第九話 ~ 第一層攻略戦・2 ~
【キリトside】
俺の真正面にいる《イルファング・ザ・コボルト・ロード》を、その一挙一動を見逃さないように見据える。
すると、しびれを切らしたらしいコボルト王が刀を構え直して飛びかかって来た。
単純で大振りな縦斬りを、俺は左に飛んで回避する。
アスナとアヤメは逆方向へ飛んで回避していた。
俺はその時に発生した衝撃波で少しバランスを崩すが、支障の出るレベルじゃ無いため構わず接近して一太刀浴びせる。
「セアッ!」
しかし、コボルト王はその巨体からは想像できない軽やかな動きで避けて見せた。さらに、自身の得物を両手で握り水平に構えて体をゼンマイのように捻りだした。
あのモーションは確か、カタナスキル専用技の《
「後ろに大きく飛べ!」
俺は後ろに下がりながら、背後に回り込んでボスを取り囲もうとしていた二人に向かって叫ぶ。
二人が言われた通りにした直後、《ツムジグルマ》が完成し青いラインが円を描く様に引かれるが、その円の餌食になった者は誰もいなかった。
俺は剣技が終了したのを確認すると、発動後の硬直時間を利用してコボルト王に接近。上段斬りで深々と切り裂いた。
「キリト下がれ!」
しかし、バーサーク状態のコボルト王はそれに構わずノダチを振り下ろしてきた。
回避が間に合わないと思った俺は、それを受け止める。
「くっ…らあぁぁッ!」
一瞬押し負けそうになったが、なんとか弾き返す。
しかし、ボスは止まることなく、今度は両手持ちで刀を振り下ろしてきた。
片手持ちでギリギリだったのだから、両手持ちを耐えるなんてまず不可能。
そう判断した俺は、真っ向から受け止めるために《バーチカル》を使い、さらに体を意図的に動かし、技の威力と速度をブーストするシステム外スキルも使った。
上手くいけばスイッチも狙える。そう欲張ったのが仇となった。
突然、コボルト王の得物が赤のライトエフェクトを帯びて、攻撃が上段斬りから下段斬りに変化したのだ。
この剣技は、同じモーションから上下のどちらかにランダムで変化するカタナ専用スキル《
だ。
「しまっ……!」
ブーストを使った剣技は止められない。
少しでも動きをミスすると逆にシステムアシストを阻害し、最悪の場合は剣技が途中で止まって
しかし、俺はそれに構わず、下段に回ったコボルト王の刃を受けるため、発動しかけたバーチカルをキャンセルしようと右手の剣を引き戻した。
が、がくんという不快なショックと共に、動きが止まった。
「キリト君……!!」
「チッ!」
コボルト王の背後にいたアスナが悲鳴を挙げ、その近くにいたアヤメが毒づきながら俺を助けようと前に出るのが見えた。
だが、俺の命を狩り取る刃の方が早い。
せめてもの抵抗として体を固めようとするがそれも出来ず、俺は無情にも迫るその刃を見続ける事しか出来なかった。
「クソッ」
―――トンっ、と俺の体が横に押された。
そのお陰で俺は刃の餌食となることは無かったが、いったい誰が?
俺が元いた場所に目を向けると、赤い血のようなダメージエフェクトを飛び散らせる姿があった。
「ディア、ベル……?」
【アヤメside】
「ディアベルッ!?」
部屋中にその悲鳴が響いた。
普通なら動揺するべきなのだろうが、俺は可愛げもなく、これ以上の被害を出さないためにも逆に冷静に状況を分析する。
キリトを庇ってコボルト王の剣を受けたディアベル。技の威力と当たり所を考えるとおそらく……助からない。
そして、その姿を見て呆然とするキリト。硬直は解けただろうが動こうとしない。
後方に居たプレイヤーたちはリーダーがやられたため、かなりの動揺が広がっていた。
これは、非常に危険だ。
「アスナはキリトを頼む!」
「は、はい!」
比較的大丈夫そうだったアスナにキリトを任せて、俺は今まで腰に挿していた短剣を引き抜き、コボルト王の背後から《バイトオフ》を喰らわせる。
十字に斬りつけたあとに突きを繰り出す三連撃は全て命中し、最後の突きは運良くクリティカルが発生した。
背後から斬りつけられたコボルト王はその目を怒りに染めて振り向く。俺を次のターゲットに定めたようだ。
「狙い通りだ」
俺は全力でバックステップを踏みコボルト王から大きく距離を取った。
その時にアスナの様子も見てみると、アスナは迂回しながらキリトのところへ向かっていた。
ショックを受けているのはずに、言われた通りに動いてくれたことに感謝する。
俺はコボルト王に目を向ける。
「ここから初見の剣技と武器に何秒耐える事ができるか……」
そこまで考えて、俺は頭を振った。
弱気は失敗を生む。俺は涼に《行ってきます》と言ったし、シリカに《死なない》と約束した。だったら、
「俺はお前らが体勢を立て直すまでコイツを引き付ける! 当然、死ぬつもりはさらさら無い!」
コボルト王を睨み付けながら、そう宣言した。
【アスナside】
「キリト君! ディアベルさん!」
アヤメさんにボスを任せてキリト君とディアベルさんに声を掛ける。
「あ…すな…?」
