No.539931

真・恋姫†無双 ~雲と蓮と御遣いと~ 1-33

少し間が空いての更新です。

リアルの忙しさやらスランプやらが祟って時間が少しかかってしまいました。

書けないときは無理に書かないがモットーの作者。

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2013-02-04 11:18:42 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:8816   閲覧ユーザー数:6516

 

 

 

 

この作品は【 恋姫†無双 】【 真・恋姫†無双 】の二次創作です。

 

三国志の二次創作である物に、さらに作者が創作を加えたものであるため

 

人物設定の違いや時系列の違い。時代背景的な変更もありますので

 

その辺りは、なにとぞご容赦をお願いいたします。

 

上記をご理解の上、興味をお持ちの方はそのままお進み下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

「白蓮、お帰り。……どうした?」

 

 

キイ、と音を立てて開けられた廃屋の扉。

一同が目を向けるとそこにはどこか元気がない様子の白蓮が。

 

いち早くそれに気付いた一刀が心配そうな顔を向けた。

 

元気の無さが顔に出ている。

それを自覚していなかったことを、一刀の顔から察した白蓮は多少無理に笑顔を作る。

 

 

「いや、なんでもないよ。ちょっと本初と話してきただけだ」

 

「そっか。なんか俺で出来ることあれば言ってくれよ?」

 

「……うん、ありがとな」

 

 

さりげなく気遣ってくれる一刀に白蓮は礼を言い、表情を引き締める。

 

彼女には袁紹と話す前から既に決めていたことがあった。

だから今は【白蓮】では無く、幽州太守、公孫賛の顔に戻る時――だがしかし。

 

 

「……ん?」

 

 

その真面目な表情が自然と崩れるくらいの妙な物を、彼女は視界に捉えていた。

 

妙と言っても“奇妙”とか“変”といった意味では無い。

 

“この場になんだか不釣り合い”という意味と“今までに見たことが無い”と言う意味での“妙”。

 

 

「董卓、賈駆……なんだそれ?」

 

 

妙な物――それは少女二人が着ている服だった。

 

紺色と白を基調とし、帯はくすんだ赤。

全体的にフワフワというかフリフリという印象が強い、少なくとも今までに見たことが無いような服。

 

もし白蓮が“メイド服”と呼ばれるものを知っていれば、これはそれほど妙な服装では無く

頭に乗っているものが俗に“カチューシャ”と呼ばれる物だと理解できただろうが、残念。

彼女に現代の知識は無い。

 

故に一見してその服装が珍妙な物に映ってしまっていた。

なぜか顔を赤く染めてもじもじしている二人を凝視し続けてしまう。

 

二人と言うか、服と言うか。

 

 

「ちょっと公孫賛!これどうにかしなさいよ!」

 

「え、ええ?いや……私には何が何だかさっぱりなんだけど」

 

 

賈駆の突然の抗議に戸惑う白蓮。当たり前だがその通り。

ここに戻って来たばかりの白蓮には何が何だか分からない。

 

なぜ彼女達が着替えているのかも分からない。

 

 

「どう?可愛くない?」

 

「え?」

 

「いやー採寸合うか心配だったんだけどね。なぜだか二人ともサイズがピッタリでさー」

 

 

一刀の問いかけにも戸惑う白蓮。“サイズ”という耳慣れない言葉の意味も分からないし。

 

助けを求めて、傍らの燕璃を見た。

聡い燕璃はそれだけで白蓮が何を聞きたいのか察したらしく、仕方なさそうに白蓮に説明を始める。

 

 

「このまま彼女達を保護するにしても服があれでは他の軍に勘づかれるかもしれません。賈駆殿はともかく、董卓はほぼ確実に。この洛陽にて身分が高そうだ、と思われるだけで眼を引く対象になりますから」

 

「ふんふん」

 

 

もっともな話に白蓮は頷く。

 

 

「そういうわけで服をどこで調達しようかと思案していた際に、なぜか北郷さんが自分の荷物を漁り始めまして。それで出てきた服が“あれ”だということです。ご理解いただけましたか?」

 

「一刀が持って来てくれって言った荷物の中身ってあれだったのか……」

 

