「で?」
「いやあの霞さん」
「で? ってウチは聞いとるんや」
「だからその別にやましい事とかじゃ無くて」
一通り治療の終えた女の子を背負って宿に戻ると霞が完全にレイプ目になっていた。
受付を通る時のお姉さんのゴミを見るような眼も堪えたけど、これはヤバい。
何がヤバいかって完全にバッドエンド入ってるときの目だ。
具体的には中に誰もいませんよ的な。
「じゃあ、何で女の子を拾ってくるなんて事が起きるんや?」
「それを今から話そうと思った訳でして」
「うっさい! 言い訳すんな!」
「まあまあ文遠、落ち着いてさ、ちょっとは北郷の話も聞いて、な?」
「そ、そうですよ文遠ちゃん。北郷さんがそんなにホイホイ女の子を連れ込んだり」
二人が輝いて見えた。
ありがとう二人とも、君たちは命の恩人だ。
「文ちゃん顔ちゃんどいて、そいつ殺せない」
「よっしゃ、あたいらは止めないぜ文遠」
「頑張ってね!」
2秒で裏切られた。
くそっ、薄情者どもめ!
「だから霞、落ち着いて話を」
「あはは、一刀がウチに手ぇ出さずに他の女の子に手ぇ出す訳無いモンな。
そんな一刀居る訳ないもんな。やで……やで、お前は一刀ん偽物や!」
くそ、俺はいったいどこでルート分岐を間違えたんだよ。
こんなnice bortなオチに進む筈じゃあ無かったのに!
「偽物は死んでまえっ!!」
「……ん、朱佐ちゃん? 宝慧?」
「ちょ、霞待っ」
背中で声がしたと思い霞を止めに掛るが既に時遅く。
抉るようなストレートが俺の顔面に炸裂した。
「げぶらっ!!」
「おおっ!? これは何事ですか?」
「か、一刀の浮気者ーっ!」
背中から落ちれば、俺は背負った女の子を下敷きにしてしまう。
空中で痛む頬を気にしつつ身体を無理やり捻ると背中を上に向けた。
お陰で俺は顔面から床に打ちつけられる羽目になったが、女の子はなんとか無事だ。
「……お、俺さ、誤解を解いたら……霞と結婚するんだ……」
「おおっ、どなたかは知りませんが見事な死亡フラグっぷりなのです」
褒められても何も嬉しくねぇ……。がくっ。
「あ、北郷死んだ」
**
「……で、俺はこの娘を拾った訳だ」
「なるほど。でもそんなすげえ事ってあるんだな」
「ホントだね。春天ちゃんってもしかして物凄い馬なのかな」
痛む頬を摩りつつ三人に説明をするとようやっと誤解が解けた。
しかし霞のコークスクリューパンチ痛すぎる。
「ご、ゴメンな一刀。ウチの早とちりやった」
「頼むからさ、今度からは話聞いてくれよな」
「う、うん」
霞は反省しているようなのでこれ以上傷口を抉ったりはしない。
文醜顔良のどちらかだったら満身創痍になるまでちくちくちくちくやるけど。
「でさ、えっと、キミの名前は?」
と、俺は此処で話題を霞から拾った女の子に切り替えた。
まだ名前さえ聞いて無いのだ。流石にソレは会話する上で不都合すぎる。
「はいー、風は程昱、字は仲徳なのですよ、お兄さん。因みに数え年で十歳なのです」
「なるほど。俺は高順、高北郷だ。だからさ、そのお兄さんってのはちょっと……」
「お、お兄さんて……妹路線はウチ攻めとらんしもしかして一刀がそっちがええ人やったらウチの立場がヤバいんとちゃうやろうか……」
真っ黒な霞がそこに居た。
何と言うか、突いたら藪蛇どころか藪偃月刀くらいきそうな感じだ。
「まあ、なんだかヤバい霞は置いといてだな。あそこで体育座りしてヤバそうな空気を纏っているのが張遼、張文遠で」
「あたいは文醜」
「私は顔良って言います」
「これはこれは、ご丁寧にー」
「えっと、それでさ。色々聞きたい事があるんだけど、質問して良いかい?」
「はいー、どんとこいなのです」
胸をぽんと叩き元気そうな表情を浮かべる仲徳さん。
「まずさ、仲徳さんはなんであんなところに倒れていたの?」
「はいー、風は盗賊さんに追いかけられて逃げてきていたのです。
馬さんに乗ってたのですが、意識を失っちゃってたみたいで、途中で落っこちちゃったのです」
「なるほどね。だから肩に矢が刺さってたんだ」
「そうなのです、って、おおっ! いつの間にか矢がきれいさっぱり!」
「あ、それはね、医者に診てもらって手当をして貰ったんだよ」
「それはそれは、見ず知らずの風をそんなに良くしてくれてありがとうございますなのですよ」
「いえいえ」
なるほど、言葉づかいといい物腰といいコレは一朝一夕で身に着く物じゃないな。
そうすると仲徳さんは何処かいいとこのお嬢さんとかなのか?
