No.479217

GIOGAME 12

Anacletusさん

どこにでもある話が始まります。

2012-09-03 09:33:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:504   閲覧ユーザー数:500

第十二話 よくある話

 

よくある話だが、彼女は何よりも兄を愛する。

「おにーちゃん。もうこっちは大丈夫だよ」

微笑みながら彼女は草むらで兄との逢瀬を楽しんでいた。

誰もいない草むらで彼女は兄の横に座って日常を語る。

今日は嫌な奴と会ってしまった。

昨日は優しい人に助けてもらった。

明日は大好きな映画を見に行く事にした。

話題は絶えない。

「今はおっきいマンションに住んでるの」

最新のファッションはこうだとか。

きっと、これから来るのはこのアイテムだとか。

どうでもいい話は尽きる事なく彼女の口から溢れ出す。

「昔は辛い事ばかりだったけどさ。今は全然楽しい事ばっかりなんだ。お友達は全員優しくしてくれるし、それにお金だって心配しなくてもよくなったんだよ。凄いでしょ」

彼女は一人喋り続ける。

喋れぬ兄の代わりに。

髪を撫で口元を少しだけ緩めて微笑む。

「誰も今まで助けてくれなかったのにね。少し顔が変わっただけで態度が全然違うんだよ。おっかしーよねー。人間は心だって道徳の時間、先生だって言ってたのにさ」

彼女は辛かった過去を思う。

生まれの別名を運命と言う世界で彼女達は生まれた。

違う国、違う人種、違う肌、違う思想、違う言葉、違う教育、違う世界。

社会の最底辺として生を受ければ、世間は冷たかった。

【ガイコクジン】には冷たい人々に彼女と兄はいつも途方にくれていた。

親達はいつもいつも彼女と兄に勉強をしろと言った。

勉強をすればきっとどうにかなると言った。

彼女がそれに疑問を持ったのは『ガッコウ』に入った頃。

『ガイジン死ねよ』

ランドセルとノートには落書きが一杯だった。

幼心に彼女は解らない文字が悪口なのだと解った。

兄はそんな彼女をいつも慰めては抱きしめてくれた。

「その、ね。今ね・・・・・付き合ってる人がいるんだ・・・・・・おにーちゃんがもう心配しなくてもいいように、おにーちゃんがちゃんと安心していられるように。べ、別におにーちゃんが嫌いになったわけじゃないんだよ!? ただ、ほら、おにーちゃんとは兄妹だから、だから・・・・・その・・・・・おにーちゃん離れしなきゃいけない気がして・・・・」

今まで黙っていた罪悪感から彼女はグッと唇を噛んだ。

「その人ね。おにーちゃんに似てるんだよ。凄く優しくて、凄く頼りがいのある人なんだ。でも、ちょっとだけ掴みどころが無くてフラフラ風船みたいに何処かへ飛んで行っちゃう事があって・・・・・あはは、ごめんね。おにーちゃんに言うような事じゃないよね。だって、おにーちゃんが喋れないのに一方的に喋ってばっかりで・・・・これじゃ、妹失格だよね」

彼女は顔を翳らせて兄の手を握る。

「もう、行くね。最後に話せて良かったよ・・・おにーちゃん。【半年間ありがとね】」

彼女はそっと兄に口付けして、早足に草むらを去った。

その頬には涙の痕が幾筋も幾筋も流れていた。

―――――――――――――――――――――――――――――。

誰も来ない草むらは夏の盛りに猛る。

一日でどれだけ長くなったかも解らない背高(せいたか)ノッポな草達は兄を最後まで隠していた。

最後の別れを告げられた彼女の兄はただ世界を見上げていた。

その瞳に蠅が集り始めた次の朝、彼は発見された。

 

