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真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~ 第十六話 EYE OF THE TIGER 後編

YTAさん

 どうも皆さま、YTAです。
 流琉編も後半なのですが、今回は結構、勢い任せで書いてしまった所もあり、分かりにくい所があるかも知れません。そんな箇所があったら、ごめんなさい。

 では、どうぞ!!

2011-11-21 19:48:52 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:2743   閲覧ユーザー数:2337

                               真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                              第十六話 EYE OF THE TIGER 後編

 

 

 

 

 

 

 

「死なれちゃ困るよ、流琉。折角こっちに帰って来たのに、もうお前の料理が食べられないなんて嫌だぞ、俺は」

 流琉は、倒れ込みそうになった自分を抱きかかえた黄金の仮面の男の声に、懐かしい面影が重なるのを感じた。

「にい……さま?」

 

 皇龍王は、流琉の言葉にゆっくりと頷いて、煤ですっかり汚れてしまった彼女の髪を優しく梳(す)いた。

「すまない。遅くなった」

「兄様―――華琳様や、季衣たちは?」

「心配ないよ。今頃、春蘭や秋蘭たちと合流してるだろう……安心して、少し休みな」

 

「そう……ですか……よかっ……た……」

 流琉は、緊張の糸が切れたのか、最後まで言葉を発する前に、安堵の表情を浮かべて目を閉じた。

「流琉……」

 皇龍王は、気高き曹魏の盾たる少女の小柄な体を、優しく、強く、抱きしめた。

「流琉……!」

 仮面の奥の瞳には、この小さな身体の何処にこれ程、と思えるような、流琉の流した血の赤く大きな水たまりが映っていた。

 

 皇龍王は、身体を離すと、取り出した複雑な紋様の札を、血が止めどなく溢れている流琉の腹部に押しあてた。僅かに氣を込めると、札は俄かに光を放ち、煙を上げながら、流琉の腹部にぴたりと張りつく。

 しかし、命の雫は尚も、沈没間際の船から逃げ出そうとでもする様に、札に使われている紙にじわりと赤い染みを作り始めた。

「(―――華佗の札でも、完全に血を止められないのか……)」

 

 

 皇龍王は、仮面の奥で僅かに歯噛みをすると、血を失っているせいで青く透き通った流琉の顔を見遣ってから、愛おしげにその身体を地面に寝かせ、立ち上がった。

「龍風。もう暫く、流琉を頼むぞ」

 皇龍王は、すれ違いざまに、今まで二人を弩の矢から守っていた龍風の首をひと撫でしてそう言うと、黒ずくめの兵士たちに囲まれる張繍と対峙した。

 

「お前が張繍か―――確か、前に一度会ったな?」

 皇龍王が感情の無い声でそう言うと、張繍は僅かに後ずさりながらも、唇の端を歪めた。

「御無沙汰をしております。北郷一刀様……お見知りおき下された様で、恐悦至極……」

「ふん……唯の地方領主にしちゃ、中々立派な頭飾り(ティアラ)をしてるじゃないか―――それに、随分と慕われているようだ」

 

 皇龍王が、龍王千里鏡の警告表示で照らし出されている黒い宝玉と、事態の急展開にも動じる様子のない黒ずくめの兵士たちを順に見渡しながらそう言うと、張繍は、額に脂汗を滲ませながら不敵に嗤った。

「えぇ―――私も彼等も、ある御方のおかげで生まれ変わったのですよ。先程までは……それはもう、素敵な気分でしたよ?貴方様の後ろで這いつくばっている、その死に損ないが邪魔をしてくれるまでは……ね」

 

『(八ツ裂キニシテヤリタイダロウ……?)』

 

「……そうか。それにしても、その兵士たちの顔は、人生を楽しんでいる様には見えないがな―――どうも、随分昔に見た事があるような面だ……」

 皇龍王は、突如として頭の中に響いてきた獣じみた声に仮面の中の顔を僅かにしかめると、龍王千里鏡の解析が終わるまでの数瞬の間に、注意深く周囲を見渡した。張繍の言う“ある御方”が何処かで自分を見ていて、そいつが思念を送って来たのかと思ったのである。

 何故か、やけに右腕が熱いような気がした。

 

