「アナタ、私と付き合いなさい!」
「え……?」
いきなりの告白(なのか?)に俺は唖然とした。
俺だけじゃない。
告白(?)を聞いた、クラスメイト全員が訳のわからない顔をした。
それも当然だ。
告白(たぶん)してきたのは学内でもとびっきり有名な美少女、古優(こゆう)リム先輩であったからだ。
古優リム。
学園一の美少女で家は財閥の令嬢。
成績優秀、スポーツ万能、部活は美術部で大きな賞も何度も取ったこともある文字通りのスーパーお嬢様。
そんな令嬢が成績も容姿も中の下で、顔も至って冴えないこの俺に告白してきたのだ。
状況が理解できず俺は思わずフリーズしてしまった。
だって、先輩と俺って、接点ないもん。
一応、同じ美術部だが、俺は毎日、変なロボットの絵を描くオタクで、賞など送ったこともない。
どう考えても接点などうまれるわけもない。
先輩の目には俺など写ってない。
俺も先輩のことは気にも止めず(ちょっとだけ見てたけど)、好きな絵を勝手に描いていた。
それが、いきなりの告白である。
ドッキリか、それとも先輩の冗談か、現実を受け入れるのにだいぶ苦労した。
「えっと……どこに付き合えば、いいんですか? 学食ですか?」
「学食に行きたいの?」
「あ、いえ……別に」
マジメ返されてしまい、焦った。
「なら、キツネうどんが食べたいわ。アナタは違うのを選びなさい。そうすれば、安い値段で別々の味を同時に味わえるわ!」
「そ、そういう意味じゃ……」
「アナタがキツネうどんを食べたいの? なら、私はカツどんを食べるわ!」
「いや、キツネうどんはいいんで……俺、購買派なんで」
「購買ね。なら、一緒に買いにいきましょう。実は店員のおばさんとは懇意でカツサンドを特別に残してもらってるの」
「へぇ~~……あのすぐに売り切れるカツサンドを残してくれるなんて、先輩って、顔が広いんですね?」
「もっと褒めて♪」
ぷるんっと胸を揺らしながら先輩は可愛く威張った。
「で、学食と購買、どっちにいきたいの?」
「あ、いや、どっちも行きません。今日はお弁当なんで」
「……?」
完璧に訳のわからない顔をしてるな……
実際、俺が一番、よくわかってない。
「まぁ、いいわ……」
ため息を吐き、俺の前の席のイスを引いた。
「カツサンドはすでに入手したし、さっさと、ご飯食べましょう」
「一緒に食べるんですか!?」
「恋人なんだから、当然でしょう?」
「あ、もう、恋人同士ですか、俺たち?」
オーケーも出してないのにもう確定してるし……
「恋人じゃ不満? なら、Lover(ラバー)がいいかしら?」
「いや、それ英語に直しただけだし……」
「Schatz(シャッツ)?」
「それはドイツ語でしょう! って、よく俺、ドイツ語の意味知ってるな!?」
自分で自分に突っ込むと、先輩は憤慨した顔で腕を組んだ。
「じゃあ、なにがいいの? ハニーやダーリンとかいったほうが嬉しいの? 某アイドルや某宇宙人みたいに!?」
「新旧の人気ヒロインの例をありがとう! でも、そういう意味じゃなくって……その」
顔を真っ赤にする俺に先輩は納得した顔で手を叩いた。
「なら、最初からいってくれればいいのに」
「ホッ……」
ようやく理解してくれたらしい。
「ちゃんと、恋人らしく、君のお弁当を作ってきたから、安心して! 愛妻弁当だと思って、食べて!」
ガコンッと机に額を強打してしまった。
「ちょっと、突っ込みどころが多いんで、一つ一つ、言っていいですか?」
「どうぞ」
「まず、俺の話を理解してない。カツサンドを買ったのにしっかり、お弁当を用意してること、結婚もしてないのに愛妻弁当は変。しかもよく見ると俺の好物ばかりだし」
「リサーチは完璧よ!」
また柔らかく揺れる胸を張る先輩に俺は諦めた。