羽田了子の口癖は常に「ネタ」である事は間違いない。

「ネタ~~~~~ネタ~~~~~最高のネタ~~~」

その日も了子は合いも変わらずネタを追い求めていた。

踊り出しそうな上機嫌で愛車を運転する了子が回想する。

戒十が窓際に追いやられ、テロ関係の仕事から遠ざけられたのは数日前の事。

それ以降これといったテロ系のネタも無く、チマチマと地道な情報収集をしていた了子が戒十から新ネタを提供されたのは数十分前の事。

【達磨殺人事件】(仮)。

今時猟奇なバラバラ殺人などありふれている。

しかし、戒十が了子に調べろと言うならば、それにはそれ相応の価値がある。

戒十からネタを聞いてから短時間で重要情報を入手した了子は即座に行動を起こしたのだった。

「♪」

そもそも了子が前々から追っていた失踪事件が新ネタの事件と妙な合致を見せた事が大きかった。

とある場所の近辺で連続した失踪事件の被害者と新しい事件の被害者の顔写真が了子の頭の中でカチリとパズルの如く嵌り、速攻で車庫から車を出発させるに至っていた。

戒十から送られてきた被害者の顔写真はかなり悲惨なものだったが調べていた失踪者の一人に間違いなかった。

急いで端末のファイルを整理して引っ張り出し、被害者の身元を特定、良子は被害者の住所へと急行していた。

「・・・・・・・・・・・・」

車内で不意に了子が静かになる。

近頃キナ臭い警察に任せる事など何も無い。

了子の勘は何か得体の知れないモノが蠢いているのを感じていた。

テロリストを警察が包囲した日以来、都市には何かと多くの噂が浮上している。

白いスーツ姿のサラリーマンがおでんを食べていたとか。

気味の悪い子供が夜な夜なビルから飛び降りているとか。

病院で原因不明の病が流行るとか。

世界の滅亡が再び起こりそうとか。

隣国と戦争になるとか。

まったく馬鹿げた話の数々は了子の興味をそそり過ぎる材料だ。

不安になる程、未知の感覚が了子の第六感とも言うべき記者の勘を刺激していた。

(まだ、あの男の事も解ってないし、これから何が起こるって言うの・・・・・)

テロリストの包囲された日、了子の前に地下道から飛び出して倒れた全裸の男。

病院に搬送されたはずの男の所在は終に解らずじまいだった。

了子が調べたにも関わらず、警察の伝手を幾つか使ったにも関わらず、男は忽然とあらゆる情報の中から消えてしまっていた。

(誰が彼を何の為に隠したかったのか。それが問題・・・少なくとも政府系の機関に干渉出来る【何処か】なのは確かだけど・・・・・・)

大規模な情報操作が行われているのを了子は肌で感じていた。

情報操作には三つの遣り方がある。

一つ目は関係者への口止め。

古来から人の口に戸は立てられないと言うが、殆どの政府系の情報操作はソレに含まれる。

二つ目は媒体上の情報削除。

ネット情報やら住民基本台帳やら一枚の写真やら媒体から情報を削除する方法。

最も困難であるものの【人間を含めた】媒体の削除は基本的に成功すれば二度と任意の情報を引き出せないという厄介極まりない方法だろう。

三つ目は偽情報の拡散。

九の嘘に一つの真実を混ぜてしまう事で物事の本質を見誤らせる。

真実が漏れてしまったのであれば、真実がただの噂に堕すればいいという考え方は良子にとって最も好かない類の遣り方に違いない。

どんな荒唐無稽な話にも真実が混ざっているものだが、殆どの場合は偽と真を見分ける術が無い。

噂はとりわけ問題になる。

嘘でも本当でもない【噂】は多くの情報を塗り潰してしまう。

(まずは地道に足で探しましょうか・・・・・)

ハンドルを強く握り締めて了子はスピードを上げた。

 

朝、外字家の賑やかさは限界を迎える。

セレブリティー全開な女子高生と怪しさ爆発の美少女がガチンコで微笑み会うからだった。

朝から胃をキリキリさせた久重がアズの呼び出しで仕事へと赴いたのはそんな食事時が過ぎ去った後。

僅かに腹部を片手で押さえつつ、冴えない顔でアズのクーペに乗り込んだ久重とソラはさっそくその日の仕事内容を聞かされる事になっていた。

窓の外に流れてゆく町並みを眺めているソラの元気が無い事を気に留めつつ、久重はアズから渡された書類に目を通した。

「行方不明者の捜索か。オレにこの仕事を回す意図は?」

「それを見て半分は理解してる。違うかい?」

「半分、ね。問題はジオネット上の個人登録だな」

「その通り。誰かが行方不明者の最後の目撃場所を指定してジオプロフィットを仕掛けてる。かなり複雑な条件を付けてる事からも何らかの意図があっての設定だ。なら、行方不明者達が回ったであろう場所を巡れば・・・・」