「こんなこともあろうかと!」

 

「どんな頭してんのよ!まったく……馬鹿じゃないの?」

 

 

得意げに親指を立てる一刀に罵声を浴びせる賈駆。それでもなぜか一刀は誇らしげだった。

 

 

「で、でも詠ちゃん。これ可愛いよ?」

 

「ぐっ!た、確かに月は可愛いけど、ボクは……その」

 

「大丈夫!二人ともすげえ可愛いから!」

 

「へうぅ……」

 

「なっ!?」

 

 

やはり親指を立てた満面の笑みの一刀による不意打ち。

 

董卓と賈駆は頬を赤く染める。

照れ隠しのつもりなのか賈駆は、ずれる眼鏡を何度も指で押し上げていた。

 

董卓に至っては頬に両手を当てて小さくなっている。

 

 

「ホントは雛里に似合うかなーなんて思って仕立て上げてたんだけどな。一応それ試作品だし。いや、もうこれは試作品とは呼べないな。仕立て屋のおっちゃんも良い仕事をするよ」

 

「わ、私にはちょっと似合わないかもしれません……」

 

「うーん、そんなこと無いと思うけど。あ、それじゃ幽州に戻ってから一緒に服屋行ってみる?」

 

「あわわ……」

 

 

突然の誘いにあたふたする雛里と、子供のような純粋な眼で返事を待つ一刀。

それを横目で見つつ、未だに頬を赤くしたままの董卓と賈駆に白蓮は向き直った。

 

 

「あー……盛り上がってるところ悪いんだけどいいかな?」

 

「べ、別に盛り上がってないわよ!」

 

 

何故か賈駆が声を上げる。そんな賈駆を見て燕璃が一言。

 

 

「……確かに盛り上がっていませんね、色々と」

 

「あんた喧嘩売ってんの!?」

 

「いえ、正直な感想を述べただけですが」

 

 

なぜか別方向に盛り上がっていく場の空気に頭を痛くしつつ、白蓮は一つ咳払いをする。

 

その咳払いが効いたのか、それとも白蓮の纏う空気が変わったのを察したのか。

 

ともかく場は不思議なくらい唐突に静まり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「董卓。私はさっきこの連合の盟主、袁紹のところに行ってきた。そしてそこであいつに――嘘を吐いてきた」

 

「嘘……ですか?」

 

「そう。“董卓は私の軍の奴が斬った。生死は不明。容姿は髭面の脂ぎったオッサン”って」

 

「あんた、それって……」

 

 

連合の盟主に事実とは異なるまったくの嘘。それが示す答えに賈駆は驚きの表情を浮かべる。

 

一刀に諭されても、彼女は未だに信じ切れていなかったのだ。

心のどこかで“公孫賛は自分達を売るつもりじゃないのか”と考えてもいた。

 

だが公孫賛は袁紹に嘘を吐いたという。それはつまり――

 

 

「私は、公孫賛軍はお前達二人を保護する。これは大将の私が決めたこと。決定事項だ」

 

「異議なし」

 

「……ま、そう来るとは思っていましたよ。大将が決めたことですし。私も特に文句はありません」

白蓮の宣言を後押しするように、ニヤッと笑みを浮かべながら一刀が賛成。それに続いて肩を竦めながら、燕璃も賛成の意を示す。

 

「軍師としての立場であればあまり賛成できないですけど、白蓮様の決定も間違っていないと思います……」

 

 

並びに公孫賛軍の頭脳。

軍師である雛里も穏やかな笑顔で白蓮の言葉を肯定した。

 

 

「決まりだな。董卓と賈駆は公孫賛軍で保護。決定!」

 

 

「ですが問題がひとつあります」

「……はい」

 

 

一刀の快活な声に反し、燕璃は至極冷静に。雛里は少し言い難そうに。

二人の言葉が重なった。そして言い難そうにしていた雛里に先んじて燕璃が口を開いた。

 

 

 

「董卓。そして賈駆殿。あなた方には――【名】を捨てていただきます」

 

「……」

 

「な――!?」

 

 

 