考えるのをやめ、先輩の作ってくれた弁当を食べることにした。
冗談抜きでうまかった。
放課後、美術部につくとあらゆる視線が俺に注がれた。
当然だ。
先輩との交際の話は二秒で学校全体に広がり、三秒でそれが事実だと認められたのだ。
羨望と嫉妬。不可解と無理解。超常と無常。
あらゆる不条理が混ざり合った空間で部室はなんとも微妙な空気になっていた。
「ほら、ドアの前に立ってると邪魔よ」
「おわ!?」
背中を押され、美術室に入れられると慌てて振り返った。
「私の顔になにかついてる? 額にチャクラはないけど」
「現実に第三の目があったらホラーですよ」
放課後になるまで、俺は先輩のことをある程度知った。
その一つが先輩は特殊タイプのボケ気質であること。
先輩は休み時間ごとに俺の教室に来てはなんとも微妙なボケをかました。
ボケの種類を聞いてるとオタ系のボケと言葉遊びに近いボケが強く、理解して突っ込める人間は数人しかいないだろうと理解した。
そして、幸か不幸か俺はその数少ないボケの理解者らしい……
「ほら、こっちに来なさい!」
「え?」
腕を掴まれ、無理やりデッサン用のイスに座らされた。
「前から、アナタをモデルにしたかったのよ」
「特徴のない顔ですけど」
「ちゃんと、頭がついてるから大丈夫よ」
「ついてなかったら、死んでますよ!」
「脱ぎたいの?」
「飛躍しすぎです!」
「チェ……」
「なんですか、今のチェって!? 脱いでほしいんですか!?」
「今はだめよ! 他の人にアナタの裸を見せるなんて、ガンジー以外は許さないわ!」
「なんで、平和主義者は許すんですか!? ガンジーにだって見られたくありませんよ!」
「戦争賛成派?」
「違います!」
「足を組んで、ひざにひじを乗せ、その状態で手にアゴを乗せ、流し目になって!」
「こ、こうですか?」
難しいポーズを要求するな。
「ごめん、普通のポーズにして。気持ち悪いわ、今のアナタのポーズ」
「だったら、させないでくださいよ!」
「見て似合わないと思ったんだから、仕方ないでしょう?」
なんだ、この自由人。
俺の思ってたお嬢様イメージとぜんぜん、違いすぎる。
この調子じゃ、超時空的なボケにもつき合わされかねない。
「よし、出来た!」
「早いですね。さすがプロに近いといわれる先輩ですね」
「アナタ好みに描いてみたんだけど、どうかしら?」
ちょっとテレた顔で俺を見る先輩に俺は不覚にも可愛いと思ってしまった。
「どれどれって……って!? これ、合体ロボットじゃないですか!? 俺の原型が残ってないですよ!」
「ほら、ちゃんと、手の部分はアナタのポーズにしたのよ」
「じゃあ、なんのためのモデルですか!? 俺を描かないとモデルになった意味ないでしょう!?」
「ハッ!?」
「今、気付いたんですか!?」
「だ、だって、アナタ、よくロボットの絵を描いてるから……ほら、これ、アナタが描いたロボットを私なりに直したのよ」
「へぇ~~……俺のロボットって、ちゃんと描くとこんなに……って、余計なお世話ですよ!」
「大丈夫、コツは掴んだ。今度はマジメに描く!」
「といいながら、今度はモンスターの絵とか、RPGに出てきそうな武器の絵とかはなしですよ」
「帰るわよ!」
「図星かよ!」
「いいから、帰るわよ!」
「ちょ、俺、まだ、絵を」
先輩に腕を引っ張られるまま、俺はなにも出来ないまま、部室を出ていった。
「あいつ……俺たちの女神と仲良くしやがって!」
「いや、どう見ても、翻弄されてるようにしか見えなかったけど、男子?」
手を繋いだ(掴まれた)まま、俺たちは帰りの道を歩いていた。
意外なことに俺と先輩の帰路は同じで運がいいことに人が少なかった。