緩やかな笑みで答えるアズに久重が嫌な顔をした。

「おいおい。オレに行方不明になれとか。それ以前に達って何だ達って」

「それ以外にも幾つか捜索を頼まれてる。でも、その全ての行方不明者達も最後の目撃場所はそこなのさ」

「警察と政府のジオネット管理業者には問い合わせたのか?」

「無駄だよ。その情報だって僕のネットワークでキャッシュを抽出したに過ぎない。そもそもそんなジオネット登録は【無かった】んだから、答えようも無い」

「・・・・・・ジオネットへの干渉なんて政府機関か諜報機関か。どっちにしろ痕跡が残ってないはずはない」

「それが残ってないから問題なんだよ。久重」

「何だ。つまり、その登録を抹消したのは正規の管理IDを持ってる奴か。あるいは痕跡を完全に消せるハッカーなわけか」

「どちらかと言えば管理IDの方だと思って構わない。ジオネット上でそんなハッカー紛いな事が出来るのは僕と数人の実力者。それと機関系の連中だけ。連中や実力者達がこんな馬鹿げた行方不明事件を演出する理由は皆無だよ」

「解った。それでオレは今日このルートを通ればいいんだな?」

久重が書類上のジオネット上に設定されていたルートを見つめた。

「登録そのものが消されても行方不明者を出す【原因】が見逃してくれるとは限らないからね」

「魚(げんいん)が其処にるとは限らないがな」

「それでもまだ潜んでいないとも限らないから君の出番と」

互いに視線を投げ合い、久重が渋々、アズはニヤリと互いの顔を確認した。

「ひさしげ。私も一緒に行くから」

後ろから掛かった声に久重が振り向く。

「いや、それは・・・・」

真剣な表情のソラに昨日の夜の寝言を思い出して久重が途中から何も言えなくなる。

「ソラ嬢。ひさしげを後ろから見守っててくれないかな」

アズが割り込んだ。

「どうして?」

「行方不明の原因究明には男が必要なんだよ。今までの行方不明者の全員が二十代の男性のみ。ジオネットの設定にも一人でルートを通るようにと出てる。つまり、同伴する誰かがいたら無駄骨になるかもしれない」

「ひさしげ・・・・・」

ソラの不安そうな顔に久重が重い空気を笑い飛ばすように笑みを浮かべる。

「本当に危なくなったら頼りにしてもいいか?」

「うん」

「決まりだね」

アズの声と共にクーペが旧市街地へと侵入した。

 

国道を高速で駆けていくクーペを最大望遠で監視していたパーカー姿の少年メリッサはつまらなそうな顔で端末に耳を当てていた。

「現在、東南東に向かって進行中・・・・・・先輩いいですか?」

『どうかしましたか?』

「ハイテクも使わずに望遠レンズで覗きするのは仕事としては虚し過ぎます」

クーペが走る道路から十数キロ離れた高層ビルの屋上。

無駄にゴテゴテしたデカイ双眼鏡を片手にメリッサがうんざりした声を出す。

『支給品のソレは十分にハイテクの領域ですが? ナノフォトニクス系の研磨技術なんて惚れ惚れします。超高精度のレンズ研磨は宇宙開発を下支えする基礎の一つで―――』

「ウチには最新の盗聴機器とハッキングシステムと量子コンピューターの最新型が在ったと記憶してます」

『空からの監視と電子的な盗聴は不可能だそうで』

「どういう事ですか?」

『【SE】の一部が雲で都市部での移動を偽装しています。都市部全域で【D1】と同じ微弱な反応を偽装して反応もロストしました。通常電子機器の盗聴はあのクーペに乗っている方の防衛プログラムが優秀過ぎて昨夜返り討ちです』

「ふ、『連中』の無能さには頭が下りますよ」

『いえいえ、少し見ていましたが中々の鉄壁ぶりで。たぶんは【SE】の能力の大半を天候操作と【D1】の隠蔽に使っているのでしょう。【D1】の偽装モードを使われないだけマシと考えれば』

