/一刀
初春。
地平線まで続く平原は白銀から若緑に代わり、吹き付ける吹雪は穏やかなそよ風へ。
新鮮な草に羊や馬は喜び、俺や霞、文醜や顔良にオッサン達も皆で雪の無い平原を堪能した。
安邑義馬賊団に加わり、四ヶ月が過ぎようとしていた。
霞なりにこの集団の在り方を理解したであろう最初の仕事の日からも早四ヶ月。
あれから三度の襲撃と五度の取引、二度の防衛戦を経験した。
塩が安邑から洛陽へ送られるのは凡そ六日に一度。月計算で毎月五回は塩田から運び出されることになる。
それを、俺達義馬賊団は五回に一度、月に一度の間隔で襲撃していた。もちろん、毎度律義に五回おきに襲う訳じゃないけど。
取引とは、奪った塩を安価で近隣の邑や商人に売る事だ。
安邑義馬賊団の存在意義、塩による民からの搾取に抗う為に。
奪った塩は本来ふざけた税を掛けられとんでもない値段で売られる筈だった塩、官塩の二割程度の値段で俺たちや似たような組織の連中が専門の商人に売る。
安価で売られたは闇塩と呼ばれ、色々と仲介され流れ最終的に市場に官塩の四割の値で出回る。
四割でも高額ではあるが、官塩よりは買える値段になる。
搾取に抗う事が理念のオッサンは出来る事ならタダで配布したいそうだが、流石にそれをやると足が付いてしまう。
蛇の道は蛇に、その道のプロに任せるのが一番確実に平民の元に安価に塩を届けられるということだろう。
官塩の密売流通ルートは白胡の密売ルートも真っ青な程実に巧妙で、
官は血眼になって襲撃者や密売商人を探すも、官は俺達や他の似たような団体の尻尾が全く掴めずにいるのだ。
ちなみに襲撃は大体成功する。
少なくとも今まで一度でも俺達の中から死傷者が出た事はないし、塩を奪い損ねた事も無い。
馬賊団が強い、という事もあるだろうが、重要かつ高価な塩を運ぶ割に官軍の錬度が正直お粗末もいいところなのが要因としては大きい。
文亨のオッサンが一喝して俺達で突撃すれば、瞬く間に塩を放り出して逃げ去る。
大体そいつらは捕えて黄河にでも沈めるか平原に放置するかして口封じし、たまにオッサンが気に入った人間がいればスカウトする。
首を縦に振れば漏れなく仲間入り、横に振ればほかの屍の仲間入り。
たまに解放された直ぐに襲いかかってくる奴もいるが、大抵はオッサンか文醜か顔良か霞かで返り打ちにあう。
ああそう、返り打ちの件で俺は知ったのだが、驚いたことにオッサンは凄く強い。
あの初めての襲撃の後、オッサンに勧誘を受け肯定した男がいた。
しかし、男は縄をほどかれ解放されたとたん、背を向けたオッサンの背中に飛びかかり縄で首を締めあげようとした。
俺があっと声を上げる間もなく、男はオッサンの首に縄を掛け……とはならず。
もう一寸で手が届く、という所で振りむきざまに刃渡り一尺(約23cm)の小刀を奔らせ首の血管を的確に切り裂いたのだ。
その動きには一切の無駄がなく、俺にいつか見た霞の剣舞にも負けず劣らずの強者だけが持つ優美さを感じさせた。
今でも俺なんて手合わせしても片手でちょちょいのちょいと、文醜と顔良でも同時に相手が出来、霞でも勝率は四割程度だ。
そして意外な事に、ランボーみたいな見た目だから超火力で攻めるのかと思えば、得物はまさかの槍だった。
しかも超速い。どれくらい速いって残像見えるくらい。
そして技が細かく丁寧。槍の基本動作は突きだが、オッサンは3m以上ある槍を突き薙ぎ払い切り上げ叩きつけと自由自在に操る。
その技術には霞ですら舌を巻いて師事するくらいのモノだ。
尤も、霞がその技術を吸収する速度はオッサンにさえ異常だと言わせるほどで、実際4ヶ月前の霞とオッサンの対決の勝率は2:8が良いトコだった。
それが今では4:6。うん、とんでもないね。