董卓は静かに。反面、賈駆は驚きを持ってその言葉に反応した。

当たり前だろう。言うに事欠いて名前を捨てろと言われたのだから。

 

本来、賈駆の反応の方が自然だ。

だが今、この時この場においては“名を捨てる”という事柄は避けては通れない道。

 

リスクは極力、少なくしなければならないのだから。

 

そのことを理解した一刀と白蓮も渋い表情を浮かべた。

今、この場で冷静なのは董卓と燕璃の二人だけだった。構わず燕璃は続ける。

 

 

「捨てるとは言っても“董卓”と“賈駆”という名は捨てるべきだ、と言っているだけです。公孫殿があなた方を保護するという決断を下した以上、少なくとも董卓という名を持った人間は存在してはならない……お分かりですね」

 

「名前を捨てるって……そんな急に言われても。月だって……」

 

「……正直、辛い決断を強いているとは思う。でもごめん。君達を保護するにはそれぐらいのことをしなくちゃいけないんだ。その代わり、君達のことは全力で護る。それは信じてくれ」

 

 

この場にいる全ての人間の気持ちを、覚悟を代弁した一刀の言葉に賈駆の瞳が揺れる。

 

本来、公孫賛軍の面々には彼女等、董卓と賈駆を保護する義務など無い。

つまりこれは善意でしかないのだ。むしろ公孫賛軍そのものに掛かるリスクの方が余程大きい。

 

完全にバランスが破綻した取引。それは賈駆とて分かっていた。

 

だがそれと名前を捨てるということは別問題とも言える。

 

そしてなにより、自分はともかく親友は

 

 

「……分かりました」

 

「月!?」

 

 

賈駆にとっては予想だにしなかった董卓の言葉。だが既に董卓の眼には決意が宿っていた。

 

 

「……自暴自棄になってる、とかじゃないよな?」

 

 

白蓮が董卓に問う。

名を捨てる――それが真名では無いにしても簡単なことではないだろう。

 

それを少しの時間で決断した董卓。

自暴自棄になっているのではないか、と思うのも無理のないことだった。

 

だが董卓は首を横に振る。

 

 

「……私達は本来死ぬ運命だったのかもしれません。でも、公孫賛様や北郷様の善意でこの命を繋ぐことが出来るのなら、それに縋りたい。なにより、私の友達が全てを賭けて護ろうとしてくれたこの命、簡単に捨てるわけにはいかないんです」

 

「月……」

 

「ですから、これは提示されるべき話ではなく、本当はこちらから皆さんに頼まなければいけないことでした」

 

 

そう言って董卓は地面に伏し、深く頭を下げた。

 

 

 

「これからの私はただの【月(ゆえ)】。……改めてお願いします。私を、詠ちゃんを……助けて下さい」

 

「ボクの真名は【詠(えい)】。……ボクからもお願いするわ。月の命と私の命、それを救ってくれるのなら他には何もいらない。どんな仕事だってする。だからお願い。月を……ボク達を、助けて」

 

 

 

同じように賈駆も平伏する。むしろ、驚いたのは公孫賛軍の面々。

小さい少女二人の示す精一杯の気骨。そこには悲壮感も媚び諂う卑しさも無い。

 

ただただ、真摯な願いがあった。

 

 

 

 

「俺達は」

「私達は」

 

 

 

 

一刀と白蓮の声が重なる。

 

 

顔を伏せている二人には見えないだろう。一刀が、白蓮が、どんな表情をしているか。

 

だがそんなもの、問題ではない。見えるか見えないかの問題ではない。

 

何であろうと護る理由が出来たのだ。

だからこそ何の迷いも無く、二人は言葉を紡ぐ。確固たる曲がらない意思の元に。

 

 

 

 

 

「「――死ぬまで月と詠の味方だよ」」

 

 

 

 

 

震える、伏した二人の肩。落ちる雫。

敵が多すぎた二人にとって、それはどれだけ力強い言葉だっただろう。

 

一刀と白蓮の言葉に、雛里も力強く頷いた。

 

この場この時を境に董卓と賈駆という人間は死んだ。

残ったのは月と詠と言う名の二人の少女。そして、その二人を護ると誓った者達。

 