「夢の環境技術の無駄遣いだと思いますけど・・・・・」

『今の状態だと最も気付かれず監視する方法はソレしかありません』

「分裂した他の【SE】の行方は?」

『『連中』は世界中の都市部に潜伏した状態で自己開発モードを起動してると推測してますが、たぶん見つからないでしょう』

「先輩の考えは?」

『廃坑になった鉱脈跡や火山近辺で活動しているのではないかと思いますが』

「鉱脈は解るとして火山近辺ですか?」

『増殖に必要な鉱物資源やレアメタルを大量に確保し、尚且つ熱エネルギーに困らない場所。ピッタリ合致すると思いませんか?』

「火山性のガスだと腐食するんじゃ・・・」

『生憎と【SE】は地球環境下なら何処でも運用できるよう開発されました。熱エネルギーと運動エネルギーを相互に極小スターリングエンジン群で置換し、モーターや太陽電池で光、電気エネルギー、運動エネルギーと相互変換しつつ抽出する。これは最終的にはあらゆる環境下での対応を想定していた為です。雷雲の中、陽光の下、火山の付近、烈風の最中、如何なる場所でもエネルギーを取り出す事が出来る』

「でも、それを連中には教えてないわけですか?」

『さぁ? それはご想像にお任せしましょうか』

「これから移動します。次の定時連絡までは通信を途絶。引継ぎ役の到着まで監視を続行」

『了解しました。では、明日11:20時に引継ぎ役を向かわせます』

「ちなみにこの件の正式な監視役は誰になったか知ってますか?」

『【テラトーマ】が就くようですが』

僅かにメリッサがターポーリンの言葉に息を飲んだ。

「――――どういうつもりですか? ターポーリン先輩」

『どういうつもりとは?』

平然と返されて、メリッサが言い淀む。

「・・・何処の世界に戦略兵器へ偵察任務を行わせる馬鹿がいるんですか?」

『いえいえ、近頃デチューン処理を施されたらしく前に比べればスペック上殆ど無害です』

「先輩がそう言うなら・・・・・この件に関しては何も言いません」

『スポンサーも近頃は使いどころが無くて持て余し気味だったらしくて、返品したかったものをこちらで引き取ってリサイクル処理しただけの話です。問題無いでしょう』

「『第三世界の終末がこれで少し遠のいたと安堵してる』の間違いですよソレ」

『人間無駄に強い力を持つと後で気づくものです。こんなはずじゃなかったと』

「えぇ、そうかもしれません。それじゃあ、もう行きます」

『では次の提時連絡で』

メリッサが通話の切れた端末を手の中で砕いて捨てた。

「ヤバイよなぁ? アレがデチューンされたから大人しい威力なんて誰が信じられるかって・・・」

しばし、沈黙していたメリッサが脳裏で回線を開く。

『こちらメリッサ。サーバーへの接続許可申請』

電子音声がメリッサの声に応じた。

【はい。確認しました。認証番号20880211。サーバーへの接続許可申請通りました。閲覧情報、深度Bまでが開示されます。閲覧項目を選択してください】

メリッサが作り物の眼球を通して視界に複数の項目を確認する。

【第三世界からの人事異動引き揚げ者のリストを確認します。現時点で引き揚げ者無し。尚、貸出しされていた『戦略兵器テラトーマ』が準人員として該当ヒットしました】

『テラトーマに関するスペックの閲覧申請を』

【不許可。テラトーマのスペック閲覧には閲覧深度A以上の人員の同意が必要となります】

『・・・接続終了』

【接続を切断します】

メリッサは諦め気味に接続を切った。

「今更あの頃の亡霊に会う事になるなんて・・・・・・・・・」

メリッサはビルの屋上からそっと飛び降りた。

その瞳はもう遠く消えていくクーペに固定されていた。

 