さて、霞が部に励むその間俺が何をしていたかといえばだ。
オッサンの鹵獲品の中にあった大量の本を読み更けていた。
竹簡でなく、本だ。
まさしく紙で作られ、まとめ閉じられ表紙が付いた、本。
紙100%、竹0% 交じりっ気のない純粋な本だ。
その貴重な本にはオッサンはどうも興味がない様で、艶本以外は無造作に積まれていたのだ。
この宝の山を市井で売ればどれだけの金になるか俺が説いてもまるで聞かず、挙句面倒になったのか
『じゃあ坊主にやる』なんてのたまいだす始末。まぁありがたく貰ったんだけどさ。
その本の山には、ありとあらゆる本があった。
儒教の思想論とか兵法書とかはもちろん、娯楽小説に食物図鑑、初歩的な医学書に各地の穀高表。
実用的な毒物書と薬物書、漢王朝以前の歴史書、極めつけは洛陽近辺の地図に洛陽市街図なんて国家機密レベルのモノまで、より取り見取りだった。
(因みに、ここの本のお陰で時代と歴史を把握できた。
現在は漢王朝の十二代皇帝の時代で即位してから少なくとも十年、
党錮の禁から十数年が経ち、前王朝が新だったことからこの漢王朝は後漢で、西暦はおそらく180年代の初めらしいと分かった。
そして、恐らくあと数年で黄巾の乱が起こると言う事も……)
そして、俺はそれらの本をひたすらに読み更けた。
日に一度、霞や文醜顔良、おっさんと打ち合う時と食事睡眠の時以外はひたすらに書物を読み続けた。
俺に武術の才能が無い事なんてとうの昔に分かりきっている。
なら、どうすれば霞を助けられるか。
答えは簡単だ。霞の弱い部分を俺が補えばいい。
それに、この時代が後漢末期と分かった以上、これから始まるであろう戦乱の時代に、霞を助け生き残るには、智を身に付けるより他に無い。
将軍として名を馳せるか、知識人や軍師として名を馳せるか。この二つしか成り上がり栄華を得る道が無いから。
もちろん、戦火を避け平民として生きる、という道が無い訳じゃあない。
でも、それはリスクが大き過ぎる。
黄巾の乱から始まり、晋が経つまでの百年の間に何度一般人が巻き込まれた戦乱が起こるか。
そしてそれらに一切巻き込まれること無く暮らせるか。
どちらも俺には分からない。
だが、前者の可能性は非常に高くて、後者の可能性は小数点以下しかないだろう。
ただ蹂躙され陵辱される、そんな未来を唯座して待つだけ、そんな事は出来ない。
霞が笑って居られる為に、出来ることを全て行い、悲惨な運命を出来る限り回避する。
幸い霞は武に関して天武の才がある。
もし霞が軍属を望まないならば俺は他の手立てを考えるが、霞自身が武を奮える場を求めている。
ならば、俺は智で。霞は武で。
一緒に笑顔で居られる未来を掴もう、そう思ったから。
**
「おーい坊主、暗くてじめじめしたトコロの調子はどーだ?」
「俺はカビか」
いつものように本とにらめっこしていると、おっさんが半ば俺の住居になっている鹵獲品の天幕にやって来た。
「大差ねぇだろ。日光に当たりもせず隅っこのほうでもぞもぞしてる。あ、そりゃむしろ油虫(ゴキブリ)か」
「あんた大概に酷いな」
突然現れたと思ったらゴキブリ扱いか。
くそっ、グレてやろうか。盗んだ馬で走り出してやろうか。
「まあお前が油虫でも蝿でも何でもいいんだがな」
「いや良くねえよ」
「まあ気にすんな、虱(しらみ)野郎」
「手前、いい加減にしないと俺泣くぞ」
大声でワンワンと。
「悪ぃ悪ぃ、ちょっとした冗談だ。んで坊主、お前今暇か?」
「生憎新しいのに取り掛かったトコで暇じゃ」
「おお、そうか暇かよかったよかったじゃあ配達の仕事頼んだ」
「おい待て、配達? なんだよそれ。俺初耳だぞ。大体俺暇じゃ」
「心配すんな坊主。俺も初めて受けた」
なーんだ、なら俺が聞いてないのも仕方ないなー……じゃなくて!
