黒髪の勇者 第二編第二章 王都の盗賊(パート8)
ミルドガルド歴1021年4月29日。
王都アリシアは、異常なまでの緊迫感に包まれていた。とうとう怪盗ジュリアンとタートルの予告日が訪れたのである。この頃には庶民に至るまで予告状の噂が浸透しており、主婦の井戸端会議から居酒屋のちょっとした話題に上るほどの注目を集めるようになっていた。
その好奇心とも緊張感とも取れぬ雰囲気に包まれたアリシアに詩音たちが到着したのは、午後も三時を回った頃合いであった。
「お義兄様、私も付いてまいりましたわ。」
いつものようにシャトー・リッツ宮殿の玄関口まで迎えに来たアレフに対して、セリスが意気揚々とそう言った。
「お前まで、全く。」
呆れたように、アレフがそう言った。
「まあいい、人数は多いに越したことはないからな。」
続けて、アレフはそう言った。確かに人数は随分と増えた。元々詩音とフランソワだけの依頼が、気付けば六名というちょっとした人数になってしまっている。
「盗賊の動きはあったのかしら。」
いつも通り、ビアンカが待つ応接間への階段を歩きながら、フランソワがそう訊ねた。
「特にない。このまま何も無く、単なる愉快犯で終わればいいが、そうもいかないだろう。」
「一体、このアリシア城にどうやって侵入してくるというのでしょうか。」
続けて、詩音がそう訊ねた。
「検討もつかない。まともな方法なら宮殿に到達することは勿論、アリシア城に侵入することすら不可能だろう。」
アレフがそう答えた。
「そうですね。後は空から飛んでくるくらいしか、俺は思いつきませんでした。」
「そう、空。だが竜はそう簡単に手には入らないだろう。」
アレフがそう言いながら、ウェンディとカティアに視線を向けた。
「仰る通り、単なる一盗賊風情が竜を入手できるとは到底思えないわ。」
ウェンディがそう答えた。
「俺とビアンカもそう言う結論に落ち着いた。とりあえず、具体的な話は部屋に入ってからにしよう。」
アレフはそう言うと、ビアンカが待つ応接間の扉に手を掛けた。
「あら、とうとうセリスまで参加したのね。その内来るだろうと思っていたけれど。」
応接間に腰を降ろしていたビアンカは、セリスの姿を見ると一言目にそう言った。
「当然ですわ、女王陛下。国家の一大事に安穏としている訳にはいきませんもの。」
「それは頼もしいわ。腕は上がったのかしら?」
「いいえ、まだまだですわ。先日もシオン殿に土を付けられたばかりです。」
「だから速度だけに頼り過ぎるなと言っただろう。」
僅かに不満そうに、アレフがそう言った。
「その内、お義兄様にもシオン殿にも、勝ってみせますわ。」
少し不満そうに頬を膨らませながら、セリスがそう答えた。
「頼もしいわ、セリス。早速今晩、貴女の鍛錬の成果を見せてほしいわ。」
ビアンカがそう言いながら、アレフに視線を送った。
「今晩は全員、シャトー・リッツ宮殿の警護に入ってもらう。」
一言目に、アレフがそう言った。
「宝物庫周辺は近衛兵団を中心に部隊を組むが、二人一組で巡回に回ってほしい。シオンとフランソワ、それにセリスとアルフォンスの組み合わせを考えている。ウェンディとカティアはアリア竜騎士団と協力して、アリシア城上空から不審者の捜索をお願いしたい。」
了解、とそれぞれに答えた。
「それから、今晩に限り徹夜を覚悟しておいてほしい。予告状をそのままに見れば期限は本日の0時になるだろうが、念の為だ。当然仮眠の時間は用意する。」
いつになく緊張したアレフの口調に、詩音も身を引き締まる様な感覚を味わった。
「それから、今日は私も警備に回るわ。アレフと同行する予定よ。」
続けて、ビアンカがそう言った。
「ビアンカ様まで?」
驚いた様子で、フランソワがそう言った。
「当然よ。こんな夜にまともに休める訳がないでしょう。」
「お前の体調より、勢い余って何か破壊しないか心配だ。」
アレフが毒を含んだ口調でそう言った。
「大丈夫よ、盗賊の命までは保障できないけれど。」
不敵に、ビアンカがそう答えると、アレフは小さく肩を竦めながら、話を纏めるようにこう言った。
「とりあえず、警備は日が暮れてから行う予定だ。今日は長くなるから、今の内に休んでおいてほしい。」
「今、何か聞こえなかったか?」
