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真説・恋姫†演義 異史・北朝伝 第十四話 「前門の虎、後門の狼」

狭乃 狼さん

異史の北朝伝、第十四話の公開です。

連合軍先鋒の公孫賛と一刀による舌戦。

そして起こる、思わぬ事態。

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2012-11-06 11:31:52 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:8145   閲覧ユーザー数:6300

 「幽州牧、公孫伯珪。何ゆえ貴女はそこに居る。偽りの大義の旗の下に集い、都を脅かそうとする逆賊の尖兵になるとは、如何様な了見あってのことか。説く、答えて見せよ!」

 

 虎狼関の前面。そこに展開する禁軍十万を背に、一刀は今、馬上の人となって、その相対する人物に語りかけている。その彼の隣には、戦装束姿になった董卓の姿もまたあり、厳しい表情を一刀同様、その人物へと向けていた。

 

 「幽州牧公孫伯珪、謹んで、漢大将軍殿にお答えする。私が今ここにあるは、此度の激の発起人、袁本初のその世を憂う心と漢の臣たる気概に応えたからである!偽りの大義とそちらは言うが、本初の掲げし義挙の旗、そのどこに偽りがあるか、そちらこそ説く述べていただこう!」

 

 そんな一刀たちと相対するのは、反董卓および反北郷を謳った諸侯連合軍、その先鋒を務める公孫賛である。その公孫賛が、一刀が醸し出すその迫力に負けず劣らず、一歩も引かぬ態度で言葉を紡ぎ、連合の大義、そのどこに間違いがあるのかを示せと、逆に一刀へと問いかけて見せた。

 

 「偽りも偽り。我らに暴政などする理由は皆無にして、都は平穏無事にあり、十三代陛下の御名の下、民は日々を謳歌している。汝ら連合の掲げる大義、その根拠など欠片も無し!」

 「であれば何故、我らの進むを拒まれる?!左様に兵を展開し、その示威を示すは、貴官らにやましいところ在るからではないのか!?」

 「そのそなたたちの此度の行動、そのすべてが民に不安を与え、徒に世を乱すこととなっている事、それは明々白々である故にだ。徒に軍兵を都に進めさせ、民を怯えさせるわけにはいかぬが故に、我らはこの地で、汝らの足を止める事としたのだ!」

 「む、むう……っ!」

 

 おそらく、見る者が見れば、この両者の間で行われている舌戦、それは相当に、芝居がかったものに見えたかもしれない。それはそうだろう。

 まるで京劇さながらなこの一幕、それはすべて、あらかじめ、両者の間で事細かに決められた、台本通りの芝居に過ぎなかったのだから。

 しかし、それを見破ることの出来た、疑念を抱くことすら出来たであろう者は、この場には一人としていなかった。今そこに居るのは、すべてを承知した役者達と、それ以外には、連合本陣から送られて来ていた、只の伝令兵という名の一観客だけだったのだから。

 

 「公孫伯珪よ。道理が分かったのであれば、まずはその矛を収めよ。そしてそなた達諸侯すべて兵を退き、単身都に来るがいい。矛持たぬ者であれば、我らはいつでも歓迎しよう。……ただし」

 「え?」

 

 そこで一瞬、公孫賛は眉をひそめた。彼らと前もって行った段取りの中では、本来、先ほどの(くだり)で舌戦は終わり、ここで一旦彼女らは兵を退いて連合本陣に指示を求める……となっていたはずだからだ。

 

 「……それでも、どうあっても退かぬとあらば、我ら天に仕え天を支える天の将兵、汝らを全て根切りにし、この地に赤き大河を造り上げてくれる」

 「へう。か、一刀さん……?」

 「ッ……!」

 

 それは、一刀の唯一のアドリブだった。本来ならそこまで言うことなく、連合に参加する諸侯にもう一度熟考の機を与え、あわよくば、戦なくこの騒動を終わらせるはずだった。例え、いや、おそらくこちらの方の流れになることは目に見えていたが、たとえこの結果戦となろうとも、連合軍に対し相当の揺さぶりをかけ、精神的にかなり有利に進められるようになる。

 そう見越した上での公孫賛との繋ぎであったし、最悪、彼女らの軍勢だけでもそこから退かせる名分になるはずだから。なお、公孫賛に繋ぎを取ることを進めたのは劉備である。自分と幼少よりの友人でもある公孫賛、彼女ならばきっと、真実を知ればこちらに協力をしてくれる筈だから、と。

