――――ガキンッ
鋭く振り下ろされた剣は、粘性の体を切り裂いて石の床を打ちつける。
「次っ!」
素早く剣を構え直して、身を守っている後衛に指示出しを求める。”毒を持つ緑色のスライムを先に倒す”という戦略を取っているので、目につくゾンビには構ってはいられないのだ。なぜなら、もしも撃ち漏らしがあってパーティの誰かが毒を食らってしまったら……現在の位置とパーティの構成とアイテムの状況を考慮して、その者の命が失われる可能性が極めて高い。
「ゾンビを頼む!スライムはもういない」
「了解!」
2匹のスライムを屠り、4体のゾンビに特攻していく。一人では無茶もいいところだが、残念ながら今はレミリアに頼るしかない。
扉を開けた瞬間に先制攻撃を受けたパーティは、ゾンビの麻痺攻撃によって戦力を著しく低下させられていた。
君主の霊夢と戦士の美鈴が動けなくなって、戦闘の範囲内に倒れたままになっている。そして魔法使いのパチュリーは、先の戦いで体力を失ったので戦線から離脱させている。まともに攻撃ができるのはレミリアの攻撃と魔理沙の魔法だけ。咲夜の持つ短刀の攻撃力では、通常攻撃をしても効果的なダメージを与えられはしない。
「火球!」
魔理沙の放った火の玉がゾンビめがけて飛んでいく。首尾よく一体を火に包んだ。倒し切れはしなかったようだが、かなりのダメージを与えたことは誰の目にも明らかだった。
「あれなら咲夜でもいける。やってくれ!」
と言う声は、遅い。身を隠して動いていた咲夜が、言い終わる前には無力化していた。
「これで倒せているのだから、不思議なものね」
ゾンビは肉片が散ろうが骨が吹っ飛ぼうが変わらずに動いてくるので、倒せているのかどうかの判別し難い。しかしゆっくりと動き続ける習性があるようなので、パーティは崩れ落ちて動かなくなれば大丈夫だと判断している。
気付けば、レミリアは他の3体と渡り合ってその2体までを倒し切っていた。
「あははははははははっ!」
ゾンビのゆっくりとした攻撃をかわして、その剣でぐちゃぐちゃな体を切り刻む。当たっているように見えても攻撃が通っていないこともあるので、動かなくなるまで攻撃し続ける必要があるのだ。
「レミリアが麻痺ったら、私らもやばいな」
「お嬢様が、あの程度の輩に負けるとでも?誇り高き吸血鬼を見くびらないで頂きたいものです」
「っつってもなあ……ここじゃあ意味がないだろ。そういうの」
持っている杖で石の床を叩くと、コンという固い音がする。きっと周りを囲む石の壁も、石の天井も、同じような音がするのだろう。
「物の本質の話をしています。確かに、ここでは既定の種族や職業に括られてしまうようですが、それでもお嬢様は私たちとは比べものにならないほど圧倒的な力を誇っています。そう簡単に、本質を縛ることはできません」
「そうかもしれないけどなあ…………」
最後の1体もレミリアに任せて、魔理沙と咲夜がその戦いを見守っている。
「それをいうなら、私らが剣と魔法で戦うってのは、どうも本質から外れている気がするんだ」
「同感です。しかし――――」
咲夜が右手でここから先に続いている石の道を指し示す。そして左手でもう一方の石の道を指し示す。まるで外国人が『やれやれ』という態度を示しているかのような仕草をしながら、少し困ったような微妙過ぎる表情を浮かべて言う。
「ここは幻想郷とは言えない場所ですから、それもやむを得ないかと」
「わかっちゃあいるんだがなあ……」
魔理沙はぽりぽりと頭をかきながら、圧迫感のある天井と、暗くて先の見えない道の奥へと目をやった。この先も続くであろう迷宮と、出会うであろう敵の数々を思うと気が重くなってしまう。
「どこまで続いてるっていうんだよ。それに、どこまで行きゃいいのかもわかったもんじゃない」
「この異変は、あまりお気に召していないようですね。私としては、お嬢様がとても楽しそうなのでありがたい限りなのですが」
「そりゃ吸血鬼だからな。人はこんな暗くて狭いところじゃ、気も滅入るってもんだろう」
