さて、いきなり制服のデザインをしろ、などと言われてもそう簡単に出来る筈もない。
デザイナー、なんて職業は美的センスの塊みたいな人間が就くものである。
俺こと北郷一刀は、そういった感覚には如何せん、縁が無かった。
学園にいればフランチェスカの制服、寮に帰ればゆったりとした、ジャージの様な服装を好んで着ていたのだ。
流石に街中を、その恰好で歩きまわる度胸までは持ち合わせていなかったが、ちょっとしたトレーニングや、素振りをするには打ってつけであったのである。
自然、お洒落とは徐々に離れていく行く訳で。
「もうちょっと、マシな格好をすれば女の子が寄ってくるんやけどなぁ。かずピー、基はええんやし。」
そんなことを友人に言われたこともあった。
友人、及川は、その言葉を口にするだけのファッションセンスを、十分に持ち合わせていた。
しかし、彼に彼女が出来た、などの羨ましい知らせは届いたことはなく、服装と、恋人が出来るかどうかの関連性は、俺の中では不明なままである。
まぁ、流石に全くの無関係だ、などとお目出度い考えを持ってまではいなかったが。
従って、俺の中ではファッションの重要性はそこまで高くなかったのである。
そんな人間に制服の意匠が考えられるのか、と聞かれれば答えは勿論ノーであり、自身が纏っていた物とは対になる、フランチェスカ学園女子制服を必死で思い出している所であった。
「何か……肩にひらひらがあって……。」
ストールを首元に巻いたような感じだったよな?
それとも、あれはマントと呼んだ方が正しいのだろうか。デザインどころか名称まで分からない。
どうにも知識が足りなかった。
こんなことなら、もう少しアイツの話を聞いておくんだったな……。
今は遠くにいる、懐かしい友人を思う。
帰れるのだろうか。
ふと、日本の風景が脳裏へと浮かぶ。
先生に資料を集めてもらってはいるが、その成果は芳しくなかった。
考えるのはやめよう。胸へと込み上げてくる、もやもやとしたものから目を背けるように、手元の作業へと没頭する。
枝を使い、砂地に絵を描いてゆく。
意外と覚えていないものだな……。
普段、見慣れているはずの服なのだが、地面に描かれているのは、どこをどう見てもそれとは程遠いものであった。
ただ、思ったよりも自分に絵心があったのが収穫と言えば収穫だろう。
あの話し合いから既に三日。
制服の話は、いつの間にやら他の子たちにも伝わっており、日増しに俺への期待が高まってゆく。
時間が経つごとにハードルがどんどんと上がっていくので、早いうちに終わらせたかったのだが、まだまだ完成は遠そうである。
「お姉様が、私の為に服を作ってくれるのです。」
その背景に、一杯の花畑を浮かべながら、楽しそうに笑顔を振り撒く巨達ちゃんが今だけは煩わしく思える。
笑顔と一緒に、制服の話を振り撒いたのもまた、彼女だった。
「意匠の方は上手くいっていますか?」
夕食を囲みながら、先生は問いかける。
食卓に並んだものは、いつもの様に根菜を煮込んだ粥だ。個人的にはそろそろ肉や魚などが恋しくはあるのだが、居候の身としては言い出しにくい。
味に関しては文句なく美味しいので、不満はない。それどころか、粥一つに、これだけの味の深みを出せるのかと、驚愕した程である。
ただ、それでも、と思ってしまうのは、食事一つにも故郷を思い返してしまうからであった。
つい最近まで、何気なく口にしていた、お世辞にも美味しいとは言えないようなカップ麺ですら、今では恋しかった。
海外には住めそうにないな……。
味覚がこんなにも人を縛りつけるものだと、こんな経験でもしなければ気付かずに過ごしていただろう。
「どうしました?北郷さん。」
呼びかけるような声に、俺は我へと返った。
鳶色の瞳を、僅かに揺らせ、形の良い眉も曇らせたまま、こちらを彼女は覗きこんでいた。
「いえ、何でもありません。」
ちょっと考え事をしていただけですよ、と左右に首を振った。
「……そうですか。」
そう、言葉を返したものの、先生の顔は浮かないままであった。
その表情に、参る。
職業柄、人の感情の機微を読むのには長けているのだろう。
やっぱり隠しきれないものだな、と彼女の鋭さに舌を巻いた。
「正直、上手くはいかないものですね。先生が考えた方がいいものが出来ると思いますよ。」
指先で頬を掻きながら、苦い笑みを口元に浮かべる。
