#38
そんな訳で、俺たちが董卓軍に加担を初めてから3日目。
こいつぁ、ヤバいぜ!
「どうする、ねねたん?」
「むむむ……」
虎牢関の城壁で、地上の軍勢を見下ろす俺たち。昨日恋たんにボコられた劉備軍や、霞たんの部隊にいいようにあしらわれた公孫賛軍は、一旦下がっている。んで、最前線にいるのが。
「いやー、参った。まさか曹操と孫策が同時にくるとは思わんかったわ」
「なに他人事のように言っているのですか! 如何に恋殿がいるとはいえ、これは少々厄介な事やもしれまないのですぞ!」
「……zzz………呼んだ?」
「まだ寝てていいぞ、恋たん」
「ん……zzz」
そう、最前線には、雪蓮ちゃんと華琳ちゃんの軍。連合の中で一番強いんじゃね?
「そんじゃ、どするんすか?」
「それをいま考え中なのですぞ」
波才の質問に、ねねたんは簡潔に答え、腕を組むと唸り始める。だが、俺には言っておかないといけない事がある。
「はーい」
「何ですか?」
「霞たんから聞いたかもしんないけど、俺って長沙に店持ってんだよ。で、孫策とも仲が良くてな。それが使えるかもしれないぞ」
「……いいのですか?」
ふむ、俺の心配をしてくれるとは、ねねたんもとうとう俺にデレ始めたか。
「デレてなんかないのです! 勘違いも甚だしいのです」
「またまたー。そんなに照れなくてもいいんだぞ? よーしよしよし」
「ぬぁあああああっ! 抱っこするななのです! 頬擦りするななのです!」
言いながらも、そこまで暴れて抵抗を示す訳ではない。素直じゃないなぁ。
「お前に抱き締められてるから動けないだけなのです、この馬鹿力!」
「ほっぺ柔らけー。ぷにぷにー」
「くすぐったいのです! れ、恋殿ぉぉおおおっ!」
顔を真っ赤にするねねたんが可愛かったですマル。
***
前日夜。劉備軍天幕。
「それで話って何、星ちゃん?」
この場には、5人の少女が居た。劉備、関羽、張飛、諸葛亮、そしてこの会合の主催者である趙雲だ。昼間の攻城が上手くいかなかった所為か、どことなく沈んだ空気が満ちている。
「愛紗、鈴々。この近くに人の気配はあるか?」
「お主とて、それくらいわかるだろう」
「より確信したいのさ」
話を振られた関羽は訝しんだ様子で返すが、仲間のいつになく真面目な視線に、意識を集中させて気配を探る。義妹の張飛も同様だ。
「……大丈夫だ。少し離れた場所に、お前が命じた見張りが立ってはいるが、声は聞こえないだろう」
「鈴々も大丈夫と思うのだ!」
仲間であり一流の武人でもある2人の同意も得て、趙雲はこの秘密の会合の議題を口にする。
「某が昼間戦った相手なのだが……」
「あぁ、お前の服を大蒜臭くした奴だな」
「臭かったのだ」
「まだちょっと臭うよね…」
「はわわっ、星さんの顔に翳がっ!?」
「 」
趙雲の昼間の様子を思いだし、桃園の三姉妹たちは、思い思いの事を口にする。趙雲は凹んだ。
「――――それはいいとして、だ」
気を取り直して、趙雲は再び口を開く。そして、その口から発せられた人名に、皆が驚愕した。
「その相手なのだが……北郷だった」
「北郷って……鳳統ちゃんのお兄さんの?」
「なっ、何故北郷殿が董卓軍についているのだ! 先日まで孫策殿の軍に居た筈なのに」
「声が大きいぞ、愛紗」
「ぐっ…すまぬ……」
諌められ、関羽は居住まいを正す。冷静さを取り戻そうとしているのだろう。そして、今度は通常の声量で趙雲に問いかけた。
「それは、本当なのか?」
「あぁ、本当だ。そして言われた。自分が董卓側にいる事が、どういう意味なのかを考えてみろと」
考える事は、軍師の仕事だ。皆の視線が、この軍唯一の軍師少女へと向かう。だが、そこに普段のおどおどとした様子の少女はいない。じと眼を瞑り、言葉を発するタイミングを計っているようだ。そして。
「はい。董卓さんが悪政を敷いているという噂ですが、嘘の可能性もありました」
「そうなの、朱里ちゃん?」
「ちゃんと説明しなかった事は謝罪します。ですが、我々にはこうするしかなかったのです」
