片手で数えられる程度しかなかった。それを思い思わず声だけで驚いた。

 

「珍しいね、君から連絡をくれるとは、うれしいじゃないか。何か用かね? ゼストとアギトは居ないのかい?」

 

『二人は別行動中』

 

言ってモニタの向こう側に映る少女は僅かに首を持ち上げた。少女の背後に見えるのは夜空と水上の橋、どうやら海に隣しているようだった。

 

『遠くの空で、ドクターのおもちゃと悪魔が飛んでるみたいだけど……レリック?』

 

「いやいや、それだったら、君に真っ先に連絡しているさ。そのおもちゃは動作テストをしているだけだよ。直に綺麗に花火になるはずさ」

 

『壊されちゃうの?』

 

「ああそうさ。私は、あんな鉄屑にも、弱い悪魔にも直接的な戦力は求めていない。私の作品達の輝きを、より際立たせる為の(デコイ)として、役に立ってもらうだけさ」

 

『そう、でも、レリックじゃないなら、私にはどうでも良いけど。でも、がんばってねドクター』

 

「……ありがとう、ルーテシア」

 

そのとき、画面の向こうのルーテシアの眉が僅かに歪んだ。

 

『それと、もう一つ』

 

「ん? 何だい?」

 

凝視していなければ分からぬ程の些細な歪みではあったが、感情を持たない筈のルーテシアにとっては、その僅かであっても重大だ。

 

『ゼストがね、近いうちにアリスの治療と“お姉ちゃん”を引き取るためにそっちに行く、って』

 

「そうか、しかし良いのかい? 彼女はゼスト自身が危険と判断して、私に預けていったのでは? どういう気の変わりだい?」

 

『あいつと、戦うには必要だって』

 

「なるほど、混沌王と戦う気でいるのか、なるほど。しかしアリスも負傷しているとは、ということは赤伯爵と黒男爵も一緒かね? しかし彼女ほどの魔人が……いったい誰にだい?」

 

『それも、あいつ』

 

「……そうか、なるほどそれは確かに、危険だが、騎士ゼストがルーテシアの姉上を必要とするのも解る気がするね。解った、彼女には私とラクシャーサから言っておこう」

 

『……ありがとう』

 

「いやいや礼には及ばない。当然のことだよルーテシア。ああそれと、伯爵と男爵に一つ伝言を頼まれてくれないかい?」

 

『……? 何?』

 

「集まった。とそれだけ伝えてくれれば良い」

 

『分かった……じゃあ、ごきげんよう、ドクター』

 

「ああ、ごきげんよう。優しいルーテシア」

 

モニタが消え、後には元の出力モニタだけが残った。

 

「ククッ。私の作品はやはり良い出来だ」

 

思わずに笑みがこぼれた、自身でも予期せぬ笑みは、しかし心地良いもので、しばらく頬が動くのを止められなかった。

 

「聞いていたね?」

 

ひとしきり笑い終えた後、出力モニタから視線を離さずに声を出す。この部屋には自分以外に人の姿は無い、しかし答える声があることは知っている。

 

「無論」

 

いつから居たのか、物陰から紫に塗られた剣士が姿を現した。

 

「至急“女王”の封印を解いてきてくれ。相対する戦力が心配ならば、今はトーレとチンク、それとノーヴェとセッテの手が開いているから彼女達に頼むと良い」

 

「御意」

 

言って去っていこうとするラクシャーサの背に、もう一言だけ投げかけた。

 

「ああそれと、間違っても彼女を“彼女”の側に近づけないように注意しておくんだ。君なら分かっているとは思うがね」

 

「得心している。我とて、奴には不用意に近づけん。まだ喰われたくは無い。アリスでさえ、彼女に全く近寄ろうとせんのだからな」

 

ラクシャーサの姿が揺らぎ、そして消えた。

 

「さて、私の最高傑作と、彼の全力、いったいどちらが勝つのだろうね」

 

 

パーティーション内に居る人物は、先ほどよりも数名増していた。デスクワークを切り上げて急ぎやってきたはやてとリイン、外から戻ってきたなのは、フェイト、人修羅の四人だ。

 

「どうみる?」

 

メインモニタを見ながら、はやてが誰に聞くでも無しに呟いた。それに答えたのは、はやての脇に立つグリフィスだった。

 

「周囲にレリックの反応は無く、旋回ポイントもただの海上、付近には船も何の施設も無い」

 

「まるで、撃ち落しに来いと、誘ってるみたいですよね」

 

「実際、誘ってんだろうぜ」

 

フェイトの呟きに、人修羅が手すりに腰掛けて言った。モニタを見る眼は淡々としていて、どこか詰まらなそうだった。

 

「向こうにこっちよりも高度なレリックのレーダーがあるんじゃなきゃ、間違いなく誘ってる。仮にレリックがあったとしても、ガラクタ十二と小悪魔が四てのは数が少なすぎる、この間みたいに千とは言わんが、五十、六十くらいは出るはずだ」

 

「でも、せやったら、何で態々誘うような真似を?」

 

「スカリエッティなら、こっちの航空戦力とか、魔法威力とかを探りたいんだと思う」

 

「そうじゃなきゃ、こっちにちょっかい出したくなったとか、そんなだろ。そうじゃなきゃ機体テストか暴走だ」

 

二者の見解にはやては顎に手をあて、眉をひそめた。

 

「この状況やったら、こっちは超々遠距離砲撃で一発なんやろうけど……」

 

「一撃でクリアですよー!」

 

「だが、たかが十六体の雑魚程度の為に全力で行くのか? それも馬鹿げた話だろう」

 

「うん、だからこそ、私達も奥の手は見せたくない方が良いよね」

 

そやね、とはやてが一つ間を置き、フェイト、人修羅から視線をずらし、なのはに問いかけた。

 

「高町教導官はどうやろ?」

 

「そうだね、相手の目的がこっちの戦力調査なら、こっちは今までと同じ。新しい戦術を見せないで今まで道理に片付けちゃうのが最善だと思う」

 

「そやね……それで行こか!」

 

はやてが隣のグリフィスと視線だけでやり取りし、そう決断した瞬間、手摺に座っていた人修羅は身を反らせ、勢いをつけて手摺から飛び降りると、靴裏と床でタップを踏むように快音を鳴らした。

 

「ならとりあえず出撃()ようぜ? やることは変わらん。出撃して撃破して帰還する、実にシンプルじゃないか」

 

 

「どうだセト? 何か変化はあったか?」

 

「んーん、何もなし。編隊組んでウロウロしてるだけ」

 

六課屋上のヘリポート。ヘリも無く、ライトアップもされていないそこで思わず、面倒くさいなぁ、と内心で言葉を作った。人修羅への報告を終え、命令が来るまで寝直そうと、医務室に戻ろうとしていたところをオーディンにとっ捕まり、そのままここまで引きずるられてきたのだ。遠距離の出来事を知ることの出来る、邪神という種族はこういう場面では引っ張りだこだ。

 

(いつもなら、バフォメットとかが率先してやってくれるんだけどなぁ……)

 

できる者がいないから仕方ないという思いもあるが、大した敵でもないのに、眠りたいこちらを無理矢理働かせようとする魔神に対してやりどころの無い恨みが湧いた。

 

「にしてもオーディン。こんなの私に聞かないで、状況が気になるなら主のとこ行けば良いじゃない。今ならメインモニタのとこにいるでしょ?」

 

「不可だ」

 

背後の魔神が即答した。

 

「どして?」

 

「トール程ではないが、我自身が僅かに帯電しているが故に、あの部屋に近寄るだけで機器の類が狂うらしい。普段ならそれほど問題ないが、今は近づくなと命令を受けた」

 

「ふーん」

 

あまり興味をそそられぬ話のようで、適当に聞き流していると

 

「何故だ」

 

と、オーディンが不意の疑問を投げてきた。質問の意図も、内容も解らないこちらとしては、それに対して眉を寄せるだけだった。

 

「何故手を抜いて試合をした?」

 

何だそのことかと思い、ああ、と前置きを作って言った。

 

「我が主が言ってたでしょ? 私の全力はサイズ的な意味で模擬戦にならなくなるんだよ? むしろ討伐。全力で戦えないのは当たり前でしょ」

 

「そうではない。貴様、戦線離脱時にまだ意識があったろう? 何故止めた」

 

その言葉に思わず、動きを止めてしまった。

 

「……気づいたの?」

 

「無論、我は嵐神、知識神であると同時に軍神でもあるのだ。あの程度が見抜けぬはずもないだろう。邪神の内でデミウルゴスやニャルラトホテプに次ぐほどの力を持つ、貴様程の悪魔があの程度で退場などするものか」

 

「……ほかに気付いたのは、誰か居る?」

 

「我が主とピクシー殿だけだ。スルトもセデクも気づいていない」

 

「……そ」

 

「それで、満足のゆく答えは出せるのだろうな」

 

その言葉に対しては無言で返答した。こちらの様子を見てオーディンが鼻から息を抜く動作とともに、こちらの横に並んだ。

 

「だいたいの予想はついているがな」

 

「……解ってんなら聞かないでよ、他人に言うものでもないんだから。それに、スルトとトールも同じなんだから」

 

「まぁしかたあるまい。お前達が全力を出せぬのはそれなりに理由があるからな」

 

「なら一々言わないでよ」

 

「そうもいかん、それとこれとは別だ。何だあの様は? やられ方が不自然すぎる。もっと技術を磨け」

 

