5
十年前、七月四日。
時刻は午後四時過ぎ。
「さてーと、参りましたよっと」
葵はハムコーこと、羽室坂高等学校にやってきていた。
羽室坂高校はどこにでもあるような、まるで高等学校のステレオタイプといった佇まいだった。
しかしながら、大多数の高校と少し違うところは……。
「いやまぁ、こりゃ本当にスゴいところですよ、局長」
下校時間になり、家路を急ぐ生徒たちが皆、いわゆる優等生とは間逆な人間たちばかりなのである。
『むかしから「誰でも入れる学校」として有名だったからな』
「局長にも見せたげたかったですね。どこを向いても悪そーなコばっかりですよ」
『見たいとも思わんよ』
「そりゃそーですねぇ」
局長はインカムで連絡してもらってるだけなので、映像なんぞはまったく届いていないのである。なので、井原葵による実況生中継で自分の中に映像を思い浮かべるしかないのだ。
「で、部外者って入っちゃっていいもんなんですかね?」
校門のまん前でデンと構えて、葵は首をかしげた。
生徒たちは男子も女子も、突然現れた長身の女をジロジロ見ながら、怪訝そうな顔で去っていく。中にはあからさまに眉を吊り上げ、「文句あるのか?」と難癖つけてきているような顔の生徒も居たが、葵はそんなこと別に動じないので、彼らも結局ただただ通り過ぎていっていた。
『要件をすぐに済ませれば、問題ないだろう。悪そうな生徒に声をかけてみろ。兵藤も中川も不良だ、それですぐにわかるはずだ』
「全部悪そうですけど」
『…特に悪そうなやつだ』
「了解しましたー」
ハンチングにサングラスの場違いな女が一人、高校敷地内へとテクテク歩いていく。
葵はキョロキョロと視線をめぐらせ、「特に悪そうなやつ」を探した。
と、どこからどう見ても不良だといった感じの、タバコを吹かしたスキンヘッドの男子生徒を葵は見つけた。
こいつは悪そうだ。
特に悪そうだ。
プロレス技もたくさん知ってそうだ。
ちなみに不良生徒は人にプロレス技をかけたがるもんだというのが、葵の自論である。
「ちょっとあんた」
何の躊躇も無く、スタスタとスキンヘッドに近寄り、葵は声をかけた。
「ああ!?」
顔中の筋肉をこれでもかと動かし、スキンヘッドは葵を威嚇しにかかる。
が、葵はそんなことじゃ全く動じない。
逆に「不良だなんだといっておいて、結局おしまいまで授業に出てんだから半端よね」と、見下ろしちゃったりしてるのであった。
「ヒョードーコースケってのと、ナカガワジュンイチっての、どこに居るか知らない?」
『もっと聞き方に気をつけるとか無いのか、君は……』
浦沢はあきれ果てていた。
人に物を聞くときは、礼節を重んじるものだという常識は葵にはない。目の前の(多分)不良生徒にもそんな常識はありそうにないので、全く問題ないかもしれないが。
「兵藤?知るかよ、どうせ体育館裏だろ」
知るかと言っておきながら、スキンヘッドはきっちり答えて去っていく。
いきなり見知らぬ女から上目線の言葉を投げかけられてしっかり答えるあたり、彼は実はいいやつなのかもしれない。
「あらまぁ…」
『どうした?』
「体育館裏らしいですよ?絶滅危惧種の不良じゃないですかね?」
不良は体育館裏でタバコ吸って教師の悪口を言う。
いつの時代からの不良像かは定かじゃないが、新世紀の今となっちゃ、めったに見ないタイプなのは間違いない。
「あんたらねぇ、ホント、いつの時代の不良よ。十年前でも居ないわ、こんなの……」
体育館裏にやってきて、葵は開口一番そう言った。
葵にとって「今」は十年前なので、十年前には居ることになるのだが、彼女にはそんなこと関係ない。
葵の目線をたどれば、タバコの吸殻を中心に車座にいわゆる「うんこ座り」をした三人の不良生徒が。
兵藤に中川、あとその他一名。
過去に跳ぶ前に写真で見ていたので、葵には兵藤も中川もすぐにわかった。
『結城のことを聞くんだ。無事で居るところを見ると、まだ来ていないようだがな』
「あいさー」
小声で返事をする葵。
と、
「なんだお前。なんか用かよ?」
大仰に煙を吐きながら、兵藤が立ち上がった。
身長百八十㎝を突破しているだろう兵藤は、女性にしては長身である葵を十㎝ほども上回っていて、威圧的だ。
