第二十五話 ~ 隠された真実 ~
【アヤメside】
第二層の迷宮区は、濃い霧が辺りを覆う見通しの悪いジャングルを抜けた先に存在する。
上部全面から牛のツノをモチーフとした日本の湾曲突起物が特徴的で、直径約250メートルと第一層のものよりはやや細身であり、タワーと言うよりも
その中を上へ上へと侵攻していくのは、
俺たちは数回の戦闘毎に前衛後衛を入れ替え、HPと回復アイテム消費を極力抑えるようにして迷宮区を登っていった。
第一層で十分以上にレベル上げした事はここでも役に立ち、ポップする敵をバッサバッサと切り捨てていたら割とあっさりボス部屋に辿り着くことが出来た。
「これが、ボスの部屋の扉ですか……」
迷宮区に初めて入ったシリカが、閉じられた荘厳な扉を見上げて呟いた。
「怖いか?」
率直な俺の質問に、シリカは首を傾げて曖昧に答えた。
「確かに怖いですけど……なんというか、少しわくわくしてます」
「……そうか」
恐怖ばかりじゃ戦えない。かといって、怖いもの知らずでは命を落とす危険性が高い。
恐怖心と冒険心の相反する二つの感情は、未知と戦う上でどちらも欠けてはいけないモノだ。だから、今のシリカのコンディションは、非常に良いものだと言えよう。
「そのくらいが丁度いいさ」
シリカの頭にぽむ、と手を置いて言う。
丁度そのとき、先頭を歩いていたリンドがこちらに振り返った。
「……こうして、第二層開通からたった十日でボス部屋に到達できたのも、トッププレイヤーであるみんなの頑張りのおかげだ! その力をオレに預けてくれれば、絶対にボスを倒せる! みんな、今日中に三層まで行こうぜ!」
リンドが右拳を突き上げると、レイドメンバー全員が「オー!」と叫んで拳を突き上げた。
「よし、じゃあ、念のためレイドの確認をする。九パーティのうち、A・B・C隊がオレたち《ドラゴンナイツ》」
リンド隊には既に名前があったらしい。恐らく、第三層に入ったら直ぐにギルドクエストを受けるだろう。
「D・E・F隊をキバオウさんの《解放隊》、G隊が今回から参加のオルランドさんの《ブレイブス》、H隊がエギルさんたち、そしてレイドには入ってないけど、I隊がアヤメさんと初参加のシリカちゃんのパーティだ」
リンドは確認するように各部隊に目を向け、最後は最後方でエギルたちH隊のそばにいる俺とシリカに目を向ける。
目立つから名指しは辞めろ、と視線を送ると、リンドは申し訳無さそうに苦笑いした。
「役割は、AからGの七パーティがボス攻撃、HとIには取り巻きMobを頼む。もしH・I両隊がピンチになったら、G隊が援護に向かってくれ」
そこまでの確認に、全員が頷いた。
「最後に、イレギュラーが発覚したら、無理に戦闘続行せず即退却。これだけは守ってくれ」
第一層の過ちを繰り返さないためにも、リンドは念を押していった。
「俺からは以上だが、他に何かあるか?」
「……せや、キリトはん! あんさん、一回自分の目ぇでボス見たんやろ? ほんなら、ボス攻略にあたって、なんぞ一言喋ってくれへんか!」
リンドの問いに、キバオウがキリトを指名した。
そして、指名されたキリトはと言うと、
「……どういうつもりなんだ……」
そう呟きながらアスナの後ろに隠れていた。
視線の壁にされているアスナは、なんとも微妙な笑みを浮かべていた。
「……ほら、ご指名だぞ」
「うわっ!?」
呆れた俺は、キリトをアスナの後ろから引っ張り出して地面に放り捨てた。
「あはは……。がんばってキリト君」
「がんばって下さい」
「っつつ……」
女の子二人に応援されたキリトは、後頭部をさすりながら立ち上がり、小さく溜め息をついてから、三歩前に出てレイド全員の顔が見える場所で立ち止まった。
「……最初に言っておくけど、俺だってベータテストの時のボスしか知らない。だから、リンドも言ったけど、イレギュラーが起こる可能性もあるし、何もかもが違うこともあり得る」
キリトが話し始めると、場が少しざわめいた。
「でも、少なくとも迷宮区に湧く雑魚トーラスの攻撃パターンはベータと一緒だった。だから、ボスもその延長線上にある剣技で攻撃してくるのは間違いないと思う。基本は《モーションを見たら回避》だけど、もし一撃目を喰らった時はデバフを二重掛けされるのだけは絶対に避けてくれ。ベータの時は、スタンが麻痺になったプレイヤーは……」
そこで、キリトは言葉を呑み込むようにして区切った。
キリトの言いたいことは、大体分かった。
「とにかく、落ち着いてハンマーを見れば二発目は絶対避けられる。それさえ気を付けていれば、この陣容なら死者ゼロで倒せるボスだ」
結局のところ、キリトはアルゴの攻略本に書いてある以上のことは言えていないようだったが、説得力の差か、ほとんどのプレイヤーがぐっと深く頷いた。
それを見届けたリンドは、ぱん、と強く手を叩いた。
「よし、いいなみんな、二撃目は絶対回避! ――それじゃ、そろそろ始めよう!」
ぐるりと体を反転させたリンドは、腰のシミターを鋭く引き抜き、高々と掲げる。
「……第二層ボス、倒すぞッ!!」
うお―――ッ!!
