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真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~第三十二話 家族になろうよ 後篇

YTAさん

 どうも皆さま、YTAでございます。
 年が明ける前にもう一つ投稿出来て良かったです。
 書いていたら余りに長くなったので、分けて投稿する事にしました。
 桃香ママ初登場と言う事で、楽しんで頂けたらと思います。
 では、どうぞ!

2012-12-31 01:33:46 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:2634   閲覧ユーザー数:2160

                                  真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                                  第三十二話 家族になろうよ 後篇

 

 

 

 

 

 

「もうすぐだよ、ご主人様!あの二本並んでる大きな木を超えたら、村が見えて来るの!」

 劉備こと桃香が、(くつわ)を並べる北郷一刀にそう声を掛けると、一刀は心臓の辺りを摩って、軽い溜息を吐いた。

「うむむ。何だか、今になって緊張して来た……」

 

「あはは!心配ないよ、ご主人様。お母さん、怒ると凄く怖いけど、普段はとっても優しいから!」

 何だかんだと言って、久々の帰郷に興奮しているのだろう。終始ハイテンションな桃香は、鈴の音の様な声で笑いながら、一刀の緊張の理由とは見当違いのフォローをして、ワクワクした様子で前方に見える二本の木に視線を戻す。

 

「ちゃうねん、桃香さん……そんな事ちゃうねんや……」

 一刀が、最早、心此処に有らずの桃香に向かってそう呟くと、桃香と一刀を挟んで少し後から追走していた関羽こと愛紗と張飛こと鈴々が、揃って喉を鳴らした。

「ふふっ。ご主人様がそんなに緊張なさっている御姿は、久し振りに拝見した気がいたしますね」

 

「だいじょーぶか、お兄ちゃん?お顔が真っ青なのだ♪」

「大丈夫じゃねぇよ……あぁ、朝飯が“上がって”来そう……」

 一刀の言葉を聞いた愛馬・龍風は、ビクッと身体を震わせると、首を巡らせ、剣呑な目付きで一刀を睨んだ。

「んあ?あぁ、心配ないって。お前の頭にぶち撒けたりしないから……多分……」

 

 龍風は『頼むぜ、おい』とでも言いたげに一刀に流し眼をくれると、顔を前に向けて遣る瀬無さそうに鼻から息を吐く。すると、その様子を見た鈴々が、愉快そうに笑った。

「にゃはは!龍風はお利口さんなのだ」

「本当に大丈夫ですか、ご主人様?」

 

 

「はは。大丈夫じゃなくても、此処まで来ちゃったんだから腹括るしかないでしょ!それに、遅かれ早かれ、いずれはご挨拶しなきゃいけなかったんだしな」

「流石はご主人様。ご立派な御覚悟です」

「うん。でさ、愛紗」

 

「はい。何でしょう?」

「桃香のお母さんの事、何てお呼びしたら良いと思う?義妹のお母さんなんだから、やっぱりお義母さん?あぁいや、それだと何か凄く“気が早い”感じに聞こえちゃうかな!?やっぱり良家の方だし、ここは義母上(ははうえ)とかの方が―――」

 

「やれやれ。ご主人様……全然、括れていないではないですか……」

「にゃはは。お兄ちゃん、何だか女の子みたいなのだ♪」

 一刀は、愛紗の呆れ気味の溜息も、鈴々の愉快そうな忍び笑いも聞こえない様子で龍風の背に揺られながら、そわそわと独り事を呟き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……着いてしまった……」

 龍風の背を降りた一刀が、今にも卒倒しそうな声でそう言うと、微苦笑を浮かべた愛紗が、自分の馬の手綱を手に取りながら、傍に歩み寄って来た。

「まったく……もうそろそろ、本当に御覚悟をお決め下さい。さ、手綱をお預かりします。馬留めに結って来てしまいますから」

 

「はい。宜しくお願いしますです……」

 一刀は、妙な敬語を使って愛紗に大人しく手綱を手渡すと、大きく息を吸った。幸いな事に、昼餉時だったせいか、他の村人に遭遇する事がなかった御蔭で、引き止められて生殺し状態に陥る事こそなかったが、最早、一刀の心臓は、巨大な和太鼓にでもなったかの様な大音響で一刀の身体を揺らしていた。

 

 桃香は相も変わらず心此処に有らずな様子で、愛紗が馬留めから戻って来るのを今か今かと待っていて、一刀の様子など気にも留めておらず、先程まで元気に騒いでいた鈴々は、何故か神妙な顔で黙りこくっていた。

「あ~。なんて挨拶しようかなぁ……なぁ、鈴々。どうしたら良いと思う―――って、鈴々?」

 

 

「ひゃい!?な、何なのだ、お兄ちゃん!?」

 鈴々は、一刀の声に飛び上がって、素っ頓狂な声で答えた。

「いや、どうしたの?急に……」

「うぅ……お兄ちゃんが悪いのだ……お兄ちゃんの事見てたら、何だか鈴々まで緊張して来たのだ……」

 