「“傀儡の法”―――か。成程、どうりで見覚えがある訳だ……」

 かつて、此処とは違う外史に干渉していた剪定者たちが用いていた、外史の人間を動く人形へと変える呪法。その外史の記憶を“統合”している今の一刀に見覚えがあるのは、当然だった。

「(まぁ、剪定者に造られたのなら、剪定者の力を使えても不思議はない、か……。だがそうなると、この兵士たちを救う術は、もう……)」

 

 死。完全に傀儡となり果ててしまった外史の人間をこの呪法から解き放つには、それしかない。

「貴様―――自分がどれほど外道な事をしたのか、分かっているのか……?」

 皇龍王は、一人の人間として、北郷一刀として激昂した。人から人たる全てを奪い、人ならざる存在に―――動く人形に変えて、それを恰(あたか)も神の祝福が如く語るなど、常軌を逸している。

 

 

 それが、人間の形をしてはいても、根本的に人間とは違う存在である剪定者たちの所業ならばまだしも、人間として生まれ、人間として生きて来た筈の張繍が、どうして受け入れられると言うのか?

「これは心外な……。この者達は常々、私への忠義を口にしていました。ならば、“多少”その有様が変わる位、喜んで受け入れて然るべきでしょう?」

 

『(許セルノカ?コノ愚カ者ヲ……)』

 

「黙れ……!」

 一刀は、張繍と頭の中の声の両方に、絞り出す様な声で言った。それを聞いた張繍は、勝ち誇った様な歪んだ微笑みを湛えて、更に饒舌に喋り出す。

「そもそも、私はあの御方に申し上げていたのです」

 

『(我ヲ解キ放テ。黄龍ノ御子ヨ)』

 

「そこの死に損ないや逃げたもう一人の小娘も、さっさと“生まれ変わらせて”やれば良いと。そうすれば、この私の下僕として有意義に生きられるでしょう?そんな無様な姿を晒して、犬死などする事もな―――」

 

「黙れ―――!!」

 

 一刀は、大気が震える程の怒号と共に、右腕を張繍に向かって突き出した。白く輝く光を伴った衝撃波が張繍を直撃しようとした瞬間、額の宝玉から放たれた黒い光が、禍々しいヴェールとなって、彼女を包みこんだ。

「ふ……ふふ……はぁっははははは!!ひどいではありませんか、御遣い様!唐突に、このようなご無体をなさるとは!!」

 

 張繍は、狂笑を上げながら、衝撃波で吹き飛ばされた周囲の兵士たちや、自分の背後の崩落した壁を、舞でも踊るかの様にゆったりと回転ながら見渡した。その被害が、軋みを上げる一刀の理性によって、辛うじて最小限に抑えられていた事など、知る由もなく。

 

『(ナァ、黄龍ノ御子ヨ。モウ良イダロウ。コンナ外道ニ、ナゼ情ケヲカケヨウトスル?)』

 

「―――してやる……」

「は?何か仰られましたかな?御遣いさ……ま……!?」

 張繍は、一刀が小さく呟いた言葉を問い質そうと視線を戻した瞬間、息をする事を忘れた。黄金の鎧に身を包んだ男は、先程までの威圧感とは明らかに違う“何か”を、全身から張繍に向けて発散していたのである。

 

 

『(ソウダ、ソレデ良イ。怒ルノダ、黄龍の御子ヨ。ソノ怒リハ、正シイ……!!)』

 

「ひ、ひぃ……!!」

 張繍は、先程までの余裕を引っ込め、自分に向けられた“何か”の正体を悟って、がくがくと震える膝でよろける様に後退した。―――それは、彼女が今まで垣間見た事すらない、具現化した“憤怒”と言う感情だった。

 

『(サァ、ソノ正シキ憤怒ヲ以ッテ、我ヲ解キ放ツノダ。サスレバ―――)』

 

「張繍……お前は俺が……」 

『(我ガ……)』

 

「殺してやる!!」

『(コロシテヤル!!)』

 

 一刀の言葉と共に、その右腕を鎧っていた虎王甲が“脈動”し、ゆっくりとその色を変え始めた。自らの支配者たる黄龍の頸木(くびき)より解き放たれ、龍の黄金から、“獣の王”本来の、白と黒へと。

