「まあね。確かに『麻痺くらいなら私でも治せる』とは言ったけどさ。『出向いて治療する』と言った覚えはない」
パーティは迷宮から帰ると、永遠亭に連絡をつけて鈴仙・優曇華院・イナバを呼び出した。麻痺を治療できる呪文は僧侶のものなので、僧侶不在のこのパーティでは治療をする術が無い。
「こう見えて私も忙しいんだから。軽々しく呼び出さないで」
あからさまに機嫌を悪くしている鈴仙は、拠点にしている白玉楼にやってきた時からというもの、ずっとぶつくさと愚痴を垂れ流していた。普通の人間ならば、わざわざ来てもらって治療をしてもらうのだから、まずはもてなして少しでも機嫌を直してもらおうとするだろう。しかし、このパーティは幻想郷の猛者であり癖者ばかり。紅魔館メンバーも魔理沙も全く気にとめないどころか、むしろその機嫌の悪さを煽ろうとすらしていた。
「動けない奴らを2人も運び込むなんて面倒すぎる。話は上の方に通してあるんだから、何も問題はないな」
「きちんと割増料金も支払うって言っているのよ。お互いにとって有益な話じゃない」
「私たちは同料金でよければ兎に薬だけを持たせて頂いても結構です、と伝えています。言いたいことがあるのなら、貴方の出張を選んだ上の方々に直談判でもしてみては如何かと」
「まあ、気にしないことね。これも仕事と割り切れば、やりがいとかも出るんじゃない?私なら絶対にいやだけど」
魔理沙・レミリア・咲夜・パチュリーが好き勝手なことを言っている。だが、確かに言っていることは正しい。蓬莱山輝夜と八意永琳に話をもっていって、永遠亭として仕事を請け負っているのだ。パーティは霊夢と美鈴の麻痺が治ることを望んでいるのだから、その手法として『鈴仙の派遣』を選んだのは永遠亭である。上司命令で派遣された鈴仙が、仕事を依頼したパーティに愚痴を言う方が間違っている。鈴仙自身も重々承知しているのだが、最も恐れていて最も尊敬している師匠に物申すことなど不可能に近い。よって、その言えない気持ちをここで垂れ流しているだけの、いわば独り言のようなものなのだ。
「はぁぁ……こうしてはるばるやってきた私を少しくらいは気遣ってくれてもいいと思うんだけどなあ。貴方たちじゃあ望むだけ無駄か。じゃあさっさと片付るから、まずはお金からね。んっ」
ぬっと出された手に置かれたのは、治療薬を使った後の中身が無い容器だった。
「ガラクタじゃないのっ!こんなのはさっさと捨てなさいよ。ほら早く出しなさい。師匠からも絶対に先払いにしてもらうように念押しされてるんだから。ここは絶対に、絶対に譲らないわよ!」
目の赤みを少しだけ強めながら、手渡されてしまったガラクタをぽいっと投げ捨てる。
「いや、お前さ。ちょっと落ちつけよ。さっさと帰りたいのはわかってるし、私らもさっさと治して欲しいと思ってるんだ。だがな、金額がわからないんだから支払えるわけがないだろう」
「…………」
おお、とばかりにぽんと手を叩いて。ちょっと恐縮したような下っ端的な空気を醸し出し始めた。
「そ、そうだったわね。言ってなかった。えーっと、ちょっと待ってね。レベルが4と5だから……」
あははーと笑って誤魔化しながら、さくさくとレベルを調べて手持ちの金額票と照らし合わせている。
「うん、そうだね。麻痺はレベル×100GPだから、合計900GPもらえるかな?」
「えっ?!」
と言ったのは誰だっただろうか。ひょっとすると、パーティの全員だったのかもしれない。
ちなみにだが。先ほど苦戦していたゾンビと毒の緑スライム戦で得たGPは、30GPである。
レミリア・霊夢・美鈴・咲夜・魔理沙・パチュリーの順で隊列を組んで挑んだ迷宮。一階での数戦は楽勝だった。桃色のスライムや太った戦士、犬か狼のような戦士や骸骨の戦士も、みんなみんな。あまりにあっさり倒せたので、このまま一気に終わらせちゃうかと笑い合っていた。入口からそう遠くないところに下への階段があったので、降りた一戦目があのゾンビと毒の緑スライムだった。
浅い階層の敵情報は、事前に少しだけ得ていた。先に降りた者たちから得た情報、とのことだった。対策を取っていても、2人麻痺で1人離脱という状態を招いてしまったのだから、情報がなければ果たして生還できたかどうか。
