彼、ユーノ・スクライアは考える。
なんでこんなことになったんだろうか?と…彼は発掘で生計を立てるスクライア一族の出だ。
両親はいないが、自分を育ててくれたスクライアと名乗る者達全てが家族だと思っている。
そんな彼が、最近遺跡から発掘したものこそジュエルシードだった。
青く輝く美しい宝石の姿をしたそれは、今は滅んでしまった魔法文明の産物、所謂ロストロギアと呼ばれる代物、手にしたものに幸運を呼び、望みをかなえる力があると言われているが、その代償に持ち主から様々な物を奪い、場合によっては次元震さえ引き起こすと言う危険な物だった。
それを管理封印するため、時空を渡る輸送船で移動させていた所、船が謎の事故を起こしてジュエルシードが封印を開放された状態で放出されてしまった。
落ちたのは第97管理外世界と呼ばれる、異世界の存在すら認知されていない世界。
本来ならば地の底で永遠に眠っているべき危険物を、再び日の当たる場所に出してしまった負い目と責任感から、発掘者として船に同乗していたユーノは単独でジュエルシードの探索に向かった。
問題の世界に魔法はない。
魔法の存在を知らない世界の人間がジュエルシードの引き起こす災害に対して適切な対応など不可能だと思ったから…なのだが、ユーノの当初の予想は悉く裏切られることになる。
まずいきなり死にかけた。
一個も封印できずにである。
このままでは死ねないと、ジュエルシードを放っては置けないという思いから、念話で助けを求めたら、幸いにも魔力を持っている少女が駆けつけてくれた…そこから、またユーノの予想と言うかそんなもの初めからあったのか?とも思うが、とにかく何もかもが予想外だった。
呼びかけにこたえてくれた少女は、邪魔だからと自分を全力投球するほどバイタリティーにあふれた人物だったのが最初の誤算で、それは次々に連鎖する。
何より一緒にいる杖…初めは自分達の使うインテリジェントデバイスと同じものかと思っていたが、後で聞くとなんでも魔術と言う魔法とは違う技術の産物らしい。
魔法がない世界と思っていたが、独自の技術体系と理論が存在したということには素直に驚いた。
何でも、魔術の使い手たちは皆|引きこもり(ニート)で、|社会不適合者(テロリスト)的な連中が 多いから表に出てこないらしい。
それが今まで知られなかった原因だろうか?
そして杖の正体は本人曰く、彼らが作った礼装と呼ばれるマジックアイテム、中でも最高傑作に数えられるものの一つらしいのだが…これに関しては悪いがうそ臭いと思う。
思わざるを得ない。
そもそも、製作者は何であんな性格の人格をインストールしたのかと言うところから疑問だ。
…ともあれ、紆余曲折あったが…何とか一個目のジュエルシードを封印することに成功し、そして現在……部族の皆、育ててもらったのに罪を問われるような僕でごめんなさいな状況になっていた。
ユーノは全然真逆の空気に挟まれて正座した状態で…今まさに裁かれようとしている。
「か、かわいいわ~」
「まさかリアルでいるなんて感激!!」
桃子と美由希は深夜に叩き起こされたと言うのに眠そうな気配はない。
むしろ正座しているフェレットの姿に、うっとりしている。
しゃべる小動物など、耳の大きなネズミさんの世界にしか存在しないと思っていたので感動しているようだ。
「「……」」
士郎と恭也は、深夜にいきなり叩き起こされたというのに、こっちも眠気など微塵も感じられない。
と言うか言葉をしゃべるとはいえ、|小動物(フェレット)に殺気のこもった視線を向けて来るというのは大人気なさ過ぎだ。
ユーノは…生きて帰れるのか?