「あっ、そう言えばお兄さんお兄さん。風と一緒に居た筈の女の子とお人形を知りませんか?」
「あ、ああ……その事何だがな……。先ず先に言っとくと、人形はそこの机の上に置いてあるよ。
それで、女の子の方は……その、アレだ。言いにくいんだけどな」
俺が言い淀んでいる事で気が付いたのか、仲徳さんはさらりと事もなさげに言った。
「ああ、死んじゃったんですね。朱佐ちゃん赤ちゃんでしたもんねー。アレだけ寒ければ死んじゃって当然なのです」
「お、おう……その、済まなかった。俺が見つけた時には既に……」
予想とは違う反応に大いに困る俺。
暴言の一つ二つくらいは言われる覚悟だったのだがどうも拍子抜けしてしまう。
「いいですよー。お兄さんが気にしたってどうにもなりませんし。
寧ろ風にとってはご主人様の足枷が外れた様な物なのです。ねー、宝慧」
『おうおう、風ってば中々キツイこと言うねぇ』
「そ、それは腹話術か何かなのか?」
突然人形で一人芝居を始める仲徳さん。
俺達4人はどう反応すべきか言葉に詰まってしまった。
「何を言ってるのですかお兄さん。宝慧は喋るお人形さんなのですよ」
『そうだぜ兄ちゃん。俺は宝慧ってんだ。そいこらの人形と一緒にされちゃあ困るぜ』
……じゃあ、どうして仲徳さんは宝慧の喋るときに口を動かしているんだ?
本人はとても冗談なんかを言っている様な様子では無い。
つまり、自分が言ってると思わずに、自分で声を発しながら人形が喋ってると思っているのだろうか。
しかし、それを俺が指摘することはできなかった。どうやら、仲徳さんにはまだまだ何かありそうだ。
「そ、そうか……。
あのさ、この質問に答えるのは辛いかもしれないんだけどさ、聞いていいかい?」
「どんと来てくださいなのですよ」
「君が賊に襲われた、ってのはどんな状況下でだったの?」
「えっとですねー、風達が泊ってた邑に盗賊さんがやって来たところから始まってですねー……」
仲徳さんの話は、とてもじゃないが十歳の女の子が体験して良い様なモノでは無かった。
良識的な主が無残に張り付けにされ殺されるのを目の前で見て、人を薪代わりに炎を炊く様子を見て。
十数人のとても敵いそうにない大男に追われ矢で射られ、あげく腕の中で赤ん坊が死ぬ様を見届けた。
「それで、朱佐ちゃんが死んじゃって、風は眠くなっちゃったのです。
でも、お兄さんに助けられて、風は生き残ってしまったのです」
「……そっか」
それらは全部この小さな女の子の中に刻みつけられて、消えない傷跡になったんだろう。
ずっと小さくて、こんなにも細い身体の全身では背負うには重すぎるモノを沢山背負って。
だから、この娘は多分心を閉ざしたんだ。悲しんでいたらとても背負えないって分かった、とても賢い娘だからこそ。
死を直視することを止め、仮初めの人格を己の中に作ることで和らげようとしたんだ。
「はいー、っておおっ!? お、お兄さん?」
「……ごめんな。本当に……ごめん」
気付けば俺は勝手に、この小さな壊れた女の子を抱きしめていた。
それがどれほど残酷な偽善と分かっていても。
彼女を救ったのは俺らしくない唯の気まぐれでしかなくて、助けた後のこの娘の人生を背負う覚悟もない中途半端な偽善だけれども。
背負い過ぎた少女の心を、少しでも楽にしてあげたかった。
「……ふぐっ、うっ……えぐっ……」
「ごめん……ごめんな……」
俺の口から漏れる謝罪の言葉は、一体誰に向けた物なのか。
この娘へ向けたものなのか。助けられなかった赤ん坊へ向けた物なのか。
それさえも分からなかった。
もしかしたら、俺はこの壊れた少女と自分を重ね合わせているのかもしれない。
俺だってどう考えてもこっちじゃ欠陥品だ。
今こそこうマトモに見えるかもしれないけど、一度俺は、人格から徹底的に破壊されているし。