長橋風御が目を覚ました時にはもう昼を過ぎていた。

ソファーに転がされて上に薄いタオルケットが掛けられている。

むっくりと起き上がった風御は寝癖が付きまくった頭を掻きながら直ぐ側の絨毯の上に移民四世少女セキが寝転がっているのを見つけた。

「おはよう」

「ん・・・おはようございます」

寝起きが良い方なのか。

セキが身を起こした。

「目が覚めましたか? 駄目人間」

「駄目人間?」

いきなり駄目人間呼ばわりされた風御が首を傾げる。

「あの人。泣いてました。もう帰るって・・・アナタによろしく言っておいて欲しいって」

「そう、悪い事したかな」

「悪い事したかなって!? 何で裸エプロン姿の同棲してる女性がいるのに家に家出少女連れ込もうとするのですか!? どういう神経ですかアナタ!!」

昼から少女の激高した声が無駄に広い部屋に響く。

「言ったはずだけど。趣味だって。彼女もその類と思ってくれて構わない」

「な?! アナタの為に料理まで用意してたのに!? 何て言い草!!」

風御が相手にせず冷蔵庫を漁って、テーブルの上にラップが掛けられている料理の横に大量のシリアルと牛乳を入れたボールを置いた。

凄い形相で憤慨するセキを横目にスプーンでシリアルと食べ始める風御はテーブル上の冷め切った料理に目を細めた。

「昨日、何かあの人と話した?」

「話しましたとも!! あたしはアナタに連れられてきただけで全然まったく関係ない他人だと強調しておきました。それから自己紹介したら、その人も移民三世だって言ってました。あたしの家族の事を親身に聞いてくれて、それからあたしに【この人優しい人だから後は頼む】とか勘違い全開の泣きそうな笑みで出ていって・・・この駄目人間!!」

セキの怒りも何処吹く風で風御がシリアルを平らげて一息吐いた。

「そっか。やっぱり僕じゃ彼女は救えない・・・か」

「何を他人事みたいに!?」

胸倉を掴まれて風御がセキの瞳を初めて見る。

その瞳の奥に敵愾心だけを認めて、風御がソファーに沈み込みながらセキの手を退けた。

「行っておくけど彼女を見つけたのは一ヶ月前だから」

「え・・・・・」

セキが固まる。

セキはOLと少し話しただけだったが、まるで長年付き合っているような話しぶりであった事は覚えていた。

「君は色んな意味で勘違いをしてる。とりあえずそれを幾つか正しておくけど」

風御が指を四つ立てた。

「一つ。彼女と僕は一ヶ月の付き合いだ。二つ。僕と彼女は体の関係こそあったけど付き合ってない。三つ。彼女は君と同じで「どうしようもなさ」が目についたから連れてきただけの人間で、それ以上の感情はない。四つ。僕と彼女が会ったのはこれで四回目だ」

「え? いや、でも、そんな風には・・・・は!? 誤魔化そうとしてもそうはいきません!! ど、どっちにしろアナタは四回しか会ってない人間に裸エプロンをさせる最低人間という事です!!」

「まぁ、それはいいとして。君には彼女がどう見えた?」

「よくないです!!」

「いいから。問題の本質は僕と彼女の関係じゃない。僕が聞きたいのは彼女の不自然さに気付かなかったかって事」

「ふ、不自然?」

少しだけ己の中で引っかかっていた事を指摘されて、セキの勢いが削げた。

「不自然て・・・あの人はあたしと同じ移民だって、それで今は会社でOLしてるって。着替えたらホントに日本人のOLみたいに綺麗で服だってちゃんとしてて―――」

「本人が言い出さなければ日本人のOLにしか見えなかった? ちなみに君が見ただろうものは彼女の自前だけど」

「あ・・・・・・」

風御がラップを取り、冷め切ったオムライスにスプーンを突っ込む。

「気付いた?」

「で、でも、あたしに嘘を付く理由なんて!」

「今の情勢でOLをやってる移民なんているわけがない。いや、どちらかというと日本人のOLにしか見えない移民なんているわけがない、の間違いかな」

オムライスを平らげながら風御が続ける。

「君も知ってる通り、今の日本は移民を下層労働階級で固定してる。派遣法の改正で非正規雇用では移民が『優遇』されてる」

「あれは差別でしょう!!」

風御が「確かに」と頷く。

「そして、基本的に何処のどんな小さな会社だろうと純日本人の下に移民を置く構図が出来上がってる。社会の風潮がそもそも移民外国人を正社員にしている会社を受け付けない。過去の外資や移民外国人労働者との軋轢から、今の日本の会社と社会構造は海外からの出稼ぎや転勤してきたような永住資格を持たない外国人なんかには偏見を抱かないが、永住資格を有した移民外国人労働者に関しては仕事上の『逆差別を理由にして』採用しないのが一般的だ」