と言うと雄叫びが、仄暗い通路を揺らした。
俺はそのとき、元気いっぱいに「おー!」と言いながら拳を振り上げるシリカを見て、危険な目に遭わせない、と心に誓った。
ボス部屋の中は、今までの通路と違い、十分な明るさが保たれていて周りを把握するのが楽だった。
直径100メートルは越えていそうなコロシアム。その中央に、牛のレリーフが施された青黒い石材が同心円状に敷き詰められているオブジェクトが設置されている。
そのオブジェクトを視界に捉えた瞬間、ゾクリと寒気を感じ、理由は分からないが「今すぐ退却しろ」と頭の中で警鐘が鳴った。
「なあ、キリ――」
「出たぞッ!!」
キリトの名前を呼ぼうとした瞬間、レイドの誰かが大声を上げた。
レイド全員が視線を向ける先では、オブジェクトの斜め前の空間が揺らぎ、青い体と赤い体の二体のトーラスがポップし、開戦を表すかのような咆哮を上げた。
「――かかれッ!!」
リンドの掛け声と共に、プレイヤー全員が雄叫びを上げて行動を開始した。
「アヤメ!」
「分かってる」
こうなってしまっては後には引けない。俺はさっきの感覚を頭の片隅に投げ捨てて二体のうちの青い方、取り巻きMob
《
《スローイング・ナイフ》を一本取り出し、投剣スキル《シングル・シュート》を放つ。投げられたナイフは空中に黄色い奇跡を描いてナト大佐の額に深々と突き刺さった。
初撃を弱点に受けたナト大佐は、しかっりと俺を捉え一歩踏み出した。
「タゲ取り成功。行くぞ」
手筈通り、ナト大佐のターゲットを取ることに成功した俺は、赤い方、ボス《
その間、俺は視界の端に映る例のオブジェクトに意識が向いていたのに気付いた。
十分距離を置いたところで、振り返る。
「タンク頼むぞ!」
「任せろ!」
キリトの掛け声に、エギルたちタンクが前に出て、なぎ払うように振るわれるナト大佐のハンマーをしっかりと受け止めた。
「今だ!」
今度は、キリトたちダメージディーラーがナト大佐へ一気に押し寄せ、俺もワンテンポ遅れながらその筋骨隆々の巨体にそれぞれの武器を突き立てた。
またオブジェクトに気を取られていた。
一体、何がそんなに気になるんだ……。
「来るぞ!」
キリトが巨大な両手用ハンマーが振りかぶられるのを見た時点で叫ぶのを聞き、意識を取り戻した。
おう、了解、はい、というそれぞれの応答とともに大小七つの影が大きくバックジャンプ。
俺は、またもやワンテンポ遅れるが、持ち前の敏捷値で問題無くみんなと同じ位置まで下がった。
やや離れた位置から上空を見ると、停止したハンマーの打撃面が、鮮やかな黄色いスパークを幾重にも帯びた。
「ヴゥゥヴォオオオオ――――――ッ!!」
ナト大佐が雄叫びを上げると、直後にハンマーが落下。稲妻をまとった金属の塊が青黒い敷石を激しく叩き、衝突地点を中心に細いスパークが放射線状に拡散して床を走った。
これが、トーラス族固有のデバフ付きソードスキル、《ナミング・インパクト》。
タイミングを計る練習として雑魚Mobの《ナミング》は何発も見てきたが、流石は取り捲き。迫力が違う。
「―――ッ!!」
振り降ろされた瞬間、俺は《スローイング・ナイフ》を二本取り出し、トーラス族共通の弱点である額に狙いをつけて投剣スキル《ダブル・シュート》を放つが、二本の黄色いラインは狙いよりやや上空をなぞり、ダメージはかする程度に留まった。
無駄撃ちしたこと、そして、ダメージを意識するあまり、確実にヒットさせられる《シングル・シュート》を使わなかった自分の判断ミスに小さく舌打ちする。
「どうしたんだ、アヤメ。お前、全然集中できてないだろ?」
その様子を目敏く捉えたエギルが、「集中しろ」とナト大佐を睨みながら咎めるように言った。
「……分かってる」
分かっているが、それがどうしても出来なかった。どれだけ目の前の敵に意識を向けようとしても、俺の意識は自然とずれていくのだ。しかも、その意識の先が、コロシアム中央にあるただのオブジェクトなのだから世話無い。エギルに咎められるのも当然と言えよう。
――……集中しろッ!