それこそ、今この瞬間に霞が助かって他の人間が全て死ぬか、霞が死ぬ代わりに他の人間が皆生き残るか
どちらかを選べと言われたら前者を即答するだろうし。
そこから見てとれるように価値観や生命的な道徳は完全にまだ壊れたままだ。
つまり霞という存在で俺があるようなもんなのに、霞が欠けた状態なようなもんだ。
……簡単に言えば、霞に出会う前の俺ってことだ。
俺はこの壊れた娘と自分を重ね合わせているのかもしれない……いや、重ね合わせてる。
それに、何となくだけど、この娘は全部を拒絶して外から見ることで悲しくならないようにしようと願った、あの俺に似ている気がする。
ということは、俺はこの娘を憐れんでこうしているのか、と聞かれれば答えは否だ。
人の心境なんて人様にゃ世界が1万年進んで逆立ちしたって理解出来っこないんだ。
なのに勝手に分かった気になって同情なんて、傲慢の極みもいいところだ。
兎に角だ、俺はまぁ、今は……。今はただこの壊れた女の子を思いっきり泣かせてあげようと思った。
そうすることで。少しだけでも救われない女の子が救われる事を願って。
**
「……落ち着いた?」
「はいー。えっと、ありがとうございます。ちょっとだけすっきりしたのです」
その笑顔に無理は感じなかった。
どうやら心が完全に壊れてしまうことは防げたみたいだ。
だけど、既に負ったトラウマまでは無理だった様だ。
既に逃避の為に形成された人格は仲徳さんの中に確固たる存在として残ってしまった。
死を死と思わない感情と、宝慧という仮想の存在だ。
壊れた女の子は、多分このまま壊れた女の子なのだろう。
だけど、そうだからと言ってどうこうしようなんて風には俺は思えなかった。
「ところで仲徳さん」
「風でいいのです」
「え、でもソレ真名じゃ……」
「風って呼んで欲しいのです! お兄さんは風の大恩人なのですから」
「わ、分かったよ。じゃあその真名、しっかり預かったから」
「はいー、分かりましたよ、お兄さん。
呼んで貰えないのは残念ですけど、いつかはそれで風を呼んでくれると嬉しいのです」
なにやら強い押しに押し切られてしまった感があるが、真名を預けるってことはそれだけ重い決心があるのだろう。
それに俺が答えられるかは分からないけど。
『ひゅーひゅー、女の子の扱いに手慣れてんなあ、兄さんよ』
「べ、別にそんな事は無いよ。それでさ、皆にちょっと頼みたい事があるんだけど……はっ!?」
なんだ、殺気か!?
「一刀? 女の子の扱いに手慣れてる、って、どういうことや?」
「し、霞さんや。お、落ち着いて話し合おう」
「問答無用や! やっぱ一刀の浮気者ぉーっ!」
「ひでぶっ! 胃を狙うのは駄目だよ霞さん……」
「うっさいわ! 一刀ってそないに幼女が好きなんか!? そうなんか!? ウチは守備範囲外なんか!?」
「ちょ、痛いから!! そんなとこ踏まないで!」
こ、こんな締まらないオチにする筈じゃ無かったのに! って痛い痛い痛い霞さん痛い!
**
/風
「ん……朱佐ちゃん? 宝慧?」
「ちょ、霞待っ」
なにやらガヤガヤと騒がしい音が風の耳に届きました。それに釣られて目蓋を開くと……。
知らない天井なのです……では無く、この場合は知らない背中なのです、とでも言えばいいのでしょうか。
見知らぬお兄さんが風をおんぶしたまま殴られていました。
ちょっと訳が解りませんでした。
「おおっ!? これは何事ですか?」
どうやら向こう方は風が起きている事に気付いてないようです。
突然の浮遊感に驚いていると、風をおんぶしていたお兄さんがぐるりと反対側に回転しました。
どうやら風を下敷きにしない為に回ってくれたようです。
「……お、俺さ、誤解を解いたら……霞と結婚するんだ……」
「おおっ、どなたかは知りませんが見事な死亡フラグっぷりなのです」
ところで、ふらぐって何なのでしょうか?