「あー。それは何とも、申し訳ない……」

 一刀が、そう言って済まなそうに頭を掻くと、鈴々は両手で蛇矛を握り締め、不安そうに天を仰いだ。

「う~!鈴々、行儀の悪い事してお姉ちゃんの母さんに嫌われたらどうしよう!?」

「あ!愛紗ちゃんが帰って来たよ。さぁ二人とも、お家に入ろ!」

 

 二人の不安と緊張などどこ吹く風の桃香は、戻って来た愛紗に大きく手を振りながら、スキップでもしそうな足取りで、簡素な造りの玄関へと走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「ただいま、お母さん!!」

 桃香が、勢い良く扉を開けてそう叫ぶと、土間に敷いた茣蓙(ござ)の上で藁を寄っていた桃色の髪の女性は、顔を上げて眼を見開いた。

「桃香!!?貴女、どうしたの!?」

 

「どうしたって、帰って来たんだよ!簡擁お爺ちゃんから、お母さんが病気したってお手紙を貰って!!」

「まぁ、そうだったの。簡擁さん、そんな事は一言も言ってなかったのに……」

 女性は、胸に飛び込んで来た桃香の頭を優しく撫でつけると、愛おしそうにそう言った。

「驚かせてごめんね?本当は、お手紙を返そうかと思ったんだけど、色々あって……」

 

「良いのよ。びっくりしたけど、嬉しいわ。桃香―――あら?」

 女性はそこで優しく桃香を引き離し、玄関に佇む人影に視線を遣った。

「あ!ご紹介するね!こちら、私のご主人様と、義兄妹の愛紗ちゃんと鈴々ちゃん!」

 桃香の紹介を受けた三人は、順番に玄関を潜って家に入ると、揃って頭を下げる。

 

 

「お初にお目に掛ります。私は北郷一刀と申しまして、桃香の義兄で……あの、仕事上のまとめ役など、させて頂いております」

「わ、私は、性は関、名は羽、字は雲長と申します!真名は愛紗です!!えぇと……その……本日は、大変お日柄も佳くッ―――!?」

「(それじゃ、お見合いだろ!お前がテンパってどうすんだ、愛紗!)」

 

 一刀が、しどろもどろの愛紗の袖を引いて小声でそう囁くと、愛紗は小さく唸って俯いてしまった。

「鈴々は……えぇと、性は張、名は飛、字は翼徳、真名は鈴々なのだ―――です!よ、宜しくお願いしますなの―――ですのだ!!」

「(鈴々、言葉直せてない!全然直せてから!)」

 

 桃香の母は、三人のギクシャクとした自己紹介を茫然とした様子で聞き終わると、不意に額に右手の甲を当て、「ふぅ……」と息を吐き、揺らりと茣蓙の上に突っ伏しそうになる。

「お、お母さん!?」

 ギリギリで母を抱き止めた桃香の驚きの声が、小さな家に響き渡るのだった―――。

 

 

 

 

 

 

「申し訳御座いません、御使い様。起こし頂いて早々、とんだご迷惑を……」

 桃香の母は、恐縮しきった様子で湯呑を差し出しながら、一刀に向かって深々と頭を下げた。

「いえ、とんでもない!こちらこそ、急に押し掛けて来てしまい、本当に済みません!」

 一刀は、自分も頭を下げて、湯気の立つ湯呑を受け取った。幸い、桃香の母はただ失神しただけの様で、愛紗が喝を入れると、直ぐに意識を取り戻したのだった。

 

 よくよく考えてみれば、実子の桃香は兎も角、一刀自身は既に三国同盟の盟主として知れ渡っているし、愛紗と鈴々も、世間から見れば一騎当千の英雄豪傑として名高い軍人なのである。そんな権力者達が揃って一般人の家に突然訪問などすれば、その家人は失神くらいはしもしよう。

 一刀は内心、“桃香の母”と言う事で、そんな解り切った事実を見逃していた自分を、今更ながらに叱咤した。

 

 

「あぅ……お姉ちゃんのお母さん、ビックリさせて、ごめんなさいなのだ……」

「あの、お身体の具合は如何でしょうか?先程の事で、ご気分がお悪くなっていらっしゃらなければ佳いのですが……」

 シュンとして頭を下げる鈴々の横で、愛紗が気遣わし気にそう尋ねると、桃香の母は、困った様に微笑んで首を振った。

 

「そんな、皆さまにお詫び頂くなんて恐れ多い……そもそも病などと申しましても、ただの風邪を少し拗らせただけで、ご心配頂く程ではありませんでしたのに……」

「いえ、風邪は万病の元と言います。まして、倒れる程の高熱なら、一歩間違えば命に係わる事もある。どうか、御自愛下さい。それと―――」

 

 一刀は、そこで一呼吸を置くと、朗らかに微笑んだ。

「そんなに畏まらないで下さい。義理とはいえ、俺達と桃香は兄妹です。どうか自分の子供と思って、桃香と同じ様に、心安くして頂きたく思います」

「でも……御使い様や、天下に聴こえた関羽将軍や張飛将軍に、その様な……」

 