 その変化は、まるで右腕から皇龍王を喰らい尽くすかの様に全身に広がって行き、全てが終わった時、声とも呼べぬ獣の怒りの咆哮が、炎に包まれる宛城を揺るがした―――。

 

 

 

 

 

 

「―――!!?いかぬ、いかぬぞ、ご主人さま!“それ”はまだ早過ぎる!!」

 時の最果てで一刀の氣を探っていた卑弥呼は、唐突に目を見開き、切迫した声を上げた。

「……!!如何したのじゃ、卑弥呼?」

 微睡(まどろ)んでいたボッシュ老人が、その大声に驚いて瞼を上げると、卑弥呼は珍しく焦った様子で腕を組み、握った拳を顎に押し当てて言った。

 

 

「ご主人さまが、“白虎”を解放してしまった―――」

「何と―――しかしあれは……」

「うむ。本来、人が使役する事が出来るのは、生まれ持った星に宿る存在のみ……だが、ご主人さまの“黄龍”は、四聖獣を束ねるモノ。故に、皇龍王として四聖獣が互いを相応し、バランスを取っている状態ならば、黄龍の力を以って、四聖獣の力の一部を引き出す形で使役出来るのだ。だが―――」

 

「相応の均衡を崩し、本来の自分の宿星と違う存在の力を完全に引き出す事は、貂蝉が探しておる補助具なしでは、不可能と言う話だったのではないのか?」

 尻すぼみになった卑弥呼の言葉を引き取ったボッシュ老人がそう尋ねると、卑弥呼は小さく頷いた。

「その―――筈だったのだ。推測ではあるが、ご主人さまの強い感情に、白虎が反応したのやも知れぬ……」

 

「ふぅむ。東洋の龍は本来、荒ぶる神。豊穣と厄災、双方の側面を併せ持つ。まして白虎は、四聖獣の中でも、最も実在の獣に近い存在じゃ。強く、原始的な感情によって呼び起こされたとしても、不思議はない、か……」

「迂闊であったわ。有体に言って、今のご主人さまは“暴走状態”と言うて差し支えあるまい。さて、どうしたものか……」

 

「どうも何も、お主は此処から動く訳にはゆかぬじゃろう?それに、あちらに行くにしても、今の状況で、直接カズトの所に飛べるかどうか……」

「それはそうなのだが……今は無理でも、出来るだけ近いうちには向かわねばならん。いくらなんでも、想定外の事態が多過ぎる―――いずれにせよ、貂蝉に一度、戻ってもらうより他あるまい……」

 卑弥呼が難しい顔で唸る様にそう言うと、ボッシュ老人は、同意して小さく頷いた。

 

「そうじゃのぅ。罵苦の出現頻度も予測より多く、カズトはゆっくり『賢者の石』を調整する間もない。しかも、事ここに及んで、新しい種まで出て来ておる。一度は、行かねばならぬじゃろうな。しかし、まずは―――」

「うむ。無念ではあるが、ご主人さまが自力で、今回の難事を乗り切ってくれるのを祈るしかないな……」

 卑弥呼は、永劫の闇が支配する虚空(そら)を見上げて、静かにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「もっと急ぎなさい、春蘭、秋蘭!時間がないのよ!!」

 華琳は、自分の左右後方を並走する大将軍二人に、そう檄を飛ばした。一刀と別れてよりほぼ半刻(約一時間)の後、華琳たちは明命の的確な案内のおかげもあって、無事、曹魏の将たちの援軍と合流する事に成功し、今は、返す刀で宛城へと向かって進軍している最中であった。

 

「しかし華琳様、まだ御身のお具合が……それに、このままの速度で駆けていては、戦場に着く頃には、馬が疲れ切ってしまいます!」

 夏侯淵こと秋蘭が気遣わしげにそう言うと、華琳は、代わりに手綱を握っている季衣の腕越しに、不敵な微笑を浮かべて秋蘭を見遣った。

「秋蘭。この私が、自分の体調も解らない様な女だとでも?」

「い、いえ、その様な……」

「そうだぞ、秋蘭!華琳様に失礼ではないか!!」

「頼むから、姉者は黙っていてくれ」

 

