≪漢中鎮守府/劉弁視点≫
この数日、朕が望む通り“孤児院”というものに足を運んでいるのだが…
こうまで役に立たぬとはな……
水仕事と針でぼろぼろになった手を見詰めながら、朕は自らの不甲斐なさに苦笑を隠せずにいる
朕が張局長に念を押されたのは「決して怒らないこと」だけであった
それを朕は快諾したのであるが、それが甘すぎる認識であったことを即日思い知る事になる
孤児院に行ってみてはじめて知ったのであるが、あくまで手に職をつけて独立できるまでの間保護するための場所であって、子供といえど決して甘やかされてはいないという事だ
むしろ朕の数日での感想でいうなら、躾といい生活といい、そこらの兵士より厳しいのではと思わされるものばかりだ
決して暴力が振るわれたり無理な労働が課されている訳ではないのだが、一日の自由になる時間が決まっていて、年齢毎に自分達の身の回りの事は自分でやるように決められているらしい
そこで“職員”と言われる者達がなにをしているのかというと、子供達の手の回らない事柄を見守り補佐をする、というものであり、同時に教師であり親である事を求められるという、非常に難しい内容のものである
なるほど、張局長が朕に皮肉を言う訳である
なにせ朕は、この場所で要求されることをなにひとつこなせないのだから
朕が孤児院に通うと決まったとき、天の御使いが
「いや、俺でも無理だし、陛下……
おっと、今は李文優でしたっけ
文優殿じゃあ無理だと思うけどな…」
そう真顔で言っていたのが良く理解できた
まず最初に振られた仕事は、学舎と漢中で称する民衆の勉学施設に通う事ができなかったり通う年齢に達していない子供に読み書きをを教える、というものであったが、これが非常に難しい
朕は宦官にそれを教わり、朕が学んだように教えようとしたのであるが、理解が及ばない子供に根気良くものを教える、という事がこれほどに難事だとは考えてもいなかったのだ
共に教えていた当番の官吏が呆れていた事から、朕は相当に見苦しい事をやっていたのだろう
終わり際に
「知識と見識はあるようですが、教官(と漢中では言うらしい)としては落第点ですね。学舎からやり直す事をお勧めします」
皮肉げにそう言われて思わず睨みつけたのであるが、張局長との約束を思い出し言葉を飲み込むのが精一杯であった
その後、食事の準備を手伝うことになったのであるが、当然厨房で朕が役に立つはずもない
包丁ひとつまともに握れぬ有様で、結局水汲みと野菜を洗うという基本的な仕事のみを与えられ、それも遅いと呆れられる事になる
「没落したどこかのお偉いさんだったりするのかねえ。別嬪さんなんだからいい男でも探した方が早いんじゃないかい?」
職員の皆にそう笑われ、歯噛みしながら根菜を洗うしかできなかった、という訳だ
その後も皿洗いに繕いもの、水汲みに掃除といった事を手伝ったのであるが、どれも惨敗というにも烏滸がましい惨憺たるものばかり
唯一、それでもましに行えたのは、練武を兼ねた子供達との遊戯くらいなものであるが、これも力加減が判らず酷い目にあった
これも担当の職員が言うには
「まあ、野生の獣と同じですよ。何をどうされたら痛いとか、こういう事はやっちゃいけないとか、そういうのは経験から学ぶのが一番なんです。だから危険すぎる事が起きないように見ててやらないといけないんですよ」
たまに骨折等の大怪我も起きるとの事だが、ただ叱るのではなくどうしてそうなったかを学ばなければならない、という事のようだ
かすり傷ひとつとて許されなかった朕にしてみれば、理解が及ばない事ばかりの初日であった
こうして心身共にくたくたになっての夕餉であったのだが、戻ってきた協もなにやら不満そうであった
夕餉そのものもなんというか、朕の好みのものはなく、洛陽であれば下げさせたであろう貧相な内容のものである
それは協も同じであったようだが、天の御使いが一言
「これを食わなきゃ昼餉と同じで何も口にしない羽目になるけど?」
などとニヤニヤしながら言ってきた
朕もそうであったが、やはり協も昼餉が口に合わず手をつけなかったらしい
朕の場合は疲労で喉を通らなかったのもあるのだが…
「で、記念すべき民衆の生活の初日はどうでした?」
恐らく報告を聞いて知っているのだろうに、楽しそうに聞いてくるこの男を蹴りつけたい衝動に駆られる