「はぁっ!? なら何で俺がそれやんなきゃいけないんだよ。あと俺暇」
「いつもいつもじめじめと本ばっかよんで引きこもってモヤシか手前は。あ、油虫だったか」
「あーやばいやばい涙がもうやばいどれくらいやばいかってもう涙腺爆発するくらい。あと俺ひ」
「って文遠が」
「よし配達は俺に任せろ」
好きな人にゴキブリ扱いされたら死ねるというか死ぬむしろ死なせろ。
なんて俺の内心を知ってか、顔に『うわぁ、その反応無いわー』って書いてあるおっさん。
「うわ露骨」
「なんて言うと思ったか。霞がそんな酷いこと言う訳無いだろ」
「……まぁ、そう思いたいなら思えばいいんじゃね?」
「思う訳無い……だろ。多分、恐らく。……思ってないと良いなあ!」
好きな人にゴキブリ扱いされたら以下略、だ。
「まあお前が油虫だろうが何でもいい。別に嫌われようが生理的に無理って言われようがいいんだぜ俺ぁ。
だけどよ……俺がこの馬賊団の団長だし、ねぇ?」
まるでセクハラを迫る管理職のオッサンみたいな物言いできやがった。
俺の判断次第でどうとでもなるんだぞ、と言外に責めんばかりだ。
「……くっ、下衆め」
「がっはっは、甘いな坊主」
「くそっ、オッサンのケツに敷かれるとか誰得だよ。どーせアンタだって嫁さんには尻に敷かれてたんだろ
「そーなんだよ! 兎々子の奴ぁいつも俺に……」
あっ、地雷だった。
おっさんに嫁さんのことで話を振ると止まらないって分かってたのに。
ちなみにおっさんの嫁さんがなんで今居ないのかは誰も教えてくれない。
というかその話題自体が団内でタブー的な扱いされてる。
一体何があったんだ……、と非常に気になるところではあるが、君子危うきには近寄らずだ。
「それで兎々子はよぉ……」
終わりそうに無い話を適当に受け流しつつ、
俺はどうすれば語りだしたおっさんに気づかれずこの部屋から脱出できるかに思考をシフトした。
**
適当にエスケープして、俺は顔良の天幕を目指していた。
頭ん中はR-18指定だけど、世間の方々の盗賊団のイメージを具現化したように脳筋尽くしな安邑義馬賊団の中では
顔良は割とマトモなので書類仕事やら報酬の割り振りやらを一身に引き受けている。
女の子に仕事ブン投げてないでオッサン働けよと思わないでもないが、この上ない適材適所な感じなので何も言わない。
残念かつ苦労人なポジションにきっちり収まるのは顔良の特権みたいなもんだろうし。雰囲気的にも。
と、話が逸れたが俺は初受けらしい配達の仕事も、そういうのの整理をしてる顔良の所に行けば詳細が解るだろうと踏んだのだ。
あっ。こういう苦労しそうなポジションに収まってる所為でエロ方面がアレなのか?
なんて当人に聞かせたらブン殴られそうな思考をしている内に顔良の天幕へ着いていた。
因みに天幕は全部で10で、女の子達に一つ、オッサンに一つ、鹵獲品用に一つ、残りで他の団人どうし共同使用だ。
俺にも割り振られた天幕があるのだけど、最近は鹵獲品の天幕にこもりっきりで俺が占領してる感がある。
……さて、俺は誰に説明してるんだ?
