No.348504

【改訂版】真・恋姫無双 霞√ 俺の智=ウチの矛 三章:話の九

甘露さん

今北産業
・馬ェ
・割と適当な馬調教の知識
・パチュン

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2011-12-17 14:43:58 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:6203   閲覧ユーザー数:5477

 

 馬を駆けさせ、休み無く野を走り抜けること二半時(約5時間)。

 まだ日の出ているうちに安邑の城門が見えたときはどれだけ安堵したことか。

 こういう仕事も基本は信頼が大事だからね。

 初めて頼んでみた取引先が盛大に遅刻してきたらとてもじゃないけど次もとは思えないだろうし。

 

 というわけで着くやいなや俺たちは一休み入れることも無く身なりをそれなりに整え取引の場所に向かった。

 待たされるより出迎えてもらえたほうが、どう考えても相手に好印象だろ?

 小さなことでも出来る限りやって少しでも印象を良くしておきたいからな。 

 

 おっさんは適当に取引じゃーって言ってるだけだが、次からも良好な関係を築くならそう適当にこなしてばかりじゃあゼッタイにダメだ。

 人の印象はほとんどが第一印象で決まると言うし、先手を打っておいても何の損もないし。 

 

 その辺のノウハウは白胡取引で培っている俺のほうが一枚上手な自信が有る。

 ……もしかして、あのおっさんその辺も考えて俺に投げたのか?

 いやいやいや、あの糞野郎に限ってそりゃないな。うん。

 

 「よっしゃ、さっさと準備するぞ」

 

 頬をぱちん、と叩いて気合を入れ直す。

 疲れてはいるが、それを理由にサボるのは違うしね。

 学校の宿題なら怒られるか怒られないかは置いといて定番の言い訳だけど、コレは商売だ。

 疲れたんでバイト休みます何て言ったら即首が飛ぶ。それと一緒の事だ。

 

 しかし、どうもそう言う風には考えていない様子の二人から文句が出る。

 霞は……休みたいから賛同したいけど俺が直ぐに準備を始めたい心情も分かるからどうすればいいんだろう的な表情をしていた。

 

 「えぇー、あたい疲れたよ」

 「ちょっとくらい休憩しちゃ駄目なんですか?」

 「駄目だ」

 

 即答すると文醜は「あたい不満だ」って表情を隠さずに俺を睨んだ。

  

 「じゃあ文醜、こう例えたらどうだ。

  文醜がお昼時に一軒の料理屋に入ったとする。

  お前はお腹がすいて今すぐにでも何か食べたくて仕方ないんだ。

  もちろんお店は営業中の看板を出してあるから頼めば直ぐに何か食べられるだろう、空腹が収まるだろうって思う訳だ。

  ところがいざ席に座り注文をしようと思うと店員はこう言った訳だ『ごめんなさい、まだ準備中なんです』

  さあ文醜はどうする?」 

 「そりゃ店長を引き摺りださせてブン殴って……あっ」

 「気付いたんだな、そう言う事だ。 んで、文醜は一頻り殴った後、こう思う訳よ」

 「なるほどなー。こんな店二度と来てやるかっ、だろ?」

 「その通り。それで俺達はそんな間抜けな料理屋にならない為に直ぐ準備しなくちゃいけない訳だ」

 

 例えを上手く理解してくれたようで、文醜は渋々な表情ではあるが準備する気にはなったようだ。

 

 「まあ、そんなひでえ料理屋があるかないかは置いといて。 

  二人も言いたいこと分かっただろ?」

 「うん」

 「はい」

 

 上から霞、顔良だ。

 元々ちょっと不満ですくらいだった二人はさっと聞き分けてくれた。

 

 「じゃあ俺酒を運んでくるから、三人で天幕張るの頼んだよ。二刻後までに終わらせるように」

 

 はーい、という返事を背中で受け、俺は馬から積み荷を外すのに掛った。

 

 **

 

 「ええ、ではこれからも御贔屓に。 …………ふぅ」

 

 取引の相手が満足そうに馬車に酒壺を積み込む様子を見守り、走り去るまでを見届けると俺は盛大に溜息を吐いた。

 

 「お疲れさん」

 「お疲れ様でした北郷さん」

 「うん、二人ともお疲れさま」

 

 一緒に取引に立ち合ってくれた二人にも労いの言葉を掛ける。

 二人は大槌と大剣を威厳いっぱいな表情と共に担ぎ立っていただけなんだけど。

 それでもなれない護衛役ということでそこそこに疲れた様子だ。

  

