No.346351

リング・ル・ヴォワール 5話

さん

映画「リング」と恐山ル・ヴォワールからの影響を受けた小説です。
ある日、呪いのブルーレイを見てしまった和行。その1週間後、彼の元に出てきたモノは……。
http://milk0824.sakura.ne.jp/doukana/  こちらの日記にも絵を書いています。なお日記絵は描いている時の様子を見ることができます。アニメ塗りの講座に使えるかもしれません(笑)

2011-12-12 00:00:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:446   閲覧ユーザー数:441

 

坂道を上った先にある神社。その脇には高台がある。

そこからは俺たちの住む白神町が一望できた。

朝の夏の日差しと夏風は心地の良いものだ。

 

「カズ、覚えてるか?」

「何をだよ?」

「その昔お前が蟹に憑かれた時のことだ。あの時も大変だったよな」

「思い出させるな。体重が軽くなるところまではよかった。まさか風に飛ばされて海に帰る羽目になるわ同族意識で蟹が食えなくなるわマジでツラかったんだからな」

「アレを祓った後の蟹パーティは最高だった」

「お前ら俺の金だと思って好き放題食いやがってよ……。アレのせいでバイトしなけりゃならなくなったんだぞ。今でも蟹が食えないし、もう甲殻類に憑かれるのは勘弁」

「カズ、覚えてるか?」

「今度はなんだよ?」

「その昔お前が狐に憑かれた時のことだ。あの時も大変だったよな」

「頼む、思い出させるな。アレはマジでいいことが一つもなかった……」

「コンコン言いながらいたる所で立ちションをしまくっていたのは……そう、お前が高2のときだったか」

「だぁぁぁっ!! うるせぇよ!! あのせいで学校でトイレの神様とかありがたいんだかそうじゃないんだかわからんあだ名を付けられたんだ!」

「交番でコンコン絶叫しながら立ちションをして留置所送りだからな。もはや神だろ。命名オレだが」

「お前のせいかよ!? 3年目の真実だぞ!?」

「当時は何にでも王子をつけるのが流行ってたから放尿王子にしようとも思ったんだが」

「お前最低だよ!? あーったく、今でも赤いキツネが食えないしもう哺乳類に憑かれるのは勘弁だ!」

「――で」

高台から町を見ていた竜司の目が流れて、一点で止まった。

その先には、

「?」

 

 

ボーイッシュな服(というか俺の服だ)を着てきょとんとしているさだこがいた。

「甲殻類、哺乳類ときて今度は人類か。生態系のコンプリートでも狙ってるのか?」

「好きで憑かれてるわけじゃねぇよっ!」

自分が物の怪の類に憑かれ易い体質だとはわかってる。

けど、こうも縁がある奴も稀有(けう)だろう。

「――ったく」

竜司がため息とともに高台の柵に寄りかかった。

「いつも手を焼かせてくれるな。何があったか教えな」

 

 

…………

……

 

 

「――なるほどな」

俺の話とさだこの話を聞いた竜司が抜けるような夏の青空を仰いだ。

「さだこ――だったか?」

「あ、はい」

「お前さんは間違いなく物の怪――鬼に近い存在だ」

「お、鬼ですかっ!?」

「鬼ぃ!?」

さすがに俺もびっくりした!

俺はついさっきまで鬼にご飯をよそってもらっていたのか!?

 

「物の怪の"もの"とは古来"鬼"と書かれていた。鬼とは人間に災いをもたらす物だ」

「お前さんは人に災いをもたらす物、鬼として現界した」

「鬼の存在意義は唯一。人に災いをもたらすこと。最大の災いなら『人間の死』か」

「故に鬼として現界したお前さんにインプリンティング(刷り込み)されている意識も、当然ながら鬼のそれだ」

竜司の目が青空からさだこに移された。

その目は末期がんを見つけてしまった医者のそれと等しい。

 

「お前さんの存在意義は」

「人に災いを振りまくことだ」

 

「……」

さだこの瞳は大きく見開かれていた。

「わ……たし……」

顔は血色を失い、肩が小刻みに震えている。

驚きのあまり声すら出せないのだ。

「待てよ! こいつがそんな存在なわけないだろっ!」

チッ。

おいおい、なんでまた物の怪なんかを庇ってんだ? 何熱くなってんだ?

