No.613949

真・恋姫†無双~絆創公~ 中騒動第二幕(前編)

少しずつ本筋への下準備を。

この前、我々の共通の友人がこの作品を読んでいることが判明いたしました(読んでるサイトはTinami)

その時、彼がした質問。

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2013-08-30 13:39:45 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1318   閲覧ユーザー数:1168

真・恋姫†無双~絆創公~ 中騒動第二幕(前編)

 

 その日の調理場には人影が二人。

 

 少女が一人と、男が一人。

 

 二人は目の前に置かれた“モノ”を男は左側、少女は右側から覗き込む体勢になっている。

 

 モノは高さ一メートル程の巨大な箱。黒光りするそれは頑丈な金庫にも見える。

 だがそれは金庫とは違い、ダイヤル式の鍵も付いていなければ、さほど耐久性に優れた材質で出来ているようにも見えない。

 

 一目見た限りの特徴と言えば二人の覗き込んでいる場所。それの正面に当たるであろう広い四角の面の右上隅に、大小様々なボタンと忙しなく動いているデジタル表示の赤いアラビア数字がある事。

 見れば一秒毎に数が小さくなっているので、何かの秒読みをしているのだろうか。

 そして耳を澄ませば聞こえてくる、低くくぐもった断続的な音。

 

 黙り込んでいる二人の代わりに、その箱が自分の存在を示すように、只々唸り声を上げていた。

 

 

「…………もうすぐっすよ」

 

 やっと口を開いたのは男の方。横目で少女をチラリと見ると、その視線はすぐに赤い光に戻る。

 

「…………はい」

 

 続いて少女が言葉を出した。コクリと頷いたその顔は、ただじっと真剣な眼差しで数字を見つめている。

 

 数は次第に小さくなり、二桁から一桁に変わる。そして…………。

 

-ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ!-

 

 赤い光の表示が消えた後、高めの電子音が数回聞こえてきた。

 音が鳴り止み、男が箱の左側に右手をかける。

 男は少女の方を軽く振り返り、相手が頷いたのを確認すると、再び視線を箱に戻して手に力を入れる。

 程なくその箱の正面は右に開いて、その中から微かな灯りと白い冷気が漏れてきた。

 男がそこに空いた左手を差し入れ、ゆっくりと中から何かを取り出した。

 

 それは、割と大きめのタッパーであった。

 

 それが出てきた瞬間、少女の顔が微かに強張る。

 男が開いた箱を閉めて、手にしたタッパーを両手に持ち直す。

 

「……開けますよ?」

 

 再び少女を見ると、その言葉に深く頷いている。視線をタッパーに戻して、男は蓋に手をかけ力を入れる。

 小さく音を立てて開いたその中からは、甘味と酸味のハーモニーが爽やかな香りとなって、男の鼻を優しくくすぐる。

 

「どう、ですか……?」

 

 少女は不安そうに男の顔色を窺っている。

 タッパーに落としていた視線を、少女に向け直した男は……。

 

 

「……大成功っすよ!」

 

 

 満面の笑みで少女の問いに答えた。

 少女は深く息を吐いて、胸をなで下ろした。

 

「ハアー……。良かった……。じゃあ」

「後はこれを、お二人の所へ持って行くだけっすね」

 

 男は箱の中からさらに同じようなタッパーを出して、調理台の上に出しながら話し続ける。

 

「ありがとうございます、アキラさん。材料とかも色々と用意してくれて……」

 男の名前を呼びながら、少女は深々と一礼する。

「イヤイヤ、これくらい御安い御用っすよ。他ならぬ北郷佳乃さんの、それも相手を気遣ってのお願いとあっちゃあ、聞き入れない訳にゃあいかないってもんですよ!」

 全てのタッパーを出し終えたアキラは、どこぞの人情派のような語り口で胸を張る。

「でも、この機械凄いですね……。電子レンジの逆の効果、なんですよね?」

 佳乃の視線は、今は静かに佇んでいる箱に向かう。

 

「そうなんですよ!」

 

 言葉を聞いたアキラは、箱を割と強めに一つ叩いて、さらに強い口調になる。

 その音と声に反応して、佳乃の身体が軽く跳ね上がる。

 