「どういう事なの?」
「黄巾の乱の戦果で領地を賜ったとはいえ、我々の勢力は未だ弱小です。最大勢力である袁紹さんの呼び掛けでした。断れるはずもありません」
「でもっ――」
「それに」
説明に何かを言い掛けた主の声を遮り、諸葛亮は言葉を続けた。
「桃香様は義徳の人物として慕われています。そんな御方が、噂とはいえ悪と断じられた人間に肩入れしてしまえば、人心は離れていったでしょう」
「そんな……」
「ですが、噂が本当の可能性もあります。実際に、我々は洛陽に行くしかそれを確かめる術はありません。連合も集い、戦いはとうに始まっているのですから。
とかなんとか言ってはみましたが、こんな説明は色んな
「へっ?」
「……はわっ?」
何かが起きたようだ。
(中略)
「――――じゃぁ、私たちのする事は決まってるね」
「はい。洛陽に到達したら、秘密裏に董卓さんを救出します」
「そうですね、桃香様!」
「潜入の際には、某が一役買って出ましょう」
「鈴々だって頑張るのだ!」
そんな感じ。
***
そんな訳で、俺は波才や部下と共に、孫策軍と向き合っていた。当然、
この姿でな。
「ふざけた格好してくれるじゃない」
「はて、何の事ですかな?」
そして、俺の眼の前には雪蓮ちゃん。うっわー、コメカミに青筋が浮かんでるよ。血管弾けたりしないよな。
「まぁ、いいわ。そんな風に戦闘を舐めた奴らなんて、すぐに殺してあげるから」
言うや否や、雪蓮ちゃんが斬りかかってくる。それに続いて兵達も。俺の他に波才と恋たんがいるが、恋たんは祭ねーさんと思春たん、それから明命が相手をしている。波才には亞莎だ。
「っらぁ!」
「へぇ、なかなかやるじゃない」
そんな風に状況説明をしてはみたが、こっちはこっちでヤバい。雪蓮ちゃんがピキピキいってんだもん。
「貴方も呂布みたいに戟を使えるのね」
「まぁ、色々と事情があって」
南海覇王で斬りかかってきた雪蓮ちゃんを、恋たんのスペアの戟で受け止める。痺れる。というか、それ以前に武器が重たい。別のにすればよかった。
そのまま鍔迫り合いみたいな事をやっていると、ぐいっと雪蓮ちゃんが顔を近づけてきた。おいおい、雪蓮ちゃんって、実はおっさんフェチだったりするのか?
「で、貴方はそんなところで何をしているの、一刀?」
「…………あれ、バレてる?」
そんなアホな事を考えていれば、まさかの身バレ。
「当たり前じゃない。どれだけ一緒に過ごしてきたと思ってるの?」
「いやぁ、照れるなぁ」
「まったく……3日前の夜に居なくなった事は知ってたけど、なんでまたそっちに…………って、あぁ、そういう事ね」
「なんだよ」
「どうせまた、天和たちと同じような事を考えているんでしょ」
おやおや、相変わらずの勘の冴えようで。
「ふざけないで。あの時も言ったけれど、私たちに必要なのは風評なの。なんとしても、董卓の首は獲らなければならない」
「噂が嘘なのに?」
「つけこまれた董卓の負けよ」
「手厳しい」
つーか、剣が怖い。もう鼻につきそうなんですけど。
いつまでも静止状態でいる訳にはいかないので、適当に得物をぶつけ合う。
「じゃぁ、取引しよう」
「また?」
またって言うな。
「だってそうじゃない。天和達だって、兵の慰安や徴兵を手伝わせてくれてるでしょ」
そりゃそうだけどさー。
「で、そっちの提示するものは?」
「虎牢関」
「一番乗り?」
「もち」
「…………」
剣と戟をぶつけ合わせながらも、雪蓮ちゃんは考える。とはいえ、答えは決まっているだろう。華雄を捕らえて汜水関を落としただけでなく、虎牢関も獲ってしまったとなれば、そりゃ評判もうなぎ登りだ。
予想通り、出て来た返事は。
「乗った!」
「毎度!」
取引成立だ。
連合軍左翼では、張遼隊が曹操軍を相手に奮闘していた。
「なんやなんや! 精兵と名高い曹操の軍もたいした事ないなぁ!」
