小話1
その1 ~ アヤメとシリカのメール ~
【シリカside】
(今日は天気が良くて気持ちいいなぁ……アヤメさんは今なにしてるんだろ? ……メールしてみようかな)
そう思った私はウィンドウを開き、フレンドの中からアヤメさんを選んだ。
少しだけ緊張しながらウィンドウに文字を打ち込み、送信ボタンを押した。
『こんにちはアヤメさん。今、大丈夫ですか?』
送信出来たのを確認してから、小さく息をつく。
―――チリリン♪
「きゃっ!?」
その直後、鈴の鳴るような音が聞こえた。完全に気を緩めていたので少し驚いた。
ウィンドウを確認すると、視界の端で手紙のマークが現れて小さく揺れ動いている。
もう返信が来たみたいだ。
【こんにちはシリカ。大丈夫、ちょうど今圏内に入ったところだ】
アヤメさんらしい、シンプルな文面だった。
【でも、それじゃ疲れているんじゃ……】
【折角のお誘いだからな。断るわけにもいかないさ。それがシリカなら尚更だ】
「あ、アヤメさんっ!?」
カアア……、と顔が赤くなるのを感じる。
私は深呼吸をして、心落ちつけてから返信した。
【あ、あの……それはいったい……】
【シリカは無視できない《大切な人》ってところか?】
「ッ!?」
今度は顔が爆発するように熱くなった。さっきの比じゃない熱量です。
今鏡を見たら、リンゴやトマトみたいに顔が真っ赤になってる私の顔が映るに違いない。もしかしたら、湯気が出てるかもしれない。
【すみません。ちょっと用事があったんで失礼しますね。攻略がんばってください!!】
「失礼かな?」と思いつつ、私は早々にメールを切り上げる事にした。
このままメールを続けてたら、恥ずかしくて死んじゃうよ……!!
その後、またアヤメさんから返信が来たけれど、私にはそのメールを開く事は出来なかった。
「えっと…これは、その…つまり、そういうこと……なのかな……?」
ほんの少しだけ、そんな淡い想いを抱いた。
「………いやいやいや絶対そんなこと無いって!! 絶対に私の勘違いだよ!!」
だけど、直ぐに頭を振って私はその想いを振り払った。
「そもそも! 出会ってまだ一カ月も経ってないのに、私みたいな子供をアヤメさんがす……好きになるなんてこと無いもんね! アハハハ……はあ」
自分で言って悲しくなってきた。
「……はぁ。アヤメさんのバカ」
その2 ~ 牧場の少年少女 ~
【アスナside】
「えっと、ここうして……。うーん、思ってたより難しいなあ……」
アヤメさんに連れられてやってきたクエスト。
内容は乳搾り。簡単なクエストらしいけど、私の進行状況は決していいとは言えなかった。
それもそのはず。チュートリアルが【優しく牛の乳を揉んでみよう】と表記されただけで何の説明にもなって無かったからだ。
「そっちはどんなもんだ?」
と、チュートリアルの愚痴を心の中で呟いていると、後ろから急にキリト君に話しかけられた。
「きゃっ!? もう、驚かさないでよ……」
不満を言う私に構わず、キリト君は私のバケツを覗いた。
「あれ、まだ半分も終わってないな。こんな調子じゃクエストクリアできないぞ?」
むぅ…。
「そう言うキリト君は終わったのかしら?」
「ほ、ほら」
少しだけ語気を強めに言ってみたら、キリト君は少しビクつきながらバケツを差し出した。
中には搾りたてのミルクが並々と入っていた。
「うそ!?」
驚いた私を見て、キリト君はしてやったり、といった表情を作って笑っていた。
「これにはコツがいるんだよ。こうやって、親指と人差し指で輪を作って……」
そんなキリト君を見て、《楽しそうだなあ》と素直に思った。
「……おーい。アスナー? 聞いてるのか?」
「え? あ、ごめん!」
「アスナがクリアしないと全員クリア失敗になるんだからしっかりしてくてよな」
「……ごめん」
反論のしようもなかった。
「失敗して、報酬のクリームが貰えないのはなんとしても阻止しなくちゃないけないからな」
「ねえ。そのクリームってそんなにおいしいの?」
「おう。パンに塗って食べるのも美味いけど、《料理》スキルを上げるとそれからケーキが作れてな。ベータテストの時、それが食べたくて料理スキルを習得しようとしたくらいだからな。……まあ、スロットの空きが無くて結局食べられなかったんだけどな」
その話をするキリト君の表情はとても楽しそうで、見た目よりも幼く見えてちょっとだけ《可愛い》と思ってしまった。
「ふふ。それじゃ、絶対にクリアしないとね。さあ、キリト君。そのコツ教えて」
私も、キリト君みたいにこの世界を純粋に楽しんでみよう。
