No.484162

はるの花。

岡保佐優さん

大好きなひとのために報いたいと願った男の子のお話です。思いはきっと報われない事の方が多いのでしょう。

2012-09-15 13:27:41 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:472   閲覧ユーザー数:472

 

男の子がおりました。

病弱で頬がこけ、その足取りは赤ん坊のようにあまりにも不安定でした。

上等な皮のコートを着込んだ男の子はゆっくりと空を見上げました。

 

 

男の子は長いこと病気でした。

自分が病気なばっかりに誰にも良い行いが出来ないことや、あまつさえ大好きな人に大変な思いをさせてしまっていると、それはそれは悔やんでおりました。

ところがある日、男の子はかみさまから祝福を授かりました。

男の子は病気はだいぶ軽くなり、産まれて初めて二本の足で歩くことが叶いました。

 

半日ほど歩くと、村の放牧地へと辿り着きました。

男の子は疲れ息も絶え絶えだったので、そこにねっころがることにしました。

 

 

男の子はとても興奮していました。

手を伸ばさなくても届く草や、もふもふとしたかわいらしい羊の群れに、それを守る犬たち。

緩やかに流れる雲。

尖ったような冬の風。

到底触れることなど出来ないほど高くそして広い空。

翼。

音。

冷たい空気。

産まれて此の方一日中ベッドで過ごすしかなかった男の子が、どれだけ願っても見て触れることの叶わなかったものを、今こうしていっぺんに目にすることができた男の子は、とても幸せな気持ちでありました。

十二月の冷たい空気の中で男の子はいつの間にか眠ってしまいました。

 

 

「君はだあれ?」

声が聞こえました。

耳よりもっと近く、頭の中で鳴っているような声でした。

 

「君はだあれ?」

声はもう一度尋ねました。

男の子は答えませんでした。

その愉快気な声はあんまりにも心地よかったものだから、男の子は答える事を忘れてしまいました。

 

「名前がないならあたしといっしょね」

声は笑いました。

「きみはなにしにここへきたの?」

声は再び尋ねました。

 

そこで男の子はようやく口を開きました。

「ぼくは花を探しに来たんだ

 ローナがいってたんだ

 お正月よりも先にスノードロップって言う花をみつけると、幸せになれるって

 だからぼくは花を見つけてみんなにプレゼントしたいんだ

 みんなと

 それから、しゅくふくしてくれたかみさまに」

男の子ははにかんで言いました。

 

ところが声は先ほどの愉快気な雰囲気から一変して、暗い様子で男の子に言いました。

「きみにはむりだよ

 だってきみはもう死んじゃったんだもん

 きみはびょうきのクセにこんなさむいばしょでねむってしまったせいで

 ゆめからさめた本当のきみは、もう生きてないんだよ」

 

 

 

 

男の子はうろたえる事すらできませんでした。

どんな気持ちで受け止めて、どんな言葉を言えばいいのかわかりませんでした。

声は愛しそうに尋ねました。

 

「きみはなにしにここへきたの?」

「ぼくは花を探しに来たんだ

 ぼくはかみさまに足を祝福してもらったんだ

 だのに、ぼくはもう死んじゃっただなんて」

男の子はしかし泣きませんでした。

 

声はいつのまにか少女の姿になって男の子の頭を撫でておりました。

男の子より幾らかおとなびた顔つきでした。

 

「きみは悲しんでるの?」

少女は男の子の宙に泳いだ眸の奥をじぃと見つめました。

 

「きみは死んじゃったことが悲しいの?」

男の子は漸く、ちがうよ、というふうにかぶりをふりました。

「ぼくがかなしいのは死んじゃったことじゃないんだ

 死んじゃうことは別れることだけど

 だけど失うことじゃないってパパがいってたから

 ぼくがかなしいのは、けっきょくぼくが生きてきたなかで、

 だいすきな人に何もできなかったことなんだ」

男の子はうずくまって顔を隠しました。

少女も同じようにしゃがんで、男の子にまるで小さい子にそうするように頭を撫で続けました。

 

少女は男の子を両腕で優しく抱きしめると言いました。

「きみは誰にも何もできなかったね

 きみは何も出来なかった

 それどころか悪い行いをしてしまったのよ

 だってきみはこの先みんなを、何十年もずっとずっと悲しませるんだもの」

男の子は何故だかお父さんから教えて貰ったクリスマスのお話を思い出しました。

 

女の子は尋ねました。

「きみはどうしたいの?」

 

 

「ごめんねって、言いたいよ」

すると男の子の目の前は急にまっしろになりました。

 

 

 

男の子を最初に見つけ出したのは彼の姉のローナでした。

「見てママ」

男の子の既に冷たくなった小さな両手には立派な花が何十本も握られていました。

それは真っ白でころころとした、雪の色をした花でした。

ローナは自分のせいだと嘆きました。

男の子の手から花を一本ぬきとると、彼女のお母さんはいいました。

「幸せになりたかったのかな」

「きっと」

ローナも肯きました。

「だってあの子はいつも元気になれる事を願っていたもの

 元気になったらなにをしようって

 だから探しに行ったのよ」

お父さんは男の子を軽々と抱きかかえました。

あんなに晴れていた空にはいつの間にかどんよりとした雲が現れ、その年初めての雪が舞っておりました。

 

 

・・・

少女から贈られた花。

男の子から贈られた花。

彼女が思った願いも、男の子が望んだ結果も、

きっと知らずに終えるのでしょう。

知らされることもないのでしょう。

けれど願いも想いも其処には確かに、真っ白に咲いておりました。

 


 
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