 劉弁も董卓も彼女の提案をすぐ受け入れ、一刀が姜維を通じて繋ぎを取ることになり、ちょうど、都に公孫賛の放ったであろう草が入り込んでいることも掴めていた事もあって、事は簡単に進んだ。先鋒として虎牢関に兵を進めてくる事になっているのが彼女らだった事も、これに功を奏した。

 だが。

 

 「……ごめん、月。どうしてもこの一言だけは言いたかったんだ。……白亜の下、漸く新しい秩序を作る為の準備が始まろうとしていたというのに、そこにどんな理由があるにせよ、再び大陸を混乱に落とそうとする、そんなことを考える連中が居ることが、俺にはどうしても我慢がならなかったんだ……っ」

 「……いえ。一刀さんのお気持ち、私もよく分かります。もし一刀さんが言ってなかったとしたら、私のほうが同じ事を言っていたかも知れません」

 「……ありがと。……さあ公孫伯珪!今の台詞を一言も漏らすことなく、後ろに控える諸侯に伝えよ!時は一刻(およそ二時間)を置く!それまでに返答を返すようにと!」

 「う……ぜ、全軍!一旦後方に下がる!誰か、本陣の麗羽に伝令を……っ!」

 

 一刀の迫力に当てられた公孫賛が、思わず芝居の一幕の中であることも忘れ、動揺の色を顔に浮かべてその指示を出す。そして、禁軍との距離をとる中公孫賛の主従が、密かにこんな会話を行っていた。

 

 「……なんて……奴、だ……」

 「いやいや、大したものですな。もし、白蓮殿に出会う前にあちらと会っていたら、私は彼に我が槍を預けていたかも知れませんな」

 「星の言うことも分かりますね……あれは本当に、覇王と呼ぶに相応しい気迫でした……」

 「ですねー。星ちゃん稟ちゃんー?伯珪様に仕えたこと、後悔してませんかー?今からでもあちらに行くことも出来ますよー?」

 「ちょ、おい?!仲徳?!」

 「はっはっは。ご心配めさるな。白蓮どの。この趙子竜、一度主と定めた方を簡単に見限るような真似はいたしませんよ」

 「その通りですよ、我が君。この郭奉孝、我が君の御為に、これからも全力をもってお仕え致します」

 『閨の中でも、ってかー?』

 「ね、閨の中……っ!?わ、私が我が君と閨の中で……なことや……なことも……ああっ……わ、私の貞操をその細い指で我が君が……っ」

 『あ』

 「……ぶっはっ!?」

 『りーーーーーーーーーーんっ!?』

 「あらあらー」 

 

 赤い何かが中空に綺麗な弧を描き、後退していく公孫賛軍を、まるで戦の後のように朱に染めたのであった。

 

 

 

 それから少し後。虎牢関の一室に、一刀ら禁軍の主だった者たちが集まっていた。

 

 「それで一刀?向こうは大人しく兵を退くと思うか?」

 「まあ退かへんやろなあ。一応、あっちの大義とやらも筋が通っていると言えば言えるし、今更全部間違いでしたごめんなさい、なんて、言うようなたまとちゃうやろしな、袁紹は」

 「結の言うとおりでしょうね。けど、少なくともさっきの公孫賛どのは軍を退くか、傍観に徹するでしょう。よっぽどの事でもない限り、彼女は私達に刃を向けることはもう無い筈です」

 

 徐晃の発言を発端に、姜維、徐庶の二人がそれぞれに現状を冷静にそう判断。董卓を始めとした他の者たちも、二人のその意見に賛成の意を示し、静かにその首を縦に振って見せる。

 

 「後は曹操や孫堅、袁術といった残りの諸侯が、どういった理由であっちに参加しているのかにもよるか。……結、そっちとの繋ぎは?」 

 「……全部、無しの礫、や」

 

 実は一刀たち、先ほどの公孫賛のみならず、袁紹以外の他の諸侯とも密かに連絡を取り、義と利、つまり都の現状と自分たちの正当性を伝えての彼女らの説得と、そして、この戦いの後の諸侯の領地安堵等による懐柔を行って居たのである。だが結局、公孫賛以外の諸侯は一切、何も返してこなかったのである。

 

 「へう……そんな、どうして……」

 「……これは多分、なんだけど」

 「詠ちゃん?」

 「……おそらく、諸侯にとって、事の真相なんかはどうでもいいのでしょうね。衰退しつつある漢王朝の名より、自分たちがより利する方を選んだのよ。つまり」

 「……自分たちの名を上げ、それぞれの領地での影響力を高めるために、俺達を生贄にするってわけだ」

 「……おそらく、ね」

 

