No.536776

真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~第三十三話 御遣い犯科帳!?

YTAさん

 どうも皆さま、YTAでございます。
 先にお詫びします。まだ、変身しません……orz
 バトル描写は入れられたのですが、全体のプロットを何時もより複雑にしたので、時間が掛ってしまって……。個人的には、内容には満足しているのですが……。

 では、どうぞ!

2013-01-27 18:06:26 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:2393   閲覧ユーザー数:1939

                                  真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                                   第三十三話 御遣い犯科帳!? 前篇

 

 

 

 

 

 

「御遣い様に於かれましては、ご機嫌麗しく――また、私どもの様な民草に御尊顔を拝す機会を賜りました事、恐悦至極に存じ上げ奉りまする」

 (ひざまず)いた十数人程の村人達の中から進み出た老人が、一刀に向かってそう挨拶をすると、一刀は困った様に膝を突いて、老人の頭を上げさせた。

 

「固い挨拶は結構ですから。皆さんも、どうか、お立ちになって下さい。この寒いのに、身体が冷えてしまいます」

「勿体ない……御遣い様が、こんな年寄りの肩を抱いて、老骨の心配をして下さるとは……」

「いや、まぁ……ははは……」

 

 田舎道のド真ん中で、団体さんに跪かれて堂々と受け答え出来るほど、自分は肝の太い人間ではないと言うだけなのだが。

「この人が簡擁お爺ちゃんだよ、ご主人様。小さい頃から、私を可愛がってくれてたの!」

「あぁ……そうだったのか。義母上の事をお知らせ頂いたそうで、その説はどうも―――」

 

「ご主人様、場所を変えませんか?此処は冷えますし、ゆっくり話も出来ないでしょう」

 抜群のタイミングで口を挟んでくれた愛紗の言葉に頷いた一刀は、桃香に顔を向けて尋ねた。

「桃香。村には、この人数が落ち着いて話せる様な所はないのか?」

「う~ん。村の集会所と……あとは、一軒だけ酒家があるけど……」

 

「近いのは?」

「集会所だね」

「じゃ、そこに行こう。桃香、義母上には―――」

「大丈夫!少し村の人達とお話して来るって、言って来たから」

 

 

「そうか。じゃ、皆さん、行きましょうか」

 一刀が村人達にそう言うと、一行は一斉に来た道を戻り始めるのだった。それから十五分ほどして、一刀達は暖かい集会所の中で、漸く一心地ついて村人達から話を聞く事が出来た。

 主な説明役は、長老の様な立場であるらしい簡擁が勤めてくれた。

 

「最初に神隠しがあったのは、三日ほど前でございます。何時もは四日おきに行商に来る筈の商人がやって来ず―――その商人が商っていたのは墨やら茶やらの生活必需品でございまして、年の瀬は特に皆が買い求めますので、難儀いたしましてな。病でも患ったのなら、村で代表を立てて近くの街まで買いに行かねばなりませぬから、その商人の家に遣いをやり、状況を確かめようと思ったのです」

 

 

「で、実際に遣いをやってみたら、商人は帰っていなかった―――と」

「はい」

 一刀の相の手に頷いた簡擁は、深い溜息を吐いて、第二、第三、第四の神隠しについて、概要を説明していく。二件目は山に薪を獲りに行った青年二人、三件目は街に花嫁衣装を設えに行ったという母娘、そして四件目は、神隠しの話を聞いて捜査に乗り出した村の役人の男性五人……その中には、駐在員をしていた警備隊の人間も混ざっていたそうだ。

 

 腕を組み、黙って話を聞いていた一刀は、煙草を取り出して、囲炉裏で燃えていた薪の中から小振りな物を火箸で取り出し、煙草の先端に押し当てた。

「どうにも妙だな……被害者に、共通点が無さ過ぎる」

「共通点、ですか」

 

 愛紗が、オウム返しにそう聞き返すと、一刀はゆったりと紫煙を吐き出し、煙草を挟んだ指で眉間の辺りをポリポリと掻いた。

「そ。営利目的の誘拐にしろ、同一犯の連続殺人にしろ、それこそ神隠しにしろ、普通は、被害者にもう少し共通項があるもんだ。質の悪い女衒や山賊の類なら若い女しか狙わないだろうし、本当の神隠しだって同様だ。普通、生贄を求める様な物の怪だの荒神が欲しがるのは、純潔の乙女とか無垢で肉の柔らかい子供って、相場が決まってるからな」

 

「じゃあ、殺人鬼の方はどうなの?」

 桃香が不安げな声で尋ねると、一刀は首を振った。

「微妙だな。普通、連続殺人を犯す様な奴は、一定の周期―――例えば、一年に一回とか、半年に一回とかから始まって、自信が付いてくると徐々にその周期を狭めて行く傾向があるもんなんだ。手口には共通した“拘り”を見せる事が殆どだし、普段のそいつの生活に合わせて、犯行日時や時刻も決まっている事が多い。自分に自信が無いくせに自己顕示欲や支配欲が強く、普段、抑圧された環境にある可能性が高いから、自分の存在を誇示する様な物を死体に残して行く事も多々ある。普通、捜査する側は、それを頼りに犯人を絞り込んで行くんだが―――」

 

 