「ヒョードーコースケ、ナカガワジュンイチ」
名前を呼び、二人を指差す葵。
「ああ?」
「お前なんだよ」
中川と、その他一名も立ち上がった。中川も兵藤と同じくらいに背が高い。もう一人は葵と同じくらいだ。
葵は三人の不良に囲まれることになる。
「あたしは何でもいいの。結城重幸君、来てないかしら?ほら、三年前あんたたちがイジメたコだけどさ」
『だから君は、もっと口の利き方をな…』
何かあったらと葵の身を案じた浦沢の言葉を、だけど彼女本人は聞く気は全くない。
「とんでもないことになる前に、チャッチャと言ったほうがいいよ?」
三人は顔を見合わせ、なにやら考えている。
たった三年前のことだ。兵藤も中川も、忘れるような遠いことではない。
「チビスケのことじゃねぇの?ほら、ヒョーちゃんたちがよく遊んでやってた」
意外なことに、最初に結城のことを口にしたのは「その他一名」だった。どうやら彼も同じ中学の、それも結城のことを知っていることから、一年生時同じクラスだったようだ。
おそらくはいじめを目の当たりにし、兵藤たちの軍門に下った人間なのだろう。
それが断言できるのは、彼が結城のことをいの一番に思い出したからだ。
いじめられる側はいつでも必死だから忘れることはないが、いじめる側は常に遊びであり、その他多くの煩雑な事柄に紛れ込んでしまうものなのである。
すこしだけ、葵はその他一名を睨みつけた。
いじめをいじめとして知っておきながら、被害が及ぶあまり逃げ出し、そしていじめを遊びと言い変えて強者の顔色を窺う。葵みたいな直線的な人間にとって、忌むべき人間だ。
もっとも自身の身の安全を確保することが長く生きるための賢い選択であり、間違っているとは葵も思わないが。
ただ「気に入らない」とは思うが。
「あーあれか。チビスケとはもう遊んでやってねぇぜ」
「あいつよぉ、俺たちがせっかく遊んでやったってのに、なんだかしらねぇけど学校来なくなってよ。俺たちがいじめたんじゃねぇかって言われたんだぜ?ひでぇよな?」
中川が言って、兵藤が続いた。
「そうだよね、アレは酷いよ」
呼びかけられた形になり、もう一人が追従した。彼はこうやって小さい逃げ道をいくつも用意して生きてきたのだろう。
「で、アイツが何?ずっとあってねぇけど、それがなんなの?オ・バ・サ・ン」
中川がヤニ臭い顔を近づけて笑った。
葵は額に一筋、血管が浮き出るのをなんとなく感じた。つまりムカっときた。
オバサン?
言うに事欠いてオバサン?
それもわざわざ一文字一文字区切って、言い聞かせるようにオ・バ・サ・ン?
不良ってのは、勉強に脳みそ使っていない代わりに、人をムカつかせることにはアイディアがフル回転すんのだろうか?
ババアって言われるなら、多分ここまで葵はムカつかない。
だって、不良は誰に対してもババアというものなのである。お母さんにも、お姉さんにも、女性教諭にも。
だけど、オバサンとは誰もが使う言葉で、しかも年齢を感じさせる言葉だ。
若い女性には決して使わない言葉なのである。
『まだ来ていないか。葵君、校門前にバーガーショップがあったろう?そこに入ろう。そこなら人の出入りがよく見えるだろう』
浦沢は次の指示を出したが、能面のような笑顔に額に血管を浮き立たせた葵には、そんなことは届いていなかった。
『聞いてるか?バーガー屋なら結城が来てもすぐに…』
「局長」
『ん?なんだ?』
「例えば今目の前に居る三人に、記録にない怪我が出来たとして、『現在』に影響って出ますかね?」
『あんまり大怪我だとわからんが、おそらく影響はないだろう』
「そうですか……」
葵は笑顔を張り付かせたまま、眼前の三人を見回した。
「よかったね、あんたたち。大怪我はしないで済みそうよ?」
葵はグリっと、握りこぶしを固めた。
『……待つんだ葵君』
浦沢の制止も、遠く十年の時間を隔てては効き目はない。
『君!落ち着くんだ!葵君!』
シェイプアップにボクシングを選択し、日々鍛錬を怠らない葵の凶器に準ずる拳が彼らを襲ったのは……もはや言うまでもない。
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