 「かずとー、終わったん?」

 「うん、霞もお疲れさま」

 「ウチ今回何もしとらんけどな」

 「いやいや、霞の役目も重要だからね」

 「そうだぜー、文遠が居なかったらあたいら安心して取引出来ないもんな」

 「まあ、一番いいのは文遠ちゃんが必要になる時がこないことだけどね」

 「そう言う訳にもいかないからね、この商売は特に」

 「げっ、てことはウチ毎回あんな暇なん?」

 「だな。でも気を抜かないでくれよ?」

 「うーい」

 

 霞が暇だと言うのは別にはぶられてた訳じゃあない。

 霞の役目は非常時の脱出手段の確保だから今回は仕事が無かっただけだ。

 

 「しかし、酒税がそんなとんでもないことになってるとはねぇ……」

 

 思い出されるのは先程の取引相手の言葉。

 オッサンにはなんの指示もされてないからぶんだくって少し小遣いにでもしてやろうと重い掲示した壺単価八千銭。

 するとどうだろうか、相手はそんなに安くていいのですか! なんて言う始末で。

 詳しく話を聞いてみると酒税が物凄い事になってて酒は壺単価一万五千は掛るレベルだそうだ。

 ……普通に良く飲んでる馬乳酒がそんな恐ろしい値段だったとは。

 今更じゃあ一万で、なんて言う訳にも行かず結局壺八千の二十壺、十六万銭で取引したけど。

 

 「だなー。そうすっと親父が作って保存してるあれ売ればあたいら大金持ちじゃん!」

 「でも馬乳酒が無くなってたらお義父様発狂しちゃうんじゃない?」

 「あー……だな。あとが怖いし止めとくか」

 「それが賢い判断やで。ウチも酒無くなったら発狂したるわ」

 

 霞はすっかり酒飲みになったもんだ……。

 でも何故か若い女の子の酒飲み、というか霞や文醜顔良って臭く無いんだよなぁ。

 二日酔い明けとかオッサン臭くても変じゃ無いのに……。

 因みに俺は普通に酒臭い。霞に臭いって言われた時は死にたくなったぜ!

 

 「まあそれは置いといて。さっさと街に入ろうぜ。宿が取れなくなっちまうし」

 「そーじゃん! 北郷! 焼売忘れたとは言わせんぜ!」

 「ちっ」

 「舌打ちしても無駄だからなー! 奢っり! 奢っり! 今夜は北郷の奢っり!」

 「あはは……文ちゃんにはちょっとは自重するように言っておくから……」

 「顔良、頼んだ」

 

 主に俺の財布が死活問題だからね。

 

 ** 

 

 「くっそー、遠慮なく好き放題喰いやがって……」

 「へへっ、奢るって言ったの北郷だもんね!」

 「それに顔良め、裏切ったな」

 「あはは……食欲には勝てませんでした」

 「あははじゃねーよ」

 「まあドンマイやで、一刀」

 「うっさい一番食った張本人め」

 

 結局好き放題食われて奢らされてしまった。

 幸い財布には余裕があったから良かったけど一食で千銭も使う羽目になるとは……。 

 くそっ、うどんやらなんやらで一日五十銭とかで生活してた頃が懐かしい……。

 

 「しかし宿取れるのかね、こんな遅い時間で」

 「まあなんとかなるっしょ」

 「せやで一刀、意外とどうにかなるもんやで」

 「あっ、北郷さん! あそこ空いてるみたいですよ!」

 「お、本当だ」

 

 顔良の指差す先には『空室あります』の看板の出た宿屋。

 あれ、でもアレって……。

 

 「よっしゃ! あたい一番乗り!」

 「あっ文ちゃん待って!」

 「ちょ、待て! ……っておい霞!」

 「ウチも先行くでー」

 「全員待てって!」

 

 そこ『連れ込み宿』だぞ!?  

