第十話~第一層
【キリトside】
「やり方はディアベルの時と同じだ。ただし、無理に剣技で弾こうとはするな。盾でしっかり防御すればダメージはそれほど受けない。冷静に対処していけば確実に勝てる!」
そう叫ぶと、盾などでがっちり固めた重装備のプレイヤーたちが壁となるために前衛に出た。
コボルト王は苛立たしげに唸り声をあげ、凪ぎ払うようにノダチを振り回した。
しかし、それは重装備のプレイヤーたちに受け止められ、目的を達成する事は無かった。
その隙を縫うようにして、俺やアスナを初めとして軽装備で攻撃重視のプレイヤーが一斉に攻撃を仕掛けた。
コボルト王のHPがガクッと削られる。
すると、怒り狂ったかのようにコボルト王が砲口をあげた。
「キリト! 取り巻きがまた
アヤメの声に振り向くと、確かに取り巻きが三体出現していた。
少しは休ませろ、というアヤメの愚痴が聞こえた。
「装備の軽いヤツは何人か取り巻きに向かってくれ!」
おうッ! と言う返事と共に数人が駆け出した。
「取り巻きはアイツらに任せて俺たちはこっちに集中するぞ! もう少しだ!」
【アヤメside】
キリトが前線に立ってからの展開はあっという間だった。
キリトの指揮が予想以上に優れていたからだ。
多勢に無勢の攻めにコボルト王も対象出来ず、
コボルト王の体がポリゴンとなって砕け散った瞬間の歓声は凄まじいものだった。
そして現在、安堵感からか、プレイヤーのほぼ全員が腰が抜けたような感じで座り込み、笑い合っていた。
「キリト、アスナ。お疲れ」
近付いてきたキリトとアスナに声を掛ける。
「アヤメもお疲れさん」
「アヤメさん。お疲れ様です」
二人の表情からも、《疲れ》以上に《喜び》といった色合いを強く感じられた。
「ナイスファイト、キリト。今回のMVPはお前だ」
「いや、アヤメのお陰で立て直す時間が出来たんだからそれはアヤメだろ」
「キリト君とアヤメさんがいたから勝てたんだよ。MVPは二人ともね」
俺とキリトが譲り合っていると、アスナが可笑しそうに笑いながら言った。
「そんなアスナには《頑張ったで賞》」
「確かに、何もかもが初めての世界の初めてのボス戦であれだけ善戦出来たんだから凄いよな」
「そ、そんなことないよ?」
「何はともあれ、よく頑張ったな」
そう言って、妹を褒める感覚でアスナの頭を撫でる。
その間、アスナは嬉しさと気恥ずかしさが半々といった様子ではにかみながら、ちらちらとキリトの方を見ていた。
……成る程。
「キリトは罪作りだな」
「え? 俺なんか悪いことした?」
先は険しそうだなアスナ。まあ、頑張れ。
「キリトはん」
そう聞き覚えのある関西弁が聞こえてそっちに振り向くと、案の定、キバオウがこっちに向かってきていた。エギルも一緒だ。
初めて会った時とは違い、キバオウからは友好的な雰囲気を感じた。
それなのに、キリトはキバオウに苦手意識があるのか、冷や汗を流して半歩後ろに下がり、アスナは少し険しい目をした。
「何をビビる必要がある、前に出ろ。アスナも睨まない」
「……はい」
「いやでも……」
「いいから行け」
「のわっ!?」
素直に聞き入れたアスナに対して、いつまでもぐずぐず言っているキリトの背中を蹴り飛ばして無理やり前に出させる。ボス戦の時のあのカリスマはどこへやったんだ。
するとキリトは丁度、キバオウの目の前で立ち止まった。
「えっと…」
「ほんまにありがとう!」
何を言おうかキリトが迷っていると、キリトが口を開く前にキバオウが腰が直角近くになるまで折って深く頭を下げた。
「あんたがいなかったらもっとたくさんの犠牲者が出てたわ。ディアベルはんの事は悔しいけど、あんたのおかげでワイらは死なずにすんだ。ほんまにありがとう。会議んとき、あんなこと言ってもうてすまんかった!」
「き、気にしないでいいですよ? 素人プレイヤー見捨てたのも、狩場や情報を独占してたのも事実ですから……はい」
と、恐る恐る答えたキリト。