「最初が三日前で、今日までの間に十人だもんな~。急過ぎるのだぁ。しかも、居なくなった人達が殺されてたとしても、身体が見つかってないし……」

 指を折って神隠しに遭った人々の人数を数えていた鈴々が、遣る瀬無さそうな声でそう言うと、一刀は同意する様に頷いて、すっかり短くなった煙草の吸い差しを囲炉裏の中に放り投げた。

「そう言う事だ。他の地域で何度も殺しをし慣れてる奴が、ここいらに紛れ込んで犯罪を犯していると言う可能性も無い訳じゃないが、そうなれば人目に付く筈だしな……そう言えば、怪しげな連中が近くの川辺をうろついていた、と聞きましたが?」

 

 一刀が、先程の鈴々の言葉を思い出してそう簡擁に尋ねると、簡擁は小さく頷いた。

「はい。六日ほど前に。見掛けた事のない、六・七人の男達だったと……。川に魚獲りの仕掛けを取りに行った村の者が、見たのだそうでございます」

「川辺―――か。簡擁さん、他の姿を消した方々も、同じ川辺を通った可能性はありますか?」

 

「そうでございますね……川そのものは、街に行く為に越えなければならない山の麓に沿って流れておりますので、同じ場所かは兎も角、川辺を休憩場所に使った可能性はあるかと……」

「ふぅむ。となると、今のところ共通項である可能性が高いのは、その川か……」

 一刀は、独り言の様にそう呟いてから、組んでいた腕を解き、簡擁と彼の後ろで話を聞いていた村人達を見回した。

 

「取り合えず、大まかな事は理解出来ました。明日、川の辺りを調べて見ます」

「おぉ、お助け下さいますか!」

 どよめきの中で簡擁老人がそう言うと、一刀は大きく頷いて笑顔を見せた。

「何分、手掛かりも少ないですし、何処までやれるかは分かりませんが、出来るだけの事はしましょう。役場の方には、簡擁さんから話を通しておいて貰えませんか?」

 

「それは、勿論でございます!」

「良かった。それと、村の方々には、またお話を聴きに伺う事もあると思うので、此処に居る以外の皆さんにも、その旨をお伝えして欲しいんですけど……」

「はい。それは手分けして!いいな、皆の衆?」

 

 簡擁が振り返って呼び掛けると、村人が口々に感謝の言葉と了解の意を、一刀達に浴びせ掛ける。一刀は困った様に微苦笑を浮かべ、頭を掻くしかなかった。

 それから、一刀が取り合えずの解散を言い渡すと、村人達は思い思いに出口の横に立った一刀達に礼を言い、どこぞの預言者にでもする様に、ありがたそうに一刀と桃香の手を握って帰って行った。

 

 

「いや、そんな。良いんですよ。―――ッ?」

 一人の村人からの過分な感謝の言葉に相槌を打っていた一刀は、集会所から道を挟んだ場所に立つ家屋の横手に、人影がある事に気が付いた。僅かにそちらに意識を集中すると、じっとりと悪意の籠った眼差しが自分に向けられている事が解る。

 

 一刀は、握手をしていた村人を送り出してから、何気ない様子で愛紗に視線を投げた。それを受けた愛紗は黙って小さく頷き、するりと人々の輪を抜けて、人影の居る家屋の反対側の横手に姿を消した―――。

 

 

 

 

 

 

集まっていた村人を全員送り出した一刀が、何ともなしに入り口の前に佇んでいると、愛紗が口惜しそうな表情を浮かべて、一刀の元へと戻って来た。

「申し訳ありません、ご主人様……取り逃がしました……」

「そうか……愛紗が追い付けない程、足の速い奴だったのか?」

 

「いえ、それ程では……しかし、地の利に通じているらしく、小賢しく逃げ回られて巻かれてしまいました」

「そうか。地の利に、な……」

「はい。成都か都でなら、遅れを取る様な相手では無かったのですが……」

 愛紗が、そう言って悔しそうに唇を噛むと、一刀は僅かに微笑んで、愛紗の頭を優しく撫でた。

「いや、そんなに気にする様な事じゃない―――大きな収穫もあったしな」

 

「収穫―――ですか?」

 一刀は、愛紗の頭を撫でるのを止めると、「そっ!」っと明るく言って、愛紗の肩をポンと叩いた。

「この村周辺の地理に明るくて、俺達が“神隠し”に関わる事を快く思ってない奴が居るらしい、って事がね」

「成程。確かに、それはそれで成果かも知れません。ですが―――」

 

「それだけじゃないぞ」

  一刀は、未だ申し訳なさそうな顔をしている愛紗に向かって微笑むと、人差し指をビシッと愛紗に突き付けた。

「そいつは、“人間”だ!」

 

 

「は?」

「いや、人間だったんだろ?愛紗を巻いた奴は」

 困惑した顔で茫然としている愛紗に一刀がそう尋ねると、愛紗は小さく頷いた。

「えぇ。何処からどう見ても、人間でした。顔までは分かりませんでしたが……あの、それがどう言う……?」

 

「つまり、罵苦じゃないって事だろ?」

「―――あ!」

 愛紗が、一刀の言葉の意味を漸く理解して驚きの声を上げると、一刀は満足そうに頷いた。

「まぁ、とは言え、張繍の例もあるからまだ何とも言えないけど―――それでも、人間が関わってる可能性を見つけられた。十分な成果だよ。御苦労さまだったな、愛紗」

 

「はい。ありがとうございます!」

 愛紗が嬉しそうにそう言ってはにかむのと同時に「どーん!!」と言う大声と共に、一刀の背中に衝撃が走った。

「のぁ!?鈴々、心臓と腰に悪いから、後ろから飛びかかるのは勘弁してくれよ……」

 