 

 **

 

 「いらっしゃいませ……よ、四名様のご利用ですか?」

 「はぅ……」

 「……おい北郷、どうすんだよ」

 「あわわ……あわわわわ……」

 

 ほら、受付の人めっちゃ引いてるよ。

 そして皆で俺を見るな。

 

 「だから待てって言ったのに……」

 「せ、せやかてウチらもこんなオチ想像しとらんかったし……」

 「……やれやれ。あの、二部屋取れますか?」

 

 俺を隔離してあとは三人でいいだろう。

 少なくとも俺の男としてのプライドはズタボロになるだろうけど、三人の貞操には変えられん。

 

 「いえ、生憎一部屋しか空きが……」

 「oh…… えっと、じゃあ他の宿へ行くんで……」

 「あ、そうですか」

 

 何故か受付の人もほっと息を吐いた。

 

 「じゃあこれで、あ、あの。お騒がせしました」

 「い、いえいえ……」

 

 と受付に背を向け外に出ようとすれば……。

 とたんに振りだすザーっ、と凄い豪雨。 

 

 「……お約束だな」

 「お、おいっ! マジでどうするんだよ北郷!」

 「選択肢は二択だ。外に出て当てもなく宿を探すか、此処に止まるかだ」

 

 「……あわわわわ」

 「しかたねーなー……」

 「つ、連れ込み宿に泊まるなんて初めてだよぅ……」

 

 どうやら女性陣は外に出る気はさらさらなさそうだ。

 まあ、春先の寒い時期にこんな雨に打たれたら間違いなく風邪ひけそうだしね。

 

 「すいません……あの、一部屋一晩いくらですか?」  

  

 受付の人は、とても困った笑顔だった。

 ははは……本当笑うしかないよ……。

 

 **

 

 「……さて、部屋に着いたはいいが」

 「どういう配置で寝るか、やね」

 「その通り。とりあえず俺は床として、三人、どうするよ?」

 「えーっと……どうしよう文ちゃん?」

 「あたいかよっ! まあ、あたいは別にどうだっていいんだけどさー。 

  北郷が斗詩に手さえ出さなけりゃあたいは床でもいいぜ?」

 「う、ウチは床でもええで? でも、流石に二人の前で一刀と同衾するんは無理かなぁ?」

 「私もどういう風でもいいですよ? 北郷さんの事結構信じてますし」

 

 せ、責任超重要じゃん俺。

  

 「じゃあ俺床で、三人の内二人は寝台でもう一人が椅子で」

 「いやいや、あたい床で北郷椅子で二人で寝台だろ」 

 「いやいやいや、ウチが床で一刀椅子で二人寝台やろ」

 「俺が床だ」

 「あたいが床だ」

 「ウチが床や」 

 「あ、じゃあ私が床で……」

 『どうぞどうぞどうぞ』

 「ちょ!?」

 「と、顔良で遊ぶのはこのくらいにしてだな。

  お前等は女の子なんだし、身体を冷やすのは良く無いから寝台か椅子で寝ろ。これ決定事項な」

 「でもよー、それじゃさっきから北郷にあたいらたかってばっかだしよー」

 「せやで。一刀は別に遠慮せんでええんやで?」

 「そうですよ、宿代払うのも一刀さんですし」

 

 え、いつの間に俺払うことに?

 ……まいっか。

 

 「俺は気にしないし、それに男の甲斐性ってこー言う時こそ見せるもんだろ?」  

 「まあ、一刀がそんだけ言うんなら…… ちゅー訳で寝台獲得じゃんけんするで!!」

 

 あれ?

 さっきの譲り合う感じどこいった?

 ……もしかして、俺が乗せられてたのか!?

 

 「よっしゃ! あたい負けねえぞ!」

 「私も負けませんからね!」

 

 ……なんだろうこの敗北感。

 

 「ぐあぁっ! あたい何故グーを出したんだ!?」

 「やったね文遠ちゃん!」

 「よっしゃ、椅子は文ちゃんやな!」

 

 つくづく思ったぜ。

 男って、ほんとバカ。 

 

 **

 

 「……ん?」

 

 不意に目が覚めた。

 一体何がきっかけだったのか?

 辺りで聞こえるのは三人の寝息だけ、窓から見えるのは暗く寝静まった街だけ。

 ……寝なおすか。

 

 「……」

 

 やべえ、全く眠れる気がしねえ。

 眠気何処行った。眠気帰ってこい。

 

 「……無理だな」

 

 俺は早々に寝なおす事を諦めた。

 布団をかぶり直し瞼を閉じても意識は覚醒するばかり。

 些細な物音、3人の寝息やら外でほえる犬の声やらばかりが気になって眠気は益々遠ざかってゆく。

 ……どうしたものか。

 

 「んにゅぅ……かずとぉ……。だいすきやで……」

 「……霞」

 

 はっ! いかんいかん!

