遠くで自分を呼ぶ声がした。何度も揺すられる。うっすらと目を開けると、薄緑のワンピース型の水着を着た簪の顔が見えた。
(眼鏡無しも良いな・・・・)
などとのんきな事を考えている。
「良かったあ・・・・水の中で浮かんでたから一瞬死んだかと思ったよ・・・・」
「悪い・・・・あ、そう言えば、砂浜に剣刺さってなかったか?」
「剣?ああ、これ?」
「あったのか、良かった・・・・大事な物なんだ。貸してもらってる物だからな。」
「そっか。」
「そういやさ、簪は泳がないのか?」
「暑いの、苦手・・・・」
「そう言えば、そうだったな。覚えてるか?俺達が遊んだ半年の夏の間に俺達が川で遊びに行ったの。回数は少なかったけど、楽しかったな。」
「そうだね。一夏が足滑らせて流されそうになったの覚えてる?」
「ああ。あれは酷かったな。でも、簪がずっと俺の手を離さなかったお陰で助かったよ。この手のお陰。」
簪の手を軽く握ってやり、それに応えて簪も握り返す。
「ちょっと・・・・あの二人ナニ良い雰囲気になってる訳?」
「姿が見えないと思えば・・・・・!一夏さん私を差し置いて・・・・」
「まあまあ、良いじゃない。十年振りに会ったんだから、積もる話もあるんでしょう。」
「確かにな。邪魔をするのは無粋だ。放っておこうではないか。」
鈴音とセシリアが岩の影から二人の様子を見ていた。どちらも不機嫌丸出しの表情で。だが、シャルとラウラがその二人を取りなす。
「俺も賛成。それに、あいつを責める権利はお前らには無い。誰を好きになろうと、誰を恋人にしようと、それはお前らが口出し出来る事じゃない。誰を選ぶかは、一夏が決める事だ。誰を選ぼうと、恨まない事だな。でなきゃ、本当に愛想付かされるぞ?只でさえ女と話してるだけでキレかけるお前らの事だ。それだけ。シャル、ラウラ、かき氷食いに行くぞ。」
「かき氷?」
「ああ。氷を削ってシロップをそれに回しが決して食べる夏限定のお菓子だ。美味いぞ。勿論、俺の奢りだ。」
「面白そう。行きたい、行きたい!」
「うし、ついて来い。」
「なあ簪。」
「ん?」
「泳ぎに行かないか?」
「えー?」
ちょっと嫌そうな顔をする簪。
「大丈夫だって、浮き輪持って来たんだろ?それにいざとなりゃ俺がいる。そこまで沖合いに出なくても、俺が簪を引っ張って泳いで帰れば良いだろ?一応ライフセーバーの資格はあるから。な?」
「うん・・・・・」
一夏は簪に手を差し伸べ、渋々と言った様子で簪はその手を握った。水辺まで連れて行くと、足をすくってそのまま俵の様に肩に担いで水の中に歩いて行く。バタバタと暴れて足をばたつかせるが、水の中に入ると直ぐに大人しくなった。
「海には来るの初めてだったよな。」
「うん。これ、良いかも・・・・」
「な?つっても、俺は、アレだが・・・・」
「あ。そか・・・・・ごめん、変な事思い出させて。」
微妙な空気が訪れるが、一夏は気を取り直す為に水底に姿を消した。そして再び頭を海面に出し、髪の毛をオールバックに撫で付けた。
「気にするな。結果的に、俺は・・・・いや・・・・(まだ伏せておくか。出来る事なら、絶対に知られたくない。あんなの俺の仲間でなければ受け入れてくれないだろうからな。)なあ、一旦戻るか?潮水に漬かってたらあんまり肌に良くないらしい。」
「分かった。わっ!?」
だが、突如何かに足を掴まれたのか、簪は懐中に引きずり込まれた。
(まさか・・・・!)
一夏は再び水の中に潜り込み、簪の足が何かに掴まれているのに気が付いた。
(糞!)