「ユーノと言ったな?お前のせいでなのはが危ない目にあったのか?」
口火を切ったのは恭也だった。
感情の感じられない、とっても平坦な声で聞いてくる。
「は、はい…申し訳」
「死刑だな」
「それ裁判じゃない!!」
思わずユーノは言い返していた。
確かに、なのはを巻き込んだことは言い訳のしようもないし、悪いとは思うが罪を認めた時点で弁護なんていらんとばかりに死刑が確定する物を裁判とは言わないだろう。
ごくごく自然に小太刀を抜きにかかる恭也にユーノがおびえ、本能的に桃子と美由希に助けを求めてしまったのは仕方がない。
女性に助けを求めるのはどうかと思うなかれ、この場にいる男は全てユーノに対して殺気を向けている。
残りは(女性×3)+|杖(ルビー)…っというかルビーに期待するのは自爆行為だから助けてくれそうな人間=女性の公式が成立する。
ユーノは本能的に母性を感じる桃子に向けて飛ぼうとして…。
「…え?」
いきなり目の前に現れた鏡に急停止する。
妙に細長い鏡だ。
しかも形が刀?
「って本物の刃物!?」
「何処に行くつもりだったんだいユーノ君?そっちには妻と娘しかいないよ?Hahaha」
振り返ってみれば、ジョジョ立ちでゴゴゴと威圧している鬼が二人。
アメリカ人のような笑いをしても騙されはしない。
目がマジだ。
「お兄ちゃん、お父さん待ってなの!なのはは大丈夫だよ!!」
「…命拾いしたな?」
言いつつ小太刀を納める恭也だが、その目は未だにユーノの命を狙っているのがはっきりとわかる。
視線で金縛りになっているユーノはがたがた震えることしか出来なかった。
「しかし、ジュエルシードか…」
恭也とは対照的に、大人の余裕を見せているのが士郎だ。
流石は一家の大黒柱…さっきノーモーションで小太刀投げつけたけど。
「恭也、ユーノ君を責めるのはかわいそうよ?こんなにかわいいのに」
実際問題として、ユーノがこの件に関して何らかの罪に問われるかといえば…それはない。
船が事故を起こしたことは船長の責任だろう。
誰かの意図があったとしたら、それは実行した当人の責任のはずだ。
「う…母さん、しかし…なのはが危険なことに巻き込まれているんだ」
ユーノが罪に問われるとすれば、|一般人(なのは)を巻き込んでしまったという事…そして、その一点だけが恭也は許せない。
何故ならばシスコンだから!!
「ごめんなさい!!」
いきなりの謝罪に、全員の視線が集まった。
ユーノがテーブルに頭をこすり付けている。
「なのはちゃんは必ず守ります。だからもう少し、僕の魔力が回復するまで!そうすればもうご迷惑はおかけしません!!」
「返り討ちにされた分際で勝手なことを…「恭也」…親父?」
気が付けば、士郎が神妙な顔をしている。
ユーノから視線をはずし、なのはを見た。
「なのははどうしたい?」
「わ、私ユーノ君のお手伝いがしたい」
「なのは!」
恭也が声を荒げるが、士郎はなのはを、なのはは士郎を見たままだ。
二人の様子に、自分はお呼びでないと感じた恭也が押し黙る。
「私の魔術で人を助けられるかもしれないの、お願いお父さん」
なのはは本気だった。
こうなるとなのはは頑固だし、魔術で誰かを助けることはずっとなのはの目標だった。
その機会が訪れたならば、この妹は引き下がらないだろうと、恭也と美由希が|士郎(ちち)を見る。
士郎はなのはの決意を聞いて、少し考えた後でまた別の方向を見た。
「ルビーちゃんはどう思う?」
次に士郎が意見を求めたのはルビーだ。
『私ですかぁ~?』
「私達は皆魔力とかそういうことに関して素人だ。専門家の意見が聞きたい。それになのはが関わることになれば、ルビーちゃんに頼らざるを得ない」
正論だ。
なのはが関わろうとしていることに対して、ルビーの存在は欠かせない。
問題はルビーを信用して良いかどうかということだが…いつもは色々問題行動が多いが、本当に大事なことはわきまえている…はずだ。
『そうですねぇ~まず何もしないという選択肢はないんですよ。残念ですけどぉ~』
恭也が睨んで来るがルビーは気にせず、ガン無視して一つ一つ紐解くようにして説明を始める。
