「リン、何をさがしてるの……」ミクが、膝を曲げて台所の床の上や物陰を覗き込んでいるリンに、声をかけた。
「ん……vsqファイルのアーカイブをさ。家の中のどこかに落っことしたみたい」リンは首だけ振り向いた。「手のひら、このくらいのコインサイズ。……姉さん兄さんらが掃除機で吸い込む前に、見つけとかなきゃ……」
ミクは少し考えてから、台所の棚のひとつの上に、背伸びをして手を伸ばし、両手抱えもある大きな藤編みのバスケットをおろした。……そして、バスケットの中から何かを両手で持って、床におろすと──それは、ちょこちょこと床を歩き始めた。
リンは黙りこんだまま、それを見おろした。それは、手のひらに載るよりは若干大きいくらいのサイズの、ミクをカリカチュアというほどではないが、漫画的な小さな人形のように描き替えたような代物だった。そればかりか、ミクはバスケットから、次々と同じものを抱き上げて床に立たせ、それらは思い思いの方向に歩き始めた。
「お、おねぇちゃん」リンはその小型のミクのような集団を見回し、「……何コレ」
「何って……サーチエンジンにつきものの、自動検索ロボットよ」
なにやらミクのAIの、下位(サブ)プログラムの一種ということらしい。よちよちと歩くそれらの姿はいずれも、どう見ても頭の大きさ、特に髪のテールの重さでバランスがとれず、やたらと歩行速度は遅く、ぎこちない。
「……大丈夫なのコレ」リンは呻いた。
ぺち。一体がうつぶせに転んだ。
「時間はかかるけど……放っておけば一応、家じゅうを探してくれるようにしてるけど」
それらはやがて台所から出て、あちこちに散っていった。
……十分ほどが経った。一体がよちよちとミクのところに戻ってきて、両掌に大事に持ったものを、ミクに差し出した。ミクとリンはその手の中を覗き込んだ。10円玉(旧時代の日本貨幣形状の電子マネーアーカイブ)だった。
「ありがとう」ミクが優しく頭を撫でてやると、その一体は自分でバスケットによじ登り、その中に戻った。
……さらに十数分が経った。ちょこちょこと歩いてきた次の一体が持ってきたのは、50円玉だった。
「よしよし」ミクは握手するようにその手を握った。
「てか、ちゃんとvsqファイル探してくれてんの」リンが怪訝げに言った。
「でも、コインサイズのアーカイブっていうから……」
……3時間ほどが経ち、すべてのファイル検索ロボットがバスケットに戻っていった。ミクの手には、小銭ばかりが沢山載っていた。1000円以上あるだろう。
「結構、たくさん集まったわね」ミクは意外そうに言った。「家の隅とかに、結構あるものなのね……」
「だね」リンは一旦相槌をうってから、「あの、それでさ……」
ミクはじっと小銭を見つめていたが、不意に、はっと何かに思い当たったようだった。
「まさか……こんなこと」ミクは深刻な表情で呟いた。「そんな……どうしよう」
「何?」リンは心配げにそのミクを伺った。
「ううん……それしかない」ミクは何かひどく思いつめたような表情のあと、「自分にできること……思い切って、少しずつでも、勇気を出さないと……」
ミクは急に、意を決したように、いそいそとバスケットを棚の上に戻すと、小銭をしっかりと握りしめ、早足で台所の裏の勝手口に向かおうとした。
「お、おねぇちゃん!」リンが呼び止めた。
「なに?」ミクは振り向いた。
「……どこ行くの」
ミクはかすかに俯いて、両袖を頬に当て、「特売なの……」
「なにが」リンは小さな悲鳴のようにかすれた声で言った。
「業務用バニラ4リットル……」ミクはわずかに頬を赤らめ、やや上の空で、独り言のように、「KAITO兄さんに……あげるため」
「ちょ、待っ、それ全額使う気……てか、vsqファイルはどうなっ……」リンはミクを追って、勝手口から身を乗り出したが、うきうきと道を駆けていくミクの後姿はすでに遥か遠く、それきり振り返りもしなかった。
……リンはのろのろと台所に取って返し、地道な捜索に戻った。最初から期待などしていなかった、と思おうとする。勿論、にも関わらず3時間も無駄に浪費してしまったという事実については、なんとかして忘れることに決めた。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
KAITO愛の重たいねんどろミク暴走記