「倒れる技術を?」

 

「綺麗に負ける技術をだ」

 

馬鹿らしくなって思わず大きく息を吐いた。そして、少しの沈黙。互いに切り出す言葉が見つからず、しばらくの間、東海上を観察することに集中した。しばらくしてふと思い、口を開いた。

 

「あいつ、どうなると思う?」

 

「……ランスターのことか?」

 

「ん。あいつ、下手したらもうどうしようもないんじゃないかな」

 

「確かにな、事前に我が主等と仮定していたよりも、さらに重症だ。あの様子では恐らく未だに心を折っていない」

 

「我が主の砲撃貰って、まだ頑張れるってのは凄いと思うけど。そろそろまずいよ、他の子達に影響が出だす。弾いたほうが良い」

 

「……変わらんな」

 

急な話題の変更を感じ、オーディンに振り向いて見れば、弄ぶように首元のドラウプニルを弄っていた。

 

「何が?」

 

「貴様のスタンスがだ。要らぬ者をとことん削除し、完全な理想を目指すそのスタンスがだ。造物主(YHVH)の世界で出会った時から全くぶれがない」

 

「当たり前でしょうが。私は悪神であると同時に、裁く者の半身なんだから、そう簡単に生き方は変えられないさ」

 

それに

 

「何かの目標を達成する際に求められるのは、法と規則で造られた芯になる規律。ならこの芯を汚す存在は邪魔にしかならない。なら弾くのは当然でしょ?」

 

「筋の通った理由には聞こえるな」

 

「理由じゃなくて本質よ」

 

「まぁ、何でも良い。最後に決めるのは我等では無いのだから」

 

「……それは言わないでよ、語ったこっちが馬鹿みたいじゃないか」

 

「……ふん」

 

「………」

 

会話が途切れ、再び沈黙が下りた。

 

(早くやってさっさと寝よ)

 

そう思い、再び東海上の情景を見ようと闇夜の中でも光る龍眼に更に力を込めたそのとき。

 

「ぬっ!?」

 

「うに!?」

 

突然周囲が煌々と照らされた。暗い所で物を見ようとし、瞳孔を開ききっていたとき、急に強い光を眼に直接貰えばどうなるか。

 

「眼がっ! 眼がああああぁぁぁぁ!!」

 

それは太陽を直視することに等しい。突然の眩い光で眼にダイレクトアタックを貰った。

 

「ぬっ、おいセト、ここにヘリが降りるようだ。どうやら我等の出番は無いのかもしれん」

 

こっちの状態が分かっていないのか、オーディンがそんな言葉をよこした。煩い、そんなことはどうでもいい、私の眼を何とかしろ。そう思いながらも声にすることができず、閃光を浴びた眼を押さえ続けていると、不意にオーディンが言った。

 

「たかが光を直視した程度で大げさだ」

 

「隻眼の君と! 瞳孔全開だった私を比べるな! それに私は夜の砂漠出身だぞ! 光には弱いんだよ!」

 

「そんなことはどうでも良い。ここにいればヘリの着地の邪魔になるだろう。我が王等もここに来るようだ、そちらと合流しよう」

 

そう言いながら、こちらのことを省みもせず、さっさと行ってしまった

 

「………」

 

涙の溢れ出る眼を抑えながら思った。アマラ深界に帰って寝たいと、割と本気で思ったのは、この世界に来てからは初めてだった。

 

 

「今回の出撃は空戦だから、出撃は私とフェイト部隊長、ヴィータ副隊長、それと後詰に人修羅さんが出ます。皆はロビーで出動待機ね」

 

「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ。悪魔の連中が周辺の索敵はするっていうから、滅多なことは無えと思うけどよ、有事の際はちゃんと動けよ?」

 

「はいっ!!!」

 

「はい……」

 

深夜にかかった出動命令。眼前でなのはさんとヴィータ副隊長が任務についての説明をしているが、頭にはほとんど入ってこない。それ以前になのはさんと、その背後にいる人修羅さんの顔が見れない。見てしまえば、自分でも何を言ってしまうか解らなかった。だが、次に聞こえたその声に、思わず耳も首も一瞬で起立した。

 

「ああそれと、ティアナ。ティアナは出動待機から外れとこうか」

 

…。

 

…。

 

 

――――え?

 

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。そして次に自分の聴覚の異常を疑った。

 

「その方が良いな、そうしとけ」

 

「ああ、しばらく動かない方が良いな」

 

だが、ヴィータ副隊長と人修羅の言から、聞き間違えでも空耳でもなく、自分だけが、今回の任務から外されることは疑いようも無くなった。

 

「今夜は、体調も魔力もベストじゃないだろうし、ね」

 

なのはさんが取り付くろったかのように、言葉を並べるが、一切頭に入ってこなかった。胸の内に湧いたのは、怒りよりもむしろ、見捨てられた、呆れられたという恐怖だ。

 

「……言うことを聞かない奴は、使えないって事ですか?」

 

「自分で言ってて分からない? 当たり前のことだよ、それ」

 

「現場での指示や命令は聞いています!! 協同だって、ちゃんとサボらずやってます! それ以外の場所での努力まで、教えられた通りじゃないと駄目なんですか!?」

 

強気に表に出す言葉とは真逆で、心の内は見捨てられたくない一心だった。ここで見捨てられたら、全てが終わる。兄の遺志を継ぐことも、ランスターの評価を逆転させることも出来ない。自分でも最早止めようがなかった。決壊したダムのように、胸の内から言葉が次々に流れ出す。

 

「あたしは、なのはさんみたいにエリートじゃないし、スバルやエリオみたいな才能も、キャロのような希少技能(レアスキル)も無い」

 

周囲のヴィータ副隊長やシグナム副隊長の顔が徐々に険しくなっていくが、そんなものはどうでも良い、気にならない。それよりも見捨てられたくないという恐怖の方が大きく、自然と視線はなのはさんのみに集中した。

 

「人修羅さんのように万能でもなければ、セトさんやオーディンさんみたいに器用でもないし、メルキセデクさんみたいな技術(センス)だって全く無い!」

 

故に、音も無く近寄ってきた存在を認知することすら出来なかった。

 

「少しくらい無茶しなくちゃ! 死ぬ気でやらなきゃ強くなんてなれないじゃないで……ぅむ!?」

 

硬質な物体に下顎を押し上げられ、言葉が途中で押さえ込まれた。だいそうじょうがこちらの顎を下から右掌で押さえつけたのだ。

 

「口を開くな」

 

今まで聞いたことの無い、だいそうじょうのドスの効いた声が僅かに聞こえた。

 

 

直後、ティアナが顎を仰け反らせて吹っ飛んだ。

 

『サイレントハウル』

 

不意の出来事に彼女は受身を取ることすらも出来ず、数メートル飛び、床に叩きつけられた。

 

「――――!?」

 

しかし、ティアナは痛みに声を上げなかった、上げることが出来なかった。口は開く、舌も動く、嚥下も出来た。しかし声が出なかった。始めての体の異常にティアナは、痛みも驚きも劣等感も忘れて目を白黒させた。

 

(たわ)けが……聞くに堪えん、耳を塞ぎたくなる」

 

だいそうじょうが地に脚を付けた。人前で常に空中で組んでいた座禅を解き、骨だけの脚を初めて地に付けて見せた。

 

「下衆が……(おのれ)は何を聞いていた? 人修羅殿が、自らの精神を削ってまで貴様を正そうとしたというのに、(おのれ)は何を聞いていたのだ? 貴様は猿か? 狗か? それとも豚か? 何も学ばぬ、何も聞かぬ、それで良く強くなりたい、失いたくないなどと、よくのたまえたものだ。貴様程度が粋がるな、身の程を知れ。餓鬼が」

 

だいそうじょうが一歩ずつティアナに近づいていく。床と骨が打ち響き合い、硬質な足音がヘリの駆動音よりも良く聞こえた。

 

『悪い、音喰うぞ』

 

だがそのヘリの音もグレムリンの僅かな言葉の後に、徐々に力を失っていき、そしてヘリは無音で稼働を行うようになった。

 

ティアナを除けば、誰もが口を聞けるはずだ、だが誰もが一歩を刻み続けるだいそうじょうに視線を向け、凍り付いたように一言も聞かなかった。ただ人修羅だけはその場に視線を向けようともせず、東海上を眺めている。

 

「以前話したな、考えよ、次に繋げよと、その結果がこれか?」

 

だいそうじょうの周囲の景色が揺らぎ始めた。それは炎熱や陽炎の所為ではなく、だいそうじょうの身体から蛇口を全開にしたようにマガツヒが漏れ出しているからだ。

 

「二度と、我の前で、駄々を捏ねるな」

 

だいそうじょうがティアナの胸倉を掴み上げ、そう言い放った。そのとき、いつそこに移動したのか、ピクシーがだいそうじょうの肩に座って言った。

 

「だいそうじょう、こういうのにはまとも付き合っちゃダメ、調子に乗るから」

 

そう言われ、だいそうじょうは手を放し、崩れるティアナに視線を向けもせず、異様に冷めた声で言った。

 

「心得ておる、されど、此奴の泣き言に我慢が出来なんだ。まだまだ悟りには程遠い」

 

そう言うと、だいそうじょうは一度だけティアナに視線を向けたが、何も言わずに、一度短い溜息を吐くだけで、その場から姿を消した。

 

「悪いな、だいそうじょうが勝手に」

 

