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真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 第十六話 EYE OF THE TIGER 中編

YTAさん

 皆様お久し振りです。YTAです。
 漸く更新出来ました。今回は、色々な部分で悩みに悩んだので、正直しんどかったです……orz

読者さんに気に入って頂けるかどうかは別問題だと分かってはおりますが、ちょっとした事でもコメントなど頂けると、大変嬉しいと思っていますので、どうぞ宜しくお願いします。

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2011-11-04 04:31:58 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2669   閲覧ユーザー数:2227

                                真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                               第十六話 EYE OF THE TIGER 中編

 

 

 

 

 

 

 

 絶影。大地に影を差す事すら許さぬ速さで奔る故にそう名付けられた漆黒の名馬は、名の由来通り、小柄とはいえ、二人の人間を乗せて尚、風の様に原野を疾駆していた。他の親衛隊の兵士達の馬とは、既に五馬身近い距離が開いている。

 曹操こと華琳は、自分の代わりに手綱を握る為に後ろから回されている許緒こと季衣の腕が震えているのを目線の端に認めながら、どうにか論理的な思考を取り戻そうと、固く目を閉じた。

 

 普段、彼女を苛む頭痛は、今はない。乱世の折りもそうだった。許昌の城で政務に励んでいる時は、ともすれば寝台で寝返りを打つのも億劫になる程に痛むと言うのに、いざ出陣となって馬に跨れば、城に戻るまでの間、頭痛の虫は借りて来た猫の様に大人しくしていたものだ。

 その事実が、嫌が応にも彼女に、今が“戦時下”なのだと思い知らせていた。

 

「季衣―――」

「は、はい!華琳様」

 季衣は、表情を窺えない主の声に、袖で目を拭いながら答えた。

「このまま、南に向かってちょうだい。私達が渡河する予定だった方に」

 主の冷たい声に、季衣は驚いて尋ねた。

 

「でも、河はまだ水嵩(みずかさ)が……援軍を呼べないですよ!?」

 季衣の懸念は最もだった。増水した河の先にある都に進めなかったからこそ、宛城に逗留する事になったのだから。本来なら、他の方角にある出城まで逃げ延び、その城の主に軍を借りて宛城に引き返し、迅速に反逆者である張繍の軍を鎮圧しなければならない。

 

「いえ。援軍を呼ぶ必要はないわ―――もう、来ている筈だから」

「え!?それって、どう言う事ですか!?」

「この数日、張繍は私を拷問している時、常に余裕綽々だったわ。それが、四半刻(約三十分)ほど外に出て行って帰って来てから、急に目に見えて焦り出したのよ……。恐らく、異変を察知した都から、偵察なり何なりの部隊が派遣されたのを、何らかの方法で知ったのでしょう。都には既に、桂花も風も稟も居るわ。それなら、増水した河の渡り方も考えているでしょうし、不測の事態に備えて、ある程度の規模と装備を持たせている筈。その部隊と合流し、返す刀で宛城に引き返した方が遥かに早いわ。それに―――」

 

 

 

「それに?」

「おそらく、その部隊は一刀が率いていると思うの」

「えぇ!?兄ちゃんが!?」

 華琳は、季衣の上げた驚きの声に頷くと、自分の考えを口にした。

 

「ええ。この時期に、あんな不可思議な力を張繍に与え、私を陥れようとした存在が何なのかを考えれば、それは十中八九“罵苦”と思って間違いないでしょう。この世界の人間を存在ごと食べる事のできるあいつらが、手駒である張繍が焦るのを承知で警告を与えるほどに警戒する相手―――それは、自分達の天敵である一刀以外に考えられないもの」

 

 華琳は、彼の飛将軍、呂布こと恋を、一騎討ちであと一歩まで追い詰めた罵苦が、自身を『中級』であると名乗っていたと言う報告を思い出していた。これだけの大規模な作戦だ。まさか、糸を引いているのが中級種以下と言う事はあるまいと考えたのである。

 飛将軍に匹敵する戦闘能力を持つ存在が、計画に支障が出る事を覚悟で警戒しなければならない人物となると、罵苦を圧倒的たらしめている“吸収”が通じない相手、即ち、北郷一刀しかいない筈だ。

 

「じゃあ、早く行かなきゃ!兄ちゃんなら、きっと流琉を助けてくれるもん!華琳様、しっかり掴まって下さいね!」

 季衣はそう言って手綱を握り直し、絶影の腹を蹴った。絶影はそれに応えて更に速度を上げ、荒野に砂塵を巻き上げた。

 