「都合の良い事ばっかり言って連れてこられたってお爺ちゃん達は言ってました」

「そこは世の中の議論にでも預けておいて。僕に聞かれても正しい答えなんて返せないから」

「・・・・・・」

「それで本題だけど。日本のOLみたいに見える人間がわざわざ自分を移民と言う理由は無いし、逆に移民が自分をOLに見せかける理由もまた無い。本当に移民ならば綺麗な服より明日の家族の糧を得るのに必死だろう。日本人に見えるような整形をしても通り名が禁止され移民である事が仕事を探す上で隠せない以上、そんな金を使う理由にはならない。そんな金を使えるならそもそもOLになる必要も見い出せない。つまり、彼女はとても不自然な存在だった」

「アナタの言う「どうしようもない」って事ですか?」

「そう「どうしようもなく」不自然な日本人に見える移民がいて、デパートの屋上の遊戯施設のフェンスで黄昏(たそがれ)てる。だから、僕は彼女をとりあえず家に連れてきた。それ以降同じ場所に行くと同じように黄昏てるから仲良くなってみたわけ。彼女は少し人格的に壊れてたから、何とか直してあげられれば良かったんだけど・・・」

「こ――そんな言い方・・・」

「人間観察は得意な方って言わなかった? おにーちゃんと話が出来なくて寂しいとか。おにーちゃんになってくれるとか。色々言われて何度か深く聞いてみたら支離滅裂で曖昧な話を始めたりしてたから、精神科を薦めようかと思ってたんだけど」

風御が平らげたオムライスの皿をテーブルに置いた。

今まで話を聞いていたセキが風御を真剣な表情で見つめ、何を言うべきか内心から言葉を探した。

「どうして」

「何?」

「どうしてアナタはそんな顔で態度で・・・話が出来て・・・」

「僕も「どうしようもない」から」

「アナタも?」

「セキちゃん。君は今の話を聞いたから何か自分に出来る事があると思う?」

「それは・・・少しぐらい話を聞いてあげられるかもしれません」

「そう、君に出来るのは其処までだ。僕に出来る事もそう変わらない。君と僕の差は大人と子供。金の有無。付き合いの長さ。でも、どれをとっても彼女を本当に幸せに出来るような差じゃない」

「やってみなければ、やってみなければ分かりませんッ」

「いや、分かる。僕には限界がある。君にも。君に出来る事で解決するような問題なら僕にも解決できる。けれど、僕にも解決できないなら君にも出来ない」

「そんな事――」

「無い?」

瞳の奥を覗き込まれて、セキが拳を握った。

「・・・・・・【この人優しい人だから後は頼む】って彼女は言ってました」

「そう」

「あたしはアナタを正直好きになれません。でも、アナタが彼女にそう言われるような人だって事は分かります」

「君も言ってたように偽善だよ」

「それでもアナタはお人好しです」

「友人に集(たか)られるくらいだから」

風御の言葉にセキが立ち上がる。

「彼女を迎えに行きます」

「彼女はたぶん戻ってこないだろうし、きっとあそこにもいない。勘だけど」

セキが風御の持っていたスプーンをもぎ取ってテーブルを指した。

意味が分からず風御が首を傾げる。

テーブルの上には色とりどりの肉と野菜が数皿並んでいた。

「とってもよく出来てます。どれもこれもちゃんとした下拵(したごしら)えが無いと出来ません。手間も時間も掛けない手料理なんてありません。まだ日本人に一宿一飯の恩義を感じる感性があるなら、アナタは彼女を追わなければならないはずです」

「移民が語るようになったら日本はおしまいかもしれない」

セキが首を横に振って、思い切り風御の頬を張った。

「移民でも日本人でも! 男が女の手料理を食べたなら褒めるのは当たり前です!!」

風御が驚いたまま固まって、軽く溜息を吐いた。

「確かに礼くらい言わないと罰(ばち)が当たる手料理だ・・・」

「冷めても美味しいように作り直してたから当たり前です」

「へ?」

風御が思わずセキを見た。

「昨日の分はあたしが頂きました。それは彼女が改めて作り直して置いていったものです」

風御がテーブルの上の料理を見つめて、深く、深く溜息を吐いた。

「・・・・・・コレ食べたら少し出るけど君はどうする? セキちゃん」

「移民は金に汚い社会のクズだって言われます。けど、人に助けられて恩を返さない奴は人間のクズですから」

セキが風御に手を差し出す。

「昨日とは逆になったかな」

二人の手が握手で結ばれた。

(アナタの手があったかいと思ったから・・・彼女もあたしもきっとアナタに・・・)

十数分後、永橋家には誰もいなくなっていた。


 
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