一刀が苦笑いを浮かべて腕を廻し、背中に抱きついている鈴々の頭を撫でてやると、鈴々は心地よさそうに喉を鳴らしながら、悪戯っぽく唇を歪めた。

「にしし!お兄ちゃんと愛紗が楽しそうにイチャイチャしてたから、ビックリさせてやろうと思ったのだ!」

「な―――!?鈴々!私達は別に、イチャイチャなどしていないぞ!そうですよね、ご主人様!?」

 

 愛紗が何故か必死そうに一刀に向かって水を向けると、一刀は微苦笑を浮かべて頬を掻いた。

「はは……まぁ、あの位じゃなぁ……」

「へぇ―――ま、いいのだ!ところで愛紗。愛紗は、お兄ちゃんの事は『兄上』って呼ばないのか?」

「はぁ?何で私がそん……な……待て、鈴々。お前、まさか……!!?」

 

 愛紗が、顔色を赤くしたり青くしたりして、鈴々を捕まえようと一歩を踏み出すと、集会所から桃香が顔を出し、微笑みながら三人に近づいて来た。

「あれぇ。何だか、皆で楽しそうだね!私も混ぜて~♪」

「い、いえ、桃香様!これは決して遊んでいる訳ではなく―――」

 

 

「(姉上……)」

「……ッ!?りんり~~~ん!!」

 鈴々の(からか)う気満々の呟きにとうとう堪忍袋を切らせた愛紗が、頭から湯気を出して鈴々の首根っこを捕まえようとするのだが、そこは流石に燕人張飛。ひょいと愛紗の手を(かわ)すと、素早く桃香の後ろに隠れてしまった。

 

「え、え!?なに、何なの!!?」

 蚊帳の外だった桃香は、自分の周囲をぐるぐると回って追いかけっこを演じている二人の義妹に困惑の視線を送りながら、慌てて大声を上げた。

 並みの少女二人ならいざ知らず、超人二人の追いかけっこである。NBAのトッププレーヤーも真っ青のフェイントとスイッチアップの応酬が延々と極至近距離で繰り広げられるのだから、桃香ならずとも身を(すく)ませもしようと言うものだ。

 

「こらこら、二人とも。その辺にしておけって。その内、バターになっちまうぞ」

 一刀が二人に割って入ってそう言うと、二人は争うのをやめ、怪訝な顔で一刀を見た。

「“ばたぁ”とは、何なんなのですか、ご主人様?」

「美味しいのか!?」

 

「あ、いや……そうか、分かんないネタだったな。すまんすまん。それより、今日はもうそろそろ帰らないか?」

 一刀がそう言うと、ホッとした顔の桃香が、同意して頷く。

「そうだね。お母さん、ご飯を作って待っててくれてるだろうし」

 

「おー!!そうだったのだ!お母さんのご飯なのだ!愛紗、一事休戦なのだ!」

「まったく。自分から宣戦布告をしておいて、勝手なヤツめ……まぁ、いい。私も、義母上様が手ずから作って下さったお料理を冷やしてしまうのは本意ではない。その休戦、受けてやろうではないか」

 一刀と桃香は、そんな二人の会話を聴いて顔を合わせ、目を細めた。

 

「いやはや、凄いもんだな。“お袋の味”効果ってやつは……」

「そうだね。どうしてかは上手く言えないけど、何だか嬉しいな、私♪」

「そうだな……うん。俺も嬉しいよ、桃香。さ、皆、帰ろうか」

 一刀が、追いかけっここそ止めたものの、未だ丁々発止のやり取りを続けている愛紗と鈴々にそう声を掛けると、二人は素直に頷いて、歩き出していた一刀と桃香の両脇に並んだ。

 

「お母さんのお料理かぁ、楽しみなのだ!前にお姉ちゃんからお話を聞いて、ずっと食べてみたかったのだ!きっと、酒にも合うに違いないのだ!!」

「鈴々。お前、酒まで馳走になる気でいるのか?ここに居る間くらい我慢しろ!まったく……」

 愛紗が、カマボコの様な目で鈴々を睨みながらそう窘めると、鈴々は目に見えてガックリと項垂れた。

 

 

「うぇぇ……楽しみにしてたのにぃ……」

「あはは♪鈴々ちゃん、そんな顔しないの。お客様用にお酒は取ってある筈だから、それを呑んだらいいよ。どうせ、お母さんは普段は呑まないし」

「ホントか、お姉ちゃん!?」

 

 

「なりません、桃香様。親しき仲にも礼儀ありです。まして、お客人用の御酒(ごしゅ)など、身内が呑んで良いものではありますまい」

桃香の言葉で再び活力を取り戻した様子の鈴々を尻目に、愛紗はピシャリと言い放つ。それを聞いた鈴々は、またもや肩を落として項垂れた。最も、無理に食い下がらない所を見ると、愛紗の言い分が正しいと言う自覚はあるらしい。

 

一刀は、鈴々の百面相を内心で面白がりながらも、少し位はよかろうと、鈴々を助けてやる事にした。

「それなら、俺が酒を買ってやろう。確か、酒家があるって言ってたよな、桃香?」

「ご主人様まで、その様な……お二人がそうして甘やかされるから鈴々が―――」

「いや。実は俺も、義母上の料理で酒を呑んでみたかったんだよ。その代わり、何時もみたいに好きなだけって訳にはいかないぞ。鈴々、それで良いか?」

 

