No.486573

真・恋姫✝無双 ~天下争乱、久遠胡蝶の章~ 第四章 蒼麗再臨   第十四話

茶々さん

繋ぎとリハビリを兼ねています。

次回から反董卓連合編……の予定。

2012-09-20 21:32:50 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2470   閲覧ユーザー数:2256

 

目の前の書簡を、じっと見つめ直す。

縦に、横に、上から、下から、右から、左から、表から、裏から―――は、流石に読めなかったが。

 

 

「…………一刀、何をしている」

 

 

そんな俺の様子に、仲達はあきれ果てた様な声を上げた。

 

 

「いや、何と言うかさ……」

「確かに清廉とは云えぬやり方ではあったが、必要不可欠な事でもある。多少強引な手を使ってでも、確保しなければならないものだったからな」

 

 

言って、仲達は筆を置いて茶を啜った。

 

 

「いずれは遍く天下を統べる。その栄えある第一歩だと云うのに、その拍子抜けした様子は何だ? もう少ししゃきっとしたらどうだ」

 

 

少しだけ咎める様な仲達の言葉に、俺は再び手元の書簡を見る。

 

この世界に来てから散々教えられ(しごかれて)覚えた知識や以前学んだ分を総動員してみるに、そこには簡潔にこう記されていた。

 

 

 

――――――義勇軍総帥、北郷一刀を平原相に任命する。

 

 

 

 

相、というのは一種の地方長官の事である。

要するに、領土不確定身元不詳の放浪軍の長がいきなり一国の主に格上げも同然の任命書が、つい先日届けられたのである。

 

丁度その頃、先だっての逢い引き騒動に味をしめた星が「もう少し付き合っていれば更に楽しい事がありそうだ」という理由からもう暫く客将として留まる事を決め、風は仲達に猫の様に甘えながら「お兄さんと一緒にいたいのですよ~」と、本気だったら洒落にならない台詞を冗談めかして言って、唯一本格的な仕官を表明している稟の補佐として諸々の仕事に携わっていた。

 

 

黄巾党討伐の後、領主不在で空いていた近隣の郡県の統治を委ねられてからまだ一月と経っていない。

にも関わらず、先の任命書と印綬が届けられた。

 

 

「仲達…………」

 

 

其処に、決して清廉ではなく、到底褒められたモノではない“何か”が動いていた事は疑いようのない明白な事実であり、そういった事への若干の非難めいた物を込めた視線を向けるが、仲達は酷くしれっとした様子で茶を啜っていた。

 

 

「……今度から、こういう事は一人で進めないでくれ。俺はまだいいけど、朱里や雛里が知ったら、きっと怒るぞ」

「憤慨するなら、“そうした事”をしなければ正当な評価すら下せない程に機能麻痺した連中に対して憤れば良い。少なくとも、僕が怒られる謂れはないな」

「…………参考までに、幾ら使ったんだ?」

 

 

恐る恐る尋ねると、仲達は視線を僅かに上げて俺の方を向き、ニヤリと笑む。

 

 

「―――知りたいか?」

「やっぱりいいです」

 

 

何となくだが、聞いたら卒倒する未来が幻視された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一人酒ですか?」

 

 

平原への移動を済ませてから間もなく、一刀はささやかな宴を催した。

上も下もなく、皆が一様に酒を飲み、食し、騒ぎに騒いでいる様子が一望できる城壁に、郭嘉―――――稟が姿を見せた。

 

 

「騒がしいのは、余り好きではない」

 

 

嘘、ではない。

少なからず本心の入り混じった言葉に、何か言いたげだった稟はそのまま言葉と共に酒を飲み込んだ。

 

 

「お前こそ、風と一緒にいなくていいのか?」

「風ならさっさと寝入ってしまいましたよ。あの子も、こういうのは嫌いではありませんが……あまり得意、という訳でもないので」

 

 

―――そんな話をする為に、態々来た訳ではあるまい。

 

 

酔いが手伝って、もどかしさから口を衝いて出そうになったそれを、杯を傾けて飲みこむ。

月を移していた朱塗りの杯には、幾粒かの水滴が残った。

 

 

「…………仲達殿」

 

 

思わず、息を呑みそうな声音が耳朶を打つ。

 

 

「――――――やはり、洛陽へ赴かれるのですか?」

 

 

 

城壁の上に仲達の姿を見止めた朱里は、あと三つか四つの石段を昇れば辿りつくという所に来て、聞こえてきた言葉に思わず脚を止めた。

 

 

「一刀殿から伺いました。間もなく起こる大戦の事……出自こそ“天の知識”という、俄かには信じがたい話ではありましたが」

 

 

それは、朱里も知っている話だった。

 

忘れもしない。私塾で初めて一刀と出会った時、彼が語ったこの大陸の未来の事である。

余りにも妄言染みている筈なのに、何処か現実味を帯びていた不思議な話は、まるで彼自身が実際に経験してきたかの様な語り口で、御伽噺の様に話していたのを覚えている。

 

 

「それに沿えば、次の舞台は洛陽…………貴方は、事が起こる前にそれらを止めようとしているのではありませんか?」

 

 

何処か確信めいた声音で、稟はなおも続けた。

 

 

「或いは、この後に起こる群雄割拠の乱世を起こさせない為に、官軍に与するつもりでは――――――!」

「……洛陽は、色々と名残のある場所なんだ」

 