「それこそ、遠慮は無用です。ご息女は、その天下に聴こえた英雄を義妹に持つ、蜀の大徳と呼ばれているんですよ?それに、桃香は主と言ってくれますが、俺は桃香を対等な仲間だと思っています。何より、桃香に出会わなければ、俺は今、こうして此処に居る事は出来ませんでした。きっと、野盗にでも襲われて、野垂れ死んでいたでしょう。俺が生きていられるのは、桃香の御蔭なんです。ですから、どうか―――」

 

「そうだよ、お母さん。皆、お母さんの事、私と同じくらい心配してくれたんだから。そんなに他人行儀にしないで?」

「桃香ったら……」

 桃香の母が、桃香を窘める様に言い返えそうとすると、意を決したかの様な顔をした愛紗が、口を開いた。

 

「いえ、桃香様の仰る通りです。僭越ながら、どうか私達の事は、ご自分の子と思って接して頂ければ嬉しく思います。先程、真名を名乗りましたのも、我等の真名をお預けしたいと思えばこそなのですから」

 愛紗の言葉を聞いた鈴々も、何度も大きく頷いて同意する。

「そうなのだ!鈴々、お姉ちゃんの母さんが、桃香お姉ちゃんみたいに、鈴々のお母さんになってくれたら、凄く嬉しいのだ!」

 

 

「そう。それじゃあ―――」

 桃香の母は暫く考え込んでから、真剣な瞳で自分に向かって身を乗り出す鈴々の手を優しく握り返すと、娘そっくりの柔らかな笑顔を、鈴々に向けた。

「鈴々ちゃんも、私を“お母さん”て、呼んでくれる?自分の母親に、“お姉ちゃんのお母さん”なんて言うのは、何だか可笑しいもの」

 

 その言葉を聞いた鈴々は、花が咲いた様に顔を綻ばせた。

「うん!あ、あの、えと……お、お母さん……」

「はい。なぁに、鈴々ちゃん?」

「~~~!!あの、これから、宜しくお願いします!なのだ!!」

 

 先程の緊張した様子など、何処かに吹き飛んでしまったのか、嬉しそうに桃香の母にじゃれ付く鈴々を優しく見詰めていた一刀は、隣に座る愛紗に、こっそりと耳打ちをした。

「(流石は、桃香のお母さんだな。鈴々をあっと言う間に手懐けちゃったよ)」

「(ふふっ。ご主人様ったら……またその様に意地の悪い言い方を―――でも、ええ、本当に。流石は、桃香様をお育てになった御方ですね)」

 

 ひとしきり鈴々を愛でた桃香の母は、その様子を桃香と共に眺めていた一刀と愛紗に向き直り、改めて頭を垂れた。

「では、皆さまのお心遣いを有り難くお受けして、私の真名、“梅香(まいか)”をお預け致します。お役に立てる事などさして御座いませんが、これよりは母と思って頼って下さいまし」

 

「こちらこそ、宜しくお願いします。義母上」

 一刀はそう言って頭を下げると、愛紗も慌ててそれに倣う。二人の様子を見ていた桃香は、豊満な胸をエヘンと張って、自慢げに笑った。

「ね、心配なんかいらないって言ったでしょ?ご主人様」

 

「あぁ―――はは、そうだったな」

 一刀が、微苦笑を浮かべながら照れ臭そうに桃香にそう返すと、梅香は、腕まくりをしながら立ち上がった。

「さぁ、そうと決まれば、大急ぎで御馳走の用意をしなくっちゃ!」

 

「いえ!義母上様、その様なお気遣いは―――」

 そう言って立ち上がろうとする愛紗を、梅香は有無を言わさぬ様子で手を翳して制すと、にっこりと微笑んだ。

「何を言ってるんです。こんなに立派な息子と娘が、一遍に三人も増えて“里帰り”して来たんですもの。御馳走をたんと食べさせて上げなくちゃ、母親失格だわ!」

 

 

「やったぁ!私、お母さんの作った青菜と豚の炒めたやつ、ずっと食べたかったんだぁ!お手伝いするよ!」

 桃香が、子供の様にはしゃいだ声を上げてそう言うと、梅香は、疑わしそうな眼差しで娘を見た。

「手伝うって、貴女……まともに鍋を振れる様になったの?」

「う゛!それは……ま、まだ修行中だけど、大分上手になったもん!ね、ご主人様?」

 

「おいおい、そこで俺に振るのかよ……いや、まぁ、そうだな。最初の頃に比べれば、随分“芸術作品”みたいなのが出て来る事は少なくなったとは思うけれども……」

 一刀が顔を逸らしてそう言うのを聞いた梅香は、深い溜息を吐いた。

「まったく、一刀さんにまで“あんなの”を食べさせていたのかい?ごめんなさいね、一刀さん。私が教えようとすると、直ぐに面倒がって逃げ出すものだから、すっかりそのままににしてしまって……」

 

「ははは。いえ、そんな。まぁその、上達しているのは確かですから。な、愛紗?」

「へ!?えぇ、まぁ……」

それまで何故か微妙な顔で俯いていた愛紗は、一刀の言葉に弾かれた様に顔を上げると、曖昧な笑みを浮かべて、相槌を打った。

「それじゃ桃香は、買い出しに行って来ておくれ。家にある材料じゃ、この人数分には足りないからね」

 