言わなければいけない衝動にかられたのですが。
**
「……で、俺はこの娘を拾った訳だ」
「なるほど。でもそんなすげえ事ってあるんだな」
「ホントだね。春天ちゃんってもしかして物凄い馬なのかな」
「ご、ゴメンな一刀。ウチの早とちりやった」
「頼むからさ、今度からは話聞いてくれよな」
「う、うん」
何やら風の預かり知らぬ領域で話が進んでいる様です。
ここでお口を挟む程風は空気の読めない子では無いので黙って聞いていました。
すると、風をおんぶして空中で回転してみせたお兄さんが唐突に風の方をむきました。
「でさ、えっと、キミの名前は?」
「はいー、風は程昱、字は仲徳なのですよ、お兄さん。因みに数え年で十歳なのです」
聞いていなかったので分かりませんが、どうやら話題は風へと変わったようです。
「なるほど。俺は高順、高北郷だ。だからさ、そのお兄さんってのはちょっと……」
ふむふむ、お兄さんは北郷さんなのですね。
「お、お兄さんて……妹路線はウチ攻めとらんしもしかして一刀がそっちがええ人やったらウチの立場がヤバいんとちゃうやろうか……」
なにやら病んだ雰囲気を出す人がいます。
ふーむ、どうやら風がお兄さんと呼んだのが不味かったみたいです。
「まあ、なんだかヤバい霞は置いといてだな。あそこで体育座りしてヤバそうな空気を纏っているのが張遼、張文遠で」
「あたいは文醜」
「私は顔良って言います」
「これはこれは、ご丁寧にー」
お二人が文醜さんに顔良さん。ちょっと雰囲気が危ないのが文遠さんですね。
「えっと、それでさ。色々聞きたい事があるんだけど、質問して良いかい?」
「はいー、どんとこいなのです」
風は確かに客観的に見れば謎だらけなのです。
さてさて、お兄さんは何から質問してくるのでしょうか?
「まずさ、仲徳さんはなんであんなところに倒れていたの?」
「はいー、風は盗賊さんに追いかけられて逃げてきていたのです。
馬さんに乗ってたのですが、意識を失っちゃってたみたいで、途中で落っこちちゃったのです」
「なるほどね。だから肩に矢が刺さってたんだ」
「そうなのです、って、おおっ! いつの間にか矢がきれいさっぱり!」
痛くないと思ったら、どうやら治療済みだったようです。
「あ、それはね、医者に診てもらって手当をして貰ったんだよ」
「それはそれは、見ず知らずの風をそんなに良くしてくれてありがとうございますなのです」
しかし、このお兄さんはもしかしてとんでもないお人よしなのでしょうか?
見ず知らずでお金も持ってなさそうな風をお医者様の所に連れて行ってくれるなんて、
普通ならそんな旨い話がある訳ないと思い裏があるんじゃないかと思ってしまってもおかしくありません。
「いえいえ」
しかしどうもそう言う訳でもなさそうです。
風がお礼を言うと優しく嬉しそうに微笑んだだけでした。
言葉は悪いですが、こんなにぽわぽわしてお馬鹿でお子様みたいな思考でやっていけるのでしょうか?
お子様といえば……、そういえば先程から朱佐ちゃんと宝慧の姿が見えません。
はて、風は二人をしっかり抱っこしてた筈なのですが。
「あっ、そう言えばお兄さんお兄さん。風と一緒に居た筈の女の子とお人形を知りませんか?」
「あ、ああ……その事何だがな……。先ず先に言っとくと、人形はそこの机の上に置いてあるよ」
おおっ、宝慧は無事なようです。
尤も、お人形さんが死ぬのか風には分かりませんが。
「それで、女の子の方は……その、アレだ。言いにくいんだけどな」
どうやら言い淀むところを見ると、朱佐ちゃんは駄目だったようです。
でも不思議なものです。
あんなに大事にぎゅっと抱っこしてたのに、いざ実際に死なれるとこうもなにも思わないとは。
どうやら風の中では朱佐ちゃん程度どうでもよかったみたいです。
まあお人形さんと同列に扱ってる辺り元々そうだったのでしょう。
「ああ、死んじゃったんですね。朱佐ちゃん赤ちゃんでしたもんねー。アレだけ寒ければ死んじゃって当然なのです」
「お、おう……その、済まなかった。俺が見つけた時には既に……」
はて、どうして見ず知らずのお兄さんが言い淀むのでしょうか?