 秋蘭が、横から嘴(くちばし)を挟んで来た夏侯惇こと春蘭の言葉をぴしゃりと断ち切ると、華琳は、勝手知ったる絶妙のタイミングで、再び口を開いた。

「秋蘭。今のは冗談としても、私は大丈夫よ。流琉に運んで貰っている間に少し寝れたし、手綱もずっと季衣に任せているから、多少の無理は利くわ。それに、馬の事だけれど、今回は攻城戦だし、戦闘に馬は必要ない。もしまだ……いえ、必ず、流琉や一刀が踏ん張ってくれているから、城門も開け放たれたままの筈よ」

 

「―――承知しました。全軍、更に疾(と)く駆けよ!遅れる者は置いて行くぞ!!」

 秋蘭の号令で馬群の速度が更に上がり、後を曳く砂塵が、一段と高く広く、荒野に舞う。

「まったく……。結局、華琳様の仰せの通りにするのだから、最初から素直に『はい』と言えば良いではないか……」

 春蘭が面倒くさげにそう言うと、秋蘭は微苦笑を浮かべて言った。

 

「文官と言うのはな、姉者。主の意思を深く知るために、一応こう言う事も言わねばならんものなのさ」

「ふぅん……。まぁ、良い。今は、早く流琉を迎えに行ってやりたいからな!それにしても北郷の奴……単身で敵地に先行するなど、馬鹿ではないのか?全く、世話の焼ける!!」

「やれやれ。報われぬなぁ、“一刀”も……」

 秋蘭が、姉の自分の事を棚に上げた発言に再び微苦笑を浮かべているのと同じ時、その更に後方では、周泰こと明命と、楽進こと凪が、馬を並べて話をしていた。

 

「すみません、凪さん」

「藪から棒にどうしたのですか?明命殿」

 

 

「その、凪さんの代わりに、私が一刀様をお守りするとお約束しましたのに……」

 明命が、少し項垂れながら申し訳なさげにそう言うと、凪は僅かに微笑んだ。

 

「その事なら、もう良いのです。隊長はあれで頑固な所がおありですから。同じ状況だったら、私でもお止め出来る自信はありません。まして火急の事態だったのですし、仕方がありませんよ」

「あぅあぅ……。そう言って頂けると……でも、不謹慎ですけど、流琉さんがちょっと羨ましいです」

「羨ましい?何故ですか?」

 

 凪が、明命の意外な言葉に驚いて尋ねると、明命は照れ臭そうに言った。

「だって、一刀様にあんなに一生懸命になってもらえて……。殿方が……一刀様が、単騎で自分の所に駆け付けて下さるなんて考えたら私、凄く嬉しいですもん。あ!も、勿論、流琉さんが、大変なお覚悟でお残りになられたのは、十分承知していますけど!!」

 

 凪は、慌てて言い訳をする明命に向かって『分かっている』と言うように笑いかけて頷いた。流琉の覚悟には、武人として心底、敬意を抱いているし、無論、流琉自身、一刀はおろか、誰かが助けに駆け付けて来るなどと考えてもいなかった筈だと言う事は、重々承知していた。

 だが凪とて、北郷一刀を愛する女の一人である。流琉とは武人として、また、同じ男を愛している女としての共通点があればこそ、一刀が自分の為に死地に駆け付けてくれた、と言う状況には、ある意味で羨ましさを感じてしまう。

 

 当然、同じ共通点を持つ明命とてそれは例外ではないと言うことも、凪にはよく分かっていた。

「では、早く流琉様をお助けして、思い切り皆で冷やかして差し上げましょう!」

 凪が、元気よくそう言って明命を見遣ると、明命も「はい!」と力強く頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「こんな……こんな事が……」

 張繍は、自分の目の前で起きている事が現実とは思えなかった。最早、恐怖すらも忘れる程、彼女の目の前で展開している光景は凄惨を極めていたのである。

 今や、彼女に対峙していた黄金の魔人は、白と黒の格子模様の異形の鎧をまとった魔獣となって、張繍の軍勢を蹂躙していた。魔人の面影があるとすれば、鎧の各所にある黄金の縁取り位のものだった。

 

 