「これは僕らの世界の最大手企業、“プラムコーポレーション”が独自開発した急速冷蔵装置! 通称“逆レンジ”! 分単位だけではなく日単位、さらには月単位での冷蔵を短時間で行う優れモノ! これにより多くの食品会社や製菓会社からの発注を受け、さらなる発展を遂げたプラムコーポレーションは……」

 

 と、ひとりでに仰々しく語り出したアキラを、佳乃は口が開いたまま眺めている。

 

「あ、あの……。これが凄い事は分かりましたので、早くこれを届けたいんです」

 気持ち良く話しているアキラに向かって、佳乃は台の上のタッパーを指差しながら遠慮がちに口を開く。

「……て、ああ! そうでしたね! すんません、ついつい熱くなっちゃって」

 意識を引き戻したアキラは、速めのリズムで頭を下げていた。そうやって謝りつつも、手早く数個のタッパーを大きめのトートバッグに詰めている。

「……もしかしてアキラさん、通販とか好きだったりしますか?」

「何でバレました!?」

 詰める作業を手伝いながらの質問に、心底驚いたような回答者。

「……何となくそんな感じがしましたから」

「いやあ、僕小さい頃から機械いじるの大好きでしてねー。電器屋とか行くとテンション上がるんすよ!」

 嬉々として語り出すその表情は、好奇心旺盛な少年のように輝いていた。

「これもそうなんすけど、特にレンジが大好きなんすよ。不思議だと思いません? 数秒の内に食べ物が温かくなるなんて!」

「はあ…………」

「仕組みが知りたくて、近所のゴミ置き場で見つけたのを持って帰って、分解したのは良い思い出っすよ。」

「そこまでしたんですか……?」

 少女は半分呆れるように、男の言葉を口元をひきつらせながら聞いていた。

「いやあ、思い入れが強いって言うんすかねー。僕の名前と同じってのもあるかもしれませんけど……」

 

「えっ? アキラさんの、名前?」

 

 その言葉の違和感に反応する少女。

 男はしまったと言うように、自分の口を手で塞いだ。

 

「アキラさんって、本名じゃないんですか?」

「あー…………。まあ、いいか。そうなんすよ。“アキラ”ってのはいわゆる僕のコードネームなんですよ。本当の名前の下は“レンジ”って言うんです」

 男の言葉に少女は意外そうに目を見開いた。

「他の人には黙っていて貰えますか? 本名バラした事が知られると怒られちゃいますんで……」

「あ、はい。分かりました。……と言うことは、他の皆さんも?」

「ええ、皆コードネームですよ。まあ、リンダの場合はそうだと分かるでしょうけど」

 苦笑混じりで話す言葉に少女は頷いた。もしあれが本名だとしたら、彼はグレてしまうだろう。

 しかし、あれが本名だから皆に喧嘩をふっかけるような、ひねくれた性格になったのかもしれない。とも考えられなくもない。

 

 今更だが彼らは未来の人間である。だからこそ明かせない事があるのだろう。

 

 たとえ、お互いに協力し合う立場であるとしても。

 

 

 

「それじゃあ、今から持って行ってきます……」

「頑張ってくださいね!」

 両手にバッグを下げた少女に対して、男は親指を立てたサムズアップのサインを贈る。

「……あっ!」

 一礼をして調理場を出ていこうとした少女は、踏み出した一歩で立ち止まる。

「どしたんすか?」

 キョトンとした表情で、男は少女に問いかける。

「今更なんですけど、これってこの時代にはありました? もし無かったら歴史の流れが……」

 下げたバッグを一度揺さぶりながら不安そうに訊ねる少女。それをみた男は、何とも言えない複雑そうな表情で後頭部を掻いている。

「僕も今更なんですけど。この時代では有り得ないモノを何度も見てるでしょう? 見た目とは裏腹にメチャクチャ強いお姉様方とか、作れるハズの無い服装とか装置とか」

「………………」

「何よりも、現代でしか通用しない言葉とか文化とか、まずそれを伝えだしたのは他でもない北郷一刀さんであって……」

「ごめんなさい!」

 

 ここを出る前よりも深く頭を下げた少女。

 

