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町の名を「カトロンズ・プラザ」といった。
ニューメキシコ"準"州ビリーガン郡にある、この中規模の町は、遇暦1860年ごろにメキシコ系アメリカ人が川沿いに、入植の拠点として、小村落をおいたことに端を発した。
ものの本によれば、入植者たちが川沿いに集い始め、それが集落となり、上流からそれぞれ、アッパー(上流)、ミドル(中流)、ロウワー(下流)・サンドミニコ・プラザと名づけ、そう呼称しはじめたらしい。未だ州にすらなれない、準州の、それも辺鄙なところに"サンドミニコ"などと随分な名前をつけたものだが、やはりそれは連邦屈指の大都市である街に「あやかった…」のと、入植者の中にドミニコ会の修士が多数いたことに由来するようだ。
ともあれ。
時はながれて…遇暦1870年あたりからだろうか。各ドミニコ・プラザにアングロ系移民が流入してき、小村落は村と呼べるほどの規模になり、平行して、徐々に、世代交代というか、人口の割合で村々は変わっていく。
その中でも特にアッパー・サンドミニコ・プラザは、大きくなり、町となって、その呼称すらも変わる様で――ここでもっとも裕福であった商人(同時に権力者であった)の名前をとり、「カトロンズ・プラザ(カトロンの広場)」という名がとおり、今に至っているのだそうだ。
「いや、ま。そりゃ募集していたけども…それでいいのかい?」
ここ「カトロンズ・プラザ」の酒場にて。
店の求人を聞いて訪ねてきたという少女を訝しげに、酒場の店主は見つめた。
少女は、絹のサテン地にビーズ刺繍や黒のフリンジ、レースを施した真紅のドレスという"いでたち"に、
「はい。是非、歌い手として雇って頂けたらなって!」
その丸顔ににっこりと人懐こい笑みを浮かべて、小太りな店主に答えた。
あまり高くない鼻。くりっと丸い大きな両目に、淡い緑の瞳。切り揃えた前髪。真紅のリボンを結った…これこそがハルカ・"ブラッディ"・アマミで、
「ハルカ・アマミです。よろしくお願いいたします!」
大きなトランクを体の前に、両手でもって、ペコリと頭を下げた。
この頃になるとハルカ・アマミはあの"やぼったい"革カバンは使っていないようであった。
「ふーん…まぁ面も悪くないし、雇うのはやぶさかじゃないが…」
終始愛想の良い少女の態度に対して、店主は眉をひそめて言葉を濁す。
その表情は警戒の色がありありと浮かんだもので、どうにも目の前にいる紅いドレスの娘を信用できない、はりかねているといった様子だった。
それもそのはずで――。
ここビリーガン郡は、前に語られたトゥームストーンと同じく、治安があまりよろしくない。というのも――歴史的諸所の事情は羽織るが――所属している州が"準州"と区分されていることから推測できるように、ニューメキシキコ準州が連邦政府の統治下におかれるようになってから、まだ時が浅く半世紀もたっていない土地であったからだ。つまり人々の入植がはじまってそうたってないので、インフラ整備なども偏っており、政府、役人の手がどうしても及びにくかったというわけだ。――後に史書などで西部開拓時代と呼ばれるこの時期は、実に、この新たに加わった"準州"などへ、政府や入植者たちが手を広げていった時代でもあった。
また地理的な要因もあった。
実はこのニューメキシコ準州。ハルカ・アマミが先に居たトゥームストーンのある『アリゾナ準州』と"牛"で有名な『テキサス準州』に挟まれるように存在し、『テキサス準州』から『アリゾナ準州』へと"牛"を運ぶ"カウボーイ"たちの、後世において世界史に刻まれるWW2のベr…某王国が如く"通路"もとい「通り準州」であった。
テキサス準州からニューメキシコ準州の果てしない荒野を数名のカウボーイたちが、馬に跨り、幌馬車とともに、牛を引き連れていく光景はなかなかにロマンをかきたてるものであったが…。
――この"カウボーイ"たちが曲者なのだ。