 寝込みを襲うとか最低じゃないか。

 危ない危ない、深呼吸してー、吸ってー、吐いてー……。

 

 漸く脳味噌に酸素が行き渡ったのか、熱に浮かされた思考がクリアになる。

 信頼されて俺はここに居るんだ、それを裏切る訳には……。

 

 「うへへへ……斗詩の肌は柔らかいなぁ……」

 

 ……ごくり。

 って、そうじゃねえ!

 

 ……駄目だな俺。此処に居たら理性がヤバい。

 ちょっと外出るか。冷たい空気に当たれば冷静さも取り戻せる筈だし。

 

 「外套外套っと……あった」

 

 愛用する白の外套を俺は羽織ると、静かに扉を開き外に出た。

 電気やガスの街灯なんて無い時代だ。辺りは一面真っ暗で、月明かりがぼんやりと街を照らすだけ。

 その光景は何処か幻想的だと俺に思わせた。

 

 「しかし……寒いな」

 

 まだ春になったばかりで当然だけど。

 相当に寒い。息は真っ白だし、水溜りには氷が張っている。

  

 「さて……どうすっか」

 

 今戻ってもいいが、眠れず悶々としているうちにまた理性が効かなくなりそうな気もする。

 となると、外に居るしかない訳だが……。如何せん、することが無い。

 

 「……馬の様子でも見てくるか」

 

 馬舎なら此処よりは夜風に吹かれなさそうだし、馬と遊んでいれば時間もつぶせるだろうし。

 という訳で俺は場舎に向かった。馬舎は街の入り口にあって、旅人はそこに馬を預けてから街に入るという仕組みだ。

 因みに盗難された場合は自己責任。

 

 まあ一応警備の兵が居るからよほどの事が無ければ盗られない……らしい。

 それに馬だって沢山止めてある。その中から態々俺達のを選んで盗るってことも……。

 

 「おーい、夏天冬天、元気してるかー?」

 「っ!? おい誰か来たぞ!!」

 「ちっ、馬連れて逃げろっ!」

 

 あった。

 しかも盗られたの俺と霞のだ。

 文醜と顔良の馬は夏天と冬天で、俺と霞のが秋天と春天。  

 そして賊が盗ったのは秋天と春天。つまり俺と霞の馬。

 

 「ちょ! お前ら待て!!」

 

 慌てて顔良の冬天に飛び乗る俺。

 春天と秋天に跨り逃げる賊。

 

 「急げっ! 街の外まで逃げればこっちのモンだ!」

 「ちっ。逃がすかよ!」

 

 なんて慌てて見せるが、俺は至って落ち着いていた。

 何故かって? そりゃ俺には簡単に連中を捕まえる手が有るからだ。

 

 しかし街中でそれをするつもりはさらさらない。

 いくら夜と言っても後々面倒に直面すること間違いなしだし、手綱を握っているうちは上手くいかないかもしれない。

 

 賊はそのまま開きっぱなしの城門をすり抜け外へ出た。

 外に逃げれば俺が諦めるとでも思ったのか、それとも外に仲間がいるのか。

 

 どうやら前者だったようだ。

 連中は追いかける俺を見ると驚いた顔をした。

  

 「お、おい! ガキがまだ追ってきてるぞ!」

 「しゃあねえ! 弓で射殺せ!」

 

 一人がそう声を上げると、馬泥棒は背中にしょった弓を手に取り、俺に向かい騎射を始めた。

 よし、今だ。

 

 「春、秋! 马上停(今すぐ止まれ)!」

 

 「おわあっ!?」

 「がふっ!?」

 

 俺の声に反応し急停止する春天と秋天。

 すると両手を離し馬に乗っていた賊共は、慣性の法則にのっとり前へ放り出される。

 堕ちる先はもちろん地面で、手に弓を持ったままなので受け身をとる事さえままならずモロに身体を打ち付けた。

 

 「馬賊名乗ってるからには伊達にこいつらを愛馬にしてる訳じゃあないんだよ」

 

 聞いているかは分からないが、地面で呻く賊にそう声をかけた。

 馬賊と名乗るからには馬の調練にはとんでもない時間をかけて当たり前。

 そして手塩にかけて調教された馬は特定の言葉で命令をすればその通りに動く位出来て当然なのだ。

 俺は冬天をゆっくりと減速させ、声に従った二頭の首を撫で褒めると、地べたで呻く男共に近づいた。

 