「なあアスナ。こいつ、本当にさっきまで指揮取ってたヤツか?」
「そう……なんじゃないですか?」
さっきまでの堂々と指揮を取っていた凛々しい姿と、今の自信なさげな挙動不審な姿のギャップが凄まじすぎる。
「でも、こんなキリト君も可愛いかな、と思っている」
「はい。……って、なな、なに、何言わせるんですかっ!?」
「分かりやすいな」
顔を真っ赤にしながら睨み付けてくるアスナを見て、からかいがいあるな、と思う。
「――無理ッ!?」
と、突然キリトの声が響いた。
何事かと思い振り向くと、キバオウがキリトに何かを頼み込んでいる状況だった。
アスナの方を見るが、同様に疑問符を浮かべていた。
「どうしたんだ?」
取り敢えず、一番分かりやすく説明してくれそうなエギルに話し掛けてみた。
「今回のボス戦での指揮を見て、キリトに俺たち攻略組のリーダーになってくれないか、って頼んだんだ」
「が、キリトは拒否した」
「そんなとろこだ」
「ふーん」と言いながら横目でキリトを見ると、俺に擁護を求めるような目を向けていた。
それを見てため息をつき、キバオウに向き直る。
「どうしてキリトなんだ?」
「実力は申し分あらへんし、指揮力もある。なにより、ベータテストん時の情報があるっちゅうだけで安心できる」
なるほど。確かに、自分たちを引っ張っていくリーダーとしては申し分無いかもしれない。ベータテスト時の情報と経験があるってだけでも、十分な説得力と心の支えになる。
正直、俺もキリトには前に立つ素質が十分あると思っている。
そうなると、後は好みの問題。
「俺はキリトがリーダーになることには反対する」
「なんでや!?」
キバオウが食いついてきた。理由を聞かなければ納得してくれそうにない。
「年下、それも中学生には荷が重すぎると思うからな」
うぐっ、と息が詰まる気配がした。
「俺はそれが嫌だから反対する。それ以前に、本人が嫌がってんだから無理強いするのは可哀相だろ?」
反論のしようが無いのか、キバオウは口を噤んだ。
前のこともあるし、フォローも入れとかなきゃな。
「まあ、リーダーは無理でも《アドバイザー》くらいはやってくれるだろ?」
「それならいいけど……」
「だそうだ。キリトが自ら名乗り出るまで待っててやってくれ」
「さよか……。なんか、毎度毎度すまへんな」
「気にしないでください。俺の方こそごめんなさい」
今回は重苦しい雰囲気にせずにすんだ。顔には出ないが、内心ほっとした。
「よし。それじゃ第二層への門を開きに行くか」
エギルがパンパン、と手を叩きながら言った。
「キリト君。その門はどこにあるの?」
「それなら、最初にボスが座ってた台座の後ろにある階段を登っていけばあるな」
「それじゃあ早速行こう!」
アスナがキリトの手を取って歩き出す。
「ちょっ、アスナ!?」
急な出来事だったのか、キリトは少しバランスを崩しながらついて行った。
女性に対する免疫が無いのか、キバオウが話しかけてきた時よりもガチガチだった。
「大胆だな……」
ボソッと誰にも気付かれないように呟く。
「それじゃ、俺ははじまりの街の転移門前で待ってるから」
俺がそう言うと、二人は驚いた顔でこっちを見てきた。
「アヤメさんは来ないんですか?」
そう尋ねてきたアスナに近づき、耳元で呟いた。
「二人の邪魔しちゃ悪いからな」
「ふえっ!?」
ボッ、とアスナの顔が耳まで一瞬で紅くなった。
少し気を利かせたついでにそのリアクションを楽しんだ俺は、二人に本当の理由を話した。
「はじまりの街にちょっと用があってな」
「それなら、第二層の《ウルバス》って街から転移門を使った方が早く行けるから一緒に行こうぜ。アヤメがいた方が道中安心できるし」
踵を返してボス部屋の扉へ向かおうとした時、キリトが非常に空気の読めない発言をした。
「馬鹿野郎」
「がはっ!?」
即座に方向転換してキリトの腹にストレートパンチを喰らわせた。
「そこまで言うなら着いていってやる」