人修羅が東の海上に視線を向けたまま、独り言のように呟いた。

 

「構わん、彼が行っていなければ私が殴っていたところだ」

 

その言葉にシグナムがそう答えた、そう言う彼女は腹立たしそうに奥歯を噛むと、即座に次の言葉を放った。

 

「ヴァイス、ヘリの準備は出来ているな?」

 

「ういっす! 乗り込んでくれりゃ、いつでも行けますぜ」

 

いつの間にか、再びヘリの音が聞こえだしていた。

 

「そうか、なら早く出してくれ。愚者にいつまでも付き合っていては時間が惜しい」

 

「あい! 了解しました」

 

言われ、ヴァイスは操縦席に乗り込み、仕草と視線で隊長たちを促す。

 

「ティアナ! 何か思い詰めてるみたいだけど! 帰ってきたらちゃんと話を聞くから!」

 

フェイトとヴィータはすぐにヘリに搭乗したが、残りの者はすぐに乗り込もうとはしなかった。

 

「なのはっ! 付き合うなってっ! 早く行くぞ!」

 

最後までなのははハッチでティアナに向けて声を上げていたが、それもヴィータに引きずり込まれ奥に引っ込んだ。

 

「あれ? おめえ様は乗らないんですかい?」

 

ヴァイスがヘリに乗り込もうとせず、手摺に寄りかかったままの人修羅に尋ねた。

 

「あたりまえだ。俺は今回後詰だ。共に行けるわけないだろうが」

 

「はあ、じゃあ足はどうするんで?」

 

納得がいかないようで、ヴァイスは更に尋ねた。

 

「決まっている。俺の脚が足だ」

 

「へ?」

 

「あのヘリ程度なら楽勝で付いていける。ヘリどころがジェット機だって然したる問題にならん」

 

一応、周辺世界を含め最新で最高のヘリをあの程度と人修羅は賞した。その言葉にヴァイスは、はあ、とだけ返し、納得はしていなかったようだが人修羅を置いてハッチを閉じ、ヘリを飛ばした。ヘリが六課を飛び立ち数百メートル離れた距離まで去ってから、人修羅はやっと動いた。だがそれは移動の動きではなく会話の動きだった。

 

「ピクシー、後、任せた」

 

傍に寄ってきたピクシーにそう言った。

 

「……ん、了解」

 

人修羅は一度ピクシーと視線を交え、未だにへたり込んだままのティアナをちらと見、そして一瞬で手摺を飛び越え、眼下の闇に落ちていった。暗闇に彼の入れ墨が彼の全身の輪郭を映し出していたが、すぐにそれも陰に紛れ見えなくなった。

 

「……いつまでそこで転がっている? さっさと起きろ」

 

シグナムが睨むようにティアナを見下ろし、突き放すようにそう言った。

 

「目障りだ。いつまでも甘ったれてないで、さっさと部屋に戻れ」

 

「シ、シグナム副隊長……その辺に……」

 

「ティアナさん、取りあえずロビーに……」

 

年下二名が何とかその場を鎮めようと、当たり障りの発言をしたとき、ティアナの付き添ってしゃがみこんでいたスバルが不意に立ち上がり、シグナムに正面から視線を合わせた。

 

「シグナム副隊長」

 

「何だ」

 

しかしそれも、シグナムのきつい目元に睨み返されて、すぐに鎮静化してしまったが、スバルは口を閉ざすことはしなかった。

 

「命令違反は、絶対いけない事だし、さっきのティアの物言いとかも、ダメだけど……だけど、自分なりに強くなろうとすることが、そんなにいけない事なんですか!?」

 

感情に任せたスバルの言葉が、ヘリの無くなったヘリポートに響いた、だが

 

「是非も無い」

 

その言葉を切り裂くように、スバルの正面に巨大な人影が入り込んだ。

 

「悪い事? 悪い事だと? 是非も無い、罪だ」

 

「トール、さん」

 

「弱いというのに、何を思ったのだろうな。あの程度で強くなれると思ったこと、それがそいつの罪だ」

 

「でもっ! きつい状況を何とかしようとか! 何とか切り開こうとするのって、そんなにいけない事なんでしょうか!?」

 

「何度も言わせるな、是非も無い。ナカジマ、何故貴様は此奴如きを庇う? それの不始末で貴様は一度、否、今日を含めれば二度、それに殺されかけたのだぞ?」

 

「でもっ! ティアは自分なりに如何にかしようと一生懸命に……」

 

「それがどうした? 何を生んだ? 我が主や高町、それに貴様の手を煩わせただけだろうが」

 

トールの巨体が僅かに紫電の光を纏い、パチパチと音を鳴らす。遠目からでも彼の全身が小刻みに揺れているのが分かる

 

「弱者に発言権など有るか、物を言いたくば力を持て、それができぬなら形持つ価値さえ無い。弱者は存在そのものが罪だ、貴様は―――

 

「トール、やめなさい」

 

そのとき、致命的な何かを言おうとしたトールとスバル、ティアナを遮るように、ピクシーが現れた。不意に現れた妖精にトールは一瞬だけ喰って掛かろうと身体を動かしたが、直ぐに引いた。

 

「……失敬した。だがこれは我の偽り無い本心だ、謝罪はしない」

 

そう言ってトールは一瞥もくれずに大股でその場を去り、先の人修羅のようにヘリポートを飛び降りた。そしてそれに続くようにスルトと、何故か両目を抑えて転がっていたセトもその場を去った。

 

「まったくあいつらは……」

 

そう言いながらピクシーも居なくなり、残った悪魔はメルキセデクとオーディンだけとなった。

 

「はぁ………どうも我が主が居ないとまとまりに欠けますね、私達は。ほらティアナ、立てますか?」

 

そう言ってメルキセデクがティアナを引き起こした。

 

「スバル、さっきの言に一応答えておきましょうか。自主的な特訓は別に悪い事じゃありませんよ、それだけは言えます」

 

「そうですね、メルキセデクさんの言う通りです。それ自体は悪い事じゃないですし、良い事だと思います」

 

「おや?」

 

その場に新しい声が加わった。皆がそちらを見てみれば、茶髪を伸ばした人物がこちらに歩を進めて来ていた。

 

「シャーリーさん」

 

「持ち場はどうした?」

 

「メインオペレートはリイン曹長が居てくれますし、サブの殆どもグレムリンさんがやっててくれますから」

 

そこでシャーリーは若干俯き、言葉を繋げた

 

「……なんて言うか、皆、人も悪魔も本当に不器用で見てられなくて」

 

しかし俯きもすぐに消え、声を張った

 

「皆、ちょっとロビーに集まって。私が説明するから、なのはさんの事と、なのはさんの共同の意味を」

 

「それは高町の過去に纏わることか?」

 

シャーリーの言葉にオーディンが尋ねた。

 

「……ええ」

 

「そうか……」

 

言ってオーティンは神槍を抱くようにして抱え、暫し考え込む動作をした。

 

「その話、我等も加えて貰おう」

 

 

「大分荒れてるねぇ、あんた」

 

ピクシーが詰まらなそうに頬杖を突き、宙から声を飛ばした。その先には、荒々しく雷槌を振り回すトールが居た。

 

「これが荒れずに居られるものか!」

 

空気へ槌を叩き付ける。鬼神の剛力に穿たれた大気は、一瞬にも満たない間を持って鳴り爆ぜ、乾いた音を響かせる。

 

「あのようなっ! 精神もっ! 肉体もっ! 弱き者がっ! 我が王の手を煩わせるなどっ!」

 

一言放つ毎に、槌は空を薙ぎ、大気は連続して鳴り爆ぜた。

 

「あんたは変わらないね、あたし達と敵対してたときからずっと」

 

「弱肉強食は私の生き様だ。強者こそが全てだ。弱者など、居ようが居まいが変わらぬ存在だというのに、何故あの程度の者が我が王の煩わせるのだ」

 

「言うねえ、流石は“ヨスガ”の副長」

 

「元副長だ。今やヨスガはマントラ軍共に過去の物となった」

 

「それで? ヨスガの元副長さんがイライラなのは、ティアナが自分の生き様とやらに反する存在だったから?」

 

「………」

 

「それだけじゃないでしょ?」

 

「………」

 

言いたくないと、口ではなく態度で示すトールにピクシーは僅かに肩をすくめると、手元にモニタを出現させた。

 

「今あいつらが話してるよ、なのはの過去について。興味なさそうな振りしてるけど、あんたも聴いてんでしょ」

 

「………」

 

 

 

先ほどまで無人だったロビーには今やソファを埋めるほどの人数があった。新人フォワード四名にシグナムとシャーリー、そして話を聞きつけてやって来たシャマル。ソファには座っていないが壁にメルキセデクとオーディンが背を預けている姿もある。

 

「………」

 

だが、それだけの人数が一部屋に集まっているにも拘らず、誰も口を開かず、ロビーにはシャーリーが手元で操作するタイピングの音だけが鳴っていた。

 

「……昔ね」

 

幾分かの時間がたった頃、沈黙を破りシャーリーが口を開いた。タイピングをする手を休めることなくシャーリーは言う。

 

「昔ね小さな女の子が居たの、その娘は別に何も特別な能力も無くて、極々普通の女の子だったの」

 

シャーリーの操作によるものか、ロビーの壁に巨大モニタが出現した。そこに映っていたのは十年以上前のものと思われるが、現在とほぼ変わらない雰囲気を纏っている少女時代のなのはの映像だった。周囲に同年齢の児童が多数居ることを見れば、どうやら学び舎の映像らしい。