 悲痛な表情を顔に浮かべて、そう、己の推測を述べた賈駆は、最後に自らの唇を強くかみ締めていた。そしてその推測はほぼ間違っていないだろう、と。一刀達も悲しいことに同意せざるを得なかった。

 先の黄巾の乱以降、朝廷に対する民の不満はまったくと言って良いほど改善されて居ない。如何に一刀たちが粉骨砕身でそれを払拭しようとしても、彼らの手が直接届く範囲などたかが知れているのだから。

 現状、大陸各地を以前のまま一刀たちの援助で興行して回っている、天和たち数え役満姉妹が、各地でその舞台を終える度に、朝廷の悪いイメージを払拭しようとしてくれても居るが、それも所詮、一時凌ぎ程度の効果しか出ていない、と。時折手紙を送ってくる人和は、その中で大陸の民の現状をそう伝えて来ていた。

 

 「……そしてそのついでに、皇帝を担ぐ事が出来たのなら、それはそれでまた、自らの権勢のために利用する腹積もりってことか。……身勝手な連中だな、どいつもこいつも」

 

 忌々しげに、華雄がそう吐き捨てたその時、そこに突然、思わぬ珍客の声が割って入ってきた。

 

 「……諸侯がそう結論付けるほど、漢の威光は地に落ちている。そういうことなのでありましょう」

 「っ?!大長秋どの?!」

 「い、何時の間にこちらへ」

 

 そう。それは漢の大長秋という、宦官たちの長である所の役に就く、張譲その人であった。

 

 「つい今し方です。董相国、北郷大将軍。……少々、まずいことになりました」

 「え?」

 「まずいことって……一体何が?まさか、白亜の身に何か?」

 「いえ、陛下はご無事です。ですが……」

 「ですが?」

 

 一瞬、言葉を濁しかける張譲。その顔は、相当の無念さに染め上げられていた。そして、彼女はそのとんでもない事態を、一刀らに一言一句はっきりと、語って聞かせた。

 

 「……都で、反乱軍が決起しました。『え?!』陛下と陳留王殿下が囚われ、彼の者たちは間もなく、ここにも兵を差し向けましょう。首謀者は王允。漢の三公、司徒にある者です……うっ」

 「張譲殿!?」

 

 都で突如として起こった、漢の三公という重職にある者、王允、字を子師による反乱。そんな、誰しもが予想だにしていなかった事態を伝え終えた張譲は、それで張り詰めていた気が抜けてしまったのか、突然、その場に倒れこんだ。

 そんな彼女を慌てて支えた一刀は、彼女のその背中に、大きく斜めに走った傷があるのをその目に留めた。

 

 「ひ、酷い怪我を……っ!誰か!医者を早く!」

 「こんな怪我をしているのに、まったくそんな素振りも見せないでここまで……」

 「……大長秋殿、ご苦労様でした。今はまず、ゆっくり休んでてください。白亜たちの事は、俺達が必ず」

 「……頼みます、御遣い、どの……」

 

 戸板に乗せられ、別室に運ばれようとする張譲に、一刀は安心して治療に専念して欲しいと言い、張譲もまた、そんな一刀に微笑みと共に短く答えた。

 

 「……前門に虎、後門には狼、か。……どうなるものかね、これは」

 「……やっぱり、馬鹿ばっか、ですね」

   

 

 

 ちょうどその頃。虎牢関の中や都でそのような事態になっているとは、露ほどにも知らぬ連合軍の本陣では、公孫賛と諸侯が激しく論議を行っていた。もちろん、これからの連合の進退について、である。

 

 「……これほど言っても、お前たちは一切、軍を退く気がない、と?」

 「当ったり前ですわ!白蓮さんがあの怪しい男に何を吹き込まれたかは知りませんけど、都に居られる陛下は今も苦しんで居られますのよ!?私に下さった密勅にもそう書かれておいででしたわ!」

 

 激しく言い合い、睨み合う袁紹と公孫賛。その様子を、他の曹操ら諸侯は黙って見つめるのみ。

 

 「……それ本当に、陛下からの勅だったんだろうな?お前は昔っから、物事の表面だけ見て、その奥にあるものをまったく読もうともしないからな。私塾でも老師方によく言われてたっけな?額面どおりの試験なら袁紹の右に出るものは居ないってな」

