No.590570

混沌王は異界の力を求める 16

布津さん

第16話 誰の意思か

2013-06-23 22:05:38 投稿 / 全23ページ    総閲覧数:7683   閲覧ユーザー数:7119

「よし、それじゃ今日の訓練は終わりだ。明後日からは訓練場の方が解禁になるから、今日と明日はしっかり休んどけよ」

 

「練習の密度も上げてくから、疲れはしっかりとっておくこと」

 

はいっ! と声を合わせて新人フォワード達は頷いた。それに対しよし、とヴィータは頷きを一つ作ると言葉を続けた。

 

「ああそれとな、明後日の早朝訓練だけど、スターズとライトニングに分かれて、隊長との模擬戦があることは覚えてるよな?」

 

「はいっ!」

 

「ん、ならいいんだ。それじゃ、今日は解散だ!」

 

そう言って一足先に退室した。それにメルキセデクとセトも続く

 

ヴィータ等が退室した後に、各々がデバイスを待機状態に戻す。しかし、一人だけデバイスを展開したままの者が居た。

 

「ティア? どうしたの?」

 

「ん、御免スバル、あたしもう少し自主訓練したら戻るから」

 

「自主訓練? ならあたしも手伝うよ!」

 

「いいって、大丈夫だから、先に上がってなさいよ」

 

「そう……分かった」

 

スバルは微妙な表情のまま、先に退室したエリオとキャロの背を追った。

 

 

「なあ、二人ともちょっと良いか?」

 

なのはとフェイトが六課のT字路で背後から呼び止められたのは、アグスタの警備任務から数日たった際のことだった。

 

「ん?」

 

なのはとフェイトが同時に振り返れば、そこにいたのは腕を組んだヴィータとシグナム、そしてシャーリーだった。

 

「ティアナのことで話があんだけど……」

 

ティアナの名が出た瞬間、なのはは、ヴィータが何の話をしたいのか一瞬で理解した。

 

「……そ、分かった。じゃあそこのミーティングルームで」

 

なのはが声と重ねて数メートル先のドアを指差すと、不意に声が来た。

 

「その話、私たちもご一緒させてもらえませんか?」

 

その場にいない者の声に、一同は首を動かしその主を確認する。いつからそこに居たのか、メルキセデクとだいそうじょうの姿があった。

 

「恐らくですが、話したい内容は双方同じでしょうし、構いませんよね?」

 

メルキセデクの問いに、一同を代表してヴィータが無言で頷いた。

 

 

「たまに訓練中のときから気になってたんだけどよ、ティアナのこと」

 

シャーリーが紙コップに入ったコーヒーを人数分持ってくるのを目で追いながら話し始めることにした。

 

「強くなりたいなんてのは私たちも含め皆そうだし、若い奴なら尚更無茶もする……。でも、ティアナはそれでもちょっと度を越えてる」

 

「そうじゃな、彼奴は他の三人と比べても異様に映る。奴だけじゃよ、訓練の最中に瞳に闘志だけでなく、ギラギラとした獣じみた欲が映るのは」

 

だいそうじょうの言葉に頷き、この内で唯一ティアナの事情を知っているであろうなのはに声を向けた。

 

「あいつ、六課(ここ)にくるまでに何かあったのか?」

 

言い終えた途端に、なのはが何とも言いにくそうな表情を見せた。

 

「……ティアナにはね、お兄さんがいたんだ」

 

言いにくそうな表情のままなのはは語り始めた。

 

 

「ティアさんの、お兄さん……ですか?」

 

「うん……」

 

なのは達がミーティングルームを使いティアナのについて話しているとき、僅かに距離の離れたここでも、全く同じ会話が展開されていた。機動六課女性用浴室。日も落ちていない今現在、湯船に浸かっている者は三人、スバル、キャロ、そして四肢だけを龍のものに戻したセトだ

 

「執務間志望の魔導師だったんだけど……ご両親を事故で亡くしてからは、お兄さんが一人でティアを育ててくれたんだって」

 

湯に視線を落としたまま、スバルは言う。

 

「だけど、任務中に……」

 

「……なるほどね」

 

セトはそれだけで察したようで、右の龍爪で頬を掻いた。

 

「亡くなっちゃったんですか………」

 

「ティアがまだ、十歳の頃にね……」

 

 

「ティアナのお兄さん、ティーダ・ランスター。当時の階級は一等空尉、所属は首都航空隊、享年二十一歳」

 

なのはがテーブルの中央に全員に見えるよう、大型のモニタを出現させる。そこには享年時から一切変化しないティーダ・ランスターの写真が映っていた。

 

「二十一ですか……随分年の離れたお兄さんだったんですね」

 

「へぇ、結構なエリートだったんだな……」

 

メルキセデクとヴィータが思い思いの感想を口にする。

 

「そう、エリートだったから、こそなんだよね。ティーダ一等空尉が亡くなった任務は逃走中の犯罪者の捕獲。でも、犯罪者に手傷は負わせたものの、結局犯人は逃走、協力を仰いだ地上の陸士部隊も犯人を捉えることが出来ず、壊滅的な被害を受けた」

 

「それでね、そのとき、ティーダ一等空尉の上司に当たる人が、ちょっと……心無い人でね、酷いコメントをして、一時期問題になったんだ」

 

「コメントって……何て?」

 

 

「犯罪者を逃し、陸士部隊が壊滅したのも、犯人を追い詰めたにも関わらず、見す見す取り逃がし、あまつさえ半端な傷を与えて逆上させたティーダ一等陸士に問題がある。時空管理局の首都航空隊ならば例え死んだとしても取り押さえるべきだった……って」

 

湯から上がり、人が一切いない食堂で、エリオを新たに会話に加えつつ話は進行していた。

 

「他にも、もっと直球に、任務に失敗するような役立たずは…う、ん……」

 

「任務に失敗するような役立たずは、時空管理局には必要のない存在だ。役に立たない者が時空管理局にはいるべきではない、むしろ死ぬのが当然の結果だ、と。だいたいこんなとこでしょ? どうせ」

 

スバルが言葉を濁したにも拘らず、セトは無慈悲にそれを続けた。エリオとキャロが青ざめた顔でスバルを見るが、彼女は否定も肯定もせず、ただ苦々しい顔をしただけだった。

 

「ふん、どこの世界も一緒。責任転嫁と人柱、罪の押し付け擦り付けは社会を築いた時点で確定しているようなもの、忌々しい限り」

 

目に見えて不機嫌になったセト誰もかける言葉が見つからず、スバルが話を進めることでセトから注目を外した。

 

「それでね、ティアはそのときまだ十歳で、両親に続いて最後の肉親も亡くして、それでさらにその最後の任務が無意味で役に立たないものだった、って

周囲の大人に言われたらしくて……それできっと、物凄く傷付いて、悔しくて、悲しんだんたと思う……だから、きっとティアは証明したいんだと思う。

お兄さんと同じ、ランスターの技は、どんな場所でもどんな任務でも、どんな敵が相手でも、ちゃんとこなすことが出来るんだって」

 

「………」

 

「それで、お兄さんが叶えられなかった夢を、執務官になるって夢を叶えるんだって、ティアナがあんなに一生懸命なのも、全部、お兄さんの為なんだよ……」

 

スバルの言葉を最後に一同は黙り込んだ。

 

 

 

しかしその沈黙を叩き潰すものがあった

 

 

 

「その結果があれ? だとしたら、随分と半端な決意だったのね」

 

ギョッとしてその声を言った者を見れば、椅子に深く座ったセトが腕を組んで目蓋を落としていた。

 

「セッ……セトさん!」

 

エリオが声を荒げてセトに喰って掛かった。今の話でティアナに何か思うものがあったのだろうか、そんな憤怒と驚愕の混じった顔で喰い付いて来た少年に、セトは片目だけを開き、金色の龍眼で睨むと言った。

 

「何、気に障った? だとしたら御免ね? 私悪い言い方しか出来ないから」

 

そして椅子から身を持ち上げ、周囲を見降すようにセトは龍眼を光らせた。

 

「独りよがり、そうとしか言えない。どんな夢を抱くのも大いに結構。どんな志も大いに結構。でもそれはせめて他人の迷惑にならないようにしてもらわないと」

 

言って椅子から飛び降りると、絶句したまま動けぬ三人を見ていった。

 

「ねえ知ってる? この間の任務のとき、セデクがティアナのフレンドリーファイアから君を救ったときね、セデク結構脚に負荷の掛かる魔法の使い方したの。本来なら体全体に使うものを、踏み込みの右脚一点、爪先一点に集中させたから、今でもアイツの脚はそのときの余波でボロボロよ? セデク結構我慢(がまん)強いから、君達気付いてなかったかもしれないけど。今日の午後の訓練だって、そうとう無理してやってたんだよ?」

 

絶句の表情を別のものに変化させた三名の反応を見て、セトは一度鼻で笑うと、再び三名を見回し言った。

 

「おんぶに抱っこで夢を叶えるの? いや、違うか、そうなったら叶ったと思ってるのは自分だけで、結局は役立たずのままってことか……役立たずの兄、迷惑をかけるばかりの妹。下手したら、いや、下手しなくてもランスターの名は地に落ちるね、地の底までね」

 

そう言い切って、セトは背を向けると、つかつかと歩み去っていった。去りながらも肩越しにこちらを見、そして言った。

 