「あら、そんなことはありませんよ。私が考えたら、北郷さんは、きっと女の子を見られなくなっちゃいます。」
くすくす、と悪戯っぽく笑う。
どんなものを着せる気だよ、と思ったのだが、何となく聞かない方がいい気がした俺は、曖昧な表情を浮かべるだけであった。
まぁ、冗談はともかく、と前置きをして、先生は言葉を続ける。
「制服を見慣れている、北郷さんなら出来るのではないかと思ったんですよ。」
思い出してみるだけでいいのですから。
さらりと、一番難しいことを簡単に言ってのける。それが出来ないから頭を悩ませているのだ。
ただ、それを口にした彼女は、本当に簡単なことだと思っている節がある。
残念ながら、貴女が期待している程、俺の頭は働き者ではないのです。
小首を傾げながら、柔らかく微笑む彼女の顔に、そんな言い訳をしたくなった。
「そんなに難しく考える必要はありません。」
若干、へこみ気味の俺に、気遣わしげに声を掛ける。
柔らかかった彼女の笑みは、何処か固く、あはは、と乾いた声が漏れていた。
漫画だったら、その額からは滝の様に汗が流れているだろう。
いつまでもそんな顔を、彼女にさせ続けるのは心苦しいので、気を持ち直して言葉を返す。
「難しく考えるな、と言われても、そう、中々……。」
プレッシャーがきついのですよ、期待をかけてくれるのは嬉しいんですけど。
卓に並べられた杯を取り、中の水を口に含む。
美味しく感じられたのは俺が井戸から引っ張ってきた水だからかね。
それとも、相手がいいお陰かな、そんなことを思いながら、彼女へと目をやる。
そこには、両の目をきらきらと輝かせ、身を乗り出すようにこちらを見つめる先生の姿があった。
これはマズったかな……。
滝の様に汗を流す順番は、どうやら俺へと回ってきたようだ。
「えーと、俺は、何と言いましたかね?」
右手を後頭部に当て、少し掻き乱す。簪で止めた髪の毛先が、手の甲に当たってくすぐったい。
「ぷ……、確か、ぷれしゃあ、と言いました!」
そう、元気な声で返す。
プレゼントを貰った子供のようだ。包み紙に手をかけ、開けていいよ、との言葉を今か今かと待ち構えている。
そんな、いかにも、わくわく、といった面持ちでこちらを眺める彼女。
これが包み紙を広げるだけなら問題はないのだが、先生の場合はそうはいかなかった。
彼女は、プレゼントをどこで買ったのか、何で出来ているのか、いくらで売っていたのか、と何から何まで、遊びながら聞くタイプだった。
知らないこと、新しいことが気になるという気持ちは分かる。分かるのだが、もう少し抑えては貰えないだろうか。
以前に、夕食で、ケータイと口にしたことがあった。
その言葉を耳にした彼女は、次から次へと疑問を投げつけて来たのだ。
携帯から電話の話にカメラの話、そこからベルさんの話へ発展し、更にスコットランドへと広がりを見せ、挙句の果てには欧州に米国など世界史レベルまでに話が及んだ。
俺に出来る説明は精々、電話機はベルさんが作ったんだぜ、というレベルであり、外国の話になると、何とも曖昧でふわふわとしていたものであったが、それでも先生は楽しそうに聞いていた。
湧いて出る泉の様な彼女の質問に答え続けた俺は、人生で一番口を開いた日なのではないか、と熱を持ち、ぼんやりとした頭で思ったものだ。
「良い話が聴けました。」
そう、先生がほくほく顔で締めくくったのは、既にお天道様が顔を出していた頃の話である。
俺の話の中でも、政治や経済、学業といった分野では冷静に話を聞いてくれる彼女ではあるのだが、何故か、珍しい言葉や風習には酷く興奮をして感情に赴くままに問いかける嫌いがある。
この大陸にいるという貪(正しくは犭貪 獣偏に貪)という怪物が知識を喰らう時は、きっと彼女の姿を取るのだろうと思ったほどだ。
冷静でいられるのか、はたまた興奮するのか。そこにどんな違いがあるのか俺には分からなかった。
以来、なるべくあっちの言葉は使わないようにと、気に掛けてはいたのだが、今日はちょっと失敗してしまったらしい。
彼女に気付かれないように、小さく溜息を溢し、恐らくはプレッシャーであろう言葉の説明へと取りかかった。
「成る程、重圧や重荷の様な事を言うのですね?また、面白い話が聞けて満足です。」
今回は短く済んで良かった……。
それでも、杯の水を何度もお代わりをする羽目になったが、夜を越すよりは何倍もマシであった。