 

勢力としてはまだまだ小さい。

一人一人の力はもっと小さい。

だが、その誓いの鎖は何よりも強かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや伯珪殿。これはまた可愛らしい侍女を二人得ましたな」

 

 

廃屋の外で待っていた星が、白蓮の後ろに付き従う二人の少女を見咎める。

それ以外のことを問わないということは、なんとなく事情を察したのだろう。

 

白蓮は心の中で彼女に感謝した。

 

もっとも、白蓮の心情を汲み取るという星のスキルが白蓮自身にとって特に働くだけとは限らないのだが。

 

しかし、この善人太守様考えはそんなところまで行きつかない。

 

星の口にした単語に、考えるような表情になる。

 

 

「一応そういうことになるだろうな。二人の立場はまた改めて決めるよ。今のところは侍女ってことになりそうだけど……いいか?多分仕事はお茶酌みとか掃除とかかな」

 

「え……それだけでいいんですか?」

 

「ちょ、月にそんなことやらせるつもり!?」

 

「いや、あなたさっき“なんでもやる”って言っていたじゃないですか。それともそれ以外の仕事がいいですか?私に任せていただけるならそれ相応の仕事を斡旋して上げますが」

 

「え、遠慮しとくわ。なんかあんたに任せたらとんでもないことになりそうな気がする……」

 

「分かっていただけたようで何よりです」

 

 

立場上、そして口にした言葉上あまり強く出ることのできない詠は、げんなりした表情を浮かべる。

 

反面、燕璃は出来の悪い妹を窘めた後のような様子で、どこか満足気だった。

 

 

「でも、月にはちょうどいいかもしれない。結構几帳面だし、世話好きだもの」

 

「へえ、そうなのか。うん、まあ確かにメイド服着てても違和感無いよな」

 

「この服、めいどふくって言うんですか?」

 

「そ、俺の国というか俺のいた世界で流行してる、給仕の正装……かどうかは分かんないけど」

 

「「世界?」」

 

 

説明より一刀の口にした【世界】という単語に反応する月と詠。

それはそうだろう、生国が違うだけなら“国”と呼称すればいいだけの話だ。

 

だが一刀は“世界”と言う。

公孫賛軍の面々は既に知っている事だから特に気にもしないが。

 

初めての人間にはやはり異質な言葉として映るのだろう。

 

 

「んーいや、そのな……」

 

 

居心地悪そうに頬を掻く一刀。どうにも自分から言うことは憚られた。

 

純粋な疑問にを浮かべている少女二人相手だと特に。

そこに

 

 

「殿は“天の御遣い”でござる故、天の世界から参ったのでござる!!」

 

 

ある意味空気を読んだような呼んでいないような大声の宣言が響き渡った。

その場にいた一同の視線が一斉に注がれるが彼女――舞流はまるで気にしていない。

 

むしろ誇らしげにその胸を張っていた。

強調しなくても自分から存在感をアピ-ルしているかのようなその胸部を惜しげも無く突き出して。

 

 

『『『『『おおー』』』』』

 

「お前らはいいから仕事しろやあ!」

 

 

どよめく兵士連中を叱咤する一刀。兵士たちは二ヤケ面のまま自分達の仕事に戻って行った。

 

燕璃や詠、白蓮の呆れやらなにやらが入り混じった視線を背中に感じながら。

 

 

「……で、天の御遣い?誰が?」

 

「一応、俺」

 

「ふーん。……胡散臭いわね」

 

「んなもん俺が一番よく分かってますう!」

 

「え、詠ちゃん失礼だよぅ……」

 

 

胡散臭い物を見るような、では無く間違いなく胡散臭い物を見る視線を向けられた一刀は半分ヤケになって叫んだ。

 

詠の後ろで小さく、月が抗議の声を上げる。

 

それを見て、星は愉快そうにクスクスと笑っていた。なぜかそれに舞流が反応する。

 

 

「……某、なにか可笑しいことを言ったのでござろうか?」

 

「いやなに、お主は何も可笑しいことは言っていないさ、舞流」

 

「はい。一刀さんは本物の天の御遣いですから……」

 