学園一の美少女と手を繋いで帰るのだ。
周りの羨望と嫉妬の目で明日、どうなるかわかったものじゃない。
今はこの平穏なときを楽しもう。
「私はこっちだから」
「あ……?」
パッと手を離され、俺は寂しい気持ちに襲われた。
俺の目の前に小指がつきたてられた。
「はへ?」
いきなり、小指を立てられ、俺はドキッとした。
「指切り!」
「なんで?」
「また会おうねという約束よ」
「は、はぁ……」
意外とロマンチックなんだな。
「ほら、指切り」
「あ、はい」
指切りを強要する先輩に俺も指を絡めた。
「ゆっびきりげんまんうそついたらはりせんぼんの~~ます♪」
「ゆびきった♪」
指を離すと俺は不思議な感覚に襲われた。
「じゃあ、また、明日ね」
「あ、はい。また明日!」
背を向けて帰る先輩を見送り、俺は不思議な高揚感を覚えた。
(そうか、俺、先輩と付き合うことになったんだ)
先輩のペースのせいで忘れていたが、ちょっとだけ憧れていた先輩と付き合えるようになった。
その喜びが俺の胸に広がり、気付いたら爆発したように走り出していた。
「ひゃっほ~~~~♪」
それから、俺と先輩の交際が始まった。
始まってみると案外、先輩との付き合いはそんなに肩肘の張ったものじゃなかった。
先輩に言い寄るイケメンは多い。(当然だ)
その多くを先輩は撃墜した。(ゼロ戦のように)
先輩は面食いだとも言われていたが、俺との交際でその疑惑は別のものへと変わった。
「先輩は地味目が好き」
そんな噂が立ち、先輩を狙っていたイケメンが途端に俺と同じ格好をするという学校現象が起きた。
それでも撃墜されてしまったあたり、どうやら、恋人の対象は顔でないらしい。
じゃあ、なんだろう。
先輩と俺が付き合い始めて五日が経った。
俺たちは初日のボケと突っ込みの応酬が先生の目に留まったのか、教室に居辛くなり、人のいない裏庭でブルーシートを敷いて昼食を取ることにした。
ちなみにブルーシートは体育用具室から(先輩が)黙って持ってきたものらしい。
しかも、どういう解釈をしたのか、初日で出された豪勢なお弁当は、やたらボリュームのあるカツサンドへと変わっていた。
カツサンドは好物だが、俺としては初日に出されたお弁当がよかった。
そっちのほうが愛妻弁当っぽいでしょう。(自分で否定しておきながらいうのもアレだけど)
といっても、せっかく作ってくれたサンドイッチに文句を言って、嫌われるのも嫌だし黙ってることにした。
「それにしても、うまいですね、このカツサンド。俺が食ったことのない豚の味ですけど?」
「無菌豚だからね」
「ぶっ!?」
無菌豚といわれ、俺は全身に強い緊張が走った。
無菌豚といえば、刺身でも食える超高級豚じゃないか。
市場に出回らない肉をよくカツサンドに出来たな。
初日の弁当がいいって言った、さっきまでの俺は死んで詫びろ。
「牛が良かったかしら? カツサンドは豚が一番だと思ってたんだけど? 明日から松坂牛にしてあげるわ」
「い、いえ……出来れば、スーパーで売ってる特売肉でお願いします」
「わかったわ。「スーパーで売ってる特別なお肉」を入れればいいのね? うん、特別なお肉?」
あ、また、特別な解釈をした。
先輩の感覚はいまだに掴めない。
庶民染みた部分があると思えば、無菌豚を平気でお弁当に出す無神経さもある。
無菌豚がダメだから、松坂牛って、感覚が超越してる。
こっちがおかしくなりそうだ。
「あ、カエル!」
「カエルの肉は食べないですよ」
「……」
なんだ、その残念そうな顔は。
「くちゅん……」
「先輩、どうしたんですか?」
「べ、別になんでもないわ。今日はこれくらいにしましょう。また、放課後、会いましょうね。ほら」
小指を出す先輩に俺も小指を絡ませた。