 その姿は、張繍にある存在を連想させていた。そう―――彼女に魔性の力を与えた上級罵苦、窮奇(キュウキ)である。全体のシルエットが虎である事から、それも無理からぬ事ではあったが、同時に大きな違いもあった。

 まず、翼の有無。そして、窮奇の手足が猛禽の爪を持っているのに対し、魔人が変化した存在は、まごう事なき獣の爪の形をしていた。最も、人の腕と同じ程の長さの、鈍色(にびいろ)の光る刃を爪と形容しても良いのならば、だが。

 しかし、何よりも大きな違いは、その身体が金属的な事だろう。窮奇の身体は、確かに生きた虎と同等の毛皮の質感を持っていた。しかし、この存在は、虎を模した形状と格子柄を持ちながら、その身体は鋼の鎧の様であった。現に、無数の弩から放たれた矢が、火花を散らして弾かれたのを、張繍は見ていた。

 鋼の獣は、矢の雨を物ともせずに真正面から張繍の軍勢に突撃し、矢を放ったばかりの無防備な兵の首筋に、自身の身体を同じ鋼の牙を、深々と突き立てたのだ。

 

 魔獣が、ぶつり、と言う不気味な音共に顎を閉じ、事も無げに兵士の首から骨ごと肉を引き千切ると、魔獣の身体は、兵士の首から噴出した鮮血で、深紅に染められた。肉を吐き出した魔獣の口から、まだ、それほど気温が低い訳でもないのに、白い煙の様な吐息が、濛々を漂う。

 それを見た張繍は、逃げる事も出来ず、兵士たちに総攻撃を命じて、よろよろと後方に後ずさった。『“あれ”に背中を見せてはならない』と、彼女の中の原初の本能が告げていたのである。

 

 だが、背を見せようが見せまいが、何がどうなるものでもなかった。剣も、槍も、戟も、戈も、斧も、荒れ狂う魔獣の身体にはかすり傷一つ負わせられる様子はない。

 いずれも、僅かな火花を散らせただけで、無造作に跳ね返されてしまうばかりだ。鷲掴みにされた兵士の頭は、粘着質な音と共に肉塊となり、その様は、果実を握り潰された樹の枝を連想させた。

 

 動きを止めようと組みついた者は、腕から肩に掛けての部分を力任せに引き千切られた。殴ろうとした者は、魔獣の強靭な顎で拳ごと腕を食い切られた。

 呆然と見ている事しか出来ない張繍には、魔獣の鋭利な爪で切り裂かれた兵士たちが、最も平穏な死に様であるようにすら映っていた。

 

 しかし、何よりも張繍を慄かせたのは、魔獣の残虐さではなく、その“純然たる殺意”であった。命を奪うと言う行為には、必ず目的があるものだ。野生の獣ならば、食べる為か群れを守る為。

 より複雑な人間とて、その原則は変わらない。天下国家を語る様な極一部の人間を除いては、金品を奪うのも、戦争で敵を殺すのも、有体に言ってしまえば“飯を食う”と言う行為の延長線上にある行為に過ぎない。

 

 

人にも獣にも、稀に楽しみの為だけに命を奪うという個体が現れることはあるが、魔獣の殺意は、己の悦楽の為とは到底思えぬほど荒れ狂い、研ぎ澄まされている。これは、一体どうした事なのだろう。

張繍が、現実から逃避するかの様にそんな事を考えていると、腹部に爪を突き刺した兵士の身体を、服に付いた綿屑を払うかの様に事も無げに投げ捨てた魔獣が、紅く燃える双眸を、ゆらりと張繍に向けた。

 

「ひっ……!!?」

 張繍は、喉から僅かに悲鳴を絞り出すと、僅かに残っている兵士たちに壁になる様に命じて、生まれたての子馬よろしく、四つん這いになって逃げ出した。いかに本能が叫び声を上げようとも、このまま此処に留まっていれば、程なくして死を迎える事は分かり切っていた。

 

 粛清―――。

 

 全神経を手足を動かす事に使っていた張繍の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。絶対的な暴力を以って、不純と不正を清める事を意味する、強者の理。

