第二十四話 ~ 英雄の罰 ~
【シリカside】
「そうだ! そいつらは人殺しだ! PKなんだ!!」
その言葉を皮切りに、会議に集まったほとんどのプレイヤーは次々にネズハさんたちを責め立てた。
「土下座くれーで、PKが許されるわけねぇぜ! どんだけ謝ったって、いくら金を積んだって、死んだ奴は帰ってこねーんだ!」
こんな時、私みたいな子供は何が出来るだろうか。ネズハさんたちを庇うくらいなら出来るもしれないけれど、今の私にはそれも出来そうになかった。
――怖い。
四十人近いプレイヤー全員が、たった六人に対して敵意を向けているこの空気がたまらなく怖かった。
この世界がデスゲームへと変貌を変えた直後は、これの何十倍も恐ろしいものだったのだろう。
「アヤメさん……!」
恐怖から逃れるように、私はアヤメさんに縋りつく。そうすると、アヤメさんは無言のまま優しく私の頭を撫でてくれた。
「お前ら、どーやって責任取るんだよ!?」
プレイヤーの誰かが、怒鳴るよう言った。
「……皆さんの、どんな裁きにも、従います」
その言葉に、レジェンド・ブレイブスの誰かが答えると、ピタリとアヤメさんの手が止まった。
【アヤメside】
今、レジェンド・ブレイブスは何と答えた?
『皆さんのどんな裁きにも従う』と答えた。
今この空気でそれを言うこと。それはつまり、死を受け入れ、死を選ぶ事と同義。
――ふざけるな。
「なら、責任取れよ」
誰かの言った、極短く大した意味を持たないその一言は、鋭いピンとなり、限界まで膨らんだ風船に突き刺さる。
「そうだ、責任取れ!」「死んだ奴に謝ってこい!」「PKならPKらしく終われ!」
音の塊が、空気を震わせナタクたちに叩き付けられる。
曰わく、『死んで償え』と。
――ふざけるな。
「命で償えよ詐欺師!」
「死んでケジメをつけろよPK集団!」
次第にボルテージの上がっていく言葉は、やがて直接的なものへと変わっていく。
「殺せ! クソ詐欺野郎共を殺せッ!!」
子供の悪ふざけなどではない、本気の憎悪が込められた言葉。
その歪んだ言葉は、まだ幼さの残るシリカの許容量を遥に越えるものだ。
「あ…やめ……さん……」
その一言で、シリカは顔をくしゃくしゃに歪めてペタリと地面に座り込んだ。その瞳からは、とめどなく涙がこぼれる。
「――――ざッけんじゃねぇぞテメェらッ!!!!!!」
下らない言葉全てを掻き消さんが如く、ありったけの怒りを込めて叫んだ。
【キリトside】
「――――ざッけんじゃねぇぞテメェらッ!!!!!!」
約四十人のプレイヤーの声など意に介さない、たった一人の怒号が空を揺らした。
一瞬にして静まる広場。全員の視線は、俺の直ぐ隣にいる、シリカを守るように抱き締めるアヤメに向けられる。それに対して、アヤメはジロリとプレイヤー全員を睨んだ。
一触即発のピリピリとした空気がそこにあったが、少しするとアヤメは深呼吸をして頭を冷やし力を抜いた。
「……ごめんなシリカ、急に大声出して。少し離れるけど、大丈夫か?」
ついさっき、あれだけの怒りをぶつけたと思えないほど落ち着いた声でシリカに尋ねた。しかし、シリカは小さく頭を振り、離れたくないとアヤメのケープをぎゅっと握り締める。
アヤメが少し困ったような目をしていると、アスナがシリカに歩み寄ってその肩を優しく包み込んだ。
「大丈夫。私が付いてるよ」
「……ありがとう」