「ゆっびきりげんまんうそついたらはりせんぼんの~~ます♪」
「ゆびきった♪」
指を離すと先輩はブルーシートから立ち上がった。
「じゃ、また、放課後!」
「あ、先輩!?」
慌てて帰る先輩に俺は不自然な点を覚えた。
「几帳面な先輩がブルーシートをほったらかしで帰るなんて?」
結局、ブルーシートは俺が持って帰った。
その日の部活に先輩は来ることがなかった。
「先輩、遅いな?」
一人、いつものようにロボットの絵を描いていると部員のコソコソ話が聞こえた。
≪古優先輩、今日は来てないな?≫
≪アレじゃないか、アイツと一緒にいるのが耐えられなくなったとか?≫
≪聞く話だと婚約者がいて、それが嫌であの人をダシに使ってるとか……≫
≪古優先輩が、婚約を断るためにあの人を? 変な人だけど、そんな酷いことする人とには思えないわ≫
≪それにそれが事実だとすると、彼、かわいそ~~……≫
勝手に同情の目を向ける部員達に俺は黙って絵を描くことにした。
先輩に婚約者がいるという話は真っ赤な嘘である。
そのくらいの予想は俺もついたから、率直に初日から聞いて確かめたのだ。
先輩は変な人だが嘘は付ける人じゃないと思うから、婚約者は絶対にいない。
でも……
(先輩、なんで、来ないんだろう? 指切りしたのに)
不思議と俺の中で先輩との指切りは大切なものだと認識していた。
ただのおまじないじゃない。
先輩にとって、本当に大切な約束。
それこそ、誓約書を書くよりも重くて大切な荘厳としたものだと俺は理解していた。
そんな先輩が指切りをして、ここ来ないなんて、絶対になにかおかしい。
(なにか、あったのかな、先輩……)
そう俺が心配していると頭上から声をかけられた。
「おい、お前!」
「はい?」
キャンパスから顔を出した。
(ゲェ、コイツかよ!?)
俺は心の中で毒づいた。
三年の工藤先輩。
容姿端麗、頭脳明晰、女の子にモテモテでサッカー部と掛け持ちで美術部に入っている。
噂だと先輩目当てで美術部に入ったらしく、美術部の活動はそんなに熱心じゃないらしい。
が、モテモテ君はなにをしても許されるのか、不思議と彼の不真面目な美術部活動は咎められない。
「聞きたいんだが、君は古優くんになにをしたのかね?」
「なにをって?」
明らかに含みのある言い方に俺は眉をひそめた。
「古優くんは聡明な女性だ。君と一緒にいるなんて、明らかに不自然だ。なにかあったんだろう?」
くだらない邪推に俺は辟易した。
この手の言いがかりも、もう慣れた。
自慢じゃないがうちの学校は美男美女が多く、当然、自惚れ屋も多い。
工藤先輩はそのもっともたるものだろう。
自分になびかない先輩が自分以下の男と付き合ってる。
面白くないと思うに十分な要素だろう。
こういう相手の対応はとにかく無視すること。
それが一番だ。
だから、俺は黙って話をきり終えて、絵を描くことにした。
実は先輩の宿題で決められたポーズのロボットを描くよう指示されてるのだ。
うまく関節の矛盾を消化できないようでは動きにあるロボットなど描けるわけないといわれ、関節の曲がり方には特に気を使った。
「おい、聞いてるのか!? こっちが紳士的に話してるって言うのに!?」
「おわぁ!?」
胸倉を掴まれ、俺は強引に立たされた。
これのどこが紳士的な話し合いだ。
中学のクリスマスに好きな娘にフラれ恋愛恐怖症になったギャルゲー主人公の紳士っぷりを見習え。
今のお前は女性が苦手といいながら、女の子にナンパして回る葉っぱ主人公だ。
という反論を返そうにも首が絞まってうまく喋れない。
「ダンナダンナ!」
「うん?」
誰かが工藤先輩を呼んでる。
むにゅ~~♪
「キャァァァァァァ♪ この人、彼氏持ちの女の子を襲ってます! たすけてぇぇぇぇぇダ~~リ~~ン♪」