他の皆様もなにやら困った様な顔をしているのです。
「いいですよー。お兄さんが気にしたってどうにもなりませんし。
寧ろ風にとってはご主人様の足枷が外れた様な物なのです。ねー、宝慧」
『おうおう、風ってば中々キツイこと言うねぇ』
気にされても困るので軽口を叩いて雰囲気を和らげてみようと思ったのですが……。
はて、何故皆様そうも困った顔をするのでしょうか。
風が小首をかしげると、苦笑いを浮かべたお兄さんが話しかけてきました。
「そ、それは腹話術か何かなのか?」
「何を言ってるのですかお兄さん。宝慧は喋るお人形さんなのですよ」
『そうだぜ兄ちゃん。俺は宝慧ってんだ。そいこらの人形と一緒にされちゃあ困るぜ』
一体どこに腹話術の要素があるのでしょうか。
宝慧みたいなお人形さんが喋るってことは認めがたい程に珍しいということでしょうか。
「そ、そうか……。
あのさ、この質問に答えるのは辛いかもしれないんだけどさ、聞いていいかい?」
何やら意図的にお話を逸らされた感があるのですが……、まあお兄さんにも色々と思う事があるのでしょう。
「どんと来てくださいなのですよ」
我ながら薄い胸を張ると、風はお兄さんが反らした話題に乗っかりました。
「君が賊に襲われた、ってのはどんな状況下でだったの?」
「えっとですねー、風達が泊ってた邑に盗賊さんがやって来たところから始まってですねー……」
そこから風は、盗賊さんに襲われてご主人様が死んで、沢山のお知り合いの人の死体が燃えている光景を見て、
盗賊さんに追いかけられて、肩を矢で射られて、腕の中で朱佐ちゃんが死ぬまでを語りました。
でも、不思議なものです。
あんなに怖くて心細くて寂しかったのに。いざ今思い返し語ってみれば、何て事の無い喜劇の様に思えてしまいます。
死んで目を剥くご主人様の表情の皺まで覚えているのに、思いだし先ず出るのは舌をでろんと出したその顔が如何に滑稽だったかなのです。
腕の中で冷たくなった朱佐ちゃんを一生懸命抱っこした風自身が感じた冷たい体温も、今思い返せばどうでしょう。
死体を一生懸命抱っこしてめそめそしてた風のお馬鹿さ加減ばかりが思い出されるのです。
「それで、朱佐ちゃんが死んじゃって、風は眠くなっちゃったのです。
でも、お兄さんに助けられて、風は生き残ってしまったのです」
だって、風は死なんて身近なものだって気付いちゃったんですから。
生きていればどうせ死ぬのです。ならソレに一々反応する方が面倒というものなのです。
死人をいくら着飾っていくら豪華なお墓に入れたって、ソレは結局死人なのです。
野ざらしで犬畜生に食われて朽ちるのと墓の中でカラカラに乾いてから粉になって朽ちるのとで、果たしてどれほど異差があると言うのでしょうか?
「……そっか」
どうやら風があんまりにも淡々と言う所為で空気がしんみりしてしまったのです。
はて、何故でしょうか?
人が死ぬなんて事はとっても簡単なことなのに。
それこそ風が今から半刻息を止めたらぱったりと死んじゃえますし、今この屋根が崩れ落ちたらもれなく全員死んじゃうのに。
簡単なコトを態々長ったらしく感情こめてお話するのが普通なのでしょうか?
どうなんでしょうかね、宝慧はこれについてどう思うのですか?
やっぱり死の無いお人形さんだと風の様な感情を抱くのでしょうか?
寧ろ、風がお人形さんなのでしょうか?