「そうだね―――あ!お母さん、裏庭にあった荷馬車、まだ使える?」

「あぁ……秋に修繕してもらったばかりだから、そりゃ使えるよ。でも、幾ら何でもあれを使う程の量じゃあ―――」

「ふふっ。鈴々ちゃん、すっごく沢山食べるんだから!お母さん、ビックリするよ。ね、鈴々ちゃん!」

「うん!鈴々、もりもり食べるのだ!」

 

「これ、鈴々。少しは遠慮をせんか!」

 愛紗が、桃香に乗せられて元気よく答えた鈴々を窘めると、梅香は両手を腰に当てて、からからと豪快に笑った。

「そうかいそうかい。それは作り甲斐があるねぇ。それじゃ、頑張らないと!桃香、馬車は好きに使いなさい。お金は―――」

 

「大丈夫だよ、お母さん。その位は持って来てるから」

「鈴々も一緒に行く!馬を廻して来るのだ!桃香お姉ちゃんは、ここで待ってて!」

「あ~、では、私は薪など割って参りましょう。義母上様、道具はどちらにありますか?」

 愛紗は、鈴々の背中を見送るなり、梅香にそう尋ねると、そそくさと教えられた家の横手へと姿を消した。

 

 

「逃げたな、愛紗……」

 一刀はそう呟いて、くつくつと喉を鳴らした。十中八九、愛紗は料理の手伝いでもする事になって、自分の、桃香に輪を掛けたアカデミックな料理の腕前が梅香に露見するのを恐れたのだろう。

「あはは。ヒドいなぁ、ご主人様」

 

「ところで桃香―――」

 一刀は、自分の財布の中身を確認しながら相槌を打つ桃香に、台所に向かう梅香の背中に視線を遣りながら話しかけた。

「ん、なぁに?」

 

「桃香って、義母上がお幾つ位の時の子供なんだ?」

 言い方に腐心してそう尋ねる。桃香自身の年齢に触れる様な聞き方をすれば、またぞろ何時かの様に、機嫌を損ねてしまわれかねないと思ったのだ。

「えっと、確か、お嫁に来たのが十四歳で、次の年に私が生まれたって聞いたから、十五歳の時だと思うけど?」

 

「あぁ、納得……」

「??何が納得なの、ご主人様?」

「あぁ、いや。想像よりも、随分お若いお母さんだったからさ……」

 一刀は勝手に、『病気で倒れた母親』と言うキーワードと、桃香ほどの年頃の娘を持つ年代の女性と言う先入観から、勝手に五十絡みの、白髪の交じった熟年女性を想像していたのだった。だが、実際に目にした梅香は、母親になった女性としての落ち着きこそ備えているものの、年齢は殆ど自分と変わらない様に見受けられたのである。

 

まぁ、よく考えてみれば、一刀の居た正史から僅か二百年ほど前の江戸時代ですら、『十八で行き遅れ、三十で大年増』と言われいたのだそうだから、この時代、三十代で二十歳おっつきの娘が居ても、別に珍しくも何でもないのだろう。

「そう言えば、紫苑も『自分は晩婚だった』って言ってたもんなぁ……」

 

今や、一刀とそう年齢の変わらない筈の紫苑に十歳ほどの年の璃々がいると言う事は、紫苑は、十代後半から二十代前半の間には結婚していた事になる。それで晩婚だと言うのだから、一刀の感覚で言えば女盛りである筈の厳顔こと桔梗や黄蓋こと祭が、自分の事を『年寄り』と自虐的に形容するのも、世間的には最もな事なのだろう。

「(むぅ。そうすると俺は、自分の娘ほどの、しかも複数の女の子と付き合ってるヒヒ爺と言う事に……な、なんてこったッ……!!)」

 

 

 一刀が、今更ながらに突如として判明した“客観的に見た自分への印象”と言うものに一人(おのの)いていると、桃香が珍しくジトッとした眼で一刀を睨んでいた。

「ご主人様……?」

「ん?あぁ……何だ、桃香」

 

「ご主人様、もしかして―――」

「もしかして、なにさ?」

「私のお母さんまで……」

「??………………はぁ!!?」

 

 一刀は、桃香の見当違いな勘ぐりに思わず奇声を上げてしまってから、何事かと振り向いた梅香に向かって「何でもないです!」と言い繕い、桃香に無理やり後ろを向かせて、梅香に聴こえないよう、小声で話し掛けた。

「お前な、何て事言うんだよ!そんな訳ないだろ!」

 

「え~。だって今、『何だ、まだイケるじゃん』とか考えてたんじゃないのぉ?」

「んな訳あるか!大体お前、俺を何だと―――」

「種馬」

「……ですよねー。って、思わず納得しそうになっちゃったろ!違うから!一応、節操と理性はあるから!!それ以前に、そんな事、全然思ってないですから!!」

 