「そうでござるよな!うんうん、殿が天の御遣い……何のおかしさも無いでござる!」

 

 

キョトンとする舞流をフォローする星と雛里。嬉しそうに舞流は何度も頷いた。

 

 

「……ホントにこいつらに命預けて良かったのかな」

 

 

今までいた自分が身を置いていた世界とは不釣り合いに平和な光景を見て多少なりとも不安になる詠。

 

そんな詠を安心させるように、その手を月が握る。

 

 

「大丈夫だよ、詠ちゃん。公孫賛様も含めて皆良い人達ばかりだよ?」

 

「……まあ、そこは認めるけど」

 

「大丈夫」

 

 

再び同じ言葉を繰り返す親友を少し羨ましくも思う。

自分はどんなに頑張ってもそんな簡単に人を信じることが出来ないから。

 

気持ちとしては納得できているものの、やはり生来生まれ持った“まずは疑って掛かる”という考えは消えない。

 

そんな自分の性分に少し、憂鬱になり掛けた詠の前に

 

 

「どうした?」

 

「……ん?わわっ!」

 

「おっと」

 

 

まったく予期していなかった一刀の顔があった。

驚いて体勢を崩し掛けた詠の手を、一刀の手が掴む。

 

詠の身体を手一本で支えるその光景はまるで、淑女をエスコートしているような紳士のそれ。

 

少し汚れてはいるが、一刀の服は白。詠のそれも軍師のような服では無く、今やメイド服。

 

不思議と二人が織りなすその光景は絵になっていた。

星からは「ほお……」と感心したような溜息が零れる。幸か不幸か、詠はその為息で我に返った。

 

 

「……ちょ、離しなさいよ馬鹿!」

 

「お、おお。悪い、転びそうだったからつい」

 

「い、いや……ボクの方こそゴメン。助けてもらったのに。急だったから吃驚しちゃって」

 

 

なぜか気まずい空気が流れる。そこに、やはりと言うかなんと言うか。

 

 

「して、そなたたちは?殿や大殿と話していたのは知っているでござるが、某はまだ名前を知らないでござるよ」

 

 

またも良い意味でなのか悪い意味でなのかよく分からないが。

ともかく場の雰囲気をぶっ壊す、舞流の天然爆弾が炸裂した。

 

一同は顔を見合わせ、盛大な溜息を吐く。

だが、その後に残ったのは“しょうがないなこいつは”といった類いの苦笑や純粋な笑み。

 

燕璃風に言うならば一刀への評価同様“舞流はこれでいい”のだろう。

 

 

「ふふ……私は月、と言います。訳あって真名しか預けることが出来ないのですが……どうぞ遠慮なく、月と呼んでください」

 

「これはご丁寧に。某のような若輩にもそのような心遣いを。素直に有り難いでござる。それでは某も。姓は周、名は倉、真名は舞流でござる。某のことも遠慮せずに舞流、と気軽に呼んでいただければ嬉しいでござるよ」

 

「ボクは詠。月と同じで真名しか預けることが出来ないけど、よろしく」

 

「月殿に詠殿でござるか。いや、某達の陣営も賑やかになってきたでござるな!」

 

「あなたひとりで充分賑やかですけどね、舞流」

 

「褒めても何も出ないでござるよー?燕璃」

 

 

燕璃の皮肉にもまったく気付かず愉快そうに笑う舞流。

その様子を見ていた月と詠も、自然と笑顔を浮かべていた。

 

更にそれを見て、残った面々は顔を見合わせ思わずクスクスと笑う。

 

既に星を除いて、月と詠に真名を預けた身だった。

だが、燕璃は

 

 

 

 

――私は、あなたを真名で呼ぶつもりはありませんよ――

 

 

 

 

月と詠が仲間に加わるのを善しとしたものの、頑なに真名を受け入れなかった。

 

そこは当人同士の事情があるのだろう。

 

そしてまた、月も無理強いはしなかった。

まあ、真名は無理強いをして呼ばせるものでも無いのだが。

 

そんな中で星が一歩進み出る。

 

 