 

「本来なら、家族と一緒に生活をして、友達と勉強して過ごす、そういう人生を送るはずの娘だったの」

 

でも、そうはならなかったと、シャーリーは続ける。

 

「事件が起こったの」

 

その言葉と共に、なのはとその友人の映像が切れ、次に映ったのは首に赤の珠を括ったフェレットが、なのはの足元で傷ついている様子が映された。

 

「これは……レイジングハートと、ユーノ・スクライアですか?」

 

僅かに身を乗り出し、メルキセデクが問うた。

 

「正解、良く解りましたねメルキセデクさん」

 

「ええ、悪魔は外見を変える者が多いですからね、ですから我々は外見だけでなく、瞳の色や気配で対象を判断しますから……っと、話の腰を折りましたね、続けてください」

 

再び壁に背を預け、メルキセデクが先を促した。

 

「うん、魔術学校に通っていたわけでも、特別な能力があったわけでもないのに、たまたま魔法の力に触れて、たまたま魔力が大きかっただけで、僅か数か月の間に命がけの死闘を何度も繰り返したの」

 

今やモニタには黒い魔物や、異形の巨大樹と戦う過去のなのはが映っていた。そしてその映像が映り変わったとき過去のなのはは、金色の髪を持つ別の魔導師と対峙していた。

 

「これって……」

 

「フェイトさん?」

 

「……敵対者だったんですか」

 

メルキセデクのその声に、シャマルがうん、と相槌を入れ説明をした。

 

「フェイトちゃんとは当時いろいろ複雑だったらしくてね、あるロストロギアを巡って争っていたらしいの」

 

シャマルの説明に次いで、シグナムも口を開いた。

 

「この事件の事を、首謀者であったテスタロッサの母の名から、プレシア・テスタロッサ事件。あるいは中心となったロストロギアの名から、ジュエルシード事件と呼ばれている」

 

モニタの中で動くなのはの放つ魔法は、そのどれもが強力無比で最後にフェイトに放った収束魔法スターライトブレイカーは新人達から驚愕の声を出させただけでなく、悪魔達に舌を巻かせるものだった。

 

 

「なるほどねー。何の能力も無い人間の一学生が、神の恩寵か悪魔の放蕩か、ひょんなことから力を持ち、異種異人の交わる戦いの世界に投げ込まれる、か」

 

「………」

 

「そっくりよね。結果がトゥルーエンドだったか、バッドエンドを超えるワーストエンドだったかの違いはあるけれど。あんたも気づいてたでしょ?」

 

「………」

 

「トール」

 

「……気付いていたとも、無論だ。ヤツの気配と我が王の気配は真逆のものだが非常に酷似していた、他の連中も、外様連中であるセデクとセトも気付いているだろう」

 

「もしかしたら、彼女がそうなのかもね。今更って気はするけど」

 

言ってピクシーは手元のモニタをさらに引き寄せ、宙で仰向けの姿勢でそれを眺め始めた。

 

「あんたがティアナを嫌ってんのはあれでしょ、同族嫌悪とか、その類の物でしょ?」

 

「………」

 

「だんまり禁止」

 

「……確かにだ、ティアナのあの様は、我が王が暴走した際の我々と同じだ、強くなった“振り”をして、何もできない存在になっただけのな、だがピクシー」

 

「ん?」

 

「そんなものはどうでも良い、私がティアナを嫌うのは、ヨスガの精神、弱肉強食のコトワリに従ったまでだ。それ以外の何物でもない」

 

「ふーん、そっか、そうならどうでもいいけどさ……あんたはー? 何でー?」

 

仰向けの姿勢をさらにのけ反らせ、ピクシーは背後にいた者に尋ねた。視線の先には巨岩の上に座禅を組んで身動き一つしないだいそうじょうが居た。

 

「………」

 

「あんたもだんまり?」

 

「妖精である女史に、語るべき必要は無い。魔人には魔人の節理がある。妖精や鬼神には理解できる物ではない」

 

「その物言い、なーんかムカつくなー」

 

しかしピクシーはそれ以上だいそうじょうに突っ込んでいくことはなく、再びモニタに視線を戻した。

 

 

「ジュエルシード事件解決の半年後にね、彼女はまた大きな事件に巻き込まれたの」

 

再びモニタの映像が切り替わる。映ったのは先ほどよりも僅かに身長の伸びたなのはと、現在と見た目が一切変化していないヴィータが杖と槌を交え、魔力光を迸らせながら戦っている最中だった。

 

「通称、闇の書事件。私達四人のヴォルケンリッターが起こした、ロストロギア、闇の書に関する事件だ」

 

「貴女達も敵対者だったんですか、貴女方は中々面白い縁で繋がっているんですね」

 

「ええ、プレシア・テスタロッサ事件をも上回る規模のこの事件で、なのはちゃんとフェイトちゃんはヴィータとシグナムに撃墜され、レイジングハートとバルディッシュも甚大な被害を受けた」

 

映像は転じ、全体的にひびの入った待機状態のレイジングハートとバルディッシュが現れた。

 

「強敵に立ち向かうため二人が選択したのは、当時はまだ不明瞭で危険性の多かったカードリッジシステムをデバイスに搭載する事だったの」

 

モニタの映像は切り替わり、再びヴォルケンリッターと戦火を交える若き隊長達の映像となった。彼女達の持つデバイスは形状がやや変化しており、現在持っているものとほぼ同じものとなっていた。

 

「ん?」

 

画面に、なのはとフェイトと同時に闘う、闇色の翼を持った女性魔導師が現れた瞬間。今の今まで沈黙を貫いていたオーディンが疑問の声を漏らした。

 

「オーディン、どうかしました?」

 

「いや……シグナム、この黒翼の者は何者だ?」

 

「ああ、彼女は闇の書のマスタープログラム。名を祝福の風リインフォースという、リインフォースⅡの母であり姉である人物で、我々ヴォルケンリッターの上位管理者である者だ」

 

「この者は今どこに?」

 

「この事件の際にな……」

 

「……そうか、すまない。悪い事を聞いた、謝罪しよう」

 

「オーディン、彼女が何か?」

 

「いや、何でもない、気のせいだ……気のせいだ……」

 

そう言ってオーディンは再び寡黙を保ち始めた、が額に寄った皺はその後もしばらくの間はとれることはなかった。

 

「魔術学校にも通っていなかった女の子の命がけの戦闘は、徐々に彼女の身体を疲労と負担を蓄積させていった。そして事故が起きたの」

 

映し出された映像は一面の雪景色、そして赤の色だった。

 

「なのはは、任務で異世界から帰還中に何者かの襲撃にあったのだ。普段のなのはならばそうはならなかっただろう、だが長い無茶の結果、蓄積された疲労と負担の所為で瀕死の重傷を負わされた」

 

赤の色は二種類。一つは白雪の上に広がる大量の血液。そしてもう一つは血に塗れたなのはを抱きかかえ、泣き叫んでいるヴィータの姿だ。音声は無いので何を叫んでいるかは分からない。

 

「救護班何してんだよ、早くしてくれよコイツ死んじまうよ、でしょうか?」

 

「!? 解るんですか!?」

 

メルキセデクが何気なく発した一言に一同の驚愕の視線が集中した。

 

「ええ、ちょっとしたものですよ。ところで彼女に瀕死の重傷を与えた者は一体どの様な存在だったのですか?」

 

「確認したのはヴィータさんだけなんだけど、姿を完全に見たわけじゃなくて、吹雪の中に巨大な蜥蜴の姿を見たと、そういうことらしいのよ。そしてその日からなの、悪魔、あの頃はアンノウンと呼ばれていた存在が現れ始めたのは」

 

「ああ、だからですか。ここにやって来た直後、ヴィータが自棄に私達に噛付いてきて、槌まで振るったのはその事件の所為ですか」

 

「そう、ヴィータ副隊長はなのはさんを襲った悪魔を探すため、悪魔討伐の任務なんかには全部参加してたの。結局その悪魔が見つかる前に、野生の悪魔が見つかることも少なくなって、そういう任務は殆ど無くなっちゃったんだけどね」

 

「それにしても死の淵に立つほどの重傷を負ったのなら、リハビリも難行苦行の限りだったでしょう?」

 

「……ええ」

 

モニタは白の景観から、白の室内に転じた。純白の雪景色から、清潔なリノリウム所為の壁と天井に覆われたもの、そしてその中央に、包帯とチューブに塗れた傷だらけのなのはがベットに横たわるのが映った。

 

 

「なのはは過労と無茶でオーバーヒート起こしてぶっ倒れたみたいね、人修羅と違う」

 

「我が主のあれはオーバーヒートなどではない。オーバーロードと呼ぶべきものだ」

 

「おっ? あの場で瞬殺されちゃったヤツが言うねえ、最後まで立ってられなかったのに」

 

「………」

 

「睨まないでよ、ホントのことでしょ? ま、あたしも結構ギリギリだったけど」

 

「あの大戦で極限でない者など、我が王の他にいるわけがないだろう」

 

「まあ、そうね。にしてもでっかい蜥蜴の悪魔ねえ、蜥蜴って言うんだから龍族なんだろうけど、龍神系は無いね、龍王か邪龍か……ま、どうでもいいけど」

 

「ムシュフシュか、さもなくばペンドラゴンだろう。我々の前には然したる脅威にはならん」

 