華琳は季衣の嬉しそうな声に僅かに目を細めて「(相変わらず、罪な男ね、一刀)」と、内心でひとりごちた。だが、当の華琳も季衣と同様、『一刀ならば』と思っていた。本来なら、流琉は既に手遅れと見切りを付けるべきなのだろう。だが、一刀ならば或(ある)いは……と。

かつて、何度もそう思ったのと同じように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍風が、凄まじい速度で走り出してより四半刻ほど経った頃、流石の順応能力と言おうか、大分慣れて来た明命が、両手で掴んでいた一刀の肩に、僅かに力を入れた。

「一刀様、丑(うし)の方角に馬群の土煙が見えます!」

「なに!?俺には全然見えん……改めて凄いな、明命は。それで、乗ってる連中は?」

 

 一刀が、手綱で方向を修正しながらそう尋ねると、明命は、ゆっくりと確認するように答えた。

「えぇと、先頭は、大きな黒馬……華琳さんの絶影です!僅かにクルクルとハルマキが見えるので、乗っていらっしゃるのは華琳さんと季衣さんかと!その後ろで馬群の指揮を執っているのは……具足からして、張郃将軍の様です!」

 

「……明命、流琉は見えるか?」

 一刀は半ば確信しながら、しかし、僅かな希望を込め、絞り出すような声で明命に尋ねた。

「流琉さんは―――いらっしゃらないみたいです……。流琉さんは髪の色も具足の色も目立つので、いらっしゃったらすぐに分かる筈ですから……」

 

 “宛城”、“張繍”という二つのキーワードからして、可能性は十分にあった。信じたくはなかったし、“賈駆”という重要な手札がこちらにある以上、決して確実ではないのだと、自分に言い聞かせて部分も、確かにあった。

 しかし、事ここに及んで流琉が居ないとなれば、答えは一つしかない。彼女は残ったのだ。

 正史の豪傑、悪来典韋がそうした様に。主、曹孟徳を追っ手から守る盾となって。

 

 一刀は、ざわつく心を懸命に宥めすかして、目を閉じながら言った。

「明命、華琳たちに近づいたら速度を落とす。お前はそこで飛び降りて、みんなを春蘭たちの所に先導してやってくれ」

「それじゃ、一刀はどうなさるんで……まさか!?ダメです!危険過ぎ―――」

「聞く気はない」

 

 一刀は、明命の必死の叫びを静かに、しかし断固とした声で断ち切った。

「一刀様……」

 

 

 

「すまない、明命。だけど、流琉を助けられる可能性は、もうこれしかないんだ。頼む、分かってくれ……」

 一刀がそう言うと、明命は暫く押し黙ってから、朗らかに答えた。

「分かりました!私たちも、春蘭さんたちと合流して、すぐに駆け付けます!だから……どうかご無事で。流琉さんだって、自分のせいで一刀様に万が一の事があったら、きっとお悲しみになりますから……」

 

 

 

 

 

 

「華琳様、あれ!」

「えぇ、見えているわ。季衣―――」

 華琳は、季衣の驚きの声に、殆ど上の空で答えていた。一瞬、流琉の事も張繍の事も、これからの計画も全て、覇王の思考から追い出してしまう程に、それは―――荒野を疾走する、焔を背負った純白の馬は、余りに美しかった。

 

「報告にあった、紅蓮の鬣の白馬……一刀ね。間違いないわ。季衣、このまま直進して。一刀と合流するわよ」

「はい、華琳様!」

 季衣が嬉しそうに答えて絶影の腹を蹴ると、再び絶影の速度が上がった。白馬がぐんぐんと近づいて来る。華琳が、目を逸らす事なく白馬の奔る姿を見詰めていると、白馬の上から小さな影が、ふわりと地面に降り立った。

 

「あれは―――そう、行ってくれるのね、一刀……季衣!」

「はい。何ですか?」

「まだ止まらなくて良いわ。一刀の馬にぶつからない様にだけ気を付けて、駆け抜けなさい!」

「え!?で、でも……」

季衣が、困惑して言い淀むと、華琳は僅かに微笑んだ。

「大丈夫よ、季衣。一刀は、全部分かってくれているから……」

 

 

 

 

 

 

 

 一刀が、少しずつ大きくなってくる馬群を注視していると、馬群は速度を保ったまま、海を割るように二つに別れた。一刀はそれを見て、華琳が自分の考えを察してくれた事を確信し、口の端を緩めて、龍風の腹を軽く蹴った。それを受けた龍風が、再び速度を上げ始める。