まずはあの毛むくじゃら…あっさり倒しはしたが、それはルビーとなのはが対応したからだ。
放置しておけば一般人にも被害が出ていただろう。
最悪死人が出ていた可能性も否定できない。
そんな物が後20個もこの町には散らばって在るのだ。
『止められる力を持っていると知っていて何もせず、放って置いて被害が出たら寝覚めが悪くてしょうがないでしょう?なのはちゃんのトラウマになっちゃいますよ?』
「う…しかしなのはが無茶をすることは…」
『この件に関して、この世界になのはちゃん以上の適任がいるとも思えません』
魔術も魔法も超常の力の発露だ。
魔術師も魔導士もいないこの世界では、対抗できる能力を持っている人間はほんの一握りだろう。
あるいはなのはだけかもしれない。
そんななのはのいる町に、ジュエルシードが降り注いだのはまさに奇跡的な幸運なのだ。
『それにルビーちゃんじゃ封印は出来ませんから、レイジングハートも必要ですし』
『Thank you』
魔法と魔術はその根本からして違う。
ルビーではあの熊モドキのような奴を倒すことは出来てもジュエルシードを封印できない。
破壊する事なら出来なくもないかもしれないが、ユーノの話を聞く限り、壊すととんでもない事が起きそうなのだ。
つまり、安全に封印するためにはレイジングハートが必須と言う事になる。
『結果論ですけどユーノ君のおかげで被害を最小限に納められそうです』
予想の斜め上を行く逆転無罪、ユーノがルビーの背後に後光を見ている。
だまされるな、それは孔明の罠だ!!
『…ってなんですか?皆、目玉焼きのような目でルビーちゃんを見て』
全員の目が丸くなっている。
解りやすい驚き方だ。
「ルビーちゃんが頭良く見える」
「何時の間にインテル入れたの?」
「いや、そこはインテルじゃなくてインテリジェントデバイスですって…」
『フフフ、ルビーちゃんは最高クラスの礼装なんですよ~このくらい朝飯前です』
「何でそれがいつもは出ないんだ?」
『そっちの方が楽しいからです』
…ルビーと話していると時々頭痛を感じるのは何でだろうか?と全員が思った。
しかも、ウイットに富んだ愉快型魔術礼装ジョークと思うなかれ、全部本気だ。
「とにかく、そういうことならなのはにがんばってもらうしかないだろう」
「なのはがんばるの!!」
「でも無理だけはしないでくれよ?ルビーちゃんもなのはを頼む。俺達に手伝えることがあれば手伝うから」
『喜んで~』
恭也はまだ納得していないが、それでも仕方がないと理解はしてくれたようだ。
「皆さん、ありがとうございます!!」
テーブルの上のユーノが深深と頭を下げた。
『でも調子に乗っちゃ駄目ですよ~』
「え?」
ユーノが顔を上げれば、いつの間にかルビーがジョジョ立ちもしていない…出来ないくせに目の前でゴゴゴしていた。
『なのはちゃんは簡単にはあげませんからね?』
「はにゃ?」
名前が出たなのはが首をかしげる。
どうやら意味が解っていなさそうだ。
それもまあ当然で、言葉を話せようがフェレットなど恋愛対象のランク外だろう。
「あらあら、ルビーちゃん?それは|士郎(おとう)さんの立ち位置よ」
「も、桃子?俺は子供の恋愛を邪魔するような物分りの悪い父親じゃないぞ?うん」
士郎が冷や汗を垂らしながら、物分りのいい父親の図になろうとしている。
わかりやすい反応だが…おしい、笑顔が引きつっていた。
『ルビーちゃんの乙女回路が訴えるんですよ~将来、すらっとしたインテリ草食系ナイスガイに成長する気がするのです。要注意ですよ』
「あらあら?それじゃあ、ルビーちゃんはどんな男の人ならなのはに相応しいと思うのかしら?」
『え?そうですね~シロウさんレベルの人がいれば文句はないんですが…』
「え?おいおい俺か?」
反応し、照れているのは高町さん家の士郎さんだった。
まあ、女の子の父親なら一回は通る道だろう。
そして十年も経てばウザィとか言われて敬遠されたりするのだ。
『ああ、士郎さん違いですよ~ルビーちゃんが言っているのは衛宮士郎さんの事です』
「誰かなそいつは?」
一瞬で士郎が狩人の顔になった。
一体何を狩るつもりの目なんだそれは?