と、いつまでもこんな健康に悪そうな空気は宜しくないと風は思うのです。
なのでさっさとお返事をして空気を変えることにします。
「はいー、っておおっ!? お、お兄さん?」
びっくりしちゃいました。
だってしんみりしていたお兄さんが突然風をぎゅっと抱っこするのですから。
「……ごめんな。本当に……ごめん」
はて、お兄さんは何に謝っているのでしょうか。
もし風に謝っているのなら、それはとんだ傲慢だと風は思うのですが、どうやらそうでもなさそうです。
まるで、お兄さんは風の向こう側に見えるお兄さん自身に謝っている様なのです。
尤も、それはお兄さんがこれっぽっちも風を見ていないと言う事になるのですが。
果たして何があったのかは風には知る由もないのですが。
それでも、その嘘で出来た謝罪はお人形さんな風の心に届いたのです。
それが何を意味するのか。風には皆目見当が……ついちゃいました。
多分ですね。
お兄さんは、風と似たお人形さんだったんじゃないでしょうか?
今の風は、例えるなら白と黒だけで出来た世界なのです。
モノクロ色な目で、映えのない世界を一枚向こうで傍観している文字通りにお人形さんなのです。
それに、何かのきっかけでお兄さんは色を与えられたのだと思うのです。
色が戻ったことで、お兄さんはお人形さんから血の通った人間になったのじゃないかと風は思ったのです。
そしてその、色を与えたのは……多分あのふりふりな服を着た張遼とかいうお姉さんなのです。
今の風は、何にも色を見出せないのです。
今この瞬間に、目の前に居るお兄さんお姉さんが吹き飛んでも、風はそれを冷静に傍観すると思うのです。
それは風自身にも言えることで、今この瞬間に右手が寸刻みに刻まれていっても冷静に血の噴き出す様を見ると思うのです。
それが悲しい事だと言うのは風にも分かります。でも、“分かるだけ”なのです。一枚硝子を挟んで向こう側から観察した結果が、悲しいなのです。
でも、それを止めたいなんて思いません。いえ、思えません。
だって、物語の主人公に同情こそしても、物語の中に飛び込んで掬えるとも思えませんし。救おうと思いませんよね。
それと同じ事です。
「……ふぐっ、うっ……えぐっ……」
でも、そうすると風は何故泣いているのでしょうか?
理解してもらえた様に思えたから?
命が脅かされないって安心できたから?
どれも、観察する風には到底関係の無い感情なのです。
物語の強敵は風を脅かす事もないし、物語の主人公は風を理解して仲間に加えてくれる事もないのです。
「ごめん……ごめんな……」
でも。
そうすると、風はお兄さんの謝罪で何故こんなにも安心出来るのでしょう?
何故涙が止められないのでしょうか?
この涙観測する側が誘発された涙とは違う気がするのです。
……ああ、そっか。
風にも分かっちゃった。
風は、私はもう一度色を取り戻したいんだよね。
でも、そう思う心はつまらない本を読む冷めた観測者の心境なのです。
おおっ、つまり風はもうどうしようもない位にお人形さん、ということなのですね。
でも、ならなんで涙は止まんないのでしょうか。
なんて思いながら風は、硝子の向こうで風の心が涙と一緒に楽になっていやなコトが溶け出してゆくのを眺めていたのです。
**
「……落ち着いた?」
「はいー。えっと、ありがとうございます。ちょっとだけすっきりしたのです」
お兄さんの問いかけに、風はゆったりと微笑んで答えたのです。
何となくですが、もやもやしたわだかまりが無くなっちゃった様に見えたのです。
そのお陰か、風は完璧ににっこりとほほ笑むことに成功しちゃいました。
「ところで仲徳さん」
と、お兄さんに字を呼ばれました。
すると、なんだかもやもやしてきたのです。
これは、風は寂しいと思っているのでしょうか?