 久しぶりに見る彼女は、美しかった。馬上である為、背丈はよく分からなかったが、頭の両脇に小さな螺旋を描いていた黄金の髪は今や随分と長くなり、中世の騎士が両肩に掛けていたと言う鎧飾りの豪奢な帯の様に、軽やかに風にはためいていたが、澄んだ深い湖を思わせる紺碧の瞳は、昔のままだ。最も、彼女にとっては、昔と言うほどの時間ではないのかも知れないが。

 

 華琳の後ろに見える季衣は、特徴的な髪形は昔のままだったが、身体の各所には女性らしい膨らみが見てとれ、しなやかに引き締まった四肢が、それを美しく強調している様だった。垂れ目がちな可愛らしい目が見開かれているのは、龍風の威容に対してか。それとも、兄貴分の老け込み具合に驚いているのだろうか。

 

 やがて一刀は、二人の姿から視線を外し、その後ろに出来た馬群の谷間へと、努めて意識を移した。龍風がいくら賢いとは言っても、一刀の手綱捌きに誤りがあれば、大惨事を起こしかねないからだ。

 目の端に、すれ違う二人の顔が見えた。手を伸ばせば、触れられる程の距離だ。しかし、伸ばしたりはしない。

 一刀も、無論、華琳と季衣も。

 

「流琉をお願い!!」

「承知!」

 

 二人は、僅かに視線を交わした刹那の間にそれだけを言い合うと、それぞれが向かうべき場所へと、再び視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 自分の呼吸の音が、何処か遠くから聞こえている様だった。近いのに遠いような、遠いのに近いような。薄い膜を挟んだ場所から聞こえてくる。

 このだらしのない、犬の喘ぐ様な呼吸が自分のものだとは、流琉にはどうしても思えなかった。今まで、どれ程の距離の野山を駆け回っても、どんなに激しい戦場でも、こんな事はなかったのに。

 

 いくら周囲に煙や煤が充満しているとは言え、この乱れ方は、少しばかり度が過ぎている。だが、聡い流琉には、その理由が既に解っていた。

それは、“絶望”だ。

 生きる為でも、勝利する為でもない。自分は今、ただ死ぬのを僅かに先延ばしにする為だけに戦っているに過ぎないと言う絶望が、身体は言わずもがな、流琉の心を、じりじりと蝕んでいたのである。

 

 彼女を支えているのは最早、『犬死をする訳ではないのだ』と言う、武人の意地だけであった。張繍のヒステリックな号令と共に、もう幾度目になるのかも分からない矢の雨が、流琉に向かって無数に降り注いだ。

 流琉は、矢が迫りくる刹那に小さく嗤った。いいぞ、どんどん撃ってこい、と、思いながら。矢は、無限に湧いてくる訳ではない。当然ながら、射ったら射っただけ減るのである。

 戦時中ならいざ知らず、地方領主の城に備蓄されている矢、それも、弩と言う特殊な兵器に用いる矢の数など、高が知れている。

 例え自分が射殺(いころ) されたとしても、敵は射ち尽くした矢を拾い集めると言う作業に、多大な時間を割かねばならない。万が一、矢が尽きるまで自分が生きていられたら、その時は……。

 

「(その時は、華琳様を酷い目に遭わせた事を、きっと後悔させてあげます……!)」

 流琉は、萎えそうになる両足を必死で奮い立たせ、伝磁葉々をしならせて、矢の雨を一文字に薙ぎ払った。金属と金属、金属と木のぶつかり合う音が無数に響き、矢の雨が割れる。

 流琉は、伝磁葉々を引き戻しながら更に矢を薙ぎ払うと、自分の上半身を覆うように、伝磁葉々を掲げた。

 

 

「うぐっ……!」

 伝磁葉々が矢を弾く音に重なって、流琉は小さなうめき声を漏らした。伝磁葉々を一瞬早くすり抜けた矢が二本、わき腹と右腕に到達したのである。

 流琉は、敵の射手から目を離さずに、そっと左手で矢を受けたわき腹を触ってみた。

「……つっ!でも―――」

 

 かなり血は出ている様だが、矢は刺さっていなかった。精々、深く抉られたと言ったところだろう。流琉は、血で濡れた左手を無造作に服で拭った。

 自分の血で、武器を取り落とさない為である。それが済むと、今度は感覚の無くなった右手から、素早く伝磁葉々の柄を持ち変える。

 

 今ので、何ヶ所目だろうか?一々数えてなどいなかったが、流琉の身体に穿たれた矢傷は、それでも十は優に越えている筈だ。その内の何本かは見事に手足に刺さったのだが、抜いている暇もないので、箆(《の》、矢の棒の部分)からへし折って、身体に埋まったままだ。

