――贈り物。貰ってありがたい物ばかりと一概に言えない、厄介な代物。
クローバーの塔のイメージカラーは緑だ。商店街の中にあっても、赤いコートは目に痛い。店先の大きな迷子に声をかける。
「エース。また迷ってるの?」
「やあ、アリス。良いところに来たね。うん、今は何を贈ろうか迷っているんだ」
エース曰く『いつもお世話になっているトカゲさん』にプレゼントを贈るらしい。
「……まあ、迷惑かけまくってるのは本当だしね。殊勝な心掛けだと思うわ」
「選ぶのを手伝ってくれないか? さっきから考えてるんだけど、コレって感じのがないんだよなあ……」
「いいわ。ついでに私も何か買っていこうかしら。よく遊びに行ってるし」
「えっ、誰に贈るんだい? 俺に贈ってくれるんだったら――」
「いや、あんたじゃないから」
とりあえず神速で断りを入れる。エースは、ちぇっ、けちだなーと口を尖らしている。
「君にプレゼントしてもらえる相手が羨ましいぜ。妬けちゃうな」
本気とも冗談ともとれる言い方をするエースは、色んな意味でいやらしい。無言で爽やかな笑顔を五分ほど向けられ続けたので、音を上げた。
「……そのうちエースにも何か贈ってあげるから。今は我慢して」
「え、本当? 嬉しいなあ」
くそ。甘いな、自分。こいつ絶対分かっててやってるのに。
グレイへのプレゼントは既に選び終えた。今はナイトメアに贈るものを考えている。
「ハンカチ? う~ん、実用的ではあるけど、すぐ赤くなるよな。それよりこっちはどうかな?」
「ええっ? これはちょっと……」
そんなやりとりを店先で、二回時間帯が変わるほど続けた。ようやく決まったプレゼントを持って、エースは会計に向かう。
「グレイ、きっと今日もお疲れよね。少しでも喜んでくれたらいいけど……」
「トカゲさんみたいに役割のある人って、いいよな~。今の俺にはないものだから羨ましい。ホント、立派な人だよな。あっははははは!」
空寒い。すごく。心の底からそんなところが羨ましくて大嫌い、と聞こえた。
そして二人揃ってクローバーの塔に押しかけた頃には、更に三回時間帯が変わってしまっていた。クローバーの塔付近の商店街ならば、所要時間がかかり過ぎかもしれない。
しかしエースが一緒というペナルティ付きにも関わらず、たったの三回で済んだのだ。これは快挙と言って良い。
グレイはちょうど仕事がひと段落着いたところだったようだ。幸運にもナイトメアが寝込んでいないし、逃走してもいない。グレイの監視付きで、休憩をとっているところだ。今が渡す絶好の機会だ。
「……何の用だ。今、取り込み中なんだ……。手合わせならば、後にしてもらおう」
目の下にクマを作っているグレイは、ウンザリしつつも、明らかにエースを警戒している。私だけならば、快く出迎えてくれるが、エースが一緒なのだ。
最後に二人が遭ったのは会合中のときか。グレイはやはり斬りかかって来たエースの相手をさせられて、憤懣やる方なし、という感じだった。放送禁止用語の連発、普段は冷凍保存されている『やんちゃ』が解凍されていた。
次に二人が遭ったらどうなるか想像もできないが、間違いなく血を見ることだけは分かっていた。グレイは切り刻む気満々だからだ。エースはそれでも性懲りなく、やんちゃなグレイ曰く『八つ当たりに来る、うぜえガキ』となって、襲撃に行くのだ。
だが、エースに空気を読む機能なんて搭載されていない。と言うか、あっても使わずに埃を被ることになるだろう。いつものように爽やかさを垂れ流して、プレゼントを差し出した。
「ハイ、トカゲさん。いつもお世話になっているお礼に」
最初は身構えていたグレイも、少しずつ緊張を解いた。今日のエースはいきなり斬りかかるような不躾な真似はしなかった。これはグレイにとっても歓迎すべきことだ。
まだ警戒はしつつも、表面上は穏やかになる。
「……どういった風の吹き回しか知らないが。とりあえず受け取っておこう。……これは」
箱を開けた瞬間、引き攣った。そしておもむろに、箱の中身を人差し指と親指で摘んだ。如何にも触りたくない、という感じに。