 鈴々は、一刀の言葉で再び活力を取り戻して、何度も勢い良く頷いた。尻尾でも付いていれば、ヘリコプターの様に勢い良く回っていたに違いない。

「もっちろんなのだ!!お兄ちゃん大好きなのだ!!」

「ははは。何ともありがたみの無い『大好き』だなぁ」

 

「あはは♪鈴々ちゃんてば、現金なんだから。じゃ、引き返そうか。酒家は、此処から反対側だし」

 桃香がそう言って踵を返そうとすると、一刀は顎に手を当てて暫く考え込んだ。

「そうか。遠回りになるんだったな……愛紗」

「はい。何でしょうか?」

 

「酒を買いには俺と桃香で行くから、お前と鈴々は、先に帰っていてくれないか?」

「は?い、いえ、そんな訳には―――」

「義母上を何時までも、一人でお待たせするものなんだから、な?……頼むよ」

 一刀の顔を怪訝そうに見た愛紗は、主の眼差しが一瞬鋭くなったのに気付いてその言わんとしているところを察し、言い掛けていた言葉を飲み込んだ。罵苦はどうか知らないが、人間がこの“神隠し”に関わっているとなれば、一刀や桃香の行動を制限する為に梅香に累を及ぼさないとも限らない。

 

 

それが、この村の人間ならば尚の事だろう。一刀は、その事を懸念していたのだ。

「御意―――では、私と鈴々は先に戻らせて頂きます。お二人も、くれぐれもお気を付けて」

「あぁ、心配ないよ。桃香と自分の身くらいは、何とか守れるさ。愛紗と鈴々こそ、強盗か何かが入って来ても“やり過ぎたり”するんじゃないぞ~」

 

「ふふっ。委細、承知しております―――では、また後ほど……行くぞ、鈴々」

 愛紗は僅かに微笑んでそう返すと、鈴々に声を掛けた。一刀が冗談めかして口にした最後の言葉は、そのままの意味だと理解している。

 主は、『もし“敵”が現れても、殺さず捕えろ』と、自分に言ったのだ―――。

 

 

 

 

 

 

一刀は、夕日に照らされた愛紗と鈴々の影が小さくなっていくのを暫く見詰めてから、隣の桃香に顔を向けた。

「じゃ、俺達も行こうか。案内を頼むぞ、桃香」

「うん、任せてよ!とは言っても、こんな小さな村だから、案内なんて程の事でもないんだけど……」

 

 桃香はそう言って笑うと、一刀と歩幅を合わせて歩き出した。

「でもでも、さっきはビックリしちゃった!」

「ん、何がだ?」

「ご主人様、凄く堂々として、皆に色々お話を訊いてたでしょう?」

 

「あぁ―――何だ、そんなに意外か?」

「うん!だってご主人様、三国会議の時とかは、黙って皆のお話を聴いてる事の方が多いじゃない?何か尋ねた時は答えてくれるけど……」

「ははは。そりゃ、(まつりごと)に関しちゃ、皆の方が玄人だもんよ。半分素人の俺が、のべつ幕無しに(くちばし)を挟んだって鬱陶(うっとお)しいだけだろ?」

 

「え~?じゃあ、さっきは?」

「桃香―――お前ね、俺が警備隊の(アタマ)張ってるって、忘れて無いか?」

「あ…………」

「本気で忘れとったんかい……」

 

 

 一刀が、わざとらしく肩を落としてそう言うと、桃香は慌てた様子でブンブンと両手を振りながら、必死に弁明を試みた。

「ご、ごめんなさい!でも、ああ言うご主人様は凄く新鮮だったから、カッコ良かったって言うか―――!!」

「ホントにぃ?」

「ほ、ホントだよ!!」

「惚れ直したか?」

「うん!もう、すっっごく惚れ直したよ!!」

 

「むふふ、そうかそうか。それならば許して遣わすぞ」

 一刀が、ニヤニヤしながらそう言って大げさに胸を張るのと反対に、桃香は豊満過ぎる胸を撫で下ろした。その様子を見るに、一刀に(からか)われたのだとは気付いていないらしい。

「まぁ、それはそれとして。桃香」

 

「なぁに?」

「あの簡擁って人、昔は何をしてた人なんだ?」

「ふぇ?どうしたの、ご主人様、藪から棒にそんな事……」

「いや、少し気になってさ。ほら、道で俺に会った時、かなり格式張った挨拶をしてくれただろ?あんなの何処で覚えたのかな、と思ってね」

 

「あー、なるほどね」

 桃香は、一刀の言葉に納得をして、小さく頷いた。

「簡擁お爺ちゃん、昔は長安の都で文官をしてたんだって。私が子供の頃にはもうお爺ちゃんになってて、この村で酒家をやってたけど。お料理も凄く美味しかったんだよ!でも、お婆ちゃんが亡くなっちゃってからは、簡単なおつまみとお酒しか出してないんだ」

 

「ふぅん。文官……ね」

 一刀は片眉を僅かに上げて、桃香の言葉にそう相槌を打った。『本当か?』と、胸の内で自問する。簡擁を立たせる為に触れた彼の身体つきは、元文官の老人のものとは到底思えなかった。がっちりと筋張っており、加齢による最小限のもの以外に、弛みなどは欠片も感じられなかったのだ。

 

 それは一刀に、ある人物を連想させた。一刀の祖父にして剣の師、北郷達人(たつひと)である。初めて剣を握ったその日から、一日に最低千本の“立ち木打ち”を欠かさなかったと言うその祖父と同等の肉体を、元文官の酒家(いざかや)の店主などが、何をするともなく維持出来るものなのだろうか?