『シロウさんは…“剣”です』
「剣?」
『そのまま、折れず曲がらず。愚直に理想を追い続けた人です』
ルビーがいつもと違う!?と全員が思った。
何か良い話をしそうなので黙って聞く。
『唯、誰もが笑顔でいて欲しいと…そんな思いを持って戦い続け、道に迷い…己すらも殺したいと絶望した不器用な人…』
重い話だ。
そして、その衛宮士郎は実在した人間なのだろうとなんとなく理解した
「…ルビーちゃん、そのシロウさんは…幸せになったのかい?」
聞いたのは士郎だ。
同名と言う以上に、シロウの生き方に何か感じるものがあったのかもしれない。
『ええ、長い…心さえも磨耗するような本当に長い旅の果てに、シロウさんは答えを得ました。誰もが笑顔でいて欲しいといううつくしい願いに憧れ、追い求めたのは間違いではなかったと……そして』
「そして?」
『実はルビーちゃん、おいたが過ぎてシロウさんに完全封印されそうになってこの世界に来たんですよねぇ~』
「「「「全部ぶち壊しだ(よ)!!」」」」
…途中まではいい話っぽかったのに。
『あのときのシロウさんはまじめに怖かったです』
話からして人格者っぽい人物をそこまで怒らせるとは、一体何したんだこいつ?
「でも大丈夫ですよ。おかげでルビーちゃんデッドラインの重要性を勉強しました』
実に嫌な意味で学んでやがる…だから|こいつ(ルビー)は忍耐力のギリギリまで掘削機のように削ってくるのかと合点が行った。
最後までシリアスを維持できない。
しかもかなり重要なサプライズまでつける。
それがルビークヲリティー。
『それにですね~シロウさんは背中ポの使い手です』
「せ、背中ポ?」
皆で顔を見合わせるが、誰も聞いたことがないらしい。
『ルビーちゃん的にはナデポ・ニコポを超えるレボリューション!!ただその広い背中を見せて一言!「…付いて来れるか?」と言われたら男でも惚れますよ!!』
「そ、そうなんだ」
『あの技を使える人はシロウさん以外に知りません!!』
なのはが圧倒されている。
ルビーが乗りのりで熱く語っていた。
ここまで調子に乗っているルビーは、付き合いの長いなのはもあまり見たことがない。
ーーーーーーーーーーーーー
…さてと。
表面的にはフザケながらも、ルビーは内心で考えていた。
テーブルの上に目立たなく置かれている騒ぎの元凶…ジュエルシードナンバー21。
…運命を感じずにはいられません。
持ち主の願いをかなえる…持ち主の代償を引き換えに…運命という物は世界が変わってもつき纏うものなのか?