自分の頬に、ダメージが発生しそうなくらい強い張り手を喰らわせる。
「全力攻撃一本!」
キリトの声に従い、剣技発動による硬直状態のナト大佐に、今現在で最大威力の剣技を叩き込む。色とりどりのライトエフェクトが直撃し、三本あるHPバーのうちの一本を削りきった。
その際に出来た敵の
何故、そのオブジェクトが気になるのかは分からない。なら、気にするな。分からないことを考えてもするだけ無駄。今は目の前の敵にのみ集中しろ。
そう頭の中で何度も復唱して自己暗示を掛ける。
「それに、こんな心理状態じゃ守れるものも守れねえぞ……!」
最後に自分を叱咤し目を開けると、視線は標的である《ナト・ザ・カーネルトーラス》を真っ直ぐ捉えていた。
目を開けると同時に、ナト大佐のディレイも終了するが、俺はあえて数歩前に出た。
ナト大佐は一番近くにいた俺に目を付けると、勢い良くハンマー振り降ろして攻撃してくる。
その攻撃を、バックステップとサイドステップを使い分けていつもより余裕を持って回避しながら誘導していく。丁度、その巨体がキリトたちに背を向けるような位置に―――
「もう一回!」
俺の意図を察したキリトが、ハンマーの振り下ろされた瞬間を狙って指示を飛ばすと、キリトの《バーチカル・アーク》、アスナの《リニアー》、シリカの《バイトオフ》が続けざまに無防備な背中に炸裂した。
突然の攻撃に、ナト大佐は目に怒りを灯して振り返りハンマーをなぎ払うが、既に入れ替わっていたエギルたちタンク部隊にまたもや受け止められた。
当然、それだけに留まらせるつもりなど毛頭無い俺は、クイックチェンジで短剣から素手に切り替えながら背面に飛び上がり、体を反らして頭部に格闘スキル《弦月》を喰らわせた。
額にヒットしなかったのが残念だが、くよくよする暇も無い。
俺は、落下が始まる前に頭の一部に足を引っ掛けて頭上に乗ると、そのまま頭を踏み台にして飛び上がり、キリトたちの近くに着地した。
直ぐさま敵の様子を確認すると、頭上に二つの黄色い光がクルクルと回っていた。立て続けの強攻撃に
これはもう一度ソードスキルを叩き込むチャンスだが、こちらも
「なかなか魅せてくれるじゃねえか」
パーティの一人が口笛を吹き、エギルが茶化すような声で言った。
「集中出来てなかった分のお詫びだ」
そう返しながら、素手から短剣に入れ替える。
「アヤメさん、格好良かったです」
「ありがとう。シリカも頑張ってる」
「あまり無茶しないで下さいよ」
シリカの言葉に素直に喜ぶと、横からアスナの心配するような声が聞こえてきた。
「でも、アヤメのおかげで残りHPは二本になったし、結果オーライだろ」
少し前に立つキリトが、ナト大佐を見据えて楽しげに言う。
そして、スタンが終了した。
「よし、一気に畳み掛けるぞ!」
「了解!」
キリトを除くメンバー全員が揃って返事して、再び動き出したナト大佐に駆け出した。
こちらが順調にHPを減らしている間、ボスを相手するAからG隊は、三人が《
部下のスキルよりも倍近い範囲をスパークの渦が襲う、バラン・ザ・ジェネラルトーラス……通称バラン将軍のユニーク技《ナミング・デトネーション》がありながらも、その餌食となったプレイヤーが三人しかおらず、さらに開始五分でHPバーを三本も減らしたのだから善戦と言わずして何と言えよう。
AからG隊がこれほどまで事を上手く運べた最大の要因は、ナタクの存在だった。
ナタクの装備する《チャクラム》という種類の武器は、投擲武器でありながら、握ったまま殴る事も可能なため、装備するには《体術》スキルも必要とするやや面倒な武器である。
その反面、攻撃力は高めに設定してあり、投げたらブーメランのように
つまり、ナタクには弾切れの心配がなく、遠距離からバラン将軍の弱点である額を狙い放題なのだ。
また、凄くシビアなタイミングではあるが、手始めのソードスキルはソードスキルで相殺できる事もあり、出来なくとも発動は遅らせることができる。
ひたすらチャクラムを投げていたナタクは、自然とこのタイミングを覚えたらしく、ほとんど狙って出始めにぶつけることが可能になっていた。