「姓は趙、名は雲、字は子龍、真名は星だ。二人とも、これからよろしく頼む」

 

「は、はい。月です、こちらこそよろしくお願いします」

 

「私は詠、よろしく。……あんたが趙雲だったの。公孫賛軍の勇将、趙子龍。その名前はボクも知ってるわ。有名よ、あんた」

 

「ふっ、一介の市井に住まう一少女にまでこの名が伝わっているとは嬉しい限りだ」

 

「う……」

 

 

星のお茶目によって自分の立ち位置を再認識させられた詠は、言葉に詰まる。

しかし今や本当のことなので反論も出来なかった。そんな詠を見て星は苦笑する。

 

 

「はっはっは、気にするな。その内慣れる」

 

「慣れたくない……」

 

「頑張ろうね、詠ちゃん」

 

「うう……」

 

 

親友の前向きさを見習いたい詠だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~い!順番に並んでくださ~い!」

 

「……?なにやってんだ、あれ」

 

 

月と詠の件が一段落し、路地裏から通りに出てきた一同。と、通りに出るなり大きな声が響いた。

 

一同がその声がした方に眼をやるとそこには人だかり、というか人の列が。

 

 

「あ、桃香だ」

「愛紗や鈴々もいるな」

「朱里ちゃんもいます……」

 

 

一刀がふとした疑問を零したことに始まり、白蓮、星、雛里が次々と自分の友人達を人垣の隙間から見つけた。

 

野次馬のように、というか純粋に何をしているのかが気になり、一同は近付いていく。

 

徐々に多くなっていく人の数にあたふたし始めた桃香の眼が白蓮を捉えた。

 

 

「白蓮ちゃん!お願い、ちょっと手伝ってー!」

 

「別に良いけど……これ何してるんだ?」

 

「ああ、白蓮殿。どうやら洛陽の街の人々は宦官からの不当な搾取にあっていたらしく、数日ろくに物を食していない者も何人かいまして」

 

「なるほどな。悪政の噂事態は真であったのだな。それ故、炊き出しを行っているというわけか、愛紗よ」

 

「その通りだ、星。予想以上に炊き出しを頼みにする者が多くてな、済まんが手伝ってもらえないだろうか?」

 

「炊き出しって……桃香。それ糧食だろ?お前んとこ義勇軍なんだからそんなに兵糧もあるわけじゃないだろ」

 

「うう……仰るとおりです」

 

 

白蓮のもっともな指摘に半泣きで項垂れる桃香。

その隣では愛紗が何とも言えない複雑な顔をしていた。

しばらく黙っていた白蓮だったが、諦めたように溜息を吐き、背後の仲間達に向き直った。

 

 

「雛里。確かうちの糧食は全てを袁紹軍が賄うって話だったよな?」

 

「はい。交渉をしたのは私ですし、間違いないです。」

 

「それじゃ星と二人で本初のところに行って、それを改めて確認して来てくれ。星、もし本初が渋ったら、遠まわしにネチネチと器が小さいことを強調した交渉を頼む」

 

「ふっ、心得た。行くぞ、雛里」

 

「は、はい」

 

 

白蓮の言わんとしたことを理解した星はニヤッと意地の悪い笑顔を浮かべ、雛里を伴い去って行った。

 

 

「舞流、燕璃。うちの糧食、半分持って来てくれ」

 

 

半分とはいえ義勇軍では無く正規軍の兵糧。

 

つまりそれは、それなりに量があるということ。

 

 

「わかったでござる!」

 

「ま、仕方ありませんか。考え無しに糧食を提供しないだけマシ――ってちょっと舞流!待ちなさい!」

 

 

返事をするや否や弾丸のように飛び出していった舞流の後を燕璃が必死に追い掛けていった。

 

残ったのは白蓮、一刀、月、詠。

 

 

「よし、うちの糧食が来るまで桃香達含めてえーと……八人か。とにかく手分けして食料を配ろう」

「はい。頑張ります!」

 

「仕方ないわね。手伝ってあげる」

 

 

俄然やる気を見せる月と、やれやれと言う風に袖を捲り上げる詠。

 

億劫そうな仕草とは裏腹に、詠の表情は明るかった。

 