カウボーイ、牛泥棒が語源とされる彼らの仕事は、西部の荒野で野生化している牛を駆り集め、政府と人が定着しつつある東部やゴールドラッシュで湧く西部(例えばトゥームストーンなどはそれであった)に牛を運ぶのがそれである。が、察しの通り荒行で――それだけに、この仕事に就くものは、気の荒い奴(の)が決して少なくない。そんな彼らは先住民や牛泥棒の襲撃などから、牛や身を守るために銃を持つ。さらに仕事場は(必然的に)政府の目があまり及んでいない場所(を進む)のである…。「荒い気性」・「銃」・「小うるさいのがいない、少ない」となれば、カウボーイと呼ばれる彼らがどうするか、どうなるかは、誰にも予想がつくであろう…。
全てのカウボーイが気性の荒い"ロクデナシ"というわけではなかったが、その仕事の困難さ、届かない法の目などから、魔が刺す者を決して少なくなく、中には"アウトロー"にまで身を落とすのもおり、当局の頭を悩ませる存在であったのは確かなようだ。
しかして。ここニューメキシコ準州――特にハルカが今訪れているビリーガン郡はアリゾナ準州との州境に近く、それ故に、テキサスカウボーイどもが多く滞在、または流れてきて、無法地帯とはまで言わないが、治安状況は、決して褒められたものでなかったのだった。
そしてそんな場所に可憐なドレスを纏ったそれなり(それなりである)の娘が、
「歌い手を募集していると聞いてきましたっ! 雇っていただけませんかっ」
と笑顔でやってきくれば――余程の好人物でもない限り、ごろつきどもの身内、もしくは"わけあり"な娘と見て、訝しみ、警戒するのは当然と言えた。
「お譲ちゃん…一人で、ここまで…?」
となれば店主。このような質問をするのは必然の流れなのだが…、
「はい、そうですよ?」
と、当のハルカは…のん気にも。店主の意図など一切読まず、読めず、素直に返事をしてしまうのだった。――小太りな店主の表情がますます渋くなったのは言うまでもない。
さて…この様にハルカ・"ブラッディ"・アマミと丸顔の店主が雇う雇わないだのと交渉を重ねていた頃…。少しばかり酒場の外へ視線を移せば――なにやら、店前に、ぞろぞろと男たちが集まりだしているのを確認できるのだが…。
その数。両手両足の指を足しても足りないと言ったほどのもので――まだ増える。
集っている連中は…皆、一目で"カウボーイ"とわかる"いでたち"で…その顔つき、その目つき、異様に悪く、物騒な雰囲気をたたえており…何より男どもは、腰につるしたリボルバーだけでなく、その手に手に、ショットガン、レバーアクションライフルをもって殺気立ち、これから何かしら一騒動を起こすそうとしているのが、はっきりと見て取れた…。
「おいっ! ここに…本当に赤いドレスの小娘が入っていったんだろうなっ?」
カトロンズ・プラザの目抜き通りでもある、それなりに広い酒場前の通りで、集っていたカウボーイが団子になりだした頃。連中の中の一人が、団子のうちから進みだし、自分の居たそれへ、唸るように問いかけた。
すると団子のなかから、
「ああ、間違いない直接この眼で確かめた。店の中に入ったあとも、確認している」
別のカウボーイが片手を軽く挙げながら進み出、それを肯定した。
「見張りからも、出た様子はないとさ」
問いかけた男は、その答えに短く頷くと、
「くそうっ。小娘めっ俺たちの"しのぎ"を散々邪魔しやがって」
ハルカ・アマミが入っているであろう建物を、憎憎しげに睨みながら、言い切り、地面に唾を吐いた。
「さぁ行くぞ! あの小娘に目にモノ見せてやれっ」
そして持っているレバーアクションライフルのレバー引き戻して、弾を装填。銃口を酒場へ向ける。
周囲の男たちもソレに倣った。
撃鉄のあがる音、弾が装填される音など…金音が騒がしくなり響き――数多の鉄(くろがね)の筒が、ハルカ・アマミの居る酒場へ向かって、突き出されるのだった…。
――Money makes the mare go(金は雌馬をも歩ませる).