「本当?何だか怪しいなぁ……」

 桃香が、未だ不審の眼差しを向けてそう言うと、裏庭の方から、鈴々の元気な声が聞こえて来た。

「お~い、お姉ちゃん!馬を繋ぎ終わったのだ!お買い物に行こうなのだ!!」

「はーい、今行くよー!じゃ、ご主人様、私は行ってくるけど―――」

 

「何だよ……」

「お母さんの事、口説いたりしないでね?」

「するか!いいから、さっさと行ってきなさい!」

「あはは♪は~い、行ってきま~す!」

 

 桃香は、冗談とも本気とも付かない様な警告を残して、元気よく外に駆けて行った。

「まったく、とんでもない事言いやがって……」

 一刀は、ボリボリと頭を掻くと、溜息を吐いて立ち上がり、外套(がいとう)を脱いで、中に着ていた長袖のシャツの袖を捲り上げた。

 

 

「あ、義母上。お手伝いします」

「あらあら、そんな事―――殿方を台所に立たせるなんて、申し訳ないわ」

「はは。いえ、料理は好きですから。それに、自分だけ何もせずに座ってるのも、落ち着かないですし。手伝わせて下さい」

 一刀が、流し台に並んで手を洗いながらそう言うと、梅香は、微苦笑を浮かべて少し場所を空けた。

 

「じゃあ、お願いしようかしら。そこにある、じゃが芋と人参の皮を剥いて切り分けて下さる?じゃが芋は一口大で適当に、人参は銀杏にね。あ、銀杏って言うのは―――」

「大丈夫。分かります」

 一刀は、梅香に笑顔でそう答えると、中華包丁を手に取って、既に洗ってあったじゃが芋の中から、適当な物を掴み、皮を剥きに掛った。それから暫くの間、家の中には、包丁と、沸騰する湯の上げる音だけが優しく響いていた。

 

 

 

 

 

 

「愛紗ちゃんは、本当に真面目なのねぇ……」

 梅香は、湯呑を一刀に差し出しながら、面白そうに笑ってそう言った。家にある材料の粗方の下ごしらえが終わった頃、薪を割っていた愛紗が一度戻って来るなり「もしかしたら明日以降の分が足りなくなってしまうかもしれないから、山まで集めに行って来る」と言って出掛けてしまってから、もう四半刻(約三十分)程が過ぎていた。

 

「えぇ。頼りになる義妹です」

 一刀も苦笑を返してそう答えると、礼を言って湯呑を受け取り、茶に口を付ける。先程は味も何も分からなかったが、今回はちゃんと茶の味がしたので、自分が落ち着いているのだと理解出来てホッとした。

「そう言えば、皆は食べられない物はなかったかしら?何も考えずに下ごしらえをしてしまったけど……」

 

「あぁ、それなら心配は要りませんよ。皆、雑食なんで、何でも食べますから」

「そう?なら良かったわ。こんなに沢山お料理を作るのは久し振りだから、張り切っちゃって。食べ切れるかしらねぇ?」

「さっき、桃香が言ってましたけど、鈴々はちょっと信じられない位よく食べますから。きっと、残らないと思います」

 

 

 一刀の言葉を聞いた梅香は、流石に驚いたのか、眼を丸くした。

「あらあら!本当にそんなに食べるの?私、明日の朝と昼の分も一緒くらいの心算(つもり)で作ったのだけど……」

「はは。桃香なら、その辺りまで考えて買って来てくれると思うので、食材は心配ないです。台所さえお貸し頂ければ、俺が作って食べさせますから」

 

「ふふっ。そんな事気にしないで、私に作らせて下さいな。言ったでしょう?こんなに沢山お料理を作るのは久し振りだって。楽しくって仕方がないのよ?」

「どうも、お逢いして早々、頼ってしまってばかりで……申し訳ありません」

 一刀が照れ臭そうに頭を下げると、梅香は笑顔を見せて、ヒラヒラと手を振った。

 

「嫌ですよ。頼ってとお願いしたのは、こっちなんですから。それに―――こう言うの、少し憧れていたんです」

「はぁ……。“こう言うの”ですか」

「えぇ。私、子供は沢山欲しかったの。男の子も、女の子もね。でも、主人が思いの外早くに亡くなってしまったし、子持ちのオバサンなんて、貰い手がいなくって。結局、桃香しか産めなかったかったから」

 

 そう言って屈託なく笑う梅香を見ながら、一刀は、そんな筈はないと思った。確かに、子持ちはマイナス査定かも知れないが、梅香は美しい人だ。髪の色や笑顔は桃香そっくりだが、顔の造りはどちらかと言うと凛としていて、それこそ、愛紗辺りと親子だと言っても誰も疑いはしないのではないだろうか。

都の女達と違い、格別美容に気を使って来た訳でもなく、三十路も後半になって、それでも美しい女性を見慣れている一刀がそう思うのだから、二十代の頃など引く手数多だったに違いない。

 

 容姿に加えて気立てが良いとなれば、初婚はどうか分からないが、少なくとも後添えにと言う声なら幾らもあったであろう。それに一刀は、以前、桃香から聞いた事があった。

桃香は小さい頃から母親―――梅香―――に、『お前は中山靖王、劉勝の末裔なのだから、今は貧しくとも、決して卑屈になってはいけないよ。勉強して、国の役に立つ大人になりなさい』と、何度も言い聞かされて育った、と。