そして協は子供らしく遠慮をせずに感想を伝えた
「思っていたよりつまらないものでした」
天の御使いは、その答えにむしろ嬉しそうに頷いて先を促している
それは、子供扱いしている大人のそれではなく、あくまで対等に話そうとしているもののそれである
「勉学に関しては僕の方がよほど上で、学ぶような内容はありませんでしたし、練武に関しても僕より強い者はひとりもおりませんでした
これでは僕は何を学べばいいのか解りません」
協はそのような状態であったのか
思わず不快感を朕も顕にしたのだが、むしろ当然だろう、という感じで天の御使いは頷いている
「そりゃそうだ
漢中にいる間は稚然くんと呼ぼうか
これで理解できたと思うけど、君は市井の人間では得られない教育を受けている、という事なんだよ」
納得できないように首を傾げる協であるが、なるほど、そこには思い当たらなかった
「武にしても君の教師は驃騎将軍やその配下の宮中護衛を担当する武官達だよね?」
こくんと頷く協に、天の御使いは噛んで含めるようにゆっくりと諭す
「それはね、市井では考えられない、とても贅沢な事なんだ
天下の驃騎将軍・張文遠に直接教えを請えるなら、私財を擲ってもいいと考える人間はとても多いと思うよ」
「だったら僕は、学問でも同じだという事ですよね?」
納得がいったのかゆっくりと尋ねる協に、天の御使いは頷く
「そうだね
学舎の教師があの大尉・賈文和だ、なんてなったら、漢中どころか大陸中から人が押し寄せるんじゃないかな?」
「だったら僕は何を学ぶべきなんですか?」
協の真面目な表情に、彼は即答する
「他人、だね
君の姉さんが望んだのはそういう事だと俺は思ってるよ」
その通りではあるのだが、いまひとつ要領を得ていない気がするのは朕が愚鈍であるからだろうか
「例えば稚然くん、君は今日、誰かと話をしたかい?」
「いいえ、話が合いそうにありませんでしたので」
うんうん、と頷きながら天の御使いは言う
「だったら君は、今日一日を全部無駄にしちゃったって事だね」
「え?」
戸惑う協を無視して、天の御使いは朕の方に顔を向ける
「文優さんも、自分から誰かに話しかけたりしたかな?」
「い、いや……」
「だったら君も、今日一日を無駄に過ごしたって事だ
残念だったね」
言葉に詰まる朕らに、天の御使いは笑いながら告げる
「ここ漢中では、宮中のように君達に周囲が合わせてくれる訳じゃない
君達が周囲に合わせなければいけないんだ
だったら、自分から話して仕事も勉学もなにもかも、教えを請うたり逆に教えてあげたりしながらやっていくしかないってことだ
だから貴重な一日を無駄にして残念だったね、という事なんだよ」
呆然とする朕と協を無視するかのように、天の御使いは食事をはじめる
「食べないのなら下げちゃうけど、できれば無駄にはしてほしくないんだけどな」
そう言われて朕と協は同時に匙を取る
こうして、なにもかもが侭ならぬままの初日が過ぎていき、そのまま数日が経過した
変わらず朝餉と夕餉を天の御使いと共にし、その日の予定の確認とその日あった事を告げるだけの日々であったが、翌日からの朕らの態度の変化は徐々に周囲にも伝わってきているようだ
朕は相変わらず碌に仕事もこなせぬままであるし、協も子供達と揉めて喧嘩の毎日らしい
だが、天の御使いは「いいことだ」と笑顔で毎日頷いている
そうして過ぎる日々の中で、ぼろぼろになった手を見詰めながら、朕は思うのだ
この男と歩む先に何があるのか、それを私は見てみたい、と
≪漢中鎮守府/程仲徳視点≫
さてさて~
どうにも納得のいかない状態で軟禁されちゃった風なのですが、これは一体どういう事でしょうね~
稟ちゃんが曹孟徳さまのところに行くつもりだったなんて、はっきりいえば風しか知らない事なのです
星ちゃんにだって告げてはいない訳で、それをどうやって知ったのか、とても興味が沸いてきます
風達はおとなしく従ったので手荒な事をされることもなく、軟禁された部屋はむしろ上質といえるものでした
稟ちゃんとは別の部屋にされましたし、女性ではありますが窓の外と部屋の入口に10名程の人がいるようで、行動の自由は全くない状態です
一度星ちゃんが状況を伺いにきてくれましたが、その時は室内に4名もの人が待機していて、それをからかうように星ちゃんが歓談していきましたが一向に挑発に乗る気配もありませんでした