シリカに代わりお礼を言ったアヤメは、握りしめられたシリカの手を解いて立ち上がり、広場の中央へと歩を進める。
プレイヤーたちがアヤメを妨げることはなく、自然と作られた一本道を進むアヤメは、リンドたちをスルーしてネズハたちレジェンド・ブレイブスに歩み寄った。
「ナタク。お前、さっき死ぬことを選んだよな?」
「……はい」
「アスナは、お前になんて言ったか覚えているか? 俺がなんて言ったか覚えているか? どうしてあの時、シリカは剣を抜きかけた俺を止めたか分かっているか? どうしてキリトがお前にその武器を譲ったか分かるか? ―――俺たちはな。お前に、お前らに死んで欲しくないんだよ」
間髪入れずに出されるアヤメの言葉に、ネズハたちは頭を垂れたまま無言で聞き続けた。
「それなのに、そんなことを思っている人がいる目の前で、死ぬなんて選択しないでくれ。簡単に命を投げ出そうとしないでくれ」
言葉の端に悲しみと怒りを滲ませてアヤメは言った。それだけ言うと、アヤメはネズハたちに背を向けて今度はそれを静観していたプレイヤー全員に向き直った。
「レジェンド・ブレイブスの裁決だが、俺は命で償う必要は無いと思う。と言うか、その選択はしては駄目だ」
第一層の時よりも強く、されど落ち着いた口調だった。
「お…お前は! そこの人殺し共の肩を持つのか!?」
被害者のキバオウ隊の一人が気圧されながらも叫ぶと、それに便乗するようにヤジが飛んだ。
しかし、アヤメにはどこ吹く風。そんなことは全く気にせず溜め息混じりに呟いた。
「いつ、レジェンド・ブレイブスのメンバーがPKをしたんだ?」
「んなもん……」
「してないだろ」
今度はリンド隊の一人が口を開いたが、アヤメはそれが言い終わる前に結論を出した。
「レジェンド・ブレイブスがやったことはあくまでも詐欺。つまり、コイツらがやったことは
「だけど、コイツらが武器を騙し取らなければプレイヤーが死ぬことは無かったんだぞ!」
「それは可笑しいな」
睨みを利かせてアヤメは言った。
「その死んだプレイヤーは、武器が弱くなったと分かっていたはず。だったら、安全面を考慮して『いつもより弱いMobを狩った方がいいのでは』と考え選択する事も出来た。にもかかわらず、そのプレイヤーは『問題無いだろう』と判断していつものMobに挑んだ結果、死亡。……さて、死亡の
アヤメの言葉に、ほぼ全てのプレイヤーが黙り込んだ。
その死んだと言うプレイヤーAが死んだ直接的な原因は、今まで培ってきた経験による《油断》。そして、不相応な装備でも大丈夫だと判断した《慢心》だ。もっと慎重に考えていれば、プレイヤーAが死ぬことは無かっただろう。
落ち着いて考え直してみれば、アヤメの言い分は誰でも思いつくことだった。
「だからって、ソイツらが関係してないわけじゃねぇだろ!」
まだ納得のいかないプレイヤーが、レジェンド・ブレイブスを指差して叫んだ。
「そうだな。間接的にだが、ナタクたちはプレイヤーの死亡原因の一つだ。だからもちろん相応の罰は受けてもらう」
「だったら死刑だ!!」
「死刑以外を選べつってんだよ」
「っ!?」
叫びこそしなかったが、平淡な声で紡がれたその言葉には明確な怒りが込められていて、黙らすのには十分な効果を発揮した。
「アンタらの言い分は、『命を奪ったんだからその命で償え』だ。でも、ナタクたちは人殺しなどしていない。その時点で命で償う理由は無くなってるんだ。……それとも何か?」
――――そんなに人を殺したいのか?
