≪漢中鎮守府/司馬仲達視点≫
我が君が立ち上がったのには驚きましたが、とりあえず問題はありません
意味もなく歩くところを見せるはずもありませんし、その事は後で聞けばいいだけの事です
それよりも問題は………
「誰かある!!」
私は控えている近衛に向かって激を飛ばします
『はっ!』
一斉に雪崩込んできた兵達に関雲長や張翼徳、趙子龍が一気に武人の目となりますが、私はそれに構わず兵に命じます
「間諜の疑いがあります!
直ちに郭奉孝と程仲徳の両名を捕縛しなさい!!」
『なっ!?』
一気に二人を囲む近衛達に、関雲長が声を荒らげます
「司馬仲達殿!
これは一体どういう事だっ!!」
「そうです!
どうして私達が間諜などという疑いをかけられなければならないのですかっ!」
「流石にこれは不愉快ですね~」
それに追従するように不満を口にする二人ですが、それもまた当然でしょう
だってこれは濡れ衣なのですから
ただし、根拠がない訳でもないのですよ?
「では申し上げましょうか
このまま劉玄徳殿に仕え続けるというならともかく、お二人はこの後、折を見て交州に向かわれるつもりですよね?」
「…っ!!」
郭奉孝が息を呑み、視線が一瞬泳ぎます
ええ、理由はこれで十分です
「以降の申し開きは後程伺います
連れていきなさい」
すると、程仲徳がのんびりと呟きます
「これは困りましたね~
奉孝ちゃんはそのつもりだったかも知れませんが、私は決めていた訳ではないのです~」
「私を見捨てるつもりなの……
って、そういえば確かに…」
程仲徳の言葉を郭奉孝が非難しようとして、徐々に声が萎んでいきます
これが演技なら立派なものですが、私の見立てでは演技ではないようです
「え?
え?
なにがどうなってるの?」
劉玄徳殿がやっと事態を認識しはじめたのか、声をあげてきょろきょろとしています
………先程引き上げた評価を下げなければいけないのでしょうか
どうにも判断に困るというか、洛陽でも感じましたが憎めないお人のようです
ともかくも、説明は必要でしょう
「どのような理由で私が知ったかは申せませんが、この両名、少なくとも郭奉孝は、劉玄徳殿と漢中もしくは漢中を出た後で客分を辞し、曹孟徳殿のところに向かうつもりだった、という事です」
「なるほど~……
で、それだと何か駄目なの?」
『玄徳さま………』
うんうんと頷きながら、何がまずいのかを問うてくる玄徳殿に、万座が白い視線を送ります
これはさぞ、皆様苦労なさっている事でしょう
私は説明を後回しにすることにして、我が君が頷くのを確認してから再び兵に指示を出します
「ともかくも詮議は後程行わせていただきましょう
申し開きはその時にお伺い致します
素直に従ってくだされば手荒な事はしなくて済むのですが、いかがでしょう?」
私を睨みつけながら無言でいる郭奉孝と違い、再び眠そうな目に戻った程仲徳は素直に頷きます
「まあ、仕方ありませんね~
できれば早いとこ、疑いが晴れるようにしていただきたいものです」
「お話を伺うまでは別室に待機していただくだけですので、いささか不自由でしょうがそう長くはかかりません」
そういって合図をすると、近衛に囲まれて二人が連れていかれます
まあ、郭奉孝は黒ですが程仲徳は灰色、というところでしょうか
「お騒がせ致しました
劉玄徳殿が“本当の意味”で我々の歓迎に値する、となった以上、看過できないと判断したものですから
乱暴な形になった事はお詫び致します」
そう言って礼をとる私の言葉に苦笑する我が君を見ながら、怒りと不愉快さを隠しもせずに噛み付いてきたのは趙子龍です
「乱暴というにはいささか無茶が過ぎる気が致しますな
それともこれが“漢中流”という事ですかな?」
これに我が君はあっさりと首肯します
「これ“も”俺達の流儀のひとつだね
連れてきた君達がそういう事だろうと知っていたかどうかはこの際はどうでもいいけど、罪科が明らかなものを見逃す理由もまたないと思うよ」
のほほん、といえる気軽さで口にする我が君に、趙子龍は再び噛み付いてきました
「罪科が明らか、ですと?
ほほう?