まあいいや。顔良の天幕に着いた俺は、入口から大声で呼びかけた。
「おおーい、顔良居るかーっ」
この国にはノックをする文化がないんで、女の子の天幕に入るときには外から大声で呼びかけるしかない。
ラッキースケベなんて起こしたら『あたいの斗詩にー』と切れる文醜の剣の錆びになるか
『俺の娘にー』と切れるおっさんの槍でくちゃくちゃになるかだし。……あの二人って本当親子だな。
霞の嬉し恥ずかし生着替えというのにはそそられるものはあるが、その為に命賭けるとなると……うぅん、て感じだ。
『北郷さんですかー? どうしたんですかー、って、こら文遠ちゃん! 逃げないの!』
『か、一刀ぉ! 助けてえええぇぇぇぇ……』
『へへっ、大人しくあたいらに着せ替えさせられるんだ!』
……。
えっと、俺ぁどうすればいいんだよ。
霞が助けを求めてるから助けた方がいいのか着せ替えって言ってたからなにか期待して待機してた方がいいのか。
うーん……文醜と顔良には前科があるけども、着せ替えってことはギャップ萌えで俺得なイベントかもしれないし……。
よし。
「あー。特に急ぎの用じゃないからいいよー。ごゆっくり」
『はーい。 ……だってさ、文遠ちゃん』
『へっへっへ、その柔肌をあたいらの前に晒して着せかえられるが良い!』
『ちょ!? 一刀の裏切り者ぉ!』
「あ、でも霞を着せ替える以上は駄目だからな。霞にトラウマ負わせてみろ。手前ら明日の朝日拝ませねえからな」
『あはは……肝に銘じておきます』
『よーし、じゃあコイツでどうだ!』
『えっ、なんなんよこのフリフリな服! い、嫌やで! ウチこんなん絶対着んで!!』
『げへへへ、抵抗しても助けはこねえぜ』
霞にフリル系かぁ……アリだな。
というか文醜、お前その台詞は女の子としてどうなんだ。
**
「大丈夫だって。北郷さんも絶対気に入ってくれるって」
「うぅー、いやや! やっぱこんなん見せれんわ! ウチ戻る! いつものサラシがええ!」
「往生際が悪いなぁもう」
「男なら諦めが肝心だぜ文遠!」
「ウチ女や!」
二刻(30分)程経った頃だろうか。
どうやら霞の着せ替えはひと段落ついたようで、奥の方から聞こえてた声が天幕の入口あたりで聞こえる。
と、そこで天幕の入り口が勢いよく開いた。
「じゃーん! どーだ北郷! あたいと斗詩で着飾った文遠を見よ!」
「うぅ……恥ずい、死んでまう」
「北郷さん、どうですか? ……北郷さん?」
開かれた先。
そこには、天使がいた。
ゴスロリっぽい衣装に身をくるまれた霞、という天使が。
「……お」
「お? お、ってなんだよ北郷」
「やっぱウチには似合わんのやって。ほら、一刀なんてあんまりにも似合わんで固まってもうて」
「おぉぉおおおおおおおおおっ!! なんだこれなにこれヤバい可愛い超可愛い!! ぐっじょぶ文醜顔良!!」
「か、かずと……?」
「……そ、そうか」
「あ、あははー……」
文醜と顔良が若干どころかドン引きしてるけど気にしない。
涙目上目づかいで恥ずかしそうに頬染めてきゅっとスカートを握ってるフリル塗れの霞とかヤバい。
どれくらいやばいってもう言葉に出来ないくらい。
「よし霞、今すぐ結婚しよう」
「え、ちょ待っ、いいいきなり何言うてんねん!!」
おお、さらに真っ赤になった。
既に上限突破してる可愛さがさらに300%増し(当社比)だ。
「なあ二人さんよ、この可愛い生き物お持ち帰りして良い?」
「あ、どうぞ」
「大人の階段登るんだな文遠」
大人の階段……ごくり。
「あー、もう! 色々待って! 一刀落ち着け! なんや超展開過ぎるやろ!!」
ぺしり、と霞に頬を叩かれた。
本気じゃあなかったから痛く無かったけど……はっ、俺は一体霞に何を……。
「あ……その、ごめん……」
冷静に考えれば途中からは霞に嫌われてもおかしく無かったよな。
いくら可愛いからって俺の行動には限度ってもんがあって。
それに霞の合意も同意も無しに何勝手に俺はお持ち帰りとか考えて……あ、ヤバい過去に戻って自分殴りたい。
「そ、そんなマジにしゅんとならんといてぇな! ちょっと落ち着いて欲しかっただけでな?
それに……べ、別に嫌やったわけじゃなくてな? 階段昇るんも、やぶかさやないし……」
「……霞」
なんだろうかこの可愛い生き物は。
どうしてこんなにも俺の心にダイレクトに来るのだろうか。
「あと……結婚、って言われた時……正直嬉しかったで?」
あ、ヤバい。これはヤバい。可愛いってもんじゃない。
「これは……文遠ちゃん大胆だね」
「おおっ……なんかあたいらまでドキドキするな」
「ッっ!? あ、やややっぱ今のナシで。……うー、恥ずい」
顔真っ赤にして体育座りで膝に顔をうずめる霞。
……。
「一刀?」
「……ごふっ」
「うぎゃあ!? 吐血した!?」
「ちょ。北郷さん!?」
我が生涯に、一片の悔い無し!