「セデクやなのははティアナを許したらしいけど、これ以上周囲に迷惑をかけるようなら、外したほうが君達のため……部外者の私が言うべきことではないけれど、私みたいな“異”見もある、それだけは覚えておいて」

 

日も落ち、月と星の光だけの薄闇の中に溶けていく黒の少女に誰もが動きを止めたままだった。

 

 

「なるほど、志半ばで倒れた兄の夢を叶えるため、ですか……それが彼女の動力になっているのですね」

 

左脚だけを支えに壁に背を預けていたメルキセデクは、壁から背を離すと腕を組み、ソファの背もたれに座った。

 

「自分では解り辛いのかもしれませんが、私は四人の内で誰が最も厄介かと問われれば、ほぼ即決でティアナを挙げます」

 

そうじゃのと、だいそうじょうが便乗した。

 

「決断力、頭の回転速度、思い切りの良さ。どれも奴が最もずば抜けておる。少々無茶をする傾向じゃがな。鍛錬の際でも当たらんまでも、稀に冷やりとさせられる攻撃を行う。さりとて奴は銃士であり、そして指令者じゃ、物事を遠方から、全体を見ることしかできん………隣の芝は随分と青く見えるんじゃろう」

 

だいそうじょうが天井を見上げるように顔を上げた。

 

「無茶をせんようにと釘を刺しておいたところで、奴の性格ならばすぐにまた先日のような無茶を繰り返すだろうて」

 

そして、だいそうじょうは頬杖を突くとなのはやヴィータを見ていった。

 

「儂等は悪魔じゃ。人間のようにものを考えたとて、それが正解である保証は無い。むしろ逆に悪化させてしまうやもしれん。出来るのは精々が戦闘の助言ほど。儂よりも付き合いの長い御主等に言うのも妙じゃが、頼んだ」

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

スバル達と別れてから、優に四時間は経過しただろう。しかし、まだ出来る、そう思い訓練用の光球の設定を弄ろうとしたとき。

 

「えっ?」

 

不意に乾いた拍手が木陰から聞こえた、視線をそちらに向けてみれば、そこに居たのは作業着姿のヴァイス陸佐が居た。

 

「もう四時間も経つぞ? いい加減にしないと疲労でぶっ倒れるぞ?」

 

「……見てたんですか」

 

「ヘリの整備中にスコープでな。この間のミスが悔しいのは解るけどさ、精密射撃なんてそうホイホイと上達するもんじゃねえし。無理に練習して、変なクセが付いたら、それこそ問題だ」

 

「………?」

 

妙に具体的な指示に、感謝よりも先に出たのは疑惑だった。射撃で変なクセが付くなんて、それこそ銃士でなければ解らない事だ。

 

「………」

 

「んっ!? って、なのはさんが言ってたぜ? 俺はなのはさんやシグナム姉さんとは、それなりに長い付き合いなんでな」

 

「…………」

 

逃げるような物言いに若干の不審は残ったものの、すぐさま些細なことだと、頭から追いやり訓練再開のために光球の設定を変える。

 

「でも、無理にでも練習しないと、上手くなれないですから。凡人なッ! もので」

 

「凡人ねぇ……俺からしたらお前は充分に優秀だと思うがね、羨ましい位には」

 

「……世辞はやめてください」

 

「世辞じゃねえって。まあ邪魔する気は無いけどさ、お前等は体が在ってこそなんだから、体調には気をつけろよ?」

 

「大丈夫です、有難うございます」

 

「ふぅ………」

 

 

夜も深け、そろそろ休まねば明日に響く時間に差し掛かっているというのに、スバルは手持ち無沙汰気味に、マッハキャリバーとリボルバーナックルを滑り止め効果のある汚れ落しで磨いていた。

 

「………」

 

しかし。スバルは自身が今デバイスを磨いているという実感を一切感じずにいた。その代わりに頭の中で鳴るのは先ほどセトに言われた言葉だった。

 

(独りよがり、そうとしか言えない、か………)

 

その言葉よりもむしろ、セトがそのような言葉を言ったことに驚いた。心内の勝手な印象だったが、セトはメルキセデクに次いで話やすい相手だった。人型の時は勿論、黒龍のときも親身にこちらの話を聞いてくれる存在だったので、今日のようなダークな思考を持っていたことには驚愕した。

 

「………」

 

ちらと時計を確認すれば、もう少しで最終消灯時間だった。昨日ならばこの時間には既にティアナは帰ってきていたが、今日はまだ帰ってきていない。

 

「まだかな……」

 

デバイスを磨く手を止め、ぽつりとそう呟いたとき、入り口のドアが軋みながら開いた。

 

「ティア……」

 

「あっ、まだ起きてたんだ」

 

「うん……」

 

「先に休んでても良かったのに……あのさ、あたし明日四時起きだから、目覚まし煩かったら御免ね」

 

言いながらも、ティアナはこちらに視線を合わせる事無く、そのままベッドに潜り込んだ。

 

「いいけど……大丈夫?」

 

「………ん」

 

その短い返事を最後に彼女は寝付いてしまったようだ。彼女の就眠の邪魔にならぬよう、電気を消し、自分も休むことにした。

 

 

「という訳ですがどう思います? 我が主」

 

正面玄関を除いて、機動六課の最後の灯りが落ちる瞬間を見ながら、人修羅は頭にピクシーを乗せ、背後の仲魔達からティアナのついての言葉を受けていた。

 

「兄の遺志を引き継ぐ、ね。あいつの意志は何処にあるのやら」

 

黄色に光る瞳を背後の三人に向ける。メルキセデク、だいそうじょう、セト、それぞれが思い思いの姿勢でそこにいた。

 

「悪いが、俺はお前等三人の期待に答える様な器用な真似は出来ないぜ?」

 

人修羅が肩を竦めたのが、闇の中でも良く分かった。

 

「メルキセデク、俺はあいつ等にそこまで深入りするつもりは無い。セト、かといってあいつ等を見捨てる気も無い。だいそうじょう、しかしあいつ等を手助けする気も無い」

 

人修羅がくるりと身を回し、三人の悪魔に向け両手を広げてみせる。彼の両目に僅かに赤いものが混じったのは気のせいだろうか

 

「しかし、あいつの無茶を止めることぐらいはやってやれる、少々荒っぽいがな」

 

「あれ? 珍しい。人修羅が自ら人間の厄介ごとに介入するなんて」

 

「たまにはあるさ、気分の関係でな。で?」

 

どうする? と言うかのように人修羅の両目が歪んだ。

 

「お願いします、我が主。あのままではティアナは確実に壊れます。精神か肉体かの違いはあれ、間違いなく駄目になります。私たちでは彼女を止められません」

 

「即答か。俺の発破がそのまま奴の意志と精神を圧し折ることになるかもしれないが?」

 

「問題ありません、主のかもしれないは当てになりませんから、必ず良い方向に向かいます」

 

メルキセデクのその言葉に、人修羅が一瞬きょとんとした表情を見せたが、直後にすぐ頬を吊り上げた。

 

「生意気言うねえメルキセデク、なら、お前等にも少し協力してもらうぜ?」

 

全身の入墨を発光させながら人修羅はそう言った。

 

 

まだ空がうっすらとしか明るくない時間帯。植物も起き出していない時間帯にティアナ・ランスターは目覚ましが鳴り出すよりも速く目覚めた。

 

「ふぁ――――……」

 

鳴る前の目覚ましを停止させ、ベットから出てると、クローゼットに手をかける。早朝訓練にはまだ時間があるが、睡眠時間を少しでも個人特訓の時間に当てる為、まだ日も上がりきっていない時間にティアナは目覚めた。

寝巻きからトレーニングウェアに着替える。腰のスリットの中の、カード形状で待機モードのクロスミラージュを確認し、髪を結って準備を整える。

 

「………?」

 

そしてまだ眠っているスバルを起こさぬよう、抜き足で部屋を出ようとしたときに気が付いた。誰かが部屋の外にいる。

 

(誰?)

 

部屋の前で待機しているということは、自分かスバルが起きるのを待っているのだろう、その人物を確認するために、ドアノブを捻ったとき

 

「――――ッ!」

 

凄まじい炸裂音が大気と鼓膜を揺るがした。僅かに残っていた寝起きの微睡みが一瞬で消し飛んだ。

 

「ぐぎ――――!」

 

思わず耳を塞ぎ、膝を突く

 

「ティッ…ティア!」

 

そのとき、半開きのドアの向こうから、慣れ親しんだ声が聞こえた気がした。耳を押さえながらそちら見れば、自分と同じトレーニングウェア姿のスバルの姿があった。

 

「ちょ、ちょっとスバル! ていうか、何でトレーニングウェア!?」

 

「へ、へへ、あたしもティアの特訓に付き合おうと思って、一人より二人のほうができる練習も多いでしょ?」

 

笑いながら言われたその言葉も、その間に鳴った二発目の轟音の所為でまともに聞こえない。そのとき隣室や廊下でバタバタと慌しい足音が鳴った。どうやらエリオやキャロ、他の六課の面々も轟音で無理矢理起こされたようだ。

 

「ありがと……でも、訓練は後よ、今はこの音が何なのか確かめないと!」

 

やっと耳が慣れてきた、急ぎドアを開け放って音のする方へと走り出す。

 

「行くわよスバルッ!」

 

「応っ!」

 

後方からスバルの追う音を聞きながら、腰のスリットに手を伸ばす。

 

「クロスミラージュッ!」

 