「―――って桃香」

 

 

「ん?」

「もしかして今から行く酒家って、簡擁さんが営んでる店なのか?」

「そうだよ―――あれ、言ってなかったっけ?」

「あぁ、一言もな……まぁ、別にいいけどさ」

 一刀は、両手を腰の後ろで組んで久々の故郷を歩く桃香を横目に、思考の波の上を漂っていた。宮仕えをしていたと言うのならば、そこいらの百姓や町人ではどう頭を絞っても出てこない様な挨拶を堂々とこなせるのには納得が行く。しかし、年齢に見合わないあの鍛え上げられた肉体は、何を意味しているのだろう?

 

「(ま、解らずに済むんなら、その方が良い事なのかも知れないけどな……)」

一刀は、そんな事を思いながら、桃香との他愛もない雑談に心を引き戻した。懸念すべき事は山ほどあるが、桃香とのこんなにゆったりとした時間を持てる事は、秤に掛けられない位に貴重なもである事にもまた、変わりはなかったのだから―――。

 

 

 

 

 

 

「ここが、簡擁お爺ちゃんのお店だよ!」

 桃香が右手を翳してそう紹介すると、一刀は笑って頷いた。桃香の様子が、地元を案内する旅行の添乗員の様で微笑ましかったからだ。

「それじゃ、さっそくお邪魔しようか」

 

 一刀は桃香にそう言うと、揃って暖簾を潜り、質素な造りの店の中に足を踏み入れた。

「御免下さーい!」

 桃香が元気良く大きな声でそう言うと、奥から「はいよ。いらっしゃい」と言う簡擁老人の声が聞こえた。暫くして姿を現した簡擁は、一刀と桃香の姿を見て目を丸くする。

 

「これは!御遣い様と桃香ちゃ……いや、劉備様!お二人お揃いで、こんなむさ苦しい店にお越し下さるとは!」

「やだなぁ、お爺ちゃん。桃香で良いよ!そんなに畏まらないで?」

 桃香が、すっかり恐縮した様子の簡擁に優しくそう言うと、一刀も同意して頷いた。

 

 

「あの、この店で一番大きな入れ物に、持ち帰りで酒を頂きたいんですが……」

「はい、それはもうすぐに御用意を!どうかお二人もお掛けになって、是非、一杯呑んで行って下さい!」

「あぁ、いや。俺達は―――」

 一刀が丁重に断ろうとすると、簡擁は何度も首を振って、頭を下げた。

 

「そんな事を仰らずに!折角、御遣い様と桃香ちゃんが御出(おい)で下されたのに酒の一杯も出さずに帰してしまったなどと知れては、私が村中の笑い物になってしまいますから」

「そう―――ですか。じゃあ、桃香。一杯だけ、御馳走になろうか」

 一刀が微苦笑を浮かべながら桃香を見遣ると、桃香も微笑んで頷き返した。

 

「そうだね。一杯だけなら、良いよね♪」

「良かった、そう来なくちゃ!お燗で宜しいですか?」

「えぇ。済みません、お手数をお掛けして」

 一刀が申し訳なさそうにそう言うと、簡擁は台所の仕切りの向こうで「とんでもない」と言って笑った。

 

「こんな片田舎で、天の御遣い様に酒をお出し出来る酒家なんて、そうあるもんでも御座いませんでしょう?身に余る光栄で御座いますよ。桃香ちゃんには、昔はよく、お使いで料理に使う酒を買いに来てもらった時に、こっそり酒の肴を味見してもらってたけどねぇ。ちょうど、その席にちょこんと腰掛けて―――」

 桃香は、簡擁の言葉に「そうだったね」と相槌を打つと、小声で一刀に囁いた。

 

「私の家、昔は貧乏だったから……お爺ちゃんとお婆ちゃん、私が遠慮しないようにって、“味見”って事にして、よくお惣菜を食べさせてくれたんだ」

「そうか……情の深い、良い人達なんだな」

「うん!私、本当のお爺ちゃんもお婆ちゃんも知らないから、簡擁さんと奥さんの事、本当のお爺ちゃんとお婆ちゃんだと思ってるの」

 

 桃香が嬉しそうにそう言うと、簡擁が台所から出て来て、二人の卓に猪口を二つと、湯気の立つ一合徳利を置いた。

「いやぁ、あの小さかった桃香ちゃんが一国一城の主になって、しかも、こんなに立派な旦那さんまで連れて帰って来てくれるなんて……爺ちゃん、嬉しくってねぇ」

 

「ちょ、お爺ちゃん!旦那様だなんて、そんな―――」

「ははは。別に、間違ってる訳じゃないんだし、そんなに否定する事ないじゃないか」

 一刀は、酒などそっちのけでワタワタと手を振って簡擁に捲し立てている桃香にそう言うと、自分と桃香の猪口に、暖かい酒を注いで笑った。

 

 

「え!?ご、ご主人様!!?」

「だって実際、似たようなもんだろ?」

「そ、それは――」

 確かに公には、桃香達は一刀の側女と言う事になっている。つまり解りやすく言えば、内縁関係と言って差し支えない。だから、桃香に対して一刀を形容するのには、主でも義兄でも旦那様でも、間違ってはいないのだ。いないのだが……。