 「おーっほっほっほ!当ったり前ですわ!私の手にかかれば試験の二つや三つ、ちょちょいのちょい、ですもの!おーっほっほっほっほっほ!」

 「……皮肉も通じてないし……分かったよ。なら、私らはここまでだ」

 「……連合を抜けるつもりかしら、公孫伯珪?」

 

 それまで完全な沈黙を保っていた曹操が、公孫賛の連合離脱を匂わせる発言に、ようやくその口を開く。

 

 「ああ。もうこんな茶番に付き合う義理は、私らには無いからな。北の匈奴や烏丸への対応も私らは抱えているんだ。悪いが、幽州軍はここで撤退させてもらう。行くぞ、星」

 「承知」

 

 曹操の言に冷たい視線を返し、彼女の護衛として着いていた趙雲と共に、公孫賛が本陣の大天幕を出て行く。しかしそうして二人が自らの本陣へと戻った時、彼女らを出迎えたのは軍師の少女二人ではなかった。

 

 「申し訳御座いませぬが、公孫賛殿。本営に戻っていただきましょうかな」

 「何だ、貴様?……って、ちゅ、仲徳?!」

 「稟?!一体何がどうしたのだ!?」

 「……すみませんー。捕まっちゃいましたー」

 「……申し訳御座いません、我が君……郭奉孝、一生の不覚にて……っ」

 

 そこに居た一人の男。赤やら金やらの派手な装飾のされた衣装を着た、良く言えば恰幅のいい、悪く言えば肥満体のその男。それは、袁紹軍の自称軍師、田豊であった。そしてその背後には、数人の兵士に剣を突き付けられた郭嘉と程立の姿が。

 

 「さて。戻っていただきましょうか、公孫賛殿。……お仲間が大事であれば。くっくっく」

 「貴様……っ!」

 「止めろ星っ!……本営に、戻るぞ」

 「白蓮殿!」

 「……ここで下手に反抗したら、稟と程立だけじゃなく、うちの兵達まで巻き添えにして、連合全軍と争わないといけなくなる……っ。だから、耐えてくれ……頼む」

 「くっ……」

 

 そうして再び、公孫賛と趙雲は本営の天幕へと渋々戻っていった。その後続けられた軍議の最中、公孫賛と趙雲が袁紹の事をずっとにらみ続けていたが、その当の本人はまったく意に介すことも無く、終始上機嫌で、上座にふんぞり返っていた。自分の部下のしたこと、それに対してまったく悪びれることもなく。

 そんな袁紹の態度に、激しく憤っている者がもう一人居た。今すぐにでも怒鳴り散らしたい衝動を、隣に立つ赤毛の女性に制され、表面上はその感情を出すことなく苦虫を噛み潰した顔をした、袁術である。

 

 「……蓮樹かあさま。あの阿呆姉、今すぐにでも、あの縦のぐるぐるを引っこ抜いてやりたいのじゃ……っ!」

 「やめな、美羽。気持ちは分かるが、ここは我慢だよ。……七乃のこと、忘れたわけでもあるまい?」

 「……分かっておりますのじゃ……っ。蓮樹かあさまも、孫権たちのことで我慢をしておられるのじゃ。妾もちゃんと辛抱するのじゃ……」

 「ん。いい子だ。……麗羽とあの田豊とかいう奴には、全部が終わったあと、きっちりカタをつけてやれば良いんだからね……」

 

 袁術と孫堅は揃って、袁紹と田豊、その二人に憎悪の視線を向ける。ただそれだけで、二人を殺せるのではないかというほどの、殺意の篭もった目を。

 だが今は、目の前の怒りよりも、人質の身の安全を守ること。それが最優先に自分たちのすべき事だと、沸き立つ怒りを愛する家族の顔を思い浮かべることで打ち消し、ただひたすら、我慢の時を過ごすその二人であった。

 そして、公孫賛が本陣に退いて二時間。

 連合軍はその総勢をもって、虎牢関に軍を進めた。先鋒は孫堅と、そして、再び公孫賛。その一方で、虎牢関の西側、洛陽のその手前においても、対峙する二つの軍勢の姿があった。虎牢関側に陣を敷くは、董卓と張遼、そして徐晃率いる五万。そしてそれに対するは。

 

 「……劉備さん……」

 「……董卓さん……」

 

 関羽、張飛を先鋒とした劉備率いる、総数十万近い数の、『長安』所属の禁軍兵たちであった……。

 

 ~つづく~

 

 


 
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