 

 劉家に嫁いだ事、桃香の父親の妻になった事、桃香の母になった事は、きっと梅香の(ほこ)りなのだ。だから、他の家に嫁に行く事や、他の誰かの妻になる事など、考えられなかったのではないだろうか。

 そして、その事を声高に叫び、人を下に見て己を奮い立たせる様な事もせず、自らの胸の内に秘めて女手一つで娘を育て上げ、貧しい中から一流の私塾にまで送り出したのだ。

 

 

 結果論ではあるが、その事が後の白蓮との出会いへと繋がり、桃香を乱世に飛躍させる大きな一助となった。それは、母の矜りが娘を天下を窺う事の出来る足場まで押し上げたと言っても、決して過言ではないだろう。

「(強い(ひと)だ……)」

 

 一刀は、湯呑の湯気の向こうに梅香の笑顔を見ながら、内心そう独りごちた。成程、こう言う母親に育てられれば、甘さを貫いて優しさに変えてしまう様な―――そんな、“威徳”などと形容される強さを持った人間に育っても不思議ではないと、心からそう思えた。

「(やっぱり、口説いてみるか……)」

 

 一刀はそう決心して、残りの茶を飲み干した。先程、桃香が言った様な意味では無論ないが、桃香の母に会いに行くと決めた時から、ずっと考え続けていた事だった。

「あの、義母上―――」

「はいはい、お茶のお代わりかしら?」

 

「あ、いえ。どうか、そのままで……その、少しお話がありまして」

 一刀は、立ち上がろうとした梅香を手で制すると、暫く沈黙して、心の中で話すべき事を整理してから、漸く口を開いた。

「―――義母上」

 

「はい?」

「都に、来ては頂けませんか?」

「はぁ。都……ですか?旅行―――と言う訳じゃ、ないのですよね?」

「はい。桃香と……俺達と、一緒に暮らしては頂けませんか?」

 

「それは―――」

「義母上に、見てもらいたんです。桃香と、桃香の志に共感して集まった仲間達が一生懸命に作った治世を。そして、そこで暮らして貰いたい。桃香が傷付いて、血を流して、それでも何度も立ち上がって掴んだ物を、実感して欲しい」

「一刀さん……」

 

「それに、何より―――」

 一刀は、そこで息を吸うと、少し卑怯な言い方かも知れないと思いつつ、言った。

「俺にも、愛紗にも、鈴々にも、もう親は居ません」

「…………」

「俺達にはもう、貴女意外に母と呼べる人は居ないんです。だからどうか……俺達に、親孝行の機会を与えて頂く訳には参りませんでしょうか?」

 

 

 一刀はそこまで言うと、ほぅと息を吐き、深く頭を下げた。

「済みません。お会いして一日も経っていないのに、不躾なお願いをしました。住み慣れたこの村を出て行くのが、義母上に取ってどれ程の事かは、分かっている心算(つもり)です。すぐにお返事を頂かなくても結構から……どうか、ゆっくり考えてみて下さい。この事は、桃香達には言っていませんので」

 

「はい……よく、考えさせて頂きます。そんな風に想って下さって、本当にありがとう。一刀さん」

 梅香は、穏やかに微笑むと、一刀に向かって同じ様に頭を下げた。

「いえ……それじゃ、俺は少し失礼して、一服がてら愛紗を探して来ます。放っておいたら、山中の木を薪にしちまいかねないから」

 

一刀は、少し気まずい空気を振り払うかの様にそう言って席を立つ。梅香がつまらない冗談に笑ってくれたのが、多少なりとも救いだった。

 

 

 

 

 

 

「お~い、お兄ちゃ~ん!!」

 そう一刀自分を呼ぶ義妹の大声が聴こえたのは、一刀が丁度、玄関の扉を開いた瞬間だった。

「ん?帰って来たのか……お~い、鈴々、おかえり~!!」

 一刀が、火を点けていない煙草を口に咥えたまま大きく手を振ってそう叫び返すと、的盧に曳かせた馬車(よく考えてみれば、実に豪華な馬車馬である)の御者席に桃香と並んで座っていた鈴々は、勢い良く飛び降りて、猛然と一刀に向かって走り出した。

 

 流石の的盧も、山と積んだ食糧を乗せた馬車を曳いたままでは、人間が徒歩で歩く位の速度しか出せないのであろう。

「大変大変、大変なのだ!!」

「お前はどこの下っ引きだ……俺は銭なんぞ放れんぞ?少し落ち着けって。何が大変なんだよ?」

 

 一刀が、息を切らせて自分の前まで駆けて来た鈴々にツッコミを入れながら背中を摩ってやると、鈴々は息を整えて、如何にかこうにか口を開いた。

「村の人が、沢山来るのだ!!」

「へ?何でぇ?」

 

 