 

「何だか、恥ずかしいじゃない?そう言うの……」

 桃香は、顔を赤らめてそれだけ呟くと、ぐいと猪口を煽った。一刀が臆面もなく自分を伴侶として認めてくれた事は、今迄にない事だったからだ。

「いやいや、お熱いですなぁ!」

 

 簡擁が、桃香の様子に目を細めながらそう言うと、店の戸が開いて、女が一人、入って来た。

「(夜鷹か……)」

 一刀は、女の格好を見て直観的にそう思った。夜鷹と言うのは、今で言うストリートガールである。特定の見世(みせ)に属するのでは無く、路地裏や人気のない郊外などで“個人営業”をしている女性の事だ。

 

 脇に抱えた(むしろ)や、派手な割に清潔とは言えない服、分厚いとさえ言える化粧などは、その最たる特徴で、一刀は警備隊の職業柄、この様な女性達を数多く見ていた。

女は、「御免なさいまし」と言って一刀達のすぐ横の席に座ると、簡擁に酒を一杯、注文した。簡擁がちらりと此方を見たのに気付いた一刀は、女に「これからかい?」と声を掛けた。

 

簡擁が、自分達に気を使って女を追い出してしまうのではないかと思ったからだった。女は一瞬驚いたて目を丸くすると、「はい……」と、遠慮がちに答える。一刀や桃香の衣服の煌びやかさは、どう見てもそこいらの村人や町人の物ではない。

 女が驚くのも、無理からぬ事であろう。

 

「そうか。この寒い中、大変だな―――そんな所に一人で座ってちゃ冷えるだろ?こっちに来て、一緒にやろう。“親父さん”、この姐さんの酒代は、俺にツケといてくれないか?」

 一刀が無為の客を装って、簡擁の名を敢えて呼ばずにそう言うと、簡擁も女同様に一瞬驚いた顔をしたものの、「へぇ」と返事をして、台所に引っ込んだ。

 

「そんなにお綺麗なお連れ様が居ますのに、私なんかで良いんですか?」

 女が冗談めかして一刀にそう尋ねると、一刀は微苦笑を浮かべて、ひらひらと右手を振った。

「ははは。そんな下心なんてないよ。この寒い季節の仕事前に折角、行き合ったんだ。景気づけの一杯を奢らせて欲しいってだけさ。なぁ、桃香?」

 

 

 一刀に水を向けられた桃香も頷いて、女に向かって微笑む。

「うん!それにね?私の実家、筵を編んで商ってるんです。もしかしたら、お姉さんの筵も、うちの商品かも知れないし♪お客様と酒家で隣り合わせたのにお礼もしなかったなんて知れたら、母に怒られますから。そんなに遠慮しないで、ね?」

 

 女は、一刀の隣に腰を降ろしながら二人の言葉に遠慮がちに微笑みを返すと、酒の満たされた猪口を両手で受け取った。

「嬉しいですよぉ。私みたいな者に、人並みに優しくして下さって……」

「はは。妙な事を言う姐さんだな。人並みって姐さん、あんた、どこからどう見たって俺達と同じ人間にしか見えないよ?なぁ、親父さん?」

 

 一刀が、丁度酒を持って来た簡擁にそう水を向けると、簡擁は微笑みながら、「はい」と答えて、すぐに後ろを向いた。顔が綻ぶのを、見られたくなかったからだった。

「あ!それとも、お姉さんってもしかして、人を化かす狐さんなの?」

 桃香が場の空気を和まそうと、そう言って柏手を打つと、一刀も便乗して面白そうに笑った。

 

「そいつはいい。狐は美女に化けて男を(たぶら)かすって言うからな。姐さん、随分と男を泣かせて来たんじゃないか?」

「嫌ですよ。お二人共……」

 女は、涙を浮かべて嬉しそうに言いながら猪口に口を付け、ちびりと旨そうに啜るのだった―――。

 

 

 

 

 

 

「どうも、良い事をして下さいましたねぇ」

 女が出て行った後、土産の酒を受け取って勘定を済ませた一刀達を玄関まで送り出した簡擁は、微笑みを浮かべながら一刀に言った。

「御馳走して頂いた上に“お心付け”まで―――あの姐さん、泣いておりましたよ」

 

「当然の事をしただけですよ。玄人に、酒の相手をしてもらったんだから」

 一刀がそう答えると、桃香が笑って簡擁にお辞儀をした。

「うん。楽しくお酒が呑めたしね♪じゃ、お爺ちゃん、ごちそうさま!」

「お気を付けてお帰りなさいまし」

 

 

 簡擁は、二人の持った提灯の灯りが遠ざかるを暫く眺めてから、暖簾を外す為に軽く背伸びをした。

「(漢の宮廷にお仕えして二十余年、色んな人間を見て来たが、あんな御仁は初めてだな……)」

 内心でそう独りごちる。簡擁が宮仕えをしていたと言うのは、本当の事だった。文官ではなく、最初は兵卒として登用されたのである。

 

 だが程なくして、簡擁は“ある仕事”に適正を見出され、兵卒ではなくなった。それは、国体と王朝の安定を守る為には欠くべからざる役職で(少なくとも簡擁はそう聞かされた)、彼はその為に、多くの技能を身に付けさせられた。言葉遣いも、武芸も、詩も、読み書きも――今では無用の長物だが、女を悦ばす術も、それに料理もだ。