「そうね、まあ練習相手ぐらいにはなるでしょ」

 

そこでピクシーふと首を傾げた。

 

「さっきからオーディン黙ってるけど、さっきの黒いの何かあんのかな? あんたなんか気付いた? あたし魔力がちょっと高いなぐらいしか感想無いんだけど」

 

「……ああ、少しばかり妙な既視感を感じた。しかし、気のせいだろう」

 

「で? 何に気付いたの? 参考までに聞かせてほしいんだけど」

 

「……断る」

 

「なして?」

 

「我とて確信を持って言える訳では無い、思うところがあるだけだ」

 

「ふーん。まいいか、もう死んだ人間みたいだし、もう関係ないか」

 

そう言ってピクシーはリインフォースへの興味を失い、再びロビーでの会話に耳を傾け始めた。そのせいでトールが呟いた一言を聞きのがすことになった。

 

「しかし、似すぎている……偶然か? まさかな……」

 

 

「なのはさんのリハビリは、メルキセデクさんのいう通り、難行苦行を極めたわ」

 

モニタには複数の医療関係者に支えられ、苦痛に顔を歪めて力戦奮闘しているなのはが映っている

 

「もう飛ぶどころか、立って歩くことすらできなくなるかもって言われたとき、どんな気分だったか……」

 

シャマルの悲痛に満ちたその言葉に、その場の誰も、何も言うことができなかった。

 

「命を賭してでも勝たねばらならない場面というのは確かに存在する。だがティアナ、ホテル・アグスタの任務でのあのミスショットはその場面だったか?」

 

「………」

 

シグナムの言葉に、ティアナは雷に打たれたような表情で何も言えずに言葉を受ける。

 

「今日の模擬戦のあの戦術は、一体何のための技法だ?」

 

「………」

 

言葉を受けるたび、ティアナの表情はどんどん済まさ双なものへと変化していく、普段であれば反抗心をむき出しにするか、沈むのみであったためこの変化は珍しい。

 

「なのはさんは、皆に自分と同じ思いをしてほしくないんだよ、だから、無茶なんかしなくても良いようにって、ホントに毎日毎日丁寧に教えてくれてるんだよ。皆が無事に帰ってこれるようにって」

 

シャーリーの言ったその言葉に、新人達は誰も何も言えなかった。ただ今日まで受けてきた訓練を思い、それぞれが眼の端に涙を浮かべていた。

 

「命を賭してでも勝たねばらならない場面、か」

 

一同が言葉を無くし、場に沈黙が下りていた最中、水面に小石を投じるように、オーディンがぼそりと呟いた。

 

「オーディン、話すんですか? まさか?」

 

言葉に真っ先に反応したのはメルキセデクだった。何を忌避したのか、大天使は狼狽えてオーディンに問いを投げた。

 

「話すべきだろうセデク。この世界には長く滞在することになりそうだ。ならば我が主の事を知っておかねば隔たりができる」

 

一瞬だけそこでメルキセデクは言葉を詰めた、しかしすぐに立ち直ると言葉を発した。ただし口からではなく、脳から直にではあったが。

 

(しかし全てを話すのですか? どうせこの世界もすぐに過去の物になるのですよ? 隔たり位どうでも良いじゃないですか、何の意味があるんです? 知ってもらうことに)

 

(意味など無い、しかし話す価値はある。この者達は我等のように絶対忠義で我が主と居るわけではないのだ)

 

(悪魔の力を客観的にしか見れない人間にですか? 話して、その力を前にしたときなす術がないことを知らしめるためにですか?)

 

(無論、全てを話す訳では無い。全てを話すのは我が主かピクシーの役目だ、高町が本当にそうなのか知る必要もある。それに貴様とて見知った顔を殴りたくはないだろう?)

 

そこでやっと大天使が折れた。

 

「……分かりましたよ。どうせ私は途中加入の外様ですからね。初めから我が主に付き従っていた貴方が良いならもう何も言いませんよ。ピクシーに怒られても知りませんからね」

 

「無論、眼球の一つや二つ程度ならくれてやるさ」

 

オーディンはメルキセデクから眼を離し、シャーリーに向けた。

 

「あの……?」

 

「我が主が貴様達を名で呼ばぬ故、全てを話すことは出来んが伝えねばならん。我が主の過去、全ての始まりであるボルテクス界、無尽光の世界の事を」

 

 

「おい、何か増えてんぞ」

 

現場に到着した人修羅の第一声はそれだった。十二機と四体、それが六課で確認した敵の数だったはずだ。しかし

 

「何で倍近く居るんだよ」

 

己の持つ黄色の瞳は、どんな深い暗闇だろうと決して視界が悪くなることはなく、景色は昼夜と大して変わらない。その景色には三十機と十匹の敵影を捉えていた。

 

(俺は今回後方支援だが、どうする、前に出るか?)

 

真上を見上げ、脳から声を飛ばす。そこには浮遊するヘリがあり、そして右側のランディングギアに足を落としているスターズ隊長の姿があった。

 

(ん、大丈夫だよ。あのくらいの数なら、わたし達だけで問題ないから)

 

(だから、人修羅さんは支援に専念して)

 

(こいつらいつもより速えからな、万が一離されたらあたし達じゃ対応できねえ)

 

(了承した)

 

ヘリから三つの人影がそれぞれの色の軌跡を描き飛び出すのを確認し、その場に腰を下ろし胡坐をかいた。腰を下ろす先は氷。海上を歩行するために凍結させたものだ。

 

「さて」

 

頭上の三つの軌跡を眼で追う。既に三十と十は、二十八と九に減少しており、周囲の海上に、時折残骸が水面に落ちる音がする。

 

(ほっといてもいいか)

 

そう思い、頭上への関心を外す。外したとたんに、先ほどまで思考の外に置いていた、先ほどの六課での事が一瞬で頭蓋内部を支配した。

 

(どーなるかねえ……)

 

率直に思うのは、今日で立ち上がれなければ、彼女は間違いなく潰れるだろうということ。彼女は俺の砲撃をまともに喰らったにも拘らず、その日に上官に食って掛かり、結果だいそうじょうに糾弾を貰った。加えて去り際に、トールの叱咤する声が微かに聞こえた、恐らくあれもそうだろう。

 

(しかし、もうどうしようもないか)

 

発破はかけた。それでも彼女が立ち直れなければどうしようもない。あいつ等の誰か一人でも欠けることは避けたいが、脆弱な心持のままであれば居なくなることも仕方ない。

 

(どう転ぶか……)

 

丁度、頭上から落下してきた機械や悪魔の残骸を薙ぎはらい、思考を深める。一度袋小路に落ち込んだ者は、中々柔軟な思考を得ることは難しい。本当に覚悟しなければいけないかもな、と思ったとき、頭の内に他者の声が入り込んできた。

 

(人修羅さん! 二時の方角に二匹行きました!)

 

見ると、確かに一機と一匹がそちらの方向に雲を引きながら逃走している姿があった。思考を断たれたことに僅かな苛立ちを覚え、八つ当たりの意志も込め、さっさと潰すことにした。

 

「面倒な……」

 

彼方に向けるのは指先、放つのは業火、発射の時間は刹那だ。

 

「溶けて無くなれ」

 

『地獄の業火』

 

大気を焦がす業火は、高速で逃走を続ける二つの敵影に一瞬で追いつき、大爆発を起こした。

 

「ちょ……おい! やり過ぎだ!」

 

背後に三つの気配が下りてきた、振り向いてみれば三人の焦った表情が、爆ぜた業火の光を受け赤に照らされていた。

 

「回避される可能性もあった、この距離から完全に仕留めるならばあのくらいは必要だ。それよりも、お前達が下りてきたということは、殲滅し終えたのか?」

 

「うん、今爆発したあの二匹が最後だよ」

 

「じゃ任務完了か、じゃ戻ろうぜ? お前も早く戻りたいだろ?」

 

三人の中央の者を見て言う。橙髪の彼女は一瞬戸惑ったものの、素早く頷き、側の二名を引き連れ上空のヘリに戻っていった。そして、ヘリが六課への帰路を行く瞬間を見届けると、それを追うように己が作った氷の上を駆け戻った。

 

 

「我が主が悪魔の力を手に入れ、人から魔へと至った世界。その世界は名を無尽光の世界と言う」

 

オーディンは姿勢を崩すことなく、壁にもたれ掛ったままに話し始めた。

 

「その世界は、今は既に滅んでいてな。生き残った少数の者達はその世界の新たなルール、コトワリを造り新たな世界を創造しようとした。だが、造るのは新たなルールだ、闘争なしに決まる訳もなかった」

 

そう言ってオーディンは指を四本立てた。

 

「強者を絶対とする弱肉強食のコトワリ“ヨスガ”孤高を至高とする唯我独尊のコトワリ“ムスビ”静寂を最上とする無味乾燥のコトワリ“シジマ”そして我が主の四陣営が、文字通り世界をかけて殺し合った」

 

名すら持てぬ陣営も三つほどあったがなと、オーディンは付け加えた。

 

「殺し合いって……穏やかじゃないですね……」

 

「秩序も節理もコトワリも皆崩壊した後なのだ、そのくらいにはなる」

 

続けるぞと、オーディンは置き、言った。

 

「トールはヨスガの副長。スルトもシジマの重鎮の一人だった。奴らも貴様らと同じく元敵対者だったのだ」

 

「トールがティアナに怒ったのは、弱肉強食の長を屠った我が主が、弱者に心乱される事が心外だったのでしょうね」

 