ほぼ必中の弱点攻撃に、危険な剣技の封殺。これら二つの要因があって、今のこの結果が得られた。
また、《善戦している》という事実はレイド全体の志気を上げ、プレイヤーの攻撃は過激さを増し、バラン将軍のHPをどんどん減らしていった。こちらが倒し終わる前に、向こうが終わってしまいそうな勢いでだ。
――そして、それが仇となった。
「セイヤァッ!」
ナト大佐の攻撃が止んだ瞬間、隙をついたシリカとアスナが足元に潜り込み、《ペック》と《リニアー》をそれぞれが放つ。
緑に輝く二本の刃が太い右脚にクロスするように突き刺さり、HPをラスト一本になるまで削った。
「アスナ! シリカ! 急いで離れろ!!」
「ヴゥゥヴォオオオオオオオオオアアアアア――――――――――ッ!!」
キリトが叫んだ直後、ナト大佐が天に怒りをぶつけるように吼えた。
一番近くで聞いたシリカはその咆哮に一瞬怯むが、アスナに引っ張られるように足を動かし、ナト大佐が動き出す前にその場から離れる。
バケツのような蹄で床を打ち鳴らしたナト大佐は、ツノの生えた頭を下げて深く前屈みになり、突進の体勢を取った。今までにない、新しい攻撃パターンだ。
「頭じゃなくて尻尾を見ろ! その対角線上に突進してくるぞ!」
ベータ時に見たことがあるらしく、初見では無いキリトが全員に聞こえるような声で指示を飛ばした。
ナト大佐が右に急旋回して猛チャージを繰り出す。その直線上には二人がいたが、その軌道を予測していたらしく危なげなく回避して見せる。
「うおおおおおおッ!!」
二人の隣をナト大佐が取り過ぎた時、後方で歓喜の声が上がった。
見れば、バラン将軍のHPがレッドに突入していた。
このままいけば、こっちが終わる前に向こうが終了して本隊が援護に来るだろう。それでなくても、あと一本を残すだけなのだから、俺たちだけでもいけないことは無い。死者を出さずに第二層を攻略することが、限りなく現実味を帯びた話になった。
「よし!」
キリトが小さくガッツポーズを取りながら言う。俺も小さくほくそ笑んだ。
その瞬間、忘れかけていたはずの例のオブジェクトの存在が頭に浮かび、物凄い寒気を覚える。
「何で……今になって?」
――ごごぉん!
突然、鈍い轟音がコロシアムに響いた。
弾かれたように音の聞こえた方向を見やると、あのオブジェクトが、三重の円を描く青黒い敷石が、少しずつスピードを変えながら反時計回りにスライドしていた。
石たちは、床面からゆっくりとせり上がり、三段のステージを作り出す。
その上空で、背景が歪んだ。そのエフェクトは、ちょうど巨大なオブジェクト――例えば、
その直感を裏切らず、揺らぎは拡大し、内部から人の形を取る漆黒の影が滲み出た。
黒い体毛と同色のチェーンメイルに覆われた体。ねじれた腹部まで垂れ下がるヒゲ。頭部は牛のものだが、ツノは六本。そして、その真ん中に、その影の身分を表す白金の王冠。
突如として現れた第三のトーラス族は、全身を大きく反らせ、雄叫びを上げた。
単なる出現エフェクトだろうが、その魔牛の周囲に雷が落ち、コロシアム中を白くフラッシュさせる。
最後に、六段のHPバーが出現し、その下部に文字列が現れる。
《
希望が絶望に入れ替わった。
オリジナル剣技
《ダブル・シュート》
・投剣スキル
・片手で投剣を二本投げるスキル
・《シングル・シュート》より威力は高いが精度は落ちる
オリジナル設定
・《格闘》スキルと《体術》スキルにはいくつか同じ剣技が存在する
【あとがき】
以上、二十五話でした。皆さん、如何でしたでしょうか?
希望が絶望へと切り替わる瞬間、皆は何を思うのだろうか……。
今回はオンリーアヤメ君視点でした。
アスナさんが少し空気な感じになってしまい残念です。
次回は第二層最終話……になると思います。努力します。
それでは皆さんまた次回!
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二十五話目更新です。
いよいよ第二層ボス戦。今回はキリト君よりもアヤメ君が活躍します。
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