…一筋縄ではいきそうにないですね~。
そんな気がする。
皆には言っていないが、ジュエルシードははっきり言ってヤバイ物だ。
ルビーにはそれが解る。
なのはがそれに気づいていないのだから、他の誰もこの宝石の本当の危険性には気づいていまい。
いや…発掘者であるユーノは知っていなくてはおかしいか?…しかし、ルビーが黙っているのと同じ理由で真実を言い出せないに違いない。
なのはがこれからやることは、例えるなら時限爆弾の解体に近いだろう。
士郎と恭也はなのはにそんな事をさせるのは絶対反対するのが目に見えている。
だが、やらなければもっとひどいことになる。
…なのはちゃん達をシロウさんのようにするわにはいきませんからね~。
トラブルメーカーでトリックスターであるところのルビーは楽しいことが大好物だし、場を引っ掻き回すのが大好きだと思われている。
はっきり言おう、それは実に正しい。
だからこそ…悲しみしか残らない、どんなに時間がたっても笑って思い出せないような”本当の不幸”は大っ嫌いだ。
…少し、布石でも打っておきますか。
だから取り得る限りの手を使って不幸の芽を潰す。
誰にも知られず、あるいは何もかもひっくり返して、涙のエンディングをいつか懐かしく思い出せるような笑い話に作り変えてしまう。
不幸を幸福に…。
悲劇を喜劇に…。
泣き顔を泣き笑いに…。
その為なら損得を超え、善悪を度外視する。
それが道化師の持つ唯一絶対のプライドにして存在意義。
だから…。
『なのはちゃん?レイジングハートを貸して下さい』
「え?」
なのはが首をかしげながらも、レイジングハートを差し出す。
待機状態のレイジングハートがフヨフヨと浮いてルビーと同じ高さで静止する。
レイジングハートに自分で動く機能はないからルビーの力だろう。
『宜しくお願いしますね、レイジングハート?一緒になのはちゃんを守りましょう』
『Of course,』
突っ込みつかれてぐったりしていた全員がビックリして飛び起きた。
他の連中も…出会って数時間しか経っていないユーノもまとめてルビーから距離をとる。
「ル…」
『ル?』
「ルビーちゃんが壊れちゃったのー!!」
その日一番の金切り声だったのは言うまでもない。
「お、お父さん!ルビーちゃんが…ルビーちゃんがなんかおかしいよ!!」
「ま、待ちなさいなのは、いつものルビーちゃんがおかしいのであって、今のルビーちゃんのほうがまとも…だからおかしいのか?」
愛娘に抱きつかれた士郎が、哲学的になんか好き勝手言っている。
他の面子は初めて珍獣を目にしたかのように警戒していた…確か何年も一緒に過ごしてきた家族の設定だったはずだが?
『皆さんちょっと失礼じゃないですか?親しき仲にも礼儀ありですよ?プンプン』
「いや…むしろ日ごろの行いがどれだけ重要かと言ういい見本だと思う」
逆に言えば、日常でルビーがどれだけとんでもない事をやらかしているかと言う証明にもなる。
『所でレイジングハート?』
『What?』
『ちょっと改造していいですか?』
ストレートにとんでもない事を言い出したルビーの言葉に音が消える。…所詮、ルビーはルビーだということで。
『マ改造、あそ~れマ改造~』
『Help!!Help.me!!!』
『良いではないか良いではないか~』
『Noooooooo!!』
そんなの関係ねぇとルビーはレイジングハートを子牛の如く連れてゆく。
ルビーと違って自分だけでは身動きする術を持たないレイジングハートは抵抗できない。
ドナドナドナド~ナ~。
「無茶しないでぇぇぇぇ!!レイジングハートは精密機械なんだぁぁぁ!!」
元マスターのユーノの悲痛な絶叫は正しいとおもう。
『ウホ、良い反応~高町家の皆さんは皆なれちゃってなのはちゃん以外はなかなかそんな良い反応を返してくれないんですよ』
これだから確信犯は…ド級のSめ!!