「………」

 

先ほどの事を思い出したのか、ティアナが顔を僅かに伏せる。

 

「そしてヨスガ、シジマ、ムスビとの激闘の末、三営は我が主の前に敗れ、我が主は世界を創造権利を得た」

 

だが

 

「しかし新世界は創造されず、我が主の産まれ世界は滅んだ」

 

(上手く事実を暈しましたね)

 

(事実をそのまま伝えられるか、仮にも相手は時空管理を名乗っている組織だ)

 

視線は向けずに言葉のみを飛ばしてくる大天使に、オーディンは同じく言葉のみを返す。

 

「そして、故郷である世界を失った我が主は、世界を渡る旅人となったのだ」

 

「それが、今ってことですね」

 

「そうだ。だが、旅を初めて少々の時間が経過したとき、我が主は限界に達した」

 

「限界……? なのは同じく疲労と負担が原因か?」

 

「肉体では無い、精神のだ」

 

「だが、彼は肉体も精神も、私から見ればありえないような高みにある。何故精神に限界が?」

 

ああそれはな、とオーディンは前置きを作り言った。

 

「我が主の殺害した三陣営の内、ヨスガの長とムスビの長はな……」

 

一瞬だけ、オーディンは言いにくそうに眼を泳がせたが、それは本当に一瞬だった。

 

「我が主の無二の親友だったのだ」

 

その言葉に、その場の空気が一瞬で氷点下以下まで落ちた。

 

「高町でいうところの、テスタロッサ、八神に該当する人物、だろうな。昔馴染み、苦楽を共にした仲、同じ釜の飯を喰う、そういったな」

 

「そんな……何で……」

 

「敵対したからだ、それ以外に理由があるか? 高町も以前はテスタロッサと敵対関係だっただろう?」

 

オーディンの淡々とした言葉に、尋ねたエリオは何も言えず黙り込んだ。

 

「だが、敵対したといえ、無二の親友を二人も手にかけたのだ、精神には親友を殺したことへの罪悪感と後悔が日に日に溜り続けた。身も心も悪魔になっていたとしても、それは耐えられるものではない。だが我が主はその後も心境の整理などする暇もなく、破壊と戦争に明け暮れた」

 

「そして、限界……」

 

「精神の決壊した我が主は暴走した」

 

そしてな

 

「そしてその後に泣いたのだ」

 

「泣いた……?」

 

「三日三晩な、だが、我々から見ればそれは異様な事態なのだよ」

 

「それは、何故?」

 

「……Devil never cry」

 

「え?」

 

「悪魔は泣かない、だ。過去に我等の軍勢の一人が口にしていた言葉だ」

 

「―――――」

 

「動作としてだけならば、泣くことはできる。だが悪魔は涙を流すことは出来んのだ。幾星霜の月日を得、那由他の彼方に至ろうと、我々は涙を流すことだけは絶対に出来んのだ。だが我が主は泣いた、身も心も悪魔であったにも拘らず」

 

「………」

 

「我が主があのような真似に走ったのはだな、ランスター、貴様が我が主の過去と同じだったからだ、強引にでも引きずり戻す必要があった。独りよがりの果てに得た力は、持ち主だけでなく、その周囲をも滅亡させる。口には決して出さんが、我が王は、我やセデクよりも人間を好ましく思っている。貴様等の内の誰か一人でも、決して欠けることを許さんだろう。その果てに己が拒絶されようともな」

 

オーディンが反動をつけて壁から離れると、数瞬でティアナの眼前に移動し、彼女の瞳を真正面から見下ろした。

 

「今日までの我が王の言の内には、貴様にとって嫌味と受け取れたものもあっただろう。しかし我が王も始めから秀でた存在ではないのだ。寧ろ貴様よりも下程度の有象無象の一人でしかなかった」

 

射撃と幻術がある分、貴様のほうがすぐれていた、とオーディンは加えた。

 

「我が王は全世界のありとあらゆる生命よりも、歪んだ力が滅亡を呼ぶものだということを理解している、今日のあの砲撃も貴様のためを思って放ったものだ」

 

だから

 

「ランスター、貴様が今までのような無茶をこれからも続けたとして、その結果に我が主のように、果てしない力を得ることは、確かにできるだろう。だがそれを手にしたとき、貴様は今同じソファに座っている者達を、一人残らず喪っていただろう」

 

魔神のその言葉に、ティアナは返答をするよりも先に左右に座っている、仲間と視線を合わせた。

 

「そうだ、貴様はそれでいい。セデク、往くぞ」

 

白のマントを翻らせ去っていく魔神に、大天使は吐息付きでその背を追った。

 

「我が主が人間に優しいのも、そのあたりに起因しているんです。皆さん方、ではまた明日、よい夜を」

 

 

「オーディンも調子良いねえ。私達はまだまだ隠してることなんて山のようにあるのに、都合の良いことばっか言って」

 

そう言ってピクシーは手元のモニタを叩き割り、叩き割った先にある、夜天の空を見上げた。

 

「ねえトール。あいつらあたし達のこと知ったらどうすると思う?」

 

「今更気にするようなことか? 今までと同じだ、承認ならば協力し、不可侵ならば勝手にやり、拒否されるのならばここを去り、敵対ならば鏖殺する。それだけだ」

 

そしてトールは再び、雷槌を振るう作業に没頭し始めた。そのとき、不意にピクシーがばっと、体を持ち上げトールに言った。

 

「ねえ、そんな鬱憤晴らししたいなら、久しぶりに闘らない?」

 

「? 貴殿とか?」

 

「そ、なんだかんだ言ってアンタと闘んのってカグツチ塔以来でしょ?」

 

ピクシーが一言喋るごとに、その言葉に合わせ背中の羽根がパタパタと羽ばたく。

 

「……良いだろう、王の右腕であるそなたならば、我も全力で向かうことができるだろう」

 

「なーに上からものを見てんのさ。よしっ! それじゃ手加減してあげるから全力でかかって来なさい! 魔法無しで伸してあげるよ!」

 

直後に大気の鳴り爆ぜる音は止み、代わりに地を走る雷鳴が響き渡った。

 

「往くぞ!」

 

 

先ほどまで空を穿っていた雷槌を右手に構え、前に出た。狙うのはこちらを笑みの表情で眺めたまま動かないピクシーの身体全体だ。ピクシーの全長は、ミョルニルの頭部とほぼ変わらない、故に何処に打ち込んでも同じだけの衝撃が伝わり、同じだけの威力を叩き込める、逆にいえば小技が一切通用しない相手ということでもある。

未だにピクシーは笑ったままだ。ならばそれで良い、もう『テトラカーン』を張る暇もない。反応されていようと防がれなければ無問題だ。

 

『突撃』

 

槌は破壊を持ってピクシーを打った。

 

「は?」

 

だが、叩き込んだ槌から何の反応も帰ってこなかった。槌は叩き潰す武装だ。殴りつければ衝撃が帰ってくるし、柄の短いミョルニルならばそれは即座だ。だが何の反応もない。穿てなかった訳で無い筈だ、ピクシーを目の前に、槌が静止していることから命中はしている。

どういうことかと思考を走らせようとしたとき、不意に背後にあった巨岩が爆砕した。

 

「おー、衝撃だけで後ろの岩を壊したのか……申し分ない威力だね、甘々だけど」

 

「ちっ!」

 

余裕そうにピクシーが口を開いている間に距離をとる。

 

……何だ今の奇妙な手ごたえは?

 

物理耐性、もしくは無効持ちなら、手ごたえが多少重い程度で大した差はない。物理反射ならばこちらの腕が破壊されているし、吸収ならばゴムを殴ったような名状しがたい手ごたえがある。そう手ごたえ無しということはあり得ないのだ。

 

「ならば」

 

認識できる衝撃の波を叩き付けたのならば、何故無効化されたのか理解ができる。

 

『冥界波』

 

槌を大地に叩き付け、赤黒い波をピクシーに襲い掛からせる。

 

「バカ、そんな甘えた行動許してあげるわけ無いじゃないの」

 

対応するピクシーの行動も衝撃の全体攻撃だった。ただ、こちらのものよりも数倍凶悪なものだったが。

 

『終わる世界』

 

ピクシーの全身から無数の光蛇が空に飛び出した。王の『ゼロス・ビート』にも似たそれは、ものの数秒で『冥界波』を喰い尽くし、そして残った少数は、更なる獲物を求めこちらに列をなして襲い掛かってくる。

 

「おお……!」

 

ピクシーは魔力だけならば仲魔の内で唯一、人修羅に並ぶことのできる実力を持っているが、反面身体能力はそれほど高くはない。特に力は己やスルトどころか、メルキセデクにすら遅れる程度だ。だがそれを、殺傷能力の高い術で補うのがピクシーの戦闘流法だ。蛇の数は複数だ、だが捌ききれぬほどでは無い。手を前に、蛇群に対しかざすように手を振り、そして一瞬で詠唱を完了させる。こちらが放つのは稲妻、それも二つ同時だ。

 

『マハジオダイン』『ショックウェーブ』

 

本来ならば、拡散による一掃で敵を貪る雷は、しかし落ちることも拡散することもなく壁となった。異なる二種の雷を、複雑に絡み合わせ目の細かい網のように張り壁とする。

 

「おっ」

 

光の向こうでピクシーが声を漏らしたのが聞こえた。当然だこれはこちらの切り札に近いものだ。その雷壁に触れたものは、その大半が雷撃により即座に電気分解され、原子レベルにまで戻される。無論、魔法もやスキルも、元はマガツヒや魔力が、術というフィルターを通して形質を変化させたものだ、原理は変わらない。

 

……この雷壁だけは、例え我が王だろうと不可能な技法!