「まあ、大丈夫っすよ。そこら辺を何とかするのも、僕らの仕事だったりしますんで。だからあまり気にしないで、自由にしてくれて構いませんよ?」

 少女の律儀さに軽く吹き出しながらも、男は指で頬を掻きながら励ます。

 

 現に目の前にいる少女の母親は自由にやった結果、この間の騒動が起きた訳で。

 

「はい……。ありがとうございます。あ、あと…………」

「まだ何か?」

「勝手に指輪を使ってしまって…………すいませんでした!」

 またもや深々と頭を下げた少女の言う、勝手に使った指輪。

 

 それは、彼女がこの世界に来るきっかけとなったアイテム。

 そして、彼女の家族全員がこの世界に集結する要因ともなったアイテムであった。

 

「……それは謝らなくても良いんじゃないすか?」

「で、でも……」

「だって貴女が使わなかったら、家族全員がまた元気な姿を見せ合う事が出来なかったんすから」

「…………」

「それに……。強くて賢くて優しい、沢山のお姉さん達にも会えなかったんすよ?」

「…………」

「僕としては、この方が良かったって思ってるんすよ。悲しいじゃないですか、このまま離れ離れなんて」

 

 心苦しそうに話す男の言葉に、少女は俯いてしまう。

 

 男の言い分も分かる。自分も、そして家族も、兄がいなくなって心が締め付けられる思いをしてきた。

 

 こんな事になってしまって申し訳ない気持ちが、男たち役員の皆にあるのも当然だ。

 

 しかし、それ以上に再び家族全員が顔を合わせられた事の嬉しさが。そして、兄を愛してくれた多くの人々への感謝が。それこそ溢れ出しそうになる。

 

 だからこそ、今自分はある人物達の下へと行こうとしている。

 

 

 でも、たとえ今こうして何気なく過ごしていても、いずれはその時が来る…………

 

 

「……優しいんすね、北郷家の皆さんは」

 

 男の声に少女の意識は途切れた。俯いていた顔を上げると、男は優しい笑顔を見せていた。

 

「今持ってる“それ”もそうですけど。今日調理場に来る前に貴女は、周瑜さんのご教授の下で色々勉強してたんでしょう?」

「は、はい……」

「本来なら皆さんはお客様で、しかも命を狙われている身。この世界ではここでじっとしているのが得策なのに、皆さんは積極的に動いている。僕の予想ですけど、それってここの皆さんにお礼がしたいからじゃないですか?」

「………………」

 少女は無言で、ゆっくりと頷いた。

「でしょうね。北郷一刀さんを保護してくれて、しかも元気な姿を見せてくれた。だからこそ、何かの形で恩返しがしたい……。そう考えれば納得がいくんですよ。貴女の場合は、何かの役に立ちたいって気持ちもあるんでしょうけど」

「…………」

「そんな切なそうな顔しないでくださいよ。別に悪い事してる訳じゃないんすから。寧ろ僕は応援する立場ですから、ドンドン好きにしてくださいよ……!」

「……ありがとうございます」

 励ますように顔を緩めた男に、少女は何度も見せた深いお辞儀をした。

「ほら。早く行かないとヌルくなっちゃいますよ、それ」

「ハイッ! 行ってきます!!」

 少女は最後の一礼をして、調理場を足早に出て行った。

 

 

「……いい子だな~、ホントに」

 一人になった男は、誰もいなくなった調理場の入り口を眺めながら呟いた。

「しっかし、名前漏らすなんてうっかりしてたな」

 ガシガシ音を立てて後頭部を掻く男は、悔しさに顔を歪めた。

「……気が緩んだかな」

 さっきまで稼動していた黒い箱に寄りかかって、天を仰ぐ。

 タバコの煙を吐くように、強く深い溜め息を吐いた。

「……これで、良かったんすよね」

 

 誰も聞かないその呟きは、どこにも響くことなくそのまま消え入っていった。

 

 

 

「…………はぁ」

 

 通路を歩く少女は、溜め息を吐いた。

 両手を塞いでいる荷物が重いのではない。

 重いのは、彼女が良く掛けられる言葉。

 

-佳乃は、良い子だね-

 