「風でいいのです」
風が自分の思考の泥沼を巡回していると。気付けば口からこんなセリフが出ていました。
……おおっ、これは傍観する風ですら思いもよらない言葉なのです。
でもいやじゃあない、ってことはどうやらこの言葉を出したのは風らしいのです。
「え、でもソレ真名じゃ……」
「風って呼んで欲しいのです! お兄さんは風の大恩人なのですから」
「わ、分かったよ。じゃあその真名、しっかり預かったから」
戸惑うお兄さんに、結局真名を呼んで貰うことはできませんでした。
残念なのです。風の真名には価値なんて感じないのですが……。
……ふむふむ、この残念って気持ちは観測する風にも喋っている制御の難しい風にも共通なようです。
これはこれは、風の心情を観察するだけでもご本が出来そうな勢いの思考なのです。
「はいー、分かりましたよ、お兄さん。
呼んで貰えないのは残念ですけど、いつかはそれで風を呼んでくれると嬉しいのです」
なんて言葉を言いかけて見ると、お兄さんは嬉しそうに、でもちょっとだけ困ったみたいな顔をしました。
『ひゅーひゅー、女の子の扱いに手慣れてんなあ、兄さんよ』
これホウケイ、そんな事を言ってはお兄さんに失礼なのですよ。
その表情を見ていると。むねがどきどきして、勝手にホウケイが風の口を遣ってお喋りしちゃってました。
全く、この弟は傍観する風並みに困ったものです。
勝手に何か恐ろしい事を漏らしそうな気がしてならないのです。
「べ、別にそんな事は無いよ。それでさ、皆にちょっと頼みたい事があるんだけど……はっ!?」
と、風が逝った所為でしょうか。お兄さんに注がれる視線が途端に冷たくなってしまったのです。
「一刀? 女の子の扱いに手慣れてる、って、どういうことや?」
「し、霞さんや。お、落ち着いて話し合おう」
「問答無用や! やっぱ一刀の浮気者ぉーっ!」
おおっ。張遼のお姉さんから繰り出される拳、風には全く捕えられなかったのです。
「ひでぶっ! 胃を狙うのは駄目だよ霞さん……」
「うっさいわ! 一刀ってそないに幼女が好きなんか!? そうなんか!? ウチは守備範囲外なんか!?」
「ちょ、痛いから!! そんなとこ踏まないで!」
なにやら断末魔っぽい悲鳴を上げて騒ぐお兄さん。
そんな光景をみていると、風はくすりと笑っちゃいまいした。
傍観者ちゃんじゃ無いのです、風自身がなのです。
こんな光景をちょっとだけ見てたら、一瞬風に色が戻った気がしたのです。
ということは、やっぱっり風が望むのは……。
……なのですかねぇ。
まあ、今はいいのです。
「仲徳だっけ? どうせ北郷の事だ。あたいらの集団に連れて行っていいか、って聞くにきまってるからな」
「先にその答えを言わせてもらっておきますね」
『ようこそ、安邑義馬賊団へ』
傍観者ちゃんがどう思うか、“風には”分かんないのです。
でも出来る事なら、風も色を取り戻したい、って思った気がするのです。
**
あ・と・が・き(はぁと
卑弥呼がマスターアジアと中の人同じと気づいてブルーな甘露です。
水曜日は更新できなくてすいませんでしたorz
同人恋姫祭りに出すのの作成でてんやわんやで……
お詫びになるか皆目見当が付きませんが、今回は12000文字と大ボリュームなので。
それでどうかご勘弁をしてくだせぇだ
風ちゃんのあれ、どういうことだってばよ?
という質問絶対きそうだよなあ、とか思いつつ書いてました。
実際のところ読者の皆様がどう解釈するか自分にはわかりませんが、作者なりの風ちゃんの状態をかかせてもらいますと。
風ちゃんは受けた衝撃が大き過ぎた、と思うのです。
ならば人はそれにどう対応するか?
僕なら衝撃吸収剤を入れると思うんです。
そして、風ちゃんはそれを行なったわけですよ、仮想人格と言う名の衝撃吸収剤で。
すると、すべての感覚を受けてくれる代わりに、彼女自身に嬉しいも悲しいも届かなくなってしまった。
どこか冷めた目で客観的に何事も見なければいけなくなった。
その状況を、風は色をなくした、と評した訳ですよ。
ちなみに一刀君ですが、風と似たような状況は経験済みと脳内設定であるます。
そりゃあ3才から愛も感じずこき使われ5才でブレイクさせらえれば誰でも壊れますよ。
という訳で風ちゃんは、色のない、とか人形さん、とかという表現を多用したのですよ。
始点や注目点がどこか一歩引いたところにあるのもそのせいです。
ちなみに宝慧は……
詳しいことは語りませんが、彼は仮想人格、なんてもんじゃあないです、とだけ言っておきます。
明確な違いは、風のなかに出来た色を失わせた原因である“傍観者さん”(仮名)を風は、あくまでも自分で作ったものだと認識しているのに対しホウケイは……
ではっ
P.S. この広げすぎた壊れた風ちゃん設定の風呂敷たためるのかしら…
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