「一刀!? こんなとこで死ぬなやっ!」
薄れゆく意識の中、俺は思った。
ギャップ萌え発動中にデレるとかヤバい。
**
「……あ、起きた?」
目覚めると、真っ先に目に入ったのは霞の顔だった。
あれ、なんだか違和感が……あ、服装がゴスロリっぽくて……。
「お、おぉぉおお」
「その流れはさっきやったで」
雄叫びかけたところで霞に止められてしまった。
「いや、天丼は芸人の基本かと思って」
「北郷さん馬賊からいつ職業変えたんですか」
「なーんだ、割と目ぇ覚めるの早いんだな」
どうやら俺が目覚めた事であの姦しコンビも戻って来たらしい。
顔良のナイス突っ込みと一体何を企んでいたんだ文醜。
ん、顔良関連で何かあった様な……。
……あっ。
「なあ、俺どれくらい膝枕のハイパーご褒美タイムしてたんだ?」
「たいむってのが何かは知らねーけど、膝枕なら二刻くらいしか経ってないぜ」
思ったより時間は経ってなかった。
此処は定番に二日とか経ってて俺がおっさんに怒られるオチが付くと思ったんだが。
どうやら三世紀の中国ではお約束では無い様だ。
「残念だったね文遠ちゃん。北郷さんがもっと寝てれば」
「な、なななっ」
「だなー。あんな幸せそうな表情の文遠初めて見たぜ」
「あ、アンタらうっさいわ!」
「霞……」
「一刀!? あ、その、あのな、えっと別にウチは……な」
文醜と顔良におちょくられて真っ赤になる霞。
俺が声をかけると益々しどろもどろになって慌てる霞。
しかもゴスっぽい服着て、膝枕はまだ継続中で……。
「霞っ!」
「わひゃっ!?」
「ありがと」
思わず抱きしめた俺に罪は無い。可愛いって罪だ。
つまり可愛すぎる霞が悪い。
「……うんっ。ウチなんかでよかったら、膝枕くらい幾らでもしたるでっ」
と言いにっこりと微笑む霞。
なんだろうこの感覚。はっ、これが……恋?
とりあえず嫁力とか女神度とかのメーターがあったら振り切れてると思うの、今の俺。
「なんでだろ、微笑ましい光景なのに殺意が沸くぜ」
「目の前でいちゃこらされると一人身には辛いよね文ちゃん」
「「おぉ、世知辛い世知辛い」」
と、手を合わせ二人そろってよよよと泣き真似する文醜と顔良。妙に小慣れてる辺りが何とも言えない。
あー、リア充氏ねって今まさに俺だ。でもリアルって言葉というか概念が無いから言われないだけで1800年くらいしたら言われてるんだろうな。
しかし章仁(べっそんの前作、春恋乙女の主人公)には良く言ってたけどアレだな。いざ当人になると嫉妬とか屁でも無いな。
「……ってモノローグ語ってる場合じゃねえ! なあ顔良、ちょっと質問があるんだが」
「はいなんですか? 私は別に北郷さんの二番目でも三番目でも構いませんよ?」
「変なコト言ってんじゃない。文醜剣をしまえ霞さん落ち着いて頭そんな方向に曲がらな痛い痛い痛い痛い」
霞に綺麗なヘッドロックからの頭ドラゴンスクリューを決められた。
ギャグ補正が無かったら首死んでると思うんだ。
「なーんだ、残念です。で、どうしたんですか?」
「いたたたた……あ、ああ。顔良お前さ、オッサンから配達の仕事について何か聞いてないか?」
「ああ……アレですか」
俺の質問、不味かったのか。
それとも、オッサンまた良からぬことを引き受けたのか。
何か含みのありそうな間の後、『ご愁傷様です』的な表情で俺に応える顔良。
嫌な予感しかない。
「えっと、何か問題でも?」
「問題……って言えば問題なんでしょうけど……」
「何だ!? あの糞野郎次は何を俺に押しつけたんだ!?」
「いえ、別に内容は問題じゃないんですけどね」
そこまで言うと顔良は、再び黙ってしまった。
目線を余所余所しく反らして『コレ言ったら北郷さんキレるんだろうなぁ』と言わんばかりの表情をしている。
