最高気温が三十五度を超える猛暑日。あまりの暑さにセミすら元気のない鳴き声しか出す事が出来なくなっているこの日、俺達は団地の中にある広場に集まっていた。
「それでは、これより清掃を開始します。十五時までに終わるよう、皆さん頑張ってください」
「はーい」
返答と共に各人は散らばってゴミ拾いを始める。
俺はというと、
「あっっっつい……!」
人型ロボットに乗り込み、ロボットにスポンジに似た清掃用具を持たせて団地の壁の汚れをこすって落としていた。
このロボットは俺の私物だ。普段使う事がほとんどないからこうして団地の掃除くらいしか役目がない。
『暑い暑い言うから暑く感じるの。心頭滅却すれば火もまた涼し』
「だったらせめてこいつのエアコン直してくれよ」
コックピットの中はさながらサウナだ。太陽光で熱せられて内部の温度が上昇している上にエアコンが故障して弱冷房未満の機能しか働いていない。ふと右側の景気に目を向けると、コックピット内の気温が四十度を超えていた。
「外の方が気温低いっておかしいだろ」
『文句言っている暇があったら手を動かす。でないといつまで経っても降りられないよ』
通信機から聞こえてくる高い声が淡々と俺を急かす。
「ちぇっ、一人だけ日陰で指令出すだけのいいご身分だからって」
『聞こえてるよ。あんた、後で鍋焼きうどんおごってあげる』
「この時期最も嬉しくないおごりをありがとう」
言われた皮肉に皮肉を返しながら作業を続ける。この辺は夜中にガラの悪い奴らが歩き回って好き勝手にスプレーでペイントしている。何度注意しても、それこそこのロボットで脅しをかけてもへこたれずに続ける気力だけは尊敬したい。もっとも、それを簡単に覆すくらい迷惑な行為だが。
『どうやったら落書きをなくせるかね』
「いっその事あいつらに子供用塗り絵のペンを渡したらいいんじゃないか。確かあれは水で簡単に落ちるだろ」
アニメの途中でやってるCMにそんなのがあったと記憶している。
『誰がどうやって渡すのさ』
「お前ならいけるんじゃないか。曲がりなりにも美人だし色仕掛けはバッチリだ」
『一言余計。私は完全無欠の美少女よ』
「はいはい、すごいですねー美少女さん」
顔とスタイルは芸能人顔負けだが、口と性格の悪さも兼ね備えているから完全無欠にはほど遠い。おかげで一目惚れした奴らが告白する度に綺麗に玉砕していっている。
「あいつの欠点もこの洗剤で落とせねーかな」
『キムチチゲ追加ね』
「尻から火吹いてやるぞ」
何だかんだで十五時までには掃除を終わらせる事が出来た。
「お疲れ様でした。皆さんの努力のおかげで、この団地もまた綺麗になりました」
まばらに拍手が起こる。
俺はその様子をコックピットの中でぐったりとしながらモニター越しに見ていた。
「早く降りたい……」
「それではこれで解さ――」
突如、無数の銃弾が団地の壁を穿った。その音にビックリして俺はカメラの付いているロボットの顔を空に向けさせた。
「あれは……!」
空には多くの戦闘機とその戦闘機と同じくらいの大きさの鳥が飛び交っている。
「くそ、こんな所に出てくるんじゃねえよ!」
俺は顔をしかめながら左の腰の辺りにあるレバーを思い切り引き上げた。目の前のモニターに「リミッター解除」の文字が現れ、ロボットが大きなうなりを上げる。ロボットのバックパックが展開しノズルを外に現す。
「ちょっくら空の方も掃除してくる! 鍋焼きうどんとキムチチゲ用意して待ってろ!」
「十九時まで戻ってきなさいよ!」
「三十分で済ませる!」
轟音と共にロボットが飛び立ち、飛び回る鳥に向かって突撃していく。
これだから掃除の手間を作る奴は嫌いなんだ。不良も鳥も。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
即興小説で作成しました。お題「汚れた団地」制限時間「1時間」