【幻想の終】
レミリアの去った部屋に、月明かりが差し込んでいた。
生きているにしては白すぎる霊夢の顔は、もはや血の気というものが存在していなかった。
紫がそっと顔を撫でてみれば、低目ではあるが体温が感じられる。
「…………あーあ」
ふてくされた少女のような声で、紫は不満を乗せた声を吐き出していた。
そして添い寝をするようにパタンと倒れると、もぞもぞと布団の中にもぐりこんでいった。
「失敗、しちゃった」
すべては終わったのだと、決定してしまったのだと。
何をやっても何をやらなくても、何を変えても何を変えなくても。
話しても考えても叫んでも、何もかも何もかも。
決して、避けられないことを悟った。
「ごめんね。霊夢」
紫は、布団にくるまりながら、霊夢の胸の温かさを感じていた。
そして考えるまでもなく、これから起こることを、起こっていることが頭の中を通り過ぎる。
紅魔館は、パチュリー・ノーレッジが館ごと移動する魔法の手筈を整えていることだろう。
白玉楼は、地獄と共に担当替えでどこかへと行ってしまうだろう。
永遠亭は、また姿を隠して細々と生きる道を選ぶのだろう。
山の神社は、あの2柱の指示ですでに幻想郷を離れているだろう。
地底は、そのうちまた入口を閉じるだろう。
新しくできた寺も、他の勢力も、またどこかへ行けばいいだけだ。
みんなみんな、去っていくだけだ。
私だけが、取り残されて。
私だけが、死に目に立ち会うことになる。
幻想郷の終わりを見るのは、いつも私か霊夢だけなのだ。
八雲紫と、これから旅立つ博麗霊夢だけが知っている。
この幻想郷の崩壊は、神が幻想郷を捨てたからなのだと知っている。
神が見捨てたなら博麗霊夢に、神の式が壊れたなら八雲紫に。
幻想郷の終わりは、必ずそのどちらかで決まる。
壊れれば、戻らない。
幻想は、儚く消え去るだけ。
神の脳内から、式の記憶から、削除されればただ終わるだけ。
この先などありえない。
博麗霊夢の命と共に、すべてが消去されていく。
働き過ぎたが故の眠気なのか、それともすでに削除が始まっているのか。
薄れ行く意識の中で、八雲紫は思う。
『これはたった一つだけ、一つの幻想郷の終わり。
神の数だけ、幻想郷は存在する。
悲しむことはない。
ただ役割を終えただけなのだから。
きっとどこかの神の式で、私も霊夢も励んでいるのだろう。
嘆くことはない。
この幻想郷を忘れた神も、いつかの時は楽しんでくれていたのだろうから』
消え行く幻想郷の中で、紫が一粒涙を零す。
畳に落ちるその前に、全てが記憶の底へと消える。
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どこかの、誰かの、幻想郷