「怒らないから、多分」
「多分て……まあいいですけど。実害こうむるのってお義父様ですよね?」
「内容によっては」
あはは、と顔良は困ったように笑い、そこで一呼吸入れると俺に向き直った。
「えっとですね、届けるのは唯の馬乳酒なんですけどね」
なんだ、普通じゃん。なんて楽観的なリアクションはしない。上げて落とされるのはこりごりだからな。
俺はこくりと黙って頷くと、顔良に続きを促した。
「量も割と普通で、届け先も安邑の郊外なんですけどね。届ける約束の時間が、今日の夕方で……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は何が原因で顔良が言い淀んだかを理解した。
「……なるほど、だからヤバいと」
「はい。だってもうすぐで“正午”ですもん」
正午、太陽が丁度真上に上がる頃。一日の折り返し地点。
そして、配達の期限は今日の夕方。それはつまり……。
「つまり、俺は三十里(120km)も遥か彼方にある受け渡し場所に、壺に入った馬乳酒をたった三時(6時間)で運ぶ、と?」
「はい。どうやらお義父様はお仕事を受けたは良いけど忘れてたみたいで。それを思い出したのが一時前で、どうせ暇そうな北郷に投げちゃおうぜ、と」
「よし、じゃあ急いで殺るか」
クソオヤジを。
「字違いません?」
「気のせいだ。で、もちろんお前らは協力してくれるんだよな?」
「あゴメン、あたいと斗詩はちゅっちゅするのに忙しいから」
「ええっ! わ、私も!?」
「ウチは別に構わんで?」
「文醜顔良あとでシメるから。霞マジ天使、愛してる」
「へへーん、あたいと斗詩が協力しあったら勝てるわけないじゃいででででででで!? こめかみぐりぐりは卑きょいでででででででで」
「うう、とばっちり確定だよぉ……」
「あ、愛してるなんて……う、ウチも一刀んこと……」
あ、収集着かなくなってきた。
そろそろ出発しないと割と本気で間に合わん。
「よしじゃあ行くか。文醜顔良馬の準備、霞は往復分の俺達の荷物準備、俺は酒を積むから。一刻後にオッサンの天幕前集合で」
「あ、一刀この格好やと落ち着かんし着替えてええ?」
「そんな時間無いんで却下。ほれ霞さっさと頼むぞ」
「え、ちょ無理無理! こんな恰好で外出しとうないで!」
「大丈夫大丈夫、霞可愛すぎるけど何の問題も無いし。俺も可愛い霞をもっと見たいし」
「か、可愛えなんて……」
「頼むよ」
「う、うんっ! よっしゃ、ウチに任せとき!」
ああ、扱いやすい霞も可愛いなあ。
「ちぇっ、なんであたいらまで」
「まあまあ文ちゃん。北郷さんも流石に可哀そうだし、ね?」
「仕方ないなー、北郷この貸しは高いぜ?」
「今度何か奢るよ、それでどうだ?」
「よっしゃ、じゃあ街で一報亭の焼売な」
「へいへい。馬頼むぜ、出来るだけ速さよりも丈夫さと力持ちさ優先で頼むわ」
「りょーかい。いこーぜ斗詩」
「あ、うん。じゃあ北郷さんも頑張って。また一刻後ね」
「頼んだぞー」
さて、俺も準備にかかるか。
しかし、なんだろうかこのわくわく感は。
霞がいつもと違う服でお出かけ、ってだけじゃあないよな。
──なんて、俺は悠長なコトを考えていたんだ。
この後に起こる、俺の人生で二、三を争う重要な出会いが待ってるなんて知らずに、な。
あとがき
割と長いですってか一万文字だぜわーい
こんばんわ、甘露です
いよいよ3度目の同人恋姫祭りも近付きwktkしながら日々を過ごしています。
皆様はどうでしょうか?
今回こそは期間内に何か出せると良いなぁとか思ってる駄目委員長でごめんなさい。
では
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