そんな危険を冒してきた迷宮探索であったが、今回の探索で得た収入は合計で130GPだ。宝箱から出てきたアイテムも少々はあるが、これらは専門家に鑑定してもらわねば危なくて売りに出せない。最も売れたとしても、900GPどころか4レベルの霊夢一人分である400GPすら賄えないだろう。900GPとは、彼女達にとってみればあまりに暴力的な価格設定なのである。
「――――というわけだ。だからお前の言ったその値段はおかしい」
「いや、おかしいって言われてもね。じゃあ、うーん……本当は見せちゃダメなんだけどなあ、もう。この私が見てる金額表を見てもいいわ。これは師匠から預ったものだから、私としてはこれに従ってやるしかないの。文句があるなら、直接師匠に言ってもらうしかない」
表にはこう書いてあった。
『麻痺:100GP×レベル 石化:200GP×レベル……』
「4・500GPだけでも用意できるのなら、一人だけに呪文をかけて治癒させるわ。 でも、持っていないなら、私はこのまま帰らないといけない」
「お前、私らを見捨てるってのかよっ!」
顔を真っ赤にした魔理沙が大きな声をあげた瞬間、とてもとても冷静な声が冷や水を浴びせる。
「魔理沙、やめなさい。使いの者に当たり散らすのは愚か者のやること。何かを言いたいのなら、指示した者に直接言いなさい。私はすぐに迷宮へ向かうけれどね」
「そうは言ってもだな、霊夢と美鈴がいないんじゃあ私が前衛に入ることになるんだ。レミリアと咲夜はいいだろうが、私は魔法使いだぞ。攻撃数発で簡単に落ちる。4人体制じゃあの迷宮を戦えないだろう」
「探索をしなければいいのよ。1階ならあんなに余裕だったのだから、4人でも多少は何とかなる。魔理沙と私が魔法を惜しみなく使えば、殲滅は格段に早くなるわ。魔法が切れたら休みに帰って、魔力が満ちたらまた迷宮へ。これを繰り返せば900GP程度なら容易く稼げる」
「そんな悠長なことをしている場合かよ」
「場合ね。むしろ、そうすべき状況よ」
紅魔館の参謀的位置付けであるパチュリー・ノーレッジは、自らの出番を熟知している。よって迷宮探索は不向きだと自覚していることから、探索時にはあまり口を挟まないようにしているのだ。しかし、パーティ内がトラブルの対応で意見が割れたこの時、まさに雄弁であるべき時だと判断した。
「この二人は麻痺なのだから死にはしない。ほおっておいたって、ちょっとそこらの奴に世話をお願いすれば済むだけの話よ。だからこそ、あの特攻型のレミィが『1階で稼ごう』と言っているの。2人を回復させないと、奥へなんて行けやしないんだから」
「でも、だからってさ……とりあえず回復させてもらって、後払いにすればいいじゃないか。絶対に払う。なんなら倍にしたっていい」
「と言うには、貴方。信用が無いんじゃないかしら?『死ぬまで借りるだけだ』とか言ってきたツケでもあるのよ。紅魔館は言ったことを守ってきたけれど、貴方の言うことはいつも破天荒だから。パーティに1人でも信用できない人が混じったら、そのパーティはその人に合わせた対応をされてしまうものなのよ」
「私の、せいだってのか」
「もちろん、それだけじゃないわ。理由としては軽すぎるもの。要するに、永遠亭はこの迷宮探索において、”そういう立ち位置だ”ってことよ。恐らくどんな状態になっても、完全に攻略不可能な展開に陥っても、お金無しでは話を進めてくれないと思う」
魔理沙は布団で横になっている霊夢の頬をそっと撫でた。当然、麻痺状態では反応が無かったのだけれど、なんとなく『お茶でも用意したら起き上がってくるんじゃないか』という妄想にかられた。
「ひどいな。そんな奴らだとは思わなかったんだが」
「それが”役目”ってことなのよ。私たちはもう、それに従うしかない。普通のお金も宝石も金塊もダメで、GP限定ってところからもわかるでしょう?」
ちっ、と一つ舌打ちを入れて。「あーあ」と言いながら、魔理沙はごろんと横になった。
「私は休むぞ。そして、起きたらすぐにあのくそったれな迷宮へ行く。パチュリーに前衛は無理だから私がやる。それでいいんだろ?ああ、なんだってやってやるさ!」
「悪いけどお願いするわ。私も少ない体力を回復しておくから魔法の方は任せて。なるべく負担が少なくなるように、頑張ってみる」
と、言ったパチュリーの顔には、言葉とは裏腹に自信の欠片も見当たらなかった。
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迷宮外(冥界・白玉楼):食い違う常識と現実に直面した少女たち