早く会えるに越したことは無いから、断ることは出来なかった。
「……ごめんなアスナ」
「いえ…」
「なんで…俺は殴られた……?」
「空気を読め」
アスナが露骨にガッカリしてるぞ。
ため息をついてキバオウとエギルに目を向けると、二人ともポカンとした表情をしていた。
何だか恥ずかしくなってきた。
「もう面倒くさい、さっさと行くぞお前ら」
うずくまっているキリトを無理やり立たせて台座裏にあるという階段に向かう。アスナは俺たちの後ろをため息をつきながらついて来た。
台座の後ろに回ると、さっきまで無かった扉が出現していて、その中には確かに螺旋階段が上まで続いていた。
「ここを登るのか……」
「結構ありますね」
「いつつ…。どのみち、登らなきゃいけないんだけどな」
キリトの言葉に頷き、俺たちは階段を登り始めた。
しばらく登ると、下の方から話し声が聞こえてきた。他のプレイヤーたちも登りだしたのだろう。
中腹を超えた辺りまで登ったとき、俺は気になったことをキリトに聞いた。
「そう言えばキリト。お前、ボス戦前に何か考え事していたみたいが、何を考えていたんだ?」
「ああ……。もうすんだことだから気にしないでいいよ」
「そう言われると、人はより知りたくなる性だというのを知らないのか?」
「話すと怒られそうなんだよなあ……」
「怒られそうな事を考えていたのか……」
そこまで聞いて、俺はキリトの脇を軽く小突き、「やっぱり話さないでいい」と言って口を噤んだ。
それに入れ替わるようにして、今度はアスナがキリトに話しかけた。この世界のコツとか、アスナの知らないシステムについて尋ねているようだった。
俺は黙ったまま階段を登っていく。
「……あの扉か?」
それから5、6分登った時、階段の終わりとその先にある扉を発見した。
「やっと到着だ」
階段を登りきって門に近づく。
「ここから先が新しい世界なのね……」
アスナが感慨深そうに呟いた。
「よし。開けるぞ?」
その問い掛けにアスナと頷くと、キリトは扉に手を掛けた。
すると、扉が薄青く発光したかと思うと、ゆっくりとした速さで開き始めた。
扉の先から漏れ出す光の明るさに、思わず目を覆った。
ガシャンッ、という扉の開ききった音を聞いた後に目を開く。
そこには、巨大なテーブルマウンテンが乱立する荒野が広がっていた。
日はすでに傾きかけていて、茜色の光が岩に当たり、フィールド全体を橙色に染め上げていた。
「きれい……」
アスナが思わず、といった感じで呟いた。
「ここからが第二層だ。動きはノロいけど、HPと攻撃力が高い《トーラス族》がいるから、剣技以外の一撃にも注意しろよ」
「《トーラス》……。《タウロス》の英語読みよね」
「確かにタフそうだ」
この第二層、攻撃力の弱い俺は苦労しそうだな……。
「早く街に行かないか? 用をすませたいんだ。それに、日が落ちると面倒だ」
「それもそうですね。……あと、待たせてる人でもいるんですか?」
「どうしてそう思う?」
「なんとなく、ですけど」
「まあ、そうだ」
アスナの問いに素直に頷く。
すると、キリトの目が獲物を見つけたかのようにキラリと光った。
「ははーん……。さては女だな?」
「そうだ」
そんなキリトの出端を折るため即答してやった。
「いやそうだなって……」
「隠すような事でも恥ずかしがるような事でもないからな」
シリカは妹みたいなものだから、お前が思ったような関係じゃ無いんだよ。
「人待たせてるんだからさっさと行くぞ。早く安心させたいんだ」
俺の言い方が意味深な言い方だったからか、荒野に男女二人の驚愕の声が響いた。
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十話目更新です。
第一層がようやく終了します。
ただ、なんとなく不完全燃焼な終わり方です……
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