 

雷光を暴れさせるだけではこれは出来ない、それならば我が王やピクシーは我等雷神をも凌駕する。必要なのは努力や後天的な物では消して埋められぬ壁、生れながらにして雷光と共に生まれたものだけがこの雷壁を可能とする。各神話の雷神、雷帝と呼ばれる者達、タケミカヅチやインドラ程の者達でなければ不可能なのだ。無論ただ雷を操るだけが雷神にあらず、より綿密に、微量な誤差も許されぬほ程に小さく雷を操れてこその雷神なのだ。

 

「あーらら、いつみてもそれ凄いよね、全部消えちゃった」

 

ふよふよと揺れながら、ピクシーは言う。『終わる世界』がマガツヒに戻されたにも関わらず焦りなど微塵も感じられない。

 

「やってる間移動できないのはネックだけど……どうやってるのかな? オーディンやオモイカネもそれの魔方式は組み立てられなかったのに」

 

「そのような簡略化されたもので、この雷壁を作れると思うな」

 

「なーんかあんた今日は妙に突っかかるね、ムカつく。弱いくせに」

 

ピクシーは不機嫌に眉を寄せていたが、不意に深く笑みを作った。

 

「ダメだね、あんたくらいなら気くらい紛れるかと思ったけど、やっぱダメだね。アルダーかデミウルゴスあたりに―――」

 

ピクシーが口を開いている間に行った。鬼神の膂力を使えば、多少の距離など一発の踏み込みで詰められる。

 

「おおおおおっ!!」

 

先ほどよりも威力は増した、そのあたりの建築物ならば、複数同時にこの一撃で粉砕できる程の威力を込めた。

 

『狂気の粉砕』

 

だがそれも、先と同じ、手ごたえを返さぬ手ごたえによって打ち消された。

 

「残念、威力の問題じゃないんだよね」

 

「……何故?」

 

思わず声が出た、一撃の速度は音を超えた、一撃の威力は最大だ。だのに、

 

「何故? それはインパクトの衝撃がないことかな? それともあたしに攻撃が通用していない事かな?」

 

雷槌の向こう側から声が来た、声には一切の焦りも苦痛もない。再び無効化されたのだ。

 

「……両方だ」

 

「そう、でも教えてあーげないっと」

 

振るったミョルニルの頭部から二本の小さな掌が生えた。ピクシーは跳び箱でもするかのような気軽さで、雷槌を飛び越え、おもむろにこちらの顔面めがけ指弾を放った。

 

『グランドタック』

 

放たれた弾丸はこちらが視認できないほどの近距離から放たれた、回避など間に合う訳もなく、それを兜越しに受ける。

 

「ぐっ…!」

 

重い一撃、と素直にそう思った。こちらは兜越しに弾丸を受けたにもかかわらず、その一撃はこちらの視界と脳を揺さぶるほどまで衝撃を持って来た。

 

「槌使いだから解んないのかな? セデクあたりならすぐわかると思うけど……」

 

言いながらピクシーは次弾を放って来た。無論回避は出来ない。

 

「さっきのはあたしに生意気言った分、今のはあたしを舐めて馬鹿正直に正面から来た分。そしてこれは、あたしが何したか解らなかった分。わお、たった三発で今日の事ぜーんぶ許してあげるなんて、あたしやっさしー」

 

自分の事ばかりかと、頭では思ったものの口は動かず、最後の一発が向かって来た。最後の一撃は頭部では無く、胸部に来た。頭部に比べ革鎧しか武装のない胸部は、衝撃がよく響いた。

 

「がはっ……!」

 

「あれ? なーに倒れてんの? あたしだって日頃からあいつについてこうと努力してんだから、過去の事をいつまでも引きずるあんたじゃ、あたしには勝てないよ」

 

呻くことしかできないこちらにピクシーは言い続ける。

 

「今の技法は、あんたに対するあたしからの課題。タネが分かったらまた相手したげるよ。いつまでも過去のこと思ってちゃ置いてかれるよ? じゃねーあたしもう寝るから、人修羅が帰ってきたら言っといてねー」

 

言いたいだけ言って妖精は去って行った。

 

「何と……」

 

身体が動かない。たった三発貰っただけで、かつてのマントラ軍の副長がこの様だ。

 

「衰えたものだな……」

 

かつての世界、ボルテクス界では、自分はあの妖精と我が王を含む四人と戦闘し、勝つことは出来なかったものの、一矢報いる程度は戦えていた。

 

「それが、今ではこれか……」

 

ピクシーが強くなったからなどと言い訳はしない。スタート地点は自分の方が前だったのだから。

 

「ん……」

 

軋みを上げる身体を無理やり起こす。だが立ち上がることは未だ出来ず、暫くその場でじっと過ごした。

 

……ティアナに物を言える立場では無いな……。

 

ずれていた兜を被り直し、ため息を一つ吐く。

 

「貴様はどうだ?」

 

そして言葉を吐く。

 

「謝罪の言葉もなしに言う言葉がそれか?」

 

振り向けば、そこには僧衣姿の骸が座していた。

 

「貴様等の気紛れのおかげで、座しておった岩が大破したぞ。経を唱える場所がもう無いではないか」

 

「そうか、それは気の毒だったな」

 

「………」

 

だいそうじょうは息を抜き、頬杖をついてこちらを見た。

 

「それで、貴様はどうだ? かつて貴様がイケブクロに現れ、我が王に打ち倒されるまで、三百以上の屍を築き上げたあのときから」

 

「……どうかの、時の流れは人も悪魔も変わらせる。変わらぬ者など神を除いて居るまいて。変わることが良き事か悪しき事かは知らんがの」

 

「………」

 

「じゃがヴィータ相手に圧勝の出来る貴様が、堕落し……いかんな、如何にも説教臭い、忘れてくれ」

 

「……だいそうじょう。貴様は判ったか? あのときピクシーが何をして私の打撃を無力化したのか」

 

「知らん。汝よりも体術に劣るものが判るものか。メルキセデクに聞け」

 

「……そうか」

 

声と共に立ち上がる、未だ身体は軋みを上げているが、夜が明けるまで訓練場に居るわけにもいかない、明け方スルトかシグナムあたりに発見されるかもしれない。

 

「戻って横になる、貴様も早く戻れ」

 

「人修羅殿の帰りを待たんのか?」

 

「このような薄汚い姿で王の凱旋を迎えられるか、私は寝る」

 

そう言って踵を返し、訓練場を後にする。

 

……メルキセデクに聞いてみるか…。

 

そう思いながら。

 

 

「ふう……」

 

ティアナは一人、中庭の長椅子に座り、軽い溜息をついた。既に時刻は明日へのカウントダウンを刻み始めている頃だ。周囲に余計な音は無く、気にならない程度の虫の声と、中央にある人修羅の設置したドラム缶のような謎の機械が時折、駆動音を立てるだけだ。

 

……きっついなぁ。

 

思うのは、つい先ほどまでロビーで行われていた話だ。肉体を壊しかけた魔導師と、精神を潰しかけた悪魔のことを。

 

「はぁ……」

 

口を開いても言葉は出ず、吐かれるのは溜息ばかりだ。

 

(何なんだろ……)

 

模擬選の際に、こちらを砲撃した悪魔と、それを許可した魔導師。任務が発令される前は彼女達のことを恨みもした。だがあの二人はこちらのことを想い、同じ道を歩ませたくない故の行動だったのだという。

 

(駄目だな……)

 

どうにもこのところ、一人で物事を考えると思考の袋小路に陥ることが多い。つい先刻までは、それが正しいことだと思っていたが、一度冷静になってみると、どれだけ自分が切羽詰っていたのかがよく分かる。

 

「ティアナ、ここに居たんだ」

 

思考の海に没頭していたためか、右から来た草を踏む音に気が付くのに遅れた。

 

「あ……なのは、さん」

 

「となり、いいかな?」

 

その言葉にうなずくと、なのはさんは流れるような動作でこちらの右に腰を下ろした。

 

「………」

 

「………」

 

だが、そこから無言だ、音は増えない。しかし気まずさは秒毎に増していく。

 

「あの……」

 

気まずさに耐えられなくなり、後の言葉も考えずに口を開いた。

 

「何?」

 

「あの……シャーリーさんやシグナム副隊長から聞きました……なのはさんのこと」

 

「そっか」

 

答えるなのはさんはこちらを見ない、夜天の空を見上げるばかりだ。

 

「なのはさんの失敗の記録?」

 

「あ、いや……そうじゃなくて」

 

「……無茶すると危ないよって話だよね」

 

「………」

 

「ティアナはさ、自分の事を射撃と幻術しかない凡人って言ったけど、それは違うよ」

 

「え……?」

 

「スバルもキャロもエリオも、皆まだまだ原石なんだよ、磨けば光るし、その途中で無理な磨き方をすれば当然壊れる」

 

「………」

 

「エリオは随一のスピードと突貫力、キャロは唯一の広範囲攻撃とサポート、スバルは一番の反射神経と機動性」

 

そして

 

「ティアナは人一倍の判断力と即決性、そして誰よりも頑張り屋さん」

 

「………」

 