強化詐欺を見破った直後と全く同じ、絶対零度の冷たさを含んで呟かれたその一言は、静かに広場中に広がっていき空気に溶けるように消えていった。
今度こそ、全プレイヤーが黙った。
「……死刑は
先ほどとは打って変わって、眉を寄せて懇願するような声で言葉を紡ぐアヤメ。身長の低さとそのどことなく幼さの残る容貌と相まって、アヤメは自分よりも年上なのに、子供に諭されているように錯覚してしまった。
実際ほとんどのプレイヤーは、まさに「けんかはだめだよ」と当たり前のことを子供に注意されたときのような気不味い表情を浮かべていた。それと同時に、感情に振り回されていたさっきまでの自分を恥じているようでもあった。
「……ありがとう」
その様子を眺めて、どうにか納得してもらえたと感じ取ったアヤメは、深く頭を下げた。
「じゃあ、ここからはレイドリーダーに任せる」
頭を上げたアヤメはリンドに向き直り、小さく会釈をしてから少し早足でシリカのところへ戻って行った。
その後、ネズハたちには罰として、《今後のゲーム攻略での貢献》と《収入からの定期的返済》。そして、ボス攻略後に《現在装備している強化アイテムの換金もしくは無条件譲渡》の三つが架せられた。
最後のモノは、攻略の後俺が思い付いたものだ。
レジェンド・ブレイブスが装備しているアイテムは、ナタクのを除き全てがハイレベル強化装備である。そのため、これらのアイテムを全て換金すれば、詐欺の被害額を上回るコルになるはずだからだ。
しかし、それだけでは少々手間がかかる。そのため、換金しなかったとしても、今直ぐ装備して十分戦力となるアイテムは、欲しいと言う人がいれば優先的に譲ることにした。
何はともあれ、これで強化詐欺事件は完全に解決された。
そして、少し時間が掛かったが、第二層攻略会議が再会された。
【アスナside】
あの夜と真逆だなあ、と頭の片隅で思いながら、私はシリカちゃんを胸に抱きしめて優しく頭を撫でた。
いくら強くなっても、シリカちゃんは小学校高学年くらいの女の子。私ですら少し怖かったのだから、優しくて精神的にまだ弱いこの子には、とても辛かったのだろう。
「……ありがとうございます。アスナさん」
ぽつりと胸元で呟いたシリカちゃんは、いくらか血色の良くなった顔を上げてニコリと微笑んだ。
「私、決めてるんです。逃げないようにしようって。さっきは不意打ちでダメでしたけど、もう大丈夫です」
「……そう。貴女は強いね」
ちょっと無理をしている感じはあったけど、本人がそう言うならと思い、私はシリカちゃんを放した。
「シリカ、ただいま」
と、ちょうどそのとき、全員の説得を終えたアヤメさんが返ってきた。
「………」
穏やかな声で言うアヤメさんにシリカちゃんは微笑み返して手を伸ばすが、直ぐに引っ込める。その意味を悟ったアヤメさんは、無言で小さく微笑んだ。
「レジェンド・ブレイブスには《今後のゲーム攻略での貢献》と《収入からの定期的返済》の二つを架す! 異論はあるか?」
広場に響くリンドさんの声に不満を示す人は一人もいなかった。
「お前たちも、もう頭を上げていいぞ。だけど、もう二度とこんなことをしないと誓ってくれ」
誓います、と異口同音で頷いたネズハさんたちは揃って立ち上がり、広場の端の方へと移動していった。
「それじゃあ、攻略会議を再開する!」
リンドさんの再開の一言に、場の空気がカチリと切り替わったように感じた。
「先ずはレイドを編成してくれ」
「えーと、私たちはどうすればいいんでしょう?」
シリカちゃんが私たちの方を見て尋ねた。
「取り敢えず様子見するしか無いんじゃないか? 下手に組んでパーティ数を中途半端な数にする訳にもいかないし」
「それから考えればいい」
それにキリト君が答え、私たちはその意見に同意した。
レイドが編成されていくのを眺めていると、私たちを除いて七つの団体が出来ていった。