念のために、クロスミラージュを待機モードから、双銃の形態に復元させておく。そうしている間にまたも轟音が鳴った。

 

「訓練場の方ね……」

 

「うん」

 

音で何処から響いてくるかははっきりした。訓練場の方へと脚を向け、全速で廊下を駆け抜ける。ふとそのとき窓の外に光る何かが映った。

 

「あれは………」

 

「えっ?」

 

走りながら窓の外を確認する。遠目だが確認はできる。窓からの景色に入り込んだのは、真上に跳躍した人修羅の姿だった。軽く二十メートル程の上空まで飛び上がった彼は、一瞬だけ朝方の満月と重なり、そして重力と共に落下し訓練場があるはずの場所に落ちていった。

 

「さあっ!!」

 

僅かに人修羅が咆える声が聞こえその直後に。

 

轟音

 

通算で四回目になる轟音に最早、肉体も精神も慣れきっている。それより問題は人修羅だ。あのタイミングと掛け声、間違いなく彼がこの轟音の犯人だろう。

 

「なんなのよ、ホントにあの人は……」

 

得たものはまたか……という思いと嘆息だ。彼が六課にやって来てから三週間程経過したが、未だに彼の全貌が欠片ほども掴めない。彼等悪魔は厄介ごと頻繁に起こすが、その中でも人修羅の奇行だけは別格で意味が分からない。彼等の視点から見れば当たり前のことらしいが、こちらからしたら迷惑千万だ。

 

「まったく……」

 

先日も何を思ったのか、何の前触れもなく、六課の中庭に巨大なドラム缶のような物体を設置していた。彼が言うには

 

「ターミナルだ」

 

とのことらしいが、詳しいことは一切説明されていない。一応ヴァイスやグリフィスが撤去しようとしたらしいが、無意味に光りながら回転するだけで、その場に根を張ったように動かすことができないらしい。噂ではトールやスルトに撤去を依頼したが

 

「主の考え故、拒否する」

 

「主の行動故、辞退する」

 

の一言で突っぱねられたらしい。

 

「今度は一体何をする気なのかしら……」

 

「さぁ……あれ?」

 

「何? どうしたの?」

 

「音が……」

 

轟音がどうしたのかと、声を返しそうになったが、気が付けば定期的に鳴っていた轟音が、一切鳴らなくなっている

 

「急ぐわよっ!」

 

次の角を右に曲がれば、訓練場だ。

 

「っ!!」

 

訓練場にたどり着いたとき、先の轟音の所為で体が既にそうなっていたのか、始めに得た情報は音だった。

 

「だから! 人修羅さんに会わせて下さい!」

 

「聴ケヌ……誰モ通スナトノ……命令ダ……」

 

抗議と拒否の怒声。そして次に見えたのは、訓練場を完全に覆い尽くしている巨大な赤黒いドームを背に、黒龍の姿のセトがバリアジャケット姿の三隊長を相手に問答している姿だった。

よく見れば、少し離れた位置や空中に、ピクシー、スルト、トール、オーディン、だいそうじょう、メルキセデク。

システム内にいるグレムリンを除けば、六課にいる全ての悪魔が立ち塞がっていた。

どうやら、なのは達が訓練場内に入ろうとしているのを、セト達が止めているようだった。

 

「どうしたんですか?」

 

「あっ、ティアナ!」

 

「ム……貴様カ……」

 

険悪な雰囲気を感じ、思わず両者の下へ駆け寄った。

 

「ティアナもさっきの大きな音を聞いて?」

 

「はい、そうですけど、じゃあやっぱり……」

 

なのはが頷きを一つ作った。

 

「人修羅さんが訓練場で何かしてるみたいなの」

 

「あのドームを破って中に入れないんですか?」

 

「止メテオケ……我ガ主直々ノ結界ダ……下手ニ未熟者ガ触レレバ……死ヌゾ?」

 

そう言って威嚇をするかのように、双翼を大きく広げたセトになのは達は再び、こちらを見下ろす龍眼に視線を戻した。

 

「せめて、中で何をしているのかぐらいは説明してくれへんか? この時間帯にあの音はあんまりにも非常識やで?」

 

「ソノ非礼ハ……詫ビヨウ……シカシ……既ニ音ハだいそうじょうガ…響カヌヨウ……防イダハズダ……問題ハ無カロウ……? 我ガ主ガ内側デ…何ヲシテイルカ…ソレハ話スコトハデキン」

 

「何でですか!? 理由をはっきりしてください!」

 

「理由ナド……我ガ主ガソウ望マレタ……ソレダケダ……他ニ理由ガ要ルカ……?」

 

声荒く、何度も理由を説明しろと主張するなのはと、断固としてそれを拒否し、応じようとしないセト。徐々に徐々になのはとセト、そしてフェイトとはやての表情が怖いものに変化し始めた。

 

「あー、終わった終わった」

 

そのとき、セトの背後にあった訓練場と外路を繋ぐ唯一の扉から、人修羅が姿を現わした。

 

「あ? 何どうした? 何かあったか?」

 

何をしていたのか、人修羅の足音は随分と湿っていて泥濘(ぬかるみ)を革靴で歩いているような音がしていた、さらに彼の黒髪は水分を吸っていて随分と重そうで、無造作に下ろしている指先からも、赤黒い滴が等間隔で垂れている。

 

「な、な、何じゃあらへんよっ! 何しとったんや自分!」

 

きょとんとした表情の人修羅にはやてが噛み付いた。無理もないはやてが行かねば自分だって抗議していたところだ

 

「最終調整だ」

 

しかし人修羅は一切悪びれる様子は無く、むしろ堂々とそう言った。

 

「最終調整……?」

 

「そうだ。俺達が新しく鋳造している訓練場は、過度な訓練にも耐えるよう、かなりの改造を施している」

 

鋳造という言葉に疑問を得たが、話の腰を折るのを嫌いそのまま流すことにした。

 

「しかし、曲りなりにもセトやオーディンのような大悪魔との模擬戦や組み手がメインとなるだろうトレーニングでは、並大抵の強化では足りない、俺も使いたいしな」

 

人修羅が語っている間、背後からバタバタと足音が聞こえた、ちらとそちらを見てみれば、エリオやキャロ、シグナムにシャマル、そしてシャーリーやヴァイス。六課の殆どの構成員が集まってきていた。

 

「しかし、それにはこの世界の基礎的な強度が足りない。いくら硬度の高い場に仕上げようとしても、素材が脆いんじゃあ、どうしようも無い」

 

人修羅が外に出てきたことに気が付いたのか、宙にいたメルキセデクや、離れた箇所にいたスルト等もその場に集まり始めた。

 

「土精霊のアーシーズやノームの精霊合体による土壌強化にも限界がある、それなりに強化はされたがまだ不十分だった。だから……」

 

「だ、だから……?」

 

「同調させた」

 

彼がそう言った瞬間、背後にあった赤黒のドームがまるで水風船のように、しかし内側に音も無く爆発した。

 

「俺の世界と」

 

覆いを無くし、久しぶりの姿を見せた基礎状態の訓練場は、人修羅に破壊される以前と、形も大きさも一切変化は無かった。

 

「え……?」

 

「なっ!?」

 

しかし、六課の面々の数名からは驚きの声が漏れた、その内の一人はあたしだが。声を出さなかったヴィータやシグナムも表情が固まっている。

 

「新生訓練場、もとい、転生訓練場ってな」

 

訓練場の全ての色が赤かった。先ほどまでドームがあった場所を境とし、大地の色が土色から赤褐色に変化し、訓練場の上空のみが、周囲の空と切り離されたかのように、夕暮れ時などとは比べ物にならぬほど赤く変化していた。

 

「な、なのはちゃん、フェイトちゃん……これって……」

 

「……うん」

 

「あのときの……」

 

三隊長だけが、目の前の光景を見て、驚きではなく不安気な表情をしていた。その声に気付いたのか、人修羅が、ん? と声を上げると納得したように言った。

 

「ああ、そうか、お前等三人は入ったことが有るんだったか、忘れてた。そうだ、六課の訓練場を俺の魔人の空間と重ねた。大変だったんだぜ? 別の空間を無理矢理一つにするのは、一度その空間を全て砕かないといけないんだから」

 

あの音はそれか……とその場にいた魔導師全員が全く同じ感想を口にした。

 

 

結局、人修羅の所為で早朝訓練どころか、転生訓練場の詳しい状態や説明の為に、緊急会議が設けられ、隊長副隊長と悪魔達全員が午前の訓練に出ることが不可能になり、結果として午前の訓練全てが潰れてしまった。それゆえ新人フォワード達は、各自で個人訓練を行うことになった。

 

「で、スバル。ホントに良いの? あんた達前衛の訓練は後衛のあたしよりもずっとハードでしょ? それなのにあたしの個人訓練にも付き合うなんて、下手したら、あたしよりも先にあんたが倒れるわよ?」

 

目の前でアップを始めたスバルに最後の確認を行った。

 

「良いの良いの。ティアはあたしのパートナーなんだから、付き合うよ」

 

グッ、とガッツポーズをしてみせる“パートナー”に思わず笑み混じりの溜め息が出た。

 

「そっか、よしっ! じゃあいいスバル? 今のあたし達の目標は、だいそうじょうさんとメルキセデクさんの連携に少しでも喰らいついて、そして食い破ることよ。そのためにあたしとアンタの連携の強化、それと技の数を増やすこと。これが目標よ」

 