「村の人が神隠しでお兄ちゃんが天の遣いだから誘拐が犯人で解決なのだ!!」

「はぁ?なに、俺、魔女狩り的な事でもされんの?」

「違うの、ご主人様……」

 鈴々の素っ頓狂な言葉の羅列に、一刀が頭を抱えていると、馬車で追い付いて来た桃香が、困った様な顔をして一刀の横に馬車を止め、御者台を降りて話し出した。

 

「えっとね。私と鈴々ちゃん、村の市で食料品を買い込んでいたんだけど、そこで会った昔から知り合いのおばさんにね?ここ数日、行商に来る筈の商人さんや村の人が何人も行方不明になってるみたいだって聞いて……」

「怪しいヤツ等が、村の近くの川辺をうろついてたって話も聞いたのだ!!」

 

「成程。でも、そんなん、役人の仕事じゃないか?」

「それが、捜索と調査に行ったお役人さんも行方不明になっちゃったらしくて……」

「ふむふむ。そこに蜀の大徳、劉玄徳が里帰りして来たもんだから、村の人達に助けを求められ、困った挙句に俺も来てるのをバラしちゃった。で、村の人達が“天の御使い”に神頼み紛いの嘆願をしようと目下集結中……と、そういう事かね、桃香君?」

 

「はい……ごめんなさい先生……」

「廊下で立ってろ!!」

「えぇ!!?そんなぁ……」

「ったく、この前、急ぎ働きの盗賊団ブチ込んだばっかなのに……折角、休暇取って此処まで来たのに……」

 

「でも、お話は聞くんだろ、お兄ちゃん?」

 鈴々が当然の事の様にそう言うと、項垂れていた一刀は、ぼりぼりと頭を掻いてから、煙草に火を点けて頷いた。

「当たり前だろ。聞いちまった以上は放っとけるか。桃香、お前、馬車を戻したら、家から俺の外套持って来てくれ。鈴々は、裏山に愛紗が薪集めに行ってるから迎えに行って来て。家まで押し掛けられたんじゃ、義母上に心配を掛けるからな。こっちから村の人達に会いに行こう。取り合えず俺は、此処で村の人達が来ない様に見張ってるから、宜しくな」

 

 二人の義妹が元気よく返事をしてそれぞれの目的地に向かうのを確認した一刀は、暫く考え込んで空を見上げた後、(おもむろ)にポケットから卑弥呼との通信に使う、白い長方形のUSBメモリに形状の似た通信機を取り出した。

「む、どうしたご主人様、急用か?」

 

 

 通信ボタンを押すと、殆ど間髪入れずに卑弥呼の声が聴こえて来る。

「そ。もしかしたら罵苦かも知れないんだけど、そっちは何も感じて無いのか?」

「何だと!?―――いや、儂は何も感じぬが……」

「んー、じゃあ、やっぱり人的な事件なのかなぁ?」

 

 卑弥呼の怪訝そうな声を聞いた一刀がそう呟くと、卑弥呼は少しの間押し黙った後、再び喋り出した。

「しばし待て、ご主人様よ。今、“時の最果て”に居る貂蝉とも繋げてみる。もしやしたら、あちらからならば何か感じ取れるやもしれぬ故な」

「ほいよ」

 

 それから暫くの間、ノイズの様な音を出して沈黙していた通信機から、突然、大音量で貂蝉の雄たけびが響いた。

「ぶるぁぁぁあ!!ごっしゅじんさま~~~ん!!お久しぶ――――」

 ピッ。

 

「あ、思わず切っちゃった……」

 一刀が、無意識に動いた自分の親指を怪訝そうな眼差しで見詰めていると、通信機が振動して、着信を知らせて来る。

「お、また来た……。しゃあない―――もしもし?」

 

「シドイ、シドイわご主人様!!アタシ、久し振りにご主人様とお話出来ると思って、すンごくドキドキしてたのにぃぃぃぃ!!」

「アーハイハイ、ゴメンネゴメンネー」

「くぅ~!!その冷たい棒読みの謝罪、空々しいったらありゃしない!!でも―――大好物よん!!もっとその冷たい声色で、アタシを耳レ○プしてぇぇぇん!!」

 

「……卑弥呼ぉ、聴いてるんだろ?何とかしてくれよぉ……」

 一刀が弱り切った声でそう言うと、珍しく申し訳なさそうな卑弥呼の声が、貂蝉のセクハラ絶叫に混じって聞こえて来た。

「済まぬ、ご主人様よ。久し振りの絡みで、軽く暴走しておるらしい―――これ貂蝉、この馬鹿弟子が!ご主人様の質問にお答えせぬか!!」

 

 

「ぬぁ~によ、卑弥呼ったら!自分だけイイコぶっちゃってぇ!久々にご主人様とお話出来るんだから、少し位はいいでしょ!」

「良くねぇよ、急いでるんだから……で、どうなんだよ貂蝉、そっちからは罵苦の気配は感じるのか?」

「ん~。それが、ビミョウなのよねぇ。さっきから、かな~り集中してるんだけど、罵苦の気配を探ろうとすると、モヤッとなっちゃうのん……」

 