「私は平気ですよ」
「お前は化物と暮らすおかしな奴だからな。私みたいな常識人には辛いんだ」
「魔理沙が常識人なら、こんなとこにいやしない。さっさと逃げ出してるだろうよ」
声のした方を見れば、レミリアがピッと剣を振ってへばりついた粘液を飛ばしている。
「終わったのか。お疲れさん」
「お疲れ様です、お嬢様。剣を」
「お願いするわ。ああ、あと宝箱は任せる」
「はい」
荷物袋から汚れた布を取りだすと、丁寧に剣をぬぐっていく。その後で咲夜専用となっている『剣のお手入れセット』で、きちんとメンテナンスをするのだ。血や粘液や得体の知れない体液などは、付着したままにしておくと切れが悪くなりすぐに劣化してしまう。剣を使うものはみんな手入れくらいは出来るのだが、やはり最も上手い人がやるに越したことは無い。最も、咲夜はレミリアの物と自分の物しか興味は無いのだが。
「さあて、お楽しみの宝箱だ。今度こそまともなものが入っているといいんだが」
と言いながら、魔理沙が敵の落とした宝箱に近付いていく。当たり前の話だが、宝箱の罠調査と罠解除は盗賊の仕事である。下手な者が触れると、それだけで罠は発動してしまう。素早くて手先が器用な盗賊だからこそ、宝箱の罠を高確率で解除して中の宝を手にすることができるのだ。よって魔理沙の歩みは止められてしまうことになる。
「魔理沙、もうすぐ手入れが終わるから待っていなさい。いくら器用と言っても、貴方は魔法使いなのでしょう?私に任せて大人しくしていて」
「ああ、わかってるって。見るだけだよ。触りはしないしこれ以上は近寄らない」
言った通り近寄りはしないが、半径一メートルくらいのところでぐるぐると宝箱の周りを回り始める。時に立ったり座ったりしながら、じっくり舐めるような目つきで宝箱を見ている。
「貴方、本当に宝箱が好きなのねえ。そんなに好きなら、魔法使いじゃなくて盗賊を名乗っていればよかったじゃない。そうすれば咲夜だって私のサポートをする戦士になって、前衛が充実していたのに」
あはははは、と魔理沙は振り向きもせずに笑う。
「私はどこに行こうと何をしようと、いつだって魔法使いなんだ。それだけは変わらないし、変えちゃいけない。何があろうと誰に迷惑をかけようと、私は絶対に魔法使いであることをやめたりはしないぜ」
火の弾も飛ばせるしな、と言ってまた笑う。
「はいはい。だったら後は盗賊に任せて下がっていなさい。毒ガスに巻き込まれて全滅しても知らないわよ」
「おおっと、怖い怖い」
ぴょんっと飛びはねながらレミリアの後ろまで下がる。
「毒ガスや麻痺の呪いなら開けなくていいわね。どうせ碌な物は入っていないんだから」
「それはもったいない」
「そうは言っても、咲夜だって盗賊の適性が高いわけじゃないのよ。あれは本来、素早い天狗とか器用な河童とかがやればいい職業。人間の出る幕じゃないってのは貴方も知っているはずよ」
「でもな……」
レミリアと魔理沙が宝箱の対処について話し合っていると、調査をしていた咲夜が顔を上げた。
「これは、毒針です。やや危険ですが、罠自体は単純のようなので開けてみようと思います」
「頼むわよ。毒を食らったら、間違いなく永遠亭に押し込むことになるんだから」
「お任せ下さい。罠の構造は見抜きましたから」
主従の顔には、お互いへの信頼が見て取れる。それを茶化すように口を挟むのが、魔理沙の悪い癖だった。
「自信満々な時に限って読みを外したりするんだよな」
咲夜は当然のように無視をして、慎重に罠を外しにかかる。
そして、数十秒後。額にたんこぶを作って帰ってくると、笑い転げている魔理沙に仕掛けてあった石ころを投げつけた。
レミリアは深いため息を吐いて周囲を見回した。そして敵がいないことや霊夢や美鈴の無事などを確認ながら、『霊夢は私がおぶって帰ろう』と思った。
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