 

返した言葉は、郷愁の感情に溢れていた。

 

 

「水鏡先生の門を叩く前、僕はあの街で学んでいた。忘れもしない……高台から見た、洛陽の街並みに広がる光と影を。人の栄華も衰退も構わず、滔々と移りゆく自然の様を。共に学んだ友の姿を、今でも鮮明に思い起こせる。あの街は、あの場所は、帝がいようといまいと、決して戦禍に巻き込んで良い所ではないんだ」

 

 

決然たる意思を内包した声が、月明かりの下に静かに、しかし力強く響く。

 

 

「……だが、最早漢王朝の腐敗は止めようがない。遅かれ早かれ、天下は大乱のうねりに呑み込まれる。ならば―――ならばせめて、僕は僕自身の手で、この記憶に、思い出に引導を渡したいんだ」

 

 

 

―――例えそれが、嘗て共に学んだ者達との決別を意味するものであったとしても。

 

 

 

「他の誰でもない、僕自身の手で――――――漢王朝の歴史に、幕を引く。思い出を穢す事になろうと、遍く天下に非情の謗りを受けようと、この混迷の世を、僕が終わらせる」

 

 

一言一句を噛み締める様に、仲達は静かに宣言した。

 

 

「“あの日”、僕は僕自身に、そう誓ったんだ」

 

 

其処で言葉を一旦区切り、仲達は再び杯に酒を満たした。

月明かりに溶けて、消えてしまいそうなその姿に、思わず朱里は息を呑んだ。

 

 

「……中央の連中のみならず、涼州の董家とも、浅くない付き合いがある。その伝手でどうにか出来ないかと模索していたんだが、な…………」

 

 

不意に、仲達の声音が曇った。

 

 

「帝を傀儡とする十常侍と、大将軍何進との対立は最早避けられないらしい。何進は黄巾党壊滅を祝す大宴会を近く催すらしいが……」

「実態は、十常侍を抹殺する事……そして、自らが権力を握る為の派閥作り、といった所ですか……」

「物の価値も分からぬ肉屋の凡愚に、これ以上天下を好きにはさせられん……と、そう決意した筈だったのだがな」

 

 

その時になって、漸く朱里は自分の直ぐ後ろまで仲達が迫っている事に気づいた。

そのまま、石段に降ろしていた腰をひょいと持ち上げられて、抱きすくめられる。

 

 

「え、ふぇ、ふぇぇぇえっ!?」

「……誓った、筈だったんだが」

 

 

驚き慌てる自分と驚き呆れる稟を余所に、仲達はそのまま石畳の上に腰を降ろした。自然、親が子を抱いてあやす様な格好になる。

 

 

「朱里」

「ふぁ、ふぁぃっ!?」

 

 

裏返ったり素っ頓狂になったりと散々ながら、首元に鼻先をうずめる仲達にどうにか返した朱里の耳元で、

 

 

「誓いも、決意も、約束も……君を失ってしまうかもしれない恐怖に比べれば、何と軽いのだろうな」

 

 

酔いだけではない、震えた腕が、強く朱里を抱きしめた。

 

 

「君がいれば、他に何もいらない。君を失うくらいなら、僕は全てを投げ捨てても構わない」

 

 

囁く様に、縋る様な声音が、朱里の鼓膜を震わせる。

 

 

「僕、は――――――――――――」

 

 

其処で言葉は途切れ、やがて静かな吐息が朱里の肌を擽る。

息を呑んで呆然としていた朱里は、ややあって自分達以外の第三者―――稟が目と鼻の先にいる事を今更のように思い出した。

 

 

「あ、ああ、あにょ―――!」

「お静かに。そのまま寝かしてあげましょう」

 

 

興奮と緊張から沸騰しそうになった頭が、稟の言葉に急速に冷やされていった。

この数日間、ずっと働き通していたであろう腕に手を重ね、負担にならない程度に身体を預ける。背中を通して伝わる彼の体温に、不思議な温かさを感じた。

 

他人に見られている、という気恥ずかしさは勿論あるが、それでも想い人の安息とは比べるまでもない。

 

 

「今、暖を取れるものを何か取ってきます」

「お、お願いします……」

 

 

そんな朱里の様子に、稟はクスリと笑みを一つ零した。

 

 

「随分と想われているのですね。見ている此方が恥ずかしさを覚えてしまいそうですよ」

「え、えへへ……」

「ふふっ、邪魔者は早々に退散するとしますね。それでは」

 

 

言って、稟は立ち去って行く。

その後ろ姿を眺めながら、朱里はしみじみとした吐息を洩れた。

 

 

「……稟さんは、良い人です。良い人ですけど…………」

 

 

 

 

 

 

 

―――あの鼻血の量だけは、どうにかならないかなぁ。

 

 

石畳から石段の先まで延々と続く鼻血の道筋に、朱里の口から疲れた様なため息が洩れる。

 

やがて下の方から「人が倒れているぞー!」とか「凄い血の量だぞー!」とか「あれ、もしかして郭嘉様じゃね?」「なんだ郭嘉様か」「驚いて損したわ」「ああ郭嘉様ね、いつもの事いつもの事」とか色々聞こえてきた気がしたが、こそばゆく感じる仲達の吐息が乱れていない事を確認した辺りで、朱里は静かに目を閉じた。

 

 


 
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