夜も更け、時刻は22時を過ぎようとしている頃に、詩音は小さな破裂音を耳にしたような気がして、フランソワにそう訊ねた。二人は今、シャトー・リッツ宮殿の玄関ロビーで待機していた所である。
「爆発音に聞こえたけれど・・。」
不安そうに声を殺しながら、フランソワがそう答えた。どうやらその音が聞こえた人間は詩音とフランソワだけでなく、他の兵士たちも不審そうに顔を見合わせている。
だが、その爆発音がアリシア城を狙ったものであると発覚したのは、それから一分と経過しない頃合いであった。
「カリーナ門が爆発、何者かによる攻撃だ!」
伝令がシャトー・リッツ宮殿に掛け込むなり、そう叫んだ。その言葉に玄関ロビーに待機していた兵士たちに緊迫が走る。
「すぐに応援に向かった方がよろしいのではないでしょうか。」
誰かの声がロビーに響き渡った。その声につられるように、我先にと兵士たちが宮殿から飛び出して行った。その流れに乗って詩音とフランソワも宮殿から外に出る。夜風に紛れて、硝煙の臭いが微かに漂っていた。
だが、詩音はそこで脚を止め、駈け出そうとしたフランソワの右腕を強く掴んだ。
「フランソワ、待って、動いちゃ駄目だ。」
「でも、敵はカリーナ門から来ているのでしょう?」
「そうじゃない、いや、上手く言えないけれど。」
事実、それは詩音に取っては殆ど本能の警告に近い様な違和感であった。数で大幅に劣る盗賊が、わざわざ火薬まで用いて、こんな派手な行動を取るだろうか?
そう考えた直後、再び爆発音が響き渡った。今度は伝令を待つまでもない。南方のミンスター門から盛大な火炎が伸びあがったのだから。
「ミンスター門もやられたぞ!」
どよめく兵士の声が響く。部隊長らしき壮年の人物が、戸惑いを隠さないままに指示を出した。
「状況確認を急げ。敵はどこから来ているのだ、それから消火活動は間に合っているのか!」
続けて、更に爆発音。次は南西からである。次々と発生する爆発に、アリア王立軍は完全に翻弄される事になった。敵は複数であるとか、砲撃を行っているとか既にアリア城内に侵入しているとか、ありもしない情報が錯綜し、兵士たちの混乱は頂点に達しようとしていた。
だが、その中で詩音は、フランソワの右手を掴んだまま、一人シャトー・リッツ宮殿へと戻り始めた。
「シオン、どうして戻るの?」
不思議そうに、フランソワがそう訊ねた。
「敵は二人組のはず、だろう。なら、あんなに派手なことをするのは道理に反する。」
詩音がそう答えた時、階上からけたたましい足音が響いた。アルフォンスとセリスである。
「シオン、賊が現れたって?」
片手に自作の二連装銃を握ったアルフォンスが一言目にそう言った。
「いや、まだ確認できていない。」
「でも、先程から爆発音が絶えませんわ。まるで砲撃でも受けているような。」
「何を爆発させているのかは分からない。けれど、少なくとも大砲ではないはずだ。大砲ならもう一発や二発はこの辺りに着弾していてもおかしくないから。」
詩音がそう答えると、もう一度爆発音が響いた。
「でも、何らかの攻撃を受けていることは間違いがないでしょう。加勢に行くべきではないの?」
フランソワがそう言った。
「だからこそ、俺達は動いては駄目だ。王国軍がかなりの数救援に向かっている。その分、宮殿が手薄になっているのだから。」
詩音がそう言うと、フランソワがそうか、と頷いた。
「この隙に宮殿に侵入する、ということね。」
「ですけれど、これだけ門扉に兵力が集中して、突破できるとは到底思えませんわ。恐れをなして逃亡を図られた方が厄介では?」
セリスがそう言った。
「その時はその時、もう少しここの警護を請け負うまでさ。とにかく、俺達だけでもこの場を守らなければ。」
「分かったわ、シオン。それで、私たちはどこにいればいいのかしら。」
フランソワがそう言った。
「二階、宝物庫の前に行こう。」
詩音はそう言うと、力強く一歩を踏み出した。
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第十八話です。宜しくお願いします。
黒髪の勇者 第一編第一話
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