誰が言ったか知らないが、これは全くの至言であり、こと西部開拓時代と(後に)呼ばれる昨今では、それは誰にも避けられないことで、皆、いずれは"強情な雌馬"を動かすのを夢見て未開拓の荒野を進み――そして、当時十六歳のハルカ・"ブラッディ"・アマミもこれは例外ではなかった。
何事にも金は要った。
それは乾いた喉を潤すため、それは日にちゃんとした食事をとるため、それは夜ちゃんとした寝床につくため、それはドレスのほつれをなおすため――果ては稼ぎ道具(得物)の手入れのため、と数え上げれば"キリがない"…。
「生きていくため、何より思い描いた"夢のため"…」
ハルカ・アマミは自分にそう言い聞かせてせっせと稼がなければならないのだが、それは一つ処に留まって済むようなお話ではなかった。元手ゼロで、生きていくためだけれならば、春を売るだけで済むことだが、ハルカが目指すは『歌だけで生活できる歌手』で、加えてそれがために選んだ――というよりも、いつのまにか成ってしまった――仕事は"賞金稼ぎ"であった。
まず歌一本で生きる歌手というものが実に厳しい。
この当時の歌手、特にフロンティア(西部開拓地)と呼ばれる土地(ところ)では、それなりの場所でもない限り、歌手と言えば半娼館のような宿屋や酒場で客をとる存在、つまりは半娼婦のような存在だったのである…。ハルカ・アマミは歌をこよなく愛していたし、歌手になるため、あらゆる代償を支払うことに対して、それ相応の覚悟を抱いてはいたが、それは違うというものであった。
ハルカは言う。
「確かに…歌手は歌手ですし、ご飯にも困らないし…けど、それって違うと思うんです」
「だって…わたしの歌より、わたしの身体でお客さんがつくことですから…」
と――。
つまりは本末転倒。目的と手段の入れ替わり。
ハルカ・アマミは歌を唄い、他者に伝えるために歌手になりたいのであり、歌手であるために歌を唄いたいのではなかったのだ。
――夢に対してハルカ・アマミはどこどこまでも誠実であろうとしたのかもしれない。
その一方で。叶うならば、噂にきく"都会の"東部(東海岸側)へ出て働き口を探したいと思うハルカでもあったが――資金面やツテのない、見知らぬ土地への不安(ハルカは西部の田舎生まれである)などがなかなかそれを許さなかった。何より…開拓地は、人が既に定着しつつあり地盤が固まっている東側と違い、様々な場所と分野で『雇用需要が高い』のであった。先に述べたように「歌一本で生きる歌手」は厳しい。それはとりもなおさず、賃金の問題もあるのだが、特に雇用の門が狭いということを意味する。となれば、先人たちが根付いて安全ながらも働き口があるかどうかわからない東部よりも、不安定ながらも雇用機会に溢れる(またそれがはっきりと体感できる)西部のほうがまだ「歌手」という夢に辿りつける可能性が高かろうというものだ。
とはいえ…。やはり「歌一本の歌手」というものは、西部でもどうして、むずかしいものらしく――ハルカ自身の歌唱力もてつだって――未だに"なれない"でいるのもまた事実であって…。そうしてハルカの旅は半ば夢のために支払う代償や義務のようなもの――つまり、先の「一つ処に留まって済むようなお話」に繋がってくるのだ。
同じ町に滞在しつづけても、歌手として雇用してもらえるわけがない。であれば、町から町へ、村から村へと、歌手募集に関して情報や噂を募り、頼りながら、時に賞金稼ぎとして、ハルカ・アマミは渡り歩くしかないというわけであった。
「そうなってくるとまたお金なんですよねー。ああ…お金、お金、お金…」
ぱっさり前髪と結ったリボンを揺らしながら、少女は大仰にため息をついた。
…。
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アイドルマスター。架空戦記っぽいもの。三部構成のうちの最後。やっぱり途中まで。気が向いたら何処かで…。