 それが、あの破滅の暴風が如き殺意の正体だとしたら?当然、自分ほどそれに値する存在はいないだろう。天に唾吐き、主を攻め苛み、己が魂と臣下を悪魔に売り渡した、自分ほどの存在は。

 

 背後の人の身体が“壊れる”音を押し潰す様に響いて来る咆哮に首を竦めながら、蝸牛の方がいくらかましに思える様なのろのろとした速度で、城の奥へと這い続ける張繍の股間には、何時しか黒く大きな染みが出来ていた―――。

 

 

 

 

 

 

「ヘェ、面白いじゃねェの。北郷一刀……」

 窮奇は、城の屋根の上で両足を無造作に投げ出しながら、眼下に広がる凄惨な光景に鷹の眼を細めた。気配を消す結界の中に居るおかげで、特に警戒する必要はないが、此処から一歩でも足を踏み出せば、あの鋼の魔獣は即座の窮奇の存在を感知し、襲いかかって来るだろう。

 

「張繍のお嬢ちゃんは、正しく龍の逆鱗に触れちまったってェ訳だ。それにしても―――」

 窮奇はそう言いながら、ごろりと寝転がると、腕を枕にして再び眼下の魔獣に目を向けた。

「肯定者の奴ら、とんでもねェもんを持たせやがったなァ……。ま、下手打てば饕餮(とうてつ)の二の舞踏みかねねェんだから、多少のリスクは承知の上なんだろうけどよ―――」

 

 窮奇は、そうひとりごちて意味ありげに大きな口を歪めると、続いて、深々と溜息を吐いた。

「それにしてもよォ。お嬢ちゃんの方がキリ良くなったら、ちょっと位は北郷と遊べるかと思ったんだけどなァ。あれじゃあ、キャラ被ってるし……初対決でキャラ被りとか、カッコ悪ィもんなァ。ま、今回は様子見で良いか。興味深いモンも見れたし、これから引き返してくる姉ちゃん達が、今の北郷見てどんなツラすんのかも気になるしなァ」

 

 窮奇はやれやれとでも言うように首を振ると、大きな欠伸を一つして、鋭い爪でボリボリと腰の辺りを掻いて 愉快そうに喉を鳴らした。

「精々、“壊れない”ように頑張れや、北郷一刀。そうすりゃ、挨拶くらいしてってやるからよ……」

 爛々と光る鷹の眼のその奥に、僅かに歓喜の色が見えたようだった―――。

 

 

 

                           あとがき

 さて、今回のお話、如何でしたか?

 正直、後半の暴走一刀の描写は、もっとグチャグチャにしようかとも思ったのですが、やり過ぎてもどうかと言う事であれ位に落ち着きました。私はゾンビ映画とかも好きなので、自主規制を掛けておかないと収集がつかなくなりそうでwww

 

そもそも、あのシーンも、超変身(仮)wへの布石であると共に、強大な力を振るう一刀が抱えているリスクを、きちんと書いておきたかったと言う事もあります。一刀が受け入れたのは、超人になる代わりに、普通の人間と捨てる、と言う事なんだと、改めて描きたかったんです。また、今回の暴走一刀の容姿に関しては、わざと描写を曖昧にしています。

 

 実際の所、あの状態は作中で卑弥呼とボッシュが言っている通り、未完成なものですので、完全な皇龍王の強化形態よりも、より生物に近い、金属生命体の様なイメージだったのですが、折角、限定的な形態なので、戦闘シーンの描写などから皆さんに想像を膨らませて頂いた方が逆に迫力が出るかも……と、思った結果です。一刀が怒りを爆発させるところなども、本当はページ半分くらい一刀の心境を書いたのですが、勢いがなくなってしまう恐れがあった事も併せて、同様の理由でカットいたしました。どうだったでしょうか?

 前々回からのサブタイ元ネタは、

 

 EYE OF THE TIGER/SURVIVOR

 

でした。話の内容的にも歌詞的にもぴったりだったので、随分前から決めていたんですよ。いやぁ、名曲ですよねぇ。アポロやミッキーが死んだ時はショックだったなぁ……。

 

 さて、次回ですが、何とか流琉編を完結できそうです。どうぞ、ご期待下さい。

 

 では、また次回、お会いしましょう!!

 

 

 

 

 


 
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