「ちょ、なにを言ってるんだ、君は!?」
胸倉を離され、俺は床に尻餅をついた。
妙に軽いテンションの女の子が俺にウィンクしてきた。
「さぁさぁ、ダンナ! 人の胸を触って、黙って、帰るつもりですか? 男なら責任とって、認知してください。お腹の子が泣いてますよ!」
「な、なにを言ってるんだ、君は!?」
「遊びだったんですね!」
「はぁ!?」
工藤先輩の顔が真っ青になった。
テンションの軽い女の子が泣き出した。
「アナタの命令でこんなのを買わせて、これで私の始めてを奪って……私の純潔は遊びで奪われたんだ!」
「ッ!?」
工藤先輩だけじゃなく、俺や他の部員まで真っ赤になった。
それは俗に言う大人のアレであった。
「初めて奪われたこれで飽き足らず、猿轡代わりに私をケダモノのように……」
「ちょ、君、あまり、うるさくすると……」
「ジャン♪」
「え?」
携帯電話を取り出した。
画面には工藤先輩が誰かわからない女の子の胸を鷲掴みにする絵が撮られていた。
「黙って、ここから消えてくれると自分もこれを誰にも公表せずに消去できるんですけど、どうですか?」
「そ、その写真は君が自分でやった」
「この写真だけだとそれはわかりませんね? 写真を印刷機で印刷して校内に張れば……」
クスクスと笑った。
「先輩の人生、ゴートゥヘル?」
「クッ……このアマ!?」
テンションの軽い少女を突き飛ばそうと工藤先輩の手が飛んだ。
軽く避け、逆に足を引っ掛け、転ばした。
「おわぁ!?」
「床とランデブーとは先輩は勇者っすね?」
「く、くそ!」
これ以上、恥をかきたくないのか、工藤先輩は逃げるように部室を去っていった。
「正義は勝つ!」
「なにが勝つだ! 見つけたぞモエちゃん!」
部室のドアから工藤先輩とは違う男の子が入ってきて女の子を怒鳴った。
「あ、ダンナ、約束の時間を過ぎてますよ。どこで油売ってたの?」
「約束の場所は美術室じゃなく裏門だ! どこをどうすれば、帰りの約束の場所をこんなに派手に間違える! ここは正門近くだぞ!」
「愛の力っすよ、ダンナ」
「そんな無駄な愛、捨ててしまえ!」
「愛を捨てた世界には覇王が生まれるだけっすよ」
「救世主がいるわ!」
腕を掴んだ。
「悪いな、モエちゃんが迷惑かけてない?」
「あ、いや、別に……」
むしろ助けられたんだが、彼女は人差し指を立ててシ~~とジェスチャーした。
「いくぞ、モエちゃん! いつまでも美術部の人たちに迷惑をかけるんじゃない! ところで工藤先輩、なんで出て行ったんだ、アレ?」
「さぁ、モエちゃんの萌え燃えオーラに耐えられなくなったとか?」
「モエちゃんのどこに萌えと燃えがある! 有害図書もいいところだ!」
「酷いですね、ダンナ!」
去っていった二人を見て、俺は感心した。
「あれが、噂に聞く嵐を呼ぶ転校生、因幡萌絵か……先輩に負けず劣らずのアクの強い娘だったな」
でも、助けられた。
彼氏に怒られながらも、俺を助けたことは言わないで黙って去る。
ちょっと格好いいなと思い、立ち上がった。
「じゃあ、俺、帰るわ」
「あ、ああ……」
工藤先輩の騒ぎに圧倒され、みんな、なにもいえなかった。
校門を抜けると老年の紳士が俺を待っていた。
「お嬢様の恋人ですね?」
「え、あ、あの、アナタは?」
「私、古優リムお嬢様の執事です。お嬢様の指示でアナタ様をお連れするように言われてきました」
「先輩に?」
ちょうどよかった。
先輩に会いに行こうと思ってたところだ。
どこに家があるか知らなかったから、渡りに船だ。
「さぁ、乗ってください」
「なんで、オート三輪なんだ?」
「私の趣味です」
先輩が先輩なら、執事も執事か……
「隣をどうぞ」
「どうも」