偃月刀を馬上から振り回し、敵兵を薙ぎ払っていく霞。部下たちも、騎乗から長柄の得物を振るっている。曹操軍も攻めあぐねているようだ。弓で攻撃を加えるという方法もあるが、仲間がいる為に、弓隊もそれを躊躇していた。
そこへ。
「勝負だ、張遼!」
「ん? なんや、自分?」
威勢の良い声が響く。敵兵達が、ほんの少しだけ安堵の息を吐き、霞はその登場人物が武将である事を悟った。
「我が名は夏候惇! お前を倒し、捕らえに来た! 私と勝負しろ!」
その名乗り、その要求を聞き、霞は口角を上げる。
「なっはっはっは! こりゃ、曹操んトコにおったいうのも本当やったようやな」
「……なんの事だ?」
そして笑い出した。その独り言を、春蘭は訝しむ。
「いや、今朝なんやけど、言われたんよ」
***
孫策軍に恋たんと俺、曹操軍に霞たんが当たることが決まった後、俺は霞たんと話していた。
「曹操なんだが、たぶん、霞たんを捕らえにくると思う」
「殺しにやなくて?」
「そ。曹操もこれまた人材集めが好きでな。それに、曹操軍は騎馬隊を率いるに相応しい将は、今のところいない。即戦力にと思って、狙ってくるぞ」
「へぇ、おもろいやん。ま、この『神速の張遼』を捕らえられるかどうかは分からんけどな」
「だから、その『神速』が使えない状況を作ろうとするんだよ」
「状況?」
首を傾げはしたが、すぐにその答えに思い至ったらしい。成程という顔で頷く。
「一騎打ち、か」
「その通り。さて、曹操軍の夏候惇から一騎打ちの勝負を投げかけられました。霞たんはどうしますか?」
「そりゃ、一騎打ちを挑まれたんなら、受けない訳にはいかんやろ」
「はい、不正解」
スパーン、と手製のハリセンで霞たんの頭を叩く。
「なんで叩かれなアカンの?」
「なんとなく」
「……」
話を戻す。
「質問その2。霞たんにとって、武人の誇りと董卓ちゃん、どっちが大事?」
「ウチは武しかない人間や。いくら主とはいっても、それだけは譲れん」
問いを発してはみたが、間髪入れずに返答がかえる。こりゃ、方針を少し変えないといけないかもなぁ。
などと、思ってたら。
「――――って、昔のウチなら言うてたやろな」
「違うの?」
「違うわ。いや、確かに武は大事や。そうそう譲れるもんやない。でも、月はウチにとって、とっくの昔に家族になってしもた。せやから、今回の戦いにおいては、ウチは『月の方が大事』て答えるわ」
「そっか、じゃ、話は早いな」
方針は維持の方向で。
「これもおそらくなんだが、霞たんと夏候惇の力量は同じくらいだ。だから正直、勝負がどっちに転ぶかわからない。霞たんが勝てればいいけど、敗けた場合を考えると、一騎打ちは控えて欲しい。董卓ちゃんのためにな」
「ん、約束するわ」
***
「――――ウチは、アンタとは一騎打ちの勝負はせん。それ以上に優先すべきことがあるからな」
「逃げる気か、張遼!」
「その通りや。アンタの軍を適当に引っ掻きまわしに行かせてもらうで」
「逃げるなぁっ!」
「ほななぁっ!」
憤る夏候惇を無視し、張遼は走る。一度曹操軍から外れて陣形を立て直し、もう一度曹操軍を攻めるつもりか、あるいは中曲の馬超や本陣の袁紹を攻めるのか。
「…………へっ?」
だが、夏候惇の――いや、夏候惇だけでなく、すべての者の予想は裏切られる。
「今度会ったらちゃんと勝負しよなー、惇ちゃーーん!」
「惇ちゃん!?」
霞と騎馬隊がはるか後方に駆けていく姿を、諸侯は眼にする。そしてその光景に呆気に取られ、ようやく正体を取り戻した時には、虎牢関の城壁に『孫』の旗が風に翻っていた。
あとがき
今回もオマケはないよ!
そして、いつだかの前言を撤回して#40で終わらせる。
ま、キリが良いということで。
ではまた次回。
バイバイ。
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なんやかんやで、#38。
急展開。
そしてやっぱり#40で収まりそうな件について。
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