オーディンとセトの大規模破壊の二人も勿論厄介ではあったが、彼等はこちらよりもエリオやキャロに重点的に相手をしているために関与することはあまり無く、極稀に隙を見せた際に攻撃を仕掛けてくる程度で、位置さえ掴んでいればあまり問題は無かった。

 

「連携を強化できれば、あのだいそうじょうさんの念話のジャミングも無視することが出来る、いつまた四対四の訓練が再開するか解らないけど、とりあえずは、明日の早朝訓練の模擬戦で少しでも強く立ち回れるよう、それまでに少しでも詰め込むわよ!」

 

「応ッ! がんばろうねティア!」

 

午前の訓練が無くなったのは嬉しい誤算だった。午前の時間の全てを個人の訓練に当てて良いというのは棚から牡丹餅だ。

 

「え? 午後も中止!?」

 

「うん、そうみたいなんです」

 

昼食時にキャロからそう聞いたときは、思わず聞き返してしまった。詳しく聞けば、何でも訓練場が想像以上に厄介な物へと変貌しているらしく、会議が延長に突入したらしいとのことだった。

丸一日、自分の好きなように訓練が出来たのは、非常に大きい。

 

型という型を全て試し、技という技を全て使い、そして更にそれを昇華させ、更なる高みを目指す。

 

「スバル! さっき試したのもう一度行くわよ!」

 

「了解!」

 

それにスバルが居たのも、やはり大きかった。己一人では行うことの出来ない様々な戦術を好きなだけ試すことが出来る。王道、奇策、釣り出し、全てがだ。

 

(良い感じ……)

 

自分の要求する動作を、スバルは即座に行ってくれる。

自分でも少々無茶かと思う動作も、強引に速度を持ってこなしてくれる。そして、それに応じるために、自分自身も速度を上げる。

体が熱を持ち、吐き出す息が体温の上昇によって白いものになる。噴出す汗で衣服が肌に張り付くが一切気にならない。

 

判断をするものは、次第に脳から脊髄に変動させ、判断をより即座に一瞬に。

そこまでしないととても、隊長達や悪魔達にはどう引っ繰り返っても勝てっこない。

 

(良い感じだ……)

 

何度もそう思う。本番でこれが出来れば恐らくは、かなり良いところまで持っていけるだろう。

 

「ティア! 今の良い感じだったよ!」

 

スバルもそう思っているのか、時折嬉しそうに声を出す。

 

「解ってる! じゃあ、今のをもう一回やるわよ!」

 

しかし、良い感じといっても満足はしない。幾度と無く技を繰り出し、黙々とそれを身体に覚えさせ、染み込ませる。そして技と肉体が完全に合致したとき、そこには新たな課題と工夫の余地が生まれ、更に上が見え出す。

上が見えるのに今を満足してしまったら、そこで停滞するだけだ。それではいけない、得るのは小さな充実感だけで良い、自分の中の最高の理想を如何にして繰り出し、それを昇華させるか。今日という時間は全てそのためだけに使って良いのだから。

 

 

「今日はこのくらいにしておきましょうか」

 

ティアがそう言ったのは、日が沈む直前の時間帯だった。

 

「えっ? もう良いの? まだ結構時間は残ってるよ?」

 

現に、昨晩のティアは今の時間帯から更に数時間後まで練習をしていた。だのにまだ星も少ないこの時間に切り上げようとしたのがどうも疑問に思った。

 

「うん、解ってるけど、明日は早朝から模擬戦でしょ。疲労が少しでも残ってたら、今日の動きは出来ないわ」

 

そう言ってティアはクロスミラージュを待機モードに戻した。

 

「今日は結構長いこと練習したし、あたしもアンタもアドレナリンとかでわかってないかも知れないけど、結構ギリギリよ、だから今日はいつも以上に早めに休んで、明日に備えたいの」

 

「へえぇ、ティアがそれで良いなら良いけどさ」

 

マッハキャリバーを待機モードに戻し、大きく伸びをする。自分の節々が軋む感じを楽しみながら、赤い空を見上げる。

 

「……明日勝てると思う?」

 

空を見上げたまま、ティアにそう尋ねた。ティアはしばらく屈伸をしたりして答えなかったものの、数十秒たってから答えた。

 

「……さあね、まあ、とりあえず戻りましょ」

 

そう言ってティアは歩き出し、自分も伸ばしていた全身を解きその後を追う。

 

「おや、スバル、ティアナ今帰りですか?」

 

夕食後にシャワーで汗を流し、部屋に戻ろうとしていたところ、廊下でメルキセデクとすれ違った。

 

「あっ、セデクさん」

 

「今日は朝に会って以来ですね」

 

どうにも今日の練習の所為か、声が弾んでしまう。それを不審に思ったのか、メルキセデクが僅かに首を傾げた。

 

「……何か嬉しそうですね、二人とも。何か良いことでも有りましたか?」

 

「いえ! 別に……」

 

「何でもないですよ」

 

「そうですか、まあ構いませんが。しかし明日は貴女方、今日は朝から夕までずっと鍛錬漬けだったでしょう? 早朝からなのはさんと模擬戦の予定でしょう? 前日にそこまで詰め込んで、本番は大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫です、問題は無いですから」

 

「……まあ、自身の体のことは自身が一番良く分かっていますか。明日は頑張ってくださいね」

 

そう言ってメルキセデクは脇をすり抜けて言った。

 

「……明日勝てると思う?」

 

練習終わりに言った質問を、もう一度ティアに尋ねてみた。

 

「……勝つわ」

 

違う返答が帰ってきたことに僅かな喜びを感じ、頬を緩ませてしまった。

 

「何ニヤニヤしてんのよバカスバル」

 

(はた)かれた。

 

部屋に戻ると、互いにお休みの挨拶のみの言葉を交わし、すぐさまベットに潜り込んだ。

 

(明日は絶対勝とう)

 

そう思って目蓋を落とした。

 

しかし翌日、その予定は僅かに変更されることになった。

 

 

「へー、強度調査も兼ねた二対二の模擬戦、ですか」

 

エリオが訓練場に立つなのはとフェイト、セデクとセトの姿を見ようと眼を細めているのを眺めながら、はやて部隊長にそう尋ねた。

 

「そや、御免なぁ。ホントやったらスターズの模擬戦からやったのに、予定繰り上げてしもうて」

 

「いえ、それは別に良いですけど、でも何故急に?」

 

「昨日の緊急会議で決めたことやからな、急なのは堪忍してや、今日のはどの程度までなら無茶してもええんかの実験なんや、せやからなのは隊長もフェイト隊長も今日は魔力制限も解除。Sランク級魔導師の全力全開やで」

 

「セデクには手加減はしないように言ったが、セトにはなるべく真面目に戦うようにとだけ言っておいた。セトが本気になるとサイズや規模的な問題で模擬戦にならなくなるんでな」

 

「そだねー、でもセデクが全力でやるんだよね? それなら……どうだろ? 勝てるかなアイツ等? かなり不安なんだけど」

 

「格上の者の戦いを見るのもまた訓練だ。お前たちも今からの試合を良く見ておけよ」

 

「模擬戦を見て、ああいう風になりてえって思うのは構わねえけどよ、ビビッて臆すんのだけは絶対すんなよ」

 

そんな会話をしつつも、全員が高層ビル群の中心に立つ四人、もしくは手元のモニタに視線を向けていた。

 

 

『それじゃ、隊長チームも悪魔チームも問題ないですか?』

 

「大丈夫だよ」

 

「無問題です」

 

『それじゃあ……試合――――開始です!』

 

リインの宣言で試合が開始された。

 

「先手必勝!」

 

「Break down!!」

 

開始宣言が言い終わったその瞬間、両陣営から咆え声にも似た叫びが上がった。高町なのはとメルキセデクだ。

 

「ディバイン、バスタ―――――!!」

 

『アカシャアーツ』

 

いきなりの砲撃と衝撃。恐らく試合開始前から両者とも秘密裏にチャージを開始していたのだろう。桃色の砲撃と深紅の衝撃は、放たれたと同時にそれぞれにぶつかり合った。巻き起こるのは波の様な剛風と瀑布の如き砂煙。それらは一瞬で新調された訓練場に広がり、全体を覆い隠した。

 

「ふむ、セデクはいつもの事ながら、高町も派手にやるではないか」

 

「カジャが入っておらぬとはいえ、『アカシャアーツ』と真正面からぶつかり合うか」

 

トールとオーディンが感心したように眼前の砂嵐を見た。

 

「ふーん、魔力制限、魔力制限ねえ。結構変わるもんなんだな」

 

人修羅が感心したように、顎を擦っている。そのとき戦場で新たな動きが生まれた。

 

 

砂嵐の外側に居たこちら向けて、不意に何かが砂嵐の中からロケットのように飛び出してきた。

 

「メルキセデクさん!」

 

「ッ!」

 

返答代わりに送られてきたのは拳だった。

 

『ミサイルパンチ』

 

「くっ!」

 

スバルのものを軽く凌駕するそれをバルディッシュで受ける。拳の衝突にバルディッシュが一瞬だけ撓り、軋んだがアームドデバイス並みの硬度を持つデバイスだ、拳を完全に受け止めて見せた。

 

「フェイトちゃんっ!」

 

「なのは! こっちは大丈夫だからセトさんの方を!」

 

「わかった!」

 

砂嵐の中に入っていくなのはからすぐに視線を外すと、目の前の大天使との戦闘に集中する。

 