漢中では客将として同行するのは罪でございますか」
その言葉に視線を上に上げて悩むような素振りをしている我が君ですが、これを放置しておくと趙子龍が徹底的にへし折られかねません
我が君がああいう仕草をしたときは、大抵言葉は穏やかではあっても論議の相手の逃げ場を無くす言い方を考えている時です
我が君、こういう皮肉屋やひねくれものを弄り倒すのが大好きですから
発端は私ですし、少し助ける事といたしましょうか
「あちらにその気がなかったとしても、旅人の身では得られない情報を求めてきた、と私達が判断した以上、それは罪科ととられても仕方ありますまい
ご納得いただけませんか?」
「いや、しかしそれでは…
ううむ……」
こういう方には単純な事実を柔らかく伝えるのが一番いいのです
少し残念そうに視線を私に向ける我が君を故意に無視して、私は劉玄徳殿達に向き直ります
「そういう理由で、劉玄徳殿の食客ではあるのでしょうが、一時こちらで身柄をお預かりさせていただきたく思います
事後承諾となった事に関しましてはご容赦を」
これに質問をしてきたのはやはりというべきでしょう、劉玄徳です
「えっと……
拷問したりとか、そういう事はないんですよね?」
あまりに正直な心配に思わず苦笑してしまいます
「お知りではないでしょうが、天譴軍では基本的に拷問は廃止されているのです
それに、そこまでして喋らせるような内容のものでもありません。ご安心ください」
ほっとした様子の劉玄徳殿から視線を外して続けます
「必要でしたら面会などもしていただいて構いません
ただし、必ず当方の監視は隣につきます
こちらの過ちであったのなら即日行動の自由もお約束致しましょう
少なくとも今日明日には結果も出るでしょうから」
安堵と戸惑いの表情を見せる劉玄徳達を見やりながら私は思います
我が君が“歴史”と称する話を聞けるだけ聞いておいて本当によかった、と
無知は罪、されど知りすぎるのは悪
我が君はそう呟く事がありますが、ならば私は悪でよいのです
さて、あの二人の訊問は、誰にお願いする事にしましょうか
≪漢中鎮守府/公孫伯珪視点≫
「すまん、ちょっと先に行ってもらってもいいか?」
あの後、夕餉に席を設けるということで座は解散となった
玄徳達はそれまでの間、用意してもらっていた風呂を使わせてもらってから市場の様子を見に行くと言っている
子龍のやつだけは、軟禁された二人の様子を見に行くつもりみたいだ
本当は私達も行きたいところなんだけど、大人数でぞろぞろと顔を出したら二人の立場が更に悪くなるかも知れないという事で、一番縁の深い子龍が代表で、という事で纏まった
あたしも本当はゆっくり旅の埃を落としたいところなんだけど、その前にちょっとだけやっておきたい事がある
なので、今こうして玄徳に声をかけたって訳だ
「ほにゃ?
伯珪ちゃん、どしたの?」
「ああ、ちょっとさっきの場所に帯飾りを落としてきたみたいでな
すぐに戻って拾ってくるよ」
「伯珪ちゃんにしては珍しいドジだね~」
うぐっ……
玄徳にドジとか言われると、地味に突き刺さるものがあるな…
「は、ははは……
まあ、たまにはそういう事もあるさ…
ははははは……」
「そっかー…
じゃあ先に行ってるね?」
みんなと軽く挨拶を交わし、あたしはさっきの場所に戻る
衛兵はあたしの顔を見て訝しげな顔をしたんだけど、忘れ物があるので通して欲しいといったらすぐに扉を開いてくれた
中には寛いだ感じで話す天の御使いと司馬仲達がいる
「さっきの逮捕はよくやってくれたよ
俺が言い出す訳にもいかなかったからね」
「ああいう事をさりげなく私達に振るからいつも怒られるのだと、いい加減に気付いてください」
「………ごめんなさい」
そんな会話をしているところを近づいていくと、そりゃあ他に人もいないんだし相手はすぐに気付いた
「?
公孫伯珪殿?
俺達にまだ用事でもあったかな?」
まあ、そりゃそうだよな
私達は旅の埃を落としにいったと思ってただろうから
天の御使いの意外そうな顔を見ながら、あたしは“落し物”の確認をする事にする
「早速で悪いんだが、聞きたい事があるんだ
構わないかな?」
天の御使いは、意外そうな顔のまま頷く
「そりゃあ構わないけど……」
司馬仲達は自然な感じで御使いの左後ろに控えている
「まあ、聞きたいことがあたしにもあってさ
できるなら時間を置きたくないんだよ」
「ふむ……
それは、劉玄徳達にはできるなら聞かれたくない、という事でいいのかな?