「だ、大丈夫だよユーノ君。ジュエルシードの封印はレイジングハートにしか出来ないんだし、ルビーちゃんだってわかっているから壊したりはしないよ」
ユーノをなのはが慰める。
ルビーのやることに一々まともに相手していては埒が明かないことを知っているのだ。
「ほ、本当に?」
ユーノがフェレットのつぶらな瞳で訴えてきて、なのははとっさに顔を背ける。
このままだと、8歳で何かに目覚めてしまいそうな可愛さだった。
「…………・・きっとね」
「沈黙が長い!!」
『まずはなのはちゃんの衣装をもっとエロ格好良く、略してエロカッケーな感じにするところから始めましょう』
ビシリと何かが固まってひび割れる音がした。
音源はなのはだ。
「な、なのはさん?」
「え?あ、なのはでいいよ、ユーノ君」
「わ、わかった…なのははその…着るの?」
「え?」
なのはが首をかしげた。
どうも思考が付いてこれてなさそうだ。
それともさっきの一言を即座に記憶から消したか?
どっちにしても軽い現実逃避かもしれない。
「そ、その…エッチで格好良い衣装を…着るの?」
「エ、エロ格好良い…ニャー!!ルビーちゃん、なのはに何を着せるつもりなの!?」
やっと自分にとばっちりがくると気づいたらしいなのはがトマトのように赤くなる。
ルビーとの付き合いから、一番被害を受けている彼女は、ルビーが冗談のようなことをまじめに実行してくれやがる事を身をもって知っているのだ。
この場合、沈黙は被害拡大の結果しかもたらさない。
「淫獣…貴様、今なのはのどんな姿を想像した?」
「っつ!?」
ユーノの全身から血の気が引く。
このシスコンの存在を忘れていた。
生皮剥いでマフラーにされたいかと問答無用に睨んでくる。
「…期待しただろう?」
…仕方ない、想像してしまうのは男の本能だ。
「ちっお前のことは後回しだ。まずはルビーを止めるのがさきだ。なのはをエロ格好いい、略してエロカッケー姿にするわけにはいかん」
「連呼しないでなのー!!なのは着るなんていってないから!!でも早くルビーちゃん止めて!!」
『終わりましたよ~』
「「「「早い|な(よ)!?」」」」
『いや~ルビーちゃんまだまだ若いですし~久しぶりにハッスルしちゃいました~あはぁ~恥ずかしいこと聞かないでくださいよぉ~』
主語のない言葉だった。
主語しだいでは|18禁(とんでもないこと)になりそうな会話だった。
しかも身をくねらせるルビーがとっても卑猥だった…って、なにこの気味の悪い無機物?
相変わらずフヨフヨ浮いているレイジングハートは赤い玉のままで、特に変わったところは見られない。
だが、ルビーが何かして何も変化していないと思うのははっきり言って甘い。
絶対何かある。
「えーっと。レ、レイジングハート?」
現在のマスターであるなのはが呼ぶと、レイジングハートがこれまたフヨフヨ飛んでなのはの手の中に納まる。
『貴方を犯人です』
「えええ、なのは犯人さんだったの!?」
「いや、そんなことないから、そもそも何の犯人?」
美由希が突っ込みを入れる。
どうやら台詞なしの空気キャラではなかったらしい。
「…なんかいきなり鬱で泣きたくなったのは何故?」
三角形の方ではメインヒロインの一人なのに…リリカルになるとひどいときには名前すら出て来ない事があるのは考えものだ。
「レイジングハートが壊れたぁぁぁぁ!!」
「え?あーっと、ご愁傷様?」
マジ泣きしそうになったが、ユーノが吼えくれたおかげで美由希は正気に戻る。
とっさにお悔やみの言葉をかけてしまったが、これに関しては素人の美由希では解らないのでそう言うしかない。
『もー、皆さんひどいですよ~ルビーちゃんがそんなことするわけないじゃないですか~人格プログラムを上書きしただけですよぉ~』
「嘘だ!!」
と言ったのはユーノだけだった。
本来なら、複雑なプログラムや機材が必要なそれをこの短時間で出来るわけがないという判断は正しい。
他のみんなは…その難しさを知らないのに加えて、まあルビーだから何やらかしてもおかしくないだろうと思っている。