可能性を否定したかったが、これではっきりした。アギトの光を持っていたのは簪だったのだ。簪は必死で暴れて振り解こうとしているが、酸素が無い水中で溺れるのは時間の問題だ。簪の手を掴み、引き寄せると、自分の肺に残っている空気を吹き込んだ。そしてそのままギルスに変身してその腕を引き千切った。変身解除して再び人間の姿に戻ると棋士まで戻って行く。
「はっ、はっ、はっ・・・・ゲホッ・・・・!」
「簪、大丈夫か?」
「な、何とか・・・・」
「良かった・・・・一旦旅館に戻ろう。先生には上手く誤摩化しておくから。」
「分かった。ごめん、心配かけて。」
「気にするな。俺の所為だしな。」
だが、この時一夏は迷っていた。簪が自分と『同族』である事に喜んでいる自分がいるが、彼女をアンノウンから遠ざけなければならない事もある。もし彼女がアンノウンに殺されてしまったら・・・・・・そんな考えが頭を過る度に血が凍り、体中の毛が逆立つ程の悪寒を感じた。一刻も早くアギトの力を手放す様に説得しなければならない。今ので覚醒してしまった可能性だってある。そうなれば、アンノウンは狡猾な蛇の様に彼女を付け狙うだろう。
(話すしか無い、か・・・・・)
時を同じくして、千冬は一夏が簪を背負って旅館の方に行くのを目にし、ビーチバレーのゲーム途中で抜けて後を追った。
「簪、今から大事な話をする。しっかり聞いてくれ。お前、足首掴まれたろ?」
「うん・・・・」
「お前は恐らく・・・いや間違い無くアギトだ。」
「え・・・!?じゃあ、やっぱり・・・」
「やっぱり?どう言う事だ?」
「実は、ね・・・?私も、お姉ちゃんも・・・・何か、不思議な事が出来るの。」
「成る程・・・・一家揃ってって事か。」
一夏は目を閉じて下唇を噛む。
「黙っててごめん・・・・・・でも、怖くて。だから」
「良いんだ。それが普通の反応だ。けど、お前を救う方法がある。今のお前に出来るかどうかは分からないが、方法はある。お前が持っているアギトの力を、俺に渡して欲しい。」
「え?」
「そうする事でお前はアンノウンに狙われなくなる。危険な目に遭わずに済む。」
「じゃあ、一夏はどうなるの?」
「俺はアンノウンを倒す事が目的だ。俺一人じゃどうにも出来ない事位分かる。でも、俺には家族も、友達も、
「・・・・・・分かった。じゃあ、どうすれば良い?」
「実を言うと、俺にも具体的な方法は分からない。でも、ダメもとでやってみよう。目を閉じて、手を出して。」
その手に一夏も触れて、目を閉じる。
「お互いの中にある、アギトの力の存在を認識して。」
半年とは言え、寝る時以外はずっと一緒に遊んでいた中だ。お互いの事は何でも知っていると言っても過言では無い。一夏は腹の底が熱くなるいつもの感覚を意識し、簪の中にある『力』を探した。
「見つけた。」
「よし、じゃあ、その力を押し出して。体から、今俺達が繋がってる手に向かって、それを俺に流し込むイメージをしっかりとするんだ。そして、自分からその力を手放したいと強く願って。俺と呼吸を合わせるのを意識する事も忘れずに。」
「うん。」
その姿勢を維持して行く事数分、一夏は自分の体の中に何か熱い物が流れ込んで行く感覚を覚える。
(また会ったな。お前が私の力をまた取り込むとは・・・・・)
(アンタは、『闇』と戦って負けた。その命をアギトの種として散撒いておれた千みたいな奴らが誕生した。その闇は恐らく想像を絶する程強いんだろう。だったら・・・・俺達が強くなるしかねえだろう。そもそも、何故人間を愛した『闇』が、アギトとなった人間を愛せなくなるんだ?)
(人は人であれば良い。人でなければ、滅ばねばならない。人の力を恐れる『彼』はそう信じている。人間の過ちが、暴走する力によって悪化しない様に。ロード達を送り込んでいる。)
(ロード・・・アンノウンの事か。じゃあ、何でアンタは人間の進化を信じる?)
(人間とは、何度折れても立ち上がる。その強さを何度も見て来た。地獄の様な人生から未来を築き上げたり、手足を砕かれ失ったりしても常に何か新たな物を見出だそうとしていた。その可能性を、見てみたいのだ。)
「一夏?」
同じ姿勢を保ち、全く動かないのを心配して簪が声をかける。そこで、『光』との会話も途絶えてしまった。
「大丈夫だ。もう、簪の体の中にアギトの力は感じない。ちゃんと受け取ったから。大丈夫。約束、守るから。」
一夏はネックレスを見せてそれに手を当て、胸に押し付ける。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーー!!!!!」
叫び声を聞き、一夏は窓を開け放った。そこには、蛸の姿をしたアンノウン、オクトパスロード モリペス・オクティペスが地上に姿を現した。恐らく簪を懐中に引きずり込もうとしたのも奴だろう。
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