もしそうならここでの会話は口外しないと誓うよ」
椅子に座ったままゆっくりと頷く御使いにあたしは頷いてみせる
「そうしてくれると助かる
で、ひとつめなんだけど…」
問いを告げようとしたあたしを制して、御使いは悪戯っぽく笑う
「当ててみせようか?
どうして歩けない振りをしているのかがひとつ
もうひとつは漢中でやっていることが果たして君に可能かどうか、その結果何を得て何を失うのかを知りたい
そんなところじゃないか?」
………ああ、その通りだ
気圧されながら頷くあたしに、御使いは楽しそうに答える
「歩けない振りをしていた理由はあるけど、君に教えられる理由はひとつかな
それは、俺が歩けると知っている人間は、俺が“味方にしようと決めた人物”という事さ」
???
えっと、こいつ何を言ってるんだろうか
何か色々とおかしくないか?
つまり、見られたくなかった人間はさっきみたいに軟禁して、他はよかったって事だよな?
「まあ、その意味では君はまだ枠の外なんだけどね
そこは劉玄徳の“徳”の余録だとでも思ってくれればいいよ」
この言葉に、あたしの中で得も言われぬ不快感が一気に吹き上がる
そりゃあ、あたしは自分で認めてるさ
玄徳には敵わない
なにをやっても普通と先生にまで言われて、悔しくて泣いた事だってあるさ
でも、それをなんでこいつにまで言われなきゃならないんだ
玄徳以上になりたいとは思わないけど、おまけみたいに扱われる理由だってありはしないんだよ!
心のままにこいつを睨みつけていると、後ろにいた司馬仲達が嗜めるように声をかけてくる
「我が君
いつも申し上げておりますが、無用に敵意を煽るような発言はお控えください
後で苦労するのは私達なんですから」
「そうか、すまないね」
「顔が謝っておりません」
「そうか」
このやりとりに、あたしの中の不快感が嫌でも増してくる
こいつらの口振りから、これはわざとだと理解していて尚、あたしは不快感を隠せない
「で、もうひとつの問いなんだけど、そうだなあ……」
こいつは視線をあたしの頭の上あたりに向けて、少し考え込んでいる
その間もあたしはずっと、この男を睨みつけていた
「農業をどうしたい、とか産業の発展を、とか、そういう意味なら十分可能だと思うな
それで失うものは、恐らくひとつしかないよ」
「………さっさと答えろよ」
どうしても突き放したような言い方を抑えられない
あたしの態度にこいつは笑顔で答える
「失うものは公孫伯珪、君がもっている“常識”だ
それを失う事によって俺達のやっている事が得られるだろうさ」
そこは理解できなくもない
あたしが考えている方法とはまるで違う事をやっているから、ここまで発展しているのだろうから
そう思って返事をしようとしたところで、それを制するようにこいつは言葉を発する
「社会通念や道徳、生活基盤
そういった常識の少なくはない部分を捨てて得られるだろう
俺はそう言ってるんだよ」
「………は?」
こいつ、本当に何を言ってるんだ?
そんなあたしの顔を哀れむような感じで、微笑みを浮かべたままの司馬仲達が諭すように話しかけてくる
「これは決して誇張ではありませんよ、公孫太守
ひとつの例ですが、太守が納める地域の人や家畜の糞尿を農耕に利用する、という事は考えた事はありますか?」
「ば……っ!?」
何言ってるんだよ!
そんな不潔で気持ち悪い事なんか、できる訳ないだろ!!
畑ってことは、それがあたし達の口に入るんだぞっ!!
そう反論しようとしたんだが、二人の顔は笑顔のままだ
って事は、もしかしてさっきの料理も………?
「………っ!!