 「て、手前、ただじゃ置か」

 「冬天、踏(ふめ)」

 

 掛け声と同時に手綱を手前に引く。

 すると冬天は前足を高らかに上げ、蹄を倒れる男の一人に勢いよく振りおろした。

 もちろん人間が馬の蹄に対抗できるわけがなく、ぱちゅんと西瓜を砕く様な音を立てて炸裂した。

 

 「なっ……! ひ、人殺し!」

 「何言ってんだ? 人のモン盗むなら当然し返される覚悟があるんだろ?」

 「だからってあんまりじゃねえか!」

 「黙れ。冬天、踏」

 「ま、待っ」

 

 待てと言い切らせぬ内に、冬天の逞しい前足と蹄が賊の頭を踏み砕いた。

 頭だった場所から円系に咲いた男の脳漿が俺の外套にまでかかる。

 

 「あーあ。これどうすんだよ……霞に血痕気付かれたら絶対なにか言われちゃうよ……」

 

 独り言に答えたのは冬天のぶるるという鳴き声だけ。

 それが何処か諦めろと言ってる様に聞こえた。

 

 「ちっ、馬盗むだけじゃなくてそんな間接攻撃仕掛けるとは、賊おそるべし……ん? どうした春天」

 

 くいくいと袖を咥えひっぱる春天。

 何か物言いたげな表情をしている……様な気がした。

 生憎俺には馬の言葉は分からないが。

 

 「ちょ! 引っ張り過ぎだって! わわっ、お、落ちっ」

 

 春が思いっきり引っ張る所為で俺はバランスを崩し落馬した。

 もちろん下は血の池状態な訳で。

 

 「うえっ、ぺっぺ! 春天! なにしてんだ俺血塗れになっちゃったじゃねーか!」

 

 白の外套は真っ赤に染まって……って何だか何処かのB級ホラー的な言い回しだ。

 俺が文句を言うと、春は俺のすぐ横、地面にしゃがみこんだ。

 

 「……乗れってこと?」

 

 そのとおり、と言わんばかりにぶるると嘶く春。

 そんな春に眉をひそめながらも俺が乗ると……。

 

 「わぁっ!? ちょ、どこ連れてく気だ!?」  

 

 意を得たとばかりに立ちあがり駆けだした。

 

 「春天! 止まれ、止まれって! 马上停!」 

 

 しかし手綱をひこうが声を掛けようが止まろうとしない春天。

 幸い残りの二頭も付いて来ているから良いけど、あまり街を離れちゃ困る。

 

 「止ーまーれ! 马上停! ってうわっ!!」

 

 さっきまで命令を聞かなかったアレはどこへやら。突然止まった所為で、さっきの賊よろしく前へ吹っ飛ぶ俺。

 今は一人で良かったと心底思う。こんな情けない様とてもじゃないけど人には見せらんないからな。

 

 「いつつ……春天! いったいどういう……」

 

 馬へ恐らく通じていないだろう文句を言いつつ視線を上げる俺。

 すると春天は俺の前を素通りし、10丈(約23m)程先で止まった。

 そこにあったのは……。

 

 「……女の子?」

 

 ふわふわな金髪をした女の子だった。

 しかし、月明かりの元でもはっきりと分かる異質な部分が一つ。

 肩から突き立つ棒状の何か。恐らく矢であろうソレは女の子の肩周りを赤に染めていた。 

 

 「お前、この娘に気付いて?」

 

 そうだと言わんばかりに嘶く春天。

 

 「動物の持つ第六感って奴なのかねぇ。しかし春よ、この娘もう虫の息だぜ?」 

 

 矢傷の所為か、はたまた寒さの所為か。

 女の子は医学にそう詳しくも無い俺でさえ今にも死にそうだと分かった。

 明らかに呼吸は弱弱しいもので、鼓動は今にも途切れそうな程度しか聞こえない。

 

 「……こっちの娘は死んでるな」

 

 女の子が大切そうに手に抱いている赤ん坊は完全に冷たくなっていた。

  

 「はぁ……仕方ねえ」

 

 驚くほどに軽い女の子を抱き上げると、俺は馬に跨った。

 抱き上げた俺を見て、春天が嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

 「まあ、こうして会ったのも何かの縁ってことなんだろうな」 

 

 どう、と跨った春の横腹に蹴りを入れゆっくりと駆けさせる。

 さて、安邑の医者はどこが一番腕が良かったかな。

 

 


 
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