助手席に座るとエンジン音が鳴った。
オート三輪が走ると俺は早速執事の人に聞いた。
「先輩は?」
「お嬢様は今、体調を崩されて、寝ておられます」
「体調って!?」
「ご心配なく、ただの風邪です。注射を打てばすぐです」
「そっか、よかった……」
ホッとした気持ちで助手席の背もたれに身体を預けた。
「でも、風邪なら、なんで今日?」
「私も今日はお休みになるよういったのですが、約束したからと……」
「約束……?」
昨日、先輩と交わした指切りを思い出し、小指を立てた。
「お嬢様と指切りをなさったのですか?」
「え、ええ……」
「そうですか。それは大変なことをしましたな?」
「大変?」
どこか嬉しそうに笑う執事に俺は聞き返した。
「お嬢様にとって、指切りは大切な行為なのです。本当に大切な人と以外は絶対に指切りはしないのです」
「絶対にしない指きり……あ!?」
「どうなさいましたか?」
「いますぐ、車を止めてください!」
『注射、いや! 絶対に打たない!』
『どうしたの?』
『先生がね、注射を打つっていうの』
『風邪ひいたの?』
『うん……』
『注射打たないと治らないよ』
『だって、痛いんだもん!』
『じゃあ、注射、打ったら、この飴あげるよ』
『……本当?』
『うん、ほら、約束の指きり』
『わかった』
「あれ?」
「あ、目を覚ましました、先輩?」
目を覚ました先輩の額に手を乗せた。
「まだ、熱いですね。注射はちゃんと打ちましたか?」
「当たり前でしょう」
起き上がった先輩に俺は手を握った。
「じゃあ、約束の飴」
「え……?」
手に握られた飴を見て、先輩は風邪とは別に顔を真っ赤にした。
俺もちょっと紅潮して微笑んだ。
先輩は一息入れた。
「昔々、注射が大嫌いな女の子がいました」
昔話を始めた。
「女の子は普段は親の言うことを聞くいい子だけど、注射だけは大嫌いで風邪を引いても打ちたくないとワガママを言いました」
懐かしむように先輩は目を細めた。
「そんな女の子に男の子が現れ、注射を打てば、飴をくれるといいました。女の子は本当は飴はほしくありませんでした」
「ほしくなかった?」
「女の子は屈託なく笑う男の子が持つ飴がほしかっただけだったのです」
「先輩……」
「女の子は痛いのも我慢して注射を打ち、飴を貰いました」
「それから?」
「女の子は屈託なく笑う男の子と遊びたかった。だから、また会おうねと指切りの約束をしました」
「その子とは?」
「残念ながら、名前を聞き忘れた女の子は男の子と会うことはありませんでした。大人になるまでは」
「先輩……」
俺はそっとキスをした。
「これで指切りの約束は守られましたね」
「指切り……ああ!?」
気付いた顔で先輩は大慌てした。
「私、アナタと約束してた……指切りを」
「こうやって会えたんだから、指切りは守られましたよ」
「それでいいの?」
「先輩らしくないですね? もっと、自由でいてくださいよ」
イス代わりにしていた先輩のベッドかたら立ち上がり、小指を差し出した。
「また明日も会いましょうね、先輩?」
「……うん」
小指を絡めた。
「ゆびきりげんまん♪」
「うそついたら♪」
「はりせんぼん♪
「の~~ます♪」
「ゆびきった♪」
指を離し、俺たちはふふっと笑いあった。
また明日も会おうねという大切な約束を交わしながら……
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小さい頃、指切りって何回しました?
そして、指を切った約束を何度守りました?
私は守って覚えがありません。
嘘つきですから。(笑)
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