 

「ありがと~!助かるよ~!」

 

「ほら桃香!泣いてないで手ぇ動かせって!」

 

「それじゃあそこの二人にもお願いするのだ!」

 

「はい、任せてください!」

 

「ちょ、ちょっとこんなにいっぺんに――」

 

 

手伝いが来たことを野生の勘で察知した鈴々が月と詠を引っ張って行き、配る糧食を渡していく。

 

何故か詠には月より多い糧食が渡され、重さこそそれほどない無いものの、手から溢れんばかりの糧食の量に慌てていた。

 

それを一刀は微笑ましげに見つめる。

 

 

二人から名を奪うと言う行為。それは恨まれてもおかしくないことだと思う。

しばらくの間は慣れない環境と名を失くしたという重さに、気を落とすのも仕方のないことかと思った。だけど二人は二人なりに前を向こうとしている。それが嬉しかった。

 

 

「一刀殿、傷は大丈夫なのですか?」

 

「うん?ああ、大丈夫だよ」

 

 

隣に並ぶ愛紗に、問題無いと指で胸を示す。

とはいえ巻かれた包帯の上には黒地のタンクトップを着ているので分からないだろうが。

 

 

「そうですか……よかった」

 

 

安心したのか愛紗は胸を撫で下ろした。

 

 

「それより愛紗も鈴々もありがとうな。怒ってくれたんだろ?俺が斬られた時に」

 

「当たり前でしょう!……とはいえあまり覚えていないのですが」

 

「覚えてない?」

 

「はい。一刀殿が斬られたのを見た辺りから、呂布に反撃された辺りまでの記憶が曖昧で。一刀殿が斬られ、倒れたという光景に怒りを覚えたところまでははっきりしているのですが」

 

「それって鈴々もか?」

 

「ええ、同じような事を言っていました」

 

「なんだろうな、それ。……まあ、いいや。それより愛紗も鈴々も大丈夫か?」

 

「大丈夫か、とは?」

 

 

愛紗がキョトンとした表情になる。

 

 

「いやほら、星も腕とか脚とか動かすのが辛いって言ってたから。愛紗と鈴々も呂布と戦ってただろ?そういうのはないのかなって気になったんだけど」

 

「私としては一刀殿の方が心配なのですが……。呂布に斬られてその程度の怪我で済むなどと……死んでいてもおかしくなかったのですから」

 

 

あ、やべ。と一刀は思った。このパターンはやぶへ――

 

 

「大体あんな無謀なことをするなんて何を考えているのですか!」

 

「あ、いや。すいません」

 

 

やっぱり藪蛇でした。

 

 

「無謀と勇気は違うのですから、その辺りはしっかりと考えて下さい!」

 

「あー……ごめんなさい。ホント、反省してます」

 

「本当ですね!」

 

「本当ですっ!」

 

徐々にヒートアップしていく愛紗に釣られ、一刀もそれなりに大きな声で返事を返す。

 

周囲の人々が何事かと視線を向けるのだが、愛紗はそれに気付いていないようだった。

 

 

「……ならいいんです。人のことばかり考えていないで、一刀殿は御自愛なされたほうがいい。でないと、いつか本当に死んでしまいますから」

 

「分かってるって。……分かんないけど、もしかしたら俺が死なずに済んだのってこいつのお陰かもな」

 

 

心配そうに表情を歪めた愛紗に、腰に差した刀を指し示す。

 

 

「それは?そういえば初めてお会いした時から腰に挿していますが」

 

「俺の武器。ほら」

「これは……」

 

 

一刀が抜いた刀に、愛紗の眼が吸い寄せられる。刀は刀身の真ん中から折られていた。

 

残っているのは鞘と鍔、そして少しだけ残った刀身の根元。

 

元々細い形状だが、出来るだけ本物に近い形で作成した代物。

 

今の一刀の技量と相まってそう簡単には折れる筈はない。

故にどれほど強い攻撃が加えられたのかは想像に難くないだろう。

 

 

「これで呂布の攻撃を防いだと?」

 

「うん。まあ折られちゃったし、それを越えて胸斬られたんだからどんだけだって話だけど」

 

