No.507565

真・恋姫無双 EP.106 六花編

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2012-11-12 23:37:27 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2396   閲覧ユーザー数:2179

 ようやく怪我も癒え、自由に動けるようになった冥琳だったが、今度は雷薄によって自由を奪われていた。静養していた屋敷には警備兵が配置され、外との連絡も出来なくなった。

 孫策による袁術誘拐、そして雷薄暗殺未遂計画を共謀した疑いによる対応だった。

 

(皆、どうしているだろう……)

 

 蓮華が無事に逃げ延びた事は、雷薄の対応で何となくわかった。密かに連絡を取っていることを疑い、色々と探りを入れて来たのである。だが何もないとわかってからは、静かなものだった。

 

「少し冷えてきたようだな」

 

 窓から外を眺めていた冥琳は、気候が少しずつ変化するのを感じていた。思えばそうした発見は、自分にとってとても珍しいものである。

 青々としていた木々の葉が、赤く色づいて、やがて落ちてゆく。窓から見える限られた景色の中で、その変化はとても大きいのだ。仕事に追われていた頃には、気づく余裕もなかった事だろう。

 

「ハアーッ」

 

 息を吐く。しかしまだ、白くなるほど寒くはない。

 

(おそらく、そろそろ風向きが変わるだろう。そうなれば、本格的な冬が訪れる)

 

 海からの湿った風が、やがて北からの乾いた風に変わる。この辺りでは見ることが少ないが、田舎の方ではそろそろ収穫の時期だった。冥琳も視察で、実際の現場に立ち会ったことがある。

 

(そういえば雪蓮がよく、城を抜け出しては手伝いに行っていたものだが)

 

 おそらく自分よりも、雪蓮の方が民の生活についてよく知っているはずだ。

 

(私は何事も頭で考えてしまうからな。まず行動の雪蓮は失敗も多いが、得るものも多い)

 

 

 懐かしそうに目を細めた冥琳は、泣き出しそうな灰色の空を見た。この天気のせいで、いつもより肌寒く感じるのだろう。

 

「雨でも降るかな……」

 

 何気なく呟いた冥琳は、親友の顔とともにふと思う。

 

「雪には、さすがにならないだろうな」

 

 寒いとはいえ、そこまでの寒さはない。

 

「降ればいいのにな」

 

 なぜだろうか、無性に雪が見たかった。今まで思ったこともない自分の変化に、冥琳は軽く驚きを覚えた。否……本当に自分が求めているのは、雪そのものではなく、そこから想起される親友の存在だ。

 

(雪蓮……)

 

 彼女はどうしているだろうか。その安否について、蓮華からも連絡はない。

 

「会いたいな……」

 

 ぽつりと呟いた冥琳が、弱い自分を笑うように笑みを浮かべたその時、何かが窓の上から落ちてきた。それは逆さにぶら下がって、窓の外からこちらを見ている。目が合った瞬間、いたずらが見つかったような表情を浮かべた女性――。

 

「――!」

 

 名前を大声で叫びかけ、冥琳は慌てて周囲の様子を伺った。そしてすぐに、その女性を部屋に招き入れる。

 

 

 猫のような身軽さで部屋の中に入ってきたのは、雪蓮だった。すぐさま冥琳は外の様子を伺い、窓を閉める。そして懐かしい親友の姿に、改めて目を向けた。

 どこか居心地が悪そうな、落ち着かない様子で雪蓮は視線をさ迷わせている。

 

(本当、いたずらが見つかった時みたいね)

 

 内心で笑いながら、冥琳は困っている親友に手を差し伸べた。言いたい事は山ほどあるし、聞きたいこともたくさんある。それでも、久しぶりに再会した大切な人に発する第一声はいつでも決まっていた。

 

「おかえり、雪蓮」

「冥琳……」

 

 感極まったように、雪蓮は冥琳の手を取って抱き着いた。強く、少し苦しいくらいに力を込めて。

 

「冥琳……冥琳……」

 

 ただ名前を呼びながら、その存在を確かめるように雪蓮はしっかりと冥琳の手を握る。それに応え握り返しながら、冥琳は優しく雪蓮の背中を叩いた。

 

「まったく、今までどこに行っていたんだ?」

「ごめんね……怒ってる? 私、ひどいことしたんだもの」

 

 伺うように見てくる雪蓮に、冥琳は優しく首を振る。

 

「怒ってないわ。あなたの悪さは、今に始まったことじゃないじゃないの」

「悪さって……」

 

 不満そうに雪蓮は唇を尖らせる。

 

「それにね、私がもしも怒るとしたら、それはたった一つ。あなたが自分の命を粗末にした時だけよ。戦闘狂を気に病むあまり、無茶なことをするんだもの。それ以外では、まあ説教をすることはあるでしょうけど、本気で怒ることはしないわ。たとえ雪蓮に、殺されたとしても恨むはずはない」

「冥琳……」

 

 しおらしい雪蓮の様子に溜飲が下がったのか、冥琳は気持ちを切り替えて彼女を引き離した。

 

「いつまでもこうしてたって仕方がないわ。私を助けに来てくれたのでしょ?」

「えっ……うん」

「何かしら?」

 

 雪蓮の恨みがましい視線に、冥琳は知らぬ振りをして尋ねる。たぶん、せっかくの再会なのだからもう少し余韻にでも浸りたいと思っているのだろう。

 

 

 正直、どんな顔をして会えばいいのか迷っていた。だが冥琳は、まるでいつものように雪蓮を迎え入れてくれたのである。

 それは嬉しかったのだが、意外とさっぱりした態度に少し不満も感じた。

 

(何だか思い悩んだ自分が馬鹿みたい)

 

 つくづく、自分が子供なのだと思い知らされる。

 

「それで、どうやってここから逃げる計画なのかしら?」

「うんとね、まあ、強引にかな」

 

 自分一人が忍び込むことは出来たが、今の冥琳を連れてこっそり逃げるのは難しい。動けるようになって間もないこともあり、あまり無理はさせたくないのだ。

 

「一応、明命が屋敷の構造や見張りの位置は事前に調べてくれたから、頭には入っているんだけど」

「その明命はどうしたのかしら?」

「彼女には張勲の救出に向かってもらったの。きっと、彼女の力が必要になると思う」

「そうね」

 

 雷薄により、雪蓮は袁術誘拐の罪を着せられている。今、豪族の中に味方はいないだろう。内心ではどうあれ、雷薄に逆らう者はいないはずだ。しかし状況によって、こちらになびく者も出てくるはずである。

 

「ちょっと待ってて」

 

 そう言うと、雪蓮はドアに耳を当てた。外に見張りはいるだろうが、ドアの近くではなさそうである。

 

「大丈夫そうね……」

 

 明命が調べてくれた配置図から、変更はなさそうだ。そう判断した雪蓮は覚悟を決めた。

 

「いくわ、冥琳」

 

 背後の冥琳に合図をし、雪蓮はドアノブを握った。その時、冥琳が後ろから声を掛けてくる。

 

「雪蓮……あなたはただ、前を向いて走り続けなさい。思うままに、自由に。あなたの背中は、私が守るから」

 

 それは、今だけの事ではないだろう。雪蓮は嬉しそうに、小さく笑みをこぼす。ならばその言葉通り、自分は迷わず進もう。

 ゆっくりとドアを開け、雪蓮は気合いの声をともにその一歩を踏み出した。


 
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