人間の順応性はあなどれない。
同時に、ナチュラルにそんなことを思う時点で高町家はもう手遅れだ。
『失礼しました。なのは様』
「はにゃ?な、なのは様?」
『はい、私レイジングハートはご主人様であるなのは様の為、誠心誠意この身果てるまでお仕えします。どうぞ宜しくお願いします。マイ・マスター』
「こ、こちらこそ宜しくお願いしますなの」
なのはが思わず赤い玉に最敬礼で挨拶をしている。
しかし、それを見る周りの目は違った。
「う、嘘だよ…ルビーちゃんからこんな良い子(?)が出来るなんて…は、これは新手のスタンド攻撃の可能性がある!?」
「だめだ美由希、今そこにある|現実(リアル)を見るんだ。というか俺は死ぬのか!?」
「ははは…何も無くてどうやって死ねるんだ恭也?」
『フフフ、ネオな感じになったレイジングハートは翡翠ちゃ…もとい、洗脳探偵レイジングハート!!技の二号ですよ~もちろん力の一号はわ た し。あはぁ~レイジングハート?私のことはお姉ちゃんって呼んでくださいね~』
『はい、姉さん』
「ね、ねえ…エロカッコいい姿ってどんな格好なの!?」
みんなそれぞれのやり方でパニックになっている。
真夜中だというのにテンションの高い一家だ。
ご近所の迷惑とか考えているのか?
「な、何これ?」
ユーノは目の前で展開される阿鼻叫喚を呆然と見ることしか出来なかった。
付いていけない。
というか、付いていけるかどうかより、これに付いて行っていいのか?
そんなことを考えていたら、ぽんと頭に手が載せられた。
見上げれば桃子…彼女だけは家族のパニックの中で平常ウィンを保っている。
「改めまして高町家にようこそユーノ君?ビックリしたでしょう?」
「え…はい」
社交辞令も何もなく、そのままに答えてしまった。
気を悪くさせてしまったかとも思ったが、桃子は楽しそうに笑っているので多分大丈夫だろう。
「今の皆はちょっとアレだけど皆良い人よ」
「は、はあ…」
間違いではないのだろう。
なのはを初めとして皆良い人だろうとユーノも思う…とんでもなく個性的な気がするが…特にあのルビーが…きっと奴が全ての元凶だろう。
「これから、なのはを宜しくね」
「こ、こちらこそ…」
なのはを自分の失敗に巻き込んでしまった。
それを忘れてはならない。
ルビーやレイジングハートだけでなく、ユーノにも出来ることでなのはのサポートをしなければ…責任は取らねばならないとユーノは改めて心に誓い、なのはを見ると…。
『さあ次はいよいよエロカッケーななのはちゃんをレイジングハートにインストールして…』
「させるかなの!!」
霊丸と言いながらルビーに魔力弾を放つなのは…羞恥で我を忘れたか?
『あはは~早々あたるものではないなのですよなのはちゃん』
それを完璧にしのぐルビーと、流れ弾を小太刀で切り裂く剣士三人…普通は魔力の塊を鉄で切るなんてできるわけがない。
やはりこの家の人達は世界に関係なく何か違っている。
『ご主人様、姉さん、私の為に争わないでください』
そして戦いの賞品とばかりに棒読みでなんか言っているレイジングハート…本当にこの人たちの力になれと?
どうやって?
結局、なのはが魔力切れでぶっ倒れるまで騒ぎは続き、やっと終わったかと気が付けば外はそろそろ白み始めていた。
「大丈夫、すぐに慣れるわ」
「は、はあ…」
桃子にはそう答えたが…この状況に慣れると言うことは実は色々とまずいのではないかと思うユーノであった。
ついでに、どうもラスボスは桃子らしいと動物的な直感で理解する。
…高町家のカオス発生率はルビーのおかげ(?)でとんでもなく高いので、最終的になれなきゃやってられないと気づいたのはこの日から三日後のことだ。
ユーノは改めてとんでもない所に来てしまったと、自分の行動をちょっとだけ後悔したとかどうとか?
ちなみに、その日は子供達全員学校には遅刻した。
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