 さっき調理場を出る時にも聞こえてきた言葉。少女はそれを聞く度に心苦しかった。

 その言葉は、普通に考えれば聞こえは良いのだろう。しかし、彼女にとってのその印象は違っていた。

 “良い子である”というのは、他人に対しての害が特になく、そして益も見当たらない。

 

 つまり、毒にも薬にもならないという認識が彼女の中にはある。

 

 自ら進んで毒になろうという気は毛頭ない。だが、少しでも良いから大好きな姉達の役に立ちたいという思いが彼女に常にまとわりついていた。

 普段している警邏も、自分から言い出してやってはいる。

 が、実の所それを行っているのは自分の警護をしている武将達であり、賊が現れた際にそれを捕らえるのも彼女たちである。そして自分はと言えば、まるで見せ物のような扱いで、偶に貢ぎ物のように土産を持って帰るだけ。

 

 いくらなんでも、この仕打ちはあんまりだ。

 

 皆が自分を気遣ってくれるのは解っているし、それに対して悪い気はしていない。

 だがそれも度が過ぎると、見えない力で押さえつけられているような圧迫感を感じてしまい、少女は自分の無力さをことごとく痛感してしまうのだ。

 

 

 不意に滲む視界。瞳が熱を帯びて、それは一滴に形を変えて頬を伝う。

 

「……ッ!?」

 

 急いで目を擦り、今まで浮かべていたモヤモヤを振り払うように頭を横に振る。

 

 いけない。あのまま弱音を吐きそうになった。

 

 これじゃ駄目だ。このままじっと待っているままでは進めない。

 

 だからこそ、こうやって自分から一歩踏み出そうとしているんじゃないか。

 

 横に振っていた頭を、強く縦に一度動かし、その歩みを速めた。

 

 

 

「……まだ、やってるよね?」

 

 しばらくして目的地に着いた佳乃は荷物を静かに地面に置いて、遠くを見やる。

 その視線の先には鍛練場。

 そしてそこには、二人の人影がいた。

 互いに睨み合っているような雰囲気とその場所柄から、各々の武を磨いている最中なのだと判断できた。

「良かった……。間に合った……」

 佳乃は胸をなで下ろして、自分の足下を確認する。

 そこには今自分が持ってきた二つのバッグ。

 それともう一つ。調理場で先程作業する前に作ってあった“飲み物”を入れてあるウォーターサーバー。

 タッパーで作っていた“モノ”が出来上がる時間の最中、あらかじめここに持ってきていたのだ。

「…………よしっ!」

 胸の前で拳を握り、自分に気合いを入れた佳乃は再び鍛練場に目を向け、そこにいる人影を再確認する。

 

 一人はライトグリーンの外ハネショートカットにバンダナ。その手には身の丈以上はある大剣を握っている少女。

 

 もう一人は紺色のおかっぱ頭の大人しめな印象。しかし人間の胴体をも上回る先端部分を持つ巨大な槌をその手に持つ少女。

 

 二人とも、佳乃の大事な姉となった少女であった。

 

 鍛練中のその二人に声を掛けようとした佳乃は深く息を吸い込もうと、しかしながら今の場所では声が届かないかもしれないと思い、もう少し距離を詰めようと歩み出ることにした。

 

 が、踏み出す前に頭に一瞬よぎった言葉があった。

 

 それは自分の兄が話した“打ち合っている最中の皆には軽はずみに近寄らない方が良い”という言葉。

 

 恐らく妹が怪我することを危惧しての言葉だろう。

 しかしながら、ここにいたら自分の声が向こうにいる二人に届かないかもしれない。

 何より、鍛練が終わるのを待っていたら、せっかく作った“これ”の味が落ちてしまうかもしれない。

 

 でも兄の言葉も気がかりではある。

 

 どうしたら良いのだろうか、と佳乃が立ち往生していた時。

 

 

-ズシィィィィィィン!!-

 

 

 不意に響く地響き。驚いた佳乃がハッと意識を戻す。

 その視線の先では、恐ろしい事が起きていた。

 

 手が滑ったのだろうか、鍛練場の中で少女の一人が握っていた大剣が、地面に深く突き刺さっていた。

 

 しかもそこは、佳乃が声が届くようにと近寄ろうとしていた地点である。

 

 もしあの時あそこに立っていたら……。

 