「これは……何の冗談だ」
グレイの指先にぶら下がっているのは、トカゲの皮バンドの腕時計。ご丁寧に灰色の皮の最高級品だ。ものは悪くないはずだ。……まあ、最終的にエースが選んだものだけど。
「いや~、ウサギさんなら迷わずウサギ肉をあげるんだけどね」
てへ、と可愛くもないのに可愛い子ぶるエースが気色悪い。
「迷っちゃった☆ トカゲの皮ってさ、意外と傷みが早いんだって。……トカゲさんも気をつけてね?」
薄ら寒い笑みを浮かべているエースに、グレイは完全に沈黙している。昔のやんちゃが再来する予感がひしひしと感じられる。
お願いだから、私のことは斬らないでね? 選んだのはエースだから。ワタシ、関係アリマセン。
エースとは完全に他人を決め込んだ私も、大きな箱に入ったプレゼントを渡す。ナイトメアはとても嬉しそうにリボンに手をかけた。
「はははっ、良かったなあ、グレイ。私はアリスからプレゼントを貰ったんだぞー。どうだ、羨まし……」
包みを開けたナイトメアは、歓喜に打ち震えているように見える。手が途中で停止してしまうほどに。
「ナイトメアったら驚きすぎよ。普段あなたが見せびらかしてる吐血ショーの方が、よほど周りを驚かせているじゃない」
しびれを切らして、固まっている病人を揺する。
「これは……洗面器?」
「ナイトメア専用よ。元々赤いから、いくら使っても赤が気にならないわ」
「……この文字はなんだ?」
青白い指先が、洗面器の側面を指す。赤い器に文字が墨で書き付けられているシュールなデザイン。
「赤い衰勢。衰えた状態って意味よ。あなたにぴったりだと思うわ。流れ星のように生き急いでる感じなのに、燃え尽きず、いつまでもしぶとく存在するところとか」
「あはははっ。アリス、それ誤字じゃないの? 本当は彗星じゃない?」
「……籠もる」
椅子から立ち上がったナイトメアは、夢の世界へも旅立とうとしている。その腰に素早くグレイがすがった。
「ナイトメア様っ! お気持ちは痛いほど解ります! 私だって引き籠りたい心境ですが、人間は逃げてばかりでは成長しません! 耐えて下さい!」
「止めるな、グレイ! 外は嫌だ。夢の中の方がまだマシだっっ」
「あははははっ。そんなに喜んでもらえるなんて、悩んだ甲斐があったぜ☆」
グレイが疲れた顔で懇願してきた。
「……頼む、頼むから。ナイトメア様の心の傷に、これ以上塩を塗り込めないでやってくれないか」
「鬼っ、お前たちは鬼だーーーーっ!!」
人差し指を突きつけて、泣きながら薄くなってゆくナイトメア。
嬉しくて泣いてるんだろうか。いや、何か嬉しいっていうより悲しくて泣いてるようにも見える。
「ナイトメア様! せめて、せめてあの書類の山だけでも片付けて下さい……っ」
「何が気に入らなかったの。ナイトメア……」
グレイの切実な懇願も空しく、ナイトメアの体は消えた。ゆらりと立ち上がったグレイの表情は暗くて見えない。
「……また、夢に引き籠ってしまわれた。当分、出て来られないだろう……。後はサインさせるだけだったのに」
ゆっくりと、こちらに長身が向き直る。
「……アリス。まさか君がナイトメア様を傷つけるとは思わなかった。悪いが、その男を連れて出て行ってくれ。できれば、ナイトメア様のためにも、しばらく顔も見せないでほしい」
「う、うん。わかった」
肝の小さな私には、それ以外に返事のしようがなかった。グレイは更に声のトーンを低くして、地獄の底から這いずる様なヴォイスを披露した。
「……騎士。八つ当たりのみならず、俺に対する嫌がらせで気は済んだか。貴様は会合期間以外の塔への出入りを永久に禁止する。次に塔で見かけたら××××して、×××の××××で切り刻んでやる……」
「へえ、望むところだよ☆ いい鍛錬になりそうだ」
「お願いだから挑発しないで!」
今日もクローバーの塔は平和です。
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「ハートの国のアリス」の二次創作SS。エースとアリス、クローバーの塔の住人が出てくるコメディです。