これは風の予想以上に、漢中の兵は鍛えられているという事でして、これはこれで見る価値があったと言えます
誰もいないところで宝譿とお話ししてると残念な人に思われちゃいそうなのでじっと思索に耽っていた訳ですが、軟禁されて程なく、司馬仲達さんがやってきました
このような状況ですが、天下の才媛にして事実上天譴軍の次席と目される人物との対面です
ここはひとつ、ちょ~っと気合を入れてみようと思います
「おやおや~
思ったより早かったですね~」
「まずは非礼をお詫び致します
ですが看過できぬ事情が当方にありますこともまた、ご理解いただければと思います」
む~ん……
噂には聞いていましたが、本当に感情が読めない方ですね~
こういう人物は基本的に激情家で、風を相手にしてると結構転がしやすくなるものなんですが、どうやらそれは期待できなさそうです
寝たらそのまま放置されそうですし
「それはいいのですが、私はいつまでこの状態になるのでしょうか~」
ここまで入念にされちゃいますと、相手の気分次第ですからね~
最悪、このまま謀殺されてもおかしくない訳で
「それはこれからの内容次第、とさせていただきます」
ふむ~…
ならば最初に聞いておきたい事は聞いておくとしましょうか
「最初に聞いておきたいのですが、どうやって私達が曹孟徳さまのところに行くつもりだった、と判断したのか伺ってもいいですか~?」
どう考えても論理的な筋道では、風達がそうするという事に辿りつかないはずなのです
かといって、客人の前で風達を捕縛した以上、それが単なる好悪や勘などという事はありえません
他の太守やら刺史やらならありえるかも知れませんが、漢中の風評がそれが有り得ないと言っています
況して、風達は特に失礼を働いた訳でもなく、それまで面識もなかったのですから
司馬仲達さんは、それに対してさらりと答えます
「天の御使いによる啓示、と言ったらお信じになりますか?」
………これはまたまた、非論理的な回答です
目の前の人物は、そういうものを信じる人物には見えないのですが…
「なるほど~
ではとりあえず、そういう事にしておきます」
これが本当かどうかは、多分これから判るでしょうし
もしそれが本当だとしたら、風達の名前を聞いた瞬間に変わった天の御使いさんの雰囲気に説明がついてしまうのも事実です
「そういった理由から、私は貴女がこの後孟徳殿の麾下に参ずる心積りだというのを確信しているのですが、いかがでしょうか」
それについては誤解がありまくりですね~
まあ、確かに最有力候補ではありましたが、風は別に稟ちゃんと違って孟徳さま愛してます、というところまでいってませんし
「ん~……
私は別に、そういうつもりではなかったですね~
行けば重用される自信はありますけど」
星ちゃん達と来たのも、言ってしまえば面倒が少なかったからですし
ただ、このようになるとは思ってなかったので、そういう意味では失敗でした
でも、食客として同行してれば旅費が浮くのは魅力だったんですよね~
別に隠す事でもないので正直にそう告げると、仲達さんは少し考え込んでいます
「なるほど…
劉玄徳殿麾下の趙子龍殿との面識があり、たまたま洛陽で再会したついでに漢中見物を考えた、と」
「はい~
ご承知の通り、先の洛陽は諸侯豪族が揃い、仕官先を見定めるには丁度いい感じでしたから」
「相国樣の下に、とはお考えにはならなかったので?」
これは当然来る質問ですね~
答えは決まってますけど
「既に大尉が決まっている状態で、その繋がりも非常に強固に感じましたので、望むような重用はないかな~、なんて…」
風の言葉にまた考えているようですが、微笑みが絶えないままで本当に感情が読めない人ですね~
これで天譴軍では軍師や文官ではなく武官の筆頭だと聞いてますから、どれだけ有能なのか想像もつきません
仲達さんは納得したように頷くと、軽く右手をあげました
「当方の非礼を重ねてお詫びします
以降は自由にしてくださって結構ですので、劉玄徳殿達と共におられるなり、ご随意に
漢中に個人的に滞在したいという事であれば、それについても便宜を計らせていただきます」
あれ?
やけにあっさりと開放されちゃいましたね~
どういう事でしょうか?