 不思議と、激しい痛みは感じなかった。脳内麻薬、と言うやつなのかも知れない。

 

 以前、戦の最中はそうでもないのに、終わったら急に傷が痛みだす事があるのだと、何という事もない会話の中で一刀に言った時、そう教えてもらった。脳が、痛みや疲れから自分を守る為に、一時的にそれらを麻痺させる薬を身体の中で作り出すのだと言う。

 本当は、その薬の名前も教えてもらったのだが、発音が難しくてどうしても言えず、忘れてしまった。恥ずかしくて俯いてしまった流琉の頭を、優しく微笑んで撫でてくれた手の感触は、昨日の事の様に覚えているのだが。

 

 流琉はそこまで考え、ハッとして、伝磁葉々の柄で、右手の傷を強く押した。

「―――痛っ!」

 流琉は、目に僅かに涙を湛え、頭を左右に振って、改めて射手の動向に注意を戻した。痛みは、今の様にしなければ確かに問題なかったが、血を大量に失っているせいで、意識が朦朧とし始めていた。華佗から受けた応急処置の講義では、確か、血は二斤失えば意識が危うくなり、二斤半失うと死の危険があるのだと言う。

 

 だから、酷く出血した場合は、何よりもまず血を止める処置をしなければいけないのだそうだ。

「でも、そんな暇ないですよ。先生」

 流琉は自嘲気味に微笑みながらそう言うと、再び伝磁葉々を放つ体勢に入った。張繍が、号令を掛ける為に右腕を振り上げるのが見えたからだ。

 

 

 

 再び、ヒステリックな声と共に、流琉に無数の矢が迫る。

「しまっ―――!?」

流琉は、伝磁葉々を振り抜いた瞬間、驚愕の表情を浮かべて、大きく身体を捩(よじ)った。目の端に、勝ち誇った表情を浮かべた張繍と、矢を番(つが)えた弩をこちらに向けて構える、二小隊程の数の兵士達が見えたのである。

 

 張繍は密かに、一斉射の号令とは別に動く部隊を準備させていたのだ。流琉の伝磁葉々は、剣や槍とは比べ物にならない範囲を攻撃圏内とする事が出来き、その威力も絶大である。

しかし同時に、どれほど卓越した技量や膂力(りょりょく)を以ってしても、攻撃後に大きな隙を生んでしまうと言う欠点もあった。

 

 満身創痍の中、号令で矢が放たれると“思い込んでいた”流琉には、その隙を狙った時間差攻撃を完全に躱す余裕は既に無かった。

 放たれた矢が、今まで自分の頭があった場所を唸りと共に突き抜けて行くのを見た流琉は、身体を捻りざまに空中に浮いた身体を更に捻り、数本の矢を蹴り払った。しかし、こちらの出せる手数に比べて、相手の手数が余りに多すぎた。

 

 流琉の耳が、ぶつり、と言う嫌な音を聞き取った直後、流琉の身体は、着地する筈だった地面に派手に倒れ込んだ。

「迂闊だったなぁ……」

 流琉は、地面に額を当てながらそう呟くと、そっとふくらはぎに触れる。その位置からでも、矢が踵の腱を断ち切った事は、容易に理解出来た。

 

 ここで、流琉の闘志は消えた。萎えたのではない。限界まで燃えた蝋燭の芯が、その炎を失う時の様に、そっと静かに、消えたのである。

 不思議と穏やかな気持ちの中で、流琉は、二小隊の内の片方がこちらに向かって弩を構えているのを見て取った。してみると、先程矢を放ったのは二小隊の内の一隊だけで、もう片方は駄目押しの為に待機させていたのだろう。

 

「酷いなぁ。もう、何にもやる気なんてないのに……」

 流琉はそう言うと、困った様に笑った。だが、作戦としては悪くないと思えた。

 手負いの獣は、僅かにでも息をしていたら危険なのだと、かつて父が、初めての狩りで教えてくれた。最後の力で乾坤一擲、喉笛を喰い千切ろうとするのだそうで、毎年何人か、経験の浅い若い猟師が、それで命を落としているのだよ、と。

 

 

 

 だが、流琉は獣ではない。それに、喉笛を喰い千切ってやろうにも、余りにも距離が遠すぎる。

「でも…………」

 意地と誇りは、あった。季衣の誘いで許昌に上京し、華琳の誘いを受けてその親衛隊となってから、片時も忘れた事のない矜持。

 