目を閉じ、うんうんと頷く彼女を疲れた顔で見やる。
先生の表情は、あどけなさを残す、無邪気な少女のようなものであったが、それを愛でるには俺の気力が足りなかった。
誠に残念な話である。
「思ったよりも話が逸れてしまいましたが、やはり難しく考える必要はないのですよ。」
柔らかい表情のままに、先生は言う。
「北郷さんは男の子なんですから、ただ、純粋に、女の子に着て貰いたいと思う服装を考えればいいんです。」
あんまりはしたない恰好はいけませんけどね。
片目を閉じて、ぴん、と人差し指を立てながら、彼女は悪戯っぽく笑った。
その言葉は正に天啓であった。
今の今まで思い悩んでいたのが馬鹿らしくなる程に、次から次へとデザインが浮かぶ。浮かぶ。
お礼もそこそこに、ほぼ自室と化した保健室へと一目散に駆け出した。
明かりを灯し、安物の布へと筆を走らせる。
勢い余って跳ねる墨にも気を留めず、一心不乱に書き殴る。
一度、動き始めた筆は停止することを忘れたように走り続ける。もう、止まらないし、止まるつもりもなかった。
湧き上がるインスピレーションと、迸る感情のままに、思いの丈をありったけ布へと叩きつける。
芸術は爆発だ。
素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい!嗚呼、何と素晴らしい言葉なのだろうか!
内なる奔流を、その情熱を持って撒き散らす。これを爆発と言わず、何と呼ぶのか!
もっと、もっと……もっともっともっともっともっともっとぉぉぉぉぉお!
「フゥーハハハハハ!もはやこの俺を止められる者など、いっなぁぁあいっ!」
布が足りんぞーーーーーー!
そのまま笑い続けること幾許か。
「出来た……。」
俺の手元には、二パターンの衣装が書きつけられていた。
一つは聖フランチェスカの制服デザインを流用したもの。
茶色と白の落ち着いた色合いでまとめ、腰の後ろには薄緑の大きなリボンをアクセントに添える。
地味さの中にも可愛らしさを与えるため、白地のスカートには小さくフリルをあしらう。
そして、金の刺繍を全体に、しかし派手にはならない程度に施して引き締めた。
もう片方は、俺の夢を詰め込んだメイド服を元に、フランチェスカの制服へと近づけたものだ。
全体はネイビーブルーと白に染め、見る者に楚々とした印象を与える。
こちらも先程と同様に、薄い緑色のリボンを腰の後ろではなく、左腰へとあしらい、全体に金色の刺繍で彩りを加えた。
学園の制服ということで本格的なエプロンドレスを作る訳にはいかなかったものの、フランチェスカと、メイド服、双方の良さを兼ね備えた渾身の出来だ。
かなりの体力と、気力とを消耗したが、十分に満足のいく結果となった。
今なら真っ白に燃え尽きるという表現が手に取るように分かる。
これ程ばかりに素晴らしい服を生み出してしまう自分の才能が恐ろしい。
そう、何も悩むことなどなかったのだ。
女の子を可愛く仕立てる。この仕事は男の義務である。
そして、それを成すためには、唯ひたすらに彼女たちの美しく着飾った姿を思い描けば良いだけなのだ。
愛を持ってそれを取り行えば、生まれ出づるものが驚嘆に値しないものであるはずがない。
――これぞ天職である。
先生の一言は俺の蒙を開く、正しく天の導きであったと言っても過言ではなかった。
俺の思考が保たれていたのはそこまでである。
がっくりと全身から力が抜け、卓上へと上半身を投げ出して眠りに着いた俺は、そのまま朝まで目覚めることがなかったのだ。
北郷一刀の奮闘記 第四話 狂気のマッドデザイナー 了
〈あとがき〉
今回は一刀君が盛大に暴走をするお話でした。
私の拙い文では伝わりにくかったかも知れませんが、一刀君のデザインしたものは、ゲーム上で朱里と雛里が着ているもので、このお話までは、彼女たちは平民服を纏っていました。
今までの話で、朱里と雛里のどんな服を着ていたかという描写がすっぽりと抜け落ちてるので、一つ前の話に少し手を加えておこうかと思います。
それではまた次回もお願いします。
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今回は半ば勢いで作ったようなお話なので、
一部、不愉快に感じる点があるかも知れませんが、
多めに見て頂けるとありがたいです。