「おやおや~
これだけでいいんですか~?」
「ええ、十分です
どうやら貴方には、私達を知っていただいた方がよい、そう思えましたので」
うむむむむ……
どうにもこちらに判断材料が少なすぎて、なにやら罠に嵌められた気分なのです~
「貴女がこのまま劉玄徳殿と共に滞在なされて、漢中で得られたそれらを交州に持っていく事になったとしても、それは私達にとっても不利益とはならない、そう判断しました」
まあ、開放してくださるとの事ですし、ここは甘えておきましょうかね~
貸しひとつ、という事で相当無理もききそうですし
そうなると心配なのは~…
「奉孝ちゃんはどうなってますか~?」
「彼女には別の者が話を伺いに行っております
ですので私からは今は何もお伝えできません」
そですか~
まあ、一番厄介そうな人が風のところに来たんですし、稟ちゃんならどうにかするでしょう
なので、風は素直ないい子なので、早速みんなの所に行ってみようかと思います
心配かけるのもなんですしね~
「では、早速玄徳さん達のところに行きたいのですが~」
「ああ、それでしたら今はおられないかと思います
当方で用意した蒸風呂を試した後、夕餉まで市場を見たいとの事でみなさん出かけてしまいましたので」
みんな薄情ですね~
風達が軟禁されているというのに、市場にいっちゃうなんて
風だって見たいのですよ~
「公孫太守と趙子龍殿は残っておられるので、そちらに行かれてはいかがでしょうか?
お二方の湯の準備もしているところですので、丁度宜しいかと」
おお!
蒸風呂とはまた珍しいです
これは是非とも試してみたいのです~
「ありがとうございます~
では、早速ふたりのところに行くとしますね~」
こうして案内をつけてもらって行くことになるのですが、何かあったのか伯珪さんは部屋から出てこなくて、私は星ちゃんと一緒に蒸風呂とやらに行くことになりました
稟ちゃんがいなかったのは気掛かりですし、伯珪さんに何があったのかは心配でしたが、旅の埃も落とさないままでは、やっぱり女の子としては厳しかったですし
そんな風の認識が色々と甘いというか予想の斜め上をいっていたのに気付いたのは、その日の歓待を兼ねた夕餉の事なのですが、それもまた仕方のない事だと思うのです
≪漢中鎮守府/魯子敬視点≫
いやあ、ここに来てなんというか、いい息抜きをくれたもんです
これはもう、あのド腐れ野郎と仲達姉樣に感謝する事にします
公然と憤懣をぶつけて問題がない相手と話せるなんて、なんて有難いんでしょうね、くきゃきゃきゃきゃっ
私は非常に機嫌良く、意気揚々と件の人物がいるという部屋に足を運びます
中に居たのは眼鏡が似合う理知的でお堅い雰囲気を持つ、見るからに才女って感じの人物です
最近悪役が板についてきたと評判の私としては、思う存分餌食にするしかないでしょう
仕事が忙しくて緊張やら抑圧やらが続いてんで、少しは解消したいんです
八つ当たりなのは承知してますが、間諜っていうんなら遠慮はいらんでしょう
「さて、では事情聴取と参りましょうか
くきゃきゃきゃきゃ!」
部屋に入るなりそう告げた私に、相手は面食らってます
「な、な、な…」
そうです、この顔が見たかったんです
いやあ、癒されますね
うちの面々はもう慣れちゃって、普通に対応されるんで寂しかったんですよ
こうでなくちゃあ“瘋子敬”でいる意味がないってもんです
「郭奉孝、でしたね?
とりあえず貴女の捕縛に対して事情の説明を承る事になりました、魯子敬と申します
以後お見知り置きを
くきゃきゃっ」
顔色が赤くなったり青くなったり、いやあ真面目な方ですね
仲達姉様やあの野郎が警戒するくらいなんで才気は私辺りの上をいく人物なんでしょうが、流石に予想を越えてたってとこでしょうか
「えっと…
ほ、本当に……?」
「ええ、こう見えても天譴軍では水曜局の局長なんていう過分な地位をいただいてます
なので本当に貴女の釈明を聞きにきたので間違いありませんよ」
いやあ、すごいですね
状況が飲み込めた瞬間、一気に落ち着きましたよ、この人
まあ、私は相手の主張を聞いて開放するかしないかの判断を任されてるだけなんで、開放しない場合の事は考えなくてもいい訳ですがね
「そういう事なんで、ちゃちゃっといきましょうか
この後どこに行かれるおつもりで?」
多分答えは既に用意していたんでしょうね、間髪入れずに返答が返ってきます
「私は、先日洛陽に居た時に旧来の知己であった趙子龍と出会いまして、そのまま劉玄徳殿と共に漢中を視察に行かれると聞き及び、最近評判の高さを聞き及んでおりましたので遊侠の身でしたが一時食客として同行させていただくのを希望したものです」
はい、予想通りの前振りです
どんどんいってみましょうか
「今後の身の振り方はまだ確定してはおりませんが、しばらくは遊侠として人物の見定めをしながら善き主君を得たいと考えております」