「行かせていいんですか?」

 

競り合った状態のまま、メルキセデクが疑問を放ってきた。

 

「御二方の挟撃ならば、一対一が得意な私ではすぐに倒されていたでしょうに、彼女をセトの方に向かわせて良かったんですか?」

 

言いながらも、拳に込める力を強めてくるメルキセデク、故に余裕を見せる意味もあり、当然のように答えてやることにした。

 

「勿論、貴方を二人がかりで倒す間に、後ろからセトさんの攻撃が飛んでくるに決まってますから! 各個撃破よりも二対二で勝利して見せます!」

 

「! 良いですね、私に、私達に勝つ気でいるんですか」

 

競り合っていた拳が急に開き、指先がこちらに向いた。

 

「んっ!」

 

頭の中で危険を知らせる警鐘が鳴り響いた。肉体は即座にそれに従い、指先から逃れようと、高度を下に落とした。その瞬間、メルキセデクの指先から何かが発射された。

 

「っ! 弾丸!?」

 

勿論本物の質量兵器としての弾丸ではない、魔力を固めた弾丸だ。しかしメルキセデクがそれを撃ったことに驚愕を感じずにはいられない。急ぎメルキセデクから距離を取りながら、思わず口の中を噛んだ。

 

「近距離武術師だと思ってたけど、まさか遠距離飛び道具も持ってるなんて……」

 

スバル達との訓練や組み手の際には拳や脚による、近距離格闘術が主で、稀に中距離衝撃魔法を使用していた、記憶の中では弾丸を発射している場面など一度も無かった、それも彼が飛び道具など持っていないだろうという、結論に至った要因でもある。

 

「甘かった、相手は人じゃなく悪魔。私もまだ常識に捕らわれてたってことかな」

 

気を引き締める、もう頭にはいきなり射撃された驚愕も惑いも存在しない。メルキセデクの突進を防ぐ為、右横にビルを置きながら飛んでいると、対面のビルに大天使の姿が見えた。

 

「やはり隊長格! 不意撃った弾丸程度では落ちませんか!」

 

鋼の大天使がビル側面に対して傾くようにして走りながら笑うように言ってきた。

 

「当然です! あの程度なら不意打ちにも入りませんよ!」

 

「上等っ!」

 

双の手をこちらに向けてくる、そして一瞬後に、両の五指全てがマルズフラッシュに光った。

 

「さあ、ご堪能下さい……Fire!!」

 

『刹那五月雨撃ち』

 

眼前に横殴りの雨の様な弾幕が一瞬で構築された、だが、なのはやティアナのような曲射はなく直射のみだ。あくまで五指の指銃は格闘術のサポートとしての技能なのだろう。ならば速度に乗っているこちらにとっては発射動作を確認してからでも十分に避けきれる。回避し外れた弾丸は対射線上のビルを穿ち、窓ガラスを快音と共に砕く。だがしかしそのとき不意に周囲に影に覆われた。なにかに背後をとられた、咄嗟に振り向くが頭の中では既に背後に誰がいるか解っている。なのは、否、私の背後を取るような打ち合わせはしていない。メルキセデク、否、未だに弾丸は降り注がれ続けている。ならば。

 

(フェイトちゃん! セトさんの姿が何処にも無いのっ!)

 

なのはの念話を聞くまでも無い。

 

「セトさんっ!」

 

試合開始時の大黒龍の姿ではない、いつも六課のなかで見かける、黒の少女の姿だ。しかし何時の間に背後をとられた? 黒龍の姿のときは当たり前として、たとえ少女の姿のときでも十メートル以内に近づかれれば、風切り音や飛行音で気が付く自信があった。

そしてそのとき気がついた、セトの周囲に光を反射して輝く欠片があることに、窓ガラスの破片だ。メルキセデクの放った弾丸で窓ガラスは全て勢いで内側に砕かれている、外に破片は散らないはずがない。ならばセトの周囲にガラス片が舞っている理由は一つしかない。

 

「ガラスの砕かれる音に紛れてビル内側から窓を突き破ってきた!?」

 

「正解っ!」

 

セトは口元を吊り上げ、目を弓に細める。そして全身を使って空中で前転、そしてそのままの勢いと流れで、右踵を振り上げる構えをとった。どうやらこの姿でも空を飛ぶことは出来るらしい。

 

「くっ……!」

 

バルディッシュを胸元に構え、身を回しセトへ正面から向き合い、迎撃の構えを取る。だがそのときセトの表情が変化した、否、増した、笑みを更に深いものにしたのだ。

 

「っ!?」

 

気がついた、射撃が止んでいる。

 

「Bang!!」

 

気合の声と風切り音が左下から聞こえた。しかし眼前のセトも既に踵を発射し始めている、正面上からはセトの雷光を纏った踵落とし、左下からはメルキセデクの槌の如き回し蹴り。そして右はビルの壁面だ。ならば後方に高速で避けるしかない。

 

「バルディッシュッ! リロードッ!」

 

【Yes sir】

 

『雷霆蹴り』

 

『サマーソルト』

 

加速した瞬間に、二つの蹴り脚が空を薙いだ。しかしその光景はこちらが加速した為、すぐさま小さくなる。

 

「セデクッ!」

 

しかし悪神の声に大天使が更に動いた。彼は片足を軸にそのまま悪神の背後に先ほどの回し蹴りを叩き込んだ。

無論、悪神もただ受けるだけではない。大天使と同じく、踵落としをそのまま回し、大天使の回し蹴りに脚の底を付けた。

 

「Go!!」

 

大天使が思い切り脚を振り回し、悪神をこちらに飛ばした、その反動で大天使は背後に吹っ飛んだが悪神は即座の速度を得た。しかしこちらの速度とそう変わりはなく、むしろ遅いくらいだった。

 

「セデクッ! カジャ!」

 

「Yeah!! Got it!」

 

戦闘時にはいつもの好青年のような雰囲気から一転して、戦闘時には異様にハイテンションになるメルキセデクが左手で指を鳴らした。その瞬間

 

『スクカジャ』

 

「あはっ! ハアッ……!」

 

速度が爆発的に増大し、気付いたときには既に、歯を剥いて笑う悪神の顔がすぐそこにあった。だがそれは一瞬で変化し、次の瞬間にそれは凶悪に大口を開く黒龍へと変貌し、そこには唾液に濡れた牙の波が有った。

 

『ヘルファング』

 

「っ!」

 

眼前に並んだ針山の如き光景に思わず、竦んだ。

 

 

しかし、牙の群れは噛み合わされること無くその場に固定され、セトは顎を開いたままに停止した。

 

「ヌ……コレハ……」

 

いつのまにか悪神の上顎と下顎に、桃色の魔力で出来た縄が絡み付いていた。

 

【Bind】

 

続いて首、双翼、胴体、そして尾までが拘束され、悪神の巨体は完全に宙に固定された。

 

「ム……」

 

セトは無理矢理顎を閉じようとするも、束縛はそれを許さない。自身を拘束した主を探そうと、悪神の龍眼が動く。しかしその本人はいつの間にか真正面にいた。金の髪が更に上に飛んだ直後、その奥に桃色の光が見えた。

 

「ディバイン、バスタ―――――!!」

 

【Extension】

 

「ッ!」

 

桃色の砲撃に対して、悪神の判断は即座だった。最早顎を閉じることを放棄し、開いたままの大口から砲状の衝撃を吐き出したのだ。

 

『真空刃』

 

しかし、チャージ無しで放たれた衝撃は明らかに威力不足だった。砲撃と真空の拮抗は一瞬、次の瞬間には真空は砲撃に飲まれて消えた。

 

「グッ……」

 

砲撃がセトに直撃した。『真空刃』である程度の威力減衰があったとはいえ、バインドによりなんの防御手段も無い直撃はセトの体の奥深くまで浸透した。

 

「プラズマ……スマッシャ―――!」

 

そしてそんなセトに追い討ちをかけるようにして、上空から翼の根元辺り目掛け、雷の砲弾が打ち込まれた。雷弾は着弾の直後に、周囲の拘束を焼き切りながら、電撃をまき散らす。

 

「ガアッ!」

 

隊長二名の双激に、セトが咆えた、そして行った選択は。

 

「巻キ起コレ……」

 

『羽ばたき』

 

先ほど焼き切られた僅かな拘束を引きちぎり。双翼で宙を殴打し、周囲の全てを風で吹き飛ばすことだった。黒龍を中心とした巨大な旋風は、大した攻撃力は持たなかったものの、空中に膨大な砂埃を巻き上げ、あたり一面を砂で満たした。砂嵐がビルやアスファルトを叩き、周囲に音が満ちる。

 

「くっ……」

 

「んっ……」

 

なのはとフェイトが視界を確保する為に、デバイスを持たぬ左腕で目を覆う。

 

目を細め、腕の向こう側に大量の砂煙の中を、セトが轟音と共に落下していくのが僅かに見えた。なのは、フェイト両者の手元にも、セトのリタイアを知らせるモニタが出現した。

 

「!?」

 

だがフェイトが見たものは、落下していくセトでもなく、表示されたモニタでもなかった。

 

「メルキセデクさん!」

 

眼下、フェイトのほぼ真正面にメルキセデクが出現していたのだ。既に腕を引き絞り、掌底を打ち出す姿勢だ。

 

いつの間に、という疑問はもはや挟めなかった。間違いなくこの砂嵐に紛れて音も無く接近したのだろうと、フェイトは試合開始直後を思い出した。しかし視界を確保する為の腕で下方向に対する視界を塞いだ為、発見が致命的なまでに遅れてしまった。

 

(セトさんのアレは私を確実に仕留めるためのサポート!?)