 “曹孟徳の盾となって死ぬのだ”と言う、武人としての覚悟が。

 

「た……盾が……地べたに寝っ転がってちゃ、格好悪いもんね……」

 そう。盾たれば、砕け散るその瞬間まで、持ち手の為に剣撃を捌き、その身に代わって矢を受けていなければならない。何故なら、盾とはそういった為の物なのだから。

 例え、その持ち手が遥か遠くの荒野をひた走っていようとも、いや、そうであればこそ、盾は一秒でも長く、盾であり続けねばならない。盾が盾たらんとする一秒は、主の背から、それだけ矢を遠ざけるのだ。

 

「華琳様……流琉は、華琳様の御築きになられた治世で生きられて、幸せでした。最初に思ってたのとは少し違ったけど、きっと、最初の時に思っていた治世より、ずっと幸せだったと思います」

 流琉は、聞こえない事など分かっていて、それでも尚、言わずにはいられなかった。

「季衣、もう、ご飯作って上げられなくて、ごめんね……ずっと、ずっと、大好きだよ……。秋蘭様、流琉は秋蘭様みたいになりたかったけど、やっぱり馬鹿だから、なれませんでした。目を掛けて頂いたのに、ごめんなさい―――」

 

 友への惜別の言葉を呟きながら、流琉は、両腕と片足の力だけで、どうにか立ち上がった。空は、いつの間にか、無数の星が瞬く濃紺の衣を纏っている。僅かに上弦に欠けた月が、とても綺麗だった。

「兄様……もうちょっとで、また会えたのにな……」

 流琉は、半ば呆然と月を見ながら微笑んだ。未練は幾つもあるが、悔いは一つもない。

 多くの命を奪ってきた者としては、上々と言った所だろう。

 

 流琉は、張繍の振り降ろされる腕や、あの生気のない兵士達の顔を見ながら死ぬのは、御免だった。曹孟徳の盾であれば、最後まで空を、上を向いて死にたいと思ったのだ。

 一瞬の様な、永劫の様な静寂の後、持ち手の兵士達と同じくらい生気のない弩の機械的な弓弦(ゆんづる)の無数の嘶きが、虚空に響いた―――。

 

 

 

 

 

 

 流琉が目を閉じよう息を吐いた刹那、その目前を、白い影が掠めて行った。“白い”影と言うのも妙な話だが、それは月の光を受けて、確かに白く輝いていた。

「…………え?」 

 流琉は、鉄張りの大盾が矢を弾く様なくぐもった金属音を聞いて初めて、自分がまだ生きている事に気が付いた。

 

 驚いて顔を前に向けると、そこには白いモノが流琉の視界を遮る様に鎮座していた。

「あ……えぇと、馬?」

 流琉が漸くそう気付いたのは、自分の頭より遥か上にある馬の顔を見てからだった。だが次に、新たな疑問が湧き上がって来た。

「でも、何で馬に角が……」

 

 そう、その馬の頭には、金色がかった一対の枝角が生えていたのである。よくよく見れば、その肌には、蛇の様な鱗まで浮いている。だが、そんな思考は、不意に途切れた。体重を支えていた右足が、流琉本人も気付かない内に限界に来ていたのである。

「あ……」

 倒れる、と思った瞬間、流琉の身体は、ふわりと宙に浮いた。

 

「死なれちゃ困るよ、流琉。折角こっちに帰って来たのに、もうお前の料理が食べられないなんて嫌だぞ、俺は」

 流琉は、自分を抱き上げた黄金の仮面の男の言葉を、呆けた様に聞いていた―――。

 

 

 

                          あとがき

 

 

 

 さて、今回のお話、如何でしたか?

 相変わらず更新が遅くて、申し訳ないです。作品コメントや応援コメントなどを下さった皆様、大変お待たせ致しました。

 今回は、このエピソードで一番悩んでいた部分だったのですが、とても励みになりました。見捨てずに、またコメントを下さいね!

 実は、もう少し話を進める筈だったのですが、書いていたらキリの良い感じになったので、ここで一旦終了です。なので、サブタイ元ネタの理由はまた次回に持ち越させて下さい。

 ホントにもう、何から何まですみません……orz

 ともあれ、一番どうしようかと悩んでいた部分は何とか消化出来たので、作者としては正直ホッとしています。

 

 次回はいよいよ反撃開始!なのですが、一捻り+大イベント回にもなる筈なので、またぞろ遅くなるかも知れません……。ですがまぁ、ここまで来たので後は大丈夫(の筈)!

 どうぞお楽しみに!

 

 では、またお会いしましょう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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