期待通りの回答、ありがとうございました
これで確定です
貴女は真っ黒、と
ちょっとつまんないですね、これ
「くきゃっ
なるほどなるほど
遊侠の身だから一時の主として劉玄徳殿の下に身を寄せているが、長く仕えるつもりはない、という事ですか
理由はやっぱり旅費ですか?」
「………まあ、そのようなものです
女の旅は危険も多いので、漢中に来るにも都合が良かったというのもあります」
いやあ、そう不快感を表面に出されると、思わず張り切っちゃいますね
「この後はどちらに行かれるか考えてますか?」
「そうですね…
都合良く劉玄徳殿と公孫伯珪殿とは知己を得られましたし、漢中でも知己を得られましたので、荊州にでも足を向けてみようかと考えています」
模範解答ありがとうございます
まあ、私は仲達姉様ほど人の心の襞を読むのに長けてはいませんが、それでも模範解答に終始されるっていうのが気に入らないって程度には知恵は回るんです
この“瘋子敬”をナメてもらっちゃあ困るんですよ
この数年、さんざんあの腐れ野郎や仲達姉様、皓ちゃん明ちゃんやらに鍛えられてんです
もうちっと知恵を使うべきでしたね、郭奉孝
「なるほどねえ……
じゃあ、荊州の後は決まってないって事ですね
くきゃきゃ!」
「…っ
まあ、遊侠の身ですので、足の向くままなのはご理解いただきたいですね」
私の声や笑い方に不快感が出るようではまだまだです
芯が冷めてるみたいなんで、これで何かを背負っていれば顔にも出ないんでしょうけどね
「それじゃあ一発いってみましょうか
ここはひとつ
『曹孟徳の変態百合娘!』
とでも叫んでみてください」
「っな……!?」
くきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!!
言葉の内容もそうでしょうが、こういう暴言には人間の本音が出るもんです
まあ、これを知ったのはあの仲達姉様ですら、私が一刀を“ド腐れ野郎”と言うと普通なら気づかないくらいなもんですが不快感が顔に出るって気付いてからなんですがね
「な…馬鹿な!
そんな下品な事を叫べる訳がないでしょうっ!!
だいたい孟徳樣に向かってそんなこ……」
はい、失言ありがとうございました
いやあ、頭の回転やら智謀やらは私よりよっぽど上でしょうが、残念でした
仲達姉様なら微塵も顔に出ませんし、皓ちゃん明ちゃんなら逆に喜んで言いますよ
一刀は多分言えませんが、理由が違うでしょうからね
「……これは流石に卑怯ではありませんか?」
自分の失言を私のせいにされても困ります
隠し通すなら、叫べるかはともかく、世間の風評が男嫌いの女好きってのも事実なんですから、少なくとも乗ってみせる程度にはやってみせるべきです
それに、こういう場合“卑怯”は褒め言葉ですよ?
「はいはい、褒められたって事にしときます
そういう訳で申し訳ありませんが、貴女を開放する訳にはいきません
捕縛の理由を肯定したようなもんですから、納得していただきます」
色々な負の感情をごちゃまぜにして私を睨む郭奉孝に、私は“瘋子敬”を止めて告げます
「私の外観や言動、声色に揺らいだ貴女の負けですよ、郭奉孝
私を“能力はあってもまともに相手をするだけ馬鹿を見る輩”と思っていたのが丸判りでした
いかに優秀な人間でも手法によっては容易く叩きのめせる手段はあるのだ、といういい教訓だと思ってください」
「………もう一度名前を伺ってもいいでしょうか?」
あのド腐れ野郎にいわせると、こういう敗北は相手を格段に成長させる、とか言ってましたね
自分でも覚えがありますし、こりゃあやりすぎましたか
次は洒落にならない人物になりそうな気がします
まあ、こうでもしなきゃ尻尾は出さないまま模範解答に終始されたでしょうから、私の失策ではないと思いますがね
「私は魯子敬、よければ覚えておいてくださいな
くきゃきゃきゃきゃっ」
「ええ、恐らくは忘れないでしょう
貴女も私の名前を忘れないように忠告しておきます」
いや、忘れろったって無理です
同じ手が通用する程温い人物には、どうしたって見えません
でも、ここはからかうのが礼儀でしょう
「はいはい、余裕があれば覚えておきますとも
では失礼
くきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃっ!!」
悔しさに歯噛みする声を聞きながら、私は部屋を後にします
いやあ、いい気分転換でした
人物なんてどこにでもいるもんですね
できればあんなのと智を競いたくはないんですが、多分それは無理でしょう
さて、あれをどう扱うか、なかなか難しい話になりそうです
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