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きっかけ。などというものは何からなるものかわからないし――。
誰が意図しなくとも顔を出すものだ。
その日。菊地真、如月千早、天海春香。765プロダクションに所属するアイドルの三人が、事務所のソファにて居合わせたのは、スケジュールの空きがたまたま重なったという、めったにない偶然によってであり――徐々に忙しくなりつつある売り出し中の少女らにしてみてれば――久しぶりの、懐かしいとまでは言わないが、それに類似した邂逅であった。
真。千早。春香。
三人の少女が揃った、この場を支配していたのは。沈黙であった。
久かたぶりに会う、友人同士が会話の華咲き乱るる、光のある、和やかな光景はない。
それもそのはずで…。
''久しぶり''などと言っても、それは短期以上長期未満と言った、飽くまでも''懐かしさ''の類似に過ぎないというくらいのものであって、中途半端な期間と事柄は、いざ出会ったからといえ、懐旧の情をもって、黄色い悲鳴にも似た声量でそれぞれの想いを語りあうほど話題の種があるものでもなかったのだ。
そう。むしろ三人が場に芽吹いたものは''安らぎ''という静寂である。
懐かしさ未満ではあるが、久しぶりに出会ったことにはかわりはない。よく見知った、それも歳近く、呼気のあう同僚が自身を除いてニ人も揃い、加えてスケジュールの空きという喧騒さから離れたこの空間は、それぞれに落ち着いた静寂をもたらすのは自明の理と言えた。
だから――。
菊地真は、パックのカフェオレがストローをたまに口へ運びながら、分厚い少女漫画を読んでいた。
如月千早は…。真の対面に座って、おそらく同僚らの息吹を感じていたいのであろう。片耳だけにイヤホンをはめ、音楽を聞きながら、雑誌をめくっていた。
そして天海春香は、千早の隣に座し、かちかちとピンク色の携帯を忙しくなく鳴らしていた。――多分揃った三人の中で春香が一番騒がしい。様子からメールをうっているのだと推測できるが、そのやりとりが頻度である。一分にも満たない時間に、凄まじい勢いで、タッチ音を響かせ、それが鳴り止んだと思えば、一分もたたないうちに手にした携帯電話が震え、持ち主を呼び出し、再び彼女は一分にも満たない時間で…とこれを繰り返していた。
――女三人寄れば姦しい
などと昔の誰かが言ったらしいが、この場、そして今の少女ら三人にいたっては、全く当てはまっていない。聞こえてくるのは、響いているのは――紙のめくれる音、こすれる音。わずかに漏れた音楽と衣擦れの音。そして波のある、乾いた、打刻音。合間の振動音である。
さて――。
そんな穏やかな、ざわめきにも似た、静けさのなかで…、
「ねーー…はるかーー…」
そう、菊地真が。視線は、手にある漫画へ向けたままに――。やや篭った、間延びしたような声を、自身が斜向へ座るリボンの少女へ投げた。
「んーー…?」
同様に。呼ばれた少女、天海春香も。相変わらずカチカチとせわしない音を奏でながら、間延びした返事を、斜向かいのボーイッシュな少女へ飛ばした。
…ページの捲れる、紙の擦れる音。
響くタッチ音…。
どうしたことか――。二人のやりとりが、途絶え、沈黙がながれた。
――とはいえ。
''それ''は気まずい沈黙…。というわけでもなかった。
真も春香も。何より挟まれている如月千早も、顔色ひとつ変えず、どころか落ち着いた雰囲気のまま、これまでと同じ動作と呼吸――すなわち真は漫画を読み、千早は雑誌を捲り、春香はメールをうつ――を行なっていた。
そうして、どのくらいの間が開いただろうか。
「ねぇー…。はるかぁー…」
再び、真から春香へ。篭ったような、間延びしたような、気の抜けた声が飛んだ。
「んー…なぁにー…」
そしてこちらも、春香も。前と同様に。真へ、弛緩したような、抜けた声を返す。
二人とも、先ほどの沈黙――コミュニケーションの途絶を気にしているようには見受けられない。
――勿論如月千早も、だ。
「さっきから、誰とメールしてるの…?」
そうして、ようやっと。相も変わらず視線は膝の上の漫画に注がれ、揃って声も篭ったままだが…。菊地真は春香へ飛ばした声で、その為そうとしていたことを果たす。
すると――。春香は、
「んー…あー…これー?」
いや春香も、か。真と同様、のんびりとした感じに声を返して、それでもすぐに答えを言わず、さりとてもったいぶっているようにも見受けられず、ただメールに気を取られていることは確かで、しばらくカチカチとうった後、
「学校の…先輩…」
