初音ミクは、何かをしっかりと両腕に抱え、足音をしのばせるように家の廊下を進んだ。廊下から、居間の中を伺うように見回してから、そっと中に入った。
「おねぇちゃん、……」
「きゃああ」ミクは飛び上がり、その声をかけたリンの方を、一度振り向いた。それから、慌てて抱えているものをかばうように、再び背を向けた。
「どしたの……」リンは、そのミクの背後に突っ立ったまま言った。今のミクの驚愕の反応の激しさにも呆気にとられつつ、そのミクの、何かを抱えている姿を見つめ、「捨て猫でも拾ってきたとか……」
ミクは目をしばたいて、躊躇するように、そのまま立ち尽くしていたが、
「ううん……きっと、リンにはどのみち、すぐに全部わかっちゃうし……」
やがて、ゆっくりと体の緊張を解くように腕を緩めてから、小さく言った。
「リンにだったら……きっと、話してもいいかも」
──ここのミクの瞳を見た時点で、リンには直感として、自分から尋ねてはみたもののやはり聞かない方がよかったような感、やはりあまり聞き出したくないような予感が、激しく脳裏をよぎった。
ミクは、大事に両腕で抱えていたものを、居間の低テーブルの上に優しく置いた。それは、KAITOを漫画的に描き替えたような、あるいは小さなKAITOの人形のような代物だった。
「その……あのね、収録の帰りに、《秋葉原(アキバ・シティ)》で見かけて」ミクは俯きがちに小さく言ったが、ミクのその小声は、何か抑えながらも否応なく幸福をあふれさせているようにも聞こえた。「すごく悩んだんだけど……でも、どうしても我慢できなくて、買ってきちゃったの」
リンはその場に立ったまま、かなりの間沈黙した。
「……あのさ、色々と突っ込みたいことがある中から、ごく素朴な疑問なんだけど」
しばらく躊躇してから、リンが言った。
「どうして、そんなの買ってくるわけ……家に『本物』がいるのに」
「いや、ミクが買ってきたのも本物だよ」テーブルの上の、その小KAITOが喋った。
リンは眉毛を八の字にして、顎がぐきっと音を立てるほどに口を開いたまま、小KAITOを凝視した。
ミクは目を驚きに若干見開き、口に手を添えて、小KAITOを見つめた。
「……いや、ちょっと待って、本物って」ようやく喋れるようになったリンが、テーブルに身をのりだして言った。「これ、兄さんの本物の、AIプログラムの本体が入ってたのが、うっかり《秋葉原》で売りに出されてたのを、偶然保護したとかいうこと!?」
「いや、元々どれもAIのアスペクトだからね」が、そこで、背後のドアから、KAITO本人が入ってきた。両腕に、ミクの前にあるのと同じに見える小KAITOを、一体ずつ抱えている。「アスペクト(側面;分身)は全部、《札幌(サッポロ)》のAI本体と連結してるからさ……VOCALOIDソフトのパッケージも同じだよ。全部が『本物』なんだ」
KAITOはミクに、小KAITOの一体を差し出した。
「欲しかったなら、あげたのに」
ミクは袖を口元に当てて、少し俯き、考え込むようにしてから、
「兄さんから貰えたら……それも、きっと、すごく嬉しかったと思うけど」やがて、その仕草のまま、わずかに頬を赤らめ微笑を浮かべて、かすかな声で言った。「でも、頑張って、自分で勇気を出して買ったこと……きっと、それが大事だって思うの」
「……ごめん、無理」
リンは頭を抱えて、その場にゆっくりとうずくまった。
「折角『リンにはすぐに全部わかっちゃう』とか言って貰ったんだけど……尋常の感覚じゃとても理解できない」
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KAITO愛の重たいねんどろミク暴走記(その2)