ぅぐふ…っ!!」
あたしはせり上がってくる吐気に耐えられず、口を押さえてその場に蹲る
恐らく故意なんだろうが、声をかけることもなく放っといてくれたのが今はありがたい
なんとか必死で吐気を堪え、あたしは顔をあげる
「まあ、そういう事なんだよ
畑ひとつとってもそういう事ばかりなのが、俺達天譴軍なんだ」
苦しさのあまり目尻に浮かんだ涙を拭いながら、あたしはこいつらを睨みつける
「っ……
なんてことしやがるんだよ、これじゃあ騙し討ちじゃないか………」
「そう言われてもなあ、俺達も食べてただろ?」
困ったように頭を掻きながらこいつは続ける
「まあ、そういう事なんだよ
その事実を知っても、劉玄徳は多分、そう感じた自分を恥じるだろうね
張翼徳は、最初は気にするだろうがすぐに切り替えられる
でも、他はどうかな?」
それを受けるように司馬仲達が言葉を放つ
「そうですね…
劉玄徳殿はこれを日常的に皆が口にしているのなら、無理にでも慣れようとするでしょうし、張翼徳なら最後には食欲が勝る気はします
関雲長は最後まで無理かも知れませんし、趙子龍もそういう意味での不測の事態に耐えられる人為とも思えません
諸葛孔明も厳しいところでしょうし、龐士元も難しいと思いますが、こういう部分に柔軟なのは諸葛孔明かも知れませんね」
「さて、公孫伯珪、君はどちらかな?」
睨みつけるあたしとまっすぐに視線を合わせて、こいつはゆったりと笑みを佩く
(こ、このバケモノ野郎………)
とてもじゃないが、こんなものあたしには理解できない
最早敵意と恐怖しか感じないこいつは、笑顔のままあたしに告げる
「そんな君にひとつだけ忠告をしようか」
「………な、なんだよっ!?」
敵意丸出しなあたしの言葉に、こいつはそれを気にした様子もなく答える
「これから先は、自分に不相応とか自分より名望が高いとか、そういう事を考えずに、真摯に人を抱える事を考えるんだね
自分だけで飲み込めない事を共に行うために友があり仲間がある
それが“普通”の事だと、俺は思うよ」
あたしの思考が一瞬止まった
「……お、お前………」
「君が“普通”なんて、どいつもこいつもバカな評価をするもんだと俺は思うよ
全てひとりで考え抱え込み己を常に過小評価するような人間は、既に“普通”じゃない
人はそれを指して“異常”というのさ」
…あ、あたしが異常?
「我が君…」
呆れたように、そしてあたしに同情するように呟く司馬仲達の言葉も、既にあたしの耳には届かない
「まあ、信じられないかも知れないが、これは俺の善意からの忠告だ
君は本当に心から、客将だった趙子龍に残って一緒にいて欲しいと思ったかい?
義勇と称してやってきた劉玄徳達の門出を心から偽りなく祝えたかい?
今も昔も、太守として民衆を守る者として、本当に人物を求め教えを請うた事があったかい?
よく考えてみるんだね」
呆然と座り込むあたしを置いて、車椅子が動く音が聞こえる
あたしの横を通っていく車椅子の音と同時に、司馬仲達の言葉が耳に届いた
「この場はしばらくお貸しします
人払いもしておきますのでご随意に」
そうして扉が閉まる音がしてしばらくの間、あたしはただただ呆然と座り込んでいた
ずっとからっぽだった頭に、徐々に何かが還ってくる
それと同時に、胸の奥から何かが湧き上がってきた
「………っ」
目の前の景色が歪む
うまく息ができない
顔を上げていられない
こんな時でもあたしは、唇を噛み締めてたった一人で泣くことしかできないんだ
誰かの胸に、膝に縋りたい
そんな思いに胸が張り裂けそうになりながら
あたしは嗚咽を噛み殺してただ涙を流していた
≪漢中鎮守府/北郷一刀視点≫
「我が君、言いたくはありませんが…」
「やりすぎだって言いたいんだろ?
わかってますって」
俺は懿のお小言を聞きながら、車椅子を押してもらっている
懿といい徳といい、どうしてお小言ばかりなんだろう
俺が悪いという意見は聞こえない
「しかしながら、あれは流石に私の目から見ても同情しかできないものでしたよ?」
いや、目的を忘れて元直ちゃんを本気で叩き潰すところだった懿には言われたくないんだけど
「彼女、かなり打たれ弱そうでしたし、あれで自害でもされたら我が君のせいですからね」
「いや、さすがにそれはないでしょ…」
最近の懿は、他人の耳目がない場所では感情をそのまま顔に出す事が多い
今はなんというか、これ以上ないってくらいのジト目だったりする
この視線に耐え切れなくなった俺は、わざとらしく咳払いをすると彼女に告げる
「まあ、ここらで伝えておかないと、と思ってね
彼女がやっている事は立派に異常なんだって事に気付いてもらおうと思ったんだよ」
この言葉に懿は小首を傾げる
まあ、そりゃそうだ
わざわざ教えてやる必要性が微塵もないもんな
「これは教えてなかったよね
俺が知る公孫伯珪って人物はさ、やっぱり有力な人間を手元に置かず、もっといいところに仕官しろってどんどん送り出すような、そんな人物だったんだよ
まあ、歴史を考えると北平っていうのは公孫一族のお膝元で、非常に土着意識が強かったのもあるんだろうけどね」
無言で先を促す懿に、俺は説明を続ける
「まあ、結構色々と無茶苦茶をやった人物でもあるんだけど、それが結果として死ぬ理由になっちゃったりもしてるんだけどさ
俺としては憎めない人物なわけさ」
「まあ、我が君が歪んだ愛情の結果、猫が鼠を甚振るようにあの方を虐め抜いた理由はそれでいいとしましょう
ですが、それを今行なった理由にはなっていませんよ?」
うわ、なんかすごい言われようだな、俺
でもまあ、理由はきちんとあるんで、そこは誤解を解いておこうか
「劉玄徳が俺達に傾倒するってことは、絶対に内部で軋轢が起こるっていうのは、懿も理解してるよね?」
「はい、それは既に必然と言えるかと」
即答する彼女に頷きながら、俺は続ける
「そうした時に、俺達と劉玄徳の“間”に入れる人間が欲しいな、と俺は思ったんだよ
例えば一時劉玄徳の下を離れても、その受け皿が彼女のところならお互い軋轢なく戻れそうでしょ?