 

間に合わぬという思いはフェイトには一切無かった。メルキセデクに対して、今まで視界を覆っていた腕を突き出した。

 

【Protect】

 

メルキセデクの掌底は何故か普段のものよりも、大分遅いものだった。間に合う、という思いをフェイトは得た。事実、セデクの掌底が届くよりも先に、シールドを張ることには成功した。

 

「残念でした」

 

しかしセデクの放った掌底はシールドを無視した。

 

「えっ?」

 

シールドの内側にすり抜けるようにして掌底がある。そのことにフェイトが思ったのは驚愕でも疑問でもなく、ただの呆然だった。

 

「え―――」

 

だがメルキセデクはそんな表情の変化など歯牙にもかけず、無防備なフェイトの鳩尾に掌底を叩き込んだ。

 

『奥儀マモリヤブリ』

 

「かはっ……」

 

肺の中の空気を全て吐き出すように、フェイトの口から空気の抜ける音が出た。その直後にフェイトの身体は縦回転をしながら、辺りの砂煙を全て散らし、そして遥か後方まで吹き飛ばされ、巨大なビルに破砕音を持って直撃してようやく停止した。

 

「フェイトちゃん!」

 

なのはの叫びが一拍遅れて響いた。しかし等のフェイトからは返事は無く、代わりになのはの手元にはフェイトのリタイアを知らせるモニタが先ほどのものを上書きする形で出現した。

 

「さて、これで双方痛み別け、一対一になりましたね」

 

「…そう、ですね」

 

「私の得意分野は一対一の格闘戦。貴女の戦種(スタイル)は遠距離砲撃型でしょう? この位置からでは余りにも私が有利です」

 

「だから、何ですか?」

 

「私は今から貴女に全力で攻撃し叩きのめします。相手との相性が悪かった。悪魔は分が悪かった。そんな言い訳も出来ないほど貴女を打ちのめしてあげます」

 

鋼の大天使が右脇を引き、その奥に握られた拳が上を向いている。そして左足が宙でやや前に出た。

 

「残念ですけど……メルキセデクさん、それは無理です」

 

「………?」

 

「わたしが勝つからです。わたしは勝ちます、模擬戦とか実戦とか関係なく、あの子達の前に居るには、わたしはどんなときでもあの子達に負ける姿を見せるわけにはいかないんですから」

 

「――――良い精神です、非常に良い。ガブリエル様に比肩します。では―――行きますよ?」

 

大気を蹴り、メルキセデクが飛び出した。

 

「おおおおお!!」

 

咆えたメルキセデクが右の正拳を真っ直ぐに突き出す。それは水蒸気の煙を引き、音速を超えていた。

 

『モータルジハード』

 

「レイジングハートッ!」

 

【All right Protect】

 

対するなのはは受けに入った、構えの時点から先ほどフェイトのシールドを無視したあの技ではないと、判断したからだ。

なのはの防御魔法は、恐らく六課の魔導師の内では最も硬い。確かに今なのはのシールドはメルキセデクの正拳を受けきった。

 

「ッチ! ここで受けますか! ですけ、どっ!」

 

メルキセデクが正拳を引き、引き際に右に続いて左の拳を、突き出す。そして徐々に右と左の拳を連打で繰り出し、サイクルを回し、そして最後には双の拳を無秩序に繰り出し始めた。そこには技巧も何もあったものではない、その動作は幼い児童が泣きながら拳を振り回す動作に似ていた。

 

『暴れまくり』

 

しかし

 

「うっ……くっ……!」

 

セデクの猛攻は一呼吸ほどの間隔も空けるなく繰り出される。それは受ける側が永遠に攻撃に転ずることができないということだ。いくらなのはの防御魔法が硬いとはいえ、永劫に受けきれるほどの硬度ではない。次第にシールドにひびが走り、

 

「っ!!」

 

そして砕けた。しかし、

 

「ああっ!!」

 

シールドが砕けるその瞬間、なのははシールドに魔力を叩き込み、自ら爆発させた。半物質化していたシールドは飛び散る破片で互いの肌を傷つけながら四散し、血液とマガツヒをその身につけながら消えた。

 

「っ! 無理矢理距離をっ!」

 

そしてその破砕の衝撃に密着状態だったなのはとセデクの間に距離が開いた。そして両者は次の一撃で決めるために、一瞬だけのチャージを行った。

 

「Mow down!!」

 

セデクは拳を更に硬く岩のように握り締め魔力を限界まで叩き込む、それに拳は呼応し黄金の輝きを見せる。そして背翼を唸らせ勢いを付け、その黄金に輝く拳をなのはに叩き込んだ。

 

「Crush!! God hand!!」

 

『ゴットハンド』

 

対するなのははシールドを破られたにも拘らず、回避も防御も選択しなかった。

 

「レイジングハートッ!」

 

【All right】

 

一瞬でリロードを数回行い、レイジングハートの各種装甲を完全に開き、その全てを加速と貫通のみに駆動させ、向かってくるメルキセデクに魔力を振りまくレイジングハートを突撃槍のようにして突進をしかけた。

 

【Accelerate Charge System Driver】

 

「A.C.Sドライバ―――――ッ!!」

 

二つの突撃が衝突した瞬間、凄まじい光と衝撃波が周囲に撒き散らされた。

 

「きゃっ!」

 

「うぉっ!」

 

人修羅の手により、周囲を僅かな塵も通さぬ障壁で覆われている訓練場だが、光や風は通る。強風に煽られ、数名がその場に尻餅をつき、大半の者が身を縮めた。

衝撃だけで訓練場に乱立している、建物という建物全ての窓ガラスが快音と共に粉砕。アスファルトの大地はひび割れ、基礎の赤い土を覗かせている。

そして光と砂が晴れたとき、爆発の中心点には、未だに二人の人影が宙に浮いていた。しかし

 

「いやあ……残念、ですね……」

 

不意にメルキセデクが力を失い、なのはにもたれ掛るようにして倒れこんだ。良く見れば彼の各間接から煙が上がり、手甲や脚甲、双翼や仮面に無数のひび割れが走っている。倒れてきた大天使を、軟らかく受け止めたなのはも、バリアジャケットや肌に無数の茨で切ったような傷を持っており、その下には赤い線が覗いている。ツインテールだった髪も左の髪止めが千切れており、乱れ髪になっている。

 

だが、気を失っているのはメルキセデクで、受け止めているのはなのはだ。なのはの手元にメルキセデクのリタイアを告げるモニタが出現すると同時に。

 

『この試合、隊長チームの勝利です』

 

リインの声が訓練場全域に響き渡った。

 

 

「―――――ん」

 

フェイト・T・ハオラウンは身体に僅かな違和感を感じて、浅い眠りから目覚めた。目蓋を持ち上げれば、そこにあったのは純白のシーツとカーテンだった

 

「痛ッ!」

 

身を起こしかけてみると、途端に鳩尾に響く鈍痛が襲ってきた。

 

「そうか……気絶したんだ」

 

痛みでぼやけていた思考が澄み渡った。自分は模擬戦でメルキセデクの一撃を貰い、派手に気絶してここに運び込まれたのだと。

 

「んっ……」

 

衣服を肌蹴させ、心臓の脈動とともに痛みを送るその箇所を見て見ると、シャマルのものだろうか、治療が施されていた。

 

「ここは……」

 

軋む身体に無理をさせ身を起こし、周囲を見てみる。

自分は二台ある医務室のベッドの窓際の物に自分は寝かされていた。あたりを見てみれば、内側のベッドにはメルキセデクが寝かされており、そして壁際の長椅子に少女の姿のセトが眠っていた。

壁に掛かっている時計に視線を向けてみれば、模擬戦が始まってから二時間ほど経過している。ならば、今頃訓練場は新人達の早朝訓練に使用されているだろう。

 

そのとき、医務室のドアを開け誰かが入ってきた。

 

「あっ! フェイトちゃん起きたんだ」

 

六課の制服に身を包み、ドアを開けて現れたのはなのはだ。

 

「あ、なのは……」

 

「身体はどう? どこか痛む?」

 

「ちょっとまだ軋むけど、別に気にするほどじゃないから大丈夫」

 

「うん、そっかなら良かった。フェイトちゃん結構凄い勢いで飛ばされたから心配だったんだけど」

 

「あっ、そういえばなのは、私達の模擬戦はどうなったの? 私、セトさんを戦闘不能にして、それで私がメルキセデクさんに気絶させられた所まで覚えてるんだけど……勝敗は? どっちが勝ったの?」

 

ああ、となのはが一呼吸置いて微笑みながら言った。

 

「わたし達の勝ち、メルキセデクさんとわたしが一騎打ちして、わたしが勝って終了。メルキセデクさんとセトさんの傷はだいそうじょうさんが治療したんだけど、傷は治っても疲労は取れないらしくて、二人ともここで睡眠中なの」

 

「そっか……」

 

息をつき、再び身体をシーツに埋める。メルキセデクとセトがここに居るのも、そういうことかと納得し、なのはだけがここに居なかったのも納得した。

 

「あれ?」

 

だが、ふと疑問を感じ、再び壁時計に視線を向ける。間違いない、今は早朝訓練の時間帯だ。本来ならなのはは今まさに、スターズの二人と模擬戦の最中のはずだ。ここに現れるのはおかしい。