「……失礼かもしれませんが、この剣と一刀殿の技量では呂布の攻撃は防ぎきれないと――」

 

「かーずっとさん!」

 

「おわっ!ま、前が見えないっ! 」

 

「だ~れだ?」

 

「蒲公英!その声は蒲公英だな!」

 

「へへ、あったり~。よく分かったね?」

 

 

突如背後から回された手に目隠しをされ慌てたものの、声と呼び方で襲撃者を特定した一刀。

 

正体がばれたのを悟ると、襲撃者――蒲公英は潔く手を離した。

 

 

「声と呼び方でな。ていうかこんなとこにどうしたんだ?」

 

「人だかりが見えたから何かな~って。面白い事だったら良かったんだけど」

 

「おーい蒲公英~!そんな急いでどうしたんだよ……」

 

「あ、お姉さま」

 

「ん?ああ、馬超さん」

 

 

通りから走って来た馬超を見咎め、二人が声を上げる。

 

馬超は三人の目の前で止まり、走って来たことによって多少上がった息を整えた後、顔を上げた。

 

どこから走って来たのだろうか。

 

 

「あーええと、北郷……だっけ?」

 

「うん。北郷一刀」

 

「そっちは劉備軍の関羽だよな」

 

「ああ、貴殿は涼州の馬超殿とお見受けしたが」

 

「知ってるのか?汜水関で華雄を討った関雲長に名前を覚えてもらってるってのは悪い気がしないな。馬孟起だ、よろしく」

 

「ああ、こちらこそ」

 

 

目の前で握手する少女二人を見て、一刀はそれなりに高揚感を覚えていた。

 

関羽、そして馬超。

蜀の五虎将に数えられた二人が目の前で握手を交わしているのだ。

 

だいぶレアな光景に出くわしているのだろう。

 

その容姿や普段の様子から彼女達を三国志の登場人物として見ることが出来ないが、ふと我に返るとこう考える時もある。

 

と、いうか。この反董卓連合だけで三国志の英傑達が相当集まってるし。

 

蜀の五虎将に至っては残りの一人、黄忠がいないだけだ。

 

桃香――劉備のところに関羽、張飛、諸葛亮。

曹操のところに夏候惇、夏候淵、荀彧と多数。

孫策のところに周喩、周泰やっぱりその他諸々。

 

代表的な三勢力だけでも相当だろう。

 

 

「う~ん……」

 

「一刀さん?なにお姉ちゃん達見て唸ってるの?あ、関羽さんもお姉ちゃんも可愛いもんね~。うんうん、品定めしたい気持ちも分かるよ」

 

「しな――」

 

 

「「品定め!?」」

 

 

あ、やりやがったこの悪戯っ子。

……ああ神様、俺は幽州に無事に帰れるのでしょうか。

 

だってほら、抗議顔でにじり寄ってくる二人、超怖いんだもん。

 

呂布より怖いよね、ある意味。

 

じりじりと距離を詰めて来る少女二人を前に後ずさる一刀は半分諦めムードで一か八かの賭けに出た。

 

そう、それはつまり

 

 

「戦略的撤退っ!!」

 

 

「あっ!一刀殿っ!」

 

「逃がすかっ!待て北郷!」

 

 

一刀は勢い良く駆けだし、すぐ近くにあった路地へと飛び込んだ。

 

傍目に見れば可愛い少女二人に追い掛けられているというラッキーな光景を生み出しながら。

 

 

 

 

 

「あはは、一刀さんも大変だぁ。それにしても関羽さん、なんか感じてた印象と大分違うなー。あれだと普通の女の子みたいだし。……そういえばお姉さまも珍しいかな、殆ど初対面の相手をあれだけ気に掛けるなんて。案外人見知りなのにね、男の人相手だと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 捕捉 】

 

白蓮が廃屋に戻って来た時、星は入れ代わりという形で外で警戒に当たっており、舞流は公孫賛兵の指揮に当たっています。

他にもこのような捕捉を御所望であれば、随時コメント欄にて答えていくのでよろしくお願い致します。

 

 

 

 


 
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