 

 顔面蒼白になり腰が抜けた佳乃は、その場にへたり込んでしまった。

 

 

 

 飛んでいった大剣を取りに来た二人の少女は、その向こうで座り込んでいる人影を確認した。

 

 途端に一人はかなり焦った表情になり、もう一人は特に焦ることもなくただ珍しげな表情を見せていた。

 

 焦っているのはおかっぱ頭の少女。持っていた槌を放り出し、すぐさま佳乃の下へと駆け寄ってきた。

 

「ごごご、ごめんね佳乃ちゃん!! びっくりさせちゃったでしょ!? 怪我しなかった!?」

 

 泣き出しそうな顔で声を掛け続ける少女、斗詩。その声に佳乃は再び意識を取り戻した。

「は、はい……。大丈夫です……」

 まだ茫然とした顔で、佳乃はただ頷いていた。

 

「どしたんだ? こんなトコに来るなんて」

 

 外ハネショートカットの少女。猪々子は、悪びれた様子もなく普通に佳乃に話し掛ける。

「どしたんだじゃないでしょ、文ちゃん!! 佳乃ちゃんに謝って!!」

「何だよー。無事だったんだから良いじゃんか」

「それでも! こういう時は謝るのが普通なの!!」

「アニキの妹なんだから、気にしないんじゃないのか?」

「佳乃ちゃんは人一倍繊細なんだからっ、何かあったらご主人様だって許してくれないよ!?」

「分かったよ……。ごめんなー、次からは気をつけるよ」

 こめかみを指で掻きながら、気まずそうに頭を下げる少女。

「だ、大丈夫です……」

 心配させないようにと笑おうとするが、まだ頬が引きつってしまう。

「佳乃ちゃん、どうしてここにいたの? 鍛練中は危ないって、聞かされてなかった?」

「あ、あの……。これを……」

 座り込んだまま、傍らに置いていたバッグとサーバーを指差した。

「何だ? この見たことないモンは?」

「あの……。二人が鍛練しているのが見えたから、差し入れを作ってきたんです……」

「おお! ホントか!? ありがとうな!!」

「ええ!? そ、そんな……。悪いよ、そこまでして貰っちゃ……」

 素直に嬉しがる猪々子と対象的に、遠慮がちに首を横に振る斗詩。

「いえ。気にしないで召し上がってください。手を付けないで駄目にする方が、私は嫌ですから……」

「佳乃の言う通りだって、斗詩。ここは遠慮なく貰っとこう!」

「もう、文ちゃんは…………!」

「でさ。何を作ってきたんだ?」

 猪々子の興味はすっかり差し入れの方に移っている。

「あ、えと……。レモンのハチミツ漬けと、こっちもハチミツ入りのスポーツドリンクで……」

 

 それは運動系の部活をやっている人間なら、大概お馴染みの差し入れである。

 佳乃の兄、北郷一刀が剣道部にいた時、良く母親と一緒に作ったりしていた。

 

「れもん? 何だそりゃ?」

「えっと……レモンは果物の名前で……」

「ふ、二人とも……。話だったら東屋に移動してからにしようよ……?」

「それもそうだな。じゃあ、この袋はアタイが運んでやるよ」

 そう言いながら、猪々子は片手に二つのバッグを下げて東屋へと向かった。

「あっ……。サーバーを……」

 残ったウォーターサーバーを運ぼうと立ち上がろうとした佳乃だったが……。

 

-ヒョイッ-

 

 視界に入るサーバーは、上の方へと消えていった。

 向かった先には、何食わぬ顔でサーバーを片手に持つ斗詩の姿が目に入る。

「せっかく頑張って作ってくれたんだもん、佳乃ちゃんに持たせる訳にはいかないよ。さ、佳乃ちゃん。私の手を取って?」

 座り込んでいる佳乃を立たせようと、斗詩は微笑みながら空いたもう片方の手を差し出す。

 

「…………はい」

「…………?」

 

 その表情が曇った事に、斗詩は小首を傾げる。

 

「二人ともー、先行くぞー?」

 

 遠くでは、もう片方の手で大剣を担いだ猪々子が呼び掛けていた。

 

 

 

 

 

 

-続く-


 
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