SAOでのレイドは、最大で六人パーティ八連結の計四十八人の使用となっている。そのため、私たちまたあぶれちゃったのかなあ、と思っていると、肌の黒い大柄のスキンヘッドの男性を先頭に四人の男性が近付いてきた。
「よお。やっぱりお前さんたちも来てたんだな」
「エギルさんこんにちは」
「フィールドボス戦以来だな」
いかつい顔からはイメージ出来ない、気さくな挨拶をしてきた黒人の男性はエギルさんだった。
第二層フィールドボス戦のとき、一時的なパーティメンバーとして一緒に戦った私とキリト君は、彼に挨拶を返し、彼のメンバー全員に挨拶する。
一方で、エギルさんとあまり面識の無いアヤメさんはその様子を眺め、初めて会うシリカちゃんは見た目に気圧されてアヤメさんの後ろに少しだけ隠れていた。
「怖がられてるぜエギル!」
「ま、その顔じゃ仕方ないな!」
「うるせえぞお前ら!」
その様子を見たメンバーとキリト君はエギルさんをからかい、エギルさんは苦笑いを浮かべた。
「あ、そんなこと無いですよ!? ちょっとおっきかったから驚いちゃって、別に怖いとかは……」
「……いや、慣れてるから気にしないでくれ。俺はエギル。お嬢ちゃんの名前は?」
「シリカって言います。よろしくお願いしますエギルさん!」
「……いや、なんだその『こんな娘が欲しいな』的な目は」
エギルさんとシリカちゃんが自己紹介を終えたところで、アヤメさんが口を開いた。
「久しぶりだなアヤメ」
「久しぶり。じゃあ、キリトとアスナがエギルのパーティに入って、俺とシリカは二人でパーティを組もう」
エギルさんとの挨拶を手短に済ませたアヤメさんは、続けてパーティの割り振りを言った。
「エギルたちは大丈夫か?」
「ああ。パーティが華やぐから、むしろ入って欲しいくらいだ」
「ありがとう」
「じゃあ、よろしくな」
そう言うと、キリト君は直ぐにウィンドウを開いてエギルさんにパーティ申請をした。
私もウィンドウを開き、まずシリカちゃんとパーティを解散させてからエギルさんにパーティ申請をする。
視界左上のHPバーが一本減り、また直ぐに今度は五本増えた。
「レイドには入れないから自然と取り巻き相手になるだろうけど、油断はするなよ」
「もちろんです」
私の隣では、少し不安げな目でシリカちゃんに注意を促すアヤメさんに、シリカちゃんが笑顔で返していた。
アヤメさんと二人きりのパーティだからか、とても嬉しそうだ。
「で、どうしてこの割り振りなんだ?」
密かに疑問に思っていたらしいエギルさんがアヤメさんに尋ねた。
「一つ、キリトとアスナがエギルたちと仲良さげだから。二つ、全体の志気を上げるためにキリトはレイド入れるべきだから」
「いや、そんなもんか……?」
「三つ、アスナはキリトと一緒にいたいだろうから」
「アヤメさんっ!?」
「四つ、シリカがアンタらを怖がってるから」
「「「「おいっ!?」」」」
「五つ、もしもの時、シリカを前線から外しやすいから。以上」
「アヤメさん……」
淡々と言われる理由に、私たちは三者三様のリアクションで答える。
「じゃ、報告してくるな」
それぞれの反応を見たアヤメさんは、愉快そうな口調で言いながらリンドさんのところへ向かった。
【あとがき】
以上、二十四話でした。皆さん、如何でしたでしょうか。
前半はピリピリとしていましたが、後半は少しほのぼのとした感じになりました。
第一層のときの反省を踏まえ、アヤメ君は少し優しい口調で説教してますね。
シリカちゃんの精神的成長が早すぎる気がした。
次回はついにボス戦です。キリト無双(嘘)です。
それではまた次回!
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二十四話目更新です。
PK呼ばわりされたレジェンド・ブレイブス。彼らの運命は?
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