冷静な自分が自分にツッコミを入れている。

けどだ。けどなんだ。

さだことはまだ少ししか話もしていない。だがわかる。

こいつは間違いなく人の不幸を嫌がるタイプだ。人の幸せを喜ぶタイプだ。

そうい奴にとって今の言葉は最も耐え難いもんだろ。

 

「続きがある」

竜司が制止するように軽く手を上げる。俺はなんとか言葉を飲み込んだ。

その目は立ちすくむさだこに向けられたままだ。

 

「さっきまでの話と今のお前さんを見ていればわかる」

「お前さんが物の怪――鬼と化したとき、人間としての意識のほうが強かったんだろうな」

「あまりに意識が強すぎた故に、鬼に成り切れなかった。羅刹に成り切れなかった。ハンパに現れてしまった」

「最初に言った通り、鬼に近い存在だが鬼ではない」

「鬼の成り損ないなんだよ、お前さんは」

 

「鬼の……なりそこない……?」

さだこの口から言葉が漏れた。

 

成り損ない。

存在意義の否定。

普通は良くない語感を含む言葉。だが本来の自分の在り方を知ってしまったさだこの場合は――救いの言葉なのかもしれない。

 

「だからと言って人間でもない。人間でも鬼でもない。それがお前さんだ」

「私……鬼、ではないんですね?」

竜司との距離を詰めるさだこ。その眼差しは真剣だ。

「私は皆さんを不幸にするような存在じゃないんですね?」

「そいつはお前さん次第だろ。お前さんがそうしたくないのなら、そうだろうな」

「よ……」

ぱぁ、とさだこの顔が晴れた。

「よかったぁっ! 和行さん、和行さん、良かったですっ! 私、人様にご迷惑をお掛けしないっぽいですっ!」

「よ、良かったな」

「ふふっ、本当に良かったです」

本当に胸を撫で下ろす動作をしているあたり、よっぽどホッとしたんだろうなぁ。

最初は殺すと言ってたが、やっぱそういうことはやりたくなかったわけか。

人様に迷惑かけないで安心する物の怪ってのもどうなんだ?

ついでに言うと振り出しに戻ったわけだが。

 

「で、竜司。要するにコイツは無害なのか?」

「無害だろうな。成り損ないの上にこの性格だ。美沙の10倍は無害だと確信できる」

「だな。となると――」

問題は出てきちまったさだこをどうするかか。

少し離れたところで未だに夢見心地にぽわぽわと天を見上げているめでたい奴に目を向ける。

「アレでも鬼の端くれだ。祓うためには相応の準備と期間が必要だ。オレ一人で足りるかどうかって規模だな」

「……祓うのかよ。無害ならまだ祓わなくていいんじゃないか?」

俺の返答に竜司の口元が歪んだ。良くない兆候だ。

「随分と肩入れするんだな」

「……してねぇよ。なんっつーかさ、憎めない奴だし、間違って出てきただけみたいだし……むしろ俺がほら、無理やり出しちまったようなもんだしさ。罪悪感っつーか」

「鬼を祓うための装備を整えておくだけだ。祓いたくないなら使わなけりゃいいだけの話だ」

「そうだけどよ」

竜司のこの顔。面白いことを見つけたときの顔だ。

「――オーケー。じゃあ行くか」

竜司が突然歩き出した。

「お、おい待てよ、どこ行くんだよ?」

「祓わないってなら準備が必要だろ?」

祓わないなら準備が必要?

一体何のことだ? 何が言いたいんだ?

「そうだな、歯ブラシとコップ、皿も必要か?」

「歯ブラシ? コップ? なんかの儀式にでも使うのか?」

「あ、待ってください、私も行きます」

さだこも俺の背について来た。

「服は美沙に見立ててもらったほうがいいだろう」

「だから、それなんだよ?」

 

クルッと竜司が突然振り向いた。

その顔は……クククと笑いを零してやがる。

完全に何か楽しいことを見つけたときの竜司の顔だ。

邪神降臨みたいな顔だぞ。

 

「祓わないってことは、カズんとこに一緒に住むんだろ?」

 

「誰が誰と………………」

自然に首が動き、さだこの顔で止まった。

「はい?」

純真無垢という言葉が似合いそうな表情が、どうしました?と首を傾げた。

 

「お前等二人に決まってるだろ。人間と物の怪の同居か。興味深いな、実に興味深いぜ」

 

「え……っ?」「な……っ!?」

その言葉に二人が顔を見合わせた。

さだこの白い顔がほのかに紅色に染まり俺から目を逸らした。

それに伴い俺の顔は困惑色に染まる。

 

俺と鬼の成り損ない――さだこが同居することになった瞬間だった。

 


 
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