先ずは、このクエストをクリアしないとね。
その3 ~ 少女の楽しみ方 ~
【アヤメside】
ウユ村でのクエストを無事にクリアしたあと、日が沈むギリギリにトールバーナに戻って来た。今はもう日が沈んでいる。
街中はライトアップされていて、昼間とはまた違う雰囲気だ。
そんなトールバーナの噴水広場の近くのベンチに、俺たち三人は座っている。
何をするのかと言うと、報酬で手に入れた《クリーム》を堪能するのである。
「さて。ここからがメインイベント」
俺はウィンドウを開いて《黒パン》と《クリーム》を三つずつ選択してオブジェクト化させ、それぞれ一つずつキリトとアスナに渡した。
「待ってました」
二人に手渡すと、キリトは早速手渡されたクリームの入った小瓶をタッチした。すると、キリトの指が仄かに光り出した。
そのまま指をを黒パンに持って行き、クリームを塗るように指を動かすと、その後追うようにパンにクリームが塗られていった。
俺とアスナもそれに倣ってパンにクリームを塗った。
「「いただきます」」
キリトと声を合わせてお決まりの一言を言ってから黒パンを口に運んだ。
《硬い、不味い、ボソボソしてる》の三拍子揃った黒パンに濃厚なクリームが混じり合い、本当にこれがあの黒パンか、と疑いたくなるような美味しさが広がった。
この黒パン、絶対にこうするために作られたものだ。
と、俺が黒パンを堪能している時、アスナは警戒するようにパンを睨み付けていた。
「そんなに警戒するなって」
もう食べ終わったらしいキリトが、指を舐めながら可笑しそうに言った。
「いや、でも元の味を知ってるから……」
「クリームを塗った黒パンを、元の黒パンと一緒にしない方がいい。キリトなんか、自分で買っておいた二つ目まで取りだしてるぞ」
「
「食い意地張ってるのはよく分かったから、口に物を入れながらしゃべるな」
行儀の悪いキリトに軽く釘を刺す。
「……分かりました。いただきます」
美味しそうに食べるキリトを見て決心したのか、アスナはかぷっ、と黒パンに齧り付いた。
途端、アスナの目がキラキラと輝きだし、周囲の雰囲気が一気に桃色に変わった。
そのまま休むことなくアスナは口を動かし、あっという間にパンを食べ尽くしてしまった。
なんとなく、ハムスターを思い浮かべた。
「……んっく。ふぅ…ごちそうさまでした」
周りに伝染しそうなくらいの桃色オーラを放っている。実に幸せそうだ。
「凄い食べっぷりだな」
「そ、そうですか? こんなに美味しいものを食べたのは初めてでつい……」
さっきまでの自分を見られて恥ずかしかったのか、頬がほんのり朱くなっていた。
「美味かったかアスナ?」
「うん。キリト君が言ってたよりも美味しかった!」
……何の話だ? 俺が搾り終わるまでの間にあった話か?
「よーし、決めた!」
俺が少し考えていると、アスナが右手を握りしめて勢い良く立ち上がった。
「私《料理》スキル極めるわ!」
「はあ!?」
キリトが驚いたような声を上げた。半分くらい呆れも含まれてる。
「それ本気で言ってるのか?」
少し反対気味のキリト。おそらく、そんな戦闘に関係の無いスキルを習得するならもっといいスキルを習得した方がいい、といったところだろう。
そかし、アスナはそんなキリトに構わず続けた。
「そうよ。第一層でこんなに美味しいものがあるんですもの。もっと上の層には、これよりももっと美味しいものがあるんでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
「それを料理して、もっと美味しい食事を食べてみたいと思わない?」
「……思います」
「だったらいいじゃない」
「キリトの負けだな」
完全に丸め込まれたキリトに、少し笑いを込めながら言った。
「……それに、ケーキ作ってあげたいからね……」
「何か言ったかアスナ?」
「な、何でもないよキリト君?」
「アヤメは聞こえたか?」
「女性が秘密にしたい事を詮索するとか……最低だな」
「うぐっ!?」
因みに、このときのアスナの呟きは俺にも聞こえなかった。
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第一層も終わって、偶然にも十話と切りのいい数字なので小話挿入します。
《アヤメ君とシリカちゃんのメールのやり取り》《ウユ村での乳搾りクエスト》《黒パン》の三つのお話です。
読まなくても本編に差障りがないのでスルーしても構いません。
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