 

「あれ? なのは何でここに居るの? あの()達との模擬戦は?」

 

眉を歪めてそう尋ねると、なのはは苦笑い気味に答えた。

 

「実は、わたしもさっきの模擬戦で想像以上に消耗しちゃってね。今結構ギリギリなんだ、そんな状態じゃあの娘達と模擬戦なんて出来るわけ無いから」

 

「流したの?」

 

「いや、そうじゃなくてね……」

 

 

「人修羅さんが、代理、ですか?」

 

こちらの疑問に対し、眼前で座っている魔人は、ああと答えた。訓練場は先ほどの試合を終え、僅かに人の密度が減っていた。はやてやシグナムはデスクワークに、スルトやオーディン達は自身の鍛錬のために、訓練場から退出していた。

 

「隊長二名はさっきの試合でかなり消耗してな、とてもお前等の相手が出来るほどじゃない。かといって、他の面子じゃ戦種(スタイル)が違いすぎる。だから俺だ」

 

「でも、人修羅さんもどっちかといったら近接系ですよね? 遠近両方とはいえ、なのはさんとは全然違うと思うんですが……」

 

スバルの疑問に対し、人修羅は軽快に笑った。

 

「はははっ! はぁ……俺を舐めるなよ? 近接系? 遠距離? サポーター? そんな区分が俺にあると思ってるのか?」

 

人修羅は跳ねるように身を立たせ、更に凄みのある笑顔を浮かべた。

 

「俺はな“万能”なんだよ。何故態々一つの戦闘スタイルに拘るのか俺には理解出来ない。全部修めれば良いだけだろうが」

 

こちらを見下ろすその視線に思わず退いた。人修羅の言うように、一人で幾つもの戦闘スタイルを持つことが出来れば、それは戦闘において途轍もないアドバンテージだ。だが実際にそんなことが出来る人間は居ない。複数を極めるのに人間の一生は余りにも短いからだ。

 

「だから、無問題だ。あいつの戦い方を俺が完全再現してやろう。まあ安心しろ、全力で手加減はするさ。準備が出来たら来い」

 

言って人修羅は訓練場に飛び出していった。一度スバルと視線を合わせ、頷きあう。そして同時にトレーニングウェアからバリアジャケットに転じた。

 

「エリオとキャロはあたしと見学な」

 

「はいっ!」

 

そんな声を背後に聞きながら、スバルと同時に訓練場に飛び出した。

 

「やるわよ、スバル!」

 

「うん!」

 

「たとえ相手がなのはさんじゃなくて人修羅さんでも関係ないわ! 昨日の訓練通りに行くわよ!」

 

 

「あ、もう始まっちゃいました?」

 

スターズが飛び出した、ほぼ直後に、ドアを開け訓練場に入ってくるものがあった。メルキセデクとなのは、フェイトだ。

 

「あっ、フェイトさんなのはさん!、メルキセデクさんも」

 

「おっ、お前等もう身体は良いのか?」

 

「わたしは平気、それよりも本当ならわたしがやるはずだった模擬戦なんだから、せめて見ることはしなきゃ」

 

「私も残ってるのは疲労だけですしね、セトはまだずっと寝てますが」

 

「そうか、でもまだなのは、お前最近訓練密度濃かったんだから、さっきの模擬戦がなくても変わってもらったほうが良かったんじゃねえのか? 少し休んだ方が良いぞ?」

 

「うん、でもわたしよりもあの娘達の方がきつい筈だから、わたしが先に引くわけにはいかないよ」

 

「なのは、最近は部屋に戻ってもモニタに向かいっぱなしだよね、陣のチェックしたり、訓練メニュー作ったり」

 

「フェ、フェイトちゃん……」

 

なのはが慌てたように言ったが、周囲はそれを見て微かに笑みを浮かべた。

 

「なのはさん、訓練中だけじゃなくていつも僕達のこと、見ててくれるんですね」

 

「そ、そうめんと向かって言われると結構恥ずかしいね。……でも、それなら人修羅さんも負けてないよ」

 

なのは、どうやっているのか空中に身を固定させて、スターズの二人を相手にしている人修羅を見た。

 

「人修羅さん、自分からこっちに関わってくることは少ないけど、皆の訓練のときはいつも顔出すし、たまにわたしのところに皆の癖とか、気付いたところを報告しに来てくれるんだよ。メルキセデクさん達の作戦だって全部人修羅さんが考えてるんでしょ?」

 

なのはの声に、メルキセデクが困ったように声を洩らした。

 

「ええ、そうですね。主は結構悪ぶってる所がありますから、突き放したような態度をとっても、常に周囲のことを考えててくれますからね。まあ、所謂(いわゆる)ツンデレというヤツで……危なっ!」

 

言葉の最中に、いきなりメルキセデク目掛け、小さな魔弾が飛んできた。メルキセデクはそれを寸でのところで身を反らして回避したが、それは明らかに故意にセデクを狙った物だった。

 

「流石です、我が主。たとえ戦闘中でも周囲の全ての音を拾っているということですか……」

 

身を反らしたままの姿勢でメルキセデクが呻いた。

 

「そこは、感心する所なんですか……?」

 

「当然じゃないですか!」

 

メルキセデクがバネ細工のように身を持ち上げながら咆える。観客達がそんな状態でも関係なく、戦場は動き続けていた。

 

「おっ、クロスシフトだな」

 

眼下の陣形を見て、ヴィータが呟いた。

 

「クロスファイヤ――――シュ―――トッ!」

 

無数の魔弾を空の人修羅目掛け、地上からティアナが一斉発射したのが目に入った。だが

 

「なんだか切れがねえな」

 

「うん、コントロールは良いみたいだけど……」

 

そんな弾丸でも人修羅は回避をするために、宙を翔けた。彼の眼にもティアナの弾丸が不可解に映っているのか、眉に皺がよっていた。

 

「妙にブレてますね、弾速も普段に比べて弱いみたいですし、だとするなら相手の行動の制限、あるいは陽動でしょうか?」

 

メルキセデクがそう呟いた瞬間、その通りのことが起きた。翔ける人修羅の眼前に、差し込まれるようにスバルのウイングロードが、そしてスバルの姿が入り込んだのだ。

 

 

「………?」

 

素直な突撃に眉が更に歪がむ。だが例えどんな奇策でも、本物ならば当てれば落ちる。無問題だ、故に眼前の相手に複数の炎弾を放つ。

 

『アギラティ』

 

複数の炎弾に対して、突撃してくる格闘士は速度を緩めるどころか、逆に加速し雄たけびと共に突っ込んできた。

 

「うおおおおあああああッ!!」

 

そして加速と自身の魔力防壁を使い『アギラティ』を無理矢理に弾き飛ばしたのだ。

 

「うりゃあああああああッ!!!」

 

そしてそのままの加速を持って、振りかぶった右の拳をこちらに放ってきた。

 

「っ!」

 

普段のヤツのスタイルからは考えられない、自身の危険を顧みないその蛮勇に妙なものを感じたが、まずは向かってくる拳の対応だ。

 

「ジャッ!」

 

向かってくる拳を、爪先を持って蹴り上げる。無論最低まで手加減はしている、さもなくばこの一撃で彼女の拳どころか、全身が砕けていただろう。これはあくまで模擬戦で相手は敵ではない。何度も自分にそう言い聞かせ、蹴り脚を攻撃するものから掬い上げるものに変更させ、弾き飛ばす。

 

「うああああぁぁぁ……」

 

弾き飛ばした相手の声がドップラー効果を持って聞こえた、しかし先ほどの突撃に感じた違和感が消えない。自分達なら絶対にやらないことだし、やらせないことだ。

 

「おい! 何だその軌道は! 自分の危険を顧みろ!」

 

着地した相手目掛け、声を飛ばす。

 

「すいません! でもちゃんと防ぎますから!」

 

それに対して相手は申し訳なさそうな顔をしながらも断固として自身の行動を正当化した。

 

(………?)

 

感じる不審が増していく。

 

(もう一人は何処だ?)

 

あの位置ならあの格闘士は放って置いてもしばらく問題ない。問題なのは遠距離からの攻撃手段を持つもう一人の方だ。

 

(『心眼』が仕えれば楽なんだけどなぁ……)

 

心の中で自分に対してぼやく、だがこの模擬戦では手を抜く為に使わないことにしている。心のではなく、現実の視線を素早く周囲に視線を走らせる、そのときかなりの遠距離にこちらを狙う光が見えた。

 

(拳銃の両手持ち。砲撃か?)

 

見れば自分の首筋にレーザーサイトの光が見える。だがやはり不審を感じる。ヤツのスタイルは散弾による攻撃が主で、砲撃などは一度も見たことが無い。

 

(何だ?)