「ティアナ、クロスミラージュを第二形態にしてみて」

 

「え? でも、それって」

 

なのはのその言葉に疑問を持った。自分達四人のデバイスは、自分達の未熟故に、それぞれにセーフティがかけられている。今の段階では、自分はクロスミラージュのセーフティを解くことを許可されていない。

 

「良いから、ほら」

 

なのはさんに促される、一応これも許可の形になるだろうと思い、右の銃を展開、セーフティを解除し第二形態へ形状をシフトさせる。

 

「……え? これって……」

 

現れたのは銃ではなかった、それは各部から魔力刃を生やした、どこまでも攻撃的な武装だった。

 

「クロスミラージュ第二形態、通称ダガーモード。執務官になるなら、いつまでも銃と幻影の後方支援じゃ立ち往かなくなる」

 

なのはさんの言った言葉の意味に、数秒呆然としてしまった。

 

…なのはさん、初めからあたしの先のことを思って……。

 

「一緒に強くなろ、ね」

 

「……!」

 

その言葉が限界だった。視界が歪み、涙腺が無くなったかのように涙が流れた。

 

結局、落ち着くのに数分を費やした。

 

「落ち着いた?」

 

「はい……すみま、せんでした」

 

眼尻に僅かに残った涙を払いつつ言う。心拍数は揺らぎ続けたままだが、一応落ち着いた。

 

「あ、他の皆にも謝らなくちゃ……」

 

「そうだね、さっきちょっと見てきたけど、トールさんもだいそうじょうさんも、もう休んでるみたいだから、謝りに行くなら明日にしたほうが良いかな」

 

「えっと、じゃあ、人修羅さんは……?」

 

「ああ、人修羅さんなら……」

 

そのとき、先ほどまで僅かな駆動音を立てるだけだったドラム管状の機械が突然、回転と共に青白い光と電気をまき散らしながらけたたましく起動した。

 

「!?」

 

そして一際強い光を放つと、一つの人影を吐きだし、徐々に駆動を鎮めていった。

 

「はぁー……」

 

吐き出された人影は、肺の中身を全て入れ替えるように長く息をつくと、全身の入れ墨を発光させた。

 

「おっ、ようお前等」

 

こちらに気付いた人修羅は、まるですれ違い際の挨拶でもするかのように、軽い動きで片手を上げた。

 

「俺が戻って来たってのに、俺の身内は誰も来やしない、薄情な奴らだな」

 

はぁあ、と彼は溜め息と共に、こちらの左に腰を下ろした。間近で見れば、彼の入れ墨は心臓に合わせるように脈動したリズムで発光している。

 

「あの……人修羅さん」

 

「ん?」

 

「オーディンさんから聞きました。昔の、人修羅さんのこと」

 

「そうか、あいつが喋ったか、ピクシーかスルトだと思ったんだがな」

 

クク、と人修羅は喉を鳴らした。どうやら己の仲間の内の誰かが話すであろうということは予期していたらしい。

 

「万能最強を名乗っていても、所詮は俺もその程度ってことさ」

 

「……今日はすみませんでした」

 

「それは何についての謝罪だ?」

 

え? と思い下げた頭を上げ、そちらを見ると、人修羅は口調こそきついものの、その顔は微かに笑っていた。

 

「今日、お前が己等の身を顧みない戦術を選んだのは、有用な選択肢を与えられなかった俺の落ち度でもある」

 

人修羅は跳ねるように立ち上がると、こちらの正面に回ってきた。

 

「お前だけが悪いわけじゃないさ、俺はこいつのように、お前と共に強くなることはできない。俺自身が強すぎるからな」

 

人修羅は顎でなのはさんを示して言った。

 

「誰も失いたくない、ならまずは自分を大切にしろよ。誰も傷つけたくない、なら自分を顧みろよ。お前が失われれば、それだって誰かを失ったってことだ」

 

「あ……」

 

「俺達と違って、お前等人間は一回死んだら終了なんだから、いのちだいじにだ」

 

「……でも、それでも、自らの命を顧みず、全てをかけて戦わなければならない場面だってあります」

 

「そうだな、だがそれは俺達悪魔に任せろ。この事件が終わるまでは共に戦場に並んでやる」

 

そう言って彼は両手を虚空に突っ込み、何かを握って引き抜いた。

 

「それは……?」

 

彼が取り出したもの、それは白と黒の二丁の銃だった。

 

「悪魔の銃、名をメギドファイアとピースメイカーという、向こうにいる仲魔のガンスミスに適当に作らせたものだ」

 

明らかに超重量で手に余るサイズであるそれを、彼は軽く器用に回しながら言葉を続けた。

 

「だいそうじょうの戦種が銃士でないことも、お前の不安を煽る要因でもあっただろう。銃による斬首戦術が好きなら俺が幾らでも教えてやる。他の戦術もな、無論無茶しなくてもいい範囲でだ」

 

一通り手に馴染んだのか、人修羅はクルリと指で銃を一回転させると、弄るのを止めた。

 

「我を通したいならそこには他者を黙らせる強固な力と、他者を頷かせる鋼の意志が必要だ。俺は共には強くなれない、その分だけお前は強くなれ」

 

人修羅は銃を仕舞い、踵を返して言った。

 

「明日も朝から訓練は行うぜ? 昼間寝たといっても早めに寝ろよ、不眠不休は仕事と戦いと、ついでに美貌の敵だぜ?」

 

じゃ、と言って人修羅はその場で跳躍し、屋上へ跳ね上がると姿を消した。

 

「それじゃティアナ、お休み」

 

「あ、お休みなさい」

 

なのはさんが手を振って去って行った。先ほどまでなのはさんが見上げていた夜天を同じように見つめてみる、任務発令前は雲しかなかったそこには、今は無数の星々が輝いて見えた。

 

 

「で、お前等はそろって出歯亀か? あまり褒められた趣味じゃないな」

 

「あ、あはは……」

 

(あ、あかん……)

 

エリオは眼前の存在に身じろぎ一つできずにいた。

 

ロビーでの会話を終えてから、キャロとスバルさん、シャーリーさんがティアナが気になるというのでそれに付き合って彼女等の会話を盗み聞ぎしていたのだが。

 

「スルト、お前も気配完全に気配消して混じってんじゃねえよ」

 

何故ここに居るのがばれたのか、それはこの人修羅という存在を前に考えれば疑問にすらならない。何とかしてここを切り抜けねば、明日の訓練の相手が眼前の存在ということもあり得る。

 

「で、何か言うことは?」

 

「我が主、これは」

 

「スルト、お前は後だ」

 

視線と矛先がこっちを向いた。駄目だ、無理だ、終わった、その三種の単語が頭の中で連打で反響し続けている。

 

「あっ、あの! あたし達ティアナが心配で! でもあんな話の後じゃ話しかけ辛くて!」

 

「へえ……」

 

シャーリーさんナイス言い訳! だが悪魔の眼つきは依然として悪魔らしいままだ。

 

「なら明日話せば良いだろう、覗く必要は無いな」

 

「ぐっ……」

 

もう駄目だ、お終いだ。と思っていたら、別のほうから手助けが来た。

 

「でもティアって、何かあっても次の日には隠しちゃうし、今日の内じゃなきゃ!」

 

「ふーん……」

 

スバルさんナイスサポート! 人修羅さんはいい加減その眼をやめてください。

 

「だが今日の何かには、お前等もその場に居ただろう? 隠すも無くすもないだろ」

 

「うっ……」

 

スバルさん何か次の言葉を、だがどうもそれを期待して良い顔をスバルさんはしていない。残っているのは怯えきっているキャロと、物言わぬフリードだけだ、ならば自分が言うしかない。

 

「でも人修羅さん! 今日は今までと違って、ティアナさん凄く堪えてたみたいでしたから、何かあったときのために、近くで待機しておいた方がいいかと思いまし、て……」

 

我ながら苦しい、苦しすぎる言い訳でだ、彼の眼を見て喋れない。

 

「……それは隊長、副隊長の命令でか?」

 

「いえ、個人の判断です!」

 

「………」

 

「………」

 

その場に嫌な沈黙が下りた。声がなくなると自然と人修羅さんから出る威圧が増す。背中に汗が噴き出すのが分かる、ここを無事に乗り越えれれば、もう一度汗を流そうと心に決めたとき、不意に威圧が消えた。

 

「ん、なら良い。だがもうあいつらは部屋に戻るようだから、お前等も早く戻れよ、明日の朝も訓練だぞ。後スルト、お前は来い」

 

「……御意」

 

人修羅さんはスルトさんを引き連れて去って行った。

 

「うあぁぁ、寿命が一時間ぐらい縮んだよぉ……」

 

緊張の糸が切れたスバルさんが、その場に倒れこんだ。

 

「ふあぁぁ、おっかなかった。君達、いつもあんなの相手に訓練してるの?」

 

「いえ、流石にあそこまで酷くはないです」

 

シャーリーの声に応じながら中庭に視線を落としてみる。すでにティアナさんもなのはさんの姿もなかった。

 

「じゃあ、そろそろ戻りましょうか」

 

「そうだねエリオ君、明日も訓練だし早く休みましょう」

 

キャロの言葉に足元の銀竜も小さく鳴いた。今までの少々ぎすぎすとした空気では無く、明日からはさわやかな気分で訓練に臨める気がした。

 

だが、気分と心が変わっても、なのはさんも悪魔の皆さんも誰も加減はしてはくれなかった。


 
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