 

 今、店で簡単なつまみしか出していないのは、単に人手が無いからに過ぎない。その気になれば、今でも人を唸らせる位の物を作る自信があった。そうして、“一人前”として仕事をする内に、簡擁は宮廷と言う場所で、多くの人間が浅ましく堕ち行くのを見る事になる。

 善政を目指した若き文官も、英雄を夢見た青年将校も、一度(ひとたび)権力と言う名の甘い毒薬を口にしてしまえば、欲望と保身の為には親兄弟を手に掛ける事も厭わなくなってしまう。何故なら、権力さえあれば全てを手にする事が出来ると、擬似的に感じる事が出来るからだ。

 

 旨い飯や酒、美女、金、服……それらさえあれば、自分が有能だとも、英雄だとも錯覚出来てしまう。そんな多くの人物に仕え、彼等の栄華と権勢を守る為に、随分と人には言えない様な事をして来た簡擁に取って、北郷一刀は異質な存在だった。

 今のあの青年は、この大陸の全てを手にしていると言っても過言ではない。望みさえすれば、千人の美女だろうが、全てを黄金で飾り立てた宮殿だろうが―――いや、その二つを同時にでも、思いのままに手にする事が出来る筈だ。

 

 だが、彼はこんな片田舎の寂れた酒場で出された酒を旨そうに啜り、夜鷹を『自分と同じ人』と、当然の事の様に口にした。精々、軍候や都尉止まりの連中ですら、自分が特別であると思い込みたいが為に、泥に塗れて田畑を耕す百姓や、身体を売る事しか生きる術を知らない娼婦などに対して、畜生でも見る様な眼差しを送り、実際にそう接すると言うのに。

 

「(今夜は、久し振りに旨い寝酒が呑めそうだ……)」

 簡擁が、そんな事を思いながら外した暖簾をしまい込んでいると、不意に、鋭く甲高い音が宵闇を切り裂いた。簡擁にはそれが、(かつ)て幾度となく聴いた剣戟の音であると、直ぐに解った。

「(まさか、御遣い様と桃香ちゃんが!?)」

 

 

まさかせずとも、間違いない。こんな田舎の往来での刃傷沙汰など、それだけでも珍しい。そんな行為の対象となる様な理由を持った人物ともなれば、珍しいを通り越して希少と言っていいであろう。

 簡擁の身体は、そんな自分の思考を置き去りにして、音のした方角へと走り出していた―――。

 

 

 

 

 

 

 かくして、昔の様に気配を殺し、闇の中を駆け抜けた簡擁が目にしたのは、予想通り、一升入りの酒瓶を持った方の手で桃香を庇い、もう一方の手で剣を握って柳葉刀(りゅうようとう)を持った男に対峙する、北郷一刀の姿であった。

 簡擁は、自分でもどうしてなのか解らずに木の陰に隠れると、そこから顔を覗かせて、月明かりに照らされる斬り合いの様子を、息を殺して見守った。もしかしたら、北郷一刀がこの局面をどう切り抜けるのか、見てみたかったのかも知れない。

 

「どうも、(ただ)の辻斬りって風情じゃないな。“神隠し”の犯人とも思えないが―――俺達が誰だか知ってて、やってるのか?誰の差し金だ?」

 一刀の冷静な声に、刺客は眉間に皺を寄せ、歯ぎしりをした。

「問答無用―――ッ!」

「そうかい。それじゃ、追々こっちで調べよう。桃香、こいつを持って役所まで走れ。人を連れて来るんだ」

 

 桃香はそう言って突き出された酒瓶と、刺客から視線を外さない一刀の横顔を交互に見遣り、逡巡した。

「早く行けッ!!」

「う、うん!!」

 滅多に聞かない一刀の厳しい声に意を決した桃香は、渡された酒瓶を持って、闇の中に溶けていった。

 

「さて、と」

 桃香の背中に一瞬だけ視線を投げた一刀は、そう呟いて、改めて刺客の挙動に全神経を集中させる。

「さっきの一太刀で、あんたの腕がどんなもんかは分かった。俺も命が惜しいんでな、手加減は出来ねぇぞ……それでも、やるのか?」

 

 

 一刀の言葉に呼応するかの様に、刺客が身体の重心を僅かに落とす。それが、答えである。どれ程の時間、睨み合いが続いていたのか。冬の風が吹き抜ける音のみが支配していた沈黙を破ったのは、刺客の方だった。

「おぉぉぉ!!」

 獰猛な犬の声にも似た気合いと共に振り上げられた柳葉刀はしかし、振り下ろされる事は無かった。刺客の突進に合わせて身を屈めた一刀が、兼光の峰の中程に自分の前腕を添えて、刺客の脇腹をすり抜ける様に斬り裂いたからだ。

だが、刺客は倒れる事なく踏み止まり、再び獰猛な唸り声を上げて、ぐるりと身体を反転させた。日本刀の真価は、鈨元(はばきもと)から切っ先までの反りを最大限に生かした、削ぎ切りにある。

 

刃の中程から切っ先を使って抜いた胴では、瞬時に命を断つ致命傷とは為り得なかったのだ。だが―――最早、決死となった刺客が振り向いた先には、示現流独特の八双、“蜻蛉”に兼光を構えた北郷一刀が、態勢を整えて立ちはだかっていた。

「チェストォォォ!!」

 