「それって、裏を返せばそこに罵苦が居るって事じゃないのか?大体、タイミングが良過ぎるしさ……」

 溜息混じりの貂蝉の言葉に一刀がそう尋ね返すと、貂蝉はまたしても曖昧な口調で答えた。

「どうなのかしらん?正直、“外側”から外史を観てると、(たま)にこう言う事はあるのよん。だから、罵苦の仕業だとは言い切れないのよねん」

 

「そうなのか、卑弥呼?」

「うむ。まぁ、人の思念が入り混じった時に発生する、一種の磁気嵐の様なものとでも言おうか。だが―――」

「だが?なんだよ、思わせ振りだな」

「いや……取り合えず、人の犯罪と罵苦の侵攻、両方の線を捨てず、様子を見てくれい。今、余計な事を言って先入観を与えても、良い事はなかろう」

 

「ふぅん……了解」

「ああん、ご主人さまぁん!!まだ切らないで、アチシともっとお喋り―――」

 ピッ。 

一刀は、通信機をポケットにしまうと、入れ替わりにマールボロのパックを取り出して煙草を一本振り出し、火を点けてから考え込んだ。卑弥呼の助言は、言葉通りと取った方が良いだろう。下手に勘繰らず、しっかりと現実を見極めなければ、救えるものも救えなくなる。

 

「いずれにしても、話を聞いてみん事には動きようもない、か―――」

 一刀は、背にしていた桃香の自宅を振り返ると、紫煙を空に燻らせながら、義妹達が戻ってくるのを静かに待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 しっとりと湿気を帯びた空気を揺らして、獣が僅かに唸り声を上げた。獣―――人間とほぼ同じ大きさの、幾つもの突起が付いた甲羅を有するその生物を、獣と形容して良いのかは分からないが。その、白眼の無い視線の先には、不気味な粘着性を持った“なにか”で、暗闇の支配するこの洞窟の壁に貼り付けられている、五人の男女の姿がある。

 

 

 その中の一人である若い娘の首筋に、獣の両腕の先に生えた巨大な“鋏”が伸びようとした瞬間、洞窟の暗がりの中から、不気味なほどに抑揚の無い平坦なな声が響く。

「よせ―――下級種の様な、粗忽な真似をするな」

 獣は、その言葉が直接、身体を鞭打ったかの様に跳ね上がり、次に身を屈めて、声のした方向に平身する。

 

「そうだ、それで佳い。外史の人間は、幸福の絶頂から突き落とされ、絶望の中で十分に熟成された時、“我等”の力をより強大にする為の(にえ)と成り得る……その娘は、まだ早い」

 暗闇から姿を現した鏡面の男―――渾沌―――は、娘の顔を覗き込み、その虚ろな眼差しを自分の仮面に映しながらそう言った。

 

 完全に外界と隔てられた鏡面の奥の表情は、誰にも読み取ることは出来ない。

「今少し待て。お前が見事、北郷一刀を打倒した暁には、この人間達だけとは言わぬ。望むまま、好きなだけ喰らわせて()れようぞ」

 渾沌を覆うマントが音もなく揺らめき、身体が獣の方へと向けられると、獣は慄いて、短い唸り声を上げた。

 

「そうだ……恐怖と服従……それこそが、私がお前に―――いや、蚩尤様以外の全ての存在に望むもの……」

 渾沌は、僅かに満足げにそう呟いて、自分が先程まで居た暗闇の中へと、再び向き直る。

「愉しみにしているぞ、北郷一刀。お前の……恐怖の味をな……」

 

 昏い愉悦の声が、暗闇の支配する洞窟に静かに響く。囚われた人々の頬を、渾沌のマントの下から這い出た“なにか”がぬるりと撫で上げ、渾沌が暗闇の中へと戻って行くのに引き擦られる様にして、その後を追った―――。

 

 

                    あとがき

 

 はい、今回のお話、如何でしたか?

 書いていたら、気が付いた時には既に30ページをオーバーしてしまっていたので、メリハリを付ける意味でも、前半部分に加筆して投稿させて頂きました。

 今回の見どころは、何と言っても桃香ママでしょうか。肝っ玉母さんなんだけど、没落したとは言え名家に嫁いだ方と言うことで、品の良さと芯の強さを出したいと、色々考えたキャラです。

 

 因みに真名に関しては、一応ラウンジで確認したところ、ITSUKIさんの考えていた真名と被っていたのですが、寛大なお心で譲って頂きました。あと、最後にちょこっとだけ出て来た、今回のゲストクリーチャーに関しても、ラウンジでアドバイスを頂きました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

 読み方は、最初はそのまま“ばいか”を考えていたんですが、もう少し語呂の良いのはないかと梅の中国語読みを調べていたら、“マイ”とも読むらしいと分かったので、そりゃもう迷わずそちらに変更しましたwww

 

 マイ香……キャリアの長い恋姫ファンには、今では懐かしいですねw

 さて、次回からは本当に、バトルが入り出します。一刀の格好良い所も見せたいですし、終盤でも少し触れた通り、展開にも一捻り持たせるつもりですので、お楽しみに!

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では、また来年の投稿作品でお会いしましょう。皆さま、良い御歳を!!

 

 

 


 
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