劉玄徳はあのような人為だから、自分が上でいる事にはこだわらない
でもそういう意味では公孫伯珪は捨てられないものが多過ぎる」
「なるほど……
私達にしてみれば“最終的に”我々を理解し共に歩んでもらえればよいのですし、それが今すぐである必然性すらありませんしね」
流石、話が早くて助かる
「これで変に歪んで軋轢ができちゃったら、そこは俺のせいなんで、その時は劉玄徳に肩入れするけどさ
懿も感じたでしょ?
あれを相手に悪意を維持するのって、結構な苦労だと俺は思うよ?」
「………困ったことに同意せざるを得ないのが悔しいところです」
あ、やっぱり懿もそう感じたんだ
ああいうのを天然癒し系って言うんだろうな
「それに、本来曹孟徳のところにいるはずだった人間が漢中にいるってことは、やりようによってはそうじゃなくなるかも知れないってことさ
だったら勝手に頑張ってもらおう、くらいの期待はしたいじゃない?」
笑いながら言う俺に、懿が諦めたような溜息をつく
「これだから我が君は……」
まあ、これでお小言は止んだからそれでいいか
後確認しなきゃいけないのは…
「そういえば、あの二人の事情聴取は誰がやる予定?
そこらの官吏にやらせたら間違いなく言いくるめられて無罪放免、となるのは明らかなんだけどさ」
俺の質問に表情を改めて懿が告げる
「そうですね…
皆に相談してからになりますが、鎮守府にいてそれなりに時間が空きそうで、となると私と巨達ちゃん、元直ちゃん、あとは子敬ちゃんというところでしょう
その中で向きといえるのは…」
「郭奉孝はかなりの堅物っぽいから、子敬ちゃんが適任かな
皓ちゃん明ちゃんでもよさげだけど、あの二人は今……」
「泣きながら踊っている状態だそうです
涼州の反応があまりに悪く目が離せないとかで、諸侯豪族の切り崩しも難航しているようです」
今度、元直ちゃんに頼んであの二人にお菓子でも差し入れてもらう事にしよう…
「だとすると、元直ちゃんもなるべく動かしたくないところだね」
「ええ
ですので私が程仲徳の相手をしようと思います
策謀という点では郭奉孝の方が上と感じましたが、交渉という点では明らかに彼女の方が厄介でしょうし」
まあ、妥当かな…
「数日中に孫家の面々も来るとの事で、巨達ちゃんもしばらくは動かせないでしょうしね」
まあ、迎え撃つ準備はできている訳だし、後はやるだけだよな
さて、それでは俺は……
「ところで我が君、流石にこのような状況で夕餉の席を外れる事は不可能な訳ですが、陛下と殿下、どうするおつもりで?」
…………あ!
やべえ!
すっかり忘れてた!
「そ、そうか…
そういえばそんなのもあったんだよな……」
「我が君の手腕に期待しております」
なぜだ!
今の懿の顔にはでかでかと“これが制裁です”とか書いてある
俺、なんもしてないじゃん!
少なくとも今のお小言だけが理由じゃないよね!?
視線で理由を尋ねたら、露骨に顔を背けられてしまいました
うわちゃあ……
マジでどうしよ………
車椅子の上で頭を抱える俺は、懿が“少しは懲りろ!”という感じのイイ笑顔を浮かべていた事を幸運にも知らない
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