No.511597

真剣で私たちに恋しなさい! EP.19 百鬼夜行の章(2)

元素猫さん

真剣で私に恋しなさい!の無印、Sを伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。楽しんでもらえれば、幸いです。

2012-11-24 01:58:08 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:4019   閲覧ユーザー数:3780

 真っ赤な空をぼんやりと眺めている板垣天使に、竜兵が声を掛けた。

 

「おい、何ボーッとしてんだよ?」

「……なあ、リュウ。あそこに何か浮かんでない?」

「は?」

 

 天使が示す方を見ると、そこだけ空がドス黒い血のような色で、水面に広がる波紋のように滲んでいる。まるでそこから溢れ出した赤い色が、空を染めてしまったようだった。

 位置的には、ちょうど川神院があるあたりだろうか。天使たちは知る由もないが、そこは地獄門が開いた場所である。、

 

「んー、わからねえな。雲じゃねえのか?」

「何だろ? ま、いいか」

 

 基本的に物事を深く考えない天使は、あっさりと割り切って走り出す。竜兵もそれほど興味があるわけではないので、すぐにその後を追った。

 二人が走ってやって来たのは、スーパーマーケットの前だ。すでに姉の亜巳が来ていて待っていた。

 

「遅いじゃないか、ったく」

「悪い……天の奴がモタモタしててさ」

「ウチのせいにすんなよな!」

 

 言い合いを始める二人に、亜巳は溜息を吐いてそれを制した。

 

「いい加減にしな。さっさと食べられる物集めて帰るんだよ」

 

 そう言うと亜巳は壊れた自動ドアをくぐって、スーパーの中に入って行く。慌てて、二人も後に続いた。

 すでに先客がいたのだろう、中は棚が倒れたり商品が散乱していたりと荒らされていて、ゴミの集積場のような臭いがたちこめている。電気や水道などのライフラインは結界後も使用可能だったが、どうやらこの店の電気は止まっているようだ。そのため、冷凍・冷蔵機能が停止し、腐敗しているものもあった。

 

 

 カゴを乗せたカートを押して、天使と竜兵は缶詰や飲料水などを乗せていく。荒らされてはいるが、まだ棚には多くの商品が残っていた。おそらく忍び込んだ不良たちが、持てる分だけ待っていったのだろう。

 

(刹那的というか、考えなしというか。まあ、そのおかげでこうして食べ物を手に入れられるわけだしね)

 

 亜巳は自嘲気味に笑う。ともすれば、自分たちも同じ立場だったのだ。目の前の事だけにとらわれ、先のことなど考えない。欲しいものは力尽くで奪い、好き勝手に暮らす。それこそが自由だと思っていた。

 

「本当の自由っていうのはよ、てめえの生き死にすら自己責任なのさ。現代社会って奴は、店に行けば食い物がある。それは管理されていることと、そう大差はない。与えられるものを、選べるだけって話さ。本当の自由は、とてつもなく面倒なんだよ」

 

 釈迦堂刑部がそんなことを言っていた。亜巳はその時、あまり理解は出来なかった。けれど今は、少しだけその言葉に近づけている気がした。

 

「こういうのも、自給自足って言うのかね」

 

 呟きながら、亜巳はカゴを持って野菜の選別を始める。妹の辰子から、食べられる野菜などを見つけたら持って来て欲しいと頼まれていたのだ。亜巳自身も、レトルトばかりではなく辰子の料理を食べたいと思うので、それに協力することにしたのである。

 

「とはいえ、電気が止まっていたのは痛いね。ほとんどダメになってる。まったく……」

 

 電気自体が止められているわけではない。おそらく、最初にこの店を襲った者たちによって電気系統が破壊されたのだろう。

 文句を言いながらも、亜巳は野菜の痛み具合を見て、大丈夫そうなものを選んでカゴに入れる。こういう作業は、天使や竜兵には頼めない。

 

(あいつらはガサツだからねえ)