茫然自失といった感じでキリト君が返事をした。
「……ディアベルが……」
キリト君が指差したのは、ディアベルさんのHPバー。そして、それは今ちょうど
「キリト君。聞こえるか?」
すると、ディアベルさんがキリト君に声をかけてきた。
「どうして……」
「気持ち的には《
冗談めかして言ったあと、ディアベルさんは続けた。
「あとは、キミが皆を纏めてくれ」
「そんな事…俺には……」
「俺は、キミと同じ元ベータテスターなんだ」
キリト君が息を飲むのを感じた。私も驚きで目を見開いた。
「俺は皆から非難されるのを恐れて自分が元ベータテスターだと打ち明ける事が出来なかった。それなのに、キミは皆が死ぬことを恐れて、その事を打ち明けてまで忠告をくれた」
ディアベルさんのHPバーが
「キミは、仲間に隠し事をしていた俺なんかよりも人の前に立つ資格も覚悟もある! だから…あとは任せた! 絶対に勝って―――」
言いきる前にHPが0となり、ディアベルさんの体がポリゴンとなって砕け散った。
人の死を初めて見た瞬間だった。
すると、今まで心ここにあらずだったキリト君がゆっくりと起き上がった。
その目には、確固たる決意を感じられた。
「いつまで腑抜けてるつもりだ!」
キリト君が、プレイヤー全員に言い放つ。
「今はアヤメが必死にボスの注意を引いているが、いつまで持つか分からない。二人目の犠牲者を出すつもりか! 俺は…俺たちは! 死んだディアベルに報いるためにも、この層をこれから一人の犠牲者も出さずに攻略しなくちゃいけないんだ! 分かったら武器を持って立ち上がれッ!」
「……そうだな。子供にばっか危険な道を行かせる訳にはいかないな」
長柄の重そうな斧を携えた肌の黒い男性が立ちあがった。確か、エギルさんだ。
「確かにその通りやな」
エギルさんが立ちあがると、キバオウさんも立ち上がった。
それに続いて、次々とプレイヤーたちが立ちあがる。
「覚悟はいいな? ……行くぞ!」
ボスの方に振り向き、勇猛に駆け出すキリト君を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。
【アヤメside】
HPバーは既に
肩で息をしながら注意深くコボルト王を見据えると、ノダチが緋色に染まり、上段斬り、下段斬り、突きの順で滑らかに繰り出される。
俺はそれを冷静に見極めて必要最低限の動きで回避し、投げナイフをコボルト王の左目に向かって投げ付ける。
無理な体勢と疲労のためか、ナイフは狙いより左側を飛び頬を掠める程度だった。
一見、簡単そうにやっているように見えるが、実際はかなりの冷や汗モノだ。
「下手に後ろに下がればターゲットが切り替わるかもしれないからな……。決定的なダメージを与えられないからターゲットを取り続けるのは難しいな……」
《威嚇》スキルでも習得しておくべきだったな。
心の中で愚痴っていると、硬直時間から立ち直ったコボルト王が苛立ったような唸り声を上げながら、刀を右肩に担ぐ様に構えた。
刀は赤茶色の光を纏って袈裟斬りに振るわれる。
単調な剣技に訝しみながら、俺は左に飛んで回避する。
振り切られる直前、刀が俺をホーミングするかのように進行方向が急激に変わった。
「ッ!?」
キリトに聞かなくたって分かる。この剣技の名前は絶対に《
でも、問題はそんな事じゃない。問題は、俺が回避の途中で、まだ
このゲームは空中での姿勢制御をする事が出来ない。仮にそんなスキルがあったとしても、序盤で習得できる訳がない。
つまり、俺はこの攻撃を避けたり受けたりする術が、無い。
「セアァッ!!」
心もとない事この上ないが、せめてダメージだけでも軽減させようと短剣を構えた時、すぐ隣で気合の声と共に赤に染まった片手剣が振り下ろされた。
コボルト王のノダチはその剣に阻まれ、俺に届く事は無かった。
俺は隣にいる、黒髪の少年に声を掛けた。
「もう大丈夫なのかキリト?」
「ああ。心配掛けたな」
そう答えるキリトの声には覇気を感じられた。本当に大丈夫そうだ。
「他の皆も大丈夫だ。アヤメは後ろに下がって休んでな」
受け止めたコボルト王の刀を弾き返しながらキリトは言った。
その直後、後ろから何人ものプレイヤーがコボルト王に攻撃を仕掛けた。
「……そうさせて貰う」
実際疲れたし、もう闘えるだけの精神力も無かったので素直にキリトの言葉を聞きいれる。
それに、任せても大丈夫そうだからな。
オリジナル剣技
《燕返》
・カタナ専用スキル
・右袈裟斬りが避けられた場合、それを追跡するように剣筋が変わる
《バイトオフ》
・短剣下級技
・縦斬り→横斬り→突きの三連撃
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九話目更新です。
キリト君の警告によって原作とは違う流れをたどるボス戦。
前線へとでたキリト君の行方やいかに!?
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