と、ぼんやりとしたような声で聞かれたところを述べた。――そしてまた、携帯電話へ没頭しだす。
それを受けて、
「ん…あぁ…そう…」
とは菊地真。自分から尋ねたというのに深い興味はなさそうであった。
しかして再び、紙と布が擦れる音とメールが打刻音。そしてそれの着信を知らせる振動音を背景にした沈黙が訪れるのだが――今度のは、そう長くはなかった。
「あのっ…。先輩…、って…?」
と、これまで沈黙を守っていた如月千早が、雑誌を捲る手をとめ、読書がために沈めていた視線を、自身が隣に座る少女のほうへ向けて、おずおずと、先の会話の詳細を尋ねてきたのだ。
「…ふぇっ」
と。天海春香の口から、間抜けな声が漏れた。
大きく丸い目をきょとんとさせて、忙しなかった指はとまり、驚き…ともとれる光で千早を見つめる。
視線をずらせば、真も、小さく「あっ」という感じに口を空けて、青髪の少女を見つめていた。
――どうやら、二人とも。これまで黙していた友人が口から飛び出した質問を、飲み込み兼ねているように見て取れた。
それもそのはずだ。
これまでただ漠然と。鈍いものであったが、反射で、ぼうっと。会話ともとれない会話をこなしていたのだ。不意に、はっきりと意思のある言の葉が、ふやけたような、コミュニケーション空間へ紛れてしまえば、その意図するところが、その意味するところが、漂よいながら行き交う会話に比して大きすぎて、発した当事者以外よく咀嚼できるはずがない。
しかして、
「その…えっと、だから…メールを…交換している、先輩って…」
千早にしても、まさか斯様な視線に、自身が晒されるとは思ってもみなかったらしい。
恥ずかしさと戸惑いに…。身と声を微妙にくねらせながら、再び、しかし遠慮がちに、同様の問いを…己が友人へ紡いだ。
真と春香の視線がふいっふいっと絡んだ。――まるで互いに助けを求めているような…。
二人も戸惑っているらしい。
またもや間があいた。今度はちょっと気まずい。
どのくらいぎこちないだんまりが中に少女らはいたのだろうか…。
当事者たる三人にとってみれば、気重く、長いものに感じられ、時計の針としてみれば、さほどのことではない――ややもすれば冷や汗すらかきそうな、体感と現実の矛盾で成り立った奇妙な''うつろい''。
破ったのは…、
「えっと…あの…聞いては…まずかった、かしら…」
真っ先に口を開いたのは…。如月千早であった。
それもそうだろう…。
それまで和気藹々とは表現しがたいが、自然な流れと所作で、コミュニケーションは繋がって、そこに参加こそしてないが、形成された心地よい空間に千早自身はあったのだ。
ところが、それを。些細な好奇心、たった一言で。意図せず崩してしまった。
唐突さで戸惑った、菊地真や天海春香よりも。思わぬ''アクシデント''に発展させてしまった千早のほうが、何倍も、居心地というものが、よくなかったのは言うまでもない。
だから、
「その…春香の…メールの、先輩の、ことなんだけど…」
なんとか、また、もとの穏やかな雰囲気に戻したくて――。
それでも躊躇いがちに、おずおずと。千早は、友人ら二人に、会話の再発露を促した。
果たして、ようやっと、
「あ…そのこと…?」
真は擬音で言えばポンと言ったふうに頷いて、
「あ、あ、あ、えっと…あの…」
春香は戸惑いながらも。ここにきて、二人は理解した。
――そして顔を見合わせた。
と言っても、千早が感情や込められた質問の意図。その好奇心が発露の理由などと言ったものではなくて。先においてよく咀嚼できなかったもの。つまりは、友人が「質問をしてきた」「会話に加わってきた」という''事態''そのものをだ。
そうして。妙に擽ったそうな表情で、
「あ…あーえっと…千早ちゃんには…話して…なかったよ、ね…」
自身が視界の前方と斜向かいにいる、長髪の友人と短髪の友人を、交互に見つめながらリボンが少女は言った。
それを受けて、
「え、ええ…」
いつの間にか。片耳だけに嵌めていたイヤホンもはずして、微妙にはにかんだような、ほころびのある表情を浮かべて、長髪の少女は頷く。――そこに一抹のうれしさが見えるのは気のせいではあるまい。
すると。
「話したかどうかは、知らないけど…。少なくともボクとボク以外のダレかがいるとき、話してた記憶はないかな」
一方の、春香が斜向かいにいた真が優しく笑って。そう、補足した。
刹那。――千早が、チラリと横目で真を見た。
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やっぱり途中まで。ぐげぐげ。pixivでは「こいばな(仮題)」として本編公開中。だらだら続編予定。