 

 亜巳がそんなことを考えていると、カートを押した天使と竜兵がやって来た。

 

「アミ姉、こんなもんでいい?」

「これ以上はさすがに持って帰れないぜ」

 

 二人の山積みのカート見て、亜巳はうなずく。

 

「いいよ、先に帰ってな」

 

 自分の方はもう少し掛かりそうだ。亜巳は二人を先に帰らせることにした。

 

 

 ガラガラとカートを押す音が、誰もいない街中に響いた。通常ならば店のカートを外に持ち出すことは出来ないが、今は咎める者などいない。

 

「リュウ、競争しようぜ!」

「メンドクセーよ」

「いいじゃんかよー」

 

 妙に楽しい気分になった天使が誘うが、竜兵は怠そうな様子で相手にしない。それでも諦めない天使が、押していたカートを竜兵が押すカートにぶつける。その衝撃で、天使のカートに積まれていた缶詰が一つ、転がり落ちてしまった。

 

「てめえは、落ち着きがないんだよ。アミ姉にも言われてるんだろうが」

 

 口を尖らせ不満を露わにしながらも、天使は落ちた缶詰を拾いに行く。かなり遠くまで転がってしまった缶詰に走り寄ろうとしたその時、横から現れた人物がそれを先に拾ってしまったのだ。

 

「よう、それウチらのなんだ」

「……」

 

 その人物――榊原小雪は暗い眼差しで、缶詰が積まれたカートを見る。そして天使に視線を戻すと、手の中の缶詰を示して言った。

 

「たくさんあるから、一つくらいいよね?」

「はぁ? ふざけんな」

「……」

 

 小雪は天使を無視し、その場を立ち去ろうとする。だがそれを黙って見送る天使ではない。

 

「こっち向けっての!」

 

 天使が手を伸ばし、小雪の肩に触れるかどうかというその瞬間、小雪の鋭い回し蹴りが天使を吹き飛ばした。

 

「おー、よく飛んだじゃねえか」

 

 おもしろそうに見ていた竜兵が笑いながら、手を叩いた。

 

 

 瓦礫の中から起き上がった天使は、手を叩いて笑っている竜兵に石を投げる。

 

「笑ってんじゃねえ! くそっ!」

 

 天使は落ちていた鉄パイプを拾うと、それを引きづりながら小雪のそばまで戻った。小雪は興味なさそうにそれを見ている。

 

「スカしてんなよな! ここじゃ欲しいものは力づくなんだよ」

「ふーん」

「ちっ!」

 

 舌打ちを漏らし、天使はいきなり殴りかかる。だが小雪はそれを難なくかわし、再び強力な蹴りを放つ。だが今度は鉄パイプを使って、天使はその攻撃をなんとか受け止めることが出来た。それでも勢いを殺すことが出来ず、地面を数メートルほど滑ってしまう。

 

「ねえ」

 

 不意に、小雪が天使に声を掛ける。

 

「あ?」

「やるならさ、本気で来なよ。じゃないと、私は倒せないよ」

「やってやんよ! リュウ! 手を出すなよな!」

 

 返答するように片手をあげた竜兵を視界の端にとらえ、天使は一気に小雪との距離を縮める。

 

「でりゃあ!」

 

 天使は鉄パイプを乱暴に振り回す。しかしその動作は大きく、小雪には容易く避けられる攻撃ばかりだった。

 

「狙ってたんだよ!」

 

 そう叫ぶなり、避けた小雪に向かって天使は蹴りを放った。意趣返しのつもりなのだろう、だが缶詰を握った手でそれを受け止めた小雪は、反撃とばかりに天使の顎を蹴り上げたのだ。

 大きくのけぞって後ろに倒れた天使は、口の中を切ったのか、唇の端から血を垂らしながら起き上がる。その顔は、怒りに染まっていた。

 

「てめえ……ウチが絶対、ぶっ殺す!」


 
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