 

解らない。今まで無数の作戦を立案してきた自分だが、この陣形の意味がまったく読めない。

 

「応ッ!」

 

そのとき、先ほど弾き飛ばした相手が、水蒸気をまとって再びこちらに突撃してくるのが見えた。

 

「馬鹿の一つ覚えみたいにっ!」

 

ならば対応は同じだ。

 

『アギラティ』

 

そしてこちらに対する向こうの対応も全く同じだった。加速と魔力防壁による突破、そしてこちらに対する一撃。

 

「徹底的なインファイトですね、確かに全身が武器の我々にとって懐に入り込めれば絶好ですが…・・・」

 

無作為に拾っていた音から、メルキセデクの声が聞こえた。その通りだ。戦場において最も間合いの狭い格闘士はインファイトに持ち込んでしまえば、難なく相手を叩きのめすことが出来る。だが実際にそんな場面はまず無い。そのくらいはこの相手も解っているはずだ。

 

(ま、良い)

 

思考を打ち切り、目の前の相手に対応することに意識を持っていく。先ほどのように弾き飛ばせば、また同じことの繰り返しになる。それにバックにいる砲撃手のこともある、味方が標的近くにいるならば安易な狙撃はできなくなる。今回は防ぐことにした。

 

『蛮力の結界』

 

向かってくる拳が、結界によって阻まれる。拳と結界が音と火花を生む。

 

「ぐっ……うっ……」

 

しかし、それでも相手は加速も拳も止めようとはせず、むしろこちらを穿たんと更に力を込めてくる。

 

(さてここまで徹底的に喰いつかれたら、流石にこっちも動けないな、弾くなら簡単だが、普通なら集中しなきゃ……ッ!?)

 

思考を走らせて相手の策の狙いに気が付いた。慌てて砲撃手の方に視線を向ける。砲撃手は先ほどの姿勢のまま微動だにせず、相変わらずこちらを狙い続けている。だが不意に砲撃手の姿が揺らぎ、霞み、そして消えた。

 

幻影(ファントム)…!そういうことかっ!!)

 

相手の狙いが解ったとたん驚きよりも先に怒りが来た。彼女等の訓練は自分も見ている、それ故に腹が立った。一対多の戦いとは、勇敢な一人が突撃して相手を倒すものでもなければ、誰かが囮になって、危険を得て勝利を得るものでも無い。複数であることを生かし、狡猾に事を進めるのが一対多というものだ。一人を犠牲に一人を倒すのでは意味が無い。彼女等も訓練ではそれが解っている動きをしたし、指導者もそうさせていた。その点だけは自分も認めていたことだ。それ故に、こんな幼稚な策を使用したことに腹が立った。

 

「………」

 

人修羅は自分の眼が据わったのを自覚した。視界が紅く染まり、急激に心が冷め、全てがどうでも良くなる感覚は自分の意識を絶対零度以下に叩き落す。

 

「一撃必殺!」

 

背後から砲撃手の声が聞こえた。それと同時に眼前の格闘士も更に力を込めてきた。やはりそうだ、一人を徹底的に相手にぶつけ、何とかして隙を引きずり出し、もう一人が背後からの奇襲で挟撃をして相手を倒す。それが狙いなのだろう。

 

「陳腐……」

 

ぼそりと呟いた瞬間、ダガー状に変化した砲撃手の拳銃がこちらに突き込まれた。

 

 

ダガーモードのクロスミラージュを人修羅さんに突き立てた瞬間、眼前で突撃の衝撃による爆発が起きた。それは爆煙で視界を完全に塞ぎ、自分が得た手ごたえの結果を解らなくさせる。だが

 

「なあ、おい」

 

煙が晴れきらぬそのとき、人修羅さんの声が聞こえた。

 

「ッ!?」

 

しかしそれが本当に人修羅さんの声だったのか判らない。だが、その声を聞いた瞬間、体の伸まで凍らせるようなその声を聞いた瞬間、先ほどまで心の中で渦巻いていた強烈な感情は、火が消えたかのように一瞬で冷め切った。

 

「お前等、何だ、これは?」

 

煙が晴れた、だがそこには自分でも予想外の光景があった。クロスミラージュのダガーが握りつぶされていた。そしてスバルのリボルバーナックルがどうやったのか、人修羅の右脚に踏みつけられ、それに連動してスバルもウイングロードに伏せていた。

 

「変だな、お前等、訓練中にこんなことを習ったのか? 模擬戦はな、殺し合いじゃないんだよ。何の為に訓練したんだ? 何の為の鍛錬だったんだ? 言うことを聞いてる不利で、本番で練習にも無い危険な真似をして、何の為の練習だったんだよ」

 

「あ…う……」

 

「あ…あの……」

 

「なあ、そんなに俺達やあいつの訓練方法は、そんなに気に喰わなかったか?」

 

尋ねるように、人修羅の瞳がこちらを向いた。血のように紅いその眼の中に、哀れむようなものを見た瞬間。自分の中に再び強烈な感情が巻き起こった。

 

「ぎっ……!」

 

彼に握られているクロスミラージュの刃を放棄、その際に発せられる衝撃で彼から距離をとり、再び彼に銃口を向ける、彼をこちらを追いもせず、足元のスバルを蹴って開放し、あの哀れむような紅い眼でこちらを見るだけだ。

 

「あたしはッ――!」

 

デバイスに魔力を全て叩き込む。

 

「もう誰も傷つけたくないからッ! ()くしたくないからッ!」

 

自然に目尻に涙が浮いた。

 

「だから……強くならなきゃいけないからっ!!」

 

「ティア……」

 

「……そうか」

 

変わらない、彼の哀れむような眼は変わらなかった。

 

「ッ―――! ファントムブレイザ――――ッ!」

 

叫びと感情と共に今の自分が出せる全力を撃ち出す。巨大な魔弾は一直線に彼に向かう。

 

「は……」

 

それを人修羅は煩わしそうに、虫でも追い払うかのように片手で払いのけた。

 

「あ――――………」

 

それを見た瞬間、全てが終わった気がした。昨日のスバルとの練習が、否、魔導師になって戦ってきた今までの経験が、全て取るに足らないどうでも良いものだと、目の前で見せ付けられた気がした。

 

「何を呆けている、まだだぞ」

 

彼がこちらに一歩踏み出した。

 

 

(不味い!)

 

人修羅が前に踏み出した瞬間、スバルの頭にはそれしかなかった。放心しているティアを救わなくては、その考えのみが頭の中で連打した。だが

 

「動くな」

 

『シバブー』

 

「っ!!」

 

人修羅が手を振るった。それに対する判断は一瞬にも満たなかった。

 

毎日メルキセデクやティアナと訓練をしている為か、スバルは六課設立の頃とは比べ物にならない程の身体能力、反射神経を身につけていた。そして人修羅がスバルを視界外に置いていたのも幸運だった。人修羅といえど、気配だけで相手の動作が手に取るように解るわけではない。

 

複数の要因が一点に重なり、奇跡が起きた。

 

その場に這うような姿勢で伏せた、腰も膝も限界まで下げ、顎もほぼ地面につきかけている。

だが避けた、人修羅、万魔を率いる王の拘束をスバル・ナカジマは回避した。

 

「ティアッ!」

 

マッハキャリバーを軋らせ、空中で戦意喪失している相棒の元へ向かおうと、前方へ加速した瞬間。

 

「視界に入ったな」

 

動いた瞬間、人修羅が次の動きを見せた。肺の許容量限界まで空気を溜めこみ、それを一息で声と共に吐き出したのだ。

 

「ハッ――――!!」

 

『バインドボイス』

 

大気を揺るがすほどの大音声。周囲の全てが声だけで撓み、肌にビリビリとした空気の震えが伝わる。

しかし大音声の直撃を受けたこちらの体に起きたのは痺れではない。

 

「っ!?」

 

その身を完全に空中に固定されていた。バインドの束縛のような甘い物ではない。身じろぎどころか瞬きすらも許さない、完全な停止だった。更に

 

(―――バインド!?)

 

動けぬこちらに更に追撃するかのように、桃色の拘束が彼女を捕らえた。色で判る、なのはさんのものだ。

 

「じっとして、良く見てなさい」

 

後ろから、なのはさんの声が聞こえた。どうやらそこに居るらしい。

 

視界端に人修羅が入り込んだ、しかし眼球も動かせぬために人修羅の動作を完全に捉えることはできない。しかし雰囲気だけで伝わった、人修羅が右腕を持ち上げたのを。

 

「人修羅さんっ!!!」

 

彼女はそう叫んだつもりだった、しかし肉体はそれを許さず、ただ掠れた吐息が口から漏れただけだった。その間に人修羅の右掌には光が収束し始めていた、

 

「良いな?」

 

「……うん」

 

そして光が視界内に完全に入るほど巨大になったとき、人修羅は小さな声で言った。

 

「さて、少し、頭冷やそうか」

 

『破邪の光弾』

 

光が放たれた。光は直線でティアナに着弾し、そして一瞬の間、しかし次の瞬間には。

 

「――――――――ッ!!!」

 

光と音、そして爆煙を撒き散らしながら大爆発。それは先ほど、なのはとメルキセデクが二人がかりで巻き起こしたものよりも、数倍は巨大だった。

 

「あっ」

 

束縛が解けていることにも気付かずに思わず声が漏れた、爆煙の中からティアナが大地へ落下していくのが見えたからだ。

 

「――――――――ッ!!」

 

スバルはそのとき自分でも何と叫んだのか良く分からない、ただ、落下して地面に叩きつけられたティアナを見たとき、非殺傷設定のことも忘れ、ティアナが死亡したと思ったのだ。頭の中は絶望で溢れていた。

 

「さて、今日の訓練は二者ともに大撃沈、早朝訓練は以上だ。早期撤収を」

 

ティアナのことなどどうでも良いかのようにそう言った人修羅に、思わず怒りの篭った視線を向けたが、そこには既に人修羅の姿もなのはの姿も無く、

自分が踏み出した際の焦げ後が残っているだけだった。

 


 
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