 夜空を照らす月の淵をそのまま切り取ったかの様な白刃は、本能的にそれを受け止めようとした柳葉刀の刀身ごと、いとも容易く刺客の頭蓋を両断する。金属のぶつかり合う鋭い音が響いた次の瞬間、刺客は地面に仰向けに倒れ伏した。

「スッ―――フゥ―――。片腕で受け止められる程、示現流の打ち込みは甘くないんだよ……」

 

 一刀は静かに呼吸を整えると、小さく血振りをして、自分の背後にある宵闇に厳しい声を上げた。

「まだ、誰か居やがるな―――いい加減に出て来い!」

 簡擁が、その声に身を竦ませたのは言うまでもない。『出て行って、最もらしい言い訳をすればいい』、そうは思うのだが、身体が言う事を聞かなかった。例え簡擁の本心はどうあれ、北郷一刀には、そんな言い訳など見透かされると直感が告げていた。

 

 闇の中で震えるなど、何年振りの事だろうか。簡擁がそんな事を考えながら、ひたすら気配を殺して居ると、そう遠くない草むらから、僅かな葉擦れの音と、ひそひそと何かを囁く声が聴こえて来た。

「(厄場(ヤバ)いぜ、おい!天の遣いがこんな凄腕だなんて、聞いてねぇぞ!)」

「(静かにしろッ!でも、陳英先生でも手に負えねぇなんて……関羽と張飛を相手にするより、こっちの方が楽だと思ったが、とんでもなかったな。お(かしら)にお知らせするしかねぇぜ、こりゃあ……)」

 

「(あぁ。役人どもが来たようだ。ズラかるとしよう……)」

 声の主達は、簡擁が自分達の会話に聞き耳を立てているなどとは思ってもいない様子で、役所の印の入った提灯の群れが近づいて来るのを察知して、気配を消した。

「(あの声……お頭がどうのとか言ってた方には聞き覚えが無かったが。もう一つの方は……)」

 

 

簡擁は、頭の片隅でそんな事を考えながら、一刀の方に注意を戻した。一刀は、男達の気配が消えた事で誰も居なくなったと思ったのか、懐紙で刀身の血を拭い、鞘に納めると、確認を先導して駆けて来る桃香に微笑んで、軽く手を上げた―――。

 

 

 

 

 

 

「ご主人様!!」

「桃香、早かったな」

「大丈夫!?怪我はない?」

「あぁ。この通り、ピンピンしてるよ」

 

「よ、良かったぁ……」

 桃香が、安堵の溜息と共に如何にか言葉を吐き出して、酒瓶をぬいぐるみの様に抱えながら地面にへなへなと座りこむと、一刀は苦笑いを浮かべて心配を掛けた事を詫び、直ぐに表情を引き締めて、提灯を片手に状況を見守っていた役人達へと視線を移した。

 

「この死体を、役場まで運んでくれないか?明日の朝一番に検分したんだが」

「はっ!」

「ありがとう。念の為、見張りも付けておいてくれ。“こいつ”の仲間が、証拠を残さない為に、身体を奪い返しにくるかも知れないから。まぁ、闇討ちなんかしようって姑息な連中だ。近くに人の気配があれば、手出しはしてこないだろうさ―――さ、桃香。今日はもう帰ろう。あまり遅くなると、皆が心配するからな」

 

 一刀は、役人達との打ち合わせを終えると、振り返って桃香にそう声を掛けた。既に呼吸を整えて立ち上がっていたいた桃香は、頷いて一刀の隣に並び、一刀と共に役人達に礼をして、宵闇の中を家路に付いた。それから四半時もしない内に、もう、桃香の実家の灯りが近づいて来た。何だかんだで小さな村であるから、案内さえ居れば、例え村の端から端まで歩いても、一刻(役二時間)も掛らないのである。

 

一刀は、扉を開いて桃香を先に入らせると、背後の宵闇を振り返った。

「親父さん、ご苦労様」

 そう言って自分も家の中に入り、静かに扉を閉める。誰も居なくなった筈の闇の中では、道端の木陰に身を潜めて一刀と桃香を見守っていた簡擁が、冷や汗を流しながら力無く地面に尻を突いていた―――。

 

 

                      あとがき

 

 はい。今回のお話、如何でしたか?

 一刀さんは、実は捜査機関のトップなので、イベントにならない所で色々とお仕事をしているのではないか……と言う妄想から、今回の展開に。

 で、そうなると当然、時代劇好きの私をしては、尊敬するあの御方をモデルにしてみようと思った次第でして……後悔なんて微塵もありませんとも!!

 

 因みに、簡擁のキャラ、夜鷹との下りなどは、元ネタの中でも私が最も好きなエピソードの内の一つを参考に、アレンジさせて頂きました。桃香が上手く絡んでくれたので良かったです。実際、一刀なら、このシュチュエーションで、元ネタ様と同じ事言いそうだな、と思ったりもしましたので。

 色々と立て込んだ話になってきましたが、ちゃんと特撮展開になりますのでご安心下さい。

 

 また、いつもの様に、支援ボタンクリック、感想コメントなど、励みになりますのでお気軽に頂ければと思います。それから、狭乃狼さんのSS、『真・恋姫†妄想 もしもTINAMIの管理者が御遣いになったら』にて、かなりメインな役どころで出演させて頂きました。

 興味が御有りの方は、是非ご一読下さい!↓

 

http://www.tinami.com/view/536587

 

 では、また次回、お会いしましょう!!

 

 


 
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